第七章29 『それぞれの立ち方』
――帝位奪還の勝利条件、『九神将』の確保。
提示された勝利条件と、そのために必要な『九神将』の名前と二つ名が明かされ、会議場の空気が一挙に張り詰めたのをスバルは肌で感じていた。
当然だが、帝国の人間にとっては馴染み深いだろう『九神将』の名前も、スバルにとってはいずれも初耳のものばかり。
「……これが漫画とかアニメなら、幹部級の奴らの名前がいっぺんに明らかになる場面なんて燃える展開だって思えたんだろうが」
それが我が身に降りかかる事態となると、手放しに喜べる展開ではまるでない。
アベルの語った『九神将』の名前と二つ名、それらはいずれもハッタリの利いたものであり、一人一人の厄介さを想像させるに足るものだった。
アラキアの二つ名が『精霊喰らい』と、彼女の特性そのものである以上、他のものたちの異名もその異能や戦闘手段に関連したものと想像がつくが。
「名前でどんな奴なのか想像つくのは、『呪具師』と『飛竜将』ぐらいか?」
指摘した二つは、どちらも戦い方や扱う道具からきた異名だろう。
それ以外の二つ名は、おそらく外見や活躍した逸話が発端となったものだ。中国の三国志や水滸伝などでは、登場人物がそうした理由で二つ名を名乗ることが多い。
思えばあれらも国盗りを題材とした内容だったと言える。生憎、スバルはさらっと概要を知っている程度で、あまりそれらに詳しくないのだが。
「なんて現実逃避してる場合じゃねぇ。その、九神将の確保が勝利条件って話なんだが、いくつか聞いておきたいことがある」
「なんだ。疑問の余地でもあるのか?」
最初の衝撃から立ち直り、テーブルの上の地図に手を置いたアベルが片眉を上げる。
あれで説明し切ったと思っているなら、賢い奴の言葉足りなさここに極まれりだ。この場の他の面々――ズィクルらはもちろん、『シュドラクの民』と比べても、スバルはヴォラキア帝国について持っている情報が圧倒的に少ないのだ。
「だから、疑問の余地ありありだよ。お前、自分はわかってるからって説明省いてばっかだと、周りから何考えてんのかわからねぇ奴だと思われるぞ」
「助言のつもりと思って聞き流してやる。疑問を述べよ」
「聞き流さずに胸に留めとけよ……」
腕を組み、尊大に応じたアベルにスバルは嘆息。それから、周囲の視線が集まる気配に腹を決め、「いいか?」と両手の指を四本と五本、それぞれ立てた。
「九神将だが、ありがたく奇数で分かれてくれてるおかげで、数取り合戦なのがわかりやすくて助かる。けど、好意的な相手は安否不明で、アラキアとチシャって奴が確実に敵って状況だ。もう、だいぶ劣勢だぞ」
五人以上の確保が前提なのに、すでに相手には二人の『九神将』を取られている。
挙句、アベルを手助けしたゴズという人物の生死が不明なので、確実に取り込める手札までなくしている可能性が高い始末だ。
「そうなるとますます旗色が悪い。勝利条件が明確なのはいいけど、実際、五人の九神将を口説き落とすってのは現実的なのか?」
「おいおい、兄弟、さすがにそりゃ皇帝を舐めすぎだろ。さっきはああ言ったが、『選帝の儀』を勝ち抜いたって実績は折り紙付きだ。話しにいって無下に追い返されるってこたぁねぇだろ。門前払いさえなけりゃ……」
「――背くものの首を刎ねる機会も同様に得られよう」
「味方に付けろよ!」
スバルの疑問を溶かそうとしたアルの発言が、他ならぬ彼の主人の過激な発言で焼き尽くされる。『九神将』を味方に付ける方法を話しているのに、味方にならない『九神将』を殺す方法を考案するのは本末転倒だ。
「だが、そこの鉄兜の道化の発言は正鵠を射ている。事実、俺が会いたいと言えば、それを拒む『将』はおるまい。問題は、対面したあとだ」
