第八章52 『ミディアム・オコーネル』
「――下手な運用だ」
城塞都市ガークラの指令室、窓辺に立ったセリーナ・ドラクロイは、高い高い城壁に守られた都市、その唯一の間隙を眺めながらそう呟く。
ヴォラキア帝国の軍人で、空を制することの重要性がわからないものはいない。
それだけに、この籠城戦でも防空戦力の割り振りに一番気を揉んだのだ。強力な弓術の使い手である『シュドラクの民』、彼女たちの活躍の場面は殊の外多い。
その彼女たちの多くに空を見張らせたのは、相手の飛行戦力をそれだけ警戒したからだ。
なのに、散発的に送り込まれる屍飛竜の攻撃は効果的とは言えず、ヴォラキアでも屈指の飛竜隊を有する『灼熱公』としては敵に歯痒ささえ覚える。
「私が敵の指揮官であれば、もっと効率的に都市を落としてみせるというのに」
「……決戦の真っ只中で、あまり怖いこと言わないでくれませんか」
相手の用兵への不満に舌打ちするセリーナ、その呟きを聞きつけて口を挟んだのは、同じく指令室に詰めている優男、オットーだ。
やわな見た目に反して肝の据わった男で、セリーナ的にも評価の高い人物だが、いかんせん他人に冒険をさせたがらないきらいがある。
「危険を冒すのは自分ばかりと……部下にはいいが、伴侶には退屈な男だ」
「ドラクロイ伯に好かれると、性格に難ありと言われている気分になるので、その評価に僕は異論ありませんが……」
「ふん、なるほど。顔に傷のある女は好かんか」
「自分で言うのもなんですが、僕は相手の美醜で態度は変えませんよ。会話が通じるかどうかの方がよほど大事です。それに傷があろうと、上級伯はお美しいと思います」
「二人して、何の話なん? しゃんとしてぇや」
窓辺で腕を組むセリーナに、呆れ顔で受け答えしたオットー。その受け答えにさらに呆れた風にしたのは、カララギからの使者であるアナスタシアだ。
その呆れたアナスタシアの向こうでは、ベルステツがこちらには我関せずで、広げた地図を見ながら伝令の兵と忙しなく言葉を交わしている。
先ほどからひっきりなしに伝えられる戦況と、飛び交う怒号のような指示。めまぐるしく変わる状況と弾ける血と命――かぐわしい、戦場の匂いだ。
「やはりこれでこそ帝国だ。閣下の統治下では戦いに対する嗅覚が鈍る。私としたことが、戦争が日常と隣り合わせである事実を忘れかけていた」
「それが帝国やなんて言われよう、平和に統治しよてしてた皇帝さんが報われんねえ」
「なに、負け惜しみだ。閣下の統治に不満があるなら力に訴えればよかった。それをしなかった時点で、私の言葉など戯言に過ぎない。帝国主義に反した治世を敷こうと、それを実現する方法は帝国主義……悲しいほど、閣下は帝国の象徴だよ」
当人は同情を望まないだろうが、その孤高の歩み方には同情を禁じ得ない。
ヴィンセントが戦いを疎んでいるのは事実だろうが、その意思を通すために他者の主張をねじ伏せるなら、それさえも『鉄血の掟』の掌中なのだ。
――ぶつかり合い、奪い合う中でしか尊いモノは生まれない。
ヴォラキアの『鉄血の掟』がそう謳っているかはともかく、セリーナは自分の中で帝国流をそう解釈し、その価値観を認めていた。そうする中でしか生まれ出でないものを愛するのは刹那的とわかっているが、それが自分の性分だ。
それ故に――、
「――こなかったか、バルロイ」
広々と荒涼とした空を見据え、最後の未練を残すようにセリーナは呟いた。
すでに開戦して久しく、攻守の双方の軍に少なからず被害が出ている。一番槍も先陣も消化し終えた戦場――すなわち、最小の犠牲で戦いを決着する主義の『魔弾の射手』は、この戦場の空を飛んでいないということ。
彼がきていたなら、セリーナの心の臓はとうに撃ち抜かれていたはずだった。
「――――」
己の顔の左側、縦に走った傷跡を手で撫でながら、セリーナは数秒瞑目する。
瞼の裏に浮かび上がるのは、若かりし頃の自分が拾った小汚い少年。それが成長し、そして命を落とし、挙句に屍人として蘇って自分に槍を向けてくる姿――、
「最後のは私の妄想だな」
青白い肌に生気のない金瞳、屍人となったバルロイをついぞセリーナは見ていない。
