第七章103 『星の秒読み』
――地響きが世界を揺るがし、空が白と赤の二つに分かたれ、命のぶつかり合いが天変地異めいた事象を引き起こすに至り、レムは決断した。
「動くなら、今しかありません」
想像もつかない規模の戦いが起こっているだろう帝都の中、レムはいまだにベルステツの邸宅に囚われ、その自由を禁じられている立場にある。
じりじりと日毎に焦げ臭さを増していくのを感じていながら、レムは何も効果的なことができなかった。そのことを強く恥じ入っているレムには、これ以上、ここで黙って足踏みしているという選択肢はとても選べなかったのである。
結局、館の主であり、レムを監禁している張本人のベルステツとは、あの最初の邂逅から一度も顔を合わせていない。そのため、自分なりの哲学で帝国の未来を案じ、皇帝であったアベルを追い落としたあの老人が、こうして帝国全土を巻き込む大戦が引き起こされたことに関し、どのように思っているのかを窺う術はなかった。
ただ、仮に機会があったとしても、レムと彼がわかり合うことはなかっただろう。
「私とベルステツさんとでは、立っている側が違いますから」
冷たいと言われても、究極それがレムの出せる結論だ。
立ち位置の違っている相手の事情を汲んで、それを思いやれるのは強者か、余裕のある人間だけだ。レムはそのどちらでもないから、選ばなくてはならない。
誰を敵に回して、誰を味方とするのかを。
それさえ抜きにすれば、レムはベルステツにも、マデリンにも敵愾心はなかった。それこそ、アベルの言葉足らずさや、プリシラの無茶ぶりの方がよほど難儀する。
だから、これからレムがしようとしていることも、彼らへの敵意や叛意が理由なのではなく、レムが立ち位置を選んだ結果に他ならなかった。
「――――」
始まってしまった帝都攻防戦、ベルステツの屋敷は都市のかなり奥まったところに建てられているはずだが、それでも壮絶な戦いの余波は感じられる。
当然、この邸宅にも厳戒態勢が敷かれており、一応は捕虜の立場にあるレムも、宛がわれた部屋での待機を命じられ、いつも以上に自由を縛られた状態だ。
ただし、屋敷の警備から見て、レムなど所詮は足の悪い娘に過ぎず、四六時中部屋の前に見張りを立てておくほど厳しい監視体制には置かれていない。
――その警備の油断に乗じて、レムはひっそりと部屋から抜け出していた。
息を潜め、部屋の天窓から屋敷の屋根へと這い上がるレム。
物音を立てないよう注意したおかげで、警備はレムの暗躍に気付いていない。それを彼らの怠慢と、そう責めるのは酷な話――警備たちだって、まさか杖をつく娘がこんな方法で部屋から抜け出すだなんて考えもしなかっただろうから。
そう、レムが本当に、杖がなくては自由に歩けない娘だったとしたら。
「万一のときに備えていたつもりでしたが……」
もちろん、これまでレムが足の不自由を訴え、杖をついてきたのが嘘なわけではない。
だが、不十分な『記憶』が理由で周囲に迷惑をかけている自分が、いつまでも不自由な足をそのままにしてはおけないと、歩く練習はずっと続けていたのだ。
その努力が実り、いくらか足の踏ん張りが利くようになってきたところで、ふと考えたのだ。――このまま足が悪いと思わせておけば、役立つかもしれないと。
実際に、どういう形でそれを役立てるかまでは考えていなかった。
それどころか、無用な隠し事がバレれば相手を不用意に警戒させないとも限らない。だが、こうして実際に役立てた以上、賭けには勝ったと言えるだろう。
もっとも、油断は大敵だ。この行動が何らかの結果に結びついて初めて、ようやく賭けに勝った分の見返りが手に入ると言えるのだから。
せっかく賭けに出た以上は、勝たなくては意味がない。
そもそも、こうして賭けに出るような真似をしたこと自体、いったい誰の影響によるものなのか、レムは考えないようにしていたが。
