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Re:ゼロから始める異世界生活  作者: 鼠色猫/長月達平
第八章 『ヴィンセント・ヴォラキア』
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第八章66 『魔晶砲』



 ――時は、セシルス・セグムントが星斬りを果たす前に遡る。



「それやから、僕よりやる気満々のお人が飛んでっとるんよ。相手がまぁ、僕より強いんでもない限りは問題ないんちゃうかな」


「ハリベルさんより強いってなると……」


「絶対僕より強いんは、王国の『剣聖』だけやねえ。それ以外は相性と状況」


 やんわりとしたハリベルの答えに、スバルは頼もしさと戦慄を覚える。

 セシルスもそうだが、強者が堂々と自分の強さを誇ってくれるのは味方として心強い以外の何物でもない。それが世界最強クラスならなおさらだ。

 だからこそ、その世界最強クラスが『絶対』と強さを保証するラインハルトの規格外さには、大きく喉を鳴らさずにはいられなかった。


「貴様ら、雑談とはずいぶんと余裕だな?」


 そのスバルとハリベルのやり取りに、アベルの不機嫌な声が割り込んでくる。

『陽剣』を手に、一行の先頭を走る彼は真紅の宝剣で炎の線を引きながら、途上に駆け込んでくる屍人を斬り払い、その存在を発火させる切り込み役を果たしている。

 元々、子どものスバルとキャットファイトするのが関の山のアベルに、一流の武芸者と遜色のない動きをさせてみせる『陽剣』の力は凄まじい。

 正直、俊敏に地を蹴って剣舞するアベルの姿の違和感に脳がバグりそうだ。


「不敬者めらが、皇帝ばかりを戦わせるな」


「うるせぇ、切り札隠してた罰だ。それに、お前ばっかり働かせてるわけじゃ――」


 ない、とスバルが言い切る前に、地響きがそれを打ち切った。


「――――」


 地響きの原因、それは空から飛び降りてきた二体の屍人だ。

 巨漢と長身の二者が道を阻むように着地し、仏頂面のアベルと、それを睨んだスバルのそれぞれの背後で武器を振り上げ、戦場で言い合う愚かさの報いを払わせようと――、


「『怪腕』ロンダンド」


 自分の真後ろに現れた屍人を『陽剣』で突き刺し、その存在を燃え上がらせながら、アベルは静かな黒瞳にスバルの背後の屍人を映して名前を呼んだ。

 その差し出された名前を受け取り、スバルは後ろに立つ異様に右腕だけ発達した男を振り返り、その不意打ちの拳を立てた指一本で受け止めているハリベルを見る。

 巨漢相手に力比べで圧倒、したわけではない。


「悲観せんでええよ、君は力持ちや。たぁだ地面に逃がしただけ」


 踵を浮かせて立つハリベル、その足下で街路が水面のように波打って衝撃が散る。それは『怪腕』の剛力と、同時にハリベルとの格の違いを浮き彫りにしていた。

 その慰めになるのかならないのか、いずれにせよ、介錯仕る。


「ロンダンド!」

「う!」


 動きの止まった『怪腕』の胴に、スバルと手を繋ぐスピカの掌が当てられる。次の瞬間には屍人の役割を剥がされ、敵意に濁った相手――ロンダンドが目を瞬かせた。

 指先から塵に変わり、押し付けられた使命から解放されるロンダンド。そうして消える彼らの顔が安堵して見えるのは、スバルがそう思いたいだけだろうか。


「魂を焼かれるより、よっぽど安らかな終わり方のはずかしら」


 そのスバルの感傷を、スピカとは反対の手を握るベアトリスがわかってくれる。

 相棒のその優しい計らいに、スバルは「そうだな」と小さな手を握り返し、それから傍らの狼人の顔を見上げた。


「ハリベルさん、助かった! ありがとう!」


