第七章100 『頂点万化』
――『雲龍』メゾレイアの耄碌。
発覚したその驚くべき事実は、エミリアをとんでもなく大変な苦境へ追い込んでいた。
「ボルカニカのときはやっつけるんじゃなくて、『試験』を終わらせるのが目的だったから頑張れたけど……」
プレアデス監視塔の最上層、一層で遭遇した『神龍』ボルカニカとの一幕は、塔のてっぺんのさらにてっぺんにあった石碑に触ることで決着した。
エミリアとしては、いまだにあれがボルカニカの『試験』の決着として正しかったのか自信がないのだが、古の時代から生きる龍はエミリアに証として爪をくれた。
なので、ひとまず認めてはもらえたのだと納得している。
とはいえ、ボルカニカとの戦いだって基本的には防戦一方であり、やっつけるつもりがなかったこともあって、ちっとも戦いになっていなかった。
そしてその状況自体は、相手が『神龍』から『雲龍』に変わったとしても同じだ。
むしろ――、
「やっつける以外の方法がなくて、メゾレイアの方が途方に暮れちゃう――っ!」
言いながら、エミリアはその場で大きく飛び上がり、中空にある白い龍へ迫る。
長い髭を揺らし、白い双眸に何を映しているのか見せない龍は、その飛んでくる小さな存在に容赦なく腕を振るい、竜爪を叩きつけてくる。
無造作で、でも当たったら十分に命が弾け飛んでしまうような一撃だ。
龍の爪はそんじょそこらの刀剣よりもよっぽど切れ味鋭く、エミリアの体なんて簡単に真っ二つにしてしまう。
「兵隊さん!」
だがそれを、エミリアは空中でさらに跳躍することで回避する。
空中にいるエミリアの足場となったのは、飛び上がったエミリアと一緒に跳躍していた氷兵の一体であり、それが掲げた両腕を足場にエミリアは跳んだ。
当然、逃げ遅れる氷兵は龍の一撃の餌食になり、粉々に砕かれてしまうが。
「えい、やぁ!!」
その犠牲を胸に、エミリアの長い足がメゾレイアの顔面を蹴り飛ばす。
蹴りの放たれるエミリアの足には氷の装具が履かれ、尖った部分を大きくしてあるそれは刺々しく、暴悪な凶器だ。
足だから手は抜けないと、容赦と手加減なしの本気の蹴り――そのとんでもなく凶悪な一発が、無防備なメゾレイアの横っ面をしたたかに弾く。
しかし――、
「ちっとも効いてない!」
メゾレイアの巨体は、自分の顔を蹴られても小揺るぎもしていない。
ただし、鬱陶しくは思われたようだ。敵意が肌を刺激する感覚に、エミリアは大きく上体を振って空中で反転、突き込まれる龍の詰めの回避に別の氷兵の手を借りる。
砕かれた一体に遅れ、もっと高く跳んでいた氷兵が真上から両足を伸ばす。その氷の靴裏に自分の靴裏を合わせ、エミリアの体が地上に蹴落とされた。
氷の砕かれる音を鼓膜に拾いながら、エミリアは白い地面に手をついて着地し、頭上で悠然と浮かんでいる雲を纏った龍の威容を見上げる。
『――我、メゾレイア。我が愛し子の声に従い、天空よりの風とならん』
「もう……そればっかり……!」
自分の顔を蹴飛ばされ、二体の氷兵を爪で砕いておきながら、メゾレイアの発言も態度も最初に戦場に降りてきたときからちっとも変わってくれない。
「――――」
エミリアを敵だとはみなしているはずだ。
だからこそ、近付くエミリアに爪を振るい、翼をはためかせ、その視線の定まらない白い眼光を向けてきているのだろうから。
ただ、会話は成立しない。ボルカニカのときみたいな落とし所を探すのも大変だ。
その手掛かりになりそうなのは――、
「――マデリン! 話を聞いてってば!」
「うるさいっちゃ! 竜に気安く、話しかけるんじゃないっちゃぁ!!」
振り向いた先にいる頼みの綱は、伸ばしたエミリアの手を暴力で振り払う。
飛翼刃を失いながらも振り回される怪腕に、エミリアは銀髪を乱しながら飛びずさって回避。追い縋ってくる小柄な影――マデリン・エッシャルトは白い息を吐きながら、その金色の双眸を爛々と輝かせ、大地を踏み割り、破壊の腕を振りかざす。
すんでのところでそれを避けながら、エミリアは奥歯を噛みしめる。
ぐんぐんと気温を下げる作戦は、このマデリンとメゾレイアが暴れる戦場から他の人たちを遠ざける役目を果たしてくれたが、それ以上は難しい。
「ニンゲン、ニンゲン、ニンゲン……!!」
凶気に染まった目をしたマデリン、彼女の小さな体は白い湯気を纏っている。雲を纏ったメゾレイアとお揃いに感じるが、それとは違う。
