第八章4 『戦士の本能』
――『巨眼』イズメイルは単眼族の勇士であり、一族の希望だった。
その勇ましい顔の中央、大きく青い瞳は澄み渡り、未来を迷いなく見据えている。――否、見据えていた。
今、イズメイルの単眼は、闇夜に金色の月が浮かぶが如き凶兆の表れだった。
「――――」
一族の名を上げるべく、果敢に挑んだ帝都攻防戦において、皇帝ヴィンセント・ヴォラキアの首級を狙う叛徒として戦場に参じたイズメイルは、その前評判に違わぬ活躍ぶりで正規軍の防備を突破し、いち早く城壁に取りついた。
しかし、イズメイルの快進撃はそこまでだった。
放たれた獄炎は『巨眼』イズメイルと、彼に続いた単眼族の戦士をことごとく焼き尽くし、半死半生で生き残った彼も、無情な凶刃の追撃で命を落とした。
そう、命を落とした。――はずだった。
「――――」
砲撃に吹き飛ばされ、肉体は千々に千切れ、確実に死んだはずだった。
にも拘らず、イズメイルは焼け爛れ、吹き飛んだ肉体に手足を生やして立ち上がり、得物の戦斧を肩に担いながら、戦禍に晒される帝都の中を歩いていた。
その、冷たく冷え切った体を動かすのは、強く渦巻く憎悪の感情だけで――。
「――どこにいる、おぞましきケダモノめ」
△▼△▼△▼△
「ここまでは雑兵揃いで、生きてた頃『将』だったような相手とは出くわさないでこられたが、この先にいる奴は十分それに匹敵する。なんで、厄介だ」
「『将』というと……」
「用兵や戦術眼で評価される例外もいるが、大抵の場合は本人の腕が立つ。こいつもその手合い……一将とは比べ物にならないが、二将に上り詰める目なら十分ある」
「――――」
「単純な戦力を比較したら、俺たちの全員を一人で皆殺しにできるだろうさ」
自分たちの全滅と、淡々とした態度でトッドが絶望的な報告を結んだ。
待ち受ける強敵ゾンビ――それが一行にとってどれだけ致命的な相手なのか、ここまでスバルたちが守られてきた悪運が尽きたと、そう告げる形だ。
「で、でも、あんたは悪知恵が働くし、何とかできるんでしょ? ここまで、このちびっ子たちの力も使って、うまくやってきたじゃない」
と、声を上擦らせながらトッドに縋る目を向けるのはカチュアだ。
彼女が言ったちびっ子というのは、魔法でゾンビを結晶化しているスバルたちと、打ち漏らしかねない敵を駆逐するタンザのことだ。
幸い、ここまでレムたち後続組を守るルイの出番はきておらず、現状はその二枚看板とトッドの判断力の合わせ技でここまでの道を切り開いてきた。
しかし――、
「力押しが通用するのは、ある程度の力の拮抗具合までだ。ある程度以上の力の開きがある相手とやる場合、それじゃ話にならない。どんなに強く吹いても、風じゃ城が倒せないのとおんなじことだ」
「う……」
「つまり、この道をいくのは厳しいと、そう兵士くんは判断するわけかい?」
「そうだ。――と言いたいところだが、そう気軽に道も変えられない」
フロップの言葉に途中まで頷いて、そこでトッドは首を横に振った。そのまま彼は振った首で元きた道と、水晶宮の方へと顔を向けて、
「いよいよ、あっちの方も決着した。じきに水がくる」
そのトッドの無感情な指摘通り、はるか遠くの空を轟音が支配する。
彼と同じ方向に目をやれば、水晶宮の傍らで『龍』と衝突していた巨大な人型の存在が両膝を破壊され、崩れ落ちる体が城周辺を壊しながら倒れていた。
濛々と立ち上った噴煙の向こうで、巨神を倒した白い龍が雄叫びを上げる。
けたたましく響き渡ったそれが鬨の声だと、あの光景と合わせて理解できない生き物はゾンビも含めていないだろう。
「さっきの俺たちの推測が確かなら……」
「きた道を戻って別の道を探そうにも、間に合うかわからねぇ」
「かしら」
ますます自分たちを追い詰めかねない結論だが、そう考えるしかない事態の流れを言葉にすると、手を繋いだベアトリスもスバルの考えを肯定する。