「鉄兜の道化ってオレのこと?」
「他に鉄兜がいねぇよ。道化扱いに関しちゃ、文句があるなら先にプリシラへの陳情からスタートしてくれ」
茶々入れをするアルを黙らせつつ、スバルは「そもそも」と本題に戻り、
「その九神将のシステムがわからねぇ。皇帝直属の九人の将軍ってイメージだけど、それってみんな帝都に控えてるわけじゃないのか?」
「一将は国家の要じゃぞ。帝国の無駄に広大な国土を見よ。帝都が国の中心にあるとはいえ、全員が帝都にいて有事に迅速に動けようか」
「ええ。閣下の治世では劇的に減りましたが、それでも帝国では内乱の火種が燻るのをあとが絶ちません。帝国の守護は、帝都を守れば盤石というわけではないのです」
「……つまり、問題の九神将も帝都のあちこちに散り散りってことか」
プリシラとズィクルから補足され、スバルは顎に手を当てて納得する。
身近な例に倣えば、ロズワールもルグニカ王国では西方辺境伯領という大げさな肩書きを与えられており、王国の窮地にはいち早く働く義務があるそうだ。
もちろん、そのために領地に私兵団を設立するなどの許可はある。――もっとも、ロズワールの場合、下手に軍隊を組織するより個人戦力の方が強そうだ。
空を飛びながら火の玉を降らせるだけで、大抵の相手は完封できてしまうだろう。
「そう考えると、あいつもかなりのチートユニットだな……九神将と比較したら、どのあたりに位置するのかちょっと興味出てきたわ」
「よくわからねーけド、話が逸れてんじゃねーカ、ナツミ」
「悪い。とにかく、九神将が国のあちこちに散らばってるのはわかった。なら、帝都のクーデターに全員が関与してたわけじゃない、って認識で合ってる?」
「俺の見た限りでも、現実的に考えてもそうであろうな」
確かめるスバルにアベルが首肯する。
正直、かなりの人望不足が発覚したばかりのアベルの見立てには不安もあるが、周囲の誰も指摘しないということは、ひとまず呑み込んでいい話題のようだ。
ともあれ、『九神将』の全員が敵に回ったわけではないというのは朗報だ。
『九神将』を多く確保した方が、この戦いの勝利を掴めるという条件にも納得がゆく。その上でスバルが疑問視することがあるとすれば――、
「質問が多くて悪いが、追加質問だ。その九神将だけど、序列がシンプルに強さ順って認識でいいなら、優先すべきは序列が高い奴からだよな?」
「ああ、その認識が間違いない」
「なら、ラインハルトと並べられるぐらいだし、セシルスだっけ? その人を取りにいくのが定石……ってか、それで決まらねぇか?」
四大国に名を轟かせる人類最強格の四人。
話題に上がったセシルスがラインハルトと並び称される人物なら、その人物一人で戦いの趨勢は決まったようなものではないだろうか。
実際、ラインハルトなら王国の全員と戦っても勝ちかねないと、そんな常識外れな期待と達観がスバルの中には芽生えていた。
なので当然、彼と同格のセシルスにもそんな期待が生じる。
しかし――、
「……アレを確保すれば、戦力面の問題が一挙に解消されるのは事実だ」
「そのわりに、苦々しい顔なのはなんでなんだ?」
眉を顰め、スバルの疑問に答えるアベルの表情は優れない。
スバルの期待は外れていない模様だが、一方で憂いがまるでない表情でもなかった。その原因を、アベルは小さく吐息して明かす。
「九神将の確保が勝利条件なのは、奴らの武勲に多くの将兵が従うからだ。より多くの九神将を旗下に加えれば、それだけ多くの将兵が手勢に加わる。わかるな?」
「――? ああ、わかる。だから、一番強い奴を味方にすべきって話だろ。それとも、帝国最強って名前に偽りありとか?」
「いいや、彼奴めが帝国最強である点に疑いはない。ただ、問題がある」
