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Re:ゼロから始める異世界生活  作者: 鼠色猫/長月達平
第八章 『ヴィンセント・ヴォラキア』
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第八章39 『笑う埒外』



 ――セシルス・セグムントは『星詠み』である。


 それはヴォラキア帝国の役職として、ヴィンセント・ヴォラキアが初めて彼らの一人であるウビルクを重用したこととは別の、本来の意味での『星詠み』――天命を授かり、その至上の命題を成し遂げるためにあらゆる物事をなげうつ存在のことだ。


『星詠み』となり、天命を授かったものへの強制力は強い。


 それは一介の男娼に皇帝へ意見するために城へ出入りする発言力を持たせ、体の弱い母が命懸けで産んだ娘への愛情を忘れさせ、生涯を費やし自死さえ考えた目的をあっさりと手放させるほどの、人生への介入力を有した。

『星詠み』の多くは、天命にそれまでの人生を捻じ曲げられ、生き方の方針転換を余儀なくされる。そして、それを悲劇だとも思わない。

 それがたとえ、周囲から見てどれだけ異常や不憫に思えても、そうなのだ。


 そうした『星詠み』の中で、ロウアン・セグムントは唯一、例外だった。

 彼が授かった天命は、元より彼が目指していた大望と道を重ねており、当人はともかく周囲には生き方を捻じ曲げられたように思われなかったからだ。


 彼が自らの悲願と授かった天命、その二つにどう折り合いをつけ、現在の己の信義を確立したかはすでに述べた通りなので割愛する。

 ここで語るべきは、ロウアン・セグムントが授かった天命の果てにこの世に生誕したセシルス・セグムント、彼もまた『星詠み』であるという事実であり――、


 ――『星詠み』の中で、セシルス・セグムントは唯一の、埒外という現実である。



                △▼△▼△▼△



 びゅうびゅうと吹き付ける風にハカマの裾をなびかせて、セシルスは手で作った庇を額に当てながら遠間の景色を眺めている。


 アルの提案した、帝都を取り囲む星型の城壁、その五つの頂点の陥落作戦。

 外からの援軍を引き入れるため、屍人の堅固な防備に穴を開ける。セシルス的には舞台映えする役者と、自分の活躍を目にする観客が増えるのは大歓迎だ。

 これが後々のエキサイティングな展開のための伏線でもあると言われれば、せっせと地味仕事に勤しむのも悪くはない。


「とはいえ! それもあくまでちゃんと後々のご褒美が約束されているからということをお忘れなきよう!」


 演劇でも戦争でも、何事にも適材適所というものはある。

 この世界は何処であろうと、どこもかしこも舞台の上――とセシルスの哲学を語り出すと長くなるが、人には向き不向きというものがあり、セシルスは細かな作業も地道な積み立ても得手不得手のどちらかと言えば超ミスキャスティングだ。

 観客の目を惹く舞台の中核、花形役者に黒子のような覆いを被せて作業をさせようなどと、舞台の演出としては本末転倒もいいところである。


「その点はオーディエンスの皆さんもそう思うでしょう?」


 首をひねって空を仰ぎ、セシルスは姿の見えない相手に向かって語りかける。

 無論、普通はそんな真似をしたところで、黒い雲のかかった曇り空が地上の人に答えを返すことなどありえない。――そう、普通なら。

 しかし、セシルスは普通ではなく、この世界の花形役者なのだ。


 ――他のものには聞こえない、観客からの声がセシルスにだけ戻ってくる。


 それは囁くような大声で、それは厳かすぎるほどに軽率に、それは礼儀の何たるかを知らぬように神々しく、セシルスへと語りかけてくる声だった。

 それも――、


『■■■■』『■●■●■●■』『――■■』『●●●●●!!』『■■■■●●■■』『●●■■●■■●●』『■■!!』『●●●■■■』『■■■●■●●■■●●』『●●■●■●●●■■●――』『●●……■』『●■●■●■●■』


