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Re:ゼロから始める異世界生活  作者: 鼠色猫/長月達平
第五章 『歴史を刻む星々』
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第五章2  『食わせ者の血筋』



 パタパタと両手を振っておおはしゃぎのミミを前に、スバルは首をひねる。

 パーティーとはずいぶんと、華やかな言葉が飛び出したものだが。


「パーティーのお誘いって……アナスタシアさんが? そりゃまたなんていうか、急にどうしたんだ? なんかめでたいことでもあったのか?」


「めでたい? おめでた? わかんなーい! でも、べつにいーじゃん、おいしーもの食べてお酒飲んで騒いだら楽しそー! すごー、楽しそー!」


「酒飲んでって、お前はどう見ても酒飲める年じゃないだろ」


「へへーん。ミミ、この一年でちゃーんと大人になったもーん! ダンチョーがいーよーって言うから飲んでいーんだよー! お嬢はダメって言うけど」


 三つ編みを結ぶ髪飾り、鈴付きのそれを鳴らしながらミミが胸を張る。その返事にスバルはぎょっと目を剥いて、


「飲んで大丈夫って、お前、成人してんの!? 嘘だろ、いくつだよ!」


「こないだ、十五になったー! だからミミ、大人大人。おとなのおんなー!」


「大人の女がそんな小学校高学年みたいなはしゃぎ方するか! にしても……」


 少しだけ落ち着いて胸を撫で下ろし、スバルは成人の扱いが元の世界とは違うことをようよう意識する。ようは元服と同じ扱いだ。

 こちらの世界では十五歳が成人にあたり、お酒や煙草の解禁となるわけだ。


「って認識で大丈夫かな、ペトラ」


「うん、大丈夫ですよ。もう少し詳しく話すと、男の子は十五歳で家を出て働き始めるし、女の子は早いとそのぐらいでお嫁にいくの。お嫁じゃなくても、どこかに働きに出たりするのはそのぐらいかな。今のわたしみたいにね」


「すると、ペトラはかなり早く家を出てるよな。おませさんな奴め」


「えへへ、わたしおませさ……それ、褒め言葉じゃない気がする」


 鋭いペトラに睨まれながら、スバルはぐったりしているベアトリスの下へ。ミミから解放されて心なしか縦ロールをしおらせるベアトリスは、近づいてきたスバルを恨めしげに見上げた。


