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Re:ゼロから始める異世界生活  作者: 鼠色猫/長月達平
第八章 『ヴィンセント・ヴォラキア』
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第八章26 『毒姫』



 ――それは、ペトラ・レイテの平手でナツキ・スバルが頬を腫らし、フロップ・オコーネルの爆弾発言でミディアム・オコーネルが混乱したのと同刻。



「――やっぱり、到着まで待ってくれんかったみたいやねえ」


 煙管を噛んだ顔を上に向け、都市国家最強のシノビは気だるげに呟く。

 なで肩気味の肩をさらにだらっとさせ、胡坐を掻いた狼人――ハリベルは流れる夜景の中にいて、静かな宵の警戒を竜車の屋根で行っていた。

 直前の、連環竜車そのものが狙われた一件がある。

 ハリベルに先んじ、奇襲に気付いた子どもたちのおかげで難を逃れたが、あんなたまたまはそうそう起きない。起こさせてもならないのが、ハリベルの役目だ。


「あのあと、ごっついアナ坊の視線が厳しいやん。僕も挽回せなならんわ」


 親戚絡みで昔から知る少女は、今回の帝国行きのために破格の代償を支払った。

 ハリベルの同行と、都市国家の使者としての役割の獲得。――さぞや、商人魂に火を付ける商機が眠っているかと思いきや、その目的は消えた友人の捜索だった。

 弱味を見せたがらない少女だ。もちろん、それを口になんて絶対に出すまい。


「それやから、昔から知っとる中年のオッサンが手ぇ貸してあげんと」


 言いながら、ゆっくりとハリベルがその場に立ち上がる。

 複数台の竜車を連結し、多数の地竜で以て一気に引っ張る連環竜車――『風除けの加護』の出鱈目さを遺憾なく発揮した、実に貪欲な帝国らしい技術の粋だ。

 それでも、この不自然さにハリベルは慣れない。

 景色が流れ、デコボコの道を車輪が噛んでいるのに、風も揺れも感じない。カララギでは地竜の絶対数が少なく、獣車の方が一般的で、揺れも遅さも馴染み深かった。

 そして、慣れない不自然さで言えば――、


「なんや、動く屍も相当やったけど……飛竜も『ゾンビ』になるんやなぁ」


 ワソーの隙間に指を入れ、だらしなく腹を掻きながらぼやくハリベル。

 夜空を見据えた糸目に映り込んだのは、雄々しい巨体と広げた翼に痛々しい亀裂を生んだ、屍と化した飛竜――『屍飛竜』の群れだった。

 星々を覆い隠す黒雲のような厚みの群れが、ゆっくりと連環竜車へ迫ってくる。


「――厄介なんが、一匹おるなぁ」


 ハリベルをして、そう評する気配が屍飛竜の群れに紛れている。

 そのおぞましき敵の気配を察し、竜車を引く地竜たちの気にも乱れが生じ始めた。

 忠実なる人間の友と知られた地竜でも、飼い馴らされて野性を失うわけではない。迫る脅威には危機感を覚え、怯える心だって持ち合わせているのだ。

 発明としての連環竜車は大したものだが、こうした危機は常にある。ただでさえ、地竜は共感性が高い生き物だ。一頭が怯えれば、恐怖は一気に連鎖して――、


「――ッッ!!」


 ハリベルがそう懸念した直後、宵闇を切り裂くような嘶きが響き渡った。

 それは接近する脅威の、地竜たちを竦ませる致命的な一声――ではなかった。

 嘶きの発生源は先頭車両、連環竜車を引くために連ねた数十頭の地竜、その最も重要な役どころをひた走る、一頭の漆黒の地竜が上げた鳴き声だった。


「へえ、大した漢気のある子ぉがおるもんやねえ」


 嘶いた黒い地竜の機転で、地竜たちに広まりかけた恐怖の伝染がせき止められた。

 そのおかげで、怯えた地竜が役目を放棄し、連環竜車が空中分解を起こす最悪の事態は避けられる。と、感心したところでハリベルはふと気付いた。


