第七章67 『奥歯の裏側』
最初、スバルの注文を聞いたとき、ヌル爺さんは歯の欠けた口を盛大に歪めた。
聞いた話だと、ヌル爺さんは島の癒者――いわゆる、医者の真似事をしているが、ここにくるまでは他人の手当てなんてしたことがなかったという。
島の管理者、総督がグスタフに代わる前からヌル爺さんはここにいて、もっと過酷で死にやすかった時代に、たまたま癒者の役割を得ることができたと。
始まりは、腕をなくした剣奴の傷口に汚い布を当ててやっただけ。
それを切っ掛けに手当てといえばと駆り出されることが増え、やがて剣奴として剣闘場に立たなくていいから、治癒室の癒者として働けと命じられたらしい。
それから長い時間を癒者として過ごして、立場に見合った修羅場をいくつも越えた。
おかげで傷の縫合や簡単な薬の調合ぐらいならできるようになり、癒者として死ぬまで安泰だろうと、黄色い歯を見せて笑ってくれたものだ。
そんなヌル爺さんの顔を盛大に歪めて、申し訳ないとスバルも思った。
でも、この島でスバルのやりたいこと、やってのけなきゃならないことを実現しようとするなら、それはどうしても欠かせないものだった。
だから、人を救う立派な仕事をしているヌル爺さんに、スバルは頼んだ。
「――噛むか舐めるかしただけで、人が即死する毒とか用意できる?」
△▼△▼△▼△
ヌル爺さんには悪いことをした。
でも、必要なことだった。戦いの最中に気絶して、半端な状態で生き残ってしまう方がスバルにとっては大問題――仕切り直しの手段は、あって然るべきだと。
そして、その手段を手に入れてさえしまえば、スバルは完全無欠だった。
「まぁ、もうちょっと足が長い方が助かるけど」
なんて愚痴は、戦いの中で大股一歩が足りない局面に出くわすからの感想だ。
もちろん、その一歩は次の機会に二歩速く飛び出すことで強引に解決する。トライ&エラーを繰り返して最善手を探り、望んだ未来をこの手に掴む。
だから――、
「――そこまでだ! よくぞ、『スパルカ』を生き延びた!! 本職の権限を以て、諸君を剣奴孤島の一員として受け入れよう!」
響き渡る低い号令が、剣闘場で繰り広げられた熾烈な戦いの終わりを称賛する。
剣闘場の真ん中には仰向けになって、その胴体に大小二本の剣を突き刺された剣闘獣の死体が転がっていた。両腕の翼と長い尻尾を斬られ、痛々しい姿だ。
でも、あの翼の移動と、鋭い尻尾での攻撃が本当の本当に厄介だった。
本体にダメージを入れるためにも、その二つの攻略は絶対に必要だったので、不必要に痛めつけたわけじゃないことは言っておきたい。
それと――、
「グスタフさん、マジかよ」
肩で大きく息をしながら、スバルは主賓席に立つグスタフの姿を見上げる。
たくましい四本の腕を組んで、『スパルカ』の決着を見届けた島の支配者。融通が利かない堅物なんて印象だったが、まさか決着の宣告も一言一句同じとは。
今回とスバルたちのときがたまたま偶然とは考えにくいから、たぶん、グスタフの掛け声は毎回同じなんだろうと思わされた。
それはともかく――、
「や、った……やった、やった! 生き延びた! 生き延びたぞぉぉ!!」
「僕たち、生きてる……! あ、うわあああん!」
「ぐひっ、ひん……っ」
「……信じられん。もう、この世の終わりかと……」
「もしかして、死んでオド・ラグナの彼方なんじゃ……?」
剣闘獣の死体の周りには、呆然としながらそれぞれの方法で勝利を喜ぶ五人がいる。
オーソン、ヒッツ、ナドレイ、クオンソン、コドリーたちだ。全員蜥蜴人だが、同じ種族は一人もおらず、全員の個性の把握と、その連携が勝利の方程式だった。
ヴァイツたちのときと同じで、誰か一人欠けていても勝利は得られなかった。――もちろん、スバルがいなければ絶対に無理だったが。
「だけど、勝ったぞ……!」
ビシッと、そう言いながらスバルは主賓席のグスタフに指を突き付けた。
その挑発的なスバルの姿勢に、グスタフはその厳つい顔を動かさないで、ただ目だけを細める反応をした。
そのまま何も言わないで、グスタフは背中を向け、主賓席を下りて島内に戻る。
死体の片付けや、生き残った剣奴の対応は部下である看守任せだ。
「シュバルツ!」