ともあれ――、
「――離れまで見つからずにいければ」
屋根の上に出たレム、その目的は屋敷からの脱出、ではない。
それも捨て難い選択肢だが、屋敷にはレム以外にもフロップが囚われているのだ。一人で抜け出すなんてできないし、そもそも建物の周りを取り囲む高い塀もある。屋根と違ってそれを越えるのは難しく、検討する意味も感じられなかった。
故に、部屋を抜け出したレムの目的は、同じ敷地内にある離れ――そこで囚われている各地から集められた『皇太子』、彼らとの接触だった。
聞いた話では、『黒髪の皇太子』は反乱の旗頭として祭り上げられていた立場だ。実際にアベルの実子とは考えにくいが、現状の帝国に思うところがあるだろう。
彼らと接触できれば、レムの置かれた状況の打開に希望が見えるかもしれない。
「私とフロップさん、それにカチュアさんの安全が確保できないと」
そのためには、協力し合える仲間が必要だとレムは考える。
慎重に屋根伝いに離れを目指しながら、物音を立てないよう細心の注意を払った。いくら足の踏ん張りが利いても、警備に見つかって逃げ切れる保証はどこにもない。
せっかくの機会を台無しにしないよう、見つかればただでは済まない決死行へ挑む。それも、じっとはしていられなかったという理由だけで。
それが――、
「――っ」
不意に、彼方の空に巻き起こった異変が、レムの体を大きく跳ねさせる。
視界の端、レムは帝都の城壁を挟んで起こっている戦いの中、それらを見下ろす空が異常な光景に変化していくのを目の当たりにし、息を呑んだ。
かなり遠く、その詳細まではレムには知る由もないが、ちょうどこのとき、帝都を守る星型の城壁の頂点に、『雲龍』メゾレイアが降臨し、『精霊喰らい』アラキアが雲を炎で焼き尽くし、モグロ・ハガネそのものである城壁が立ち上がっていた。
実態はわからずとも、本能でそれらの危機を感じ取り、レムが身を硬くする。と、その拍子に、屋根にかけた足から力が抜けた。
「あ」と掠れた息が漏れたのと、レムの体が屋根の傾斜を滑ったのは同時だ。そのまま階下に投げ出されかけ、とっさに屋根の縁を力一杯掴む。
「あぶ、なかった……」
悲鳴を上げたり、階下に落ちていたら言い訳の効かないところだった。
ギリギリのところで屋根の端にぶら下がり、レムは危うかったと息をつく。そうして、ゆっくりと自分の体を屋根の上に戻そうとして――、
「――? ここは……?」
目標の離れはまだ遠く、行きがけの失敗でしかなかったぶら下がり。その縁に掴まったレムの目に、館の行き止まりに設置された扉が飛び込んできた。
比較的、屋敷の中の自由な行き来を許され、あちこち見て回ったレムも初めて目にするそれは、離れ同様に立ち入りを禁止された区画にある扉だ。屋根伝いに屋敷を回り込んだことで、普段はこられない区画へ迷い込んでいた。
「隠し扉……? いったい、何が」
あるのか、と頭の中に疑問が生じ、レムはしばしの逡巡に囚われる。
事前に立てた目標は、離れの『皇太子』との接触だ。そちらの方が明確に、状況を打開する手掛かりが手に入る可能性が高い。
一方、予定外の隠し扉の方は、もったいぶった挙句に単なる酒の貯蔵庫である肩透かしもありえるのだ。わざわざ、危険を冒して乗り込む価値があるだろうか。
「――――」
どちらが合理的か考えるまでもない。――なのに、レムは不合理を選んでいた。
掴んだ屋根の縁から手を離し、隠し扉のある通路に降り立つ。できるだけ静かに下りるのを心掛けたが、それでも多少の足音はした。もっとも、先ほどレムを驚かせた空の異変は続いていて、館の警備たちも意識はそちらに奪われている。
それを頼りに大胆に、レムは隠し扉に手をかけて、それを開け放った。
「地下に続く階段……」
扉に鍵がかかっていなかったのは、不用心というより、不必要だからだろう。
