第七章104 『頂点乱麻(前編)』
――『大災』、その響きにアベルは鬼面の奥の黒瞳を細くする。
それを口にした張本人、ウビルクの表情は微笑を湛え、その心の深奥を覗かせない。
柔和で人当たりが良く、誰に対しても分け隔てなく接する男だ。その姿勢や在り方は、彼が初めてアベルの前に姿を現したときから変わっていない。
一切の忖度や協力者の存在なく、謁見の間へ現れたときと、何も。
『星詠み』を名乗り、このヴォラキア帝国へ降りかかる凶事を次々と言い当てたウビルクは、どのような出来事を見通そうと、万事自らの感情を揺らさなかった。
まるで――、
「――こうして、ここで俺と対峙することさえも、貴様にとってははるか以前から見透かしていた出来事に過ぎぬか?」
「そんなそんな。それはいくら何でも買い被りってものですよ。ぼかぁ、そこまで大した存在じゃーありませんって」
「戯れ言しか口にできぬなら、その舌を切り取ることも厭わぬぞ」
「やーれやれ、怖い怖い。相変わらず、胃が締め付けられる思いですよ」
細い肩をすくめて、ウビルクが欠片も気負わない様子でそう嘯く。その態度にアベルが鼻を鳴らすと、隣に並んだセリーナが「解せないな」と口にした。
彼女は両手を上げるウビルクと、アベルの横顔を見比べながら、
「見た顔だ。あれは水晶宮に出入りする『星詠み』……皇帝閣下が傍に置いている、戯れ者の一人だろう。それと面識があるのか?」
「度し難いことだがな」
「ふむ。……事が済むまで荒立てるつもりはなかったが、問い質しておくべきか? いったい、その鬼の面の裏に隠れたお前の素顔は何者なのかと」
切れ長な瞳に理知的な光を宿し、セリーナがアベルの素性に疑問を抱く。
元より、彼女にはそこに大いなる疑問があったはずだ。この帝国を揺るがす大きな内乱において、まんまと反乱軍の指揮官に収まった存在――素顔を隠している点も含め、その心中を推し量れないという意味ではウビルクといい勝負だろう。
だが――、
「その問いに答えることは、今優先すべきこととは言えぬ」
「力ずくで仮面を剥ぐ手もある。私も、腕に覚えはある身でな」
「やめておけ。これは忠告だ」
「ほう、私に忠告か」
じりと、そのアベルの言葉にセリーナの目つきが好戦的に細められる。
その苛烈な姿勢で『灼熱公』の呼び名を恣にするのがセリーナ・ドラクロイ――これまで、吹っ掛けられた侮蔑と嘲弄を全て焼き払ったから彼女はここにいる。
そんな彼女の信条に、アベルの答えは十分以上に抵触する熱量があった。
「待った待った待ーった! 落ち着きましょう! ただこうして顔を見せただけでそんなピリピリした空気になるなんてなんなんです!」
「黙って見ていれば、労せず貴様がこの戦いの功労者となれるかもしれんぞ」
「ぼかぁ、そんなこと望んじゃいないんですよねえ。ここでお二方のどちらか、あるいは両方が倒れるなんて、しかも切っ掛けがぼくなんてたまったもんじゃなーいです」
「――解せないな」
険悪になる二人、その両者へと手を伸ばして、ウビルクが比較的声を焦らせる。そのウビルクの反応に、セリーナが再び同じ疑問へと立ち返った。
そのまま、彼女は自身の腰の剣、その柄を手で弄びながら片目をつむる。
「畏れ多くも、ヴィンセント・ヴォラキア皇帝閣下の傍付きならば、お前のするべき役目は叛徒を指揮する私とこの男への攻撃だろう。放っておけばこの男は死んだ。それはお前にとって歓迎すべきことでは?」
「勝手に俺を殺すな。貴様が死ぬ道もあろう」
「悪いが、今、私はこの『星詠み』と話している。話の腰を折らないでくれ」
「――――」
自分主体で話を進めたがるセリーナに、アベルはひとまず口を挟むのをやめる。そうして改めてセリーナがウビルクを見ると、彼はきょとんとした顔になり、
「必要なこととはいえ、傍から見るとなーかなか興味と趣の深い場面でしたね。とと、そんなに怖い顔されないでください。ぼかぁ、丸腰ですよ」