「ええよええよ、皇帝さんの言う通りや。僕も余所見ばっかりしてへんと、せめて寝てる子ぉの代わり分ぐらいは働かんとやから」


 謝意に笑い、くわえた煙管を噛んで上下させるハリベル。

 その狼人の腕には意識のないジャマルが抱えられているが、堂々と実力を誇るのと裏腹に、その働きぶりに関しては謙遜が過ぎるだろう。

 ジャマルには悪いが、彼が抜けた穴を埋めて余りある援軍だ。


「ジャマルの代わりぐらいの働きで満足されたら困るのよ。お前のような外れた存在は、もっとそれらしくキリキリ働いてもらわなきゃならんかしら」


「俺が口では言わなかったことを……!」


「狼使いが荒い子ぉやねえ。でもそのぐらい期待されてる方がやる気出るわ。張り切りすぎて僕が死んでまうと、うっかり狼人が滅んでしまいかねんねんけど」


「こう言っちゃあれだけど、ハリベルさんが死ぬような状況だったら、どのみち、狼人だけじゃなくて世界も滅んでる疑惑があるから……」


 大げさではなく、そういう規模の戦いなのだと改めて口に出して思う。

 常々そうであるように、スバルは目の前に立ちはだかる問題に必死に抗い、懸命に対処し、何とか味方と一丸になって乗り越えようと頑張っているだけなのだが。


「こんな小市民を世界の敵と戦わせるんじゃねぇよ……なに、スピカ、その目」


「うーあう……?」


「ベティーのパートナーで、エミリアの騎士になった時点で今さらってスピカは言いたいらしいのよ」


「そんな細かい世界情勢、スピカが知ってるわけないじゃん!」


 ベアトリスの恣意的な通訳に物申す。とはいえ、大枠では決して間違っていなさそうなスピカの反応だった。じっと手を見ようとして、どっちも幼女と繋いでいるためそれもできない。無念。

 その様子を、ハリベルは糸のように細い目で上機嫌に眺めているが――、


「――戯れ合うのもそこまでにせよ」


 再び、空気を割るように冷然とした声でアベルが言い放つ。

 しかし、今度の呼びかけに文句を言うものはスバルを含めて皆無――何故なら、目的地のすぐ目の前までついに辿り着いたからだ。


「――水晶宮」


 聳え立つ威容、遠目からでも圧倒されるもののあった城だが、こうして間近で見上げてみれば、その印象は薄れるどころかますます強まる一方だった。

 世界で最も美しい城と、そう称えられるのは伊達ではない。


「……なんて、とんでもない城かしら」


 きゅっと、握ったスバルの手に力を込めて、ベアトリスがそう呟く。その呟きに込められていたのは、城の美しさへの感嘆ではなく、静かな恐れだった。

 その真意をスバルが横目で問うと、彼女は特徴的な紋様の浮かんだ瞳を揺らし、


「希少な上に純度の高い魔水晶を、これだけふんだんに集めるなんて只事じゃないのよ。仮に帝国をひっくり返しても、こんなものは作れないかしら」


「そうは言っても、現にここにあるんだぞ?」


「……だから、足りない分の魔水晶は作ったのよ。道理で、帝国では人に手を貸す精霊が極端に少ないわけかしら」


「それって……」


 つんと不機嫌な顔をしたベアトリス、彼女の言葉にスバルはゾッとする。

 早い話、魔石というのはマナが凝縮した塊であり、その純度の高いものが魔水晶と呼ばれているのだ。それをふんだんに使った水晶宮を見たベアトリスが、ひどく不機嫌な様子で今の言い方をしたということは。


「無色のマナを大量に用意し、それを凝縮すれば魔晶石は人工的に作り出せる。この水晶宮を完成させるのに、そうした工程があったことは否定はせぬ」


「スバルだけじゃなく、ベティーも言ってやるのよ。――大嫌いかしら、帝国」


 アベルの言いようとベアトリスの反応に、この城を作るために大勢の精霊が犠牲になったのだという事実を感じ取る。精霊術師の端くれであるスバルも、さすがにそのことには思うところがあるが――。