「なんや、黒い地竜の子、雌やった。漢気やのうて、乙女気やんか」


 細めた糸目を珍しく見開いてこぼし、「かか」と小さくハリベルが笑う。

 笑い、そのまま狼人のシノビは気軽な歩みで走り続ける竜車の外――何もない空間へ踏み出して、空へ跳んだ。


 迎え撃つ。『礼賛者』ですら厄介と認める難敵、それを近付けぬために。

 その難敵とは――、



                △▼△▼△▼△



「おいおいおいおい、なんだありゃ!?」


 通路の窓枠に張り付いて、外の光景に目をやるスバルの声が裏返った。

 客室での、レムとルイ――否、スピカとの話し合いを終えて、心配して待ってくれていたエミリアたちと合流、報告の最中にペトラの平手を喰らった直後だった。


「これはわたしと、ちょっとだけオットーさんの分っ!」


 と、物理的な仕置きの一発を喰らい、彼女たちにかけた心配と、この先もかけ続けることになる憂慮とを噛みしめ、自分の足場を踏み固めるところだった。

 突然の、夜空を打ち壊すような咆哮が聞こえ、スバルたちが窓に張り付いたのは。


「あれって、黒い飛竜……いや、飛竜と比べ物にならないぐらいでけぇ!」


「あの大きさは、飛竜じゃないのよ。間違いなく、龍クラスかしら。それも……」


「――あの龍、首が三つもある!」


 並んで窓に張り付くスバルとベアトリス、その二人の上で同じく窓に張り付くエミリアが叫んだ通り、それはスバルだけでなく、異世界人も異形と認識する威容だった。


 夜景の中、連環竜車と並走するように空を飛び、その巨体と三本の首を振り回しているのは、恐ろしく巨大な黒い龍だった。

 その雄々しい巨体と広げた大きな翼には罅割れが走っていて、夜空にあっても存在を主張する三対の金色の瞳が、その正体を如実に証明している。


「ドラゴンゾンビ……!!」


「三つの頭がある黒い龍……まさか、『三つ首』バルグレン?」


「知ってるのか、姉様!」


 窓ガラスに頬を当てたまま、スバルたち三人が後ろのラムに振り返る。ラムは己の肘を抱いたまま、その薄紅の瞳で外の龍を睨み、


「かつて、帝国と王国の境にある都市で暴れた悪名高い邪龍よ」


「やっぱりそうか! そういうあだ名がついてるユニークモンスターは手強いってのがお約束だからな……」


「『亜人戦争』の数年後、商業都市を焼け野原にしかけた龍よ。それに……」


「それに、なに? 他にも何かあるの?」


「――。先々代のご当主、ロズワール様のお祖母様が命を落とされた戦いよ」


 一瞬の躊躇いのあと、ラムが告げた言葉にスバルたちが息を呑む。

 身近な人間の親族に犠牲者と聞かされると、途端に敵の脅威が生々しさを増す。ましてやロズワールの祖母だ。それが弱いはずもない。

 そんな驚異的な邪龍を、今は先んじてハリベルが押さえてくれているが――、


「あの、あちらの狼人の方たちはどういう方たちなんですか?」


 ぐいっと、スバルを真ん中に同じ窓を覗き込んだタンザが、目にした窓の外の攻防に驚きを隠せないでいる。

 その驚いている彼女の表現は、間違っている風で間違っていない。

 戦っているハリベルの姿を、「狼人の方たち」と彼女が表現したのは正しいのだ。

 何故なら――、


「ハリベルさんが、三人ぐらいいる……」


「ううん、四人よ、スバル。ずっと、一人は龍の背中で翼を削ろうとしてるみたい」


「この場合、正確な数の問題じゃないと思うのよ……」


 都市国家最強のシノビという触れ込みで、スピンクスの致命的な攻撃を一瞬で掻き消したハリベル。それだけでも前評判通りの活躍ぶりだったが、今スバルたちの視界で行われている攻防も、十分以上にそれに相応しい戦いぶりだった。