「問題?」
「――彼奴には人望がない」
溜めに溜めて発された一言に、スバルはしばらく思考が止まった。
何が問題視されるのかと思いきやと、ゆっくりと聞かされた言葉が脳に浸透してくる。人望がないと、そう正しく情報が咀嚼された。
「それ、お前が言うの?」
「事実だ。帝国一将の『壱』の座にあるが、アレには何の権限もない。与えようとも何もできぬ。アレにできるのは、ただ人を斬ることのみだ」
「そんな奴、将軍のポジションに置くなよ!」
「まあまあ、落ち着けよ、兄弟! そればっかりは帝国の習わしだから仕方ねぇよ!」
アベルから聞かされるセシルス評に、食って掛かるスバルをアルが羽交い絞めにする。片腕でスバルを押さえたまま、アルは首を傾けてアベルを見やり、
「実際、『壱』って称号以外は何も与えてねぇんだ。これが立場に相応しい権限まで与えててみろよ。調子のいい奴に散々利用されてたかもだぜ?」
「無論、アレが俺以外に利用されるなどとあってはならぬ。そのような危険があれば、もっと早くに処分していただろうよ」
「でもお前、孤立無援で森にいたじゃん……!」
手綱は握っていた風に言われても、実情が異なれば大口を叩いているだけだ。
そもそも、帝国最強とまで称される人物が、この強さを奉じるヴォラキア帝国で人望を集められないなんて話、まともに受け取っていいものか。
「そこのところ、どうなんですか、ズィクルさん!」
「私、ですか」
「ええ、はい。どうぞ、帝国の『将』として忌憚ない意見を聞かせてください。セシルスって一将のことをどう思ってるんですか?」
水を向けられ、ズィクルが「そうですね」と短い腕を組んで思案する。
それから彼はスバルの期待を込めた瞳に何度か頷いて、
「まず、セシルス殿が国防の要であり、ヴォラキア帝国の精強さの象徴であることは間違いありません。帝国民は精強たれと、その在り方の体現でもある」
「おお、いい調子じゃないですか。それで?」
「人間的にも奔放で親しみやすく、誰に対しても態度を変えることのない晴れ晴れしく気持ちのいい人物です。総合して……」
「総合して……?」
「多くの将兵は理解し難い怪物であり、深い部分での意思疎通は不可能であると、セシルス殿を恐れております。閣下の見立ては正しいかと」
「評価が急展開したな!?」
ここまで好人物の顔しか見せていないズィクルだけに、相当に言葉を選んだ評価だ。
皇帝であるアベルを気遣って意見を合わせたという見方もあるが、色々と苦心した様子が眉間の皺にありありと浮かんでおり、おそらく発言は事実。
つまり――、
「九神将の『壱』を押さえ、趨勢を一挙に傾けんとした横着は認められぬと。道化がない頭をひねっても、碌な『あいでぃあ』が浮かばぬというわけじゃな」
「うるせぇな! そいつの人望がないのまで俺のせいにするなよ! 大体、皇帝も将軍も人望がないなんて、クーデター起こされて当然じゃねぇか!」
「貴様、何度重ねる? 不敬もいつまでも見逃されると思うなよ」
プリシラとアベルからそれぞれ鋭い視線を浴びて、スバルは二人に舌を出した。
とはいえ、目論見が脆くも崩れ去ったのは事実だ。『九神将』の確保が戦力数の確保とイコールなら、人望のない『九神将』を急いで確保するメリットはない。
「むしろ、人望がないなら放置しておいていいまである……?」
「それも問題だ。アレは場合によっては、一人で戦局を変えかねん力量がある。仮に残りの九神将を全て押さえられても、奴一人にこの首が取られる可能性は十分ある」
「扱いづれぇ奴だなぁ! めちゃめちゃ邪魔じゃねぇか!」
急いで確保するメリットは少ないが、放っておけば危険すぎる爆弾となる人材。
