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Re:ゼロから始める異世界生活  作者: 鼠色猫/長月達平
第九章 『名も無き星の光』
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第九章6  『門出』



 ――数々の選択を、その青い眼で見届けてきた。


 何もない、空っぽな空間から生じた自我が、すぐ傍にあった大きな光に引き寄せられ、その温かさに触れながら、ゆっくりと器の輪郭を形作っていった。

 最初は厳しく遠ざけられ、しかし、持ち前の優しさがそれに徹し切ることを許さず、傍にい続けることを見過ごされ続けた。

 それもやがては見過ごされるだけでなく、積極的に手を差し伸べられ、ついには新たな存在として認められて、名前を授けられた。


 拒絶と妥協、葛藤と許容、信用と信頼、そして許しと赦し――。


 彼は、常に選択をしてきた。

 数々の選択を、無数の選択を、無尽蔵の選択を、自らの意思と歩みで選び続けた。それを時に間近で、時に遠地で、時に物理的な距離や精神的な距離を超越して、見てきた。

 その彼の選択の全てが、彼を望んだ場所へ辿り着かせたわけでは決してない。


 それでも、彼は自分の持てる力の全部を使って、選ぶことだけはやめなかった。

 何の頼りもない中で、その姿を手本として見続けてきたのだ。苦しい祈りの果て、泣きたくなるような結論が待っていたとしても、歩みを決して止めない。

 そんな背中に、在り方に、憧れたとして何の不思議があるだろうか。


 ――自分もまた、選択をしなければならない。


 彼の拒絶と妥協を、彼の葛藤と許容を、彼の信用と信頼を、彼の許しと赦しを知れた幸運な立場にあったものとして、その歩き方に倣いたい。


 過ちも、間違いも、この身はたくさん犯してきたらしい。

 その、決して消えることなく刻まれてしまった傷跡を、塞ぐのではなく、補うのでもなく、忘れず、見なかったことにもしないために。

 正しいかどうかではなく、正しく在りたいと信じて、彼が道を選び取るように。


 彼が――ナツキ・スバルが、自分を選んでくれたことを、間違いにしないために。



「――よもや、貴様の方から余と話したいと言ってくるとは思わなんだ」


 物理的にではなく、気の持ちようで重たく感じられる扉を押し開けた先、立派な机に腰掛けて、たくさんの紙束に目を通していた黒髪の男がそう言った。

 その鋭い黒い眼で、彼もまた多くの選択を見据え、たった一個しか選べないものを選び取って、今のあの席についていることを知っている。


 その全部が男の選択の結果であり、彼の選択の結果でもある。

 そして――、


「見ての通り、余は忙しい。あれが……ミディアム・オコーネルが口添えした故に時間を取ったが、多くは割けん。何か欲するものがあるならば、貴様の働きに見合うものであれば用立てる。もっとも――」


