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第七章37 『紅瑠璃城の主』



 ――魔都カオスフレームの中央にそびえる紅瑠璃城。


 無秩序の上に混沌を塗り固めてできた、およそ統一感のないウェディングケーキのような街並み――素材も様式も異なる梁や足場が張り巡らされ、ある種の芸術性がなければ理解のできない魔都の中、その赤と青が交互に煌めく城は異彩を放っている。


 そもそも、『瑠璃』とは本来青色であり、それに紅色を冠するのは矛盾の一言だ。しかし、紅瑠璃城の外観を一目見れば、その名称が的確だと誰もが納得する。

 城の土台や骨子にふんだんに使われているのは、文字通りの瑠璃色の石だ。

 深みのある青い光沢を放つ宝石、その内側ではゆっくりと水の中に落とした血の雫のように赤が渦巻いており、時折、青いはずの瑠璃が血のように赤い光を纏う。


 一定の色合いであろうとしない、移り気な色を纏った混沌の城。

 それが、城主であるヨルナ・ミシグレの居城、魔都の紅瑠璃城なのであった。


「――――」


 その紅瑠璃城の天守閣、最上階に当たる位置に呼ばれ、待ち望んだヨルナとの対面を目前にしながら、スバルの背中はびっしりと冷や汗で濡れている。

 冷たい汗が噴き出した原因、それは同じ天守閣でヨルナを待つ一団――そこに、あってはならない顔があったことが理由だ。


 護衛と思しき三人の男を引き連れ、悠然と構えるのは見知った黒髪の魔貌――すなわち、宿で待っているはずのアベルの尊顔に他ならない。

 だが、ここで彼と出くわすことなどありえないのだ。そのために、スバルたちは彼を伴わず、先んじて使者として紅瑠璃城に足を運んだのだから。

 つまり、いるはずのない彼がこの場にいる理由は――、


「――皇帝に変装した、偽物」


 と、そう口の中で呟いて、スバルは白々しさに頬を歪める。

 アベルと同じ姿形、そうして振る舞うものがいることは前もって聞かされていた。その精度と突然の遭遇に驚かされたが、だからこそ疑うまでもない。

『九神将』の一人であり、ヴィンセント・ヴォラキア皇帝の影武者――、


「あれ、アベルちん? なんでここに……もごっ」


「おっと、大丈夫かよ、ミディアムちゃん。アルちんならここにいるぜ」


 衝撃に固まるスバルの後ろで、危うい一幕が発生した。

 先客に見慣れた顔を発見し、ミディアムが親しげに声をかけかけたのだ。そのミディアムの口をとっさに塞いで、アルが彼女を後ろに下げる。ミディアムの方がアルよりも背が高いが、彼女は隻腕の男の暴挙に驚きつつも大人しく従った。

 危ういところで、ミディアムの行動がキャンセルされる。


「――?」


 もっとも、そのやり取りは十分に相手方には不審に映ったらしく、アベルと同じ顔をした男はともかく、彼の護衛であろう黄緑色の髪をした人物には睨まれた。

 とはいえ――、


「アル、ナイスフォローでしたわ」


「ああ、オレも神がかり的な反応だったと自分で褒めてぇとこだわ。……しかし、こいつはちょっとサプライズが効きすぎてんじゃねぇの?」


「……ええ。わたくしも、そう思いますわ」


 ミディアムを引っ込めたアルの傍ら、スバルも深刻な顔で頷く。

 思いがけない相手とのバッティング――それも、考え得る限り最悪の衝突だ。結果論になるが、この場にアベルが同行しなかったのは不幸中の幸いである。

 もしもこの場に彼がいたなら、いきなり真のヴォラキア皇帝決定戦の開幕だった。


「もしかしたら、それも手かもしれませんが……」


 ちらと、アベル顔の男に付き従う三人の護衛を見やり、誘惑に駆られるスバル。

 街の中や外にどれだけ兵を潜ませているかは不明だが、少なくとも、この場にいる彼の手勢はたったの三人――帝都では数万の帝国兵に守られる偽皇帝、その仮面を剥ぐなら今が絶好の機会かもしれないと。