「スバルの特訓に付き合って、今も猫娘に振り回されてベティーはくたくたかしら……。スバル、抱っこするのよ」


「特訓に付き合ってって、お前は見てただけじゃん……」


 野暮な突っ込みを入れつつ、スバルは両手を差し出しているベアトリスを抱き上げる。以前より鍛えているし、羽毛のように軽いので重さは気にならない。

 絵面が少し、子持ちの男親みたいになりそうなのが困りものだが。


「おー、ちびっこが抱っこされてる! いーなー! ミミも! ミミも!」


「お前のとこの団長ならまだしも、体格的に無理だろ。却下だ、却下」


「えー、ずるーい! ずるーい! それずっこー! ずっこー!」


 ベアトリスを抱くスバルの周りを、ミミがちょこまかと走り回る。何故かベアトリスが「ふふん」と言いたげに勝ち誇る顔。

 やがてミミはスバルのジャージの裾を掴み、


「じゃー、いい! ミミが勝手によじ登るー!」


「馬鹿! やめろ、ひっくり返るだろ! ペトラも止めて……何してんだ?」


「あ、えっと、別に羨ましくなったわけじゃないです。じゃないけど、わたしもスバル様によじ登っていいですか?」


「よくねぇけど!?」


 幼女一人を抱え上げ、猫幼女と少女にまとわりつかれるスバル。そのままワイワイと話に進展が見られないまま、玄関ホールで騒ぎ続ける。

 すると、


「――いつまでも戻らないと思ったら、玄関で何をしているの?」


 感情の凍えた声がして、スバルとペトラは揃って背筋を正す。

 一方、ミミは新しい声に興味津々に目を輝かせ、ベアトリスは嘆息する。


 声が降ってきたのは、玄関ホールを見下ろせる大階段の上からだ。視線をそちらへ向けると、じゃれ合う四人を見下ろす位置に一人の少女が立っている。

 桃色の髪をした、丈の短い改造メイド服を身に纏う人物だ。薄紅の瞳には冷然とした感情が浮かび、可愛らしいといえる顔立ちに可愛げの成分が一切ない。

 ペトラの同僚であり、この屋敷の使用人頭を務めるラムだ。


 ラムは冷めきった目でスバルたちを眺め、「ハッ」と鼻を鳴らすと、


「いやらしい」


「この面子と絵面でその発想が出てくるお前の方がいやらしいよ! 健全かどうかは議論の余地があるにしても、ほのぼの以外の何物でもねぇだろ!」


「そうやって何でも自分の都合のいいように事実を捻じ曲げる。でもバルス、覚えておくといいわ。――ラムの評価はラムの目が見たものが全てよ」


「変な風に見えるってフィルターを外すところから始めてもらっていいですかね」


 興味なさそうに目をそらされたところを見ると、聞く耳は持ってくれないらしい。憮然とした顔のスバルを無視し、ラムの視線がペトラの方を向いた。

 途端にびくりと、ペトラの小さい肩が大いに震える。


「ペトラ。お客様がいらしているから、バルスの首根っこを掴んででも連れてきなさいと言ったはずよ。どうして、玄関で一緒になってはしゃいでいるの」


「ご、ごめんなさい、ラム姉様」


「聞こえなかったみたいね、ペトラ。ラムはどうして遊んでいたのと、そう聞いているはずなのだけど」


「鬼姑みたいな言い方すんなよ。俺が悪ふざけしたんだ。ペトラは悪くねぇよ」


「悪くないわけないでしょう。張り倒すわよ、バルス」


「ちょっとしか悪くねぇよ!」


 譲歩してようやくお気に召したのか、ラムは小さく顎をしゃくって背後を示し、


「いつまでもエミリア様たちを待たせておけないわ。バルスもとっとと応接間の方へ上がりなさい。ペトラは食堂。ベアトリス様はバルスとご一緒に」


「当然かしら」


「ミミは? ねー、おねーさん、ミミはー?」


 行く手を指示されたペトラが名残惜しげにスバルの裾から手を離すが、もう片方の元気な子猫の手はいまだにがっちりスバルをホールドしている。

 そんなミミの問いかけに、ラムは頬にかかる己の髪を指で払い、


「お客様も、バルスたちとご一緒に応接間へどうぞ。お連れ様も、ミミ様がいらっしゃらないと落ち着かないご様子でしたので」


「そっかー、それじゃー戻ってやんないとダメかー。あかんやっちゃなー!」


 さすがに客人に対しては丁寧に振舞うラム。ミミがそれを受けてケラケラと笑っているが、スバルはそこに聞き流せない内容を聞きとっていた。


「お連れ様って言ったよな? でもお前、さっきは一人でこれたとかなんとか言ってなかったか?」


「言ったし、嘘じゃないもーん。ホントーにヘータローもティビーもダンチョーもユリウスもお嬢も一緒じゃないもーん。でも、ヨシュアはいっしょー。ミミ、一人でヨシュアのごえ、ゴエー?」