「お」
立ち去るグスタフを見送ったスバルを、駆け寄ってくる誰かが呼んだ。それは観客席から飛び降りて、こちらへ走ってくるヒアインだった。
彼は全身の鱗を逆立てた様子で、水かきの大きい指でスバルの肩を掴むと、
「何考えてやがった!? いや、そもそもどうして『スパルカ』に……」
「懲罰だよ、懲罰」
「懲罰、だぁ?」
「そう。他の剣奴の人に聞いたんだ。グスタフさんとか看守……島の管理側に逆らうと、最初は警告、以降は懲罰。悪質な違反者は呪詛の餌食」
複数の剣奴に話を聞いて、これについてはちゃんと裏取りを行った。
グスタフの、できるだけ無駄に剣奴の数を減らしたくないという考えはみんな知っているようで、敷かれているルールの認識は共通していた。
懲罰――すなわち、無関係な『合』の実施する『スパルカ』への強制参加だ。
「『スパルカ』っていうのは、あくまで新しく剣奴になる人の通過儀礼で、一回剣奴になれた人たちは参加しない。自分の『合』があるし、やる理由もないもんな」
その上、『スパルカ』のために組まされる『合』とは、そのときに剣奴孤島へ入ったメンバーで無作為に決定される。つまり、相性の良し悪しも好き好きも選べない。
何ができるのか、得意なのか、素性もよくわからない相手と組まされ、その相手と連携して剣闘獣を突破しなくてはクリアできない、そんな荒行だ。
やるメリットはないのに、死ぬ可能性が高すぎる危険な死合い。
剣奴たちは口を揃えて、『スパルカ』こそが剣奴孤島で一番厳しい死合いだと言った。
「まぁ、今はセッシーのせいで、セッシーとやらされる死合いが最悪って認識になってるみたいだけど」
「――。てめえが、『スパルカ』に混ざった理由はわかった。けど」
「けど?」
「そもそも! てめえ、なんで懲罰なんか受けた!? あの、上で話したあとで、すぐに『スパルカ』に混ぜられるなんて、おかしいだろうが! まるで……」
そこで荒げた言葉を区切り、ヒアインが視線を泳がせた。
その先の言葉を口にするのを躊躇っている雰囲気に、スバルは小さな肩をすくめる。ヒアインの言いたいことは何となくわかる。
「まるで、オーソンたちを助けようとしたみたいだった?」
「――ッ」
「間違ってないよ。俺がいなかったら、みんな殺されてただろうし」
実際、スバルがいても戦況はひどい有様だった。
ヒアイン以上に戦いに向いていない彼らと一丸となるには、蜥蜴人でまとまっている彼らの仲間になることから始めなくてはならなかったから。
それはわりと、カオスフレームを見た記憶が役立ったのだが。
「みんなで、カオスフレームを目指してたんだって?」
「な……」
「そういう話、ちゃんとした方がいいよ。せっかく、再会できたんだから」
言いながら、スバルは肩に乗ったヒアインの手に手を重ねた。
瞳孔の細い目を見開いて、ヒアインがスバルの黒瞳をじっと見つめてくる。それを見つめ返して、スバルは顎をしゃくって、五人の方を示した。
生き延びた喜びに浸っていた五人も、徐々に周りを見る余裕を取り戻していて、彼らのうちの一人、コドリーがヒアインの存在に気付く。
そして――、
「ヒアイン! ヒアインだ! 生きて……生きてた!」
パッと、嬉しそうな顔をしたコドリーの声が上がって、他の四人もヒアインを見る。彼らは口々に、ヒアインの存在を喜び、ポジティブな反応をしていた。
それを見て、ヒアインの顔がくしゃくしゃに歪むのを見て、
「俺が命懸けで作ったチャンスなんだぜ。しっかり味わえよ、兄弟」
猫背に曲がった背中を叩いて、スバルはヒアインを仲間たちの方へと送り出す。
ヒアインは何度か躊躇いながらも、たどたどしい足取りで前に進み――、
「し、シュバルツ!」
「うん?」
「……ありがとよ」
それだけ言って、ヒアインが待っている五人の下へと歩み寄っていった。
オーソンたちにヒアインへの敵意も、悪意もない。だって、五人が捕まって剣奴孤島へ連れてこられた理由も、すでにスバルは知っているのだ。
ちゃんと話し合えれば、彼らが仲違いする理由がないことも。
「……シュバルツ様?」
「おわっ!」
そのヒアインと仲間の再会を眺めていたら、後ろからの声に驚かされる。
飛び跳ねたスバルは驚きのあまり咳込んで、