 そこで男は言葉を区切り、紙束に落としていた目線を上げ、こちらを見る。その深い黒瞳の奥底に、様々な思惑を巡らせるとても賢い王様。

 彼は、扉の前に立つこちらを見据えたまま、薄い唇を開き、


「奴の、今の有様に余からかける言葉はない。少なくとも、こちらから足を運ぶような真似は出来ぬし、すべきでもない。――それが貴様の望みであれば、だがな」


 そう聞かれ、ぶんぶんと首を横に振った。

 目の前の男に頼みたいことはあるが、それは直接、彼のことではない。

 今の彼にしてやれることは、たぶん、自分にはない。自分以外の、彼を取り巻く多くの人たちがそうであるように。だから、ここにきた理由は別にある。


 きっと、彼は最後には立ち上がることを選ぶ。

 自分がここにきたのは、彼が立ち上がったときの、その準備のためだ。

 彼が立ち上がることを選んだとき、自分も、ちゃんと選べた自分であるために――、


「では、何が目的だ?」


 男の黒い眼に見つめられ、青い眼でそれを見返し、一拍。

 たぶん、この大きな大きな帝国という国で、彼の選択を一番多く見届けてきたのが、自分の青い眼と、優しい彼女の薄青の眼と、目の前の男の黒い眼。

 だからこそ、選択の重みを知る相手に、口を開く。

 そして――、


「――う!」


 と、空っぽの自我から生じた一個の命は、選ぶために踏み出した。



                △▼△▼△▼△



 ――スバルたち、エミリア陣営の面々がヴォラキア帝国を出立する当日、馬鹿に晴れた日が延々と続いていたヴォラキアには珍しく、朝から雨が降っていた。


「本当に、俺、ヴォラキア帝国嫌い……」


 せめて気持ちよく送り出すこともしてくれない帝国の風土に、最初から最後まで馴染めなかったとスバルは唇を曲げてそうこぼす。

 もっとも、ヴォラキア帝国は嫌いだが、この国での出会いはそう悪くなかった。

 むしろ、それがこの国で過ごした時間の一番性質の悪いところとも言えるが――。



「旦那くん、本当に色々とお世話になったね! 王国でも、どうか元気で!」


「何言ってんだよ、フロップさん。世話になったのは俺の方で、世話になり通しだよ。恩返しらしいこと、一個もできちゃいないのに……」


「ははは、馬鹿を言ってはいけないよ。旦那くんがしてくれたことで、僕や妹がどれだけ幸運を分けてもらったと思う? 僕もミディアムも伴侶まで得たんだ。万々歳さ!」


 そう言って、自分の薄い胸板を力強く叩くフロップ。

 スバルがへこたれている間に男を見せたという彼は、なんとタリッタへの求婚を見事に成功させたというのだから、驚くやら尊敬するやらだ。

 元々、姉のミゼルダと同じで面食いかつ、フロップの人間性に惹かれていたらしいタリッタなので、うまくまとまったと聞いてスバルも嬉しい。

 フロップにもタリッタにも、スバルは感謝しかなかった。


「旦那くん、感謝を」


「――――」


 なのに、そう正面からフロップに抱きしめられ、スバルは息を呑んだ。思わず身を硬くするスバルに、フロップはいつも通り――否、いつも以上の感激屋な声で、


「あの日、僕とミディアムの前に、君が椅子に乗せた奥さんを担いで現れたとき、僕は途轍もなく運命的な出会いをしたと思ったんだ。そしてそれは、間違いじゃなかった。遠い空の下から、僕は君と、君の大切な人たちの幸福を願っているよ」


「あ……」


「また帝国にくることがあれば、いつでも連絡してほしい。逆に、僕が王国にいくようなことがあれば、必ず君を頼るよ! ぜひ、力になってほしいな!」


 体を離し、とことん明るく、真昼の日差しのように笑うフロップ・オコーネル。

 一番最初の出会いから、この別れの瞬間まで、一度として朗らかさを失わないでいてくれた彼の存在に、スバルの心胆は大きく震えた。


 ヴォラキア帝国で、最初に出会ったのは顔を隠した皇帝で、そのあとはずっと一緒に戦い続けてくれた『シュドラクの民』。――しかし、たぶんきっと、ナツキ・スバルがヴォラキア帝国で一番恵まれた出会いは、フロップとミディアムのオコーネル兄妹だった。

 それを、改めて強く強く実感して――、


「――ああ、俺の方こそありがとう、フロップさん! 愛してるぜ!」


 スバルからも、ヴォラキア帝国での最大級の感謝を込め、そう笑い返したのだった。



                △▼△▼△▼△



「……誰にでも軽々しく愛してるなんて言わない方がいいと思いますよ。あなたの言葉の全部が軽く感じられるので」


「いや、誰にでもは言わないって。ちゃんと愛してる人だけ」


「そうですか? エミリアさんやベアトリスちゃんにも?」


「ベア子には朝昼晩と言ってるけど、エミリアたんにはちょっと言いづらい……ああ、でも姉様には言ったことあったかも」


「は?」


「ごめんなさいその場の勢いですでも大事は大事なんです」


 薄青の瞳に鋭く睨まれ、スバルはすごすごと縮こまりながら平謝り。

 直前まで、フロップと感動的な別れを演じていたというのに、落差が激しすぎる。ともあれ、友との別れに潤んだ瞳も何とか涙をこぼさずに済んだ。


「男が簡単に泣くわけにはいかねぇ……男が人前で泣いていいのは人生で三回だけだからな」


「そうですか」


「ああ、そうなんだ。……あれ? 普通は三回の内訳聞かない?」


「その聞いてほしそうな顔が不愉快だったので……」


「不愉快は言いすぎじゃない!?」


 あんまりな言われようにスバルが声を高くすると、それを聞いたレムが嘆息。そのレムとの自然なやり取りに、スバルの方も大きく息を吐いた。

 ここ数日、大きくはスバルの問題で、レムはもちろん、仲間たちととてもぎくしゃくしていたスバルだ。たぶん、おそらく、かなり、とんでもなく心配をかけてしまった分、ここから先は態度を改め、行動で挽回していきたい所存だが。


「レムの方はどうだ? カチュアさんと、ちゃんと話せたか?」


「ちゃんと、かはわかりませんが……はい。手紙を送ってくれるそうです。私からも送れたらと思いますが、何を書いたらいいのか」


「友達との手紙だろ? 近況報告とか、元気してるー? とかそういう方向性なんじゃねぇかな。俺も友達と手紙のやり取りしたことないからわかんないけど」


「そんな、とりとめのないことでいいんでしょうか」


「いいんだと思う。そんなとりとめのないことで」


 悩ましげなレムに答え、スバルは図々しくもカチュアの心中を想像する。

 トッドの婚約者であり、彼の最期を見届けた立場として、スバルはカチュアとあまりちゃんと腰を据えて話せていない。それでも、さらわれたレムと一緒にいてくれて、彼女と友達になってくれたカチュアにスバルは感謝と好感しかなかった。