それを受けてトッドが顎を引くと、「あの」と控え目にタンザが手を挙げた。
「それですと、状況は手詰まりなのでは? 正面には強敵が、かといって戻ろうにも時間がそれを許さないと」
「ははは、タンザ嬢、それはとても怖い結論だね。確かに言われた材料だけを拾うと手詰まりな感じで心が落ち着かないが、きっと打てる手は残されているさ!」
「例えば、なんです?」
「それは僕にはわからないが! わかるかもしれない人はいるだろう?」
感情の動きづらいタンザが丸い眉を顰め、フロップの発言に視線をこちらへ向けた。
こういう場面で、頼れる誰かの話題が上がったときにスバルのことを意識してくれるのは嬉しいことだし、ありがたい。プレッシャーもあるが、それに応えなくてはいけないという気持ちにもさせてくれる。
さらに言えば――、
「――どうにか、できそうですか?」
そう、スバルに期待の目を向けるのはタンザだけではない。
「――――」
カチュアを乗せた車椅子、それを後ろから押すための持ち手を指が白くなるほど握りしめたレムが、薄青の瞳を揺らしながらそう問うてくる。
それは彼女の傍にいるカチュアがトッドに向ける、縋るように預けられた全幅の信頼とは別の、もっと薄氷の上や砂の城のように脆い何かだろう。
それでも、スバルの心は沸き立った。
同行するトッドへ向け続ける警戒、そちらへ割いていた意識を手元に引き戻し、十全に頭を働かせることができるぐらいに。
「ゆくか戻るか、すぐに決めないと間に合わないぞ」
そのスバルの頭の切り替えに、トッドが念押しするように条件を重ねた。
ゆくならば、必要なのは戦力。戻るならば、必要なのは運と時間。――『死に戻り』をする前提ならば、後者の方が勝算は高いかもしれない。
「いや、そうとも言い切れねぇ」
『死に戻り』を繰り返し、間違いのルートを潰していけば、いずれは最短経路で別の出口に辿り着けるかもしれないが、それはゴールがあるという前提の考えだ。
どんな経路を辿ろうと間に合わないとしたら、後者の選択肢は選べない。
一方で、戦う選択肢の方を取るなら――、
「強敵相手に戦えるのは……」
逃げるスバルたち一行の中で、まともに戦力に数えられるのはスバルとベアトリス、ルイとタンザ、そしてトッドと予備戦力にイドラといったところだ。
このうちのスバルはベアトリスのおまけのようなものであり、イドラもレムとカチュア、フロップや偽皇太子といった非戦闘員の護衛を任せたい。
実質、戦闘員が務まるのはベアトリスとルイとタンザ、そこにトッドの四人――信頼できる相手が見事に幼女しかいないと、そう笑い飛ばしている余裕もない。
そう、スバルが考えたところだ。
「――――」
顎に手をやり、思案していたスバルが顔を上げると、ちょうど同じタイミングでスバルの方を見たトッドと視線がぶつかった。
瞬間、スバルの頭の中で稲光が走り、電撃的に感じたそれがひどく頼もしく、苦い。
何故なら――、
「「――ゾンビを倒そう」」
――お互いの結論と、それを成し遂げるのに必要なものが力と知恵を合わせることであると、そう同時に直感したのを魂で痛感したからだ。
△▼△▼△▼△
――他とは質の違う大音が聞こえた瞬間、イズメイルは身を翻していた。
「――――」
焼かれたはずの肉体を、ひび割れた真新しい代物へと取り換えたイズメイル。単眼族の英雄は大きく両足を開いて姿勢を低くすると、大きな影の接近を単眼に捉える。
通りに立ったイズメイル、その頭上へと放物線を描いて飛んでくるのは、何の冗談か、往来から丸ごと引っこ抜かれた帝都を構成する家屋の一棟だった。
無理やり地面から引き剥がされ、床や壁をボロボロとこぼしながら投げられたそれは、まるで食べかけのパンみたいにパン屑をばら撒くが、実態はそんな可愛げのあるものではなく、大抵の人間は押し潰されて死ぬだろう。
もっとも――、
「――手ぬるい!」
『巨眼』イズメイルは、大抵の人間の枠には収まらない側だ。