「あ、危ねぇ……死ぬとこだった……! ビックリさせるなよ!」
「それはこちらの台詞です! 何をいきなり……死にたいのですか!?」
「死にたくないよ!?」
口元に手を当てて振り返るスバルを、すごい剣幕で叱りつけるのはタンザだ。
幼い少女の猛烈な抗議に、スバルは気圧されながらも首を横に振る。でも、その言い訳にタンザはちっとも納得していない顔だった。
「いきなりの『スパルカ』への参加、私は大層驚かされました。それも、自分からグスタフ総督に食って掛かった結果なんて、命がいらないとしか思えません」
「だから、命がいらないなんて誤解だよ。俺より、命の尊さを知ってる奴はそういないと思うぜ? そのために、ヒアインの仲間も助けたんじゃないか」
「ご自分の、命のお話です。……結果的に、救えたからよかったものの、私の目から見ても危ない局面は何度もありました。これは、ただの奇跡です」
「奇跡、か」
声の調子を落として、タンザが現実的な目線でスバルの無謀を窘めた。
彼女の言う通り、見ていてハラハラする場面がいくつもあったのは本当だろう。奇跡と言いたくなるタンザの気持ちもわかる。――でも、そうじゃない。
「奇跡は神様からもらうもんだけど、これは俺が掴んだもんだ」
だから、これは奇跡なんかじゃない。
ナツキ・スバルが、クソったれな運命を足蹴にしてやった証なのだ。
「……ただ、ヒアイン様のお仲間をお助けするためにこんな無謀を? それとも、セグムント様との売り言葉に買い言葉の意趣返しですか?」
「いや、セッシーに腹立ったのはホントだけど、それに命懸けになってたら俺がヤバすぎるでしょ……ヒアインの仲間を助けたのも、ちゃんと目的はあるよ」
「――――」
「すごい疑わしい目!」
スバルの説明の説得力の落ち方がすごい。
現行犯を見るようなタンザの信頼のない眼差しに肩を落として、スバルは「本当なんだって……」と力なく呟いた。
その情けない様子に、タンザは小さく吐息をこぼし、
「では、シュバルツ様の目的というのは?」
「それは……」
気を取り直してくれたタンザの質問に、スバルはもう一度後ろを振り向いた。
そこで話しているヒアインと、五人の仲間たち。ヒアインの声が微妙に上擦っているのがこっちにも聞こえてきていた。
だから――、
「もう少し、待ってから話そうぜ」
「……シュバルツ様?」
「すごい疑わしい目!」
そんな信頼のない自分に呆れつつも、スバルはこっそりと口の中に指を突っ込む。そして、奥歯に引っかけてある包みの位置を改めて確かめておく。
「――――」
そこにあるのは、スバルがヌル爺さんに調合を頼んだ最後の手段だ。
必死の挑戦で掴んだこの周回を、うっかりミスで台無しにするなんて勘弁だった。凡ミスで死なないよう、十分注意しなくてはいけない。
――そう考えながら、スバルは奥歯の後ろに『薬』の包みを押し込んだのだった。
△▼△▼△▼△
「オーソンたちの話じゃ、カオスフレームは壊滅しちまったらしい」
「――――」
苦い顔をしたヒアインの報告に、タンザは丸い眉尻を下げて俯いた。
もしかしたらと最悪の想像をしていても、それが本当のことだと言われたときの衝撃は和らがない。転ぶとわかっていても、転んだら痛いのと同じことだ。
『スパルカ』が終わり、無事に生き延びて剣奴として迎えられたオーソンたちは、今は看守たちに連れられ、島の施設と共用部屋の案内をされているそうだ。
仲間ではあっても、彼らと別の『合』のヒアインはそれには一緒できず、こうして大人しく同じ『合』のスバルたちの部屋に顔を見せた。
そして、スバルの知りたかった話をこうして持ってくれたわけだ。
「お前が欲しかったのは、こういう外の話だろ? この島にいたんじゃ、外の情報なんか入ってこねえからな」
「半々だよ。いや、七三くらいにしとこう。七の方が、ヒアインとオーソンたちのため」
「言ってろ、薄気味悪いガキが!」
結構本心なのだが、腕を組んだヒアインは顔を背けてそんな調子だ。
ヒアインも気持ちの整理がついて、スバルが何の目的で『スパルカ』に混ざったのか、そのあたりを考えてくれたというのはとても嬉しい。
どことなく、ヒアインの表情も明るく見えるのは、きっとオーソンたちから肝心の話を聞くことができたからだろう。