そこは本来、招かれざる客が訪れることを想定していない場所だ。そこに、一応は館に招かれた立場であるレムが辿り着くのだから、文句を言われる筋合いはない。
ひんやりと冷たい空気が上ってくる地下への階段、明かりのない薄暗い空間に出迎えられて、レムは小さく息を呑むと、壁に手をつきながら階下へ向かった。
何か、途轍もなく恐ろしいものが待ち受けている可能性もあった。
ベルステツが封じ込めた、とんでもなくおぞましいものが閉じ込められている可能性も。
ただ――、
「――誰か、いるんですか?」
ある種の、謎の確信があって、レムは暗がりの中、辿り着いた地下に問いかける。
明かりのない暗がりだが、それほど広くない地下室だと感覚でわかる。ぼんやりとしか見渡せないその場所の奥、そこに大きな気配があることも。
大きな、といっても怪物がいるという意味ではない。
人間としてかなりの大柄、そんな気配が地下室の奥の壁に鎖で繋がれ、囚われていた。
そしてその人物は、レムの問いかけを聞いて――、
「閣下、を……」
「……あなたは」
「ヴィンセント・ヴォラキア、皇帝閣下を、お守り、しなくては……」
血の色をした低い声が、地下のひび割れた空気を痛々しく揺すった。
声に込められた切実な響きは、強く強く、我が身を顧みない忠心で満たされている。
「――――」
その言葉に、一歩、また一歩とレムは意を決し、相手との距離を詰めた。
そうすることで闇の中、繋がれた大男の姿がぼんやりと浮かび上がる。それは本当に大きな体をした、顔中に白い傷跡の刻まれた人物で――、
「……ゴズ、ラルフォン」
呟かれたそれが、おそらく名前であろうことにレムは一拍遅れて気付いた。
そしてその響きに、聞き覚えがあったことも。
それは確か、このヴォラキア帝国で最強と名高い存在、『九神将』の一人の――。
「閣下を、『大災』から、お守りしなくては――」
その男はまるで獅子の如く、傷だらけの顔を歪めながら雄々しく唸っていた。
△▼△▼△▼△
「――アベルと言ったか。『皇太子』の噂を広めたのはお前だな?」
帝都攻防戦、反乱軍の本陣で腕を組み、戦況の空に目を向ける女傑、セリーナ・ドラクロイにそう問われ、アベルはゆっくり鬼面に覆われた顔を上げた。
援軍として西の彼方から現れたセリーナの飛竜隊、『飛竜繰り』の技能を有する一流の飛竜乗りたちの参戦により、戦場の制空圏は一挙にこちら側へ傾いた。
無論、『雲龍』や『精霊喰らい』の存在を理由に、飛竜乗りの分が悪い戦場もあるが、戦場の全域を支配下に置くまでの必要はない。
必要なのは一穴、堅牢を誇る帝都の城壁も、穴の一ヶ所から崩壊は始まる。
それを引き起こせる方策はあると、少なくともアベルは考えている。故に、劣勢と膠着状態の戦場があるのを承知で、断続的に指示を出し続けているのだが。
「今、俺が貴様の雑談に付き合う暇があるように見えるのか? 貴様とて、配下の動きに目を配るべき場面であろう」
「無論、そうだ。だが、雑談と切り捨てられるのは心外だぞ。これでも、私はお前からの文を理由に立場を定め、こうして馳せ参じた立場だ。ここで私がくるのを作戦に盛り込んでいたなら、もう少し大事にしても罰は当たるまい」
「下らぬ凡俗のようなことを言う」
「俗物とまでは言わずとも、俗なことも好む性質だ。先の反応も気になるのでな」
肩をすくめ、空から視線を外したセリーナがアベルの方を窺う。
彼女の口にした先の反応というのは、おそらくは西の援軍――それも、セリーナの飛竜隊以外の戦力に関する反応だろう。
予定外の援軍、それを率いるものに心当たりがあったとはいえ、迂闊な反応を見せたと先の己の言動を忌々しく思うところだ。
それ故に、セリーナの雑談の切っ掛けの言葉に繋がるのだろう。
「『黒髪の皇太子』、その話を広めたのはお前だ。そして、その『皇太子』とは絶賛大暴れの真っ最中の、あの集団を率いるもののことではないか?」
