第八章70 『最後の策』
――渦巻いた分厚い雲を内側から吹き飛ばすように爆風が広がり、それは近付きつつある夕暮れに先んじて帝都の空を赤々と染め上げた。
爆発の光は空を仰いだものたちの目を焼く被害を生んだが、帝都そのものを吹き飛ばしかねなかった大惨事と比べれば極小のそれに留まったと言える。
それは帝都に集った『ヴォラキア帝国を滅亡から救い隊』の面々の協力が果たした、幾重にも敷かれた『大災』の滅びの罠を回避し続けた証だ。
全員が全員、『大災』の張った罠の全体像を把握していたわけではない。
あくまで、それぞれが持てるポテンシャルを最大限発揮し、自分の手の届く範囲の滅びの原因を取り除いて回っただけ。そのための命のリレーは、もはや生者と死者の垣根を越えて繰り広げられており、帝都ルプガナの勢力図は混沌の極みにある。
それでも、断固として動かざる事実が一つある。それは徹頭徹尾、『大災』を率いるスピンクスだけは、何があろうと帝国の生きとし生ける全てのものの敵であるということ。
そして、『魔女』の練った幾重もの滅亡への布石は、最終段階へ突入する――。
「――うおおおお!?」
轟然と、彼方の空で雲が吹き飛ぶ爆発が起こり、光に目を奪われるスバルは立て続けの状況の激変に大きく喉を震わせた。
悲鳴とも歓声ともつかない絶叫は、目前の出来事への素直な反応の表れだ。
水晶宮から放たれた破滅の火をベアトリスと共に打ち消し、次いでそこへ現れた『三つ首』の邪龍の猛攻からロズワールに救われ、そこから目の回るような空中戦が始まるかと思いきや、彼方の空で大爆発が起こったのだ。
何事かと混乱をきたすには十分すぎる忙しさだが、死したる龍は空の光になど目もくれず、集中を乱した哀れな獲物へとそれぞれの首を伸ばした。
「――――ッッ」
邪龍の首は三つで、獲物はスバルとベアトリス、ロズワールとちょうど三人。首一本の大口で十分間に合うサイズ感を、競い合うように邪龍の三本の首が迫る。
その鋭い屍龍の牙が、スバルたちの命を引き裂く――寸前だ。
「一刀両断――!」
「取らせへんよ」
左右、邪龍の斜め下から急上昇する二つの影が、それぞれの方向から一撃を叩き込み、三本の首の左右二本が叩き斬られ、抉り飛ばされ、吹き飛んだ。
それをしたのは漆黒の獣毛の狼人と、けたたましく地上から天へ上った青い雷――、
「ハリベルさんと、でけぇセッシー!?」
「ははははは! こんなところで奇遇ですねボス。最終ステージなのでいるものとは思ってましたけどさっきの見せ場はお見事でした! これは僕も負けられないなと大急ぎで空に上がりましたがドラゴン退治じゃ不完全燃焼ですね?」
目を剥くスバルの視界、ジャンプした空で刀を一閃したのはセシルス――それも、スバルが初めて目にかかる、大人状態の彼だった。あくまで疑惑止まりだった彼の『幼児化』が事実だったことと、一足先にそれが解けているのを合わせると、
「オルバルトさんと会って解いてもらったのか?」
「いえいえ自力で解きました! そこは僕のスペシャリティなのでさておくとしてなかなか愉快な取り合わせですね。そこにいるのはハリベルさんでしょ?」
あっけらかんと答え、セシルスがそう顎をしゃくった先にはハリベルがいる。
スバルとベアトリスと魔晶砲に間に合わせるのに力を貸した彼は、すぐさま自分でも空へ追いついて、邪龍の攻撃の阻止に加わってくれたのだ。
その彼はセシルスの視線に「いやぁ」と苦笑すると、
「僕からしたら、そちらさんがする分の仕事の代役ってとこやけどね」
「ほほう、僕の代役とは大きく出ましたね! もっともそれが務まるのも相応の役者だけですからハリベルさんはいい線いってると思いますよ。――ととと」
一見、和やかなやり取りだが、場所は空中で死闘の最中だ。
二本の首を吹き飛ばされ、それでも真ん中の首を一本残した邪龍は翼をはためかせ、突然に割り込んだ二人の超越者から逃れようと一気に距離を取った。
本能的な判断だろうが、それで正解だ。実際、セシルスもハリベルもジャンプして空中に上がれても、自由に空を飛び回れるわけではない。
だが――、
