第八章45 『星の落とし方』
――かくして再び、時は龍虎が相打つ戦場と同刻へ戻ってくる。
帝都ルプガナの南門、星型の城塞の第一頂点から突入したガーフィールは、天空の支配者たる『雲龍』メゾレイアと激突している。
遠く、異様なほど分厚い雲が集められた空は、『雲龍』が暴れ回っている証か、あるいは最大のパフォーマンスを発揮するための用意なのか。
いずれにせよ、賽は投げられ、望んだ出目を出すための戦いは始まっている。
ガーフィールに切り込み隊長を任せ、最初にメゾレイアの頭を押さえさせたのは、『雲龍』の機動力と攻撃性能が、帝都攻略戦で最大の障害となるからだ。
高空へ逃れ、息吹による超長距離からの攻撃を可能とする『龍』の存在は、一部の規格外な戦闘力を持ったものたち以外は一発とて耐えられない。
それを乱発され、手も足も出ないでやられるのが『ヴォラキア帝国を滅亡から救い隊』にとって最悪の戦法となる。――ガーフィールには、その目を潰してもらった。
ただし、メゾレイアを押さえれば、あとは順風満帆なんて状況にはならない。
対応を間違えれば、一手で壊滅的被害を受ける『難敵』は他にもいる。
それ故に――、
「おおおらぁぁぁ!!」
野卑な雄叫びと裏腹に、振るわれる双剣は洗練された軌道を描いた。
素早い身のこなしと巧みに姿勢を前後させる剣技、それが相手の突き出してくる矛の先端を強く弾き、大きく体勢を崩させる。
瞬間、翻る白刃が相手の首を断たんと致命的に風を斬り――、
「馬鹿、殺しちゃダメだ!」
「うおおおおう!?」
飛び出した制止の声に、とっさに白刃の軌道がブレる。
相手の首を断つはずだった刃はその左腕を肩から切断するにとどまり、斬撃を浴びた敵は後ろへ飛びずさると、右腕だけで矛を操り、次なる攻撃を仕掛けようとした。
だが、その矛が味方の誰かへと届くことはない。
「――『白雲公』ガオラン・ペイシット」
「――――」
静かな、しかしはっきりと聞こえる男の声が、その二つ名と姓名を口にする。
途端、巨躯に長い白髭を蓄えた屍人の、矛を繰り出すはずだった動きが止まった。その瞬間を見逃すまいと、連なる三つの小さな影が屍人の懐へ潜り込む。
刹那、懐を見下ろした屍人と目が合った。――白目部分を黒く染め、金色の瞳を浮かべた生者とかけ離れた双眸と。
そして――、
「ガオラン・ペイシット!!」
「いああいあう」
その、かつて生者だった存在の、生者であった頃の証を確かめるように剥ぎ取り、屍人として酷使される役割をスピカという星が喰らう。
街路を削るような速度ですれ違い、小さな手を振るったスピカの背後で、その役割を喰われた屍人――否、ガオラン・ペイシットの体が塵と変わる。
「――――」
ただその散り際に矛を地に突き立て、自分の名を呼んだ男への一礼を残して。
それがいったい、消える死者の如何なる心情がそうさせたのかはわからないが。
「アトレム・ネヴィ、ディフォン・トレヴォラ、ガイオン・タルフォ、レスカー・ブレイン、ニオルフ・トラッド、ヤレン・スウォーカー、ベラム・ジョイト――」
ガオランの名を呼んだのと同じ声が、続けざまに別の名前を読み上げる。
それは思いついた名前を片っ端から挙げているだけにも思えるスピード感だが、そうではない。確かな、一人一人の人生があったものたちの名前だ。
帝都を行く『滅亡から救い隊』を遮るため、次々と飛び出してくる屍人の名――。
生前と変わり果てた人相と在り方の彼らを、黒髪の皇帝――ヴィンセント・ヴォラキアは誰一人として違えずに言い当てて、『星食』が喰らう道を示す。
そしてそれが腹立たしいことに――、
「ちょっとカッコいいじゃねぇか、チクショウ!」
「なら、ベティーのスバルも負けてもらっちゃ困るかしら!」
堂々と役目を果たすアベル、その姿に頬を歪めたスバルの手をベアトリスが引く。
