第八章32 『選抜メンバー』
――『大災』によるヴォラキア帝国の滅亡、その阻止のための電撃作戦。
蘇り続ける屍人の軍勢、それと真正面からぶつかり合うことが滅びを早めるリスクでしかないとわかった今、求められるのは速攻による決着だ。
大軍同士をぶつけて、生者と死者の一大決戦をやるわけにいかない以上、少数精鋭で敵陣へ殴り込みをかけるミッションが採択されるのは自然な流れだった。
問題があるとすれば――、
「――誰が、敵の本丸に殴り込むかって話になる」
腕を組み、部屋の真ん中でどっかり床に座ったスバルがぐるりと周りを見渡す。
城塞都市ガークラの大要塞の一室、大人数が一堂に会するのにぴったりな大部屋に、帝国の関係者を除いたスバルの味方がずらりと勢揃いしている。
そこには負傷者の治療のため、先ほどの会議には参加していなかった面々――ラムやガーフィール、ペトラにフレデリカ、そしてレムも揃っていた。
当然、帝国関係者以外ということでアナスタシアとユリウスもいるが――、
「ハリベルさんも、無事に戻ってくれててよかったよ」
「お、心配してくれるなんて優しいやないの。なんや、アナ坊は僕に手厳しいから、そうやってねぎらってもらえて素直に嬉しいわ」
壁に背を預け、煙管をくわえたハリベルがスバルのねぎらいに笑って答える。
この都市国家最強の狼人は、あの連環竜車の戦いで、屍人の襲撃に先んじて現れた黒竜――ドラゴンゾンビを引き止めてくれた、勝利の功労者だ。
彼がドラゴンゾンビを竜車に近付けなかったおかげで、被害は最小限に留まった。それで単独で龍殺しまで果たしているのだから、とんでもシノビである。
と、そんなハリベルの一言に、しかし揶揄されたアナスタシアは不満げな顔をする。
「なんなん? そんな言われ方したら、ウチが血も涙もない雇い主みたいやないの。ちゃんと働いた分の報酬は払うて言うとるやないの」
「ほら、この通りや。何でもかんでも銭勘定で片付けよなんて、可愛げのない子ぉになってもうて……リカードが放任主義やからしたたかになってもうたんやない?」
「はぁりぃべぇるぅ」
「はいはい、僕の負けでええよ」
二人のカララギ弁の応酬が、アナスタシアの生温かな呼びかけで決着する。
古くからの知り合い同士とはいえ、そのやり取りの気安さは親戚のおじさんと娘っ子を彷彿とさせるそれだ。小柄で顔は童顔なアナスタシアだが、子どもっぽさとは対極的な性格をしているため、彼女にそんな印象を抱くのは珍しい。
そのスバルの印象を余所に、アナスタシアに言い負かされたハリベルが、「それでなんやけど」とやられただけで会話を終わらせず、話を続けた。
「やり合ぅてわかったんやけど、ヴォラキアのゾンビ、カララギのゾンビとちょこっと勝手が違うわ。たぶん、僕めっちゃ相性悪そう」
「ヴォラキアとカララギで、ゾンビが違う? それ、どういうこと? まさか、この時期に別の原因でゾンビパニックが起こってるなんて言わないよな?」
「さすがにそれはないと思うわ。僕の印象やと……帝国のゾンビの方が手強い。仕掛けた子ぉが帝国の大精霊に悪さしてるって話やし、距離的なもんかもやね」
「距離……」
歯で噛んだ煙管を上下させながら、ハリベルが自分の所感をそう明かす。
その微妙なニュアンスの違いが、カララギの屍人を知らないスバルにはピンとこない。とはいえ、ハリベルほどの実力者が感じた以上、違いは確かにあるのだろう。
まさか、本当に同時期に別々の理由でゾンビが利用されているとは考えたくないが。
「距離というよりは、完成度の問題という印象もあるな」
「それ、どういう意味なん、ユリウス?」
「ハリベルが手強いと評する以上、帝国で現れるゾンビの方が能力的に優れているのは事実でしょう。ただ、時期的には都市国家のゾンビの方が出現は早い。つまり、ここから推測できるのは……」