「護衛か?」


「そー、ゴエー!」


 胸を張ってドヤ顔をするミミ。その頭を撫でてやってから、スバルは改めて上階のラムの方へと向き直り、


「悪かった。てっきりミミだけかと思ってて、人を待たせてると思わなかった」


「そのようね。いいわ、早くきなさい。エミリア様も痺れを切らす頃よ」


「そりゃおっかない。んじゃ、ペトラとはまたあとでな。いくぞ、ミミ」


「へーい!」


 ヨシュア、とは聞き覚えのない名前だが誰のことなのか。

 アナスタシア陣営の知らない人物だろう。わざわざ使者として、ミミを護衛に付けて送られてくるぐらいだから相応の立場にあるはずだ。

 ミミが呼び捨てにしているぐらいだから大した役職でも、というのはミミの分け隔てなさを考慮すれば、良くも悪くも当てにならないだろう。


「落ち着いたらタルトを焼きますから、味見してね。スバル様」


 離れ際、ペトラが囁くように言ってその場から小走りに駆けていく。

 食堂で待つのはフレデリカあたりか。応接間の給仕に回るかはわからないが、どちらにせよペトラのタルトが食べられるのはかなり後回しになりそうだった。


「応接間にいるのはエミリアたんと誰だ?」


「ロズワール様はお戻りになられてないから、オットーとガーフが一緒にいるわ。きたのが来客を装った暗殺者なら、ガーフ一人でお釣りがくるわよ」


「別にそんなダイレクトアタックは心配してねぇよ。エミリアたんにはいざとなったらオットーを盾にするように言いつけてあるし」


「ラムも今度から、身の危険を感じたらそうすることにするわ」


 さすがはオットー、扱いが何とも言えないぜ。とまでは言いづらいところだ。

 ともあれ、応対しているのがその三人だというなら、おそらくは真面目にオットーが大活躍している頃合いだろう。早めにいって負担を軽減してやらねば、貴重な内政官を一人失いかねない。


「あれも報われない奴かしら。なんでスバルと友達やってるのか不思議なのよ」


「俺とオットーとは他人には見てもわからないような、男の友情って固い絆で結ばれてんだよ。カッチカチやぞ」


「おー! カッチカチー!」


 ベアトリスの述懐にスバルとミミが反応し、ラムの嘆息に先導されながら応接間へ到着。玄関ホールの大階段を上がり、屋敷内部に踏み込む一番手前の部屋だ。

 ラムが扉をノックすると、内側からドアが引かれる。そして見えた顔は、


「おォ、大将きやがったか。遅ェからそろッそろ俺様が迎えに行かなきゃなんねェかと思ってッたとこだぜ」


「そうやってぞろぞろと俺を探す名目で出てきて、中にオットーだけ残ったら面白いけどそうはならなかったな」


「あァ、そりゃ面白ェな。オットー兄ィの慌てッふためくのが目に浮かばァ」


 そう言って悪ガキのような笑顔をスバルとぶつけ合うのは、短い金髪と鋭い犬歯、額の白い傷跡が特徴的な少年、ガーフィールだ。

 腕を組み、ドアのすぐ傍らに立っていたらしきガーフィールは顎で中をしゃくり、


「入ってくれや。お客人が大将もこねェと話が進められねェってんでよ。オットー兄ィとエミリア様が歓迎してッけど、掛け合い漫才にしか見えねェ」


「それはそれでしばらく見守ってたい演目だなぁ」


「馬鹿なこと言ってないでとっとと入りなさい。後がつかえてるわ」


「ぐえっ」


 背中の真ん中あたりを思い切り足蹴にされて、スバルは踏鞴を踏みながら部屋の中へと押し込まれる。勢い勝っておかしな姿勢で侵入したスバルを、応接間の中から複数の視線が射抜いた。