 そんなカチュアが、レムとの手紙のやり取りに期待することは、劇的なドラマが綴られることではないと思う。


「大事なのは、繋がってるとか、気にかけてるとか、そういう証拠だよ。手の届く距離にいなくても、頭の片隅にちゃんと居場所があるって、そう伝わるのが大事なんだと思う」


「――――」


「も、もしかして、意味わかんなくてキモかった?」


「――。いいえ、珍しく、納得していただけです」


 おずおずと尋ねたスバルに、レムがゆるゆると首を横に振った。それから彼女はその唇を緩めると、「そうですね」と言葉を継ぎ、


「あなたの言う通り、不安がることではないんだと思います。逆の立場になってみれば、私がカチュアさんの手紙に期待するのも、特別なことなんかじゃなく、カチュアさんからの手紙が届いてくれることですから」


「だな」


 そう頷いてくれたレムの返事に、スバルは親指を立てて笑いかけた。その仕草自体はスルーされたが、レムは嫌がらずにスバルと並んで歩いてくれている。

 帝国での新たな関係性の始まり方を思えば、これも奇跡のように劇的な変化だ。


「――――」


 そうして、それぞれの別れを済ませ、スバルとレムが二人で並んで向かう先――そこにも、二人が別れの挨拶を交わさなくてはならない相手がいる。

 スバルとレム、二人が揃って話さなければならない相手、それは――、



「――スピカ」


「うあう! えう!」


 呼びかけに振り向き、パッと顔を明るくしたスピカ。頭の後ろでまとめた金色の髪を尻尾みたいに振りながら、彼女は猛然とスバルたちの方へ駆け寄ってくる。

 その体を受け止めようと、スバルが両手を広げて待ち構え――、


「わ」


「……って、そっちかよ!」


 と、そう空振りするスバルの横で、レムが飛びついてきたスピカを抱きとめていた。

「えうー」と、ぐりぐり頬と頭を擦り付けてくるスピカに、レムは最初は驚いたものの、すぐに慈愛の笑みを浮かべ、スピカの頭を撫でてスキンシップに応える。

 その二人の様子に、スバルは「やれやれ」と行き場のない両手を頭の後ろで組んだ。


「相変わらずレムにべったりだな。俺がおんなじことしたら、レムにすげぇ冷たい目で見られること請け合いだってのに」


「は? 当たり前のことをいきなりなんなんですか?」


「ほら、これだよ! スピカ、助けて!」


「うー、う! あう、あーう!」


「見ろ、スピカもこうして俺に……あれ? これ、俺に怒ってる? もしかしてスピカもレムの味方? 孤立無援じゃん!」


 レムの腰にしがみついたまま、スピカがキリっとした目でスバルを見据える。その眼差しにがっくりと肩を落とすと、レムが「何をやってるんですか」と呆れた。

 その、レムとスピカとのやり取りに、スバルはなんだか妙に安心して頭を掻く。


「――――」


 思い返せば、このヴォラキア帝国でのとんでもない苦難の日々は、この場にいるスバルとレム、そしてスピカの三人で始まったのだ。

 スバルはレムに弱く、レムはスピカに弱く、スピカはスバルに弱い的な、ジャンケンみたいなパワーバランスからここまで歩いてきた。

 その三者の関係性はいつしか形を変え、そして、今日を機にまた変わる。

 なにせ――、


「やっぱり、レムと離れたくないだろ? 帝国に残るのなんてやめて、俺たちと一緒に王国に帰った方がいいんじゃないか?」


「う!」


「おお、その気になったか! そうだよな! 帝国最悪だもんな!」


「首を横に振っています。スピカちゃんの意思を捻じ曲げるのをやめてください」


 じと目のレムにそう睨まれ、スバルは「うぐ」と頬を硬くして黙らされる。そのレムの胸に背中を預けながら、スピカは真剣な顔で何度も頷いていた。

 その表情からも、彼女がその意思を曲げるつもりがないのがはっきり伝わってくる。

 それはスバルにとって、ひどくひどく、頷くのに苦労する決断だった。


 ――スピカの、ヴォラキア帝国への残留。


 王国へ帰還するスバルたちと別れ、彼女は帝国に残り、ある役目に従事する。

 それがスピカが、スバルがプレアデス戦団との『スパルカ』に現を抜かしている間に周りと話し合い、決めてしまった今後の自分だけの方針だった。


「ヴォラキアに残って、『大災』で生き返った屍人を全員、『星食』でオド・ラグナのところに帰す……その考え自体は応援したいけどさ」


『魔女』スピンクスに蘇らされ、『大災』の尖兵として利用された多くの屍人たち。

