第八章49 『茨の王』
――『礼賛者』と呼ばれ、カララギ都市国家最強の名をほしいままにするハリベル。
四大国を見渡しても彼以上のシノビはいないと言わしめ、帝国最強のシノビであるオルバルトさえも苦々しい顔で認める実力者。同格と評される『剣聖』『狂皇子』『青き雷光』と並んで、各国最強の一人に恥じない実績の持ち主でもある。
ただ一点、ハリベルが他の三者と異なるところがあるとすれば、それは彼が国家の所属ではない、素浪人を自称している部分だった。
王国に条約で縛られた『剣聖』や、国家的反逆者として最北の塔に幽閉された『狂皇子』はもちろん、その身勝手さを他国まで轟かせた『青き雷光』さえも立場がある。
唯一、『礼賛者』ハリベルだけが、肩書きを持たない自由人の身の上なのだ。
無論、ハリベル本人には故国への感謝と帰属意識があり、カララギで深刻な問題が起こった際には調査や解決の依頼を受けることもある。だが、自分の存在が誰かに所有され、取引や交渉の材料として使われることを極端に嫌った。
――味方したい相手に味方し、興味の湧かないことには鼻も向けない。
それがハリベルの最強としてのモットーであり、そんな気紛れな性質の持ち主だけに、彼を知るものの評価は極端に二分する。
片方は、「僕がおらんでも君らなら大丈夫大丈夫、偉いわぁ」と拒絶されたもの。
片方は、「僕みたいなん動かせるなんてすごいやん、偉いわぁ」と承諾されたもの。
どちらであっても気安く称賛を口にする彼は、こぞって『礼賛者』と呼ばわれた。
当然、ただそればかりが呼び名の理由ではないが、どんな相手や行いに対しても、客観的な視点で評価をするのがハリベルの在り方だった。
それ故に――、
「なんや、性格の悪い術者がいたもんやねえ。――愛がないやん」
くわえた煙管から煙をくゆらせ、そう口にしたハリベルの声には礼賛がなかった。
わずかに声の調子を落とし、ささくれ立ったものを感じさせるその声音は、彼を知るものであれば滅多にない不機嫌さにさぞ驚いたことだろう。
ハリベル自身、屍人自体に好ましい印象はなかったが、それでも大した術だという効果と規模、術者である敵のやり手ぶりには感心したところもあったのだ。
だが、目の前の相手の様子には、感心する気持ちなんて欠片も湧いてこない。
「――――」
糸のように細い目を微かに開いて、金色の瞳でハリベルは件の相手――ボロボロになった上着を脱ぎ捨て、片手に信じられない名刀を下げたユーガルドを見る。
直前まで、『九神将』の一人であるグルービーとやり合っていた難敵は、ただ腕が立つだけではない厄介さをその魂に絡みつかせていた。
その同じものを見て、傍らのグルービーが血で汚れた口元を手で拭い、
「オィ、アデ……」
「無理して喋らんでええて。僕もおんなじもんが見えとるよ。――あの子からは、呪いの専門家に任せたいって話しか聞いとらんかったけども」
片手で顎髭を撫でながら、ハリベルは自分をこの第四頂点に指名した少年を思い出す。
ヴィンセントにも一目置かれ、その判断力に周囲の絶大な信頼を集めた少年は、アナスタシアからも、できるだけ彼の意見を尊重するよう言われるほど期待されていた。
その少年に、呪術にも精通した実力者として、この帝都決戦の明暗を分けるとまで言われた相手の対処を任されたのだ。アナスタシアにも大口を叩いてきたため、ここはカララギ最強の実力を漏れなく発揮しようと意気込んでいたわけだが。
「これは予想外やったなぁ……」
出鼻を挫かれた形のハリベルと、傍らのグルービーが注目する点は同じ。
二人の意識はユーガルドの左胸、人間であれば心臓がある位置に絡みつく、半透明に透けた毒々しい茨の存在――帝都の広域に無差別にばら撒かれた『茨の呪い』、それと同じものがユーガルドを蝕んでいる事実だった。
その不可思議な事実から、浮上する可能性は二つだ。