 何のことはない。ハリベルは忍者らしく分身して、邪龍と空中戦を行っていた。

 その高速戦闘ぶりと合わせて、ハリベルと面識のないタンザが、複数人で構成されたシノビ集団『礼賛者』が都市国家最強の正体と錯覚するのも無理はない。

 いずれにせよ――、


「うあう!」

「その、邪龍だけが敵ではないと思います。皆さんと合流した方がいいのでは?」


 高く声を上げたスピカと、彼女と手を繋ぐレムが合流を提案する。

 できれば、もっと落ち着いた状況でスピカの扱いについては皆と共有したかったが、状況が動いた以上は贅沢は言えない。


「そう、だな。……今はみんなのところにいこう! アベルたちも動いてるはずだ。今すぐに――づっ!?」


「スバル!?」


 レムたちの提案に従い、その場を移動しようと言いかけたところだった。

 その途中で、不意に胸の焼け付くような痛みがスバルの言葉を中断し、蹲ろうとしたスバルの体をエミリアが支える。

 だが、その異変を味わったのはスバルだけではなかった。


「……大丈夫ですか?」


「お、お前に支えられるなんて屈辱かしら、鹿娘……」


「ベアトリス様まで……バルス、何があったの?」


 スバルと同じように、不意の痛みにふらついたベアトリスが、とっさに自分を支えたタンザの腕に不満げにする。

 そのやり取りを横目にしたラムの問いに、スバルは「わ、わからねぇ」と答え、


「いきなり、急に胸のところが痛くなって……うえっ!?」


 言いながら、自分の服の首元を下げたスバルは目を見開く。

 そのスバルと同じものを目にして、エミリアとラムもその表情を怪訝にしかめた。

 そこにあったのは、赤いミミズ腫れのような傷跡――それも、ただの傷跡ではない。


「何これ……誰かの、目の形?」


「あ、やっぱりそう見える? これ、目ん玉のマークだよな……って、まさか、ベア子! そっちは……」


「……ベティーの柔肌にも、おんなじマークが入ってるのよ」


 スバルの胸元にあったのは、子どもサイズとなった掌と同じぐらいのマーク――デフォルメされた、目を描いたような紋様だった。

 それと同じものはベアトリスにも刻まれたらしく、彼女が広げたドレスの首元を覗き込んで、タンザが深々と頷いてみせる。


「でも、俺とベア子だけ? 他のみんなは何ともないのか?」


「いやらしい」


「純粋な心配だよ!? この状況とこのサイズでやらしいこと言わないよ!?」


 まだじくじくと痛みを訴えているマーク、それが他のみんなに入っていないことを確かめて、スバルはそれを手でさすりながら顔をしかめる。

 この状況で浮かび上がった異常なサインだ。当然、これがスバルたちと敵対する何者かのアクションなのは明らかだが、対象の意図がわからない。

 あるいは、スバルとベアトリスは契約でパスが繋がっているため、片方にかけられた何かがもう片方の体にも表れたとも考えられるが。


「ダメだ、考えてても埒が明かねぇ。知識のある人に診てもらうのが一番だ。とにかく、今すぐにここから……」


「ああう!!」

「――っ! いけません!」


 改めて、この場からの移動を提案しようとして、またしても邪魔が入った。

 スピカとレムが泡を食った様子で、並んだスバルたちをいっぺんにその場から押しのける。突然の行為、しかしそれが正解だった。


 ――スバルたちの真上の屋根を突き破り、飛び込んできた敵影の大鋏が、直前までスバルたちのいたところを暴力的に引き裂いていったから。



                △▼△▼△▼△



「辺境伯!」

「旦那様!」


 と、同時に二人に心配の声をかけられ、ロズワールは苦笑した。

 こちらの気遣いは素直に聞いてくれないし、ロズワールに対して欠片も心を許してくれていない二人だが、その心配は紛れもなく本物で、その性根の善良さは言わずもがな、彼らもエミリア陣営の人間であると知らしめてくれるから。

