第八章42 『大いなる奴隷』
――プリシラ・バーリエルは『星詠み』を蔑まない。
ヴォラキア帝国にしか現れない、心の病を抱えた哀れな存在。
それが『星詠み』を身近にしたものの一般的な認識であり、そもそもそうして世界との対話を発症したものと頻繁に出くわすものでもない。
それでも、『星詠み』を発症したものと関わり合いになりやすい立場はある。
それがヴォラキア皇族と近しい人間だ。
皇族自身か、あるいは皇族の身の回りの世話をするもの。家令や護衛役、そうした立場に置かれたものは、『星詠み』の発症者と遭遇する可能性がある。
なにせ、『星詠み』という連中は帝国の歴史に関わりたくて仕方がないらしく、帝国史に記録されるような大きな事柄があると、こぞってそれを告げ口しに現れるのだ。
もっとも、気狂いの類と蔑まれる『星詠み』の発言が重要視された例はない。
無論、中には『星詠み』の言葉に耳を貸した物好きもいないではないだろうが、少なくとも公に、その告げ口が役に立ったと記録された歴史書は皆無。
今代の皇帝であるヴィンセント・ヴォラキアが、ウビルクに役職と城へ出入りする許可を与えるまで、それこそが帝国と『星詠み』の関係の常識だった。
まるで、『星詠み』は帝国に報われぬ熱を上げ続ける求愛者のようではないか。
天命を授けられ、その成就のために盲目的に全てをなげうつ求愛者。彼らを知る帝国民の多くはそれを蔑むが、しかしプリシラは彼らを蔑まない。憐れみもしない。
『星詠み』など、蔑みや憐れみの対象になるほど特別なものではない。
元より、生きとし生けるものの多くは自分より大きな何かの奴隷だ。
その対象が王か家族か伴侶なのか、愛か憎しみか運命なのか、その違いがあるだけで。
そしてそれは――、
「――妾ですら例外ではない」
ジャラと、嵌められた手枷の鎖を鳴らし、暗がりの中でそう呟く。
言の葉を紡ぐとき、聴衆の有無はさして気にかけないが、少なくともその呟きは独り言ちたわけではなく、相手に聞かせるために発したものだ。
もっとも、相手はそれを望んでいなかったらしく、応答はなかった。
ただ、自分の存在を隠そうとしているのなら、その卑小な望みは叶わない。
「息を潜めようと、貴様の如き存在の気配は隠しようがないぞ。それとも、妾の方から直々に足を運んでやらねば顔も見せられぬか?」
「――。その手枷がある以上、それは不可能な行いです」
「で、あろうな。ならば、やはり貴様の方からこちらへ足を進める他ないぞ。妾は顔も見せぬものと言葉を交わすつもりはない」
「――――」
一拍、逡巡というほどの戸惑いはないが、靴音の前に思案が挟まれた。が、やがてゆっくりと冷たい床を叩く靴音と共に、暗がりに小さな人影がやってくる。
地下牢の光源は乏しく、その相手の姿かたちをぼんやりとしか把握できない。
暗がりに夜目を慣らすにも限度はある。ましてや、夜闇に目を慣らすために瞼を閉じておくような真似などしていない。
「無灯の闇に紛れるような無様はせぬ。出るときは光の中、堂々と出てゆく」
「実にあなたらしい傲慢な物言い。要・注意です」
と、無感情な声が聞こえた直後、踵とは異なる硬さが鋭く石材の床を打った。冷たい空気を切り裂く高い音が響き、次いで青白い光が地下の暗闇を淡く強引に押しのける。
「――――」
途端、その光の中に浮かび上がるのは白く美しい顔――橙色の髪に紅の瞳、血のように赤いドレスを纏った美貌の持ち主、プリシラ・バーリエルだ。
地下に繋がれたプリシラ、その眼前で青白く光る杖を手にするのは、桃色の髪を長く伸ばした少女――ひび割れた肌とおぞましい双眸の特徴通り、屍人だ。
違いがあるとすれば、初めてプリシラの目にするこの幼子の姿をした屍人こそが――、
「――此度の『大災』の仕掛け人か」
「否定はしませんが、どこでその言葉を? 耳にする機会はなかったのでは?」
「妾に食事を差し入れたのは貴様の手の者であろう。よほど会話に飢えさせたか? 妾が聞かずともあれこれと退屈しのぎに話していったぞ」
「テメグリフ一将には、要・警告です。ですが――」
そこで幼い屍人は言葉を区切り、一歩、プリシラとの距離を詰めた。