 それぞれ浮かぶ感情は、安堵と呆れと怪訝だ。


 その安堵と呆れの両者に遅れた言い訳を告げたい気持ちを押し殺し、先に怪訝の視線の持ち主の方へと振り返る。


「――――」


 視線を交差した相手は、整った細面の美青年だった。

 線の細い体を仕立てのいい礼服に包み、色素の薄い紫髪を長く伸ばしてうなじで一つに束ねている。学者然とした雰囲気、それを助長するようなモノクルが印象的だ。

 黄色の瞳は目尻がつり上がるタイプのもので、新しい顔を覗き込む表情は唇を結んでいると不機嫌なものにも見える。

 第一印象は、お互いにあまりよいものではなさそうというべきだった。


「こちらの方が……?」


 見つめ合う時間が過ぎ、先に口を開いたのは来客の青年の方だった。

 視線がスバルを離れて、座る青年の正面にいる二人へと向けられる。その青年の問いかけを受けて頷くのは、銀色の髪を背に流す美しい少女だ。


「はい。お待たせしてごめんなさい。――私の騎士の、ナツキ・スバルです」


 そう言ってスバルを紹介してくれる少女に、スバルの背を感動が突き抜ける。

 それというのも『私の騎士』という響きが、何度聞いても聞き惚れるほどに素晴らしい言霊だからに他ならない。


「な、何故だか恍惚とした顔をしてらっしゃるみたいですが……」


「スバル。変な顔するのやめるかしら。相手に変に思われて……あれ? ちょっと、力が強いのよ。ちょ、抱きしめる腕が、スバ、スバル! 痛っ! 痛いかしら!」


「――は! あ、ごめん。ちょっとトリップしちゃった」


 胸の内側の気持ちを誤魔化すために、知らずベアトリスを絞め殺すところだった。ベア子ハッグ、略してベアハッグだ。そういう意味だったのか。

 ともあれ、客人のおかしなものを見るような目を前に、スバルは咳払いするとすぐ脇に痛がっていたベアトリスを下ろし、


「ただ今、ご紹介に与りましたナツキ・スバルと申します。こちらにいらっしゃるエミリア様の騎士を務めております。以後、お見知り置きを」


「――――」


 格好がジャージ姿で締まらないが、所作ばかりは完璧な騎士の礼に則っている。

 昔は格好付けな騎士の姿勢を斜に構えて見ていたものだが、これが意外と自分でやってみると思った以上に『はまる』のだ。

 自分に似合うか否かではなく、騎士という存在に自分を寄せていく感覚。

 勘違いと一笑に付されるような熱病を、クソ真面目にやることに意味がある。

 故に『騎士フリーク』の名に恥じない知識を備えたガーフィールの指導の下、スバルの礼式は一角の騎士として恥じない出来栄えになっている。


 ちらと視線をドアの方へ向けると、見守るガーフィールも満足げな様子だ。

 スバルのチラ見に気付き、ガーフィールが中指を立てて応じてくれる。教えたのはスバルだが、それは使う場面が違う。講師役としてはともかく、生徒役としてのガーフィールは落第だった。


「ご丁寧にありがとうございます。ぼ……自分はアナスタシア・ホーシン様の使者として参りました、ヨシュア・ユークリウスと申します」


「そうですか、ヨシュアさん。いいお名前ですね。それにしても、遅れて申し訳ありませんでした。改めてお詫びを……ユークリウス?」


 名乗った青年――ヨシュアに社交辞令を述べている途中で、スバルは聞き覚えのある単語が耳から離れずに大いに首をひねった。

 スバルの疑問にヨシュアは「ええ」と頷き、それを補足するように、


「そうよ、スバル。ヨシュアって、ユリウスの弟さんなんだって。兄弟揃ってアナスタシアに協力してるなんて、なんだかすごーく素敵よね」


 さっきまでのどこか清廉な雰囲気を霧散させ、庶民的な発言で少女が笑う。

 無論、こちらの顔の方が少女の本当の顔だ。スバルは小さく吐息をつき、失礼を承知でまじまじとヨシュアの顔を見ながら、彼の対面の座席に腰を下ろした。

 当たり前のように少女――エミリアの隣に。


「そうか、ユリウスの弟さんか。言われてみれば確かに特徴が似てる。嫌味……じゃなく、鋭い目つきとか。皮肉……じゃなく、優雅な口元とか。それに悪魔……とは違って、綺麗な髪の色とかさ」


「ちょいちょい無理するぐらいならコメント控えておいてくれませんかねえ?」


 ちょくちょく問題に発展しそうな言葉を誤魔化すスバルに、冷や汗を隠さずに突っ込んでくるのは灰色髪の青年――オットーだ。

 エミリア陣営の筆頭内政官、というかその役回りができるのが彼しかいないからこその肩書きなのだが、調停役としてのオットーは肝をずいぶん冷やしている。


「お前、ちょっと痩せた?」


「ここでの日々は刺激的が過ぎますからね! 特に今みたいな場面が連続すると、精神的疲労感で運動せずにガリガリになりますよ、ガリガリに!」


「ガリガリー! ガリガリー!」


 嬉しそうに弾む声を上げて、ミミが狙わずにオットーを煽る。

 客分の連れだけに何も言えない顔のオットーを余所に、ミミは短い足でちょこまかと走ってヨシュアの隣に飛び込むように座る。

 そしてスバルから下ろされたベアトリスも、応接用の座席を見やる。

 ヨシュアたちを出迎えるスバルたちの席は、スバル、エミリア、オットーの並びで埋まっている。詰めればベアトリスが入る隙間もあるが、それも不格好というものだ。なので、ベアトリスは迷わずスバルの膝の上に座った。