片方は、『茨の呪い』が術者であるユーガルド自身さえ巻き込む、正しい意味での無差別な呪いであるというもの。
だが、ハリベルはこちらより、もう片方の可能性を高く見積もっていた。
すなわち――、
「――そこな亜人、余の問いに答えよ」
再生した右手の感触を確かめ終えて、ユーガルドがそう声を投げてくる。
当然だが、そう言われて視線が突き刺さるのは突然の闖入者であるハリベルだ。その問いにハリベルが「僕?」と自分を指差すと、ユーガルドは深く頷き、
「余の見立てが過っていなければ、貴様は狼人か?」
「ああ、そうやねえ。僕は狼人……ヴォラキアがめちゃくちゃやるせいで、世界中でごっつい肩身が狭い立場なんよ。もう滅んでまいそうやわ」
「そうか。――そうか」
渾身の絶滅冗句だったのだが、ユーガルドは静かに、確かめるように頷くだけで不発。その様子を訝しむハリベルの横で、グルービーが「オィッ」とだみ声を上げて、
「だから、無理したらあかんて……」
「ゾレドコジャデ、グゾ! ゲイギョグデイハ……ッ」
「――貴様個人に恨みはない」
血走ったグルービーの声が言い切る前に、その宣言が形を伴い、放たれた。
無造作に振るわれた『邪剣』の斬光が黒く奔り、グルービーの存在を無視して、ハリベルを股下から頭の先まで二つに割らんと突き抜ける。
ほんの瞬きの刹那で、そこには縦に二つに割られたハリベルが作り上げられた。
「――ッ」
その壮絶な有様に、とっさの声が間に合わなかったグルービーが絶句し、断ち切った側のユーガルドは『邪剣』を振り上げた姿勢のまま、
「だが、貴様の種族は我が星を一度は死なせることに加担した。よって同罪の土鼠人同様に、見せしめとして根絶やしにする」
「……あぁ、ようやく思い出したわ。昔の皇帝さん、君が僕らが滅びかけとる原因やん」
「む」
斬殺した相手へかけた言葉、それに返答があってユーガルドが眉を寄せた。
そのユーガルドの眼前、答えたのは体の真ん中で左右に斬られたハリベルだ。ゆっくりと、左右に分かれていく体の状態のハリベルにユーガルドは目を瞬かせ、
「驚かされた。その状態でもなおも死なぬとは、鍛えすぎたものの行き着く先か?」
「なかなか愉快な見立てやね。でもちゃうよ。――本体やないだけ」
そう茶目っ気を込めてハリベルが笑った途端、左右に分かれる体がいっぺんに崩れ、黒い獣毛が大量にその場に落ちる。
そんな非現実的な光景に注目させ、ユーガルドの背後から――、
「迂闊に余の背後を取るな。我が星以外に許してはいない」
「へえ、大したもんやねえ」
崩れた分身の衝撃の裏、背後に回ったハリベルの胴体がユーガルドの右腕――そこに再び握られた『陽剣』の斬撃に真っ二つにされる。
しかし、両断された上半身と下半身が一気に燃え上がる体も本命ではない。
「ぬ」と驚き、背後からの奇襲に対応したユーガルドの体が唐突に沈む。
原因は彼の両足を掴み、街路へ引きずり込んだ三体目のハリベルだ。地面から抜け出すハリベルと入れ替わりに、腰まで埋まるユーガルド。そこから首まで埋まって、完全に身動きを封じられるのが理想だが、
「そうそううまくはいかんわ、やっぱり」
ぼやいた三体目のハリベルが、燃える二体目のハリベルの亡骸の上で寸断される。
縦横斜めと斬撃が入り、格子状の切れ目を入れられた体がバラバラに吹っ飛ぶと、同じ斬撃で地面を切り裂いたユーガルドがそこから飛び出す。
右手に『陽剣』、左手に『邪剣』の戦闘態勢の復帰だ。
その人知を超えた魔剣を二刀流にしながら、身構えるユーガルドへ左右から新たな二体のハリベルが襲いかかる。ある種、尽きない屍人の襲撃という行為に対する意趣返しだが、増えたのがハリベルではそんじょそこらの屍人とはモノが違う。
「ひたすらに脅威だな」