それでもまだ遠い。如何にプリシラの足がすらりと芸術的に長かろうと、足を上げても相手の前髪を直してやることもできまい。
「しのげましたか? 退屈は」
「――――」
そうしてプリシラとの距離を保ったまま、幼い屍人は区切った言葉の先を続けた。
問いかけであったそれを受け、プリシラはわずかに目を細める。こちらの顔を覗き込んでくるような幼子の発言、そこには奇妙な距離の近さがあった。
物理的な距離ではなく、精神的な距離の話だ。
「まるで、妾を以前から知っていたかのような物言いじゃな」
「どうでしょうか。あなたは私を覚えておいでですか? 心当たりがおありだと?」
「生憎、つまらぬものを覚えておくほど妾は酔狂ではない。貴様がそれに値せぬ輩か、妾にその顔を見せるのは初めてかのどちらかであろう」
「正解です。あなたが私の顔を見るのはこれが初めてです」
頷く幼子の答えは、しかしプリシラの疑念の完全な回答ではない。
だが、またしても引っかかる部分を残した発言だけに、相手の真意は明確だ。――彼女はプリシラを試している。繋いだ獣が餌に食いつくかどうか、観察するように。
その思惑を察し、プリシラは小さく鼻を鳴らした。
「この妾に対し、恐れを知らぬ不敬さと言えような」
「確かに、恐怖という感情を私は知りません。知らないのは恐怖に限りませんが、知識欲の僕たる母の代用品としては由々しき――」
「一方的に妾を見知っているか。――あの村落、カッフルトンの魍魎は貴様じゃな」
「――。要・解説、です」
淡々と始まりかけた自分語りを遮り、心当たりを告げたプリシラに幼子が息を詰めた。
その後ろの呟きは、プリシラの心当たりが幼子と関係していた証だが、それをプリシラがどう結び付けたのかがわからないらしい。
「ふん、さして難しい話でもあるまい? 以前、王国の妾の領地で、今の帝都……いや、帝国全土じゃな。それと似通った事変が起こった。かような珍事が身辺で二度もあれば、おのずと両者を結び付けよう」
その、ルグニカ王国のバーリエル領で発生した事変、その中心地となったのがカッフルトンという村であり、その内容が村の住民が屍人となるというものだった。
もっとも、そのときは死者を蘇らせるなどととても言えたものではなく、死体を意のままに動かしていたという方が適切な有様だ。元凶というべき女王は討伐され、以降、同様の異変の報告はなく、沈静化したものと見られていたが。
「巣の場所を変えて、『てすと』を続けておったようじゃな。骸に虫を忍ばせるおぞましい人形遊びも、少しは上達したと見える」
「以前の方針では目標達成のための障害が多すぎました。要・改良です」
「カッフルトンとの関与を否定はせぬか」
「意味を感じません。無意味な問答では?」
感情を窺わせない幼子の応答は、非効率的な行いを嫌うというより、厭う態度だ。
悪びれもしない点はともかく、否定がないのは得たい情報を得る上では有益ではある。だが一方で、そうした相手との問答は――、
「退屈極まりないな、貴様」
「それは重要なことですか?」
「益のあるなしを度外視すれば、会話に価値を見出せる唯一の点はそこであろう」
「では、益のあるなしを度外視しなければよいのでは?」
「だから貴様との会話は退屈じゃと言っておる。まるで死者との会話よ。墓標と話している方が、煩わしい応答がない分マシとすら感じるな」
「――――」
プリシラの話に黒い眼を細め、幼子がまた一歩、こちらとの距離を詰めた。そのまま彼女は杖を持たぬ方の手を胸に当て、
「まるでではなく、まさしく死者との対話です。私の姿を目にして、これが生者とはあなたも思われないでしょう」
「生きたとも満足に言えぬものを生と死に当て嵌めるのも無粋であろうよ。ただ、確かに貴様が屍人であった点はいささか意外ではあった」
「――。それは何故?」
「儀の仕掛け人たる貴様自身が屍人と化すなど、不用意な賭けであるとしか言えぬ。あるいは死した瞬間、紡いだ術式が途切れ、全ての目論見が無に帰す恐れすらある」
無論、プリシラの知らない情報や根拠を理由に、それが杞憂とされる可能性はあろう。しかし、この幼子の性質を考えれば、甚だ疑問の余地があった。