屍人が闊歩する帝都――否、屍都と化したルプガナの中で、変わらぬ姿と変わらぬ愛でスバルを導き、華美なドレスの裾を翻らせるベアトリスが頼もしい。
彼女はスバルと固く繋いだのと反対の手を街路へ向けて、立ちはだかる死者たちへと可愛らしい唇と愛しい声で魔を紡ぐ。
「エル・ミーニャ!!」
詠唱と同時、ベアトリスの掌を起点に生み出される紫紺の結晶が宙を走り、屍人たちの手を足を、武器を奪って戦闘力を削ぐ。
屍人特攻のベアトリスの陰魔法だが、相手を砕き切るのは作戦目標に反する。
だからあえての微調整、その可憐な相棒の力を借りて、スバルも前へ飛ぶ。そして、ベアトリスと繋いだ右手の反対――左手に繋いだスピカを思い切り引き上げ、
「いくぞ! アトレム・ネヴィ、ディフォン・トレヴォラ、ガイオン・タルフォ、レスカー・ブレイン、ニオルフ・トラッド、ヤレン・スウォーカー――」」
「あう! う! うーう! ああう! うあう! うっうー!」
アベルが読み上げた名前、それを正確に順番通りに、敵意を向けてくるそれぞれの屍人と顔を一致させながら、余さずスピカと行き合わせる。
スピカも己の役割を理解し、迫る屍人に対して伸ばした手で時になぞり、時に穿ち、時に打ち据え、時に投げ飛ばし、『星食』の権能を発動する――。
「ラスト! ベラム・ジョイトぉ!!」
「いああいあう!」
正面、スバルの額を割らんと迫る剣撃、その技手である屍人――ベラム・ジョイトの青白く皺深い顔と見合い、スバルは奥歯を噛んだ。
額に届く寸前、そこで相手の刃が止まったのは、その右腕の肩口から腰にかけてまでが結晶化し、当人の意思で動かすことができなくなったため。
その援護射撃を入れてくれたベアトリスに感謝しつつ、スバルに促されたスピカの手がベラムの胸へ触れていた。
そしてゆっくりと、満足げに頬を歪めた屍人の姿が塵と化す。
「ぶ、はぁ……っ」
その、ベラムを含めた周囲の屍人の無力化を見届け、スバルは深く息を吐く。
橋渡りに近い乱戦は、剣奴孤島での過激な日々を彷彿とさせるものだった。肩で息するスバル、その背を「あーう?」と覗き込むスピカが撫でてくれて、ようやく一息。
そのスピカの反対では、ベアトリスが自分の腰に手を当ててスバルを睨み、
「向こう見ずに突っ込みすぎなのよ! ベティーはカッコいい活躍が見たいって言ったかしら。死に様なんてカッコ良くても見たくないのよ」
「わかってる。今のはベア子のフォローありきの動きだった。我ながら反省だ」
「……わかってるなら、いいかしら」
素直に反省するスバルの態度に、お説教モードのベアトリスが唇を尖らせる。
戦地で長々と反省会できないとはいえ、肩透かしな顔つきだ。しかし、適当に聞き流したわけではない。ベアトリスのお叱りは、しっかり受け止めるべきもの。
今も、危うく額を割られて死ぬところだった。あと一歩、深く踏み込んでいたらとゾッとする。――それでは、無駄死にだ。
「開戦早々に勇み足で死するところだったな。自重せよ」
「お前な……」
ベアトリスに叱られ、スピカにねぎらわれるスバルは、背後からのその思いやりゼロの発言に顔をしかめて振り返る。そこで腕を組んでいたアベルは、スバルたちの奮戦に手助けする素振りさえ見せなかった。
いっそ清々しい人任せ皇帝に、スバルはむしろ感心する。
「これまで色々あったが、今ほどお前を皇帝らしいと思ったことねぇな」
「ひと仕事片付けたところだ。貴様の脇の二人に免じて、その放言も見逃してやろう」
「お前、傍目には子どもが戦ってるのを腕組んで見てた最悪の王侯貴族ロールだってことちゃんとわかっといた方がいいぞ」
子どもと屍人の戦いを傍観していた皇帝とは、ゾンビパンデミック後の、ポストアポカリプス世界の醜悪な娯楽みたいな光景だ。外聞が悪いにも限度がある。