「――そこは私が補える範疇だーぁね」
スバルとベアトリスを小脇に抱えたロズワール、そう彼が口にした直後、空気中の塵が瞬時に集まったかと思うと、そこに即席の足場が生まれる。
その足場はセシルスとハリベルに、跳躍する溜めを用意させた。
「首一本でも龍は龍や」
「大一番を邪魔されてもなんです。サクッと落としておきましょう!」
地上で最も強壮たる生物である『龍』、紛れもなくその一頭の邪龍を相手に、そう軽々しく言い放てるものがどれほどいるだろうか。
しかも、二人は即座にそれが冗句や大口の類でないことを実力で証明してみせた。
――青と黒の閃光が空を奔り、有利な距離を作ろうとした邪龍へ瞬時に追いつく。
刹那、空中で三体に分かれた狼人に『死穴』を穿たれ、邪龍の両翼は千切れ飛ぶ。しかし、龍に惨めな墜落死など武人はさせない。
雷光一閃、夢を実現する刀の斬撃が邪龍の黒い鱗を縦に割り、命が両断される。
それはこの世で最も呆気ない、伝説級の龍退治の一幕だった。
「……とんでもない奴らなのよ」
同じものを目の当たりにしたベアトリスの呟きに、スバルも心の底から同意する。
情報としてはわかっていた地上最強の共演は、スバルの単純な想像を超えた無敵感だ。実際、味方にラインハルトがいるのと同じで負ける気がしない。
セシルスも大きくなった今、ハリベルと合わせ、その気持ちはますます――、
「――まだだ、兄弟!!」
そのスバルの内心の緩みに、横っ面を殴るような声が飛び込んでくる。
見ればそれは、原形をとどめていない第二頂点だったエリア、地面がぐつぐつと煮えたぎるマグマのようになった場所に立ち尽くす、見知った兜の男――アルだった。
帝都で行方知れずになった一人だったアル、彼は地上から決死の声を張り上げる。
それは――、
「まだ星の巡りは変わってねぇ! 『魔女』はまだ何か仕込んでやがる!!」
△▼△▼△▼△
矢継ぎ早に起こる状況の変化に、ヴィンセントは思考の加熱と加速を感じる。
『賢帝』などと持て囃されようと、ヴィンセントは自分が他者より特別賢いなどと考えたことはない。強いて他者より意識付けていることがあるとすれば、それは考えを巡らせる深さと幅の広さ、答えを出すのにかけた時間の差に他ならない。
そして、そのかけた時間の差というものは、誰もが頭上の輝きに目を奪われている最中でも動き出せるかどうか、そうした些細な時間の使い方で変わってくる。
「――――」
『魔女』の謀で火を入れられ、崩壊寸前へ至った水晶宮の魔核――モグロ・ハガネの本体を手に、屍人のはずのバルロイ・テメグリフが空へ昇った。
結果、それは水晶宮への誘爆を回避し、帝都を、ひいては帝国を滅亡から救った。
もっとも、あのバルロイのことだ。彼が本心から守りたかったのは、帝国でも帝都でもなく、もっと身近で情を寄せられる誰かだったのだろう。
いずれにせよ、死したるバルロイの挺身の成果が帝都の無事と、渦巻く雲が吹き散らされた夕空の光景――、
「だが、これで終わりか?」
すぐ傍らで、意識のないマデリンを抱いたミディアムの頬を涙が伝う。それを視界の端に入れながら、ヴィンセントは非情に徹した思考を走らせた。
皇妃となる立場を盾に、命をなげうとうとしたヴィンセントを引き止めたミディアム。強く、余裕のある皇帝なら彼女に慰めの言葉や、寄り添う態度を示したろう。
しかし、ヴィンセントはいずれでもない。――故に、ミディアムに何もしてやれない。彼女に何もしてやれない分、ヴィンセントの頭は冷たく働く。
「『大災』は手を休めず、ことごとく滅びの一手を打ち続けてきた。加えて、いずれの策も二段構えの隙のなさだ」
死者を蘇らせた『不死王の秘蹟』は、『石塊』ムスペルの力を源としており、屍人を倒し続ければやがては『石塊』の力が底を突き、帝国の大地の崩落を招くものだった。
先の魔晶砲の砲撃、その標的はヴィンセントの位置からは不明だ。だが、砲撃後、高まった魔核へと熱を入れ、帝都を吹き飛ばす爆弾とする置き土産を残された。
単純に脅威を退けさえすれば、それでしのぎ切ったと考えるのは浅はかだ。