「丸腰は油断の理由にはならない。私が剣の柄から手をどける理由を早めに出せ。知っているだろうが、私は無抵抗の相手を斬るのも躊躇しないぞ」
「――斬れませんよ。あなたにぼくは」
声の調子を徐々に厳しくし、最後には恫喝となっていたセリーナの言葉。それを、直前まで弱り切った顔でいたウビルクが、たったの一言で否定した。
それを口にする瞬間、ウビルクの表情から色が抜け落ちる。
その感情の全体像は見えないまでも、少なくとも見せる意思のあった感情という感情が抜け落ちて、そこには虚ろで空っぽな無色の顔だけが残されていた。
「――――」
挑発とも取れる宣言、そこにセリーナは激昂せず、剣も抜かなかった。
怒り以上に彼女の胸を占めたのは、ウビルクという存在への――否、『星詠み』という生き物への得体の知れない不気味さと、一抹の不安だっただろう。
まるで、目の前の相手と対峙しているのに、対峙していないような手応えのなさ。
「……お前は、ここで殺しておくべきなんじゃないか?」
「ああ、なんてひどい。ぼかぁ、大いに傷付きました。どう思われます?」
「俺もたびたび、セリーナ・ドラクロイと同じように考えた。だが、それでもなお、この男は今日まで生き長らえている。それが事実だ」
誰に対しても変わらないということは、誰の逆鱗に触れるかわからないということだ。
臨機応変を知らないウビルクは、このヴォラキア帝国で多くの逆鱗に触れ、多数の人間の怒りを誘発し、時には刃を向けられてきている。
にも拘らず、今日までウビルクが生き延びているのは――、
「星の思し召しですね。おお、ウビルクよ……まだ死ぬには早いはやーいと」
胸の前で手を合わせ、軽々としたウビルクの言いようにセリーナが頬を硬くした。
それが事実か否かは議論の俎上に上げても意味がない。事実、ウビルクがこの場に現れたこと――否、そもそも、最初に水晶宮に現れたときからそうだ。
ウビルクは死なない。
その命を、彼が口にする星――この世界を遍く嘲弄する、『観覧者』の庇護下に置かれ、保証されているのだと言わんばかりに。
「――――」
そう思う心中、押し込めた熱の主張を感じてアベルは息を吐いた。
ウビルクや他の『星詠み』に対してのアベルの個人的な思惑は些事だ。重要なのは、こうしてウビルクがアベルの目の前に現れたこと。
あらゆる事態に『星』を絡めるこの道化が、アベルの前に現れたのは――、
「一度は降りた舞台、降ろされたというのが適切かーと思いますが、もう一度、上ってみるつもりはおありですか?」
ウビルクの視線が、セリーナを無視してアベルへと向けられる。
その言葉の意味がわからず、セリーナは形のいい眉を顰めた。だが、彼女に懇切丁寧にそれを答えてやるつもりはない。
何よりも、その問いかけは実にアベルにとって腹立たしいものだ。
「言っておくが」
「はい?」
「俺は一度でも、貴様の言うところの舞台から降りたつもりはない」
腕を組み、提案してきたウビルクの考え違いをそもそも正す。
玉座を追われ、はるか東の地へと追いやられ、アベルは幾度も苦境に立たされてきた。しかし、その戦意は一度も折られていない。
ましてや、自分の果たすべき役割を忘れたことも、手放そうと思ったこともない。
「貴様にはわかるまいな、『星詠み』。一度として、舞台へ上がったことのない貴様には」
「――。耳の痛いお話、でーすかね?」
「それすらも貴様にはわかるまいよ」
それらしい言葉と表情を並べ、ウビルクはアベルと話を合わせようとする。だが、そこに感情の伴わないウビルクの言葉に、アベルの真意を解した響きはなかった。
そして、それがウビルクの限度だと、アベルはすでに見限っている。
故に――、
「その時が近い。貴様が足を運んだのも、そのためであろう」
「……そうなんですが、ぼくがくるとおわかりだったので?」
「戯れ言を。俺は貴様とは違う。一秒先の推測はしても、確信はせぬ。――妄信と、そう言った方が適切かもしれぬがな」