「ベア子、気持ちはわかる。けど、そのこととこの戦いとは……」


「まあまあ、やいやい言わんくてもこの子はちゃんとわかってるて。そら、ヴォラキアの歴史は血生臭くて敵わんけど、シノビも振り返ったらどっこいみたいなもんやし」


「低きと低きを比べてどっちがマシかなんて話をさせるんじゃないのよ」


 頬を膨らませ、ベアトリスがスバルとハリベルにそう答える。

 それから彼女は、スバル越しに自分を覗き込んでいるスピカの視線に気付くと、


「大丈夫かしら、スピカ。スバルの結論と同じなのよ。帝国なんて大嫌いだけど、そこで暮らしてるニンゲンには世話になった相手も、嫌いじゃない相手だっている。だからちゃんと戦ってあげるかしら」


「えあおぅ……」


「……今、ベティーのことをベア子って呼んだ気がするのよ。その呼び方を許してるのはスバルだけだから、お前はダメかしら」


 水晶宮を見たとき以上に不満げに言って、ベアトリスがそれから微笑む。その微笑にスピカが「うー」と安堵し、スバルも大きく息を吐いた。

 一方、諸悪の根源である城で暮らしているアベルは、そうしたスバルたちの心の歩み寄りに我関せずで、じっと城を眺めていて。


「お前じゃなくてもお前の先祖の所業の話だぞ。ちょっとは悪びれろ」


「皇帝とは容易く頭を下げぬものだ。本気で当時の責を追及したいのであれば歩いて回るがいい。あるいは城の建築に関わったものがいるやもしれん」


「お前な……」


 口の減らないアベルにじと目になるスバル、しかし、城を目前にした言い合いはここまでだった。――水晶宮の前、そこにぞろぞろと人影が湧き上がる。


「城に入れんための精鋭って感じやねえ。腕っこきが揃ってそうで大変そうやけど……」


「守りが堅いってことは、それだけ大事なものが隠してある証拠だ。アベル! 城のどこを目指せばいい?」


「禁術とやらのために『石塊』が利用されている以上、水晶宮の核たるモグロ・ハガネの本体がある宝物庫か、あるいは『石塊』を留めるための生贄が捧げられる地下の聖堂だ。聖堂の傍には地下牢も……いや、それはいい」