「――いえ、早計ですわね」


 アベルの言を信じるなら、皇帝の立場は決して安寧の揺り籠ではない。

 常日頃、寝首を掻かれる警戒に絶えないからこそ、アベルは人前で両目をつむることすらしないのだ。それが常態化している立場の皇帝、それを装っている存在だとしても、無防備な姿を人前に晒すなんて考えられない。

 つまり、護衛に連れた三者がよほどの強者か、他の対策があるか、だ。


「ちょっと一当たりして確かめてみるか?」


「……簡単にコンティニューできるなら、それもありかもしれませんわね。でも、取り返しのつかない展開の方が怖いですわ。早まった真似はしないように」


「へいへい」


 どこまで本気だったのやら、提案を却下されるアルは気にした風もない。

 アルの意見は比較的却下される傾向にあるが、それは彼が先んじて、スバルの思いつきそうな早まった意見を出し、冷静に見定める時間を作ってくれるからだ。

 おかげで思考の寄り道が減って、真っ当な選択肢の精査に時間を割ける。

 少なくとも、現状は偽皇帝一行の不興を買わず、この場をやり過ごす方法を模索すべきだろう。あとは、相手方の来訪の目的も特定したい。


 何故、このタイミングでカオスフレームに姿を見せたのか。

 それも、実情は異なるとはいえ、皇帝自らが足を運ぶような形で。


「ん~! んん~っ!」


 そんな思惟の最中、口を塞がれたミディアムが何やら唸る。

 説明なしで下がらされた上、口も塞がれっ放しとあっては彼女の憤慨も当然で、慌ててアルが「すまねすまね」と彼女を解放した。


「ぷはーっ、しんどかった!」


「悪ぃ、気付かなかった。ミディアムちゃんのほっぺが柔らかいからって、わざとやってたわけじゃねぇよ」


「言えば言うだけ、セクハラ疑惑が深まりますわね」


「よくわかんないけど、それよりだよ!」


 アルの言い訳に白い目をするスバル、その二人に体一杯で呼吸したミディアムがビシッとその両手で指を突き付ける。

 彼女の勢いにスバルとアルが揃ってのけ反ると、


「あのさ、あたしまだよくわかってないんだけど……あのアベルちん、あたしたちの知ってるアベルちんとは別人ってこと?」


「お、そうそう、それで間違いねぇ。なんせ、本物は下町の宿でふんぞり返りながらオレらの帰りを待ってるはずだろ? だもんで、今大弱りで……」


「だったらマズくない? だって、ナツミちゃんがさ」


「わたくし? わたくしが何を……ぁ」


 わからないとは言いつつも、問題の本質は理解しているミディアムの指摘。その指摘の対象とされ、眉を顰めたスバルはすぐに彼女の懸念を理解した。


 ミディアムの指摘、彼女の意図したところは明白だ。

 そしてそれは、彼女に言われる前にスバルやアルが先んじて気付くべきことだった。

 もちろん、気付いたところで対策を講じる暇などなかっただろう。それでも、出方を話し合うくらいの心の準備はできたはずで――。


「――ヨルナ・ミシグレ様、いらっしゃいます」


 その隙を与えず、時間切れを宣告したのは案内役の鹿人の少女だった。

 再び姿を見せた少女は、その大きな角の生えた頭を下げ、スバルたちと偽皇帝一行へとお辞儀をする。それから広間の前方にある扉を開いて、「どうぞ」と声をかけた。

 そうして、ゆっくりと室内に足を踏み入れる人影、その姿を目の当たりにしたスバルは、自分が鹿人の少女に抱いた印象の言語化に成功する。


 スバルが鹿人の少女に抱いた印象、それは『禿』に似ているというものだ。

 禿とは古い時代、日本の遊郭などで働いていた遊女見習いの少女のことで、華やかな花街で遊女の身の回りを世話しながら、礼儀作法や芸事を学んでいた子らのこと。

 意外と洒落たキモノの着こなしや髪飾りが、スバルにそう思わせたのだろう。

 何よりも、明快な理由は当の少女を引き連れた人物――、


「――――」


 スバルが『禿』の言語化に成功した理由は、まさしく姿を見せた人物にあった。

 呼吸を忘れ、目を見開いて相手に見入るのは、人間が美しいものや圧倒的なもの、そうしたものに心を蝕まれ、意識を支配されたが故の本能的な反応だ。


「――今日は、ずいぶんとお客人が多いでありんすなぁ」


 言いながら、その切れ長な青い瞳をすっと細めるのは背の高い女性だ。

 細身の長身を花柄をあしらった鮮やかなキモノに包み、毛先にゆくにつれて徐々に白から橙色へ色濃く発色する髪を丁寧に美しく結い上げている。

 その髪を飾るのは動物の骨や角を加工して作られた簪で、それ以外にも牙や鱗を素材とした髪飾りの数々が、見るものの目を楽しませる役割を果たしていた。


 だが、それらはあくまで装飾品であり、人の手で作られた美の形でしかない。

 真にその魅力を発揮するには、飾られる人物、その中身の質が重要だ。

 そしてその要素において、キモノを纏った人物の質は問われるまでもないものだった。


「――――」


 細い体をしなやかに動かし、ゆったりと歩を進めるのは目を見張る美貌だ。

 どこかけだるげな雰囲気を纏いながらも洗練された仕草、見られることを計算し尽くして思える動作の数々は、およそ人目を惹くという行為の最適解が垣間見える。

 しゃなりしゃなりとした足取りの印象をより際立たせるのが、その細身には大きすぎるように見える狐の尾――それも、豊かな毛並みのものが九本。

 結い上げた髪と簪、髪飾りの中にピンと持ち上がる獣耳も相まって、それがキモノを纏った美しい狐人の美女であるのだと、情報が酒気のように脳に染み渡った。


「遠路はるばる、わっちの城にようこそおいでになりんした」


 そう言って、広間の上座に用意された座椅子に座り、しなやかな長い足を投げ出した美女が肘置きに体重を預ける。そのまま彼女が手を伸ばせば、付き従う禿が白い指に握らせたのは、金に塗られた上物の煙管だった。