この娘は非効率を厭い、確証を低く見積もったものには手を伸ばさない性質だ。
にも拘らず、自身の命さえも『大災』を引き起こす手札の一枚と扱った。
「避け難い『死』と直面し、それ故に仕方なく死後に望みを委ねたか。あるいはこの事変を引き起こす以前から屍人であったか。そうでなければ――」
「そうでなければ?」
「――命の尽きた先が続かなければ、そこで終わるのを良しと受け入れたか」
屍人と化した幼子、その不可解な真意を推測し、プリシラは三つの可能性を口にした。
順番に、ここまで分析してきた幼子の性質からして、真意として遠いだろう可能性を後回しにする形で。
しかし――、
「要・称賛です」
プリシラの推測に対し、幼子がそう反応したのは、本来なら最も低いはずの可能性を口にしたときだった。
それはすなわち、カッフルトンでの事変の前後から端を発した幼子の目論見、それが自らの生の終幕と同時に潰えても、諦められたということに他ならない。
その事実も、プリシラの美しい眉を顰めさせるには十分だったが、それを十二分にさせた理由は、その真意を言い当てられた幼子の反応だ。
幼子は、その生の抜け落ちた青白い顔で、我が意を得たりと微笑んだのだ。
杖の放つ光の中、その微笑を目の当たりにし、プリシラは確かに眉を顰めながら、
「ようやく、益を度外視して話すだけの価値を示したか」
「――。何か変わりましたか?」
「己で気付けぬならば、妾が言祝いでやろう。死後に生の芽生えとはいささか皮肉が利きすぎているが……」
と、そこでプリシラは言葉を止めて、紅の双眸の片方を閉じた。そうして一拍、美しく尊い思案の時間があり、プリシラは閉じた瞼を開ける。
そして、その紅の双眸に、微笑を消してしまった幼子の顔をしかと映し、
「そうではないな。死後に芽生えたわけではない。貴様は、それを明かすために自らの命をなげうったか」
「自裁はしていませんよ。機会は自ずから巡ってきました。ですから、避け難い『死』と直面したという推測も誤りではありません。要・訂正です」
そう応じながら、幼子の唇がまたしても先ほどと同じように微笑を描いた。
その反応にはっきりと、プリシラは幼子の生の律動――情動の存在を感じ取る。それはおそらく、以前までの幼子には備わっていなかったものなのだ。
そして、それなくして死者は屍人として蘇ることができない。
故に幼子は、自分の命を以て証明した。
自分に屍人となる資格が、土の器に魂を入れ直し、今生に縋り付く理由があるのだと。
それは確証が低く、およそ効率的などとは言えない方策だった。
「ですが、そうした選択を取らせるのが感情というものでは?」
「然りじゃな」
胸に手を当てたままの幼子には、どこか不敵さのようなものさえ感じる。
それまでの、中身の入っていない人形と対話していたような手応えのなさが失われ、代わりにあるのは無機質と決定的に在り様を違えた存在と対峙する緊迫だ。
「以前の私は、これを軽視したことが理由で王国での計画を挫かれました。しかし、私は王国の『魔女』にはなり損ねましたが……帝国の『大災』には選ばれたようです」
「選ばれた、とはな。それが貴様が災いを呼ぶ理由とでも?」
「要・訂正です。それは動機ではありません。根拠です」
プリシラの問いに、迷いのない答え。
幼子の返答を聞きながら、プリシラは曖昧模糊としてあった疑念に形を付けていく。
地下牢の闇よりなお暗い影に沈み込んでいたそれは、幼子が地下に杖の光を持ち込んだように、その言葉と表情によって徐々に明確となっていた。
そして――、
「――私の名前はスピンクス、ルグニカ王国では『魔女』とも呼ばれていました」
「――――」
そう、プリシラを真っ直ぐに見据え、自らの名前を名乗った幼子――スピンクスの発言と態度、その意味するところがようやくプリシラに伝わった。
わざわざ、ルグニカ王国で『魔女』と呼ばれていたとそう注釈を入れたのは、他の国でも『魔女』と呼ばれているものたちとはっきり区別するためだろう。
かつて存在した、『嫉妬の魔女』以外の六人の『魔女』たちは歴史からもほとんど消えかけているが、それでも世界中で共通して『魔女』と知られたものたちだ。