「――――」


 次々と出てくる障害を前に、突入の心構えを高める一行。そんな中で、言いかけた言葉を引っ込めたアベルにスバルは片目をつむる。

 アベルがちらりと触れたのは、水晶宮の地下牢の話題――そこに繋がれている可能性のある相手を思い浮かべ、スバルは嘆息した。


 帝都に残り、その後の行方がわからなくなっているプリシラだ。

 彼女の生存は、その繋がりを感じられるシュルトのおかげで確認されているが、度重なるスバルの挑戦の中でも帝都で彼女の姿は目撃されていない。

 そのプリシラと会わせると、先ほど倒したスピンクスはアベルを城へ連れ去ろうとしていたのだ。


「お前とプリシラの関係はもう知ってんだ。妹のこと心配してても、それでグダグダ言ったりしねぇよ」


「帝国の弱味を握った腹積もりか?」


「うるせぇ、シスコン野郎! お前の妹は性格最悪だけど、あいつも俺の死なせないリストに入ってるからついでに助けちゃおうぜって言ってんの!」


 その出会いから始まり、プリシラには振り回されてばかりでいい思い出はない。が、彼女の従者であるアルはスバルと同郷で、プリシラに助けられたことも何度かある。

 あと、たまには完全にピンチのプリシラを助けて、彼女がどんな顔で感謝の言葉を口にするかを見てやりたいというのもあった。


「あの娘のことだから、くるのが遅いとか大儀だとか言いそうなのよ」


「目に浮かぶけど、それを確かめるためにもだ。アベル、それが俺の方針」


「――。好きにするがいい」


 何となく、礼を言わないプリシラの予行演習みたいな返事だなと思いつつ、スバルはアベル以外の面々と顔を見合わせ、頷き合う。

 一瞬、ハリベルが見送ったという過去のヴォラキア皇帝、それが合流しているというエミリアたちが追いついてくるのを待ちたい気持ちもあったが。


「恋しい気持ちで勝負所は逃せねぇ! いくぞ!」

「かしら」「う!」「そうしよか」「遅れるでないぞ」


「バラバラ!!」



                △▼△▼△▼△



 ――『腑分け』のヴィヴァにとって、蘇りを果たした今生は夢心地だった。


 屍人として蘇ったものたちは、様々な理由で術者の意思に従っている。

 多くのモノは故国を滅ぼすために戦うのに忌避感があり、自我のほとんどを剥奪される形で、本能的な暴力衝動を生者に向けさせられる暗示を受けていた。

 一方で、そうした精神操作をほとんど受けていないものも一定数いる。

 例えば、精神操作を行うことで極端に能力の低下を招きかねないモノなどは、最低限、術者の意向には逆らわない程度の軽い暗示で済まされている。


 ヴィヴァもまた、その精神への作用は最低限で済まされた一人。

 しかし、それは術者がヴィヴァの能力の低下を避けるためにそうしたのではない。――ヴィヴァには、術者の意向に逆らう理由がこれっぽっちもなかった。


 ヴォラキア帝国を滅ぼしたがる『大災』の担い手、それに逆らわないということは、ヴィヴァにはヴォラキア帝国への憎しみがあったのか。

 生憎と、そうした問いかけには否と答えざるを得ない。

 ヴィヴァと『大災』の担い手との思惑が一致したのは、ヴォラキア帝国の存亡に関した話ではない。――魂、その在り方の探求だ。


 ヴィヴァが『腑分け』と呼ばれるようになったのは、ヴォラキア帝国の戦士として多くの敵と戦い、その相手の体を数千、数万と解体したことが理由だ。

 ただ、相手の生死に拘らず、その肉体をいくつもいくつも解体したのは、ヴィヴァが倒錯的な趣向の持ち主だったからではない。探求心が理由だ。


 解体の果て、真にヴィヴァが確かめたかったのは血肉ではなく、魂だった。


 命の個体差、強者と弱者の違い、男と女の区別、何が個を個たらしめるのか、それをヴィヴァは知りたがり、多くの命を解体した。

 それだけやっても、生前のヴィヴァには魂を感じ取り、指先ほどでも触れるほどの成果を得ることもできなかった。無念のうちに死んだ。それがヴィヴァの生涯だ。


 だが、死して蘇り、ヴィヴァは途絶えたはずの期待の先を見た。

 自分自身、魂の運用を悪用する『魔女』の力で蘇ったことで、生前は片鱗さえ触れられなかった魂を一欠片理解した。その理解した一欠片を、より大きな欠片にする実践の機会を『魔女』はくれたのだ。


 それ故に、この時代はヴィヴァにとって奇跡の時代だった。


「まだまだ、まだまだまだ、まだまだまだまだまだ、私は試したいのダゾ」


 ヴィヴァを蘇らせた『魔女』は、そのヴィヴァの飽くなき探求心を肯定した。

 城で、思う存分に魂を調べ上げるため、命を弄ぶ権利を与えられたヴィヴァは、生前には望めなかった尽きない実験体を、やればやるほど喜ばれる環境を用意され、まさしく栄華の時を満喫しているのだ。