マデリンの体温がとんでもなく高くなっていて、降りゆく雪は彼女に触った端から――違う、マデリンに触る前から溶けて消えている。
同じことはメゾレイアの周囲にも起こっていて、『パックの真似っ子』作戦は二人にはうまく通じていない。
だったら――、
「アイシクルライン――!」
戦場を切り分ける氷の壁はそのままに、エミリアは冷気の展開の方向性を変える。通用しない作戦は切り上げて力の温存、ではない。
範囲が広すぎて、マデリンとメゾレイアに思ったほど効果が与えられないなら。
「この冷たいのを全部、ぶつけてみる!」
正面、迫りくるマデリンの四方に見えない白線を引いて、エミリアは第二頂点の戦場全域に広げていた冷気を一極に集中させる。
寒い冷たいだけではない、本当の極寒がマデリンの小さな体を包み込み、雪を蒸気に変える竜人の体温を一気に氷点下まで引き下げた。
「――ぐッ!?」
さしものマデリンも、その予想外の極寒の結界には全身を凍て付かされる。
目を見開いたマデリンが白く染まるのを眼前に、エミリアはしかし半端な情けは捨て、彼女を一時的にでも氷漬けにすることに全力を注いだ。
「お願い……っ」
マデリンの凍結に力を向けながら、エミリアがそう祈ったのはメゾレイアの行動だ。
雲を纏った『雲龍』に参加され、乱戦に持ち込まれるとエミリアも攻撃を中断せざるを得ない。しかし、ちらと見えた視界の端、空に浮かんだメゾレイアは茫洋とした顔つきでいて、マデリンの窮地に割り込んでくる様子はない。
「へんてこ、だけど――」
この状況では、メゾレイアがじっとしてくれているのは助かる。
マデリンの声に呼ばれ、空からメゾレイアが姿を現したとき、エミリアは自分がもっとどうしようもない状況に追い込まれることを覚悟した。
だが蓋を開けてみれば、マデリンとメゾレイアの両者はちっとも協力し合わず、片方が攻撃するときは片方が休んで、休みが終わったらもう片方が休み始める繰り返しだ。
エミリアからすれば、一対一を交互に相手を変えながら続けている状況。
無論、それでもじわじわとエミリアの体力は削られていくし、一対一なら簡単にやり込められる相手なんて、マデリンのこともメゾレイアのことも思えない。
それでも――、
「おま、え……ッ」
「ごめんね、マデリン。もっとちゃんと、あなたとお話した方がいいと思う。でも、聞く耳を持ってくれないなら、今は大人しくしてもらうしかないの!」
「ぐ――ッ」
全身を激しく軋ませて、マデリンが瞳を燃やしながら鋭い牙を見せる。
でも、その体の内側、芯の芯まで冷やされてしまえば、それがとても頑丈で元気な竜人であっても、自由を奪われるのは避けられなかった。
「――――」
血も肉も、骨も皮も全部を白く凍えさせ、エミリアがマデリンを氷漬けにする。
ぐいっと伸ばされた手が、エミリアの胸元へ届く寸前の決着だ。両手をマデリンに向けたまま、エミリアは動かなくなった少女を見据え、長く息を吐く。
「危ない、ところだった……」
胸を撫で下ろしながら、エミリアは白く染まった少女に眉尻を下げる。
勝った負けたと、そのことで喜んだり悔しんだりする気持ちにはなれない。何よりも、まだこれで終わったわけではないのだ。
「メゾレイア! お話わからないかもしれないけど、戦うのはやめにして! 話すのがどうしてもできないなら、今日は帰って!」
マデリンがやられた途端、ものすごい怒り始める可能性も考えたが、メゾレイアの方に動きはなく、エミリアは少しだけホッとする。が、そのホッとしたのを表に出すわけにもいかず、エミリアはきりっとした顔でメゾレイアを睨んだ。
まだまだ自分には余力があるぞと、そういう風に振る舞ってみせているのだ。
ただ、本当のことを言うと、実はエミリアの余力はあまりなかった。
マデリンを氷漬けにするのに成功したものの、その氷漬けを維持するためにはマデリンを冷やし続けなくてはいけない。そこにも、力を使い続けなくてはいけないのだ。
なので、マデリンを止めつつ、メゾレイアと戦うのはとても難しい。
できればメゾレイアには、ここで引き返してもらえるのが一番大助かりだった。
だから――、
「もしもまだあなたが続ける気なら、私にも考えがあるんだから」
キリっとした目で睨んで、エミリアがメゾレイアにそう言い放った。――嘘だ。
とても自信満々にメゾレイアを睨んで言ってみたものの、何か考えがあるというのはエミリアの大ウソだった。そう言い張ったら、もしかしたらメゾレイアがエミリアを危ないと思って引き下がってくれるかもしれないと。