 美女は握った煙管の先に火を落とすと、立ち上る紫煙を肺に入れ、嫣然と微笑む。

 自らが上座に位置し、下座に迎えた客人――ヴォラキア皇帝を見下ろしながらだ。


「――――」


 その堂々と絢爛たる姿と話し言葉、細い肩をあえて露出したキモノの着こなしは、引き連れた禿の存在と合わせ、スバルに『遊女』や『花魁』の単語を想起させた。

 無論、スバルも遊郭や遊女の実物など見たことはない。あくまで時代劇などの古い時代を扱った作品で齧った知識だが、それ以外に思い浮かばなかった。


 ――否、彼女を表する言葉が他にないというのは言いすぎだ。

 この場においては紛れもなく、彼女を表す言葉が他にある。美女も遊女風であることも事実だが、それ以前に彼女は『九神将』の『漆』の座にある――、


「――ヨルナ・ミシグレ」


 現れた美女――ヨルナ・ミシグレが名を呼ばれ、自分を呼んだ男を見る。

 板張りの床の上、ヨルナの青い瞳を見返すのは偽物の皇帝――アベルと差別化するために、あえてヴィンセントと呼ばせてもらうが、彼だった。


「当たり前ですが、同じ声……」


 発された一言であったが、それは寸分違わずアベルと同じ声色だった。

 どうやら似せているのは姿形だけではなく、その声色もであるらしい。もっとも、姿を写し取る以上、声も寄せるのは当然のことと、さしたる驚きもない。

 それよりも、スバルは対峙するヴィンセントとヨルナの様子に息を呑んだ。


 静かに互いを見据え、視線を交わし合う二人の姿は絵画の一枚の如く壮麗だ。

 美しく麗しい艶めいた美女と、凛々しさと荘厳さを奇跡的に併せ持つ魔貌の皇帝。今日の日の両者の対面が、帝国史に如何なる出来事として名を残すのか。

 それが親愛と流血、いずれの道を辿るかはこの先次第だろう。


「……いったい、何の目的で」


 魔都へきたのか、というのが目下、ヴィンセント一行の読めない点だ。

 彼らとの遭遇とヨルナの登場、それらへの反応が優先したが、ヴィンセント来訪の目的――謀反を繰り返す『九神将』の下に、何の目的でやってきたのか。

 本物の皇帝を演じる必要がある以上、そこには何らかの正当性があるはずだ。そしてヨルナもまた、関係が悪いはずの皇帝を何故に城に迎えたのか。

 ヨルナの立場で断ることはできないと、そう言ってしまえばそこまでなのだが。


「これはこれは閣下、お久しぶりでござりんす」


 考えあぐねるスバルの前、ヨルナが目尻を下げた笑みを浮かべ、煙管を口に含んだ。そうして紫煙を吐き出しながら、無礼千万に片目をつむり、


「こうしてご尊顔を拝する栄誉に給われて光栄でありんす。いくらお誘い差し上げても、魔都へきてくださらのうござりんしたのに」


「誘いだと?」


 姿勢と紫煙、二つの不敬には触れず、ヴィンセントが不愉快げに眉を顰める。

 彼はその細い腕を組むと、思案するように肘を指で叩きながら、


「貴様の誘いとは、たびたび余に対して兵を挙げたことか? だとしたら、余の返答は目に見える形で返したであろう」


「ええ、確かに。でありんすが、わっちの首はこうしてまだ胴と繋がっておりんす。それに今日は、あの厄介な小僧を連れてござりんせんようでありんすから」


「――――」