「カララギのゾンビは練習台で、ヴォラキアのゾンビが本番用。騎士ユリウスが言いたいのはそういうこと?」
アナスタシアに問われ、左目の下の傷に触れながら推論を広げたユリウスにラムがそう尋ねる。そのラムの言葉に、彼は「そうです」と顎を引くと、
「今の考えが正しければ、ハリベルの印象にも説明がつく。その上でハリベル、君が帝国のゾンビと相性が悪いと考えた理由を聞いても?」
「僕は直接見てへんけど、竜車に出てきたゾンビの子ぉは増えたらしいやん? それと似たこと、あの黒い龍もしてきよったんよ。ほら、僕の攻撃って当たったら終わりの呪殺が売りやから、死んで終わらん相手と相性最悪やんか」
「――――」
「あれ? なにこの沈黙」
「いや、さらっとハリベルさんが呪殺が売りって言ったからビックリしたんだよ」
自分の手の内をあっさりと暴露したハリベルに、スバルも耳を疑ってしまった。が、彼はそのスバルの指摘に、「ああ」と納得した風に頷いて、
「別に知られてどうなるもんでもないからねえ。知ってても、僕から一発ももらわんなんてできる人の方が少ないやん?」
「うーん、謙虚なようで謙虚じゃない。ラインハルトとかセッシーもそうだけど、各国最強ってそういうとこ共通してる気がする……」
堂々としたハリベルの強者発言に、スバルはしみじみと感心した。
承認欲求の塊であるセシルスは言わずもがな、謙虚で誠実が服を着て歩いているようなラインハルトも、自分の力量には絶対の自信があった。
実際、あのぐらい強くて「自分なんて」と言われても何の説得力もないので、それに関しては堂々としてくれる方がずっと好感度が高いのだが。
ともあれ――、
「ハリベルさんが『ぞんび』とあんまりうまく戦えないのはわかったけど……でも、そうしたらどうする? 誰が帝都に乗り込むのがいいかしら?」
「カララギ最強らしくない弱音やったけど、それでもハリベルの腕が立つんはウチの太鼓判や。甘やかさんと、突入組に入れるべきやと思うわ」
「まぁ、泣いて騒いで嫌やなんて言わんけどもね?」
言い合わなくても手厳しいアナスタシアに、ハリベルがそう苦笑する。
実際、呪殺特攻がゾンビに効かなくても、ハリベルが単独で黒竜と戦える戦力なのは間違いない。彼を突入組に入れるのは確定としていいだろうと思いつつ、スバルは本題へ入るならと、「ちょっといいか?」とその場で挙手をした。
そして――、
「最初に言っとくと、俺は突入組に参加する」
そう、他の誰が名乗り出るよりも早く、スバルは自分の立つ瀬を主張した。
「――――」
立候補したスバルに視線が集まり、一瞬の空白が生まれる。
その空白に乗じて、スバルは自分が乗り込むべき理由を説明するタイミングを得た。
「まず、スピカの権能がゾンビ特攻……蘇りを無効化する力があるのはみんなもわかったはずだ。ただ、現状じゃそれを使うのに保護者の俺の付き添いが必須。ハリベルさんでも敵の復活がしんどいっていうなら、攻略にスピカは絶対必要だ」
連環竜車を襲った難敵、『毒姫』ラミア・ゴドウィンの撃破にはスピカの貢献があった。
彼女が『暴食』の権能を使いこなせば、無限に蘇る屍人の『死に逃げ』を断ち切れる。スピンクスの撃破において、スピカより有用な策はないだろう。
「俺もスピカも、代わりが利かない仕事だ。……なんで必然的に、ベア子には俺と一緒に帝都まできてもらうことになるんだけど」
「ベティーは望むところなのよ。もうスバルと離れ離れは御免かしら」
「悪い、助かる」
挙手したスバルの隣にちょこんと座るベアトリスが、そのスバルの挙手した手をぎゅっと取り、自分も突入組に同行することを承諾する。
そのパートナーの返事を心強く思いながら、スバルは作戦の要になるスピカ――彼女と、その彼女が抱き着いているレムのことを見た。
自分の腰に腕を回して抱き着くスピカ、その肩を支えるレムがスバルの視線を受け、
「……どうして、そんなにビクビクした目で私を見るんですか」