スバルやオットーを見習った、エミリアには珍しいハッタリだった。
『――我、メゾレイア。我が愛し子の声に従い、天空よりの風とならん』
それに対して、メゾレイアの口から低く太い声がそう答えを返してくる。
目の前のモノが見えているのかいないのか、捉えどころのないメゾレイアの態度にエミリアは挫けそうになるが、負けてなるものかと視線の厳しさは減らさなかった。
すると――、
『――我、メゾレイア。我が愛し子の声に』
「……あれ?」
『愛し子の、声に……声に、従い……』
何度も、何を言っても繰り返すばかりだったメゾレイアの言葉、それが半ばで中断したかと思えば、たどたどしく、その先が突然に続かなくなる。
それだけではない。悠然と、雪の降る空に鎮座していたメゾレイアが、どこか苦しげに顔をしかめて、大きな頭を左右に揺らし始めたのだ。
「急に、なに? 頭が痛いの?」
そのメゾレイアの変化を見て、エミリアは紫紺の瞳を丸くして驚く。
マデリンが氷漬けにされて、メゾレイアが怒って暴れ出すなら自然なことだ。それをされてはとても困るが、ああして変な反応をされるより受け入れやすい。
そんな不安を抱くエミリアの頭上、メゾレイアの動きが唐突に止まった。
『――――』
苦しげに頭を揺らした龍が、不意に静かな顔つきで眼下を見下ろす。その白い双眸、長い髭を蓄えた顔貌の眼差しに、エミリアは小さく「ぁ」と息を漏らした。
今、初めて、メゾレイアの双眸に『見られた』と、そう感じたからだ。
それはすなわち、メゾレイアの瞳に意思と知性が宿った証であり――、
「やっと話を――」
『言ったはずだぞ、ニンゲン』
「え?」
低い声で、空が唸りを上げたようなそれを響かせ、龍がエミリアに顔を向ける。その眼光に射抜かれ、しかし、エミリアはそれとは異なる衝撃に身を硬くした。
自分よりも強大なモノに見られた、そのことへの驚きではない。
その声に宿った激情が、つい先ほどまで向けられていたものと瓜二つ――違う、全く同じものだったからだ。
そう、身を硬くするエミリアの驚きを裏付けるように、龍は続けた。
『お前と話す言葉を、竜は持たないっちゃ』
「までり――」
信じられないものを見て、思わず動きの止まってしまうエミリア。
そのエミリアに向けて、龍は口を開ける。そのまま、ただ息を吐いた。――それが白い光となり、世界を染め上げるのは『雲龍』の真骨頂。
龍の力に確かな意思が宿った場合の恐ろしさ、それがエミリアへ容赦なく降り注いだ。
△▼△▼△▼△
西から戦場へ介入した戦団、その存在の影響は各所へ波及する。
無論、戦団の影響を最も大きく受けたのは、それまでないに等しかった被害を一挙に受け、崩壊寸前へ持ち込まれた第四頂点の守備隊だ。
しかし、直接的な影響ではないにせよ、プレアデス戦団の参戦前後の変化、それがもたらした影響をより大きく受けたのは、第三頂点だったと言える。
本来、帝都ルプガナの切り札の一枚である『魔晶砲』を空振りさせるため、第三頂点へ送り込まれた戦力は捨て石にされるはずだった。
アベルから作戦を聞かされ、自らも犠牲になるのを覚悟したズィクル。彼の画策で一部の戦力――『シュドラクの民』は魔晶砲の射線上を逃れていたが、それも第三頂点に生じるはずだった被害と比較すれば、微々たる差異でしかない。
いずれにせよ、第三頂点の戦力は前もって失われる見込みだった。
それが失われずに残った時点で、当初、叛徒の手痛い敗北まで計算に入れていたアベルの計算は前提が狂わされている。が、戦力が残った事実は悪いはずもない。計算違いを即座に修正し、アベルは本来の策と実状を掛け合わせた。
その結果――、
「――あれが、セリーナ・ドラクロイ上級伯の飛竜隊」
石塊の人形との乱戦の最中、軍刀を振るうズィクルが愛馬レイディの馬上で呟く。
その丸い瞳が向いているのは、白と赤に色を半分ほど奪われた蒼穹――地上と異なる戦場を飛び交い、互いの牙を向け合う翼同士の激突だ。
片方は『飛竜将』マデリン・エッシャルトの命令に従い、その凶暴な野性を剥き出しにして暴れ回る天然の飛竜の群れ。
そしてそれらと対抗するのが、翼を羽ばたかせる背に相棒を乗せ、凶暴性という刃を信頼の鞘に納めて飛空する飛竜と飛竜乗りの部隊。
数で圧倒的に勝るのは、人を乗せない野生の飛竜たちだが、どちらが空中戦でより実力を発揮しているかといえば、それは明白に飛竜乗りたちの方だ。