「よもや、わっちの想いが届いたのではありんせんかと、胸を躍らせている次第でありんす。どうぞ、許しておくんなんし」


 小さく喉を鳴らし、「くふ」と笑ってみせるヨルナ。そんな彼女の蠱惑的な声色と微笑みに、しかしヴィンセントは表情を小揺るぎもさせない。

 そのヴィンセントの偽皇帝としての完成度には目を見張るが、一方でヨルナの態度――ヴィンセントに向ける、眼差しや言葉が孕んだ熱情が気になった。

 ほんの短いやり取りだが、二人のそれはスバルの目には――、


「まさかあの姉ちゃん、アベルちゃんの気が引きたくて謀反してんじゃねぇよな?」


「……違っていてほしい、ですわね」


 スバルと同じ推測に至ったらしいアル、彼の言葉にスバルは奥歯を噛む。

 帝国の最高戦力、その一人が私怨で軍を動かす人間であってほしくないのと、あの人を人とも思わないアベルに好意を抱いている人間がいると考えにくいこと。

 それがスバルの頬を強張らせた主な理由だが、もっと切実なものがある。


 そもそもの、スバルたちがヨルナに接見を求めた口実だ。

 あれは『アベルムカつく』をスローガンに掲げて気を引こうとしたものであり、アベルに好意的な相手に届くことを想定していない。

 スバルたちの嫌な想像が当たった場合、ヨルナにとっては面白くない話だったはず。にも拘らず、彼女はスバルたちを城へ上げた。

 それも、他ならぬヴィンセント一行と同席させる形でだ。


「ヨルナ一将、その姿勢はいくら何でも不敬ではないか。貴公は何を考えている」


「うん?」


 不明瞭な状況を危ぶむスバルたちを余所に、皇帝組の会話は進んでいる。

 無言のヴィンセントに代わり、ヨルナの眉を上げさせたのは、ヴィンセントの護衛と思しき黄緑色の頭髪をした人物だ。


 逆立った短い髪、その一部を触覚のように長く伸ばした男で、年齢はヴィンセントと同じぐらいか、やや上といったところだろうか。

 黒い軽鎧の上に砂色のマントを羽織っており、針金のような鋭い印象を面貌や体格から抱かせる。その刺々しい眼光が、糾弾するようにヨルナを睨みつけていた。


「閣下にお付きの主さんは……」


「カフマ・イルルクスだ。このたび、閣下に随行を命じられた。役割は護衛と弁えているつもりだったが……貴公の態度は目に余るぞ」


「わっちの態度、でありんすか? それはどういう意味でござりんす?」


「全てだ!」


 悠長に聞こえるヨルナの言葉、それにカフマと名乗った男が激昂する。

 彼はヨルナを睨みつけたまま、その手を事態を静観するスバルたちへと向け、


「そもそも、何故他のものをこの場に同席させる! ここは貴公の城ではあるが、同時に帝国の一領土……そんなことも失念したか!」


「そんなはずがありんせん。ちゃんと、わっちは閣下のものでありんす」


「そんな話はしていない! そこの、貴公らも貴公らであるぞ!」


「うえ!? わたくしたち!?」


 カフマの怒りの矛先を向けられ、スバルはビクッと肩を震わせる。できればこのまま、意識外の存在として放置してほしかったのだが、それは高望みだった。

 しかし、水を向けられたなら、かえってそれを利用する手もある。


「あの、わたくしたちはお邪魔ですかしら? でしたら、日を改めて……」