「つまり、貴様は戦場で乱痴気騒ぎを起こすあれらが、皇帝の落とし胤だと?」
「いいや、失敬。それは言葉の綾というものだ。『黒髪の皇太子』が、本当に閣下の御子であると私は思っていない。おそらく、閣下に御子はいないからな」
アベルの言葉に首を横に振り、セリーナはやけに自信満々に答える。その確信に満ちた答えにアベルが眉を寄せると、彼女は「なにせ」と言葉を継いで、
「閣下は妃を娶らないし、女を抱いたという話も皆無だ。以前、私も誘惑してみたことがあるが、完全に無視された。これは強い根拠だろう」
「――。正気か?」
「無論、本気だ」
「俺は本気かを問うたのではなく、正気かを問うたのだ」
根拠とするにはいささか納得しづらい理由を出され、アベルの目が厳しくなる。
セリーナはヴォラキアでも有数の上級伯であり、その能力と野心を高く評価しているからこそ、この決戦においても必要な戦力の一つに数えていた。が、アベルの理解できない基準で物事を判断するなら、それも一考の余地ありだ。
と、そんな風に真意を見透かそうとするアベルの目に、セリーナは「待て」と組んだ腕を解いて片手を上げると、
「冗談ではないが、それは一番大きな根拠というだけだ。閣下が私に誘惑されなかった点は悔しくもあるが、同時に暗示してもいる」
「――――」
「閣下は女に興味を持たない。もっとはっきり言えば、子を作る意思がない」
無言のアベル、その様子を目にしながら、「だってそうだろう?」とセリーナは続ける。
「漁色家であれとは言わないが、閣下は御子をお作りになっていない。少なくとも、現時点でお一人も。だが、仮に閣下が男色家だったとしても、子を作る意思さえあれば作ることは可能だ。可能性は二つ、種無しか……」
「意図的に子を作っていない」
「そうなる。いずれにせよ、『皇太子』などいるとは思えん。だから、落とし胤などという話はそもそもが眉唾だ。その眉唾がこれほどの内乱を起こすのだから、我が国の在り方が実に晴れ晴れしいものというところだが」
小さく頬を歪め、セリーナは本心から愉快そうに笑みを象る。
その態度にも、彼女の立てた推測にもアベルは何も言及しなかった。特段、セリーナもアベルの意見を必要としているわけではない。
彼女のような人種は、他者から肯定されずとも己の考えを肯定できるものだ。
つまり、彼女が欲しいのはアベルからの肯定ではなく――、
「どういう意図で、お前は『皇太子』の存在をでっち上げた? この戦いにこちらが勝利したあと、空の玉座に誰を座らせ、帝国をどうするつもりだ?」
――ヴォラキア帝国の行く末を、あの『皇太子』に委ねるつもりか問うている。
「――――」
セリーナの静かな問いかけに、アベルは静かに片目をつむった。
まさに戦いが佳境というところで、そうした問答をしている場合かという向きもある。だが、戦う以上、勝利したあとのことを考えないのはあまりに愚かだ。
当然、勝つつもりで戦うのだから、戦後のことも視野に入れた構想が必要となる。
「何故、俺に問う?」
「あの『皇太子』が本物……閣下の落とし胤ということではなく、この巨大な内乱を牽引するお前の本命であると考えるからだ。戦後、お前とあの『皇太子』が結ぶなら、帝国の未来を誰に問うべきかは明白じゃないか」
「――は」
続けられたセリーナの考え、それを聞いたアベルの口から息が漏れた。
同時に、自分の顔を覆った面――『認識阻害』の効果があるとはいえ、その効力のあまりの高さに、我が事ながら感心する。
正体も、本心もこうまで覆い隠せるものかと、感心する。
「何がおかしい? 私は間違ったことを発言したか?」
「笑ったわけではない。むしろ、貴様の洞察には感心している。ただ、結論が違えば、過程もまた大きく外れるというだけだ。無理からぬことだがな」