 ――根っこから彼らと交われない、ロズワールとは違っているのだと。


「……っ、印を付けられたか」


 浮かべた苦笑を呑み込んで、ロズワールは自分の服の胸元を開いた。

 痛みを発したそこを見れば、赤く腫れた傷が目の紋様を浮かび上がらせている。突然、ロズワールが胸元を開けたことに、顔を覆ったペトラの瞳が驚きに揺れる。

 オットーも、その印を見て「それは……」と表情を曇らせる。


「辺境伯、印と言いましたか? まさかとは思いますが……」


「そのまさかで間違いないとーぉも。――これは、おそらくは敵と認められた証か、あるいは標的と定められた証。いずれにせよ、歓迎できるものではないねーぇ」


「敵、もしくは標的ですか」


 ちらと、オットーの視線が傍らのペトラに向くと、彼女はすぐにその視線の意を察し、ぶんぶんと首を横に振った。

 その反応からして、オットーにもペトラにもこの紋様は浮かんでいない。

 それ自体は安堵すべきことだが――、


「その紋様って、どんな効果があるんですか?」


「――。考えられるのはじわじわと命を蝕むものと、対象の思考を読み取るもの。あとは居場所を常に特定するためのものかな」


「あえて、悪いモノから順番に聞かせてますね。それなら、一番可能性が高いのは、居場所を特定するための印、ですか」


「まったく、本当に君たちは優秀だねーぇ」


 並べた可能性を冷静に拾い、そう判断するオットーとペトラにロズワールは瞑目。

 その判断で間違いない。最も危険な命を蝕む類の呪印は、いくら何でも遠隔で刻めるものではないので候補に入れる必要すらないだろう。

 もっとも、居場所の特定だけでも十分に厄介な刻印をされたと言える。


「こちらの行動が筒抜けにならないよう、別行動を視野に入れるべきかもしれないな。外の、ハリベル殿の援護もある。君たちは私と離れて……」


「――いえ、もう遅いみたいです」


 そう低い声で応じた直後、オットーが傍らのペトラの肩を引き寄せた。

 とっさに目を見張るペトラ、刹那、彼女のすぐ真横にあった窓をぶち破って、連環竜車の通路に巨体が飛び込んでくる。

 それは全身を黒い具足で覆い、大鋏を手にした凶悪な気配の敵――屍人だった。


「――っ」


 ペトラが悲鳴を噛み殺し、オットーの腕の中で敵に指を向ける。

 とっさの状況で先手を取ろうと試みる少女の勇敢さを称賛しつつ、ロズワールは一歩前に踏み出すと、敵が大鋏を振り上げるより前に貫手をぶち込んだ。

 その、顔を覆った兜の隙間に手刀を突き刺し、相手の眼窩に指を突っ込んで唱える。


「ゴーア」


 瞬間、頭部が膨れ上がる炎に爆砕され、具足諸共に内側から爆ぜる。

 派手な登場に反して、飛び込んできた敵に何もさせない。それがベストと、ロズワールは最善手を打ったつもりで振り返り、甘かったと気付く。


 次々と、竜車の屋根から通路から、同じ装備の兵が車内へ乗り込んでくる。

 一挙に連環竜車そのものが、走る戦場と化したのだから。



                △▼△▼△▼△



「アベルちん、こっちこっち! 急いで! あんちゃんも走って!」


「実はこれでも、僕は全力で走っているんだぞ、妹よ!」


 懸命に声を張り上げながら、殿を務めるミディアムが双剣で敵の攻撃を打ち払う。

 蛮刀と大鋏とが激しく軋り合い、その隙間を掻い潜るように抜けながら、彼女に守られる二人の男――ヴィンセントとフロップは敵の猛攻をしのいでいた。

 その、一見情けない様相ではあるが、そうなっているのには、二人が怪我人と非戦闘員である以外の理由もある。


「皇帝閣下くん! 大丈夫かい? まさか毒を盛られたなんて言わないでくれたまえよ! 君には約束を守ってもらわなくちゃ困るんだ!」


「……ふん。案ずるなら野心を多少は隠せ。不敬であろうが」