 この探求心のためならば、どれほど多くの命が失われても構わない。

 むしろ、死ねば死ぬほど、何度でも使い倒せる素材の種類が増えるのだから、殺せば殺すほどヴィヴァの望みは叶えられるのだ。


 そのために、まだまだ大勢の命を奪う必要が――、


「――『腑分け』のヴィヴァ」


「――――」


「貴様の所業は生前も死後も直視に堪えぬ。故に、名前がわかっていようと、貴様に焼かれる以外の選択肢は与えぬ」


 赤い剣閃が振るわれ、気付けば視界が宙をくるくると回っていた。

 それが自分の首が刎ねられた結果だとヴィヴァが気付いたのは、回転する視界に頭を失った自分の体を見つけ、それが燃え上がるのを目にしたときだ。


 燃えたのは体だけではなく、斬り飛ばされた頭部の方も同じ。

 一度、自分を殺した幼い少年を思い出させる圧倒だが、それと決定的に違うのは、真紅の宝剣がもたらした焔は、死の向こう側にも届くこと。


 それが魂を焼く感覚を味わい、ヴィヴァは蘇ってから一番の歓喜を得た。


「ああ、見えたのダゾ、魂の在処が――」


 肉体を、命を、魂を燃やされながら、ヴィヴァはその結果に満足する。

 大勢を殺し、その体を解体し、命を弄ぶようなことを繰り返し続けたのに、自分でやってみるのが一番手っ取り早いなんて、回り道をしたものだと嗤いながら。



                △▼△▼△▼△



 ――水晶宮への突入組、その戦いは熾烈を極めるものだった。


 生者の来訪を拒むように立ちはだかる死者の群れ、その無尽蔵に湧き上がってくる死者たちの異様な姿は、おそらく多くのものが二の足を踏むおぞましさだった。


 すでに出くわした『巨眼』イズメイルという名の屍人が、その姿かたちを本来のモノからかけ離れた状態で帝都を徘徊していたが、テイストはそれに近い。

 違いがあるとすれば、無秩序に、ただ破壊的な衝動を源に姿かたちを作り変えていったイズメイルと違い、その死者たちの異形さにはコンセプトがあった。


 より攻撃的に、より先鋭的に、より前衛的に、好奇心の赴くままに粘土をこねる。

 ただし、その存在がこねたのは粘土ではなく、命だ。その上、その好奇心をどうするのが一番適切に発揮できるか、考える知識とセンスがあった。

 故に――、


「――『腑分け』のヴィヴァ」


 アベルが名前を呼ぶとき、それはスピカの『星食』の準備が整った証だ。

 だから、『星食』で倒せる相手は『星食』で倒す。それが暗黙の了解であると、そうスバルは認識していた。


「――――」


 にも拘らず、アベルは名を呼んだ相手の首を『陽剣』で鮮やかに刎ねていた。

 当然、容赦なく発揮される『陽剣』の力が相手の魂を燃え上がらせる。――それがどれほどの苦しみなのか、魂を焼かれた経験まではないスバルにはわからない。


 しかし、苦しませずに倒すことができたはずの相手、それを『陽剣』で斬り倒したこと自体が、アベルのその相手に対する明確な怒りを表していた。


「怖い怖い。でも、皇帝さんの気持ちもわかるわ」


 アベルの処刑、そう言っていい剣撃にコメントしたハリベルが、その糸のように細い目をわずかに開き、金色の瞳を宙に滑らせながら敵中を抜ける。

 すべらかな動きをするハリベルに立ちはだかったのは、手長足長をモデルにしたような異形の屍人たちだったが、カララギ最強の相手にもならない。


 その長い腕を、足を、容赦なくへし折られ、十数体がまとめて溶けるように柔らかくなった地面に腰まで埋まり、行動不能になる。

 土遁の術のようなものだろうが、魔法と何が違うのかわからない。

 さらに言えば――、


「あんまり無理せんでええよ」

「ここまで元の姿から変えられると、名前もようようわからんと思うし」

「そうでなくても子ども戦わせるん好きやないしねえ」


 それと同じことができるハリベルが、同時に三体増えているのだから規格外。

 分身の術ができることは知っていたが、改めて間近にすると反則技が過ぎる。ただでさえ分身の術は強いのに、それを最強格の存在がすることの恐ろしさだ。