その実力と人間性が保証されているラインハルトが、いったいどれだけの優良物件なのか遠い異国の地の今だからこそ思い知らされる。
いっそ、大声で呼んだら隣国でも駆け付けてくれやしないだろうか。
「言っておくがな、凡愚。『剣聖』であれば、国家同士の約定が理由で国境を越えることができん。くだらぬ期待は抱かぬ方が賢明よ」
「人の心を読むな。本気でやろうとは思ってねぇよ。……困ったときだけ当てにするなんて、ダチにしていい態度じゃねぇし」
呼べば駆け付けてくれるからといって、便利に使うのは友人関係とは言えない。
本当の本当にマズい状況になればそうも言っていられなくなるかもしれないが、その瞬間が訪れるまではスバルも倫理観を守り抜く覚悟があった。
「それで? アベルの軍師扱いされている凡愚、疑問は尽きたか?」
「尽きてはいねぇし、軍師でもねぇけど、最初の部分は……と」
立場のことをプリシラに当てこすられ、顔をしかめながらスバルはそう答える。そうして、会議の話題を次へ進めようとしたところで――、
「――ナツミ嬢に村長くん! 失礼するよ!」
威勢のいい声と同時に扉が開かれ、勢いよく新たな人物が会議場に現れる。
やってきたのは青を基調とした装いに、長い金色の髪を颯爽と揺らした美男子、フロップだった。
大暴れしたアラキアの爪痕残る上階で、負傷者の手当てをしていたはずのフロップ。彼は室内の視線を一身に集めながら、スバルとアベルを見て「いたね」と頷く。
そのフロップの姿はあちこちが血で汚れていて、野戦病院めいた治療現場の凄惨さを際立たせている。
しかし、彼がこの場に現れたということは――、
「フロップさん、みんなの手当ては?」
「ちょうど一段落ついたところさ! ……うん? その様子だと、今はナツミ嬢ではなく旦那くんの気分なのかな? ならば、旦那くん呼びに戻しておこうか」
「ええと、どっちでも。でも、そうか、一段落……」
フロップのやや斜め上な配慮の言葉を受けつつ、スバルは治療行為に区切りがついたと聞いて、安堵と不安を同時に噛みしめる。
安堵の方はシンプルに負傷者の救護が終わったこと。不安の方は、その救護の結果を聞くことになることへのものだ。
『無血開城』という目標を掲げ、すでにその狙いは失敗に終わった。
アラキアが連れ出される上で七名の衛士が犠牲になっている。あとは、負傷者の中からこの犠牲者に加わるものがいないかどうかだ。
「死者は出ていないよ、旦那くん」
「え……」
「みんな、なかなか大変な状況ではあったけれどね。でも、奥さんと姪っ子ちゃんが頑張ってくれたおかげだろう。タリッタ嬢やウタカタ嬢の機敏さも手伝った。無論、僕と妹も奮闘させてもらったわけだけどね!」
スバルの顔色から内心を読み取り、先んじてフロップが答えをくれた。
自分をビシッと指差して、その貢献を豪語するフロップは潔い。くれた答えも簡潔なもので、スバルは情報を噛みしめるのに一拍が必要だった。
しかし、一拍遅れて理解が深まってからは、大きな大きなため息が漏れる。
「死人なし……っ」
「ああ、みんなが生きようと最善の努力をした証だとも。僕なんか、妹に庇われていなかったら頭を打って死んでいたかもしれない! ははは、妹に頭が上がらないな!」
「ああ、ああ、ホントにそうだ。ミディアムさんには頭が上がらねぇ……」
フロップが快活に笑い、その前でスバルは俯いて肩を震わせた。
掛け値なし、冗談抜きの全面的に同意だ。ミディアムが――否、他の誰がいなかったとしても、この報告は聞かれなかっただろう。
失われた命はある。だが、失われなかった命も、またある。
それが、胸にもたらした情動は大きく――、
「――商人、治癒術師はどうなった」