「野心家ばかりを周りに置いている君は意外かもしれないけれど、世の中には野心以外の理由で君に近付くものもいるんだよ、皇帝閣下くん!」


 肩を支えながらそんな妄言をこぼすフロップを、ヴィンセントは鼻で笑った。

 そのヴィンセントの表情が、胸を突き刺すような痛みが微かに引きつらせる。突然の痛みと赤い傷跡は、ヴィンセントの肉体を蝕む棘のようなものだ。

 直後の、ミディアムが足止めしている敵の襲来も合わさり、ヴィンセントは自分がかつてと同じ、そしてかつて以上に厄介な攻撃に遭っていると確信した。

 それは――、


「その胸の傷の痛みは……」


「忌々しくも、俺の兄弟の一人であるパラディオ・マネスクの魔眼であろうよ。彼奴め、『選帝の儀』で敗死しておいて、迷って出たらしい」


「魔眼……! その効果は?」


「居所の知れた相手に声を届ける程度のものだったが、死後に精度を上げたな」


 フロップの問いに答えながら、ヴィンセントはかつて死なせた兄弟を思い浮かべる。

 パラディオは帝位を競い合った兄弟の中では手強い部類だったが、自身の魔眼の力に胡坐を掻いて、その性能を活かし切らなかったことが敗因になった。

 まさか、死後にそれを是正してくるとは思いもよらなかったが――。


「……いや、死んだとて容易く己の在り方を変えられるものでもなかった。パラディオに命じて、これをさせているものがいるな」


「だが、君の兄弟ならば、パラディオという人物も皇族だろう? いくら屍人になっていても、そんな相手に言うことを聞かせられるのは……」


「――おおよそ、察しがつく。パラディオが従うとすれば、それは先帝であるドライゼン・ヴォラキアか、自分より上と彼奴自身が屈する相手のみ」


 その条件に当てはまる一人がヴィンセント自身だが、相手が屍人に与していることを考えれば、候補から最初に外れるのも自分だ。

 確実な屍人として、先帝にして実父でもあるドライゼンが候補に浮上し、考慮するに値しない要件として行方知れずの妹の顔も浮かんだ。

 ただ、ミディアムが相手している敵の装いを踏まえれば、実質敵は一択――。


「――ラミアか」


 パラディオを従えるという条件を満たし、大鋏を携えた凶悪な兵――『剪定部隊』を引き連れる存在は、ラミア・ゴドウィンをおいて他にはいない。

 帝位を争う『選帝の儀』で、ヴィンセントが高く評価していた三人の兄妹のうちの一人を仮想敵と推定し、ヴィンセントは痛みを発する胸元を強く掴んだ。

 と、そこへ――、


「うざってえんだよ、死人共がぁ!!」


 荒々しく吠える声がして、ヴィンセントたちの進路の先で白刃が暴れ回る。

 見れば、窓を突き破って車内へ入った屍人たちが、ヴィンセントたちと反対の方からやってくる兵士――癖毛に眼帯の男に切り刻まれ、塵に変えられていく。

 そのまま、鼻息を荒くした兵はヴィンセントたちに気付くと、


「オイ! てめえら、手ぇ貸せ! オレの妹が中でへばって……」


「いいや、手を貸すのは貴様の方だ」


「あん? 何言って……こ、こここ、皇帝閣下ぁ!?」


 粗野な物言いで迫ろうとした男が、ヴィンセントの正体に気付いて絶叫する。

 それこそ当然の反応と、不届きで不敬なものたちの反応に対する留飲を下げながら、ヴィンセントは自分の背後を顎でしゃくり、


「後ろのものと協力し、敵勢を止めよ。貴様の妹は、これが連れ出す」


「し、承知しました! ジャマル・オーレリー上等兵が、承知しました!」


「奮励せよ、ジャマル・オーレリー。貴様の働き如何で、帝国の存亡が決まる」


「――っ!」


 ヴィンセントの一声に、隻眼のジャマルがわなわなと震える。直後、彼は獣のように猛々しい声を上げると、猛然とヴィンセントとフロップの頭を飛び越えて、背後で奮闘しているミディアムに加勢、屍人を押し返し始めた。