 彼らは『大災』が決着した今も、滅びなかったものは逃亡し、帝国に残り続けている。スピカは、その屍人たちを一人残らず平らげるのが自分の役目だと定めた。

 しかし――、


「前とは違って、屍人の無限復活はできなくなってる。『星食』なしでも、ただ倒すだけで退治はできるはずだ。スピカがやらなくてもいいんだぞ?」


「あー、あう。う! うー、う!」


「それだと、死者復活に使われた魂がちゃんと元の場所に帰らない? それは……俺よりも、お前の方が感覚的にわかってることなんだろうけど、どうしてもか?」


「う!」


 説得するスバルの言葉に、決意は固いという顔でスピカが頷く。

 このやり取りもすでに十回近くやっていて、手を変え品を変えスピカの考えを変えさせようと苦心したが、今日までスバルの望んだ成果は得られていなかった。


 腹立たしいのは、スピカのこの決意と決断を相談されたアベルが、スバルが『スパルカ』で手を離せないのをいいことに、すっかり彼女をその気にさせたことだ。

 無論、あの視野狭窄に陥っていたスバルが相談されていても、きっとスピカのために前向きで建設的な話し合いができたとは思えない。

 思えないが――、


「あいつの、水面下で全部思い通りに進めてござい……ってやり方が気に食わねぇ」


「全部、アベルさんが悪いみたいな言い方はよくないと思います。スピカちゃん自身の考えですし、それに最初はミディアムさんに相談にいったんですよ」


「わかってるよ! わかってるけど、こう、モヤモヤするのは仕方ないじゃん……!」


 あくまで感情論でしか話せないスバルに、レムがゆるゆると首を横に振る。

 ただし、そうするレムの表情も寂寥感を隠し切れておらず、彼女もまた、スバルと同じくスピカの今後を熱心に本人と話し合った一人だ。

 こう言ってはなんだが、『記憶』の戻っていないレムにとって、今の自分を形作る要素にスピカの影響は大きい。彼女の方がよほど、スピカと離れることが堪えるはずだ。

 それなのに――、


「私やあなたが、自分の考えや望みを実現するために動くのに、スピカちゃんにはそれがダメなんですか? ……この子は、もうずっと、私たちに心を砕いてくれたのに」


「レム……」


 優しくスピカの頭を撫でながら、レムが少女のその大きな決断を尊重する。

 潔くないスバルに先んじて、彼女はスピカを見送るとしっかり心に決めたのだ。その姿勢はすごいし、レムの言い分はもちろんわかる。


「それでも、辛いは辛い……」


 潔くないと、往生際が悪いと、過保護で過干渉でキモいと言われても、辛い。

 スピカの決断はもちろんすごいが、スバルの正直な気持ちを言えば、『大災』に利用された死者たちの魂に安らかに帰ってもらいたいと思う一方、それ以上にスピカに危ないことをしてもらいたくない気持ちが勝るのだ。

 今の傷心のスバルの本心では、大事な人たちをみんな箱に入れて、肌身離さずスバル自身で持ち歩いておきたいほどだ。


「でも、スピカもレムも俺の箱に入ってくれない……」


「……今の話の流れから、どうして箱の話になるんですか」


「箱はどうでもいいんだよ、箱は! 今重要なのは箱じゃなくてスピカだよ。だろ?」


「箱はあなたが……アベルさんも、この件を重く見ていますよ。だから、スピカちゃんにこの国で一番強い二人を付けてくれるそうじゃないですか」


「セッシーなんか強いだけじゃん! スピカの教育に悪いよ!」


 レムの反論は反論になっていないと、スバルはそう声高に主張する。

 屍人喰らいの旅をすることを決めたスピカに、同行者として付けるとアベルが提案したのが誰であろう、セシルス・セグムントとアラキアの二人なのである。

 確かに、戦闘力が必要な場面においてスピカを心配する理由は掻き消えるだろう。


「でも、それだけだ。むしろ、強さ以外のデメリット面が目立ちすぎて、アベルの野郎がスピカに厄介事押し付けただけじゃねぇか疑惑が濃い」


「邪推しすぎです。アラキアさん……あの女性が取り込んだ精霊が、死者を蘇らせる力の源になっていた。だから、彼女には逃げた屍人の居場所を感知する力があると、アベルさんも説明してくれましたし……」


「俺はアラキアにもトラウマがあるの! 何回も水でやられてる! 話が通じてそうで通じていないセッシーと、通じなさそうで通じないアラキア……やっぱり不安が駆け上ってきた! スピカ! 俺はお前を猛獣使いにするわけには――」