 過剰なほどの勢いと物量で、それはセシルスへと降り注ぐ。

 花形役者たるセシルスの語りかけに熱狂し、観客からの懸命なアンサー――否、違う。これは今、セシルスの語りかけに用意された答えではない。


 これらはセシルスの一挙一動、彼がするあらゆる行為に降り注いでくる声だった。

 それはセシルスにとって、物心ついた頃から延々と聞こえ続けているものであり、セシルスの全ての言動をああしろこうしろと強制しようとするものであり、そして――、


「ははは、今日も大はしゃぎで大変楽しそうですね! わかりますわかります。なにせ僕は仕草の端々まで誰かを魅了してやみませんからね! 今後も僕の活躍から一秒たりとも目を離せない展開が続きますので乞うご期待!」


 何を言われても欠片も耳を貸さないセシルスにとって、ファンからの熱い声援だった。


 ――前述の通り、セシルス・セグムントは『星詠み』である。


 そして『星詠み』とは、その大半――否、例外のような立ち位置にいるロウアン・セグムントですら、授かった天命の成就のために生き方を歪められた。

 天命にはそれだけの強制力があり、『星詠み』の人生はそれに支配されるものなのだ。

 唯一、埒外の『星詠み』であるセシルス・セグムントを除いては。


「どうもどうも声援ありがとうございます。相変わらず何を言っているのかは全然さっぱりわかりませんし聞く耳も持ちませんがご安心を! 予想は裏切る! 期待には応える! それこそが花形役者たる僕の生き様ですからね!」


「――おう、クソ馬鹿。騒いでんじゃねえ、見つかったらクソ面倒だろうが」


「おっとっと」


 いつも通りに観客の熱量だけ受け取ってあとは聞き流していたセシルスは、背後からやってくる髭犬人――グルービーの声かけにくるりと振り向く。

 腰に手を当てたグルービーの警戒を宿した眼差し、それにセシルスは惚れ惚れする。


 この自分と背丈の変わらない獣人の戦士、グルービーはとてもいい。

 まず、見た目に愛嬌と華がある。実力もセシルスが孤島からこっち、しばらく見てきた色々なものたちの中でも五指に入るだろう腕前だ。武威は単純な剣力で測れない、面白い戦い方をするのだろうという期待がある。


「惜しむらくは言葉遣いに少々難がある点でしょうか。あまり汚い言葉を連発していると品位が下がる! 下がるとせっかく腕の立つ御仁でも格というものが保てません。僕と斬って斬られての道を往くなら相手にも相応の格を求めたいですね!」


「クソ馬鹿野郎がクソわけわかんねえこと言い出すな! 第一、誰がてめえと斬って斬られてなんてするかよ! チシャの野郎がクソ余計な真似しやがって……」


「おやおや、ちらと聞こえた名前ですね。つれない返事も気掛かりですがここで話題が挙がるその方が僕とどんな関わり合いが?」


「縮んで忘れてるてめえにも関係はあんだろ。――てめえを縮めたのが、クソ頭でっかちのチシャなんだからな」


 グルービーの返答を聞いて、「んんん」とセシルスは喉を鳴らした。

 たびたび言われる縮んだ宣言だが、相変わらずセシルス的にはピンときていない。縮むも縮まぬも、セシルスとしてはこうしてこの場にある自分が全部だ。

 もちろん、ちょっと会わない間に老けたロウアンや、今後世界を震撼させるはずの『青き雷光』の異名がすでに知れ渡っている点に説得力を感じなくはないが。


「そのチシャって人が僕を小さくしたってのが何とも眉唾なんですよねえ」


「あぁ? 人が縮むなんてありえねえとかクソみてえなこと言うのかよ、てめえが?」


「いえいえ違います違います。人の想像に限りはなく思い描いたことは実現できる。そうしたフェアなところが僕がこの世界という舞台を気に入っている理由の一個なので人が縮むなんて摩訶不思議もままあるでしょう。僕が信じにくいなぁって思ってるのは至極単純明快なことですよ。――誰が僕のそんな隙を突けます?」