帝都攻防戦で水晶宮のヴィンセントを狙い、連環竜車では魂の砕けたラミアをさらった。しかしどちらの機会でも、セリーナはバルロイと相見えられなかった。
そして、この城塞都市にもバルロイはいない。それが現実だ。
「……お前は、私を憎んでいいだろうに」
そう呟いて、セリーナは現れなかった屍人のバルロイを思い描きながら窓辺に立つ。立ちながら、自分の思いがけない心境を認めざるを得ない。
自分は、バルロイになら殺されても構わないと思っていた。だから、あえて窓辺に身を晒して、『魔弾の射手』の狙撃を待っていたのだと。
「もう、気は済んだのと違う?」
「――――」
片目をつむり、隣から顔を覗き込んでくるアナスタシアをセリーナは見返す。
浅葱色の丸い瞳でセリーナを見つめるアナスタシア、その眼差しはこちらの胸中を見透かしているようで、オットー共々、商人というのは抜け目がない。
フロップとミディアムの二人が、生き馬の目を抜く商いの世界で生き残れているのはとんでもない幸運の下だろう。
と、益体のない思考で誤魔化せるほど、突かれた図星は浅いものではなかった。
「敵さんが最初に指揮官を狙ってくるんなら、この指令室の人間が狙いどころや。で、あえて矢面に立って自分を狙わせる……せめて、相談してからやってくれん?」
「すまんな。この場の誰が射抜かれるかわからない状況より、狙われる人間が明白な方が対応は容易だろうと考えた。この場に居合わせた知恵者たちなら、いきなり私の頭が爆ぜたところで冷静に事に対処できるだろう?」
「仮にそうだとしても、爆ぜない道を探すべきだと思うし、ボクもアナもそこまで冷静に徹せる自信はないな。オットーくんじゃないんだ」
「僕だっていきなり死なれたら棒立ちになりますけどねえ!?」
心外な評価を受けたとばかりに声を高くするオットーだが、アナスタシアと、彼女の連れた精霊――エキドナは顔を見合わせ、細い肩をすくめる。
セリーナも一人と一体に同意見だが、ともあれセリーナの思惑は外されたのだ。
「バルロイが不在で、屍人の飛竜隊も出てこないとなれば、私の生きた飛竜隊を温存する価値は減ったな。形勢の不利な戦場があれば、そこへ投入する。瞬く間に不利をひっくり返してやろう」
「せやね。戦力の逐次投入は愚策やけど、攻撃力の高い部隊を引っ込めたまま押し込まれるんは博打下手や。使ぅてっていいと、ウチも思う。ただ……」
「――まるで、相手の飛竜隊がいないというのも気掛かりではありますね」
懸念に細い眉を寄せたアナスタシア、その言葉を引き継ぐ形でオットーが呟く。その懸念に対し、セリーナは「ふむ」と小さく息をつくと、
「屍人の『飛竜乗り』と死んだ飛竜の組み合わせが成立する可能性は高くない……とはいえ、全くいないというのも不自然なのは間違いないな。その場合――」
「――通常の飛竜隊の運用ではなく、例外的な使い方に用いられている可能性が高い、ということだろうね」
「例外的……それは」
と、話の核たる部分を追及しようとしたところだった。――指令室の扉を突き破るような勢いで伝令が駆け込んできたのは。
息を切らし、切迫した表情の伝令は「失礼します!」と裏返った声で叫ぶ。それを受けて、地図を見ていたベルステツが顔を上げ、
「正確に」
「は! 要警戒対象が現れました! 敵飛竜隊、確認!」
「――きたか」
伝令の報告を聞いて、セリーナがくるべきものがきたと表情を厳しくする。そのまま窓の外、空に目を凝らしながらセリーナは敵影を探した。
が、視界に敵の飛竜隊は見つからない。訝しむセリーナの背後、伝令が持ち込んだ報告の続きを口にする。
それは――、
「――敵飛竜隊、大要塞の背後の大山を越えて、要塞の上空へ侵入! そのまま敵兵を投下し、都市内へ屍人が入り込んできました!」
△▼△▼△▼△
――ミディアム・オコーネルは『高揚の加護』の加護者である。
『高揚の加護』は端的に言えば、当人の気持ちややる気が盛り上がれば盛り上がるほど、それに呼応して肉体の能力が跳ね上がるというものだ。
ミディアムはこの自分の加護に対して無自覚であり、兄であるフロップも妹が加護者であるとは知らない。ただ、頑張りどころで「頑張らなくちゃ!」と思うと力が湧き、兄から「頑張れ!」と言われると力が湧くという感覚はあった。