「味方でよかったって本気で思うのよ」


 広げた手から紫矢を放ち、それで接近してくる屍人の足を止めながら、ベアトリスがスバルと同じ感想をハリベルに抱く。

 そのハリベルの言う通り、大きく姿かたちを歪められすぎ、元とかけ離れてしまった屍人相手だとスピカは有効打を打てずにいる。


「うー!」


「わかってる、もどかしいよな。けど、焦るな逸るな慌てるなだ。あんまり狭い城の中に入ってから囲まれるより、ここで数を減らしときたい」


 唸るスピカを宥めながら、スバルは異形とされた屍人たちに目を凝らす。

 ベアトリスとハリベルが足止めし、アベルが名前を挙げられるものは『星食』で倒し、そうでないものは『陽剣』で倒すという形で数を減らしている戦い。


 幸いというべきか、その姿かたちを歪められたものたちも、ひっきりなしに次から次へとシステマチックに生み出されるわけではなさそうだ。

 逆を言えば、彼らは屍人として蘇らされたあと、何らかの手段で、手作業であの形に作り変えられていることになり、胸の悪さは大きくは変わらないが。


「それでも、一度倒せばその状態から抜けさせてやれるってのは……」


 救いだと、そうスバルが言おうとした瞬間だ。


「――スバル!!」


「――っ」


 ベアトリスの血相を変えた声に、スバルは身を硬くした。

 丸い目を見開いたベアトリス、彼女が何に反応したのか、それはスバルにもわかる。そのぐらい、はっきりとわかる異変が起こったのだ。


「ううあう!」


 同じ異変を目の当たりにしたスピカが、驚きの原因――ゆっくりと、その全景を淡く白い光で輝かせ始める水晶宮を指差して叫んだ。

 光輝を纏っていく城、しかしその美しさを褒め称えている場合ではない。

 この水晶宮が輝くということは――、


「――魔晶砲を起動したな!」


 素早く身を回し、正面と背後の二体の屍人を斬り伏せながら、水晶宮の輝きを視認したアベルがそう声を上げる。


 魔晶砲――直前に話題に挙がった、水晶宮の全体にちりばめられた魔晶石と、それが貯えた力を使ってぶっ放される対軍レベルの威力の兵器。

 それが放たれる予兆の光に、スバルは息を呑む。


「狙いは俺たちか!?」


「違う! 魔晶砲で城の足下を薙ぎ払うのは、いくら奴らが無尽蔵に蘇れる屍人だろうと後先を考えていなすぎる! 狙いは別だ!」


「――――」


 アベルの叫びを聞いて、スバルの思考が熱を帯び、加速を始める。

 狙いが自分たちではないというアベルの推測は、安堵どころかむしろよくない。いっそ狙いがスバルたちであれば、消し飛ばされたとしても対処は容易かった。

 スバルにとって取り返しがつかないのは、自分の手の届かない範囲で味方に死人が出てしまうことなのだ。


 まだ一度も、魔晶砲が撃たれたケースは経験していない。

 スピンクスを倒した先へきている今、味方と合流する前に撃たせてはダメだ。


 魔晶砲を止める。だが、間に合わない。

 この光が発射前のチャージなのは間違いないが、これを止めるための前提が全くクリアされていない。ダメだ。ダメだダメだダメだダメだダメだ。


 あれを、撃たせては――。


「――発射を止めるのは、無理かしら」


「――――」


 猛然と、思考を回転させるスバルに、ベアトリスがそう言った。

 目を瞬かせ、スバルがベアトリスを見る。すると、ベアトリスは無理だと、そう言ったのと裏腹に、欠片も力の衰えていない目でスバルを見返した。

 その、世界一愛らしくて頼もしい相棒に、スバルは無理やり頬を歪め、


「ベア子、一緒に無茶してくれるか?」


「まったく、スバルはベティーがいないと何にもできないのよ」


「ああ、実はそうなんだ」


 そう言って、今はほとんど大きさの変わらない手を確かめるように握り直した。



                △▼△▼△▼△



 振るわれる真紅の宝剣が地表をなぞり、水晶宮の正面の広場が炎上する。