「む……」
アベルの物言いに、セリーナが不満げに唇を曲げる。
だが言葉通り、彼女の洞察力には感心した。アベルの目的がこの反乱に勝利し、ヴォラキア帝国の皇帝の座を奪取することにあるとだけ考えれば、自然な発想だ。
『皇太子』を名乗る存在を擁立し、それに玉座を与えて実権を握る。可能なら、どこかで傀儡の皇帝も弑逆し、改めて自分で玉座を得ることもできるだろう。
だが――、
「疑らずとも、あれに玉座を与えるつもりはない。貴様の見立ては誤りだ」
「では、私の推察は全て外れたと?」
「全てではない。貴様の言う通り、『黒髪の皇太子』の存在を広めたのは、戦場で暴れているあれを見つけ出す目論見だった。ただ、比重が違う」
「比重?」
「あれを表舞台に引き出すことと、手元に置いておくこととの比重だ。後者はさして重要ではない。――どのみち、あれの甘さは他者の犠牲を容認できぬ」
首をひねり、理解の及ばない当惑を抱えているセリーナ。
しかし、一から十までアベルも彼女に説明する義務はない。ひとまず、彼女が欲している答え、戦後の懸念については解消してやったはずだ。
場合によってはセリーナは、ここでアベルの首を刎ね、それを持って水晶宮へ赴くことで、この反乱を終わらせることさえできたのだ。
その芽は摘んだ。いくらかの、アベルの内の溜飲を犠牲に。
「躊躇も容赦も打ち捨て、その甘さを最大限利用するがいい。それでこそ、貴様の本領というものであろう。――ナツキ・スバル」
セリーナが『皇太子』と呼び、今も西の戦場を荒らしているだろう人物。
唇に乗せた名前の主の姿は、アベルの記憶の中でもいちいち安定しない。素顔と女装、さらには幼児の姿と、記憶の中ですら慌ただしい手合いだ。
慌ただしく、放り込まれる状況の中で右往左往し、甘さと青さを剥き出しにしながら奔走するスバルの姿に、アベルは唇を歪める。強い、嫌悪で。
――否、それは憎悪と、そう言い換えた方が適切かもしれない激情だった。
「――何奴だ!」
その、鬼面の奥に負感情を隠したアベル、彼の言葉にセリーナが問いを続けようとしたところで、陣幕に動きがあった。
本陣を守っている数名の兵が武器を抜いて、強い警戒を剥き出しにしている。見れば、彼らが武器を向けるのは、陣の外に現れた細身の人物だ。
その人物は何も持たない両手を上げて、武器を向けてくる兵士たちの顔を見回しながらへらへらと笑い、
「いやー、こうまで歓迎されるだなんて思いませんでした。ぼかぁ、人気者ですねえ」
「ふざけるな! お前はいったい、どこからやってきた!」
「星に導かれて、なんていうと少し詩的が過ぎますかーね?」
とぼけた答えを返され、おちょくられていると思った兵たちの怒りが膨れ上がる。
しかし、その剣幕に対しても男の態度は変わらない。そうしたことで自分の態度を変えるようなものではないと、よく知っている手合いだった。
故に――、
「――武器を下ろすがいい。そのものに危険はない」
「で、ですが……」
「たとえ刃物を持たせたとて何もできぬ。言葉を弄することだけが取り柄の道化だ」
「あーれれ、ひどい言われようだなぁ。ぼかぁ、傷付きましたよ?」
警戒する兵士たちに声をかけ、武器を下ろさせる。が、その指示に文句ありと、助けられた優男が唇を尖らせ、そうアベルに抗議した。
すると、アベルに隣に並んだセリーナも、その相手に怪訝な目を向ける。
「何故、お前がここにいる? お前は『星詠み』の――」
「――ウビルク、ですよ。お見知りおきを、ドラクロイ上級伯。もっとも」
そう名乗った優男――ウビルクが、異様に整った顔つきで妖艶に微笑む。
帝都の、それも水晶宮にいるはずのウビルクは、区切った言葉の先を最大限もったいぶって、もったいぶって、もったいぶって、告げる。
「――『大災』のあとでも、あなたが生き残っていたらの話ですけーどね?」