「いや、また危ないところにスピカを連れてくことになるし、それでレムに嫌われると俺の心がバキバキになるから……」
「――。別に、エミリアさんに慰めてもらえばいいじゃないですか」
「え?」
弱腰なスバルの答えに、レムが不満げに視線を逸らしてそう呟く。
その言葉の意味をイマイチうまく咀嚼できずにいるスバルを余所に、「レム」と彼女の隣に立つラムが薄紅の瞳を細め、
「どうするの? バルスを八つ裂きにする?」
「いきなり物騒なこと言い出すなよ、姉様!」
「冗談よ。今八つ裂きにしても蘇ってくるでしょう? 死体な上に増えるバルス……悪夢ね。おぞましい」
「勝手に殺した上に増やしておぞましがるな!」
ラムのラムすぎる発言、その姉の言葉にレムが苦笑し、首を横に振った。そのまま、レムは「ありがとうございます」と姉に礼を言って、
「姉様のお気遣いは嬉しいです。でも、姉様の言う通り、今は何をしても蘇ってきてしまいますから後回しにしましょう。それよりも……」
「う?」
「スピカちゃん、あの人と頑張れそうですか?」
苦笑の色を消したレムが、自分に抱き着くスピカを見下ろしてそう尋ねる。その問いかけにスピカは青い目を丸くすると、すぐにキリッとした顔になった。
役割を問われ、何をすべきかを自認する少女は何度も首を縦に振り、
「あーう!」
と、そう力強く頷いたのだった。
その、声にならない声を肯定と受け止め、レムは寂しさと悔しさの入り混じった表情を作る。その心中を如実に表すように、続く彼女の声は震えていた。
「本当なら、私もついていきたいです。……でも、今の私がついていっても、足手まといになるだけなのはわかっていますから。だけど……」
「――それなら、心配しなくて平気よ、レム」
切実さの込められたレムの訴え、それが頼もしい声に遮られた。
思わず、レムが「え」と薄青の目を見張った先、彼女にそう告げたのは自分の胸をドンと叩いたエミリアだった。
彼女はその美しい紫紺の瞳をやる気で満たし、レムに頷きかける。
「その子と、それに一緒にいくスバルたちのことが心配な気持ちは私もすごーくよくわかるの。だから、何があっても大丈夫なように私が守るから!」
「エミリア、さん……」
「任せて。私、こう見えてすごーく力持ちなのよ」
ぐっと力こぶを作り、エミリアがそうレムに笑いかける。
その、あまりにも頼もしいエミリアの言葉に、レムは何を言えばいいのかと目を白黒させ、視線を彷徨わせた。
しかし――、
「いやいやいや! 何を言ってるんですか、エミリア様! エミリア様がいくなんて、そんなの許可できるわけないでしょう!」
「え!? どうして!?」
「どうしても何も、聞かなきゃわかりませんかねえ!?」
目を丸くして仰天するエミリアに、それ以上に仰天していたのはオットーだった。
帝国で合流して以来、ほぼほぼずっとしかめっ面をしていた印象のあるオットーだが、ようやく彼らしい慌てふためく顔が見られた――とは、笑えないだろう。
実際、今回はエミリアよりも、オットーの意見の方が真っ当である。
「いくら何でも、この帝国で一番危ないところへ乗り込む作戦ですよ? そんなところにどうぞとエミリア様を送り出せませんよ」
「ッてもよォ、オットー兄ィ。危ねェとこって話ッすんなら、そもそもヴォラキアにきてる時点で今さらって話じゃァねェかよォ」
「否定しづらいですけど、それでも危険の大小って考えはありますよ。ナツキさんの言う通り、帝都は敵の本丸……本拠地と、戦略的価値のない村の守りが同じ堅さのはずがありません。帝都は間違いなく、一番の危険地帯です」
「まァ、そりゃァそォか」
真っ当な正論に真っ当に疑問を突き返され、ガーフィールも意見を引っ込める。
その勢いを駆り、オットーはそのまま視線をスバルとベアトリスの方に向けると、