「――――」
そのアベルの物言いに、ウビルクの表情がわずかに変化する。
微かに震えた眉の動きは、彼が滅多に見せない負の感情に由来するものだ。怒りか不快感か、いずれにせよ、珍しい反応には違いなかった。
それで下がる安い溜飲など、生憎とアベルの中にはなかったが。
「それでどうする、一応、閣下の傍付きには違いない。刎ねた首を送りつけてみるか?」
「それで皇帝に痛痒は与えられまい。あるいは、どうせなら自ら命じたかったと不快感は与えられるかもしれぬが、それ止まりだ。それよりも」
「それよりも?」
アベルとウビルクの対話、詳細のわからないながらも、それが結論へ向かいかけたのを察したセリーナが首を傾げる。
波打つ茶色の髪を肩の上で揺らした彼女を横目に、アベルは一拍置いた。
そして、告げる。
「貴様に大役を任せる。――この戦場で、貴様以外には果たせぬ役割を」
△▼△▼△▼△
降り積もる白い雪を蹴り、影が戦場を縦横無尽に駆け抜ける。
薄く氷の張った地面はあちこち滑るだとか、寒さを通り越して極寒に迫りつつある気温は肌を切り裂くようだとか、敵は見下ろされるだけで本能が射竦められる強敵だとか、そういう様々な事情を全部蹴飛ばして、雷速で、駆け抜ける。
『お前、お前、お前――』
「あはははは! ですからお前ではなくセシルス・セグムントとそう名乗ったでしょう! 声高らかに呼んでもらえた方が戦場に響き渡るので大歓迎……」
『セシルス・セグムント――!!』
「そうそれ!」
残像を残して笑みが霞み、次の瞬間にはゾーリの裏側が『雲龍』の横面に突き刺さる。
破裂するような音を立てて派手に頭が弾かれ、空中のメゾレイアの巨体が大きく揺れた。それをしたのが、自分よりずっと背の低い少年であることにエミリアは驚く。
「あの子、すごい……」
戦場を薙ぎ払わんとした龍の息吹、それを直前で止めただけでなく、堂々と自分の名前を名乗ったかと思えば、龍相手に一歩も引かない戦いを始めた少年。
セシルスと名乗ったその青い髪の幼子に、エミリアは目を奪われていた。
それこそ、あの少年が堂々と口にした『晴れ舞台』を目の当たりにしたみたいに。
「――――」
そのエミリアの視界、夢か幻のようにセシルスの体が出入りする。ものすごい速さでエミリアの視界の端から端に、上に下に、セシルスは出入りを繰り返す。
あまりに速くて目で追い切れず、エミリアは目玉がるぐるぐるしてしまいそうだ。
そしてそれは、セシルスにまとわりつかれるメゾレイアも同じで。
『――ッ! お前なんかが! 竜の! 竜の敵に!』
空中で翼をはためかせ、『雲龍』の爪が、尾がやたら滅多に振り回される。
それはエミリアが作った氷の壁――メゾレイアを戦場の外にやらないために作ったそれを足場に、元気よく跳び回るセシルスへと向けられる。
ただし、龍の攻撃が当たるのは、どれもセシルスがとっくに通り過ぎてしまったところばかりで、肝心の本物には掠りもしない。
それどころか、セシルスは壁を叩く尻尾に飛び乗ると、そのまま一気にメゾレイアの背中へと駆け上がっていって、
「ていていていていてい!」
足が何本も増えたみたいな速さの蹴りで、メゾレイアを地上へ落としたのだ。
「お、落っことしちゃった……!」
激しく翼をばたつかせながら、空中でひっくり返ったメゾレイアが地面に落ちる。
ものすごい轟音と地響き、雪の張り付いた地面が剥がされて飛び散り、エミリアは冷たい風を浴びながら、その光景に度肝を抜かれそうなのを堪える。
ただ、これがとんでもなく運のいい、見逃してはいけない場面だと認めて。
「このまま、メゾレイアをやっつけて……」
「おっと、それはいけません。待ったをかけますよ」
「え?」
ちょっとズルいとは思いつつも、エミリアは周囲にマナを練り上げて、落ちたメゾレイアの上から大きな氷塊を落とそうとした。