なので、その詳細は知らないまでも、兄妹の応援し合う関係性がそのまま最適解であったという珍しい例が、このオコーネル兄妹の強さの秘密でもあった。
ただ、『高揚の加護』の難しいところは、まさしく気分の上下に能力までも左右されるところであり、気持ちの高まりが能力を高める反面、気持ちが沈めばそれだけ能力も発揮できなくなるという諸刃の剣だ。
故に、カラッと前向きなミディアムに最適な加護と言えるのだが、ここで彼女の人生で最大級の悲しい出来事が発生したのが裏目に出た。
過去、前向きな姿勢の権化のようなミディアムにも、三回、凹んだときがある。
一回目は、家族の一人であるマイルズが死んだとき。
二回目は、やはり家族の一人であるバルロイが死んだとき。
そして三回目は、その死んだはずのバルロイが屍人になったと知ったときだ。
一回目も二回目も、散々泣いて喚いて、立ち直るのに何日もかかった。
三回目の衝撃は、その過去の二回のいずれにも負けないものだったが、悲しいことに何日も泣いて過ごせるだけの時間がなかった。
ならば、ミディアムは泣き腫らした顔で、凹んだまま作戦に参加しただろうか。
――断じて、否だった。
ミディアム・オコーネルは、ちゃんと泣くのをやめていた。
三回目の悲しい出来事が、一回目や二回目ほど響かなかったなんてことはない。これまでの人生でも最大級の衝撃に、胸も頭も、きっと心もボロボロにされた。
しかし、膝を抱えて蹲るミディアムを、フロップは放っておかなかった。
「妹よ、言わなくてすまなかった。死んだ人が次々と蘇ってくる状況だ。僕は、バルロイが蘇ってくる可能性を、考えていないではなかった」
連環竜車が城塞都市に到着し、宛がわれた部屋にこもり続けるミディアムの下へ足を運んだフロップは、屍人のバルロイとの遭遇についてそう語った。
その兄の言葉を聞いたとき、ミディアムは「さすがあんちゃん!」と思う気持ちがありながら、いつものようにそう口にすることができなかった。
何故、言ってくれなかったのかと兄を責めたい気持ちがあった裏で、どうして自分は気付かなかったのかと、いつもは思わない自分の馬鹿さが嫌になった。
元々、考えるのは苦手だ。だから、いつもその役目はフロップに任せきり。
だから代わりに暴れるのは自分の仕事だと、そう割り切ってそれでよかった。それなのに、今さら自分の頭が悪いことで悲しむなんて変だ。
違う、そうじゃない。
「あたしは、あんちゃんのこと大好きだよ」
「ああ、嬉しいことをありがとう。僕もそうだとも」
「あたしは、セリ姉のことも、マイルズ兄ぃのことも大好きなんだよ」
「そうだね。それを疑ったことはない。もちろん、僕も二人が大好きだとも」
「……あたし、バル兄ぃのことも、大好きで」
「うん」
膝に頭を押し付けながら、鼻水をすすってミディアムはたどたどしく話す。それを片膝をついて、フロップが穏やかな顔で聞いてくれている。最後の、バルロイについて口にしたのに、短く頷いてくれただけなのがありがたかった。
ありがたかったけど、悔しくもあった。
「あたし、大好きなのに、大好きな人のこと、考えないようにしてた」
死んだバルロイが屍人となって蘇ってくる可能性。
口にできなかったと言ったフロップは、言わずにはいたが考えてはいたのだ。一方でミディアムは考えもしなかった。
それは、ミディアムの頭が悪いからじゃなく、目を背けていたからだ。
家族が大好きなのに、大好きな家族なのに、目を背けていたから気付かなかった。――そのことで一度、ミディアムは死ぬほど後悔したはずなのに。
「マイルズ兄ぃが死んじゃって、そのあと、バル兄ぃがあんなことしてやっぱり死んじゃったとき、あたし、すごい悔しかった」
あのとき、嫌がられても遠ざけられても、傍にいればよかったと思う。
うるさいぐらい、うざったいぐらい傍で兄妹でわあわあ騒ぎ続けて、バルロイがアベルに飛びかかる計画なんて練れないようにしてあげればよかった。
そうしなかったせいで、バルロイを死なせてしまった。
ミディアムはわかっていたはずだったのに。