「正直なことを言えば、ナツキさんたちがいくのも僕は反対ですよ。あくまでこれは帝国の問題で、他国のために命を懸けるのは筋違いですから」
「正直者め。けどな、何べんも言ってるけど……」
「わかってますよ。王国でも帝国でも、どこで起こったかは問題ないって話でしょう。『魔女』の狙いがルグニカの恐れがある以上、そこは僕も同意見ですよ。僕だって故郷で現れるぐらいなら、帝国が荒れ野原になる方がずっとマシです」
「お前も露骨に身内意識の強さを隠さなくなってきたな」
元々シビアな一面のあるオットーだが、ヴォラキア帝国の問題に関わるのはメリットとデメリットが彼の中で釣り合わないのだろう。だから延々気乗りしない。
だが、オットーが理解を示してくれた通り、スバルにとっては土地の問題ではない。
スバルだってヴォラキア帝国は嫌いだが、嫌いな帝国にもスバルが好きになってしまった人たちがいるのだ。その彼らのために、できることは全部したい。
そのためにも――、
「――スピカだけじゃなく、俺が帝都にいる必要がある」
突入組にスバルが志願するのは、もちろん、スピカの権能の力を十分に発揮するための保護者として同行する意味もある。
しかし、最大の目的は帝国で一番の激戦地になるだろう帝都――そこに待ち受ける、避けられない誰かの『死』を覆し、この手で運命を塗り替えるためだ。
『剣奴孤島』で全ての剣奴を味方につけるため、スバルはかなりの無茶をした。
だが、その甲斐はあった。報酬が約束されているなら、スバルはそれを躊躇わない。
「スバルに危ない真似をさせたくないのはベティーも同じなのよ」
と、そこでスバルに代わって声を発したベアトリスが、スバルと自分の方を見ているオットーに対し、己の考えを述べ始めた。
その青い瞳に特徴的な紋様を浮かべたベアトリスは、自分の方を見るオットーと目を合わせながら、
「でも、相手の『不死王の秘蹟』を解体するのにその娘の力は有用かしら。それに万一、スピンクスを封じる必要があるなら、ベティーの力がいるはずなのよ」
「封じる、ですか」
「スピカの権能が通用しなかった場合、スピンクスの暴挙を止める方法は封じ手しかないかしら。自殺して逃げられでもしたら、終わらない追いかけっこの始まりなのよ。それをさせないために、ベティーの魔法の出番かしら」
片手はスバルの手を握り、もう片方の空いた手をベアトリスが突き出す。
その幼女特有の丸みのある手を目にして、スバルの脳裏に浮かんだのはベアトリスが口にした『封印』の表現を思わせる光景――プレアデス監視塔で身柄の確保に成功した『暴食』の大罪司教、ロイ・アルファルドの顛末だ。
その全身を陰魔法で蝋のように固められたロイは、身動きどころか思考も封じられた状態で拘束されていた。
「確か、あれと同じ封印で『嫉妬の魔女』も捕まってるとか……」
「そうなのよ。信頼と実績の『魔女』封じかしら。事態の収拾にスピンクスの封印が必須なら、お前とペトラには悪いけど、ベティーとスバルは欠かせないのよ」
魔法的な観点からのベアトリスの援護に、スバルはオットーと、その向こうでフレデリカと並んでいるペトラの様子を窺う。
見ない間にその頼もしさと将来有望ぶりをますます増した感のあるペトラは、当然ながら縮んだ体で帝都へ乗り込もうというスバルを歓迎していない顔だ。
ただ、聡明な彼女にはベアトリスの意見の妥当性と、ここで屍人の軍勢を止められなければ、被害が指数関数的に増大すると理解できてしまう。
そのため、彼女はとても不本意そうにため息をついて、
「やっぱり、こうなっちゃうよね」
「ペトラ……」
「レムさんとおんなじで、わたしもついていける立場じゃないもん。……せめて、ベアトリスちゃんがお目付け役でついてってくれるのが救いだけど」
物分かりが良すぎる少女、その不安の種が他ならぬ自分であることにスバルも胸が痛い。そのペトラに信頼を寄せられ、ベアトリスは請け負うように頷く。