それは――、
「……あの馬鹿連中、奴隷商から俺を取り戻そうとして取っ捕まったんだと。どこまでも救えねえぜ」
「神様も運命も薄情なんだよ。だから、俺が助けた。……俺たちってことにしとく?」
「へっ、どうやんだよ。実際に『スパルカ』に参加したのはてめえだけだろ」
「ヒアインが鼻水流しながら土下座して、どうか助けてくださいお願いしますシュバルツ様って頼み込んだことにするとか……」
「寝言は寝て言え!」
伸びてくる手に頭を掴まれて、ぐわんぐわんと揺すぶられる。そうして目を回すスバルから手を放して、鼻を鳴らしたヒアインがタンザの様子に気付く。
カオスフレームの話を聞いて、俯いている彼女にヒアインは「チビ」と呼びかけ、
「カオスフレームのことで凹んでんのか? なんだって……」
「……カオスフレームは、私の故郷です。崩壊の寸前にも、街に」
「そ、そうかよ……それは、あれだ、あれだな」
予想外の返事に戸惑い、ヒアインの目が泳ぐ。アクシデントに弱い彼の性格が出ているが、すぐに彼は「けどよ!」と声を大きくした。
「確かに街は潰れちまったらしいが、住んでた連中が全滅したわけじゃねえって話だ。街の奴らはひと塊で別のとこに……あー、曰く付きだが」
「曰く付き、ですか……?」
「いや、どこまで信じていいんだかわからねえんだがよ」
そう前置きして、ヒアインはその先の言葉に躊躇。でも、すでにタンザと、それにスバルの興味も話の先に向かっている。
それを感じ取って、ヒアインは大きくため息をついてから、
「どうも、外じゃでかい反乱が起こってるらしい。カオスフレームの連中は、その反乱に加わってるって話だ。まぁ、魔都のてっぺんはしょっちゅう謀反してたって話だから、街が消し飛んだのもその馬鹿やった結果……ひっ」
「――ヨルナ様は、愚かではありません」
「わ、悪かった! 何が理由かわからねえが、悪かった!」
早口に説明したヒアインが、タンザの鋭い視線に怯えて声を裏返らせた。
またしてもいらない虚勢で相手の怒りを買っているヒアインだったが、その後ろでスバルは今の話にホッとする点をいくつか見つけた。
もちろん、ヒアインを経由したオーソンたちの話を全部信じる前提だが。
「カオスフレームはダメでも、ヨルナさんと街の人たちは大丈夫。反乱が話題になってるんなら、アベルたちも無事でいるみたいだ」
帝都奪還が目的の戦いも、アベルがいなくなった状態では進められないだろう。
つまり、アベルは生き残っている。ミディアムやタリッタ、アルも無事であることを期待したい。――ヨルナの傍で、ルイも無事でいることも。
「……やっぱり、時間はかけられない」
外の情勢が断片的にでもわかると、ますます外に出たい欲求が強くなる。
カオスフレームのみんなが心配なのはもちろんのこと、ヨルナやアベルたちが合流しようとするだろうグァラルの人たち――レムが、心配だった。
小さくなったことを知ったら、またさぞかし怒られる気がするが。
「――。ホントは、レムに頼れるところを見せたかったのに」
個人的には、今の方が頭の中がすっきりしていて調子がいいと思っているが、外見的に説得力がないのはスバルも言い訳できない。タンザにいつまでも疑いの目を向けられているのも、やっぱり体が小さいことと無縁じゃないだろうし。
ともあれ――、
「ん、わかった。ありがとう、ヒアイン、助かったよ」
「助かったのはこっちの……あいや、わかりゃいいんだよ」
礼を言ったスバルに、ヒアインがもにょもにょと答える。その答え方にスバルは小さく笑い、タンザの方のフォローをしようかと思ったそのときだ。
「――シュバルツ、総督がお呼びだ」
共用部屋の外、声をかけてきたのは黒い制服を着ている剣奴孤島の看守だった。その呼びかけにヒアインの表情が強張って、タンザが目を丸くする。
彼女は看守の方を見て、
「グスタフ総督がシュバルツ様を? 何故……」
「聞いていない。話す必要もない。大人しく従え。さもないと……」
「大丈夫! そんなケンカ腰じゃなくても大人しくついてくよ。……ちなみに従わない場合は懲罰?」
「――――」
「冗談、冗談」