マイルズが死んでしまったあとで、バルロイがそう思い詰めてしまうことを。
だって、バルロイは――、
「――ミディアム、僕は帝都にはいけない。怪我が治り切っていない上に、戦う力もないからね。足手まといは確実だ。だけど、お前は違う」
「あんちゃん……」
「バルロイは、帝都にいると思う。これだけ押し込まれて、こちらが逆転する目は帝都にいるだろう相手の指導者を倒すしかないからね。そこへ皇帝閣下くんがくると、向こうが読めるなら……」
「うん、そうだね」
全部言われなくても、フロップの言いたいことはわかった。
バルロイは、ケンカするときに一番早く決着する方法を選ぶ。それは兵士になっても、『九神将』になっても変わらない、バルロイの性格の根本だ。
バルロイはきっと、アベルを狙う。だから帝都にいる。
だから、帝都にいけば、会える。
「ちょっと上向きになったようじゃないか」
「……さすが、あんちゃん、あたしのことわかってるね」
「はっはっは、ミディアムの兄をやって長いからね! さて、それじゃ、帝都についていけない兄なりに、妹のために手を尽くすとしよう!」
「手?」
ぐしぐしと手で顔を拭って、ミディアムは目を赤くしながら首を傾げる。その妹の様子にフロップは腰に手を当てて笑いながら、
「なに、お前がいきたいと言っても皇帝閣下くんが頷いてくれるかはわからない。だから彼を頷かせるため、ちゃんと説得の流れを考えようじゃないか。心配はいらないよ。皇帝閣下くんの弱点はわかってる」
「すげえや! さすが、あんちゃん! アベルちんの弱点って?」
「――ズバリ、愛だよ」
指を一本立てて、フロップが自信満々にそう言った。
それを聞いたのがミディアム以外だったら、その言葉の意味がわからなくてみんな首を傾げたり、変な顔をしたりしたかもしれない。
でも、ミディアムはフロップに何を言われても、破顔して答える。
「さすが、あんちゃん! 頼りになるや!」
△▼△▼△▼△
――かくして、ミディアム・オコーネルは帝都の最終決戦へ参加する資格を得た。
思い返すと、偶然に偶然を重ねてここへ辿り着いたことが奇跡に思えてくる。
最初は、城郭都市グァラルだ。あの街に入ろうとしている、スバルとレムとスピカを見つけたところから、この不思議な流れは始まったのだ。
「ありがとね、スバルちん。あのとき、あたしとあんちゃんと出会ってくれて」
帝都へ向かう途中の竜車の中で、そう感謝したミディアムにスバルは驚いていた。
小さい体のまま、ものすごく鋭い目つきで一生懸命考え事をしている横顔ばかりを見せていたスバルは、そう言われたときだけ目をまん丸くしていて。
ただすぐに、スバルは柔らかい、レムやスピカに向ける優しい顔で、
「何言ってんだよ、ミディアムさん。ありがとうなら、俺の方こそありがとうだ。あそこでミディアムさんとフロップさんに会えなかったらなんて、ゾッとするよ」
そうはにかみながら、ミディアムのワガママを叶える機会を用意してくれた。
屍人となった『魔弾の射手』、バルロイ・テメグリフとの決着。――そのために、途轍もなく頼もしい助っ人まで付けてくれて。
「ありがとね、ロズちん。あたしに協力してくれて」
風に髪がなびくのを感じながら、ミディアムは空の上で感謝の言葉を告げる。
告げた相手は、自分を横抱きにしながら空にある存在――スバルやエミリアの仲間であり、ミディアムの戦いに力を貸してくれる人物、ロズワールだ。
彼はミディアムの感謝に、「いーぃやいや」と笑みを浮かべ、
「私の方こそ、同行させてもらえて感謝しているとーぉも。実際のところ、君が相対したいと望む相手は非常に難敵だ。手札は一枚でも多く持ちたい」
「――? あたし、札じゃなくて女だよ?」
「しまったな。エミリア様タイプだーぁね」
小さく苦笑し、そう言ったロズワールにミディアムは疑問符を頭に浮かべた。
もしかすると、見た目ほど重くない的な意味だったのかもしれない。実際、女性としては長身のミディアムは、背の高いロズワールとでもほとんど頭の高さが変わらない。それでも、彼は自分を軽々と持ち上げてくれているのだ。