「ペトラの気持ちはちゃんとわかってるかしら。ベティーがいる限り、スバルを危ない目には遭わせないのよ」
「うん、ありがとう、ベアトリスちゃん」
「そうね。ベアトリスがスバルといてくれると安心できるし、私も嬉しいもの。でも、その二人と私が一緒ならもっと安心して……」
「エミリア様……」
「うう……」
ベアトリスとペトラの美しい友情に続いて、エミリアがちっともうまくないやり方で食い下がろうとし、オットーの厳しい眼差しに撃墜された。
ただ、前述の通り、この件に関してはスバルもオットーの意見が正論と思っている。
できればエミリアの願いは何でも叶えてやりたいスバルだが、これを叶えると、そのままエミリアを帝国で最も危ない場所へ連れ出すことになる。
しかし一方で、ガーフィールの言い分にも一理あった。
そもそも、帝国まできている時点で危ないのは間違いなく、たとえガークラに残ったところで身の安全が保障されるわけではないと。
そういう意味では、知っている人間全員をスバルの傍に置いておくのが理想で――。
「――私は、帝都への突入組にエミリア様を加えるのに賛成だーぁね」
「旦那様!?」
だがそこで、不意にそれまでと百八十度異なる意見が飛び出した。
その意見にあまりに驚かされ、耳を疑った顔でフレデリカが声を上げる。だが、それは最初に声を上げたのがフレデリカというだけで、その場にいたほとんどの人間が、その意見――ロズワールの発言に驚きを隠せなかった。
その驚きが支配する中で、比較的立ち直りが早かったのはアナスタシアだ。彼女は狐の襟巻きを撫で付けながら眉を顰め、
「そらまた意外な意見やね。てっきり、エミリアさんらの意見は、エミリアさん以外は全員一致でエミリアさんに反対なんやと思うてたけど」
「陣営の代表であるエミリア様、その意見が聞き入れられないのは不憫すぎる……というのは冗談でーぇすよ。私も悪ふざけで逆張りしたわけじゃーぁない」
「……聞きましょうか」
肩をすくめたロズワールに、感情を抑えた声と表情でオットーが先を促した。
スバルも、援護された当事者のエミリアも、ロズワールの考えを固唾を呑んで待つ。その周りの目を向けられながら、ロズワールは黄色い方の瞳を残して目をつむり、
「難しい話じゃないよ。帝国との同盟関係において、エミリア様の実力はこちらから相手へ提案できる有力な内容だ。これがアナスタシア様がいくと言い出したなら全員で止めるべきだが、エミリア様はそうじゃーぁない。それは実際に、ゾンビが現れる前の大戦にエミリア様を参加させた時点で皆が認めるところだ」
「ええ、そう! ほら、あのときだってマデリンとかメゾレイアともぶつかったけど、ちゃんとへっちゃらで帰ってこられたんだから」
「それとは状況が違いますよ。求められるのは少数精鋭の奇襲攻撃で、エミリア様の大味……大胆な戦い方が向いているとはとても」
「十分補える範囲だよ。それにエミリア様がいれば、仮に作戦が失敗してもその立て直しが作戦に組み込める。都の半分ぐらいは氷漬けにできるのでは?」
指を一本立てたロズワールのとんでもな発言だが、これが意外と無茶でもない。
エミリアの替えの利かないユニット性能に、自前で賄えるとんでもないマナの量と、それを駆使した超範囲攻撃というスキルがある。
早い話、エミリアは一人で戦場を雪景色に変えて、極寒の中で可愛く元気に駆け回ることができるのだ。その圧倒的な継戦能力の高さを最大限活かそうと、スバルが考案したのが『アイスブランド・アーツ』であり、それをロズワールも評価した。
実際、エミリアが陣営の最高戦力の一人であることは疑いようがないのだ。
これまで散々、プレアデス監視塔にも、帝都決戦にも参加させておいて、エミリアが危ないから送り出せないというのは説得力がない意見ではあった。
それに加え、ロズワールには彼だけが有する確信がある。
それは――、