まだ何か、『大災』が次なる手を用意しているとすれば――、
「――――」
ふと、ヴィンセントの脳裏をある可能性が過った。
それは深謀遠慮というよりも、もはや言いがかりか被害妄想に近い発想の代物だ。しかし、考えついた以上は可能性を検証しなければならない。自分に思いつくことは、時間の多寡で誰しも思いつくこととヴィンセントは弁えている。
ならば、これもそうだ。
「オルバルト・ダンクルケン! くまなく城は調べたか!」
「オイオイ、閣下、こちとら両手なくしてんじゃぜ? こっから先のワシの哀れな介護生活をもうちょい儚んでくれても……」
「――城内で、プリシラ・バーリエルを見たか? 生死は問わん」
「――――」
「答えよ! 時間を無駄にはできん!」
「――。赤い目ぇして派手なドレスって話の嬢ちゃんじゃろ? 見てねえんじゃぜ。面倒な術者も、魂弄くられた連中も殺して回ったけどよ」
ヴィンセントの剣幕に、白眉を片方上げたオルバルトがそう答える。
元より、水晶宮に潜入するオルバルトに任されていた役目が城の徹底捜索――その目的の大枠は、『不死王の秘蹟』の術式の破壊にあった。
妨害の結果、そちらの目的も満足に果たせたとは言い難いようだが――、
「手ぶらどころか手もなくしてんのに収穫ねえのよ。ワシ、『将』とかクビ?」
「貴様の進退は後回しだ。だが、貴様の目で見つからぬとなれば――」
「アベルちん?」
血の気の失せた白い顔で、それでも普段通りにおどけてみせる怪老。そのオルバルトとヴィンセントのやり取りに、空から視線を下ろしたミディアムが疑問の声。
バルロイの決着の余韻を引きずったまま、青い瞳で問いかけてくるミディアムに、ヴィンセントは苦々しく、瓦礫の散乱する床を踏みしめた。
そして――、
「――プリシラが囚われているのは水晶宮ではない。その理由までは推察できぬが……敵の、少なくともその一部の目的はあれを帝国の滅びと立ち会わせることにあるからだ」
△▼△▼△▼△
――アルデバランがナツキ・スバルに星の巡りと呼びかけ、ヴィンセント・ヴォラキアが真意はわからないまでも、『大災』の中心たる『魔女』の狙いを看破した。
そこに至るまでの一連の出来事を目の当たりにして、囚われのプリシラ・バーリエルも己の置かれた状況を正確に類推するに至った。
「元より、不可解ではあった。貴様の目的が妾にあるのであれば、アラキアの死はいざ知らず、帝国の崩壊は都合が悪いはずであったからな」
浮かべられたいくつもの水鏡には、帝都の戦いのみならず、『城塞都市』で繰り広げられる攻防戦、それ以外にも帝国各地で屍人の被害に遭う人々が映し出されている。
まさしく、『大災』の脅威が帝国全土へ燃え広がっている証だ。
それらをプリシラに見せつけ、彼女の心を絶望に染め上げる。――できるかどうかはともかくとして、そうした狙いはわかりやすい。
しかし――、
「『石塊』の死がもたらす帝国の滅びは、貴様の目的には能わぬ。究極、ここで妾の命を奪うことは貴様の望みではないからだ。故に――」
「故に?」
「――妾を繋いでいるのは、水晶宮の地下牢ではない」
スピンクスが重ねて、帝国の滅びを厭わぬ策を講じ続けるのは、その滅びがプリシラへと届かないことを確信しているからに他ならない。
プリシラを生かしたまま帝国を滅ぼす。――条件を満たす方法は単純明快だ。
「――――」
その確信を得てから周囲を見ても、視界の地下牢に記憶との齟齬は見当たらない。
プリスカ時代、城の地下牢に足を運んだのは好奇心の赴いた一度しかないが、プリシラの記憶と寸分狂いのない地下牢は、おそらく空間を丸ごとずらした代物だ。
地下牢の空間そのものを、ヴォラキア帝国の滅亡と無関係の場所――異空間のようなところへ移し替え、戦場と化した帝都の観覧者としてプリシラを置いている。
その証拠に、いつからか帝都で起こっている激戦の揺れが牢に届かなくなっていた。
「だが、よりにもよって妾を観覧者の位置へ置くか。他のヴォラキア皇族はいざ知らず、妾への不敬の行い方を弁えたものよな」
「迂闊な手出しを禁じる。あなたには有効な手立てかと。要・対策です」