「――――」


 頭の後ろで手を組んだセシルスの問いに、グルービーが神妙な顔をした。

 その鼻面に皺を寄せた表情すらも愛くるしさがあり、一舞台に一人は欲しい賑やかしと思わされるグルービーだが、彼にも今のセシルスの問いは効いたらしい。

 セシルスとて、自分が無敵とも不死身の存在とも思っていない。

 心の臓を抉られれば、あるいはこの細い首を断たれれば、この体の内を流れる血が半分近くも流れ出せば、命を落とす。人は死ぬ。


 だがそれはそれとして、誰がそんな所業に手をかけられるというのか。

 その一点で、グルービーも自分の考えの矛盾に気付けることだろう。たとえ相手が何者だろうと、誰にもセシルスを縮めるようなことはできないのだと――。


「――チシャの野郎が頭ひねったか、てめえがクソ油断でもしたんじゃねえか?」


「あれえ!? 僕を見てまだその意見が出ます!?」


「出る。クソみてえに出る」


「当たり前ってことですか! あはは、汚いけど一本取られた!」


 グルービーの物言いに手を叩いて笑い、いやいや待てとセシルスは首を横に振った。

 何たることかと顔を覆いたくなる評価。いやさ、セシルスの実力がわかっていて、グルービーほどの強者までもそんな疑念を捨て切れないとは。


「やっぱり大きい僕なんて大した僕ではありませんね! そのような体たらくと周囲の評価をいただくような僕には決してなりません! 十年後を見ててください!」


「誰がてめえの成長に十年もすくすく付き合えるか! クソ言ってねえでとっとと元のでかさに戻れ!」


「とっとと戻れと言われましてもあんまり戻りたくありませんし……それにグルービーさんは戻り方がわかるんです?」


「俺は知らねえが、仕掛けたチシャの野郎が知ってんだろ。こういうシノビのやり口ってのは時間か条件付けのクソ制限がある。チシャなら条件付けだろうがよ」


「ほうほう、そのチシャという方はシノビだったわけですか。あの元気なご老人のお知り合いとかお友達とかご血縁ですかね?」


「知らねえし、チシャはシノビじゃねえよ。手口がシノビで……ああ、クソ面倒臭ぇ」


 ガリガリと頭を掻いて、物知り風な愚痴をこぼすグルービー。

 なるほど、何やら様々なことに詳しそうだとセシルスは踏んだが、必要なのはチシャという人物の正体よりも、彼が用意した条件とやらのクリアの方か。

 それを聞いたら、「わかるわけねえだろ」とグルービーは怒りそうな気がする。


「それで僕が戻るための条件ってなんだと思います?」


「俺がわかるわけねえだろ!」


「ほらぁ」


 思った通りとはしゃぐセシルスに、グルービーが「あぁ?」と不機嫌そうに唸った。

 と、そうして二人が話しているところへ――、


「友達同士で会話が弾んでるとこ悪ぃんだが、お楽しみタイムはいったんそこまでにしてくれねぇ?」


「おや、アルさん」


 疲労感の滲んだ呆れ声の主、それはセシルスたちの立つ屋上にやってきたアルだ。

 最上階の階段から姿を見せた彼は、その足で階段をタンタンと叩くと、


「頼むぜ、本気で。ちょっと上から眺めてくるってピョンと屋上まで上がられると、こっちは階段使うしかねぇからしんどいんだよ。グルービー、あんたも」


「クソ悪かった。このクソ馬鹿の話に乗せられちまった」