野良の飛竜はその溢れ出る野性に身を任せ、暴力的に爪や牙を振るうが、飛竜乗りたちの対処はそれと比べて鮮やかで洗練されている。空中であることを感じさせない器用な動きで牙を躱し、飛竜乗りが武器で次々と野良飛竜の翼を穿ち、落としていく。
「こうも違うものか……」
帝国の二将であり、飛竜乗りの『将』にも知己のいるズィクルだけに、どちらかといえば彼の常識から外れているのは、マデリンの率いる野生の飛竜の群れの方だ。
それでも、数の暴力は如何ともし難く、城郭都市でその物量に完全にやり込められたことが深く心に棘を刺していた。その認識が、再び覆される。
良くも悪くも、伝統的な帝国の『飛竜繰り』、その実力の確かさを目の当たりにして。
「閣下の策が功を奏したなら、私も続かなくてはならない」
アベルが手札を切り、ドラクロイ上級伯の飛竜隊が投入され、空を支配する飛竜の群れの制空力が弱まると、ズィクルにも周りを見る余裕が確保される。
士気のために先頭から突っ込んだが、いざ乱戦となれば個人の戦力としてのズィクルは決して有能とは言えない。適時陣形の指示を飛ばし、敵の懐へより進む。
いまだその脅威の全く衰えない、城壁と同化したモグロ・ハガネ一将の懐へと。
「ベアトリス嬢はご無事ならばよいが……」
そうして、軍刀を掲げるズィクルの思考の一部を占領するのが、あの淡い発色の髪を豪奢に巻いたドレスの少女――おそらく、命の恩人だろうベアトリスだ。
あの『魔晶砲』が放たれた瞬間、死を覚悟したズィクルの視界には、押し寄せる光の前に身を投げ出し、それをどうにかしてしまった少女の姿が見えていた。
元々小さいベアトリスが、さらに高い空の上となれば小石のような大きさに見えた。それでもズィクルは、紛れもなくあれがベアトリスだと確信している。
一度、この眼で捉えた女性を見間違えることはない。ズィクルの特殊能力だ。
故に、ズィクルは言い切れる。魔晶砲の一撃を何とかしたのはベアトリスだと。
問題は、あれが何の代償もなく行える所業ではなかったろうと、それも確信できてしまうこと。
「どうか、御無事であれ――!!」
本心では、窮地を書き換えたベアトリスこそ最大の殊勲賞だと声高に発し、なんとしても彼女の身柄を無事に確保しなくてはならないと訴えたい。
だが、戦いの最中、死すべきときに死ぬことを免れてしまったズィクルには、『将』として果たさなくてはならない役割がある。
だから、ズィクルにできることは祈ることだけだった。
――自分の残り少ない幸福が、全てあの少女の下へと降り注ぎますようにと。
一方、前線で功労者の無事を祈るズィクルと同じように、あの『魔晶砲』が不自然に掻き消えた瞬間、それを誰が成し遂げたのかタリッタは目撃していた。
「下がるよう言わレ、戦場を見渡せていたのが幸いしましたガ……」
大打撃を受け、何とか立て直した叛徒たち。それらを引き連れて突撃を仕掛けようとしたズィクルは、『シュドラクの民』には後方からの援護を命じた。
総攻撃にシュドラクを交えない判断、そこには当然ながらミゼルダは不満を訴えたが、ズィクルなら考えあっての指示だろうとタリッタは受け入れた。
それがまさか――、
「まさカ、私たちだけでも助けようとはナ。シュドラクも侮られたものダ」
「姉上……」
起きた出来事を振り返れば、そう声に怒りを交えたミゼルダの見方は正しい。
帝都の水晶宮は、元々はアベルが暮らしていた城だ。それが備える『魔晶砲』をアベルが知らなかったとは考えにくいし、不自然なズィクルの指示にも納得がいく。
おそらく、シュドラクを下がらせたのはズィクルの独断だろう。
捨て石になる覚悟を決めたズィクルと、その道連れから遠ざけられたシュドラク――侮られたと、ミゼルダはそう言ったが、それも正しくはあるまい。
ズィクルなりの、思いやったが故の決断だったのだ。
ただし――、
「――私モ、姉上と同じ気持ちでス。ズィクルの気遣いは嬉しくありませン」
好戦的なミゼルダと、同じ結論をタリッタもまた導き出した。
『女好き』と呼ばれ、女性に一定以上の敬意を払うズィクルの姿勢は知っているし、その在り方をどうこう言う権利はタリッタたちにはない。
しかし、『シュドラクの民』としての在り方、それをどうこう言われる義務も、タリッタたちにはなかった。
だから、タリッタは力強く弓を握りしめると、
「その文句は直接、ズィクルに伝えるとしましょウ」
「フ、いい答えダ。あのまマ、ズィクルやジャマルにいいところを奪われるのは癪だからナ。――聞いたナ、同胞ヨ!!」