 いかない、と言おうとしたスバルの言葉が途中で断ち切られた。

 それはスバルの胸元に、レムから離れたスピカが飛びついてきたからだ。その軽い体を受け止めて、息を呑んだスバルを、スピカが下から見上げてくる。

 そして――、


「うあう」


 一言、そう言って笑ったスピカの顔に、スバルはその先を言えなくなった。


「……アベルのクソ野郎、俺が忙しくしてる間にスピカと話付けやがって、本当に卑怯で薄汚ぇ奴だ」


「言いすぎです。姑息で悪賢く、性格に難があるぐらいで留めておきましょう」


「それ、俺の言ってることとなんか違う?」


「……私も、スピカちゃんと離れ離れになりたいわけではありませんから」


 弱々しく、掠れた声で恨み節を口にしたスバルに、レムは声の震えを隠して答えた。

 その、レムの寂しい気持ちが伝わってくるのがわかって、スバルは弱さを呑み込む。それから、腕の中のスピカを強く抱き寄せると、


「いいか、アベルもセッシーも当てにするなよ。困ったことがあったら、ミディアムさんとフロップさんを頼れ。手紙も、二人に手伝ってもらって書くんだぞ」


「うー」


「目的と目標を持つのは大事だけど、無理はしすぎるな。焦らず、マイペースでいい。急いで無茶するのが一番危ない。これ、俺の金言だから」


「あー、う!」


「ざっくりとした期限で、はっきりした期日があるもんでもない。だから、このぐらいって俺もお前も言えないけど、それでも……待ってるからな」


「うーう、えあう、あうあ、あーう」


「……お前は、自分の力の使い方をちゃんと決めたんだ。偉いぞ、スピカ。――俺も、お前を見習わなきゃだ」


 本当に、本心からそう思う。

 あの恐ろしい『暴食』の権能を、スピカは自分自身の意思で正しく使うと決めた。その力の使い方で、大きく傷付いた帝国の憂いを取り除く一助となるのだと。

 それこそがスピカの、忌まわしい過去の自分と、ルイ・アルネブと決別する術なのだ。


「――うあう!」


 そのスバルの、心からの敬服が伝わったかはわからない。

 ただ、スピカはくるっと身を回すと、スバルの腕の中から抜け出し、代わりに手を取って引っ張り始めた。その勢いに引かれ、スバルも無理やり歩かされる。

 そうしてスバルを引っ張りながら、スピカは空いた方の手をレムに差し出し、


「えう!」


「……はい、スピカちゃん」


 笑顔と共に呼ばれ、レムがスピカの差し出した手を取った。

 そのまま、真ん中のスピカがスバルとレムと手を繋ぎ、三人で並んで歩き始める。――三人でいたのに、こんな風に並んで歩いたことは、一度もなかった。

 正直、できるとも思わなかった。だけど、帝国での最後の日、これをしていた。


「う!」


 スバルとレムの手に体重をかけて、上機嫌に体を揺らしているスピカ。そんなスピカの頭を飛び越して、スバルとレムの視線が交錯した。

 そして、ふとどちらともなく、噴き出してしまう。


「ぷ」

「ふふっ」

「あーう、うあう!」


 スピカも交えて、三人で笑いながら、待ち合わせ場所まで歩いていく。

 それが、三人で始めたヴォラキア帝国の物語の、三人での締めくくりのひと時だった。



                △▼△▼△▼△



「――件の娘、大罪司教であったなどという厄介な肩書きのものを手放せるのだ。貴様も相応に肩の荷が下りるであろうよ」


「お前な……」


 起こったイベント数からすれば少なすぎる荷物を竜車に積み、帝国くんだりまでえっちらおっちら駆け付けてくれたパトラッシュの首を撫でたスバルに、ヴォラキア皇帝閣下はとても偉そうな面構えでそう言い放った。