ただ、ロズワールの本領はその力持ちさではなく、魔法の腕前にあるらしい。それはこうして、ミディアムを抱いて空を飛んでいることからも本当だ。
セリーナのところにいたミディアムは空を飛んだ経験は多いが、それはいずれも飛竜に乗せてもらってのことだ。人に抱かれて飛ぶのは初めての経験だった。
しかし――、
「空を飛ぶときのコツは、飛んでくれる相手を信じて全部預けちゃうこと!」
かつて、信頼する『飛竜乗り』から習った経験が、この瞬間のミディアムを支える。
相手が飛竜だろうとロズワールだろうと、翼を得る方法は信じることだ。
「その度胸とコツ、なかなか飛び慣れないオットーくんやペトラくんに聞かせてあげたいところだーぁよ」
「そうなの? それならロズちん、二人ともっと仲良くしたらいいんじゃない?」
「あーははは、耳が痛いねーぇ」
率直な意見に笑みを深めて、ロズワールがゆるゆると首を横に振る。
その反応を見て、ミディアムはロズワールが本心から笑ったわけではなくて、誤魔化そうとして笑ったのだと感じた。たぶん、人と仲良くするのが苦手なのだ。
そういう人もいると、ミディアムは最近知った。アベルもそうだ。
どうしてわざわざ、そうして相手と距離を取ろうとするのかわからない――否、今はちょっとだけわかる。そうすることで、自分が傷付かないようにするため。
「でも、ずっとそうしてると、後悔しちゃうんだよ」
「――――」
「だから、あたしがロズちんにもアベルちんにも、お手本を見せてあげる」
そうミディアムが言った直後、飛んでいる二人の彼方で凄まじい轟音が響いた。
それはミディアムたちから東の方角――厚い雲が次々と集まっていくそこに、世界を震え上がらせるほど恐ろしい『龍』の姿がある。
事前の取り決め通り、『龍』と戦うのはガーフィールだ。
そうしてガーフィールが『龍』を押さえている間に、他のものたちも動き出す。
その内の一組が、ミディアムとロズワールの組み合わせだ。
「――――」
大きく息を吸い、大きく吐いた。
一度始めてしまえば、もう後戻りはできない。でも、それでいい。
「ロズちん」
「始めよう。なに、気負うことはない。――私は、世界最強の魔法使いだからねーぇ」
そうロズワールが告げた直後、ミディアムは一瞬、全身の肌が粟立つのを感じた。
それは図らずも、ロズワールがミディアムの想像を絶するほど超常的な魔法を発し、帝都を覆った分厚い雲の上に炎を飛ばし、水晶宮を直上から狙わせた瞬間だった。
その超高等魔術を扱いながら、ロズワールはミディアムを抱いて飛行魔法も展開する。
それは右手で絵を描きながら左手で作曲し、口では詩を歌いながら目と脳は未知の言語を解読するというような、複雑な離れ業だった。
だが、その価値のわからないミディアムに、それをすごいと褒める理屈は立たない。
それ故に、ミディアムは口で褒め称えるのではなく、行動で示した。
「――――」
じっと彼方の空を見つめ、帝都の最奥にある水晶宮の直上を真っ赤な炎の炸裂が連鎖、次々と花開く真紅の炎弾を突っ切り、高空へ飛竜が舞い上がった。
ずっとずっと遠く、何キロも離れていて、豆粒みたいに小さいそれが、今のミディアムにははっきりと、見たくて話したくて触れたい相手と見て取れた。
――ミディアム・オコーネルは『高揚の加護』の加護者である。
気持ちが盛り上がれば盛り上がるほど能力の高まる『高揚の加護』は、カラッと前向きなミディアムに最適な加護だった。
そしてその加護の性能は、会いたくて会いたくてたまらなかった相手を前に、ミディアムが生まれて以来、最大最高の効果を発揮する。
やりたいこととやるべきことが一致して、過去の後悔を打ち砕き、兄に託されたものを胸に掻き抱いて、頼もしい味方と一緒に、愛しい顔へ挑む。
故に、ミディアムははるか遠くから、自分を見ただろうバルロイに言った。
「もう、どこにも勝手にいかせないよ。ちゃんと、あたしと話をしてよ、バル兄ぃ」
――次の瞬間、一拍遅れて放たれた光弾を、抜き放った蛮刀で打ち落とす。
「――――」
衝撃が全身をつんざくも、ミディアムと、彼女を抱きかかえるロズワールは無傷。
そのまま、超長距離を隔てた状態の、帝国史上最も熾烈な空戦が幕を開けるのだった。