そのスバルの感動を余所に、淡々とした口調でアベルが会話に割り込んだ。
治癒術師、と聞き慣れない響きを聞いて、スバルは眉を寄せ、フロップも「術師……」と自身の唇に指を当てて考え込む。
「それはもしや……旦那くんの奥さんのことかい?」
「他に誰がいる。あの場に、あの娘以外に治癒魔法の使えるものがいたとでも?」
「いいや、他に思い当たる人物はいないね! ただ」
「ただ?」
「村長くんは、もっと相手に好感を持たれる言い方をした方がいいんじゃないかな。呼ぶにしても、親しみやすさを意識した方がずっと円滑に物事は進むだろう!」
ものすごい真正面からの朗らかな抗議、それを受けアベルが片眉を上げる。
言い切ったフロップは堂々としたものだが、正直、傍で聞いている側はかなりハラハラものの発言だった。
もちろん、レムを能力で割り切った呼び方をされ、スバルもいい気分ではないが。
「その感覚、さっきまでの兄弟の不敬ぶりだと説得力がまるでねぇな」
「ここまでの道中を考えたら、俺にはあれぐらい言わせてもらう権利が……それなら、フロップさんにも同じ権利がある、か?」
「知らねぇけども、兄弟たちの珍道中には興味津々だぜ」
語って聞かせるには激動すぎる話だが、その話題を掘り下げるのは別の機会だ。
アベルの言い方はどうあれ、レムの安否はスバルの最優先事項でもある。無論、彼女に目立った外傷がないことはこの目で確かめているが。
「頑張りすぎて倒れたりとかしてないか?」
「そこは心配ご無用だよ、旦那くん。もちろん、大いに頑張ってくれたおかげでかなり消耗はしているけれど、それは休めばよくなる範囲のものさ。実に働き者の奥さんを持っていて、とても素晴らしいことだよ」
「そうか……なら、よかった」
ホッと胸を撫で下ろし、スバルはフロップの太鼓判に安堵する。
状況が状況だ。レムに頼らなくてはならない局面とはいえ、彼女が頑張りすぎてしまうのは素直に怖いところだった。たとえスバルがなんと言っても、今のレムは自分のできる範囲のことなら耳を貸してはくれないだろうし。
「――奥さん?」
と、そう胸を撫で下ろしたスバルの傍ら、静かにアルが呟く。
彼は鉄兜の顎に手を当てて首をひねりながら、
「上じゃ見なかった気がしたが、兄弟のとこの嬢ちゃんもきてんのか?」
「俺のとこの嬢ちゃんって……エミリアたんのことか? いや、きてねぇよ。ここにいてくれたらどれだけ心強いか……逆にいてほしくない気もするけど」
エミリアの優しい性質と、ヴォラキア帝国の在り方は水と油だろう。
やや脳筋気味に物事を考えるエミリアは帝国流と肌感が合う可能性もあるが、帝国の残酷さはそのさらに先をゆく。――エミリアに、帝国は似合わない。
「――嬢ちゃん以外の嫁さん、ねえ」
「……言っとくが、便宜上、それで通してるって話だぞ。本音を言えば、そのぐらい大事に扱うって決めてる子だ。何としても、連れ帰る」
「――――」
顎に手をやったまま、低く呟いたアルにそう弁明しておく。
同じく帝国にいる以上、アルの口から妙な噂が広まることはありえないが、邪推されるのは御免だ。決意に水を差されるのも。
「そこな優男、商人と呼ばれておったが……貴様もアベルの部下か?」
「む、部下というわけではないよ。僕や妹は状況的に旦那くんや村長くんと協力する立場となっていてね。まぁ、一番新しい友人というのが適切かな!」
「ほう、友人とはな」
フロップと言葉を交わしたプリシラが、彼の回答に唇を緩めた。その緩めた唇を扇で隠したプリシラは、意味深な眼差しをアベルの方へ送る。
「妾の知らぬうちに友人作りに勤しんでおったとは。ヴォラキア皇帝の玉座も、ずいぶんと容易く空けられるようになったと見える」
「皮肉はやめよ。そも、そこな男と俺が友人となった覚えなどない」