ハリベルの分身した事実を平然と受け止め、ユーガルドが二本の魔剣を同時に振るう。
左右から来たるハリベルに対し、それぞれの魔剣が致命の剣撃を放つ構え――だが、その両腕を背後に現れた三体目のハリベルが掴んで止める。
「ごめんやけど、僕三人までいけるんよ」
両腕を止められ、踏みとどまったユーガルドの頭部と胴体に、遅れて届いた二体のハリベルの手刀がそれぞれ突き刺さった。
『流法』を極めているハリベルの貫手は、半端な刃物より切れ味鋭い名刀だ。
それらは狙い違わず、ユーガルドの右目と鳩尾を貫いて、即死の威力を発揮した。
しかし――、
「余を謀ろうとするな。我が星以外は不敬であろう」
と、貫かれていない左目がハリベルと目を合わせ、直後に『陽剣』の輝きが増す。次の瞬間、赤い輝きが炎となり、ユーガルドを含めた一帯が一挙に燃え上がった。
その爆発的な延焼範囲に、ユーガルドと接していた三体のハリベルが呑まれ、焼かれる。
そして一拍、幻のように炎が消えると、三体のハリベルはいずれも燃えカスとなり、同じく焼かれたユーガルドは燃えた表面を再生しながら平然と歩み出た。
それから彼は、その金瞳をぐるりと巡らせ――先ほどまでいたはずのグルービーが消えているのに目を留める。
「行儀よく引き下がるものとは思えなかったが。――何を狙う?」
△▼△▼△▼△
「――嫌やねえ。こっちが何か企んでてもすぐ見抜いてきよるんやから」
はるか後方、戦場に置き去りにしたユーガルドを遠目にしながら、ハリベルはやれやれと首を横に振り、その剣技だけでない厄介さに嘆息した。
ユーガルドは強力な魔剣に振り回されることなく、見事に使いこなしている。
その高い実力に加え、屍人としての不死性と高い洞察力。こちらの分身の限界が三体という嘘も見抜いて、致命的な状況への対応力も優れているときた。
「さすが、ほとんど一人で不利な戦況をひっくり返したお人や。鼻とか高いんちゃう?」
「言っでる場合、が、グゾ……ッ」
そう尋ねたハリベルに抱えられ、戦場から遠ざけられるグルービーがバタバタともがく。
あの場に置いたままにしていれば、最後のユーガルドの炎に巻き込まれ、さらに目も当てられない状況になっていただろうに、感謝の気持ちがない。
もっとも、武人である身で戦いから遠ざけられるのを嫌がる考えはわかる。
「でも、これ以上は死んでまうかもしらんやん? 元々、毒で無理くり体動かすような真似して……命知らずもええとこや」
「――――」
指摘にわずかに驚くグルービーに、ハリベルは自分の鼻を指で弾いた。
グルービーの血に混じった微かな異臭の正体は、あらゆる毒物に精通するシノビの身なら想像がつく。その使い道に関しては、ハリベルなら思いついても試しようもないものなので、考えただけでも身震いしてしまうが。
「ホント、ヴォラキアの人らは覚悟決まってて怖いわ。オルバルトさんも、右手なくしてへらへらしてんのヤバない? お年寄りなのに敵わんて」
「でめえは、どぉなんだぉ……ッ」
「うん?」
「グソ増えるわ、普通にしでやがるぁ、呪いぁどぉじだ……!」
「――それが、問題なんよねえ」
驚異的な速度で喉の負傷に対応しながら、だみ声で聞いてくるグルービーにハリベルは声に困惑を交えて応じた。
こうして、グルービーを連れて戦場から遠ざかっているのは、何も職務放棄して帝都から逃げ出すためではなく、あくまで勝利のための布石の一環だ。
闇雲に、相手のことを知らずに挑むのは愚者の行い。大抵の相手にはそれでも力押しで勝ててしまうのがハリベルの地力だが、今回の相手はそうもいかない。
それは相手が超級の実力者だから、という話ではなくて。
「まぁ、あのままやり合ぅたら僕の方が強いやろし。せやけど――」
ただ、ユーガルドを倒すだけでは、ハリベルに与えられた仕事は果たせない。