飛んでくる家屋は通りの真ん中に着弾する軌道を描いており、左右をきっちり埋められた以上は前後しか逃げ場がない。
だが、あえて逃げ場を用意するのは、相手の思うつぼになるということだ。
故に、イズメイルは前にも後ろにも逃げず、戦斧を振り上げた。
屈強な戦士が二人がかりで持ち上げられるかどうかという巨大な斧を、イズメイルは片手で軽々と扱い、如何なる障害をも叩き切る。
このときも、投げつけられる家屋はその運命を辿った。
接触の瞬間、真下から切り上げられる斧の刃が家屋の先端へ滑り込み、大男を股下から掻っ捌くような斬撃が一軒家を二つの縦に両断した。
分断された家屋は家人が残した家具や食器、衣類を街路にぶちまけながら、イズメイルの肉体に被害を与えられずに家としての役目を終える。
しかし――、
「――っ」
大技を放った直後のイズメイル、その顔面を目掛けて投石が飛来した。
無論、他種族と比べて圧倒的な視力を持つ単眼族には通用しない。首を傾け、飛んでくる投石を躱し、巻き起こる家屋の粉塵に紛れ、イズメイルは目を凝らした。
家屋と投石、その両方が投げ込まれた方角に『敵』がいる。
――単眼族の瞳術により、イズメイルの見える世界が切り替わる。
対象の感情を色で捉えるイズメイルの瞳には、攻撃の投げ込まれた方角に複数の赤がちらつくのが見えた。――戦意の色だ。
それ自体が好ましく、イズメイルの全身に力がみなぎる。
この帝都攻防戦においても、あるいは野盗や別の種族との戦いにおいても、戦士の色を宿さずにいるものと戦うほど、心の萎えることはない。
武人と武人、戦士と戦士、そうした戦いであってこそ、技を競う価値がある。
死したはずのイズメイルの肉体を突き動かす憎悪の源泉は、そうした普遍的な武への誉れ、それを穢されたことへのものが大きい。
「いざ――」
土の踏み固められた街路に踏み込み、イズメイルの体が敵へと前進する。
迎え撃つように先と同じ投石の礫が投げ込まれ、その礫を牽制に次の質量弾――家屋が放物線を描くが、それを卑怯とも、弱者の戦術とも思わない。
それは立派な戦術だ。敬意を持って、打ち滅ぼすのみ。
「戦士の死は、戦士の手でもたらされるものだ」
前進、正面から迫る礫の速度と精度はかなり高く、最小限の身躱しと掲げた戦斧の受け流しで対応するが、まともに受ければ骨が砕けるのは避け難い。
そして言うまでもなく、投げ込まれる家屋の質量弾は即戦闘不能へ陥る威力だ。
しかし――、
「何かを飛ばすのが、そちらだけの特権と思うな!」
吠えるイズメイルが戦斧を振るい、それが二軒目の家砲弾を吹き飛ばすと、その勢いのままに刃を街路へと突き刺し、帝都の地面を引き剥がした。
そのままめくり上げた地面へと、イズメイルは長い足を振り回して蹴りを打ち込み、それを散弾のようにして正面へと吹き飛ばす。当然、これが通りの向こうにいる敵への有効打になるとは期待しない。
「ただの目くらましだが……」
単眼族と違い、特別な目を持たない他種族では舞い散る粉塵の幕を見透かせない。
土埃と砕けた街路の破片に身を隠したイズメイル、そこへ放り込まれる礫の命中度が明確に下がり、イズメイルはさらなる前進の猶予を得た。
「大の男と、少女――」
噴煙の幕、目を凝らしてその向こう側をイズメイルが覗き込めば、詰めた距離の分だけ相手の姿が鮮明に見え、それが男と少女であるのがわかる。
男が礫でイズメイルを牽制する役目を負い、傍らの小柄な少女が家屋の四方を地面から引き剥がすと、それを質量弾として投げ込んでくる。
息の合った連携だが、同時に違和感があるのは、その立ち振る舞いの未熟さだ。
戦場で己の技量を磨いたイズメイルにはわかる。
攻めに転じたこの二人は、どちらも生粋の武人ではない。にも拘らず、戦士の気構えが育っているのは、狙われるイズメイルをして実に粋なことだった。
時に戦場とは、戦士でないものをひと時で戦士へと生まれ変わらせる。
それと同じことが、男と少女にも起こっているのだと。