ただ、アベルの立場と役回りと戦闘力を考えれば、下手に前に出ないでもらえた方が同行する側としてはありがたいので、これも痛し痒しである。
と、そこへ――、
「ちっ、帝都に入ってすぐの見張り共は片付いたが……このやり口じゃ、手間取って仕方ねえ」
そう言いながら、忌々しげに地面に唾を吐いたのはジャマルだ。
多数の屍人を相手取り、緒戦の勝利に貢献した彼は双剣を握ったままの手で、自分の眼帯の位置を直しながら周りを見渡す。
「出てくる屍人を片っ端からぶった斬ってけば話は早いだろうが。なんでそうしねえ」
「……どこまでも話を聞かない奴なのよ。それだと、このスピカの権能で屍人を『ジョーブツ』させられないかしら」
「ああ? なんだそのジョーブツってのは」
「倒しても倒しても、屍人が立ち上がってこないようにするための手段なのよ! ここまで何度も何度も説明してきたはずかしら!」
小さい足で地団太を踏むベアトリス、彼女の訴えにジャマルはピンとこない顔だ。その反応がますますベアトリスの顔を赤くさせるが、何回説明しても小難しい理屈を拒むジャマルの頭に、かけた労力は残念ながら見合わない。
そのため――、
「ジャマル・オーレリー、此奴らに従え。それが最善と、俺が判断した」
「閣下がそう仰るんでしたら、オレは何でもやりますぜ!」
「ぐぬぬぬなのよ……!」
結局、横から口を挟んだアベルにおいしいところだけ持っていかれ、現金な返事をするジャマルにベアトリスが悔しそうに歯噛みする。可愛い。
そのやり取りに少しだけ和むスバルを、背中を撫でる手を止めたスピカが覗き込む。
「うあう?」
「ああ、大丈夫だ。スピカの方こそ、調子おかしいとことかないか?」
「う! あーう!」
問われ、スピカは気持ちキリっとした顔を作ると、スバルを安心させるように胸を張って自分の健在ぶりをアピールしてくれる。その様子に嘘はなさそうだと見て取り、『星食』がスピカに悪さを働いていないことと、作戦の進捗にスバルは拳を握った。
そのスバルの横顔に、アベルが黒瞳を細めると、
「業腹だが、貴様の読みは的中したようだな」
「業腹になる理由がわからねぇけど、何が?」
「知れたこと。――敵の軍としての主力は、戦力の大半を残した城塞都市へ向けられている。帝都に残ったのは屍人たちの一部と、戦争に不向きな兵だ」
「……だな。残ってるのは団体行動できない奴らだ。どいつもこいつも強くて嫌になるけど、悪い帝国流で俺たちにとっちゃ追い風だよ」
帝都の状況を観測し、そう判断したアベルにスバルも顎を引く。
アベルの言った通り、大軍としての屍人の本隊は城塞都市ガークラを包囲している。頑健な都市要塞に閉じこもり、相手の目を引きつけてくれている居残り組――あちらが奮闘すればするだけ、帝都での数的不利という悪条件は緩和される見込みだ。
この作戦の本質は、城塞都市が敵の目を引く間に帝都の首魁を討つ電撃戦にある。
ただし、城塞都市の敵が『数』重視なら、帝都のそれは『質』重視だ。
帝都の空を広くカバーする『雲龍』メゾレイアを始めとして、都市の防衛に残された戦力はいずれも一騎当千、常外の力を有した超越者揃い。
だからこそ――、
「――各頂点への同時攻撃による、陽動の二段構え」
スバルの口にした言葉に、アベルやベアトリスたちが表情を引き締める。
現状、スバルたちがいるのは帝都北西――第五頂点付近だ。星型の防壁が大きく崩壊しているのは、帝都攻防戦におけるガーフィールの功績だったと聞く。
短時間でどれだけ頼もしくなるのか計り知れないガーフィールだが、彼が作ってくれた大きすぎる目印の地点から侵入したのは、スバル&ベアトリスwithスピカと、アベルとジャマルという凸凹主従の組み合わせ――およそ、戦闘力という意味では頼りない振り分けに思われるが、これが最善の配置なのだ。