ハリベルが任されたのは、帝都決戦の明暗を分ける『呪い』への対処だ。ユーガルドを倒すだけでは、その解決には至れない。
最大の問題は、その事実だった。
「でめえの、茨は……」
「すっかり消えてしもたよ。それが、二個目の手掛かり」
「……一個目は、あの皇帝のクソ茨か」
俊敏に地を蹴り、走るハリベルに抱かれるグルービーがこちらの胸元を覗く。合わせの甘いワソーの胸元、ハリベルの胸にはあったはずの『茨の呪い』が消えていた。
じくじくと痛みを発していたそれが、屍人との戦いにおいて排除すべき障害の最大級と見込まれるのは頷ける。ただし、ハリベルはそれを取り除くための能動的な行動をまだ何もしていなかった。
何もしていないのに茨が消えた。裏を返せば、茨を消したのはハリベルではない。
それの意味するところとは――、
「クソったれが……」
「その感じやと、僕とおんなじ考えになったみたいやね。『呪具師』さんとおんなじ意見なら心強いわ」
「クソとクソが練り合わさっで、クソったれな答えで胸くそが悪ぃ……ッ!」
吐き捨てるように言って、グルービーが向け所のない怒りを悪罵にする。
そのグルービーと同じ心境で、ハリベルは改めて最初の不機嫌を取り戻すと、ユーガルドの胸の茨を見て浮かんだ、二つ目の可能性が正解だと確信する。
『茨の呪い』が、ユーガルドの胸に絡みついていた論理的な理由、簡単な話だ。
「あの茨は、皇帝さんが周りを呪っとるわけやなくて……」
「ユーガルド閣下がどっかのクソ野郎に呪われたのが、クソみてえに拡大してやがんだ」
△▼△▼△▼△
――『荊棘帝』ユーガルド・ヴォラキアが呪いを受けたのは、ヴォラキア帝国に長く続く帝位継承の儀式、『選帝の儀』における妨害工作の一環だった。
今となっては、それが敵対する皇族兄弟のいずれの意向で、どれほど高名な呪術師が関わっていたものなのか定かではない。
ただ、いずれ来たる『選帝の儀』に向け、競合相手を減らしておこうとした残酷な策謀は、のちにユーガルド・ヴォラキアとなった幼い皇族の運命を大きく捻じ曲げた。
――ユーガルドにかけられた『茨の呪い』は、ひどく残酷で単純なものだった。
すなわち、茨の縛めにより、心の臓を蝕む耐え難い苦痛を与えるというもの。
そしてそれを、ユーガルドの周囲にいるものに対しても適用するというものだ。
幼いユーガルドが呪いの苦痛に泣き叫べば、家人や使用人が救おうとする。だが、そうして近付くものは片端から呪いの巻き添えになり、彼に近寄れない。
そうやってユーガルドを孤独のうちに、苦痛の中で死なせる目的の呪い――それが、ユーガルドがかけられた『茨の呪い』の正体だった。
その聞くも恐ろしい無惨な『茨の呪い』により、ユーガルドは『選帝の儀』へ辿り着くこともできず、短い生涯を終える悲劇の皇族となるはずだった。
それがユーガルドに呪いをかけるよう命じたものの筋書きだったはずが、ここで大きな大きな、帝国の命運を変えるほどの大きな偶然が生じた。
ユーガルドは生まれつき、痛みを感じない『無痛症』だったのだ。
それ故に、常に発動し続ける『茨の呪い』はユーガルド本人に苦痛を与えず、代わりに彼の周囲の人間に茨の痛みを与え続け、結果、彼は一人になった。
家族や使用人さえ近寄れず、与えられた屋敷で一人で過ごし、他者と触れ合う機会のない幼少時代を過ごしたユーガルドは、自分の表情が固まった理由はそこにあると考えているが、それが生来の性格が理由かは五分五分だ。
ともあれ、ユーガルドと『茨の呪い』は奇跡的な共存を続けた。
他者との接点は最小限に留めたが、それでも接触しなければならない機会はある。そのたび、『茨の呪い』に巻き込まれるものたちは、自然と「呪いをかけているのはユーガルドだ」と噂するようになり、ユーガルドもそれを否定しなかった。
実際、ユーガルドには『茨の呪い』の正体が、他者からかけられたものなのか、自分が何らかの理由で発動したものなのかわからなかったのだ。