でも、そうしようとしたエミリアの目の前に滑り込み、その鼻先に指を突き付けてくるセシルスの行動に驚いて動きが止まってしまう。
目をぱちくりとさせるエミリア、その鼻の頭をちょんと指でつついたセシルスは、
「いいですか? 今、あなたが危ないところを僕が間一髪助けた流れじゃありませんか。そして始まった龍との一騎打ち……ここであなたがすべきことはわかりますね? そう、僕の勝利を信じて健気に祈ることです! それがお姫様の役目ですよ」
「ええと……でも、私はお姫様じゃないわよ? 王様と無関係じゃないけど」
「お姫様というのは言葉の綾というやつですよ。正確には助けてくれた英雄であるところの僕にぞっこん惚れ込んでしまう物語の華というもの。美しいあなたにはぴったりな役回りと思いませんか?」
「あ、ごめんなさい。私、もう誰を好きになるか決めてるの」
「あ、そうなんですか? じゃあ仕方ないですね。続きをどうぞ」
ものすごい早口でまくし立てられながらも、エミリアは聞き逃してはいけないところは聞き逃さなかった。ので、セシルスもすぐにわかって身を引いてくれた。
引いてくれたので、エミリアも遠慮なく、改めてメゾレイアに手をかざし、
「えいっ!」
と、地面に落ちたメゾレイアを目掛け、巨大な氷の塊が空からまっしぐらに落ちた。
それが大地に仰向けのメゾレイア、その土手っ腹へと突き刺さり、轟音が鳴り響く。龍の低い苦鳴を聞きながら、エミリアは「もう一回」と次を構えたが、
「ご無礼します」
直後、身構えたエミリアの足が刈られ、「あうっ」と悲鳴を上げる体がふわりと持ち上げられると、その場から引っこ抜くみたいな勢いで離脱。
次の瞬間、エミリアとセシルスのいた場所に強い風が巻き起こり、龍が地面を伝わせた衝撃が大地ごと、その地点を丸く抉り飛ばした。
あと一歩、そこをどくのが遅かったら死んでしまっていたところだ。
「やっぱり相手が龍となると一筋縄ではいかなくて秒刻みに見せ場がきますね。このところやられ役相手ばかりでフラストレーションが溜まってましたからちょうどいい」
「あ、ありがとう、助けてくれて」
「いえいえいいってことです! すでに想い人がいる美人であれどそれなら魅せ方を変えるだけ。婚儀の席にはぜひとも呼んでください!」
抱き上げ、間一髪で助けてくれたセシルスがエミリアのお礼にそう破顔する。
厳密には想い人ではなく、想うことのなるかもな人なのだが、そこのところを今細かく話している余裕はない。大事なのは――、
「使って、セシルス!」
「使え? そう言われましても何を使ったものか……おお!」
地面に下ろされたエミリアが地面に手をつくと、首をひねりかけたセシルスが目を輝かせた。その彼の視界、地面から伸び上がるのは氷の剣、槍、斧と様々な武器だ。
氷で武器を作り出すアイスブランド・アーツが、セシルスの正面へ、メゾレイアまでの道のりを立ち並んだ武器を展開する。
「これは何とも壮観な! いいですねえ、カッコいい! 本音を言えば僕の手には相応の優れた名剣や魔剣の類しか持ちたくないんですが……」
「じゃあ、ダメ?」
「いえ誰に言ってるわけでもない自分ルールだったのでこっそり変更しましょう! この場は龍相手に武器をぶんぶん振り回す方が派手ですしね!」
言いながら、セシルスが小さな体の腕を目一杯伸ばし、自分の左右にある氷の剣を二本引っこ抜く。そうされてからすぐ、エミリアは「あ」と失敗に気付いた。
氷の剣はエミリアが作った。だからエミリアは冷たく感じないのだが、そうでないセシルスには冷たすぎるかもしれない。
「そう言えば、プリシラも冷たいなんて言わなかったけど……」
「ご安心を。そのあたりの不便は流法で補えますので僕も戦団の人たちも大丈夫! まぁ僕はボスたちのあれに巻き込まれると調子崩すので素で対応してますので、僕が特別スペシャルなのは事実ですが!」
「すぺしゃる……」
聞き覚えのない言葉が次々繰り出され、エミリアは思わず反芻する。