この組み合わせ以外では、『滅亡から救い隊』の作戦は確実に失敗する。
ただし、この形に持ち込めたとしても、あくまでスタート地点に立ったに過ぎない。
「本命の矢は俺たちで、矢の届け先はあのでかい水晶宮で間違いない。俺たち以外がスピンクスとやり合っても、逃げられるだけで意味がねぇんだ」
長い長い年月をかけて、王国と帝国の二国で大暴れした存在だ。『大災』の主犯格であるスピンクスを取り逃がせば、次はどんな災いを計画されるかわかったものではない。
屍人と化したスピンクスを討つには、スピカの『星食』以外に手立てがないのだ。
だが――、
「なら、余計な邪魔がわらわらと出てきやがる前に、こっから水晶宮まで突っ走って敵の親玉をぶっ殺す! それから閣下の宣言で、帝都の奪還だ!」
「うっうー!!」
「ってなるのが理想だが、そう簡単にはいかない」
「ああん?」「ああうう?」
敵の本拠地とされた水晶宮に剣先を向け、意気込んだジャマルにスピカも同調。その二人が勢いを挫かれ、挫いたスバルの方に振り向く。
しかし、スバルは首をゆるゆると横に振って、
「真っ直ぐ水晶宮にいくのは無理だ。それどころか迂闊に城にも近付けねぇ」
「てめえ、まさか臆病風に吹かれて……」
「弱気が理由のはずもないかしら。何が待っているのよ?」
「――呪いだ。そのせいで、城に近付くだけで行動不能にされる」
歯軋りしたジャマルを遮り、こちらを見るベアトリスにスバルはそう答える。ぎゅっと自分の胸に手を当てて、避け難く、耐え難い痛みを思い出すように。
その妨害がある限り、城には近付けない。――それどころか、誰もこの帝都でまともに活動することすらできなくなるのだ。
「なんで、てめえはやってもねえことでそこまで言えんだ。あ?」
当然ながら、そのスバルの説明を簡単には飲み下せないものもいる。
ジャマルはその筆頭だ。エミリアやベアトリスたちと違い、スバルの考えがどこから発信されたものなのか、何も聞かずに信じる信頼は彼との間にない。
そしてそれは、アベルにも同じことが言える。
スバルとアベルの間にも、エミリアたちのような信頼はないのだ。
それ故に彼は――、
「一見、無謀とも迂遠とも思えるこの行為に、貴様の意図したものがある」
「閣下!?」
「控えよ、ジャマル・オーレリー。三度目はない。此奴らに――此奴に従え」
ヴィンセント・ヴォラキア皇帝は、スバルへの信頼ではなく、その行動と真意を自らの智謀と結び付けて判断する。
皇帝からの重ねた命令に、ジャマルは隻眼を見開いて沈黙し、それから双剣の柄で自分の額を打った。打って、打って、額から血が滲むほど打って、
「――承知しました。三度目は決して言わせません」
迷いの消えた顔をして、そう深々とお辞儀した。
そのジャマルの答えにヴィンセントが顎を引くと、ベアトリスが目を怒らせ、
「なんで自分で怪我するかしら!? とっとと治すのよ!」
「ああ!? クソ、チビが余計な真似すんな! これはオレの誓いの……」
「片目しかないくせに、そっちの目に血が入ったらどうするかしら! 後先考えてない奴ばっかりでベティーが大変なのよ!」
ぎゃあぎゃあと言い合い、ベアトリスが手早くジャマルの額の傷を治療する。
そのやり取りの傍ら、アベルは「さて」と改めてスバルを見やり、
「このまま城に上がれぬとなれば、他のものが時を動かし、道を作るのを黙って待つか? まさか、そうではあるまい?」
「お手並み拝見的な言い方してんな。……俺たちの戦いにもちゃんと意味がある」
問いの眼差しに応じ、スバルは傍らのスピカの頭に手を置く。作戦の要であるスピカに「う?」と見つめられ、スバルは彼女に頷き返した。
無心で水晶宮へ突っ込むのは自殺行為、かといってその『呪い』に対してスバル側から働きかけられることはない。現状、城には誰も乗り込めないのだ。