 下で待ちぼうけを喰らったアルに、眉間に皺を寄せたグルービーが素直に謝る。

 三人行動の最中、通りの向こうが気になると言った彼のため、ちょっと物見と建物に上がったセシルスだったが、ついつい余所見が過ぎてしまった。

 ともあれ――、


「まあまあ、アルさん、そう怒らずに。グルービーさんもこうして耳を萎れさせて反省していることですし許したくなってきたでしょう?」


「お前がとことんゴーイングマイウェイなキャラなのは今さら引っかからねぇよ。それよりも、眺めてみて何かわかったか?」


「そうですねえ。――やっぱり三番と四番ついでに五番の守りが堅そうですね。ボスたちが撤退しただろう方向を考えれば自然な対策と思いますが」


「その三ヶ所か……」


 隻腕の右手で兜の金具を触り、アルがセシルスの返事に考え込む。

 セシルスが口にした番号は、帝都を取り囲む星型の城壁の頂点の呼び名だ。

 キラキラした城を北端に置いたこの都の入口――最南の頂点を一番、南東が二番、南西が三番、次いで北東が四番と北西が五番というのが頂点の呼び方だ。

 北側と西側、いずれかに該当する三点の守りが鉄壁と言えるほど堅く、逆を言えばそれ以外の二ヶ所は狙い目とも言えるのだが――、


「あえてわかりやすい穴ってのが臭ぇな」


「グルービーさんの鼻ってそういう悪巧みの臭いも感じられるんですか?」


「そこまでクソおかしな造りなわけねえだろ! ただの『将』としての判断だ! てめえも縮んだなんて言い訳しねえで……ああいや、意味ねえわ」


「なんだよ。途中で言わなくなると気になるじゃねぇか」


「元々、このクソ馬鹿は縮んでなくても『将』の仕事なんてしてなかったって話だ」


 苦い顔をしたグルービーの言葉に、セシルスとアルが「あー」と納得。

 セシルス的には馬鹿にされた印象もない、単なる事実だ。仮にセシルスが本当に油断の結果縮んだとして、縮む前の自分が誰かを導いたり寄り添ったりしたとは思えない。

 なので、グルービーの言い分にも特に異論はなかった。


「でもあからさまだって意見には僕も頷けます。だけどそうなるとあれですね。意外というか存外にアルさんも策士じゃありませんか」


「……どういう意味だ?」


「だって一番と二番は落としやすそうに見えて誘いをかけてる罠……そこに父さんとそのお友達を二人で向かわせたんですから策士ですよ」


「――――」


 この場にいない二人、別行動中のロウアンとハインケルのことを話題にし、セシルスは班分けを提案したアルの方に笑いかける。

 そのセシルスの笑顔を前に、アルは静かに息を詰めて黙り込んだ。


 現在、セシルスたちは五人のメンバーを三人と二人のチームに分けて、それぞれが五つの頂点を攻略するための作戦行動中だ。

 そして、ロウアンとハインケルの二人に南と南東、一番と二番の頂点の攻略を指示したのがアルであり、彼の思惑は明白だった。


「別に損なっても痛くない間柄と戦力であれば敵の目を引くための捨て石に使う。アルさんはご謙遜されるかもしれませんがやはり策士!」


「……親父さんの使い方に文句があるのか?」


「いいえ? 五人で固まって見せ場が取っ散らかるより演者としてはありがたいですし用兵としては甚だまともな考え方では? 僕が言うのもなんですけど父さんに協調性とか期待しても無駄ですからね!」