「眼帯の君! 一緒に戦っているミディアムは皇妃様候補だから丁重に扱ってくれたまえ!」


「あたしはまだ、うんって言ってないから~!」


 フロップの声に、緊張感に欠けるミディアムの返事がある。

 それを背後に、ジャマルの妹がいる部屋に飛び込んだフロップが、車椅子に乗って目を白黒させる女性を連れ出してくる。

 女性は車椅子にしがみついたまま、その瞳に痛々しく涙を溜めて、


「な、なに? なんなの? なんで、なんで放っておいてくれないのよぉ……っ」


「――。それは、今の帝国にいる誰もが思っていることであろうよ」


 状況を嘆く女性の声に心から同意しながら、ヴィンセントは首を横に振る。

 どれほど状況が悪くなろうと、今ここで連環竜車の足を止めるわけにはいかない。

 一度止めれば、竜車が再び走り出すのにどれほどの時間がかかろうか。

 そうなれば――、


「――一刻の猶予もない。俺たちは、城塞都市へ辿り着かねばならぬのだ」



                △▼△▼△▼△



「今、竜車の足を止めればこれ以上の敵勢に囲まれる。連環竜車の仕組みは『風除けの加護』を前提にしているからな。加護なしで走り始めれば、横転は免れまいよ」


「便利すぎるとは思うてたけど、それって結構な欠点やねえ」


 襲撃される連環竜車、走り続ける車内に入り乱れる敵味方の状況から、一度竜車を止めてはどうかという提案に対し、セリーナが連環竜車の欠点を暴露する。

 それを聞かされれば、アナスタシアも停車が現実的でないことぐらいわかった。


「そうでなくても、地竜は半日近く走りっ放し……いったん足を止めたら、もう今夜は走り出すんは間に合わんやろしね」


「相手との物量差もある。これを埋めているのは間違いなく竜車の機動力だ。その差がなくなれば、我々の命運は老い先短いベルステツ宰相と同じ末路を迎えるだろうさ」


「言ってるッ場合かよォ! 爺さんも、言われっ放しにッしてんじゃァねェ!」


「ドラクロイ上級伯はこういう人柄なのと、この『大災』にまつわる一件が解決したのちに、私奴が処刑されるのは自然の流れですので……」


「クソみてェな覚悟ッ決めてんじゃァねェ!」


 軽口と判断しづらい軽口を述べるセリーナに、軽口らしさのまるでない言葉で応じるベルステツと、そのやり取りにガーフィールが声を荒らげる。

 新たな敵の襲来は、アナスタシアたちとガーフィールが同じ一室にいる段で発生した。本当ならガーフィールは、エミリアたちと合流したかっただろうが――、


「無理言うて、ウチたちの方にきてもろて悪かったわ、ガーフくん。でも、おかげでウチもセリーナさんらも命拾いしたやん?」


「ちッ……大将たちァ、ラムとエミリア様がついてッらァ、心配いらねェ。オットー兄ィは心配だが……」


「感情的になっても理性は消えへん。オットーくんは商人やから、心配せんでもちゃんと自分で対処できるよ。とと……」


 悔しげに歯軋りするガーフィールが、その特別たくましくも見えない豪腕を唸らせ、車内に乗り込んでくる大鋏の猟兵を迎え撃つ。

 殴り倒し、殴り飛ばし、殴り潰しの猛撃で、瞬く間に猟兵を狩り尽くす勢いだ。

 そうして、打ち倒され、砕けて塵に変わる屍人の姿に、非戦闘員としてアナスタシアと同じ端にまとめられたベルステツが糸目をさらに細め、


「『剪定部隊』……やはり、ラミア閣下がきておられるようです」


「ラミア・ゴドウィン閣下か。一度、お目にかかってみたかった相手だな」


「そうなん? どんな人?」


「私より、宰相殿の方が詳しい。なにせ、宰相殿が皇帝にと仰いだ方だからな」


 自身も、刀身の波打つ剣を構えたセリーナが肩をすくめると、アナスタシアの視線はベルステツへ向かう。

 セリーナの話を否定しない老人は、どこを見ているか読めない糸目で頷いて、


「ヴォラキア帝国の皇帝、その器に足る女性でした。同じ代にヴィンセント・アベルクスとプリスカ・ベネディクトがいなければ、彼女が皇帝であったでしょう」


「あるいは屍人となって蘇り、その本懐を果たしにきたか? 宰相殿も、改めて忠誠を誓えば見逃してもらえるやもしれんぞ?」


「――。残念ですが、私奴もラミア閣下も敗者です。それは帝国流にそぐわない」


 ゆるゆると首を横に振ったベルステツに、セリーナは片目をつむり、嘆息した。

 ベルステツの真面目な答えが、セリーナ的にはお気に召さなかったらしい。アナスタシアも、かつての主従の複雑な感情は察せられたものの、それ以上とは思われない。


「――アナ」


 ふと、思案するアナスタシアの耳元で呼び声があり、顔を上げる。

 呼びかけはアナスタシアの首元、狐の襟巻きに扮したエキドナからのものだ。ちらと目を向ければ、エキドナの黒目が客室の入口に向く。


「――アナスタシア様、戻りました」


 その視線を辿った直後、扉の向こうから現れたのはユリウスだった。

 精悍な面持ちのユリウスは片手に騎士剣を握り、もう片方の腕には細身の男を抱えている。ユリウスに別行動を命じ、迎えにいかせていた相手だ。

 その人物は灰色の長髪を揺すりながら、情けない顔を上げて、


「もうもう、何もかーもいきなりで困りますよ。胸は熱くて痛いわ、こちらの剣士さんにはぶんぶん揺すられるわ、散々です」


「そないにぴいぴい文句言わんと、ウチとウチの騎士様に感謝した方がええよ? この人らの狙い、もしかしたらあんたさんかもしれんのやから」


