第九章47 『"声"』
――目を開けたそのときには、自分がいったい何者なのか、全くわからなかった。
『――――』
ここがどこで、今がいつで、自分が誰で、何が起きているのか、一切がわからない。
目が見えない。音が聞こえない。手も、足も動かせない。地に足がついていない。呼吸も満足にできなくて、途轍もなく不自由で――なのにただ、『声』を感じていた。
『――――』
視覚を、嗅覚を、触覚を味覚を、何より聴覚を塞がれているのに、『声』がする。
たくさんの、多くの、無数の『声』を為す術なく浴びせられる自分は、まるで地獄の揺り籠の中に放り出された無力な赤ん坊だった。
『――――』
雑多に、無作為に、浴びせ続けられる『声』の嵐。
無防備に雨に打たれる赤子がそうであるように、自分もまた『声』に溺れかける。いっそこのまま、溺死してしまおうかと――、
『――坊ちゃん! 坊ちゃん、ご無事ですか! 今、助けますからね!』
――。――――。大きな、『声』が聞こえた。
数多の、無数の『声』の中で、はっきり自分に向けられたと感じる『声』が。何もできない。それでもわかる。――自分に向けられた、強い『声』は。
だから――、
『――オットー兄ィ、歯ァ食い縛っとけ』
その『声』が聞こえて、浮遊感が訪れて、とんでもなく激しい音――『声』以外の、音に鼓膜を震わされ、きつく閉ざされた眼が光を受け入れる術を取り戻すと、ようよう自分に向けられた『声』と、その『声』の主たちと、対面できた。
「『くんのが遅ッくなってホントにすまねェ。全部、俺ッ様が弱ェせいだ』」
「『何を言うんです、ガーフさん! ガーフさんや皆さんがきてくれなきゃ、今も坊ちゃんは吊るされたままで……ああ、坊ちゃん、坊ちゃん! 僕がわかりますかい!?』」
そこにいたのは金髪の少年と、薄青の竜皮を持った巨体の地竜だった。感じる『声』と聞こえる声と、それが重なり合っているが、間違いない。
地べたに座った自分に地竜が寄り添い、少年が肩を力強く掴んでくる。
「『今ァ何もわからねェんだろ? ッけど、大丈夫だ。みんなで取り戻してッくる。俺様だけじゃ足りねェ分を、みんなに手ェ貸してッもらいながら……ッ!』」
「――――」
「『だッからよ、オットー兄ィはここで……』」
安静にしていろ、と言いたかったのだと思う。
どうやら、目の前の少年は空っぽな自分のことを知っていて、それをどうにかしようとしてくれているらしい。たぶん、自分が空っぽな理由も彼は知っている。
それを知りたい、聞き出したい。そういう衝動は、もちろんある。
あるが――、
「『――何か、できることはありませんか?』」
口から漏れたその『声』が、ちゃんとした声になっていたか、わからない。ただ、少年も地竜も、その目を見張ったのがわかって、伝わったのだろうと思う。
正直、何もわからない。わからないが、ただ一つ言えることがある。――自分は、あの地獄の揺り籠から救い出されたことを感謝している。
何より――、
「『――これだけ本気の声でくる人たちには、応えたくなるでしょう』」
「『ああ、そりゃ……』」
自分の言葉に、目を丸くしていた少年と地竜が息と『声』を合わせ、言った。
「『――坊ちゃんらしい』」
「『オットー兄ィらしいぜ』」
その『声』に、空っぽになる前の自分を思いながら、笑いがこぼれた。
――自分をこうした誰かがいるなら、「してやったりだ」と。
△▼△▼△▼△
「――ていやぁ!!」
高い銀鈴の声音が、その軽やかさと対照的な威力の蹴りを叩き込む。
その会心の結果を、レムはモーニングスターの柄を握りしめながら見届けた。