義足を器用に大地に突き立て、大鉈を掲げたミゼルダが仲間たちへ声をかける。
居並んだシュドラクの全員が、ミゼルダの言葉に、タリッタの気構えに、自分たちも同じ心情だと目つきで、顔つきで、声音で、応える。
そうして意気軒昂に、モグロ・ハガネの守護する第三頂点の攻防最前線へ、シュドラクの一団も乗り込もうとしたところへ――、
「――どうやら、やる気は十分の一団のようね」
と、そこへ冷たく渇いた声がして、タリッタとミゼルダは振り返る。
とっさにタリッタは弓に矢をつがえ、タリッタも身を低くして構える。そのぐらい相手の出現は唐突で、『シュドラクの民』をして警戒を高めさせる手合い。
しかし、そのタリッタたちの警戒は、現れた相手の姿を見て、すぐに氷解する。
ゆっくりと草を踏み、シュドラクの一団の後ろからやってくるのは、桃色の髪を風に揺らした少女――それも、知った顔の少女だったのだ。
――否、それも正確ではない。何故なら、タリッタたちの知っているその顔の持ち主と、現れた少女とは別人であるのだから。
「――? なんだか、不可思議な目を向けてくるわね。どこからきたのか不思議? それなら、飛竜から飛び降りてきただけよ」
「イ、いいエ、私たちが驚いているのハ、そのこととは違いまス」
「だったら、なんだと言うの?」
「――お前の顔ガ、私たちの知る娘と瓜二つだからダ」
向けられるシュドラクの視線に、桃髪の少女が小首を傾げた。その少女の疑問にミゼルダがそう答えると、彼女は薄紅の瞳を軽く見張った。
それから、「そう」と短く息をつくと、
「その、同じ顔をした子とはうまくやれていたの?」
「少なくとモ、私たちは気に入っていタ」
薄紅の瞳の問いかけに、ミゼルダが厳かに頷いて答える。
私たち、と一同を代表した発言だったが、タリッタもそこに異論はない。そして、目の前の少女の素性にも、シュドラクの全員が心当たりがあった。
言っていたのだ。ナツキ・スバルが。――彼女には、双子の姉がいるのだと。
その、タリッタたちの知る少女と同じ顔の、彼女の双子の姉は「そう」ともう一度、同じように呟いたあと、
「だったら、ラムとあなたたちとはうまくやれるでしょうね」
言いながら、進み出る彼女――ラムのために道が開けられ、当然のようにやってくる少女がタリッタとミゼルダの前に立つ。
その薄紅の瞳に見つめられ、タリッタは頷いた。
「えエ、そうありたいと思いまス。状況ハ?」
「おおよそわかっているわ。今ここに、腰の引けた女がいないってこともね」
ぐるりとシュドラクの顔ぶれを見渡して、ラムが静かに言い放つ。
前方で起こっている第三頂点の攻防戦、そこから離れた位置に置かれた『シュドラクの民』が、どうしてそうしているのか彼女は看破していた。
看破した上で、そういう思いやりがあることを承知の上で、彼女は言う。
「男はやれ、『君の身が心配だーぁよ』だの『下がっていてくれたまーぇ』だのと言うけれど、教えてやりましょう。――余計なお世話よ、と」
「同感でス」
言い放ち、杖を握ったラムの傍らで、タリッタも重ねて深々と頷く。
思いやりも配慮も気遣いも、戦場にいるシュドラクにとってはありがた迷惑だ。省いた自分たちの在り様を、むしろ教えてやらなくてはならない。
何やら実感のこもったラムが前を向くと、タリッタも同じ方向に向き直る。すると、ちょうどラムを挟んで反対に並んだミゼルダが、野性味のある笑みを浮かべた。
そして――、
「会うのは初めてだガ、確信しタ。――お前もレムと同じデ、戦士ダ」
△▼△▼△▼△
ずしんと、芯まで響くような衝撃があって、重石を内臓に引っかけられる。
そんな常外の感覚が、一度二度、三度四度と続けられ、枷が増えていくようだった。
手枷が、足枷が、動きを阻害するものが次々と降りかかってくる感覚、それを暴力的な衝動に任せて振り払い、踏み越えようとする。
しかし――、
「やり口が素直すぎるわな。カフマの奴はそれでどうとでもなったじゃろけど、ワシは真っ向から相手の土台に付き合ったりせんのじゃぜ」
「か」
伸ばした五指の先、地面に沈む老人の顔が嘲弄を残して消える。
目を見張った直後、背後の気配を覚えて豪快に裏拳をぶち込む。凄まじい手応えが相手の背骨を粉砕したが、跳ね返る感触が老人とは別物だと伝えてくる。
見れば、それは老人が沈んだ地面から投げ出した、戦場にあった死体の一体。まんまと罠にかけられたと気付いたときにはもう遅い。