「確かにお前が言ってくれるな案件だわ」


 協調性に関してはセグムント親子の生まれつきの失陥と思ってもらうしかない。

 いずれにせよ、アルは限られた戦力を有効活用するために頭をひねった。物を考える頭か戦術的直感が働けば、求められる役割が何なのか想像がつきそうなものだが。


「五人で一ヶ所ずつ落とすなんてクソ悠長な真似はできねえんだ。あの赤中年と青中年二人がそこに気付けねえなら、捨て石だろうとクソ仕事を全うしてもらうしかねえ」


「ああ。一ヶ所ででかい騒ぎにして、そこに物量を集められるわけにはいかねぇ」


「それ故の分散攻撃……とはいえ少々意外でした。ほら、アルさんはハインケルさんとはお仲間みたいな話しぶりでしたから」


「オレは英雄じゃねぇんでな。ちゃんと優先順位はつけられるさ」


 どこか自嘲するようなそれは、ハインケルの使い道ではなく、自分の使い方に関するもののようにセシルスは感じた。

 その返答にこれといってアルへの印象が変わることはないが――、


「――なるほど。ボスとは違うわけですね」


「――――」


 何となく、思ったことを口にしたセシルスにアルが顔を向けてくる。

 鉄兜で隠されたアルの表情、しかし、視線の鋭さや熱、込められたものは時に言葉や顔色よりも雄弁に相手の胸の内を語るものだ。


「まぁ、時にそうというだけで今がそうとは限らないわけですが」


「……何を言ってるやらだが、いいよ。確かにオレは兄弟とは違う」


「んん? 違うことそれ自体は当然ですし構わないのでは? 僕はボスよりアルさんの方が手強いと思いますけどね」


 何故か自分が劣っている的なニュアンスだったので、セシルスはそう首を傾げる。

 強いと弱い、綺麗と汚い、好きと嫌い、それらは同じ月の満ち欠けのようなものだ。一喜一憂の価値はあっても、人生の天秤を傾けるまでの重みはない。

 正しいか間違いかすらも、絶対ではない。


「ボスは死に物狂いで泥臭く足掻きますがそれでも綺麗で舞台映えする方法を選ぶ。翻ってアルさんは違う。死に物狂いで泥臭く足掻いた上で汚く誰もが顔を背けたくなる方法だって取れる。優劣ではありません。それがボスとあなたの違いという話です」


「――――」


「ああ、優劣とか違いの話は置いておいてどうありたいかという話ならまた別です。他者の目にどう映りたいかは個々人の突き詰め方次第……排便は汚いものですが僕は排便さえも美しく魅せたいと思っていますからね!」