 わざわざ見送りに出向いた上に、嫌味を欠かさないその姿勢には恐れ入る。


「本当に頼むから、すぐに謀反からの斬首で政権交代なんてやらかすんじゃねぇぞ。もうお前を助けるために奔走するのはうんざりだ」


「たわけ、貴様の手などもはや不要だ。疾く、王国へ帰るがいい」


「この野郎」


「貴様には貴様の果たすべきがあろう。努々、それを過つな」


「――――」


 それは、アベルが呼吸のように口にする嫌味のようであり、ひどくささやかにそれだけではないニュアンスを孕んだ言葉だった。

 そんな、わかりづらすぎる機微を拾ってもらわないといけない皇帝が、今後の帝国でちゃんとやっていけるのだろうかと不安にもなるが――、


「まぁ、ミディアムさんたちがいれば大丈夫か」


 来たる『大災』と、失われる皇帝という『星詠み』の予言を聞いて、アベルは公私の私のない日々を自分に課し、これまで費やしてきた。

 その戒めが解かれ、この先、アベルはヴィンセント・ヴォラキアとして、初めて『大災』に備える以外の、何にも縛られない皇帝としてやっていくのだ。

 最初は戸惑うかもしれないが、きっと、彼も多少は周りを顧みるようになるだろう。

 その証拠に――、


「此度の危難において、あの娘は大役を担った。加えて、今後の帝国の憂いを取り除くための尽力も約束している。――悪名に比する箔は付けてやる」


「――――」


 それが、帝国に残ると決めたスピカ、その決断を後押ししたアベルの本当の思惑。

 帝国での物語はスバルとレム、そしてスピカの三人から始まった。――その物語に最初に介入した一人であるアベルの、これが彼なりのスバルへの報い方だ。


 たとえ、どれだけ言葉を尽くしても、スピカの過去が『暴食』の大罪司教だった事実は変わらず、そのことで彼女を非難し、拒絶する人間は大勢いる。

 そうした、負の感情を抱く人間を否定することはできないし、するべきでもない。

 それでも、スピカという一人の少女が生きることを、存在を肯定したいと考え、それを形にしたいなら、積み上げるしかないのだ。


 ――スピカがスピカとして生きることが許される、悪名以上の勇名を。


「覚えておけ、ナツキ・スバル。神聖ヴォラキア帝国の剣狼は受けた傷を忘れぬ。その傷が憎悪のものでも、友誼のものでも同じだ」


「アベル……」


「何かあれば言え。貴様と、貴様と道を共にするものは、等しく剣狼の輩である」


 その一言で以て、アベル――ヴィンセント・ヴォラキアの、決して他者に頭を下げることも、おもねることも許されない男の心の内を証されたとスバルは感じる。

 その感覚に、心胆の根っこからの震えを味わうスバルに、アベルは頷いて、


「大儀であった。――道中、そして明日以降、地べたをよく踏みしめて歩け」


「……お前もな。もう、転んでも手ぇ貸してやらねぇから」


「たわけ」


 そう言って、スバルを罵った彼の口元には、嘲り以外の笑みが確かにあったのだった。

 それを見届け――、


「――――」


 背中を向けて、スバルは竜車へ向かい、歩き出す。

 皇帝の眼差しを背に浴びながら歩くスバルを、竜車の傍にいるエミリアたちが待っている。そこまでの道のり、見送りにきてくれている顔ぶれを眺め、そこに当然ながらいてくれるプレアデス戦団の姿に、スバルは小さく息を呑んだ。


「――――」


 スバルの懇願で始まった『スパルカ』、九百三十一人へのケジメも、あと六百七十三発を残したままでは終われないと、そう訴えるスバルに耳を貸してくれなかったみんな。

 そのみんなが揃い、有言不実行のスバルと目が合うと――、


「――ぁ」


 ――並んだプレアデス戦団のみんなが次々と手を上げ、スバルの通る道を無骨な手が花道のように飾った。

 その意図するところがわかり、スバルは一度、顔を上げる。込み上げてくるものが瞳からこぼれ落ちないように耐えて、耐えて、耐えて、耐えてそして――、


「愛してるぜ、みんな!」


 レムに怒られたそれを今一度、口にしながらスバルは走った。

 左右から伸びてくるいくつもの手に、スバルも自分から手を合わせにいく。パチンと、手と手を打つ音が鳴って、それがまるで雨音のように絶え間なく連鎖する。

 手と手を打つだけでなく、スバルの体を叩いてくる手もあった。それに揉まれ、揉まれ揉まれ、たぶん、残りが六百七十三発であることなんて忘れて、ナツキ・シュバルツを知るものたちが、スバルの『スパルカ』に力を貸す。