「何を言うんだい、村長くん! 一緒に女装で死線を潜った仲じゃないか!」
「共に死線を潜ればすぐさま友か? ならば、帝国兵はことごとく俺の友ということになるな。そして、最も身近で死線を潜った一人が俺の敵だ」
自らの置かれた立場を使った完璧な反証、それを受けたフロップが口を噤む。
とはいえ、言ったアベルも無傷では済まない諸刃の剣みたいな反論だった。
「とにかく、フロップさんが朗報を持ってきてくれたんだ。こっちも、もっと景気のいい話がしたいとこで……」
「――待て」
「……なんだよ」
あまり前向きでない会議の中、ようやくもたらされた明るい話題だ。それで弾みを付けようとしたスバルを遮り、アベルがフロップに顎をしゃくった。
その動きに視線を誘導され、スバルもフロップの方を見やり、
「フロップさん?」
そう、アベルが彼を指し示した理由、その表情の変化に気付く。
明るく朗らかな表情を欠かさないフロップ、そんな太陽のような在り方を貫いてきた彼の瞳に浮かんだのは、微かな躊躇いと憂いの感情だった。
「商人であれば、話題の運び方には注意深くもなろう。その点、貴様は商人に向いているとは到底思えんな」
「その意見は僕も相当数もらっているから思うところはあるけれど、今は置いておくよ。……旦那くん、さっきの僕の話には言葉足らずな部分があった」
「――――」
指摘するアベルを横目に、フロップが長い睫毛を憂いで揺すってスバルを見る。
彼の整った面貌、そこに浮かんだ切実な雰囲気には胸が締め付けられた。その先の言葉を聞きたくないと、そう思いながらも聞かずにはおれない。
そういう意味で、フロップは相手に話を聞かせる天性の才能があった。こんな状況でなければ、商人として活かすべき才だと褒め倒せただろう。
だが――、
「村長くんとも無関係じゃない。クーナ嬢とホーリィ嬢も、一緒にきてほしいんだ」
そう告げるフロップを遮れない今は、それが呪われた才のように憎らしかった。
△▼△▼△▼△
「――アベルとナツミもきたカ」
フロップに呼ばれ、一度会議場を離れたスバルたちは都市庁舎の上階へ。
負傷者がまとめられ、野戦病院のような有様となった空間、そう言ってスバルたちを出迎えてくれたのは、焦がした黒髪を切り揃えたミゼルダだった。
アラキアの奇襲を受け、総崩れとなったグァラル攻略組だが、ミゼルダは最初の炎による蹂躙といい、最後のアラキアとの攻防といい、最も重傷を負わされていた。
全身を焼かれて竜巻に呑まれ、その後はアラキアの一撃に内臓まで掻き回されたのだ。
如何に彼女が強靭な肉体の持ち主であろうと、本調子とは言えないレムの治癒術でどこまで対抗できるか、ミゼルダの生命力が試される状況だったに違いない。
「呼びつけてすまなかっタ。たダ、できるだけ早く伝える必要があると思ってナ」
「ミゼルダさん……」
そう言いながら、壁際のオブジェクトに腰掛けたミゼルダが薄く微笑む。
強力なアマゾネスの一人であるミゼルダの微笑みには、これまでスバルたちに幾度となく見せてきた野性味のある風格、それが抜け落ちていた。
それでも目力のある表情の力は失われていない。それがアンバランスだった。
「まずは礼を言ウ。レムのおかげで命を拾っタ。奇跡ダ」
「――――」
「見事に都市も奪って見せタ。お前の働きにハ、シュドラクの族長として感服すル。その上でこの先の戦いのためニ、宣言しなくてはならなイ」
レムの献身とスバルの貢献を褒め称え、ミゼルダは居住まいを正した。
そして――、
「シュドラクの族長の座ヲ、我が妹のタリッタに譲ル。私でハ、もう務めを果たせヌ」
と、そう膝から下を失った右足を撫でて、役割を引き継ぐ宣言をしたのだった。