 スバルも当たり前のようにベアトリスの腹に手を回し、落ちないよう支える。


「さて、それじゃこれまで遅れてた本題に……」


「ちょ、ちょっとお待ちください! そちらの女の子は?」


 その話の入り方に慌てふためいたのはヨシュアの方だった。

 彼はスバルの膝の上のベアトリスを指差し、モノクルがずれる勢いで身を乗り出している。どうやらユリウスほど、余裕のある性格ではないらしい。

 どちらかといえばその方が好ましいとスバルが考えていると、代わりに口を開いたのはヨシュアの隣に座るミミだ。


「もー、ヨシュアはおくれてるなー。あれはベア子で、スバルの子どもだよ。見ればわかるじゃん。隣がおかーさんで、その隣がオサンドン?」


「誰がおさんどんですか、自分の立場にイマイチ確信が持てない僕の前でそういうこと言うのやめてくれませんかねえ!?」


「オサンドーン! オサンドーン! マジューの名前みたい、すごー!」


 無邪気そのもののミミにはオットーの渾身の叫びも通用しない。

 肩を落とすオットーに対するリアクションは全員が揃って放棄し、スバルは膝の上のベアトリスの頭に手を置いて、


「紹介しなくて申し訳ない。なんかこの体勢が当たり前みたいになってたから、違和感なく話を流そうとしちまったい」


「オットーくんも指摘するの忘れてたもんね。私もびっくらこいちゃった」


「びっくらこくってきょうび聞かねぇな……」


 相変わらずな発言をするエミリアだが、その内容にはスバルも同意だ。オットーが常識的な突っ込みを忘れる程度には、この光景が日常化しているということだろう。なんともまあ、贅沢な悩みともいえた。


「この子はベアトリス。ミミの言う通り、俺とエミリア様の子どもだ」


「ええ!?」


 衝撃を受けた顔のヨシュア。


「もう、違うでしょ、スバル。ヨシュアが驚いてるじゃない。私、スバルとチューはしたけどチューじゃ赤ちゃんはできないんでしょ。お勉強したんだから」


「あ、ごめん、エミリアたん。なんかものすごい赤裸々な感じでプライベートが暴露されてく気がする。俺が悪かったから普通に紹介しよう」


「ベティーをダシにするからそういうことになるのよ。反省するかしら」


 悪意ないエミリアと不機嫌なベアトリスに同時に愛想笑い。

 ちなみにエミリアの子作り知識の勘違いは、『チューじゃ赤ちゃんはできない』というところで止まったままだ。その先に踏み込むのはもちろんスバルには無理で、他の女性陣も『エミリア様がもうちょっと精神的に成長されてから』とショックを受けることを想定して時機を見ているらしい。基本的に全員が過保護だった。


「ええと、それで実際のところそちらのベアトリス嬢の立場は……?」


 ずれたモノクルを直しながら、早くもロズワール邸メンバーの洗礼にたじたじになっているヨシュア。メンバーの騒がしさでは『鉄の牙』を抱えるアナスタシア陣営も似たようなものなのでは、とスバルは疑問に思いながら、


「話がとんとん拍子でずれてすみません。ベアトリスは一見、ただの可愛い幼女に見えますが、その正体は俺の契約精霊です。ロリババアです」


「そう、精霊なのよ。あと、ロリババアって響きは馬鹿にされてると見たかしら」


 頭の上の手を払い、逆に下からぐいぐいとスバルの顎を押してくるベアトリス。ここでの生活でスバル語にも精通し始め、失言もなかなか許されない。

 ロリババアについては既存のババアと説明済みのロリの組み合わせなので、見抜かれて当たり前といえば当たり前だが。


 そんな傍目には心温まるスバルとベアトリスのやり取りだったが、相対するヨシュアの反応はそれはそれは劇的だった。

 なにせ彼は、それまでのどこか堅物っぽくありつつも愛嬌のある青年という印象があった表情をガラリと冷たいものへ変えて、


「――そうですか。精霊ですか」


 低い呟きに込められた感情は、その呟きを聞きとった誰にも推し量れない。

 感情を押し隠しているのではない。逆だ。複雑怪奇に絡み合う感情の波が雑多にありすぎて、何が中核の感情であるのかわからなかったのだ。

 ただ、それがあまり好意的な呟きでないのはその場にいた全員がわかった。


「よォ、お客人。うちの大将が精霊連れてっと、なんか問題があんのかよォ」


 以前のスバルの役回り、誰に対しても不遜を地でいくのがガーフィールだ。

 全員がどう突っつくべきか悩んだ問題にも、物怖じせずにぶっ込んでくれる。

 そのガーフィールの言葉に、ヨシュアは「いえ」と短く首を横に振り、


「大したことでは。ただ、ナツキ殿も精霊騎士であるのだと思いまして。ご存知だとは思いますが、自分の兄も精霊騎士ですから。この国で唯一、といっていいぐらい希少な肩書きなのですが」


