僕という人間
『僕という人間』
がみがみとうるさい声がする。
僕はその声が煩わしくてかなわないため、そっとその本の表紙を閉じた。
一時の静寂にほっと胸をなでおろしていると、そんな僕を見つけた教師が近づいてきて僕に言う。
「○○君、君は一体何をしているんですか!
駄目でしょう、過去をしっかりと見つめなさい、さぁ本を開いて!」
そう言って僕に対して教師は持っていたカメラを取り出し、パシャリ、と写真を一枚撮って去って行った。
最低だ、と心の内で叫ぶけれど、この声があいつに届くことは一生ないだろう。
伝えたい言葉はいつも胸の中にあって、今の僕に発言する勇気も権利も無い。
そういう世の中なのだから仕方がない、ため息を吐きだしながら僕は目の前にある本をまた開いた。
めんどくさいし、何よりも精神的に負担のかかる時間だが、授業なのだから仕方がない。
僕が今開いているのは、一冊のアルバムだ。
僕がいままで生きてきた証としての写真が詰まっている、一見何の変哲もない、だけど最新技術が詰め込まれたアルバム。
今の世界の技術はとても進んでいて、便利になるとそれだけ不便が生まれる。
欲に溢れた世の中はまさに、地獄絵図だったと聞いたことがある。
だれもが怠惰的になり、指先一つ動かすことにさえ躊躇する世の中であった、と。
それを見かねたある人は叫んだ
『人間は楽をしたがる生き物だ、それを誰かが叱咤しなければ人間の欲はおさまらない』
そして、多くの人々がそれに賛同した。
現在の自分の怠惰さに気付いていながらも、目をつぶってきた多くの大人がそれに賛同したらしいのだ。
しかし、結局は怠惰的な人間同士。
お互いにお互いを注意しあったところで、鏡合わせのような性格を持った人物の言うことを、素直に聞く人間がいるわけもなく、誰がこの現状に、自分たちに正しい道を教えてくれるのか、と大騒ぎになった。
その騒ぎの波にのって名乗り出た宣教師や、欲にまみれた政治家も数多くいたそうだけれど、結局は誰も怠惰的な人間が溢れる世の中を正すことは出来なかった。
そんなときに誰かが言ったのだ。
『自分のことは自分に頼めばいい。
誰かに叱ってもらおうなどと叫ぶから駄目なのだ。
過去の自分に責められるのならば、お互い文句も言えないだろう』、と。
好都合なことに、世界はその言葉を実現させるだけの技術を持っていたので、それはすぐに開発された。
写真に収められている過去の自分の姿を特殊なアルバムに入れることで、その写真の中の自分は意志を思ってこちらを見つめてくる。
そして、未来の自分の姿を見ると、時には怒り、時には喜び、時には嘆き、その当時は口を開いても言えなかった胸の内すらさらけ出してアルバムを見ている現在の自分に対して意見をしてくるのだ。
己が己を叱るのだから、誰もそれに対して意見は言わないし、言えない。
過去の自分に何を言った所で結果が変わるわけではないと人々がすぐに察したからだ。
アルバムに向かって叫んでいる己の姿ほど恥ずかしいものは無い、と怠惰的でありながらも臆病な人々はすぐに気がついたのである。
このアルバムは次第に世界に馴染んでいき、人が誕生するごとに一冊ずつ国によってプレゼントされた。
開発当初は問題となった個人情報も、今では対策済みで、この本を開けるのも、過去の自分の声を聞けるのも、アルバムの持ち主だけとなったのである。
例え開きっぱなしのアルバムを見たところでその声は本人以外に届かず、他者から見ればただの写真に姿を変える。
そういう風に出来ていた。
そして、この制度は学校の教育制度にも取り込まれた。
科目名は、『総合学習』
学習指導案の目的は『過去の自分をしっかりと見つめ振り返ることができている』
多くの大人たちがその制度に賛同し、そして僕が今生きている現在もなお、この制度は続けられている。
この時間中は誰も口を開くことなく、一心に己のアルバムを見つめている。
過去の自分に対して意見するなど、もっともおこがましい態度であるとそう教育されているからだ。
ため息といっしょに開いたアルバムの先で、5年前の僕と目があう。
嫌々ながらに表紙を開いた僕の顔を見て、過去の僕がむっとした顔で口を開く。
その声は己のものでありながらがみがみととても喧しい。
うるさいうるさいうるさい。
波立つ感情を全て抑えつけながら、過去の自分を見つめると、過去の自分がほんの少し、すまなそうな顔でこちらを見つめて来た。
その表情にすらいらいらとする。
相手の顔色を窺うのは、昔からの僕の癖だ。
煩わしさからふ、と視線を本から窓に向けると、先ほどの教師がやってきて、先ほど撮った写真を渡してきた。
数分前の、とても顰め面な僕が映っている。
アルバムに入れると、数分前の僕は意思を持ち、そして口を開いて語りだした。
その言葉は全て、先ほどの教師や現在の世の中に対する不満でありながらも、自分を庇護する言葉ばかりで、また僕の頭を悩ませた。
「あぁ、とてもうるさい。」
思わず呟いてしまった僕の言葉に対してクラスメイトから白い目が向けられたが、ふ、と視線を落した先のアルバムの中、写真に収められている数分前の僕はとても満足そうな顔をしてこちらを見つめていた。
以下はあとがきです。
ここまで読んで戴きありがとうございました。
この作品は、以前即興小説に投稿した際に対し誤字脱字を直して再投稿いたしました。
物語の内容は一切変わっていません。
また、この作品を投稿した際に同じ世界の別の話を見たい、という声があったので、何作か作ってみてまとまりそうだったら、一つのシリーズとしてまとめていきたいと考えています。
(あくまで考えているだけなのでどうなるかわかりませんが・・・)
また、昨日は未完の作品を、と言いましたが、完結作品もこちらに載せて行きたいと考えなおしました。
ゆっくり更新ですがよろしくお願いいたします。
それでは、また次回