「スバルくんも、エミリア様がいた方が張り切れるだーぁろう?」
「お前……」
悪気しかない笑みを浮かべたロズワールに、スバルは思わず唇を噛んだ。
そのギリギリな言い回しは、ロズワールだけが知っているスバルの権能――『死に戻り』を揶揄したものであるのは明白だった。
スバルが時間遡行するためのトリガーが『死』だとは知らないロズワールだが、スバルにそうした奥の手があることは知っている。
エミリアのためなら、その奥の手を惜しまないという確信もあるのだ。
そのロズワールの目算は正しい。
他の誰に何があっても『死に戻り』をするが、エミリアがきた場合のスバルの必死さ懸命さは、ロズワールが求めるものか、それ以上のものになるだろう。
ただし、そうした事情で説得され得るのはロズワールぐらいのものだ。
「旦那様、わたくしもオットー様と同じく、エミリア様がゆかれるのは反対です」
事実、そのロズワールの意見を聞いても、反対派の感情は揺らがせられなかった。
比較的、陣営の中ではロズワール寄りに立つことの多いフレデリカでも、状況的な危うさを重視し、エミリアの突入組入りを反対する。
しかし――、
「もちろん、エミリア様がわたくしやオットー様が及ばないほどお強いことはわかっておりますが、それでも大切なお体を……」
「――私が同行する。そう言ってもかーぁな?」
「え?」
やはり頷けないと、そう抗弁していたフレデリカが目を見張った。
短く、しかし聞き間違いようのない断言をしたロズワール。彼は持ち上げた左右の手を皆に見えるようにして振りながら、
「帝都への突入組、私もエミリア様たちと同行しようじゃーぁないか。幸い、素性を隠す必要がなくなった今、私の大技も小技も大盤振る舞いといこう」
「え、ロズワールがきてくれるの? ううん、一緒にいってくれるの?」
「驚きですか?」
「だって、ロズワールっていつもお屋敷でのんびりしてる印象だったから」
素直に驚いているエミリアの反応に、ロズワールが苦笑する。
のんびりとはいささかエミリアらしすぎる表現だが、ロズワールが問題解決の場に居合わせないパターンが多いのは、問題の原因がロズワールであることが多いのと、そもそも彼が信頼の置けない味方であることが大きい。
ただし、状況的にここでロズワールが信頼を裏切る意味がない。
帝国でロズワールが何らかの暗躍をする可能性もないことを考えると、ある意味、王国にいるよりもずっとロズワールを信頼できる状況と言えた。
「よその国にいるときの方が信用できる味方ってなんなんだよとも思うが……」
ロズワールの同行と聞いて、ブチャイクな顔をしているベアトリスを除けば、その提案にはメリットしかないようにスバルには思われた。
陣営の最高戦力という話をするなら、紛れもなくロズワールもまたその一人で。
「僕も――」
一瞬、ふっとオットーが何かを言いかけた。
しかし、その言いかけた言葉は言いかけのところで歯噛みに中断され、オットーは深々と息を吸い、吐くと、
「ガーフィール! ナツキさんたちに同行してください」
「――。いいのッかよォ。『三騎士がゆく』ってェばかりに、強ェのが全員出張っちまうッことになんだぜ」
「ここまできたら、半端な投入の方が愚策ですよ。それも含めて、辺境伯の掌の上というのが気に入らないんですが」
「オットーくんはたびたび私を買い被ってくれるものだーぁね」
ロズワールが余裕のある笑みを浮かべ、オットーが額に手を当てる。と、その兄貴分の苦悩を目にし、ガーフィールが牙を噛み鳴らしながら胸の前で拳を合わせた。
乾いた音を鳴り響かせ、ガーフィールが力強く床を踏み、
「いいッぜ。オットー兄ィの心配もペトラの心配も、ついッでに姉貴の心配もひっくるめッて俺様が持ってってやらァ」
「ガーフ、ラムの心配が抜けているわよ」
「てめェがロズワールの心配する気持ちなんざ持ってッきたくねェ!」