「ああ、もちろん知ってるよ。あいつには魔女教との戦いで……その、なんだ。世話……世話に、ぐっ。世話に、なった、から……」


「あんたそんなに助けられたの認めたくないんですかねえ!?」


 そういうわけではないのだが。ただ、ユリウスとの共闘を思い出し、口走った内容などを回想するとむず痒い上に、練兵場でズタボロにされた古傷が痛むだけだ。


「ベティーとスバル以外にも、精霊を使う騎士がいるとは聞いていたのよ。それがお前の兄というのは、何とも奇縁というべきかしら」


「奇縁とは、どういった意味合いでしょうか。精霊様」


「決まっているのよ。先人は後々に追い抜かれることが決まっているかしら。せいぜい、スバルとベティーの華々しい道行きの飾りになるがいいの……にゃにゃ!」


「出会い頭に喧嘩売ってんじゃねぇよ。それに俺とユリウスとじゃ地力が違いすぎ。同じ分野で競ってもしょうがねぇよ。パズルが得意な奴にパズルで挑むんじゃなく、パズルが得意な奴にマリカーで挑むみたいな勝ち方が俺らの勝ち方」


 ベアトリスの頭を掻き回し、スバルはヨシュアに頭を下げる。

 その際、髪を乱されたベアトリスの頭も一緒に押して下げる形だ。


「悪かった。お前の兄貴を馬鹿にするつもりはねぇよ。っていうか、こっちが能力的に下なのは認めてんだ。ちょっと見栄っ張りなんだよ、この精霊」


「殊勝なことですが、正しい判断ですよ。僕の兄様と自分を比較して、劣ったところを認めるのは当然のことです」


「あれ?」


 大人らしい譲り合いで話を元に戻そうとしたのに、ヨシュアが急に高圧的なことを言い出したせいで再び雲行きが怪しくなる。

 怪訝に眉を寄せるスバルに気付かず、ヨシュアはモノクルを妖しげに輝かせ、


「そう、兄様はすごい方なんです。若干、二十歳にして今では王国騎士団の花形である近衛騎士団で、実質的な二番手を任されている。アナスタシア様にお仕えするために今は近衛騎士のお役目を離れていますが、このたび、アナスタシア様が本懐を果たされたならば兄様の近衛騎士団長の座は安泰といえます。今代の剣聖であるラインハルト様との親交も厚く、公私に亘り完璧な振舞い。自分にも他人にも厳しく、向上心を忘れない立派な志。そして、多くの女性を虜にする優美な外見とそれに見劣りしない精神性。そう、兄様はすごい方なんです。あなたなんて、お話にならない」


「……お、おう」


 熱を込めて、それこそ興奮に顔を赤くしながら美辞麗句を並べ立てるヨシュア。

 その言葉にスバルもその一言しか返せず、膝の上のベアトリスもどん引きだ。ガーフィールやオットーも何が命取りになるかわからず口を閉じたままで、ミミに至っては出された茶菓子を頬張るのに夢中でフォローどころか聞いてもいない。

 そんな状態の室内で、荒いヨシュアの言葉に対抗できるのは一人だけだ。


「ふふ。ヨシュアって、すごーくお兄さんのユリウスが好きなのね」


 基本、なんでも好意的に受け止めてしまう天使がそこにいた。

 ヨシュアはその言葉に、自分が何を口走ったのかに気付いて、興奮ではなく羞恥の方で顔を赤くする。だが、咳払いしてなんとか自分を落ち着けると、


「す、すみません。少し熱が入ってしまいました。家族のこととなると、どうも自制が利かないところがあって」


「ううん、大丈夫。私はもっと、ヨシュアの口からユリウスのことが聞きたいって思ったもの。私、ユリウスとは王都で何度か顔を合わせただけだから、もっと色々知りたいなって思ってたの」