片目をつむったスバルの軽口に、壮年の看守が唇を曲げた。
あまりスバルのことを好きじゃないのが見え見えの態度だ。それも当然だろう。この看守、スバルが『スパルカ』前にグスタフと話していた場面に居合わせていた。
スバルが『スパルカ』に参加する切っ掛け、つまり懲罰の対象になったところも見ていた人物だからだ。彼からしたら、スバルは得体が知れないだろう。
自分から『スパルカ』に参加したがる、頭のおかしい子どもなのだから。
「じゃ、ちょっといってくる。タンザ、いい子で待っててくれ」
「……シュバルツ様こそ、おいたはほどほどにされますよう」
「うーん、言い返せない」
タンザの押し殺したような声音に、スバルはますます苦笑いを深めた。そのまま、無言で早くしろと促してくる看守に従い、スバルは部屋の外へ。
すると、そのスバルの背中に「シュバルツ」とヒアインが声をかけた。
「あの、そのよ……」
「うん? なんかあった?」
「あ、いや……き、気ぃ付けてこいや。お前みたいなのでも、『合』の人数が減ったら困るのは俺たちだからよ」
素直じゃない心配の言葉に、スバルはきょとんとした顔になった。それからすぐに「ぷ」と噴き出して、ヒアインに頷き返す。
「ん、わかったよ。じゃあ、またあとで」
ひらひらと手を振り、スバルはタンザとヒアインの二人といったん別れる。それから、前を歩く看守の背中に続きながら、
「グスタフさん、怒ってた?」
「……総督は感情的になる方ではない。私とは違ってな」
余計な一言で怒らせるなと、言外に言われてスバルはすごすごと首を縮めた。
△▼△▼△▼△
――そうして、スバルが看守に連れ去られるのを見送った二人だったが。
「おい、シュバルツの奴は何をしでかした……」
「今しがた、看守に連れていかれたが、『スパルカ』以外にも何かを?」
タンザとヒアインが残された部屋に、そう言ってヴァイツとイドラが顔を出した。二人も、観客席からスバルの『スパルカ』を観戦していた立場だ。
当然、あんな無茶をしでかしたスバルに聞きたいことは山ほどあった。
とはいえ、ヒアインほど切羽詰まってもいなかった立場から、観客席から飛び降りるような短気は起こさなかったわけだが――、
「タンザ、君は事情を知っているのか?」
「……知っているようないないような、複雑です。シュバルツ様は、私にも隠し事をしている御方のようですので」
「得体の知れない奴だ……それなりの器はあるがな……」
俯いたタンザの言葉に、ヴァイツとイドラは顔を見合わせ、そう嘆息する。
そんな三者の話を聞きながら、じっと押し黙っているヒアイン。顔色を判別しづらい蜥蜴人だが、泳いでいる目は明らかに何かを思い悩んでいた。
結果、三人からそれぞれ「「ヒアイン」」「ヒアイン様」と呼ばれ、
「なんだ、その面は……」
「いや、あの……お、お前らも、シュバルツの奴が『スパルカ』に混ざってたのはわざとだって、気付いてる……よな?」
「それは……あの様子を見れば、みんなそうだろう」
たどたどしいヒアインの言葉にイドラが答え、タンザとヴァイツが同意見と頷く。
おおよそ、あの剣闘場の戦いを見ていた剣奴全員の共通認識だろう。そして、誰の目から見ても、スバルの活躍なくして今日の『スパルカ』の達成はなかった。
「オレには、奴がどういうつもりであれをしたのかわからないが……」
「――。それは俺にもわからねえ。けど、けどよ」
「――? けど、なんだ?」
「あいつが、なんであれをしたのかははっきりわからねえが、あいつがなんであれをできたのかは、その、もしかしたら……」
わかるかもしれない、と続くだろうことがヒアイン以外の三人にもわかる。
どうしてスバルが『スパルカ』に参加したのかではなく、どうしてスバルが『スパルカ』に参加して生き残れたのか。それはタンザはともかく、ヴァイツやイドラにとっても他人事ではない疑問だった。
それ故に、強い関心のある眼差しを向けられ、ヒアインが唾を呑む。
そして――、
「こいつは、その、外からきたばっかの連中から聞いた話なんだが……どうも外じゃ、皇帝の落とし胤がどっかにいるって話が出回ってるらしい。で、それなんだが――」
「――――」
「――黒い髪で黒い目の、ガキだって話なんだよ」