「迂闊も対策も好まぬ言葉だが、貴様の抗う姿勢に免じて目こぼししてやろう」
スピンクスからの応答にそう応じ、プリシラは思案する。
『魔女』の思惑としては、プリシラが何らかの行動に出ることよりも、何者かがプリシラを助けにくる可能性の芽を摘むのが狙いだろう。
それ自体は正しい。――入口のわからない異空間への幽閉だ。これで、外部からプリシラが救出される目はほとんど潰えたと言っていい。
ただし――、
「不自由は、貴様にも同じことが言えよう?」
「――。どういう意味です?」
「簡単な話じゃ。――何故、貴様は自らを無制限に複製し、数多の貴様で以て数多の星を落とし、帝国の大地を焼き、滅ぼし尽くそうとせぬのか」
「――――」
「妾を天墜に巻き込まぬ確信があるなら、それが最も手っ取り早く貴様の目的を果たす方法よ。それをしない理由は明々白々……したくともできぬとしか考えられぬ」
無言のスピンクスに、プリシラは自説を滔々と言って聞かせる。
一度、『陽剣』の焔で焼かれた結果、スピンクスは自らの魂の在り様を変化させ、その造物目的とやらを果たすために『強欲の魔女』へと魂の器を作り変えた。その時点で、『大災』を起こしたスピンクスの目的、その二つの内の一つは果たされたのだ。
あとはプリシラを絶望させるため、ヴォラキア帝国を滅ぼしてしまえばいい。そのためには無制限にスピンクスを作り出し、地上に流星群を落とせばいいのだ。
だが、スピンクスはそれをしない。
「業腹だが、ラミアの真似事をして数を増やした貴様を見て直感した。器自体の数をどれほど増やそうと、その根底たる魂は共有する。――すなわち、スピンクスという魂の持ち主が保有するマナの大元は一元化されていよう」
それが、『強欲の魔女』として蘇ったスピンクスの抱える存在的欠陥だ。
『不死王の秘蹟』の術式の悪用により、幾度でも蘇り、幾人もの自分を作り出せる状態にある屍人だが、大元となる魂が同じである以上、それが有する以上のマナを持てない。
スピンクスは帝都奪還を志すものたちとすでに幾度も激戦を繰り広げ、さらには星を落とす大魔法を幾度も行使している。『強欲の魔女』がどれだけ優れた魔法使いだろうと、持ち得る力には限度があって当然だ。
「それ故に、貴様は複製する己の数に制限をかけねばならん。加えて、その内の一体を妾の下へ釘付けにするのは、妾の対話相手を務めるためではあるまい? 直接、ここに貴様がいなければ、この空間が維持できぬからであろう」
自らが敵の首魁と名乗り、プリシラの前に姿を現して以来、スピンクスは一度もプリシラを地下牢で一人にしていない。それは刻一刻と変わる状況の中、プリシラの表情や心に傷が入るのを見逃さないためとも取れるが、もっと切実な理由も考えられる。
端的に言って、それが必要だから行っているという答えだ。
「――――」
そのプリシラの指摘に対し、スピンクスは沈黙を守り続ける。
受け答えしなければ、良くも悪くも相手に情報を渡さずにおけるという考えもあるが、プリシラに言わせれば二流の腹芸だ。スピンクスもわかっているだろう。
時に沈黙は、言葉よりも雄弁に疑惑を裏付ける効果を持つのだと。
――プリシラの推測が正しければ、スピンクスはその魂が持てる力のほとんど大部分を使い果たした状態にある。
そうでなければ、制限がかかっているとはいえ、それでも帝都や帝国の各地に点在させている同一の自分に働きかけ、休む暇を与えない攻勢をかけていたはずだ。
戦略的に、それをしない理由はない。
つまり、ついに『大災』を率いるスピンクスの企ては打ち止めに達した――。
「――そうではなかろう?」
その、自分自身の推論を、プリシラは片目をつむってそう否定した。
そこに込められた感情は、この場に他の聞き手がいれば耳を疑うものだったかもしれない。何故ならプリシラのその問いには、相手の思惑を看破してやりたい優越感や、あるいは疑り深さを理由とした猜疑心が込められていたのではなかった。
そこにあったのは、ある種の期待だ。
陥った袋小路、その手詰まりの状況さえ、相手は越えてくると想定したもの。