「今、オレは少し見直そうとしてたぜ……!」


「すみません、グルービーさんの口癖がつい耳に残ってしまっていて」


 もっとも、話題の飛び跳ね方はグルービーの影響でも、発言それ自体に嘘はない。

 汚い見られない顔を背けたいと思われる所業にすら、目を離せないだけの理由を付け加えてこその花形役者、というのがセシルスの持論である。


「で? うだうだとクソ無駄話は終わったか? 人生相談なんざクソだ。これが片付いたあとで、てめえらの墓でクソ反省会だけしてやるぜ」


「……これだけ言われてりゃ耳にも残るか」


「でしょ?」


 悪罵の絶えないグルービーの発言にアルが肩を落とし、セシルスが笑う。

 あれこれと不向きな理屈をこねた話をしてしまったが、セシルスとしてはアルの作戦に異論はなく、計画通りにロウアンとハインケルが大変な目に遭っても構わない。

 ただ一点だけ、セシルスなりにアルの計画に問題があるかもしれないと思うのは。


「あの超絶自分勝手な父さんがアルさんの言う通りに動いてくれますかねえ?」


 と、珍しくセシルスが思ったことを口走らなかったのは、これもまた珍しくセシルスが父であるロウアンの性分に関しては完全に見放しているからだ。

 ロウアンはやりたくないことはやらないし、やりたいことは絶対にやる。

 それはセシルスにも受け継がれた性分であるが、ロウアンとセシルスは違う。これは先ほどアルに、ボスであるシュバルツとの話をしたのと同じだ。

 良し悪しの問題ではない。生き方と死に方の話だった。


「それでクソ兜、どっから攻める考えだ?」


「――。さっきの狙撃手がいる三番のエリアは避けたい。だから北側の四番か五番……ちょっとでも薄い可能性って条件なら、北東の四番だ」


「えー! 僕はリベンジしたいんですけど!」


「余裕のねえときにクソみてえなこと言うな! 相手が誰だと思って――」


「ちぇー、わかりましたよぅ」


 グルービーに怒鳴られ、セシルスは唇を尖らせて意見を引っ込める。と、そのセシルスの反応に、拳を振り上げていたグルービーが目を丸くする。

 その様子に「なんです?」とセシルスが聞くと、彼は上げた腕を下ろして、


「素直に言うこと聞くのな。てめえ、縮む前よりあとの方がクソだったぞ」


「ほほう、褒められてる気がしませんね?」


「うるせえ! 時間がクソねえんだ。とっとといくぞ」


 顎をしゃくり、グルービーが件の四番頂点の方へと顔を向ける。それに「はいはーい」とセシルスが続こうとすると、発案者のアルが「いいのか?」と声を発した。


「聞かれたから答えたが、オレよりあんたら……いや、あんたの方が帝都についちゃ詳しいだろ」


「俺だってクソみてえな提案には頷かねえ。てめえの方針に文句はねえよ。……俺もバルロイのクソ馬鹿とはやりたくねえ」


「……元々の仲間か」


「それもあるし、クソ強ぇからだよ。野郎とやらせんならモグロだ。絶対負けねえから」


 強い、とグルービーが断言する狙撃手の力量。

 セシルスもこの帝都で幾度も遭遇しながらも、未だに姿さえもちゃんと目視できていない相手だ。強いのは間違いない。やはり、先ほど頷いたのは間違いだったか。今からでも駄々をこねたら、方針転換に賛同してくれないものだろうか。してくれないか。


「チャチャッと仕掛けましょう。開けた穴を維持するのが目的ではないわけですから時間を後回しにする意味もない」


「気を付けろ。このクソ馬鹿、さっさと片付けてバルロイ探すつもりでいやがるぞ」


「……真打登場が済んだら、ぜひそうしてくれや」


「僕を差し置いて真打とは何たる傲岸!」


 ゆるゆると首を横に振ったアルが諦めたようにこぼすのに、セシルスは憤懣やる方無しとそう声を張った。



                △▼△▼△▼△



 四番頂点への道のりは、拍子抜けするほどスムーズだった。

 道中、生存者を探す屍人を見かけなかったわけではない。だが、こちらの道を阻むなら排除一択の相手も、そうでないなら通りすがりのエキストラに過ぎない。

 わざわざ、舞台の賑やかしのための端役に見せ場をくれてやる役者がいるだろうか。


「生憎と観客の興味は有限ですからね。舞台全体のクオリティを底上げする名演を繰り出す脇役がいないとは言いませんが求められているかはまた別の話……とはいえ」


 穏当な道行きを堪能しながら、しかしとセシルスは眉を寄せた。

 もちろん、余計な手間を省くのは大賛成だし、手間暇をかけて雑兵を処理する演目が望ましいとはセシルスも思わない。

 ただ、今のセシルスたちの見え方は、何とも不格好ではあるまいか。


 なにせ、セシルスはアルの背中におぶさって、その腹側にはグルービーがしがみついている状態――すなわち、セシルスとグルービーでアルをサンドウィッチだ。

 何故、そんな状態になっているかというと、そうしなければアルが頭から被っているマントの範囲からセシルスたちがはみ出してしまうからである。


「でも格好悪い! こんなの僕の売り出し方じゃありませんよ、グルービーさん!」


「黙ってろ! 気配は隠せてても音も臭いも消えてねえんだ! 周りのクソ共に気付かれて囲まれたらクソ面倒だろうが!」


「二人して声がでけぇよ……! あと揺れるな、転ぶ……!」


 不満不満とアルの肩を揺らすと、同じマントにくるまる二人に叱りつけられる。

 このグルービーの用意した皮衣はなかなか大した代物だ。聞けば、これを被ると周囲の注意を引かなくなるという優れものであるらしい。ロウアンとハインケル、それにグルービーの三人はこの皮衣を使い、敵の目を掻い潜って帝都に入ったのだそうだ。

 実際、人目につかない道を選んでいるとはいえ、三人が一度も屍人たちに見つかっていないのには皮衣の効果が大きいのだろう。


「僕たちの体格差でこの暑苦しさだというのに父さんたちと三人でどんな風に帝都入りしたのか想像つきませんね。それにしてもこんなみょうちくりんなマントをどこで買ったんです?」