「見事」
称賛し、敬意を払い、何としても殺さなくてはならない。
完全無欠に、一切の躊躇なく、わずかな誤りもなく、殺し尽くさなくてはならない。その命のことごとくを断ち切り、息の根を止めなくては。
四肢を引き千切り、首をもいで、引き抜いた心の臓の血を啜らなくては――。
「――――」
自分の頭の中に、壮絶なまでの死と血、命への渇望が燃え上がるのを感じる。
それと同時にイズメイルは、叩き壊した三軒目の家砲弾の中、甲高い音をばら撒きながら割れる窓ガラスに、自分の姿が写り込むのを見た。
イズメイルは嗤っていた。
血の通わない冷たい体に凶気的な熱が伝い、それを喝采するように口の端が歪む。それは生前に一度も浮かべたことのない、血の香りしかしない凶笑だった。
「はは、ははは、ははははは!」
その笑みに嫌悪どころか、猛烈な爽快感が沸き立って、笑い声が上がった。
嗤いながら、嗤いながら、飛び込んでくる礫のまぐれ当たりを打ち落とし、次なる家砲弾へと自ら飛び込み、それを戦斧でぶち抜きながら特攻する。
後方へ逃げながら投げ込んでくる二人の戦士――否、獲物へと飛びかかる。
五軒目、最後の抵抗のようなそれへ戦斧を叩き付けて、沸き立つ血の喝采を本物の血で祝福しようとイズメイルは――、
「――やっぱり、目玉一個だと視野が狭くなるよな?」
「――――」
放物線を描いて飛んでくる家屋、ちょうど正面に見えた玄関の扉を斧で叩き壊し、そのまま破壊の力を伝搬させ、たわむ建材全体が泡のように爆発する。
それが引き起こされる寸前、イズメイルの鼓膜を誰かの嘲弄が打った。
――否、否否否否否、断じて否。
それは『誰か』の嘲弄ではない。
イズメイルにとって最も唾棄すべき、邪悪の象徴たる、憎悪の対象たる、声。
「貴様――ッ!!」
直前までの昂揚感が掻き消え、冷たい殺意がイズメイルの全身を支配した。
そのイズメイルの見開かれた黒く染まる金色の瞳、それが捉えたのは破壊した家屋の中で床にへばりついた、橙色の髪色をした一人の帝国兵――。
――それはまさしく、イズメイルの『死』を招いた怨敵だった。
「――おおおおおッ」
瞬間、噴き出した怒りのままに身をひねり、イズメイルの戦斧が軌道を変える。
家屋を真っ二つに断ち切るはずだった斧撃は縦の衝撃から、とっさの角度で軌道を斜めに逸らし、伏せる帝国兵へと襲いかからんと――、
「――ぉ」
怨敵へと渾身を叩き込む寸前、雄叫びに気合いを乗せたイズメイルの視界から、突如としてその帝国兵が消えた。
猛烈な速度で動いた、なんて次元のものではなかった。
文字通り、消えたのだ。
「――――」
刹那、イズメイルの思考が完全に黒と白の二色に塗り潰される。
怨敵への噴き出した憎悪が行き場を失い、異様な現象が引き起こした空白に頭の中が支配される。ただ、その刹那の手前、イズメイルの『巨眼』は違和を捉えていた。
伏せた怨敵の憎らしい姿、その腰の帯革を掴んだ長い金色の髪の少女を。
「――――」
意図も理由も不明、しかし、無関係に撒かれた情報とも思わない。
接した時間は短くとも、あの帝国兵が無闇に不必要な要素を持ち込むはずがないと、そう負の信頼感がイズメイルの思考を奪った。
そこへ――、
「――がッ!?」
突き刺さる衝撃がイズメイルの左肩を穿ち、苦鳴が上がる。
破壊を中断された家屋の中、壁を突き破ってイズメイルへと撃ち込まれたのは、まぐれ当たりか狙ったのか、高速で投げ込まれた礫の一撃だ。
当たれば骨を砕くと、そう確信した通りの威力がイズメイルの左肩に炸裂、結果、イズメイルの肉体が悲鳴を上げようと――しなかった。
血の気を喪失し、所々にひび割れの生じているイズメイルの肉体。それは礫の的中にひどく呆気ない音を立てて、砕け散った。
それこそ、イズメイル自身が打ち砕いた家屋の窓ガラスと同じように。
「――――」
一瞬、砕け散った自分の左腕にイズメイルの思考が止まった。