さらに言えば、その答えを持つであろう呪いをかけた呪術師は、その後のユーガルドの人生に現れることもなく、命じたものの正体もわからないままとなった。
故に、『茨の王』は自らの歩みに付きまとう茨の正体を知らないまま、長い長い時間を歩き続けることとなる。
その歩みも、何事もなければ『選帝の儀』のどこかで途絶え、終わっていたはずだ。
茨はユーガルドを孤独にし、彼に呪いをかけたものの狙いは、本来の形ではないにせよ叶ってはいたのだ。
「真っ暗闇を眺めるより、空の星を数えた方が心が安らぎませんか?」
――その、ユーガルドの茨を跨いで近付いてきた少女との出会いを除いては。
△▼△▼△▼△
「あのまま逃げたのかと思ったぞ、狼人」
「それも考えんでもなかったけど……ごめん、嘘や。これっぽっちも考えんかった」
「何ゆえ、余を謀ろうとした」
「軽口叩くんが癖みたいなもんなんよ。軽い気持ちで許してくれると嬉しいわ」
「皇帝を謀ろうとするなど、不敬であろう。だが、己の非をすぐ認めたことは評価し、今しがたの嘘を不問とする」
文字通り、舞い戻ったハリベルを正面に迎え、ユーガルドが鷹揚に顎を引いた。
一度は戦場を離れ、それから戻ったハリベルに対して不愉快そうにするでもなく、そう述べるユーガルドのどっしりした姿勢には皇帝の貫禄がある。
実力は抜きにしても、その器は正しく皇帝らしいと言えるだろう。
「その相手を溶岩みたいに怒らせるて、どんだけのことしてんねや、ご先祖様」
その『荊棘帝』たるユーガルドと切り離せない接点に、ハリベルは頬を掻く。
狼人であるハリベルにとって、ユーガルドは種族全体の大敵と言える相手だ。
世界中で肩身が狭く、今なおヴォラキア帝国では狼人も、その血が混じった半狼人――人狼さえも見つかれば死罪を免れない環境に置かれている。そうするよう、帝国に未来永劫の掟を残したのが、他ならぬこのユーガルドなのだ。
狼人と土鼠人の二種族は、ヴォラキア帝国を裏切った怨敵として定められ、長い歴史の中で数多の同胞が命を奪われ、殺され尽くしてきた。
おそらくはこれから先も、そうした風潮が完全に失われることはないだろう。
故に、ハリベルからすれば、相手に同等の憎悪を抱いても当然なのだが――、
「――その眼差し、余へ向けるのは許さぬぞ」
「僕が、どんな目ぇして見えてはるの?」
「時折、我が星が見せた目だ。それを、我が星以外に向けられるのを余は許さぬ。……いや、余は好まぬ」
おおよそ、嘘や偽りと無縁だろうユーガルドの答えを聞いて、ハリベルは深々と息を吐くと、自分の左胸を手で叩いた。
そこに、『茨の呪い』はない。ユーガルドにとって、憎むべき忌むべき狼人である自分に呪いが発動していない。――それが、よりハリベルの気持ちを逆立てた。
「もしも、僕がこんな気持ちになることまで読んで、あの子が僕をここに送ってたんやとしたら、アナ坊、気を付けなあかんよ」
閉じた瞼の裏に、幼い頃から知っていて、あまり背丈の大きくならなかった娘を思い描きながら、そうこぼしたハリベルは煙管を口にくわえた。
そして、先端に火を落とし、しっかりと味わった煙を吐く。
吐いて、決めた。
「許されんでもええわ、皇帝さん。僕ら、そういう関係やん?」
「そういう関係とは?」
「狼人と、『荊棘帝』」
互いに、互いを憎み合う理由があり、滅ぼし合う理由がある同士。
自分と相手を指差して、そう告げたハリベルにユーガルドの表情は変わらない。その変わらない表情の裏側に、どれだけのものを閉ざしているかは知れない。
知れないが、ハリベルは決めた。
ただ倒すだけでは、任された役目も、己の決心も果たせない。
だから――、
「そのけったくそ悪い呪いから解放して、ただの王様にしたるよ、『茨の王』」