魔法で作った氷の足場を実践と撹乱に利用し、相手の注意を上に引き付け、エミリアの援護に徹した結果だ。
もちろん、スバルの磨き続けてくれた愛情鉄球で勝負を決められるなら決めたかったが、欲張りすぎてはいけない。スバルも帝国では、レム相手にちゃんと段階を踏んでくれていた。もしもスバルが辛抱弱く、俺が俺がとレムに迫っていたら――、
「そのときは指だけでなく、腕や足も折ってしまったかもしれません」
記憶の戻った今、自分がスバルにそんな乱暴を働くなんて考えただけでも卒倒ものだが、当時のレムの心境ならやりかねないと自分でも思う。
だから、何事も手順や段階が大事なのだ。料理と一緒である。曲がりなりにも、料理はそれなりに得意なのに、料理以外だとそれを飛ばしがちなのがレムの悪い癖。
そして、悪い癖と言えばもう一個――、
「――早合点しないこと!」
決まった、と確信を早まって、手を緩めるのは想像力の欠如が理由だ。
思考停止は悪だとそう説いてくれたのは、記憶の空っぽだったレムに心の定め方を教え導いてくれたプリシラだった。――彼女が亡くなっても、その教えは生きている。その教えがレムを生かす限り、それはずっと。
だから――、
「――っ、嘘!?」
そうエミリアが驚愕の声を上げたときも、レムの思考は停止しなかった。
眼下、アルたちの死角である真下から蹴りかかったエミリア、その足に氷のブーツを履いた彼女の一発は、背骨を折りかねない勢いでアルに突き刺さったはずだった。
だが、アルはそれを防いでいた。――自分たちを、岩の箱に覆うことで。
「あれがロム様の言っていた――」
『時間遡行』の効果だと、そうレムは判断する。
とっさの防御の判断としては、全身を覆ったそれは万全が過ぎた。魔法の使用には結果のイメージと術式の構築がいる。どちらが欠けても魔法は成立しないし、複雑なことをしようとすればするほど、結果のイメージには時間がかかる。
アルのそれは、死角からの奇襲に対してイメージが固まりすぎていた。
「――――」
頭では原理を理解していたものの、改めてその反則技にレムは頬の内側を噛む。
元より、アルの権能はラインハルトさえ躱せることが実証済みだ。この調子で攻撃を続けても、全てをいなされるのではないかと負の思考が――、
「――レム!!」
その良くない思考のスパイラルが、エミリアの呼びかけに粉々にされた。
宙に生じた岩の箱越しに、レムとエミリアの視線が交錯。権能の脅威に気圧されかけたレムと違い、エミリアの紫紺の瞳の光は強い。それが勇気をくれた。
「――――」
カッと目に力が戻り、鬼化による角の活性化がレムの全身に活力をみなぎらせる。
ぐんぐんと空を落ち続け、すでに戦いが始まってから三十秒が経過――それを正確に測れるのは、はるか後方に見える長大な岩壁に刻まれた印が理由だ。
カララギ都市国家に存在する巨大な大地の切れ目、アグザッド渓谷は地上から谷の一番深いところまで五千メートルの高低差があり、その落下時間はおおよそ百秒。岩壁に事前に刻んだ印は十秒間隔で、現在三本目を通過――地底まで、あと七十秒。
「まだまだ――!!」
「――ここからです!!」
エミリアとレムの声が重なり、もらった勇気と湧き上がった力で攻撃を再開する。
レムが大きく身を反らし、体をひねったエミリアが両手に氷槌を生み出す。瞬間、砲弾のような勢いでモーニングスターが、横殴りの豪風を纏った氷槌が同時に放たれ、それらが猛然とアルたちの入った岩の箱を打砕――轟音と共に飛び散る岩片に紛れ、上下に分かれた敵がレムとエミリアに猛然と襲いかかる。
エミリアの方にアルが向かい、レムの方には赤髪のシノビ――、
「――いえ、あなたも」