「ほれ、またぞろ引っかかりよる」
裏拳に反転した体、その肩が後ろから叩かれる。すなわち、怪老――オルバルトは潜った地下から移動せず、その場に跳び上がっただけだ。
身軽に肩に触れる小柄な老人は、その歯並びのいい歯を見せつけて後ろへ逃れる。
触られただけ。殴られても斬られてもいない。ただ遊んだ? 侮られた? ――否、何の意味もないことなどオルバルトはしない。必ず意味が、意味が意味が意味が――。
「――づぁッ!?」
思考が白熱した瞬間、それを上回る熱が触れられた右肩に発生した。
見れば、触られた肩にオルバルトの手形が赤くべったりと浮かび上がっている。じくじくと血を滲ませ、煙を噴きながら手形が皮を、肉を、骨を焼こうとする。
毒だと、そう判断した直後に迷わない。
ガーフィールは大きく口を開けると、その赤い手形の刻まれた肩にかぶりつき、自らを蝕む毒を肩の肉ごと噛み千切り、引き剥がす。毒に侵された自分の血肉の味は最悪で、牙を掠められた骨が猛烈な痛みを発した。
しかし、その痛みも一瞬のこと。深々と抉られた肩の傷が血の蒸気を噴いて、凄まじい勢いで盛り上がる肉が傷の修復を――。
「最善手じゃが、無茶しやがるもんじゃぜ」
大きく息を吐くガーフィールの鼻面が、真正面からオルバルトの蹴りに直撃される。
矮躯の老人とは思えない脚力に首を跳ね上げられ、鼻をへし折られたガーフィールが大きくのけ反り、吹き飛ばされた。そのまま荒れた大地をもんどりうって転がり、全身を投げ出した大の字になってひっくり返る。
頑健なガーフィールの首でなければ、頭が千切れて飛んでいきかねない蹴りだった。
だが、頭と胴は繋がっている。ゆっくりと持ち上げた手を折られた鼻に添えて、一呼吸で元の位置へ。硬い音が響いて、鼻血の通りがよくなる。
「……ったく、殺しづれえってのはそれだけで武器よな。心情的な意味じゃなく、身体的の意味の話じゃがよ。厄介すぎるんじゃぜ、お前さん」
その痛々しい姿を眺めながら、オルバルトが呆れた風に嘆息する。
ひらひらと左手を振るオルバルト、この怪老がガーフィールに対して容赦のない攻撃を加えるのは、これで何度目になるだろうか。
少なくとも、片腕を失った怪老の手の指では足りない回数だ。
「――るッせェぞ、爺さん。まだッだ」
肩口から強い血の蒸気を噴きながら、ゆっくりとガーフィールが起き上がる。
剥き出しの上半身には無数の傷が刻まれ、カフマ・イルルクスとの激闘の余韻も冷めやらないまま帝国の最強格とぶつかり合い、しかし闘志に陰りはない。
帝国の流儀に照らし合わせても、多くの将兵が見事と天晴れと認める勇ましさだが、生憎と相対する怪老は、そうした戦士の価値観とどこまでも無縁。
どこまでも称賛とは無縁の目つきで、オルバルトは肩をすくめる。
「あんまし、お前さんにだけ構ってられんのよな。どうも、ワシが抜けってきた壁の方がキナ臭ぇのよ。面倒な連中が出てきたっぽくて、戻らんとヤバそうなんじゃぜ」
「面倒な連中だァ……?」
「耳澄ましてみりゃ聞こえんじゃろ。まさかジジイのワシより耳遠いとかなくね?」
耳に手を当てるオルバルトに言われ、ガーフィールは視野が狭くなっていた己を自覚。癪だが耳を澄ませると、オルバルトの言ったものの正体がわかる。
確かに、大勢の、それも常軌を逸した力を秘めた大勢の足踏みが大地を揺らし、この戦場の空気を塗り替えようとするのが鼓膜にも、足裏にも伝わって。
「いや、本気かよ。ワシの前で無防備晒すのは勇敢すぎじゃろ」
刹那、オルバルトがその隙に投じた炸薬が、ガーフィールの頭の左右で爆発する。
轟音と赤い光が灼熱を伴って広がり、人間を容易く塵にするだろう威力が発揮され、爆炎の中にガーフィールの姿が消える。
「これでちったぁ――」
と、燃ゆる炎にオルバルトが目を凝らした直後だ。
「が、ああぁぁぁァ――ッ!!」
爆炎に呑まれた瞬間、ガーフィールはその炎を目くらましに吶喊する。
隙を見せれば、オルバルトが動いてくるのは想像がついた。何を仕掛けてくるかまではわからなかったが、賭けには勝った。
自分の攻撃を目くらましにされたオルバルトへ、ガーフィールの両腕が迫り――、
「若ぇなぁ、若造」
伸ばした両腕がひしゃげて、目を剥くガーフィールの顎が真下から蹴り上げられる。その跳ね上がった顔を、跳んだオルバルトの足が踏む。
上を向いたガーフィールの顔に片足で立ったオルバルト、その姿勢のまま怪老はこちらをおちょくるように遠くを眺め、