この感覚、まるでスバルと話しているときのような不自然さ――と、そこまで考えたところで、エミリアは「もしかして」と気付く。
「ねえ、セシルス! あなたのその言葉って、スバルから教わったんじゃない?」
「スバルさんですか? いいえすみませんが違いますね。僕がこの手の言葉を教わったのはボスですが、ボスの名前はスバルさんではなかったので」
「そう、違うの……早とちりだったみたい」
前のめりになった分、セシルスの答えにエミリアは意気消沈する。が、めげてはいられないと、エミリアはすぐに自分のほっぺたを叩いて気を入れ直した。
そして、自分もセシルスと同じように氷の槍を手に取り、
「気持ちを切り替えて……一緒に、メゾレイアと戦いましょう!」
「その気持ちの切り替え実にいいですね。そう言えばまだお名前も聞いてませんでした」
「私? 私はエミリア……じゃなくて、エミリー! エミリー!」
「なるほど訳ありなご様子! ですがこの場は野暮は言わずにおくのが吉と思いますのでそうさせてもらいますよ、エミリーさん。さっそくですが一個頼んでも?」
「お願い事? 私に?」
「はい。――あの龍の相手をしている最中、あれをどけてもらっていいですか?」
名前の交換をしたエミリアに、セシルスが声を潜めながら頼み事。そう言った彼が指差したのは、地面に落ちたメゾレイアから少し離れた地面だ。
白い雪の降り積もる地面、セシルスの指差したものを目にし、エミリアは「あ」と目を丸くする。
そして――、
「ではお願いしますよ、エミリーさん。僕は僕の仕事を……それも派手でこの世界の花形役者にしかできない仕事をしてきましょう!」
そう言い残し、エミリアの返事を待たずにセシルスが地面を蹴った。
雪が飛び散り、二本の氷剣を握ったセシルスの体が真っ直ぐに龍へ走る。その突っ込んでくる小型の脅威に、メゾレイアの鱗も即座に危機を感じ取った。
『図に、乗るなっちゃぁ――!』
震え上がるような怒声が上がり、メゾレイアが自分の胴体を押し潰そうとしている氷塊に爪を立てた。刹那、小山のように巨大な氷塊は一秒も耐えられず、その全体に凄まじい勢いでひび割れが走り、一気に砕かれる。
氷塊の重石がなくなれば、メゾレイアは即座に身を回して地面に伏せ、飛び込んでくるセシルスへと攻撃を放とうと――、
「えいやぁ!!」
そのメゾレイアの鼻面に、振りかぶったエミリアの投げた槍が直撃する。
鋭い氷の槍は、その先端をメゾレイアの鱗に欠片も埋められず、しかし結構な衝撃で龍の頭部を弾き、セシルスへの攻撃を遅らせた。
そこへ、投げ槍とほぼ変わらない速度でセシルスが飛び込んだ。
「瞬き厳禁見逃しご注意おひねり称賛何でもござれ!」
軽妙に言葉を並べながら、セシルスの氷の双剣が白い光となって迸る。
軽やかな音と共に鱗を打ち抜かれ、右へ左へと弾かれながら『雲龍』がその剣舞に目を奪われ、自由を奪われ、反撃の機会を奪われる。
まだ小さいのに、セシルスの技量はとんでもない。
体の使い方も武器の扱い方も、エミリアも自分でちょっとしたものと思っていたが、比べ物にならない次元に達している。もしかしたら、プレアデス監視塔で出くわしたレイドくらいハチャメチャで、強くなる可能性を秘めているかもしれない。
「でも、レイドみたいに意地悪にならないでね」
剣の実力はともかく、レイドはすごく意地悪だったので性格はそうならないでほしい。
そんな願いを抱きながら、エミリアはメゾレイアを引き付けるセシルスを横目に、大急ぎでその戦いから少し離れた地点へ。
さっき、セシルスがエミリアにした頼み事、それがどんどん近付いてくる。
エミリアの駆け付けた先、そこにいたのは――、
「――マデリン! 寝てる場合じゃないの! 起きて、メゾレイアを説得して!」
雪にうずもれ、ピクリとも動かないマデリン・エッシャルトの体を抱き起こし、エミリアはそう必死に呼びかけたのだった。