「はい、アル様の万能お役立ちメイド、ヤエちゃんです」
「それはレムのスバルくんのための称号です!」
シノビならぬ赤髪のメイド――否、ヤエと名乗った彼女の口上に待ったをかけ、レムは右手で鉄球を引き戻しながら、飛んでくるヤエに左の剛腕を叩き付ける。
だが、それをヤエは空中で不自然な制動をし、回避。
見れば、彼女は後ろ手に飛ばした糸で自分とアルを繋ぎ、その絶妙な張りとたわませを利用して動きを制御、反対の手から飛ばされた煌めきがレムの首にかかる。
「――ヒューマ」
迫る脅威を肌に感じ、レムは脊髄反射で作った氷の首輪で急所をガード。首輪に糸がかかった瞬間、頭を抜いて首を刎ねられるのを回避する。――とっさの判断で命を拾ったレムが、軽く眉を上げたヤエの背中を引き上げた鉄球で狙う。
しかし、ヤエは背面からくる鉄球を、まるで後ろに目があるような正確さで身躱し、すれ違いに手元に戻った鉄球を受け止めたレムの驚きに舌を出し、
「あなたの目に映ってますよ?」
その挑発に一瞬カッとなりかけて、レムは心のカチュアの叱咤を受ける。「バカバカ、相手の思うつぼでしょ!」と猫みたいに喚く想像のカチュアに頷き返し、レムは相手の目に映った光景を使うような敵の技量を称えつつ、
「でしたら、よく目を凝らしてどうぞ!」
そう言って、引き戻したモーニングスターの鉄球を氷で包み、包み、包み、その質量を倍加の倍化の倍化して、十メートル級の氷塊として打ち下ろす。
「ちょっと挑発が効き過ぎましたかね!?」
轟と、風を殺しながら迫った氷塊に、声を裏返らせるヤエがその両手を激しく振るい、モーニング氷塊スターを刻み、刻み、刻み、質量を分化、分化、分化して殺す。
そして、最終的に氷を剥がされた丸裸の鉄球だけにすると、それを胸の正面、網目に張った糸で衝撃を散らしながら受け、勢いよく下に弾かれる。
その落ちていく先では――、
「今度は! 王都と違って! 逃がさない! からね!」
「普通! あれを! やったら! オレの勝ち逃げ! だろうが!」
衝突するエミリアとアルが、互いに言葉と武器をぶつけ合っている。二人の周囲にはそれぞれ、氷と石で作られた武具が好き放題に浮かんでおり、とっさに傍にある武器を、自他の区別なく振り回し、打ち合い続けていた。
「やあ! てりゃ! えい! うや! とりゃ! ていていていていてい!」
可愛らしい掛け声と裏腹に、エミリアの攻め手は息つく暇もなく苛烈だ。しかし、アルも降り注ぐ剣を、槍を、斧を、斧で、槍で、剣で打ち返し、しのぎ続ける。
曲芸じみた体の使い方で攻め立てるエミリアに対し、アルは最短距離に武器を合わせ、これを防いだ。おそらく、それも『時間遡行』の成果だ。一度攻撃に当たり、当たる前に戻って、当たった場所に武器を置く。――その繰り返し。
「――アル様!」
その一進一退の攻防に、レムに撃ち落とされたヤエが追いつく。しまった、と一時的に二対一の状況を作られ、レムもまた落下の速度を加速させようと足場を――否、
「エミリア様!」
刹那の判断、自分が追いつくのではなく、レムは打ち下ろした鉄球の角度を弄った。
衝撃を散らしたヤエと、それでも同じスピードで落ちていた鉄球は、磨き上げたスバルの心意気が宿ったように、窮地にあるエミリアへと飛びついていく。そして、アルとヤエの同時攻撃が彼女に届く前に、エミリアに鎖を掴ませた。
「う、やああぁぁぁ!!」
直前に作り出した足場、それを蹴るのではなく踏ん張るのに用い、鎖を掴んだエミリアを一本釣り――合流しかけたアルとヤエの間を割るようにエミリアを引き上げ、上空と下空に分かたれ、二組が合流する。
「ありがとう! すごーく手強い!」