「そ、そうですか! では、僕と兄様の思い出をいくつか……」


「それはまたの機会ってことにして、今は本題に入った方がいいんじゃないか!? なぁ、そう思うだろ、オットー! ガーフィール!」


「え!?」


 割り込み、強引に話を振るスバルに呼ばれた二人が「巻き込むなよ!」という顔と声で返答。しかし、すぐに首を縦に振ってスバルに同意を示す。

 すると、ヨシュアはさすがに話がそれすぎると気付いた顔で、


「で、では……兄様の栄光の物語はまたの機会にいたしましょう。僕……いえ、自分の方も用件を早々に果たして、アナスタシア様に合流しなくてはいけませんので」


「はい。すごーく楽しみにしてるわね。それで、ずっと先延ばしにしてた本題なんだけど……どういうお話でしょうか」


 どうにか不自然さを残しつつも平静を装うヨシュアに対し、エミリアは自然体のまま王位候補者モードへと移行する。

 口調がどこか厳かなものになると、自然と応接間の空気も引き締められた。この緊迫感の張り方も、エミリアの方に為政者見習いとしての自覚が芽生えてこそだ。


「――アナスタシア・ホーシン様の使者として、我が主であるアナスタシア様からのお言葉をエミリア様へとお伝えします」


 その肌を弾くような緊張感に触れて、ヨシュアの表情も最初の温度を取り戻した。青年は懐に手を入れると、そこから一枚の書状を取り出してテーブルへ置く。

 開き、黒のインクで記された文字へと目を落としながら、


「アナスタシア様は、エミリア様ならびにその関係者の皆様を都市『プリステラ』へと招待したいとの仰せです」


「都市プリステラに招待……プリステラっていうと、確か水門都市よね? ルグニカ王国とカララギ都市国家群の国境近くにある、大きな都市ってお話の」


「そちらで間違いありません。現在、アナスタシア様は王都ではなくそちらの方に滞在しておりまして……エミリア様方をご招待したいと」


 エミリアの問いかけを肯定し、ヨシュアは静々と頭を下げている。

 そのヨシュアから視線を外し、エミリアが横目にスバルに問いかけてくる。その視線が意味するのは当然、「どう思う?」という疑問の色だ。


 無論、今の話に対してスバルが抱いた感覚もエミリアのそれに近い。そもそも、アナスタシアがルグニカに滞在するための屋敷が、王都の貴族街にあるというのは周知の話だ。ミミからパーティーの招待と聞いたときは、当然のようにその屋敷へ招かれるものだとばかり思っていたのだが。


「プリステラは風光明媚な場所で、都市自体の特殊性もあって観光地としても有名な都市です。ただ見て回るだけでも心が安らぐと、アナスタシア様もお喜びで」


「ただいい場所だから紹介したい、って話ならそれはそれで歓迎だけど……いくらなんでも違うよな? エミリアとアナスタシアはあくまで友達じゃないわけだし」


 それにスバルの記憶では、王城のやり取りでアナスタシアはエミリアに対して特に厳しい姿勢を見せた側だったはずだ。エミリアに辛辣な対応を取ったのは候補者の中では、プリシラとアナスタシアの二人がまさにそうだろう。

 クルシュは個人の感情で人種差別はしないし、フェルトはエミリアに少なからず恩があった。そのため、白鯨や魔女教での協力はあったものの、スバル個人としてはアナスタシア個人にあまり良い印象は持っていない。


 だから当然、今回の誘いもそう気前のいいものではないだろうと予感していた。

 そのスバルの疑念を裏付けるように、ヨシュアの口元が微笑を刻む。

 そして、


「アナスタシア様は今回は御厚意でお誘いするとのことでした。なんでも、エミリア様がお探しになっている貴重な代物を、プリステラで目にしたというお話で」


「私が探してるもの?」


 エミリアが食いつく姿勢を見せ、その瞬間にオットーの表情が「やられた!」というものになる。制止を呼びかける前に主導権を取られた、とスバルもオットーの態度で理解したが、肝心の話題の中核が見えてこない。

 その判断の遅れは、完全に主導権を相手に明け渡すことになった。


 笑みを深めたまま、ヨシュアはこう語ったのだ。


「――都市プリステラの魔鉱石商の元に、エミリア様が所望される超高純度の無色の魔鉱石が眠っているとのことです。大精霊様を収めるための触媒を、今はお探しでいらっしゃるとか」


 ――そして主導権を譲った時点で、エミリア陣営のプリステラへの出発は決まったようなものだったのだ。



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