「それは困りんす。わっちの一日の時間は限られておりんすから、今日を逃せば次がいつになるやらわかりんせん」


「引き止めるな! 彼女たちも気まずい思いを味わっているだろう!」


「ええ、ええ、まさにですわね」


 何故かスバルたちを引き止めようとするヨルナに対して、どういうわけかカフマと意見が一致する。偽皇帝に随行している以上、立場的にはカフマとは敵同士なのだが、この場では唯一の味方に思えるほど真っ当な言行だ。

 しかし――、


「ヨルナ・ミシグレ、貴様、何を考えている?」


 不意に、その空気を割ったのはヴィンセント・ヴォラキア――偽の皇帝その人だ。

 彼が言葉を発すれば、気勢を上げていたカフマも即座に引き下がる。聞き慣れた声と見慣れた顔にも拘らず、スバルも内臓が縮む思いを味わった。

 偽物とそうわかっているにも拘らず、その威圧感は本物だ。


「答えよ。貴様は何を考えている?」


 そうして従僕と招かれざる同席者を黙らせ、ヴィンセントはヨルナに再び問う。

 その問いかけと覇気を受け、ヨルナは微かに目を細めた。そっと口元に煙管を運び、たなびく紫煙を肺に入れ、甘い息を吐きながら答えをもったいぶる。

 またしても皇帝を待たせる不敬に、カフマの頬が微かに引きつるが、


「もちろん、わっちは常に閣下を……ヴォラキア皇帝閣下を想っておりんす」


「――――」


「くふ。冷たい目をしなりんす。でも、あちらのお客人方は下げない方が、きっと閣下もお喜びいただけるでありんすよ?」


 確信めいた態度で小さく笑い、ヨルナがスバルたちを顎でしゃくる。

 そこで初めて、ヴィンセントの意識がスバルたちに興味を向けた。先のやり取りに、ヨルナの気紛れ以外の理由があると判断したのだろう。

 そのマズい流れを断ち切るべく、スバルは叱責覚悟で「おほん」と咳払いし、


「申し訳ありませんが、改めましてご提案を。わたくしたちは場違いなようですし、聞くべきでないお話もあるご様子。ここは一度、下がらせていただいて……」


「それはそれは、何とも弱気なことでありんすなぁ」


 腰を折り、丁重にこの場を辞そうとするスバルの言葉が遮られる。

 一瞬、紫煙に隠されるヨルナの眼差し、それが稚気の光を宿すのを見て、スバルは「あ」と己の失策を悟った。

 とんぼ返りするなら、先客の顔を見た時点で決断しておくべきだったのだと。

 それを見誤ったから、こうして後悔する羽目になる。

 何故なら――、


「タンザから聞いたでありんすよ。……主さんら、恐れ多くも皇帝閣下の敵になるために、わっちを誘いにきたんでありんしょう?」


 と、こちらの思惑の全てをぶちまけられてしまったのだから。



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― 新着の感想 ―
[一言] 終わったわ
[気になる点] 相変わらず陛下ではなく、閣下なのですね。
[一言] 偽アベルから、分かりやすい偽物要素を感じなさ過ぎて、逆に「本当に偽物なのか」が怪しく思えてきた。 実は本物なんて事あったりするだろうか。 これも興味を持たせる為の策略とか?
感想一覧
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