「どういたしまして! 同感です!」
同じ位置に上がったエミリアと手を取り合い、レムは敵の戦力に感嘆する。
元々、レムたちの担当はアルだけのはずが、そこに加わったヤエが厄介すぎる。単純に戦力を分けさせられるのもだが、彼女自体の腕前が半端ではない。しかもその実力は、アルと共にいることで足し算ではなく、掛け算になっている。
「そう、まるで私とあの人のような……」
「え? 今、スバルのお話した?」
「申し訳ありません、それは終わったあとで!」
目を丸くしたエミリアにそう応じながら、レムは岩壁の印を一本追加で通過――あ六十秒で地底へ到達するのを確認し、強く歯を噛む。
直前の発想は正しい。ヤエは手強く、アルといるともっと手強い。それをどうにかするためには――、
「割ります。エミリア様!」
「ええ! 合わせて!」
手を握り合ったまま、エミリアが空いた手を、レムが武器を握る手を、それぞれ眼下の二人に向け、
「アル――」
「――ヒューマ!!」
二種類のヒューマが混交され、大気の軋む音を立てながら中空に氷が現出――無論、ただ礫をぶつけるだけではこれまでの失敗の繰り返し。だからそうならないように、氷の出し方ではなく、出る場所を工夫した。
「――っ」
「ちっ」
広がっていく氷に阻まれ、兜の内の舌打ちは聞こえない。だが、舌打ちしたに違いないと、その結果だけを見れば確信できる。
レムとエミリアの生み出した氷の塊――薄く平たく作った氷板が、上下の位置関係だったアルとヤエの間に挟まり、二人の合流を阻んでいた。氷板は強度を維持しつつ、限界まで広げて直径三十メートルの円盤、落下しながらでは潜って合流するのは至難の業、さらには平たく作ったことで、糸の切断も受け入れない。
「アルさ――」
「――ヤエ、しばらくしのげ」
氷板越しに向かい合い、氷上のヤエに氷下のアルがそう命じる。それを受け、ヤエがどんな心境に達したか、レムには手に取るようにわかった。
レムがこの戦いをスバルのためにするのと、ヤエもまた同じ――、
「大切な相手に期待されれば、やる気になります」
「違います」
レムの納得にすげなく応じ、くるりと膝を畳んだヤエが身を回して素足になる。
氷板はその巨大さの分だけ風の抵抗を受け、落下速度が極端に落ちる。その氷上にヤエが着地し、彼女を前後に挟むようにレムとエミリアも降り立った。
素足のヤエ、彼女はその白い足の指にも十の指輪を嵌めており――、
「――改めて、魔法って厄介ですね~。里の爺様の教えに感謝ですよ」
「お褒めいただいてありがとうございます。指導者が立派な方でしたので」
「私もそう。リアはのびのびやりなよって教わったわ」
「それ、里での私の教育方針と同じなので、エミリア様も天才肌なんですね」
苦笑気味に肩をすくめたヤエが、前後を挟むレムたちを交互に見て、それから「あのですね」と前置きし、
「私がここにいる時点で、皆様の計画は失敗……じきにボル様も駆け付けますし、無駄なやり取りは省いて降参されません?」
「ううん、ダメよ。確かにあなたも一緒だったのはビックリ仰天したけど……」
「レムたちも遊びではありませんので。それに、頼みの『神龍』様でしたら、いらっしゃいませんよ。――私たちの主がお相手してくださっていますから」
「……相手、『神龍』ですよ? 期待しすぎじゃないです?」
「じゃあ、あなたはアルに期待してないの?」
首を傾げたヤエに、そのエミリアの問いは真っ直ぐ突き刺さったようだ。「む」とヤエは息を詰め、その詰めた息を吐くと、手足の白指をくねらせ、身構える。
レムも鉄球を手に引き寄せ、エミリアもその両手に美しい氷の双剣を握った。ちらと氷板の下を見れば、風の抵抗を受けずに落ちていくアルとの距離がぐんぐん開く。