だが、あえてルグニカ王国の『魔女』と限定するなら、該当するのは一人だけ。
それが『亜人戦争』へと加担した存在であることは、歴史を紐解けば容易に知れる。
しかし、この『魔女』を自称したスピンクスがプリシラに伝えたかったのは、自分の正体なんてつまらない情報ではない。
『魔女』がプリシラに伝えたかったこと、それは――、
「――貴様が無為の死を超克し、屍人となる生の芽生えを得たのは、妾が理由じゃな」
それは、スピンクスが『大災』となった理由がプリシラにあるという宣戦布告だった。
△▼△▼△▼△
そもそも、考えるまでもなくあからさますぎる状況であったのだ。
帝国軍と反乱軍とが正面からぶつかり合った帝都決戦、スピンクスは屍人を引き連れ、そこへ『大災』として介入し、内乱の決着を有耶無耶にした。
その戦いの最中、アラキアとの衝突に集中するプリシラとヨルナの二人は、他の戦場よりも事態の推移の把握が遅れ、結果、屍人たちの思惑に後れを取った。
今、プリシラは地下牢に繋がれ、アラキアとヨルナの安否もわからぬ状況だ。
アラキアとの戦いの中で、ヨルナがプリシラに宿した『魂婚術』の影響は残っているため、ヨルナの生存は間違いあるまい。そうでなくとも、プリシラが虜囚の身に甘んじたのは意識のないアラキアと、現れた屍人に動揺したヨルナの無事と引き換えだ。
その取引は、相手にプリシラを捕らえる意図がなければ成立しない。
すなわち、プリシラがこうして生きて牢に繋がれている時点で、相手方がプリシラに用があったのは当然のことなのだ。
「てっきり、妾の命に拘ったのはラミアとばかり思っておったが」
「ラミア・ゴドウィン皇女も、あなたの助命には賛成でしたね。彼女はあなたに強く執着していました。最期のひと時は――」
「――妾とラミアの間の時を、誰ぞと分かち合うつもりはない」
それは下世話な好奇だと、プリシラははっきりとそう切り捨てる。
そのプリシラの断言に、スピンクスは「そうですか」とあっさりと手を引いた。話題にこそしたが、そこに彼女の興味はないのだろう。
それは二度目のラミアの死後も、プリシラが生かされていることからも明らかだ。
「執着とは不可思議なものですね。合理性とは相反する要素に左右されすぎる。にも拘らず、時に非合理が合理を上回る結果は理解に苦しみました」
「こうして妾と話すのは、合理と非合理のどちらを重視した結果じゃ?」
「どちらでしょうね。要・熟考……と、そうすること自体が新鮮ではあります」
そう答えるスピンクスには自覚があるだろうか。
自覚と無自覚の是非に拘らず、スピンクスはこの場でプリシラと話しながら、その発言に急速に人間味を増している。
芽生えた人間性にプリシラとの対話という水が注がれ、著しい成長があるのだ。
「――――」
プリシラの気付いたスピンクスの真意、口にしたそれは否定されなかった。
あえて掘り下げようともしてこない姿勢からも、それがスピンクスの動機の中核にあることははっきり肯定されたも同然と言える。
唯一、プリシラがスピンクスに口惜しくも後れを取っている点――それは、そのスピンクスの強烈な執着の心当たりが、プリシラに一切ないことだ。
無論、プリシラほどの立場になれば、面識のない相手やこちらの名前を知るだけのものに一方的な執着を抱かれることはある。
だが、スピンクスの執着は明らかに独りよがりの度を越している。
理由がある。『大災』の発端となった、理由が。
「先ほど、興味深いことを仰っていましたね」
「――――」
「生きとし生ける全ては、何らかの大きなものの奴隷であると。以前は理解できませんでしたが、今の私はそれを理解できる兆しを感じます」
興味深い、と話し始めたスピンクス、彼女の言葉にプリシラは沈黙で応じる。
無視でも軽蔑でもなく、言うなればそれは危険な好奇だ。興味深いと切り出したスピンクスの発言、それこそがプリシラにとっても興味深かった。
かつては理解しなかったものに理解を示し、その上でプリシラの言に賛意さえ見せたこの『魔女』が、如何なる話を始めるのかと。
果たして、沈黙を以て促すプリシラの前で、スピンクスは続けた。