しかし、驚きがある一方で、あるべき痛みがなかったことが意識が千々に引き裂かれるのを食い止めてくれる。故に、次なる変化を見落とさずに済んだ。
「腕が」
肩の部分で砕け、そのまま傾いた家屋の床に落ちかけた腕が、まるで時が戻るような不可解な動きを経ながら再生、ひび割れが埋まり、砕けた破片が戻り、修復される。
砕かれたこと自体、なかったことにするかのように、二秒とかからずに。
「は――ッ!」
とっさに右手の戦斧を直ったばかりの左手に持ち替え、感触を確かめるような思惑でイズメイルは斧撃を放ち、半壊状態の家砲弾を今度こそ爆砕した。
石材と木材が入り交じった建造物が破壊され、飛び散る破片を浴びながら外へ突き抜けたイズメイル――そのまま、迫る敵意の気配に右手を伸ばした。
飛来する拳大の礫を、広げた右手で真正面から受ける。
衝撃を受け流さずにおけば、当然ながら右手の骨は痛々しく壊される。が、イズメイルの体は人体の壊れ方を逸脱し、無機物の壊れ方を実践した。
そして、その上で人体の治り方以上の回復力で、元の状態へと修復される。
「これが、この体の本領……ッ」
置かれた不自然な事態から無意識に目を背け、憎悪を燃やして動いたイズメイル。
不可解な蘇りによってもたらされたこのおぞましい肉体は、血も痛みも、そして命には付き物の『死』すらもイズメイルから遠ざけていた。
ならば――、
「――は」
息を吐いたイズメイルは眼下、そこに自らの望んだ光景を見た。
先ほどからイズメイルへと果敢に攻撃を仕掛ける男と少女、その両者のすぐ後ろに立っていたのが、届く寸前で彼方へ消えた卑怯な怨敵。
手法は不明だが、奴はイズメイルの目の前から姿を消した瞬間、ああして二人の背後へと出現、戦士たちは卑怯者と手を結んでいた。
その瞬間に、先ほどまであった戦士への称賛は反転し、ドロッとした憎悪へ変わる。
「全員、戦の愚弄を命で贖え――ッ」
吹き飛んでいく家屋の破片を蹴りつけ、イズメイルの体が矢のように飛んだ。
真っ直ぐに不届きものたちへと迫る体へと、次の家は間に合わぬと判断した少女も、隣に立つ髭の男と同じように礫を投げ始める。
だが――、
「――効かぬ効かぬ効かぬ効かぬ!」
戦斧を振り回して打ち払うまでもなく、高速でイズメイルを捉える礫は、しかしイズメイルの行動を阻止し、心を挫くことができない。
礫を浴びた部位が砕けても、瞬く間に修復され、被害はない。
生の実感を手放した新たな肉体で、血を浴びることで余所から生の実感を得ようと、イズメイルは敵たちの強張った顔へと――、
「――――」
手を伸ばそうとして、気付く。
髭の男も、キモノの少女も、そして憎き大敵と定めた帝国兵も、表情は死んでいない。
赤く見える髭の男と少女、またしても青く見える怨敵、その色を見定めた瞬間だ。
――イズメイルは、敵へ飛びかかる自分の背後に気配が出現したのを感じ取る。
「――ッ」
イズメイルの戦士の本能が警鐘を鳴らし、空中で身をひねって気配を振り仰いだ。
見開かれた『巨眼』、その金色の瞳に映り込んだのは、どうやってかこの一瞬で自分の背後に回り込んだ人物――否、単独ではない。三つの影だ。
黒髪の少年と、その腕に抱かれたドレスの少女。
そして、先ほどは怨敵の傍にいたはずだった金髪の少女が、少年の背中にしがみつく。
いずれも小さな、しかし、真っ赤な戦意に燃える三人が、手をかざした。
「エル――」
呟かれる詠唱、とっさにイズメイルの戦士の本能は破片を蹴ろうと反応した。
しかし、その本能を引き止めて、イズメイルは戦斧を振るうために腕を伸ばした。相手の攻撃を躱さず、止めず、浴びながらも反撃する。
かつての肉体では不可能な攻撃、今ならば可能な斬撃にて敵を屠ると――、
「ミーニャ――!!」
紫紺の輝きが放たれ、真っ直ぐ飛んでくるそれをイズメイルはあえて受ける。
そこからの反撃を目論んだ彼は、気付かなかった。
――単眼族の英雄、『巨眼』イズメイルは絶対に、そんな愚かな選択をしなかったと。