 その吹き荒れる赤々とした焔は獣のように猛り、生と死の狭間を飛び越えたモノたちの行方を阻み、それ以上を進ませず、妨害を許さない。


「最前線に皇帝のみ残すとはな。――不敬者め」


 その悪態を背後に、輝きを増していく水晶宮から猛然と影が遠ざかる。

 遠目に黒い影が行き過ぎるようにしか見えないそれは、漆黒の獣毛をした狼人、それも世界で最強と名高い一人の本気の疾走だ。

 そうして走る狼人は、疾走で十分なほどの加速を得ると――、


「そしたら、全力でいっといで――!」


 猛然と真っ直ぐ走るハリベルが地を蹴ると、その先で待ち受けていたもう一体のハリベルが組んだ手を足場にし、その体を勢いよく空へ放り投げる。

 矢のように、弾丸のように飛び上がったハリベル、しかしまだ終わらない。


 次いで、左右の建物から挟み込むように跳躍して追いつく二体のハリベルが、放物線を描く最初のハリベルの足裏にそれぞれの片足を合わせ、


「まぁだまだ」

「気張らんとアナ坊に怒られるからね」


 二体目と三体目のハリベルの蹴りが、最初のハリベルをさらに上空へ蹴飛ばした。

 ぐんぐんぐんぐんと、斜めに吹っ飛んでいくハリベル、その勢いが最も高い位置へと達したところで、彼は空中で姿勢を制動すると、


「僕が稼げるんはここまでや。頑張れそう?」


「――ああ、めちゃめちゃ助かった!」


 その答えに、スバルたち三人を抱えていたハリベルが喉を鳴らした。そして、彼は思い切りに背を反らすと、そこからさらにスバルたちを投げ飛ばす。

 分身の術を用いた、ハリベル四人の協力プレイで一気に距離と高度を稼いで、スバルは両手にベアトリスとスピカを抱きしめ、飛んでいく。


 そうやって、高度を十分に稼いだところで、猛烈な風に全身を煽られながら、それでもスバルは瞼を押し開き、すっかり遠くなった水晶宮を見た。

 白い光を極限まで高めつつある水晶宮、その魔晶砲の照準がどの方角に向いているか、それをしっかりと目視し――、


「――スピカ!」

「うあう!!」


 魔晶砲の向いた方角に首を傾け、次の瞬間、スピカの『転移』が発動する。

 そのまま、スピカはスバルとベアトリスを巻き込んで『転移』――それを何度も何度も重ねて、魔晶砲の射線上まで一気に迫り、


「えあお!」

「もう! ダメって言ったのよ! ――ムラク!」


 スピカの懸命な声に応じ、ベアトリスが発動した陰魔法がスバルたちを軽くする。

 その究極的に軽くなったスバルとベアトリスを、空中で身をひねったスピカが最後の一押しとばかりに思い切りに蹴飛ばした。


 くるくると、回転しながら離れていくスピカの姿を目の端に、スバルはベアトリスと繋いだ手をしっかり握りながら、


「アベル、ハリベルさん、スピカ……!」


 ここまで、スバルたちを届けるために連携してくれた仲間の名を呼び、スバルはぐっと奥歯を噛みしめて目を見開く。

 次の瞬間、水晶宮の光がひと際強く瞬いて――、


「ベア子、愛してる!」

「言われずとも、かしら」


 ぎゅっと抱き合いながら、スバルとベアトリスが光に向き合った。

 そして――、


「――アル・シャマク」



 魔晶砲の光は、空に生じた大きな大きな割れ目に呑み込まれていった。



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― 新着の感想 ―
この文章は、極めて巧妙かつ精緻な構造を有しており、キャラクター間の対話に潜む緊張感はまさに圧巻である。スバルとハリベルのやり取りは、心の奥底に潜む情念が交錯し、読み手を引き込む力強さを秘めている。特に…
ある日、普通のオタクが異世界に召喚され、普通の冒険譚では終わらない。主人公セシルスの微笑みは、まるで深淵を覗き込む恐怖を与え、彼の瞳の奥には開けてはいけない秘密が隠れている。 ハリベルの登場は、まる…
[良い点] 最後の投げ飛ばし連携、疾走感が良いね! 映像で見たいぜ [一言] 戦力再振り分け、さあどうなるかな?
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