そしてアルは、ヤエに時間を稼がせたのだから。
「エミリア様、アルさんは……」
「ええ、わかってる。すごーく急がなくちゃ」
短いやり取りで済んだ意思疎通、それにレムは場違いな感想を抱く。
こうもエミリアと息が合うだなんて、以前は考えられなかった。――そんな感想を。
そのレムの心中を余所に、氷上の三者は静かに、その戦意を昂らせ――、
「――『紅桜』ヤエ・テンゼン」
「――『氷結の魔女』エミリア」
「――『英雄の介添え人』レム」
名乗りの口上を済ませ、同時に氷を踏み切ったレムとエミリアがヤエに迫る。
膝を曲げて屈んだヤエの手から、二十条の糸が踊るように放たれ、それを鎖と魔法で打ち払いながら、レムは氷下のアルに届くため、立ち塞がる『紅桜』へと挑む。
「やあああ!!」
吠えながら吶喊するレムは、強がりでも虚勢でもなく、信じ切っている。
『暴食』たちの相手はラムたちが、そして最大の脅威である『神龍』についてはロズワールたちが、それぞれしっかり役目を果たしてくれると。
そのために、今、目の前のヤエを打ち倒し、アルへと辿り着く。また印を通過、アグザッド渓谷の地底まで、あと五十秒――、
――その氷上の美しく激しい衝突を、氷下を落ちていきながらアルが見据え、
「お前が負けるとは思わねぇが……忘れるなよ、オルタ。お前には、やってもらわなきゃならねぇことがあるんだからな」
その口の中だけで呟かれた声は、氷上には決して届かなかった。
△▼△▼△▼△
――太陽を裏切ったアルデバランと、その共犯者たち。
世界崩壊の引き金を引きかねない悪従たちとの戦いは、山中の『暴食』との戦いも、アグザッド渓谷のアルデバランとの戦いも次のステージへ移行した。
当然ながら、それは最も過酷になると予想された三つ目の戦いも同じだ。
この世界に新たに誕生した『憂鬱の魔女』の権能により、一帯の被害を顧みる必要のない岩地帯に戦場を移し、王国の守護者と知られた『神龍』ボルカニカ――その強大な竜殻を意のままにする簒奪者と、正当なる竜人とが相対する。
いずれも、絶大な力を秘めた同士の戦いに、元より岩と砂しかなかった岩原野はますます人足を遠のかせる荒れようを強めていく。
それはまさしく、『神龍』との戦いのおいて予想された戦禍だった。
しかし――、
「――ぅ」
視界がぼやけ、意識が朦朧とし、耳鳴りはうるさいを通り越して無音となる。力の入らない手足は、二対がそれぞれちゃんと胴体と接続されているかわからない。
細い呼吸をするたびに頭のてっぺんから爪先まで稲妻に打たれたような痛みがあるのは、おそらく折れた骨が体の中身をあちこち傷付けている証拠か。
そこまで考えて、自分が硬い岩場の大地にうつ伏せに倒れているのがわかった。
「――!」
一個、自分の状態がわかると、他にもわかってくることがある。
大地の激しい揺れ、空の爆ぜる感覚、大気の微かな臭いの変化は環境の激変の証で、自分が地べたに倒れてからそう長い時間は経っていない。一分? 三十秒?
「五秒です、旦那様。報告」
抱いた疑問の答えが正確に伝えられ、しかし、苦笑に唇を動かす余力もない。
相手も返事を期待していなかった――否、期待できる状況になかったのだろう。大地の揺れも、空の爆ぜも、大気の激変も、全ての機転は相手とその相手。
『龍』と竜人の戦いが、天変地異のように世界を荒々しく、力業で改変する。――その戦いの傍らに、半死半生どころか九割死一割生ぐらいの割合で、倒れている。
「――――」
もう、声もまともに聞こえない。
――ロズワール・L・メイザースの命は、風前の灯火だった。