それでも、城にいるスピンクスと対峙したいなら、やり方は一つしかない。
「そのために――」
そう、スバルが口にしたところで、不意の破壊音が全員の鼓膜を大きく揺すった。
複数の建物が倒壊し、噴煙と瓦礫をばら撒きながら街路が作り変えられる。とっさに音の方へスバルたちが振り向くと、言い合っていたベアトリスとジャマルが、戦えないスバルとアベルを庇うように立ち、噴煙を睨みつけていた。
そして、警戒する一同の視線の先、噴煙の向こうから姿を見せたのは――、
「……さすが、閣下の護衛役は楽じゃねえぜ」
噴煙の奥から現れた存在を見て、ジャマルが頬を歪めてそうこぼした。
そのジャマルの言葉に、スバルたちも異論を挟めない。大なり小なり、彼が抱いた感覚はスバルたちの全員が抱いたものと同じだったからだ。
「――ォォォォ」
低く、深くおどろおどろしい洞窟を風が抜けるような音を出しながら、ずるりずるりと体を引きずって帝都を進む異形。それは元は人の形をしていたのかもしれないが、手足の数も形も本来の状態からかけ離れ、まるで幼子が好き放題に筆を動かして、初めて親を描いたような、無邪気さと無秩序さの表れのような姿だった。
異様に長く、節々で枝分かれした右腕が獣の尾のように振り回され、大きく短い左腕が地面を掴んで胴体を前進させる。逆に貧弱に見える足は四本もあるのに機能しておらず、腕に引きずられるままにだらりとしていた。
体の厚みも胸や腹、肩回りで全く違ってしまっている異形だが、その頭部と思われる部分にだけは、大きな金色の瞳が一個だけあって――。
「――スバル」
「ああ、わかってる」
ベアトリスに名を呼ばれ、スバルは皆まで言うなと頷いた。
異形異様の存在、それとスバルたちが出くわすのは初めてではなかった。あの、粉塵爆発で今度こそ仕留めたと思われていたそれとの再会――、
「――ォォォォ!!」
その事実に伝った冷や汗を拭う暇もなく、屍人の出来損ないが裂けたような口を開け、大きく大きく咆哮した。
△▼△▼△▼△
――そうして、スバル&アベル組が異形の存在と対峙した時刻。
帝都攻防戦から大きく日を空けず、再びの戦場と化した帝都ルプガナ。
その帝国を巡る戦いは、盤面の指し手を変えながらも本質的には変わっていない。帝都の最奥にそびえる美しき城、水晶宮の支配者、その首級を狙う決戦だ。
それは勝利条件だけでなく、戦いの進め方においても同じ――すなわち、帝都を囲った星型の城塞、その五つの頂点の奪い合いが勝敗を分けるということ。
故に――、
「まだッまだ! 『勝ち目のないイフルーゼ』はこっからだぜ、鼻血龍ッ!」
戦意と昂揚感に痛みを忘れ、折れぬ信頼に応えようと、少年は己の全身全霊を燃やし尽くして神話に挑む。
「天上の観覧者も照覧あれ。――世界がいずれを選ぶかを」
歌うように気取り、装うように笑い、らしさとらしくなさの境界で踊りながら、幼い姿の雷光が肥大する二つ目の太陽に諦めの悪さと共に斬り込む。
「――ようやく。ようやく、もう一度お目にかかることが叶いました」
隠し切れない歓喜を声に乗せて、キモノ姿の鹿角の少女は、再会を待ち望んだ大切な相手の窮地に雪を引き連れて参上する。
「もう、どこにも勝手にいかせないよ。ちゃんと、あたしと話をしてよ、バル兄ぃ」
日向のように朗らかな表情を引き締め、残酷な再会を決意した娘は、魔法使いの手を借りて天空を舞う飛竜乗りと見つめ合う。
そして――、
「なんや、性格の悪い術者がいたもんやねえ。――愛がないやん」
黒いキモノと黒い獣毛の忌まわしき獣は、その己の存在よりもはるかに忌まわしき呪いを前に、糸目に伏せられた金色の目を開く。
帝都決戦、五大頂点攻略、星を落とすための戦いが、真に幕を開けた。