「なかなか本職も楽しかった」


 分厚くて大きな四つの手に、背中を叩かれた。


「お前のおかげで、ただの粉挽屋の倅が夢を見られたぞ!」


 その見た目からは想像できないくらい、しっかりしなやかな男と手を打ち付け合った。


「チキショウチキショウ! ありがとよぉ、シュバルツ!」


 いつも通り涙目になりながら、舌を震わせて喚く蜥蜴人の尾に拳を合わせた。


「忘れるな……オレたちは、お前の……仲間だ……!」


 すれ違いざま、横っ面に強めの拳骨が打ち込まれ、「わかった」と顎を押さえて頷いた。

 そして――、


「――シュバルツ様」


 全員にもみくちゃにされた場を潜り抜け、最後に待っていたキモノの少女の前へ。彼女は同じくキモノを着込んだ女性、ヨルナと一緒にスバルを待っていた。

 その二人の前で足を止めて、スバルは先にヨルナと目を合わせる。


「ヨルナさん、色々ありがとう。あと……」


「謝罪は、不要でありんす。あの子のことは、わっちとあの子とのこと」


「――――」


「また、いつでも顔を見せにきなんし。主さんなら大歓迎でありんす」


 優しく唇を綻ばせる魔都の女主人に、スバルは「ああ」と深く頷いた。

 それから改めて、ヨルナと並んでいる少女、タンザと向かい合い――、


「シュバルツ様って、また呼んでくれたな」


「――。それが一番、私にとっては口馴染みした呼び方でしたので」


「俺も、お前にはそう呼んでもらわなきゃしっくりこないよ」


 そうふやけた笑みを浮かべ、スバルはその場にしゃがみ込んだ。

 以前は同じ目線の高さだったが、今はこうして膝を曲げないと高さが合わない。そんな身長差に戻った今も、彼女とは同じ目線で話がしたかった。

 だって、タンザはスバルの、帝国で揺るぎなく、欠かせぬ恩人だった。


「――次こそはきっと、負けません」


「――? なんです?」


「お前が俺にかけてくれた魔法だよ。それがあったから、諦めないで済んだ」


 黒目がちの目を瞬かせ、タンザが自分の記憶に同じ言葉を探し求める。しかし、どれだけ頑張ってもそれは出てこない。

 その、スバルが決して返し切れない大恩は、もうスバルの中にしかないからだ。


 それでいい。それが、この世界で起きていてもいなくても、いい。

 スバルの中に、薄れない感謝と喜びが、確かにあるから――。


「愛してるぜ、タンザ」


「……そんな調子でいらっしゃると、きっと後悔されますよ、シュバルツ様」


「似たことレムにも言われた。もっと時間があったら、二人とも仲良くなれそう……その代わりに、俺が冷たい眼差しで死ぬか!?」


「勝手に盛り上がって、勝手に死なないでくださいませんか。……それに、今生の別れのような態度は、あとでシュバルツ様の首を絞めると思います」


「うん? それ、どういう意味?」


「そのうちわかりますよ」


 首を傾げたスバルに、タンザは答えを教えてくれない。

 ただ、スバルの差し出した手に自分の手を軽く打ち合わせ、戦団の仲間と同じように『スパルカ』に付き合ったあと、その手を両手で優しく握り、


「思いの外、長くお世話させていただきました。どうぞ、心健やかに」


「その長い挨拶、もっと短い言い方があるんだぜ」


「言いません。お帰りください」


 つれない態度のタンザに手を離され、スバルは苦笑し、その手で彼女の頭を撫でた。

 それを振り切られなかったことと、何やらちょっとした謎を残したその態度を、スバルは彼女からの贈り物として受け取った。

 そして――、


「う!」


 振り向いた先、竜車の前にレムと並んでスピカが待っている。

 もう散々、未練がましいことは言った。それでも今一度、一緒に連れ去りたい気持ちを伝えようと思ったが、スピカの抱擁に、全て遮られる。

 ぎゅっと、飛びついてくるスピカを抱きしめ、頭を撫でて、スバルは顔を上げ、


「本気で、スピカのこと頼んだぜ、セッシー」


「オーライです、ボス!」


 頼もしいのに心配が尽きない引受け人の返事に、スバルは彼と最後のハイタッチ。

 それをして、振り向く。


 そこにいる顔ぶれ、その全員を見渡して、スバルは息を吸った。

 そして――、


「また会おうぜ、みんな! ――ヴィクトリー!!」


「「――ヴィクトリー!!」」


 両手を天に突き上げて、そう叫んだスバルに、プレアデス戦団の声が響き渡る。

 その勢いに、戦団のお約束を知らない面々は盛大に驚き、逆に戦団のものたちは大いに笑い、涙し、そんな馬鹿馬鹿しくうるさい光景が広がった。


「――最後まで、不敬極まりない大たわけ者め」


 そう、ヴォラキア皇帝がコメントするほど、馬鹿馬鹿しく騒がしい別れの光景が。



                △▼△▼△▼△



「……スピカ、大丈夫かな。俺たち抜きでうまくやってけんのかよ」


「もう、ずーっとずーっとうるさいかしら! 心配無用なのよ! あの娘の方が、スバルよりよっぽどちゃんと現実が見えてるかしら!」


 帰路につく竜車の中、頬杖をつきながら窓の外を眺め続けるスバルを、その膝の上に座ったベアトリスが頬を引っ張って叱りつける。

 そのベアトリスの叱責に唇を曲げながら、しかし、スバルは反論できない。


 実際、そうなのだ。ベアトリスの言う通り、スピカの方が現実的な考え方をしている。

 大罪司教という過去を重く考え、スピカはその悪名を追い払うために動き出した。たとえそれが、身に覚えのない『自分』というものの罪であっても、だ。


「散々、あなたがスピカちゃんに冷たく当たっていましたから、あの子も自分の置かれた立場を知る機会はありましたしね」