「馬鹿ね。ロズワール様の心配なんていらないわ。ガーフの心配よ」
気持ちよく決断したガーフィールが、ラムの一撃を浴びて「がお」と勢いが萎む。
そうして罪な女ぶりを発揮したラムは、突入組に立候補したロズワールを見やり、
「どうぞご存分に。ロズワール様のお力を帝国に見せつけてください」
「そうだね。帝国は少々、魔法を軽んじすぎているからねーぇ」
そのロズワールの笑みに、ラムが旅装のスカートを摘まんでカーテシー。
過剰でも過少でもない信頼が交換されたやり取りを見て、話の流れに置いていけぼりを喰らったエミリアが目をぱちくりとさせた。
「ええと、結局、ロズワールとガーフィールもきてくれて、私もスバルたちと一緒に帝都に乗り込む……で、いいのよね?」
「うん、それで大丈夫のはずだよ。オットーの言う通り、最高戦力だな」
エミリア陣営の最高戦力三人、エミリアとガーフィールとロズワールが連れ立つのだから、同盟者として最高のパフォーマンスを発揮していると言えるだろう。
スバルとベアトリス、それにスピカの三人が足を引っ張らないか心配だ。
「そこにハリベルさんが加わって、か。あとは――」
「――スバル」
紛れもない最強メンバーと断じたいところへお呼びがかかり、スバルが振り返る。
スバルを呼んだのは、今しがた名前の挙がったメンバーに含まれていない男。そして最強メンバーだけを集めるなら、間違いなく加わってもらいたい人物だった。
しかし、その和装の男は精悍な顔立ちの中、凛々しい目をしたまま言い切る。
「私は、アナスタシア様のお傍に残る。敵の目を城塞都市へ引き付けるのが、君たちの突入を手助けすることにもなるだろう」
「――――」
「無論、皇帝閣下が信を置くものが都市の防衛を担うことになるだろうが、私も助力するつもりだ。何より……」
そこで一度言葉を区切り、彼――ユリウスは傍らのアナスタシアを見やる。
消えたスバルたちを探すため、無理をしてヴォラキアへ駆け付けてくれたアナスタシア。彼女には感謝の気持ちと共に、絶対に無事に帰ってもらう必要がある。
それ故に、ユリウスははっきり告げる。
「私は、アナスタシア様の一の騎士なのだから」
その晴れ晴れしいまでの自任の言葉に、スバルは静かに息を呑んだ。
それがユリウスが自分の立ち位置を表明した発言であるのと同時に、同じ立場であるスバルへの発破でもあると理解したからだ。
――ユリウスがアナスタシアを守るように、スバルにもエミリアを守れと。
「言っとくが、ここに残ったからって楽ができるわけじゃねぇんだ。気ぃ抜いてたら、レイドのときの屈辱再びってなるからな」
「それは恐ろしい。今も、鏡で顔の傷を見るたびに震え上がっているからね」
「言いやがる!」
ユリウスの軽口をそう笑い飛ばし、スバルはその場に勢いよく立ち上がった。
そうして一同を見渡し、改めて確認する。
「いくのは俺とベア子、それにスピカ。そこにエミリアたんとガーフィールとロズワールがいて、ハリベルさんもメンバー入りだ」
「ん、頑張りましょう。残ってもらうラムたちも、アナスタシアさんたちも『ぞんび』には十分気を付けて」
「その本丸に乗り込むエミリアさんらに言われたら形無しやね。でも、ここがどれだけ派手な客寄せできるかで、エミリアさんらの難易度が変わる。腕の見せ所やね」
商人魂を刺激されたとばかりに、アナスタシアが悪い笑みでそう答える。
それを心強く感じながら、スバルは目前に迫る帝国の決戦に拳を強く固めた。
なんとしても、『大災』を阻止するために力を尽くす。
そのためにも、帝都へ急ぐ必要があった。
何故なら――、
「――今に、置いてきたセッシーがうっかり千人斬りとか万人斬りとかやって、それで大精霊のマナが尽きて帝国が滅んだら目も当てられねぇ」
その場合、セシルスを連れてきたスバルのせいなのか、今日までセシルスを放置してきた帝国のツケなのか、区別がつきそうもないのだから。