そして、そのプリシラの問いを受け、スピンクスは微かに目を見張った。見張って、その上で『魔女』は唇を笑みの形に歪めた。
――それはプリシラとスピンクスの、最後の大勝負の火蓋が切られた瞬間だった。
△▼△▼△▼△
同一の魂から蘇ったスピンクスたちはそれぞれが独立し、意識は共有されていない。
そのため、全部で七体顕現している『強欲の魔女』たるスピンクスの中で、プリシラが自分たちの思惑を読み切ったと知っているのは、彼女と相対する一体だけ。
しかし、それは七体のスピンクスの思惑に影響を与えない。
何故なら、最初からプリシラは自分たちの思惑を看破し、言い当ててくるだろうことを前提とした策を講じてあったからだ。
答え合わせをしたのはプリシラと相対する一体だけだが、繋がれた彼女の推察はそのほとんどが正解であり、常軌を逸した洞察力にはスピンクスをして感嘆しかない。
彼女の言う通り、複数のスピンクスは大元の魂でマナを共有しており、その数を増やせば増やすほどに一体のスピンクスが扱えるマナの量は目減りする。
ここ数日間の休みない戦闘により、すでに星を落とすアル・シャリオのような大魔法を行使するには心許ないマナしか残されていないのが現実だ。
無論、大魔法ばかりが魔法使いの腕の見せ所ではない。
『強欲の魔女』としての知識を引き継いでいるスピンクスには、使用するマナの多寡と成果の釣り合わない小技を駆使する選択肢もいくらでもある。
しかし、そうした小技で翻弄するには規格外の超越者が控えているのもまた事実。
特に、死の呪をもたらす狼人と、星を斬る剣客の存在は無視できない。
それ故に、七体のスピンクス――『城塞都市』ガークラの大戦に参加する一体と、プリシラの監視を務める一体を除いた五体のスピンクスは、最後の策へ手を伸ばす。
『石塊』と同化したアラキアを直接暗殺するのには失敗した。
そのアラキアを抹殺するべく、魔晶砲による極大砲撃による攻撃も失敗した。
魔晶砲を放った直後の魔核に火を入れ、暴走と臨界突破による帝都の消滅も失敗した。
それら失敗した全部の策を布石に、帝都ルプガナの五ヶ所に点在するスピンクスたちは敷いた魔法陣を起動――本命である、水晶宮の魔晶石に干渉する。
「――多重魔法陣起動、最後の策を実行します。要・重要です」
それは魔核の暴走により、水晶宮の魔晶石を触媒に帝都を吹き飛ばそうとした策とは根本的に異なる計画。暴走状態にあったとはいえ、それでも水晶宮という『ミーティア』の制御権は魔核であるモグロ・ハガネにあった。
だが、その魔核が失われ、爆発の危機を免れた水晶宮は現在、無防備な状態にある。
モグロ・ハガネの存在が消えた今、水晶宮を構成する魔晶石の支配権は空席だ。
そこにあるのは長い歳月、莫大な力を溜め込んだ無色のマナの塊であり、そしてそれはマナが底を吐く寸前である『魔女』にとって垂涎の供え物だった。
帝都ルプガナを象徴する星型の城塞、その五つの頂点と重ならない形の逆さの五稜星の位置に配置され、五体のスピンクスたちは巨大な魔法陣を展開した。
それはモグロ・ハガネという制御権を失った水晶宮の魔晶石に干渉し、その莫大なマナをごっそりと簒奪するためのものだった。
そして、ヴォラキア帝国の滅亡と直結しない『魔女』の企てを、ここまでいくつもの策謀を破壊してきたナツキ・スバルも、ヴィンセント・ヴォラキアも挫けない。
それは『青き雷光』セシルス・セグムントも、『礼賛者』ハリベルも、『精霊喰らい』アラキアも『悪辣翁』オルバルト・ダンクルケンも、『極彩色』ヨルナ・ミシグレも『荊棘帝』ユーガルド・ヴォラキアも、ロズワール・L・メイザースも、ベアトリスも、ガーフィール・ティンゼルも、ミディアム・オコーネルもタンザもハインケルも同じだった。
ただ一人――、
「――。魔法陣が、不完全?」
魔法陣を起動するはずの五体のスピンクス――その内の、最北の一体が魔法陣の起動に加わらず、不完全な術式の起動に『魔女』たちは違和を抱く。
それが皮肉にも、『強欲の魔女』と『嫉妬の魔女』――どちらも、『魔女』を継ぐもの同士の衝突が原因であると、この時点では誰も気付けぬままに。