「であるからこそ、非合理の中に新たな合理を見出せる。要・注目です」
そう言って、スピンクスが今一度、光る杖の先で床を強く打った。ひと際、宝珠の嵌まったその杖の瞬きが大きくなり、刹那、その宝珠の表面に変化が生じる。
――淡く透明な宝珠に、地下牢の外、帝都の光景が映し出されたのだ。
対話鏡が、鏡面越しに向こう側を写し取るのと同じような原理か。遠見のためだけには大仰な術式の気配を感じながら、プリシラはその光に目を細める。
注目しろと、そうスピンクスは語ったが。
「妾に何を見せたい?」
「あなたの言の正しさと、私の新しい方程式の結果です」
プリシラの言の正しさ、それが直前にスピンクスが口にしたことと関連付けられているなら、いったい何が映し出されるものかと思案し、気付く。
そして、プリシラのその気付きと、宝珠の映像が明瞭になったのは同時だった。
そこに映し出された光景、それは――、
「感情と執着、理解して初めてその利用の仕方がわかりました。彼女は健気ですね。あなたのためならと、自分を惜しみません。――要・熟考です」
△▼△▼△▼△
――同刻、宝珠に映し出された光景の、そのリアルな現場にて。
「やれやれグルービーさんに悪いことしてしまいましたね。ここぞというところで僕の勘は外れないという定評が僕の中であったんですが……まんまと外してしまいました」
軽妙な語り口が語るのは、その威勢のいい言葉の調子とは裏腹な自分の失態。
しかし、それを物語る声色にも表情にも一切の気後れは感じられない。それは自分の失態をまるで意に介していないからであり、謝罪の念も大して本気でないからであり――自分の直感は半分当たりで、半分間違いだったという結論のためだ。
派手な陽動役を味方に任せ、屍人だらけの帝都を駆け抜けて向かった先は城壁の頂点、二番と順番付けられて呼ばれたその地点には、目当てのモノがあるはずだった。
無論、そう当てを付けたのは直感であり、それを確信と呼べば多くのものから叱咤されることは間違いない。
だが、少なくとも、自分には確信があった。――ここが見せ場だと。
ここにくれば、この世界の花形役者たるセシルス・セグムントの華々しい活躍が、うるさくやかましく見守る観衆の方々にもご覧に入れられると。
それが――、
「……で、何か言い訳あるかよ」
「いやはやそうですねえ、こういうのはどうです? 僕の直感は間違ってはいない。何故ならここにこそ僕の真に欲するモノがあるからだ! と」
傍らで、もはや隠れ蓑の意味を為さなくなった皮衣の燃えカスを手に、恨めし気なアルの言葉にセシルスは意気揚々とそう答えた。
実際、それが事実か否かはセシルスにはわからぬ次元のことではあったが、自分を疑うよりも、自分を信じる方がずっとずっとポジティブではないか。
「あなたもそう思いませんか、半裸のお姉さん。暗い顔には暗い展開が付きまとう。となれば光を浴びる花形役者がするべき顔は言わずもがな」
「――――」
頭上、辿り着いた城壁の、そのさらに上の空に浮かんでいる人影に向け、セシルスが声を大にするも、相手からの返事はない。
ただし、相手からの最初のご挨拶はあった。それが辺り一帯を火の海にして、皮衣で身を隠したセシルスとアルの二人を焼き尽くそうとしたものだ。
そしてそれだけのことをしながら、相手にはセシルスやアルへの敵意や殺意のようなものが微塵も感じられない。
あるのはただただ、その褐色の肌を多く晒した細い体に、はち切れそうなほどの大いなるモノを取り込んでしまった少女の、泣きじゃくるような訴えだけ。
それが、如何なる経緯で彼女の内へと入り込んだかはわからないが――、
「察するに何か悪いモノを口にしましたか。――本当にあなたは手のかかる」
「――――」
「あれ? 今の妙な感覚は……」
なんだろうか、とそれを手繰り寄せるより早く、頭上で動きがあった。
光が瞬き、セシルスとアルを滅ぼさんと、凄まじい力が頭上から降ってくる。それを前にセシルスは舌なめずりし、傍らのアルは皮衣を捨てて、
「ああ、チクショウ! ――領域再展開!!」
そのヤケクソな叫び声が衝撃の中に呑まれ、屍都最大の激突が始まった。