「ええ!?」


 そう目を丸くしたのは、後ろの車両に拘束されていた『星詠み』のウビルクだ。

 帝国では重宝されているらしい立場の彼は、『大災』と戦う帝国に欠かせない情報源でもあるという。それが殺されるのを防ぐため、ユリウスを向かわせたのだ。


「ガーフくんやと、余所見したり浮気したりで寄り道多そうやったからね」


「ちゃんと戦ってッやってんだろォが! 文句抜かしてんじゃァねェ!」


「そう? ウチがお仕事頼まんかったら、外のハリベル手伝いにいってまうんやない?」


「がお……ッ」


 図星を突かれた顔で唸り、ガーフィールが牙を震わせる。

 次々と敵の攻撃に晒される連環竜車だが、最大の脅威がここに近付かないよう、単独で邪龍を押さえてくれているのがハリベルだった。

 時折聞こえてくる激しい龍の雄叫びと、それに伴う空の割れるような轟音――都市国家最強でなければ、世界で最も強靭な生物の足止めなど不可能だ。


「ガーフィール、アナスタシア様たちを守ってくれて感謝する。君の勇敢さに敬意を」


「うるッせェ! 大将と同じで、俺様もあんましてめェが得意じゃァねェな!」


「それは残念だ。スバルと同じように、君とも友人になれればと思うのだが」


「がおおォォッ!!」


 真正面からのユリウスの言葉に豪快に吠え、ガーフィールが拳を突き出す。それがユリウスと交差するように、互いの背後に現れた屍人を打ち砕く連携。

 ガーフィールは認めなくとも、一流の戦士同士の息はピッタリ合っていた。


「ただし、このままやと対処療法……連環竜車は止めたないけど、止まってしもたら一巻の終わりや。どこかで、状況を動かさなならんえ?」



                △▼△▼△▼△



「ぬううううん――っ!!」


 野太くたくましい声を上げて、黄金の鎚矛が振るわれる。

 横殴りの衝撃が、分厚い鎧を纏った屍人をまとめて薙ぎ払い、竜車の上から外へ弾き出される敵が地面に落ちる前に砕けて塵に変わっていく。

 しかし、そうして複数名をいっぺんに処理したとて、敵の物量は衰えない。


「おのれおのれおのれ! 小賢しい真似を!!」


 傷と髭で覆われた厳めしい顔を怒らせ、ゴズ・ラルフォンが獅子のように吠える。

 そのゴズの視界、空を埋め尽くすように飛んでいる屍飛竜の群れが、その足に掴んだ屍人を次々と連環竜車へと投下してくるのが見えていた。

 この豪快な運搬方法が、連環竜車へと敵兵が乗り込んでくる最悪のカラクリだ。


 ――投げ落とされてくる敵兵、その全員が連環竜車に取り付けるわけではない。


 むしろ、半分近くの兵は連環竜車に取りつけず、屍飛竜から放り投げられてそのまま地面に落下し、その衝撃で蘇った肉体を塵に変える暴挙を重ねている。

 しかし、生きた兵であれば自殺行為としか言えない戦力投入も、死した兵であれば損耗を恐れずに行える効率的な運搬行為へと変わるのだ。

 そして、それを実現しているのが――、


「――ラミア閣下の『剪定部隊』とはな!」


 連環竜車の先頭車両、最も重要な位置にいる地竜たちを守るべく駆け付けたゴズは、死した飛竜の群れが連れてくる、最悪な屍人の取り合わせに空を睨んだ。


『剪定部隊』とは、ヴォラキア帝国に語り継がれる大粛清を行った凶気の集団だ。

 全員が顔形のわからなくなる鎧を纏い、巨大な大鋏を手に携えて、主の覇業に不要な人間を剪定する。――それ故の剪定部隊。

 その集団が帝国史に名を残したのは、当時まだ九歳だった皇族の女子――ラミア・ゴドウィンが、反乱を起こした傘下の中級伯の手勢を皆殺しにしたのが理由だった。


 粛清の犠牲者たちは、この世の地獄を味わい尽くした凄惨な目に遭わされた。

 当然、手を汚す方にも負荷の大きい凶行を、如何なる方法でかまだ幼い姫君は部下たち全員に実行させ、鋼の忠誠心を持つ凶気の部隊を完成させたのだ。

 その兵の心の掌握がどれほどのものだったのか、この戦法が証明している。――死してなお、彼らの魂を蝕んだラミアの毒が抜けていないという事実を。

 そして――、


「――あらぁ。あれから何年も経ってるっていうのに、まだ私のことも、私の可愛いケダモノたちのことも覚えててくれるなんて、嬉しいわぁ」


 不意の戦慄が空を割り、甘ったるい声が頭上から降ってくる。

 その瞬間、ゴズは形振り構わず鎚矛を振り上げ、赤々とした軌跡を真っ向から跳ね返して後ろに跳んだ。直後、ゴズの手の中で鎚矛が発火する。

 当然だ。――『陽剣』の輝きとは、あらゆるものを眩く照らすのだから。


「まさか、自ら戦場へ降り立たれるとは……! ラミア・ゴドウィン閣下!!」


「そんなに驚くことかしらぁ? この体なら、それが最善でしょぉ?」


 奥歯を噛み、正面を睨んだゴズの視界、そこで妖艶に微笑むのは高貴なる屍人だ。

 血のように赤い豪奢なドレス、目にも鮮やかな宝飾品の数々、それら美を飾り立てる品物の価値を暴落させる、ヴォラキア皇族特有の天性の美貌。――ただしそれも、青ざめ罅割れた肌と、不気味な金色の瞳と相まっては見る影もない。


 かつて、『選帝の儀』においてヴィンセント・ヴォラキアと皇帝の座を争い、あるいは女帝の地位にあったかもしれない『毒姫』ラミア・ゴドウィン――変わり果ててしまったことを証明するように、彼女はゴズの反撃で砕かれた自分の半身を見下ろす。