「カフマが引っ込ませた兵が出てくりゃ、ここを守るには十分じゃろ。……お前さんさえいなきゃ誰も抜けやせんじゃろうしよ」
それは、オルバルトがこの戦闘を続けるつもりをなくした意思表明だ。
目を血走らせ、ガーフィールが肘のところで折られた両腕を振り上げ、顔の上に乗ったオルバルトの矮躯を押し潰そうとする。が、すんでのところで跳んだオルバルトに両腕を避けられ、反転する怪老のたなびく右の袖が閃く。
「さすがのお前さんも、首が飛んだら死んじまうじゃろ?」
冷たい死の宣告、それが白刃となって迫る感覚に背筋を撫でられ、ガーフィールは首の筋肉に力を込めると共に、その場から飛びのこうと――、
「――胸だ」
刹那、聞こえた声に導かれるままに、無我で拳を拳を胸の前で合わせた。
「ぬ」と、しゃがれ声が微かに呻くのと、鋼が砕かれる破壊音が連鎖する。
胸の前で合わせた拳、それが砕いたのは突き出された刃――ガーフィールの正面、心臓を貫かんと繰り出されたオルバルトの一突き、なくした右腕の代わりの隠し刃だった。
その刃の先端を浅く胸に埋めたまま、ガーフィールの体が後ろへ下がる。
あとわずかにでも反応が遅かったら、ガーフィールの心臓がくり抜かれ、間違いなく命を奪われていただろう。どれほどの回復力があろうと、心臓を奪われては助からない。
助言に従わず、首への警戒を続けていたら、死んでいた。
それがわかっていても――、
「……クソったれ」
「おや、悪態とは心外だーぁね。せめて、感謝の言葉が聞けると思っていたが」
舌打ちするガーフィール、その背中が背後に立っている誰かに支えられた。
いっそ、と体重をかけてやると、支える相手の手から苦笑の気配が伝わってくる。それもますます忌々しく、ガーフィールは鼻面に皺を寄せた。
およそ、人を嫌うことが得意ではないガーフィールだが、目の前のオルバルトは嫌いな部類の人間だ。だが、一番嫌いなのは間違いなく、この後ろの相手だった。
前後を嫌いな人間に挟まれる、ガーフィール的に最悪の事態。
「あの爺さんをぶっちめッたら、次ァてめェだ……」
「それはいよいよ八つ当たりも極まったものだね。だが、ここにきたのが私で幸運だったと思うよ? まさか、今の姿をラムに見られたくはないだろう?」
「がお……ッ」
痛いところを突かれ、ガーフィールの喉が弱々しく呻いた。
そのガーフィールの反応に後ろの相手が失笑する。そうしてやり取りするガーフィールたちに、隠し刃を砕かれたオルバルトが少し離れた位置から、
「一応、そこの地面の線からこっちきたら命はねえって言ってあるんじゃが?」
「それは失礼、ご老人。その指摘に関しては聞けていなくてね。なにせ、空からきた」
「空から、の」
ちらと視線を空に向けて、オルバルトが片目をつむる。
その無気力に見える姿すらも、この怪老が相手を手玉に取るための手練手管の一環に過ぎない。迂闊に飛び出しかける己を制しながら、ガーフィールは息を吐く。
胸に刺さった刃の先端を抜いて、その傷を埋めながら、
「てめェがいるってこたァ……」
「ラムは別の戦場だ。下がるよう言っても聞き分けてくれなくてね」
「……当然だろォが。てめェ、わざわざ出てッきたってことは」
「無論、多少は役立つつもりだとも。幸いというべきか」
そう言いながら、後ろではなく隣に並んで、厄介な『悪辣翁』をガーフィール共々見据えるのは、見慣れた化粧を施した顔ではなく、見慣れない素顔を晒した男――ロズワール・L・メイザースが、その素性を隠したままに片目を、青い目を残してつむり、
「――私も以前、シノビと殺し合ったことがあるからね」
と、敵に負けないぐらい悪辣に笑みを深め、言い放ったのだった。
△▼△▼△▼△
――力に意思が宿った光が放たれる瞬間、エミリアは自分の『死』を幻視した。
負けん気が強く、如何なる状況でも希望を失ってはいけない。
そんな気構えでお腹に力を入れているエミリアにとって、それは衝撃的なことだった。
「――ぁ」
とっさに動かなくてはいけないと、頭の中で小さいエミリアが叫んでいる。
でも、右へ左へ、どちらへ動けばいいのか体が反応してくれない。いつもなら、何も考えないで動いているのに、それができない。
その理由は、右にも左にも、そして前にも後ろにも逃げ場がないと、頭とは違う、心の方がとっさに感じ取ってしまったからだ。
「アイシクルライン」
だから、エミリアは逃げるのではなく、防ぐ――違う、受け流す方を選んだ。