「買ってねえ。俺が作ったんだ。クソ馬鹿すぎててめえは忘れてやがるが、てめえの『邪剣』も俺が溶かして刀に打ち直したもんだぞ」


「ほうほう、『邪剣』! カッコいい名前ですね! ぜひ見たい知りたい拝みたい!」


「だからてめえのクソ刀なんだよ!」


 小さい声で怒鳴るという離れ業を披露するグルービー。

 縮んだ縮んでないの論争は置いておいて、彼の語る自分では知らないセシルスの話を聞くのはなかなか興味深い。特に、刀の話は大好物だ。


「しかし刀に打ち直したとは面白い。グルービーさんは刀鍛冶なんですか? 『将』もやって鍛冶師もやってとはお忙しい」


「刀専門ってわけじゃねえ。刀も打つし、衣も織るし、魔具もいじる」


「ってことは、この不思議マントも魔具の一種ってわけか」


「いや、こいつはただの人狼の皮だ」


 そのグルービーの返答に、セシルスは「ほー」と感心し、アルはギョッとしたように肩を震わせた。セシルスはしげしげと、その皮衣の見てくれを検め、


「人狼とは珍しいですね。いるのは知っていますがお目にかかれた例はありませんよ」


「そもそもクソ見つけづれえ奴らだからな。地竜とか聖王国のウルハ人みてえに種族全体に加護がかかってる。生きたまま皮を剥ぐと、皮に加護が宿ったままになんだよ。騙し討ちが得意なクソ共の有効活用だ」


「『雲隠れの加護』か……」


「あぁ? そりゃまたクソ古臭ぇ呼び方知ってやがるもんだ。『騙し討ちの加護』って方が一般的……クソ人狼の話がそもそも一般的じゃねえが」


 ぼそっと呟いたアルのそれを聞きつけ、グルービーがそんな知識を披露する。

 とかく、帝国では人狼が嫌われていて、それは古い古い物語に由来するものだ。もっとも、史実を元にした物語なので、現実とも深くリンクしている。

 セシルス自身は特にこれといって、人狼や狼人らへの敵愾心はないが――、


「その人狼の皮衣に救われているとは帝国での人狼の扱いを考えると何ともいやはや皮肉な話ですねえ。皮だけに」


「――――」


「あれえ? 無視? 無視ですか? わりと上手いこと言ったと思ったんですが――」


 と、皮衣の件に触れたセシルスに、アルとグルービーの二人がすげない反応を返したと思った直後――そうではないと、セシルスも察した。


『――■■■■■■』


 そういつもの如く、外野が賑々しかったからではない。

 セシルスがべったりとくっついているアルの全身が緊張し、その緊張の理由がセシルスにも滑り込んでくるのを感じたからだ。

 それは、縮んでいるか否かの議論はさておき、薄いセシルスの胸の内を捉えたモノ。


 ――灰色の茨が、セシルスの胸でぐるりと渦を巻いていた。


「もしかしてこれ、お二人にも出てます?」


「……だな。おい、グルービーさんよ。このマントがありゃ見つからねぇはずじゃ……」


「クソが……ッ! クソふざけた真似しやがって……!」


 どうやらセシルスと同じ状況らしいアルとグルービー、とりわけグルービーの取り乱し方というか、怒りようはかなり大きいものだった。

 自信作である皮衣の効果を見抜かれたからか。――否、それはおかしい。

 相手がセシルスたちの居場所を特定しているなら、サンドウィッチ状態の三人を長々と放置はしないだろう。無論、茨で警告しているという向きもあるが。


「そうじゃなさそう。その心は?」


「――無差別の範囲攻撃だ。どこのクソ馬鹿だ!? こんな馬鹿げた呪術をクソぶちまいてやがるのは……!」


 グルービーが激情に喉を震わせ、まだ見ぬ茨の主の非常識さを罵った。

 その刹那、三人の胸元の茨がゆっくりと蠢いて、手をすり抜ける鋭い棘が、その呪いの効果を遺憾なく発揮しようとする。

 そして――、


「――やっぱり世界は僕がこそこそしているなんてことは認めないというわけですね。さあさ訪れた新たな苦難! ジャジャンと派手に乗り越えましょう!」


 それが心の臓を締め付ける激痛が走る寸前、笑う埒外がこぼした昂りの一声だった。



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― 新着の感想 ―
アルのスバル説はほぼ確定してきましたね。
何もかもがクソみたいな境遇だけど本人がとんでもなく強いから人生楽しんでる感
[一言] グルービーはきっと南部生まれ 何故かは南部式英語教室でググろう
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