 しかし、他の屍人であれば砕けて塵に変えるような一撃を浴びても、ラミアの体は崩壊へ向かわず、代わりに罅割れを修復し、元の形に戻る。


「そのお体は……」


「潰されても壊されてもなくならない不死の体……なんて嘯けるほど、便利なモノでもないみたいだけどねぇ」


 修復された部位を平然と撫でて、治った証とばかりにそちらの手で『陽剣』を担うラミア。彼女の腕の中、衰えない宝剣の眩さがかえって冒涜的にすら思える。

 その事実に顔をしかめるゴズに、ラミアは「嫌ねぇ」と呟くと、


「水晶宮では落ち着いて話もできなかったけど、そんなに怖い顔をしないでくれるかしらぁ、ラルフォン二将」


「ぐ……」


「ああ、今は一将なんですってねぇ。聞いたわぁ。ヴィンセント兄様が『九神将』制度を復活されたんですってぇ? 兄様らしいわぁ」


『陽剣』を持たない方の手を自分の顎に当てて、ラミアが唇を横に裂く。

 その仕草と言動は紛れもなく、ゴズも生前に接したことのあるラミアのものであり、以前の振る舞いを再現する屍人の術技にはおぞましさと怒りを覚える。

 そんなこちらの内心を余所に、ラミアはゴズの黄金の鎧を上から下まで眺め、


「『九神将』なんて、ただただ強さなんて物差しだけで上にいける仕組みだものねぇ。頭空っぽで扱いやすい手駒を揃えるのに、うってつけの手段だわぁ」


「……確かに、閣下が『九神将』を復活させた背景には、此度の『大災』とやらへの対抗手段を用意したい目論見があったのでしょう。それは私も認めるところ」


「その言い方だと、異論がありそうだけどぉ?」


「畏れながら!」


 ラミアの発言は、ヴィンセントの思考を称賛する響きがあった。

『選帝の儀』で対立する以前、ラミアはずいぶんとヴィンセントに懐いていたと聞く。生死が二人の行く道を隔てたが、その信頼は死後も損なわれてはいなかった。

 ただし――、


「ラミア閣下は、御身の命がない間のことはどれほどに?」


「変な質問ねぇ。――生憎、死んでしまってた間のことは何にも。今、色々と何があったのか学び直してる真っ最中よぉ。あなたが私に教えてくれてもいいんだけどねぇ」


「では一つ! ご無礼を承知で、訂正させていただきたい!」


「――――」


「ラミア閣下のお見立て通り、当代の『九神将』は腕利き揃い。私など歯牙にもかけない強者ばかりですが……決して誰一人、扱いやすい駒などおりませぬ!」


 黄金の鎧を纏った胸を張り、ゴズは声を大にしてそう豪語する。

 もしも、ヴィンセントが『大災』との戦いに備え、自分の言いなりになる手駒を欲して『九神将』を復活したなら、その目論見は失敗したと言えるだろう。

 どの一将も筋金入りの曲者揃いで、決して楽などできないのだから。


「ラミア閣下がお思いになられるほど、帝国の素晴らしきは閣下お一人に集約されたものではありませぬ!」


「――。それは、ヴィンセント兄様を侮辱しているのかしらぁ?」


「いえ! いいえ! 違います、ラミア閣下!」


 目を細め、いくらか声に険を込めたラミアの言葉にゴズは首を横に振った。

 ヴィンセントへの感情がラミアを怒らせるが、ゴズもまた皇帝閣下への暴言や無礼にはうるさい性質だ。しかし、帝都放棄の決断以来、その立つ瀬が少し変わった。

 それもこれも、ゴズの方ではなく、ヴィンセントの方の変化が影響したものだ。


「貴様の働きが頼りだ、と仰られた」


「……なんですってぇ?」


「ラミア閣下、あなた様の知るヴィンセント・ヴォラキア閣下も優れておいでだった! だが! 今! なお! 皇帝閣下はより優れたるを求めて変わっておられる!!」


「――――」


「ヴォラキア帝国は、今後ますますの発展を遂げる! そのためにも、一度死したものたちの足引きを、これ以上野放しにはできますまい!!」


 皇帝に完璧であることを望むという意味で、ゴズとラミアは似た者同士。だが、決定的に両者の間で違うのは、この九年の時の流れを知るか否か。

 時の歩みの止まったものは、歩みを止めぬものに置き去りにされるという、事実。


「歩みを止めぬ賢人は! 歩みを止めたものの期待と予想すらも超克し、そのさらに先へ突き進む! それが、我らがヴォラキア帝国の頂点たる皇帝閣下!」


 先端の燃える鎚矛を振り上げ、ゴズは躊躇いを振り切り、前へ突き進んだ。

 寸前まで、その外見が変わり果てようと、ヴォラキア皇族であったラミアへの敬愛がゴズの肉体を縛った。――その鎖が、より強く激しい忠誠心に千切られる。


「おおおお――!!」


 怒号を上げるゴズの一振りが、半円を描いてラミアへと叩き下ろされる。

 剛力無双であるゴズの渾身の一撃は、たとえ相手が『九神将』の一角であろうと容易く止めることはできない。ましてや、『陽剣』を手にしたとて女の細腕では。

 事実、ラミアはゴズの一撃に対し、手にした『陽剣』で防ごうともしなかった。


「賢くない頭で、よく喋るじゃない、ラルフォン一将。――わりと本気で感心させられちゃったから、教えてあげるわぁ」


 その薄い唇が動いて、ラミアがゴズを見つめて嫣然と微笑む。

 そんな彼女の姿が、振り下ろされる鎚矛の先端をまともに喰らい、欠片の抵抗も残せずに陶器のように割れ砕け、木端微塵のバラバラに吹き飛ぶ。


 何かを教示すると、そう言い残したのを最後に、修復不可能なほど粉々に。

 無論、先の軍議でのこともある。たとえ屍人は倒されようと、王国の魔法使いたちが見つけ出した核虫とやらを媒介に、再び蘇る可能性はあるだろう。


「それでも……」


 ここでラミアを討つことで、状況は一手変わるはずだ。

『剪定部隊』に表立って指示するものがいなくなれば、指揮官の有無――否、その能力差で自分たちの方が有利になる。

 その、ゴズの確信は――、


「――聞いてるのぉ、ラルフォン一将」


「――っ!?」


 再び、甘ったるい声が耳朶を掠めた瞬間、ゴズの鎚矛が真後ろに振られ、途上にあった敵影の胴体を打ち据え、陶器の割れる音と共に人体の上下を分断する。

 弾き砕かれ、飛んでいくそれを視界の端に収め、ゴズは息を呑んだ。


 反射的な攻撃で仕留めた相手、塵になって消えるそれが、ありえない顔だったから。

 何故ならそれは今しがた、ゴズ自身の手で仕留めたはずの。


「珍しく、小賢しいことを言ったあなたの言う通りねぇ」


「馬鹿な……」


 その、あってはならない異常な光景を前に、鎚矛を握る手がわなわなと震える。

 それが怒りによるものか、あるいは別の感情によるものなのか、ゴズ自身にすら判別がつかない。ただ、確実なことは、それが冒涜だということ。

『獅子騎士』ゴズ・ラルフォンが忠誠を誓う、ヴォラキア帝国に対する冒涜――。


「「「――これは、過去に取り残された私たちと、あなたたちとの絶滅戦争なのよぉ」」」


 そう言って、砕かれたはずのラミア・ゴドウィンがゴズに笑いかける。


 ――無数の『陽剣』を手にした、無数の『毒姫』ラミア・ゴドウィンたちが。



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― 新着の感想 ―
あれ待てよ?、トッド第2ラウンドか?
[良い点] ここ最後のラミアの台詞。 最新まで読むと的確に表した言葉だよなー。
[一言] ゴズみたいなやつには生き残って欲しいなぁ。
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