自分の前面に分厚い氷の壁を作り出して、斜めに傾けたその上を光を滑らせる。それができるかできないかではなく、できなくちゃのつもりで。
グァラルの空から龍の息吹が放たれたときも、エミリアはとっさに同じ防御を選んだ。ただし、あのときはプリシラがいてくれて、エミリアがちょっとでも弱くした光を、持っている赤い宝剣で切り払ってくれたからどうにかなった。
今回はプリシラがいない。エミリア一人だ。
おんなじことができるかわからない。でも、おんなじことをしなくては。
「私も、後ろの人たちも――」
放たれる光が、エミリアだけを吹き飛ばす威力では到底ないのは一目でわかる。
先ほど、遠くで同じような光が放たれていたが、あれと似たようなものだ。きっと光は戦場を薙ぎ払って、何もかもを台無しにしてしまう。
だから――、
「――頑張って、私」
踏ん張り、体の前に氷の壁を生み出して、その手に氷剣をぎゅっと握りしめる。
氷の剣を作り出したのは、プリシラが宝剣で息吹を切り払っていたからだ。この氷剣にあの宝剣と同じ力はないが、ゲン担ぎだった。
その、エミリアの全部を込めた踏ん張りが――、
『消えるっちゃ、ニンゲン――』
息吹が放たれ、白い光が降り注ぎ、エミリアへとそれが迫る。
その声がメゾレイアの喉から発されたことや、向けられる瞳に宿った怒気の正体、それらも全部、この瞬間は忘れる。忘れて、身構えた。
そして、息吹が氷の壁を消滅させ、エミリアすら呑み込む瞬間――、
「――え?」
光に氷剣を合わせようとして、エミリアは目を丸くした。
放たれた光、それがエミリアを捉える――よりも、ほんのわずかに横に逸れたのだ。それでも莫大な衝撃波が生まれ、エミリアの銀髪と衣服が引き千切られそうになる。
それに踏ん張って耐えながら、エミリアは何が起きたのかメゾレイアを見た。
息吹を放ったメゾレイアが、その頭を斜め上に向けている。
直前で思いとどまってくれた、わけではない。強制的に首の向きを変えられたのだ。――その、顔面を横から打ち据えた凶器、飛翼刃の衝撃によって。
「あれって、私が向こうに投げちゃったはずの……」
マデリンの愛用の武器であり、エミリアが投げ返そうとして、うっかりはるか彼方に投げ飛ばしてしまった飛翼刃だ。
それがメゾレイアの顔面にぶち当たっている。まさか、とエミリアは目を見開く。
「もしかして、私が投げたのが今になって戻ってきた?」
「ははははは! それはすごく夢があって素晴らしい想像ですね! でも残念ながら違います! 向こうに刺さってたので僕が蹴飛ばしてやっただけですよ!」
「きゃあ!?」
奇跡的な偶然を想像したエミリアが、その調子のいい相手の声に大いに驚く。
慌ててエミリアが振り向くと、声の主はすぐ傍らにしゃがみ込み、しげしげとエミリアの手の中にある氷剣、それを眺めていた。
「これ、なかなか美麗な出来で素晴らしいですね。僕もどうせ持ち歩くなら相応しい名剣をと思っているんですが見た目だけなら候補に並べたいくらいですよ」
「ええと、ありがとう?」
「いえいえそれを言うなら僕の方こそありがとうと言わせてください」
こんな状況で褒められると思わず、反射的にお礼を言ってしまったエミリアに、その声の主――青い髪を後ろで結んだ少年が朗らかに笑う。
彼は曲げていた膝を伸ばしてその場に立ち上がると、
「青い空を分かつ白と赤の光! どちらへ向かうべきか悩みつつも駆け付けてみれば待ち受けるのは大きな龍と美しい女性! さすがは僕! 引きが強すぎると思いませんか!」
「ええと?」
「強すぎると思いませんか!」
キラキラした目で重ねて言われ、エミリアは答えなくてはいけない気持ちにさせられ、「すごーく強いと思う」と返事をする。
そのエミリアの答えに、少年は満足そうににっかり笑みを深めて、
「でしょう!」
と、エミリアの隣から一歩前に、『雲龍』の視界へと進み出た。
それを危ないと引き止めようとして、エミリアはその言葉を躊躇う。圧迫感だ。しかしそれは巨大な龍からもたらされたものではなく、目の前の小さな背中から。
その、場違いに朗らかな少年からもたらされたもので――、
「巡ってきました大舞台! さあさ皆様御覧じろ! 『青き雷光』セシルス・セグムントの晴れ舞台、瞬き厳禁見逃せば、一生モノの後悔ですよ――!!」
超越者たる龍を前にも一歩も引かず、少年――セシルス・セグムントは威風堂々とやかましく、そう宣言したのであった。