「あら、そう。事情が事情とはいえ、さすがバルスね。自分にあれだけ懐いている娘に対しても心の狭量さは健在というわけ」


「うぐうっ」


 対面、並んで手を重ねている鬼の姉妹から鬼の舌鋒が飛んでくる。

 それもまた、言い返すことのできないスバルの足跡の指摘だ。姉妹の息が合っていて微笑ましいことだが、微笑ましんでばかりもいられない切れ味。


「僕個人としては、あの子の判断に安心していますけどね。元々、連れ帰るのであれば、箱に閉じ込めるぐらいの危機管理が必要な子ですし……」


「俺の箱とお前の箱、ちょっと役割と居心地が違いそうなのは気のせい?」


「どうでしょうかね。いずれにせよ、帝国ともアナスタシア陣営とも、この件に関しては共犯関係……落とし所としては上々、と思います」


「難ッしいことはわかんねェけどよォ、ゾンビが全部片付いッたら、晴れて帝国から戻ってくんだろォ? なら、とっととッ片付きゃいいよなァ」


 厳しく現実的な目線の話をするオットーに対し、素直にスピカの合流を心待ちにしてくれるガーフィールの態度がスバルにはありがたい。

 ガーフィールも、大罪司教を厭う気持ちはあるだろうが――、


「俺様だって、大将たちとやり合って殺しッかけたこともあらァ。『ヴィヌエールの二度漬け』って、チャンスがあっても悪かねェだろ」


「お前は懐がでっけぇなぁ。それに比べて……」


「言っておきますが、ナツキさんとガーフィールの懐は大きいんじゃなく、無責任に穴が開いてるって方が適切ですからねえ!」


 声を高くし、そう怒鳴るオットーにスバルとガーフィールが拳を合わせる。

 オットーのこの勢いのある声を聞くのも久しぶりだ。ようよう、帝国を救わなければという重責からも解放され、スバルも元の調子が戻ってきた。

 もっとも、それで仲間たちへの心配や、離れ離れのスピカを案じる気持ちが小さくなるなんてことはないけれど――、


「――みんな、一緒にいるからね」


 ふと、目を細めたスバルの横顔に、隣に座るエミリアがそう声をかけてくれる。

 きゅっと、優しく手を握られる感触に振り向くと、柔らかな紫紺の瞳が、スバルを慈しむように見つめていて、胸が締め付けられた。


 誰も、スバルに聞かなかった。

 もう大丈夫なのかとか、落ち込んでいないかとか、そういう、当たり前のことを。

 落ち込んでいるし、傷付いているし、もう大丈夫かどうかなんてわからない。そんな、スバルの気持ちを聞くまでもなくわかってくれているから。


「ありがとう、エミリア。――俺を、助けにきてくれて」


「ん」


「ありがとう、みんな。――俺たちを、助けにきてくれて」


 国境を飛び越えて、修羅の国であるヴォラキア帝国へ、スバルたちを助けるためにやってきてくれたエミリアに、みんなに、スバルはそう感謝を告げる。

 そのスバルの感謝に、皆が皆、思い思いの返事をしてくれて――、


「――――」


 取りこぼしてしまったものは、ある。

 この、指の隙間をすり抜けて、決して届くことのできない彼方へ去ったものが。

 彼女らしい、生き様だった。何一つ、スバルや他の人間の思い通りになんてならない。最後の最後まで、どこまでいっても、本当に。

 だからなのか、後悔はたくさん、たくさんあるのに――、


「――今は、お前の笑った顔しか、思い出せない」


 不敵で傲慢、そんな姿ばかりをスバルの思い出に焼き付けていった彼女を悼む。

 それがナツキ・スバルの、最後の時を自分との語らいに使ってくれた彼女への、心からの感謝と謝意がないまぜになった哀悼だった。

 そして――、


「――――」


 寄り添ってくれる仲間たちに恵まれながら、スバルは王国へと向かっているもう一台の竜車――亡きプリシラの陣営、遺されたものたちの方を気にする。

 プリシラの、バーリエル領の今後については、あちらへ同乗しているロズワールが相談に乗っているだろうが、スバルの意識は別の問題にある。

 それは――、


「――アル」


 プリシラの最期の場面に立ち会い、最後の最後まで彼女を抱きすくめていたアル。

 スバルが『スパルカ』に挑み、アベルが妹の遺志を忘れまいと仕事に没頭し、多くのものが彼女のいなくなった穴を埋めようと足掻く中、彼は部屋に独りこもり続けた。


 あるいは、そのまま消えていなくなってしまうのではないかと思われるほど、その喪失感に打ちのめされていた彼は、王国への帰路についている。

 その、アルが王国へ戻る目的、それは――、


『――兄弟、頼みがある。小耳に挟んだんだよ。『賢者』の塔の話。その塔の中にある、死んだ人の記録が読める、本が読みてぇんだ』


「……プリシラの、『死者の書』」


 それを手にすることが、ああも高潔に消えていったプリシラの望みを踏みにじることにならないか、スバルにも迷いがある。

 それでも、あの場に居合わせ、アルとプリシラの別れと、その後のアルの絶望を知っているスバルだからこそ、力になりたい。

 だから――、


「また、お前の力を借りにいっていいか、シャウラ」


 再び、あの砂の海の果ての塔へと、巡礼へ赴くことが、スバルがアルのためにしてやれる、『死に戻り』以外での応え方なのだと。

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― 新着の感想 ―
俺もみんなのこと愛してるぜー!
[良い点] 次こそはきっと、負けません。 この言葉があったからまた復活できた。
[良い点] スピカが王国に行ってもラインハルトに斬られそうだしこれでよかったと思う あいつは英雄にしかなれないからな
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