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お嬢様達のナイトメア 最終話

やっと最終回です。

 「さて。今日で終わりです」

 夕方、水瀬とイーリスを自室へ呼んだ日菜子が、そう答えた。

 ちなみに明日は土曜日。休日だ。

「私も明日一番でこの学校を去ることになります。水瀬にイーリス、そして栗須。本当にご苦労様でした」

「恐縮です」水瀬達が一斉に最敬礼で答えた。

「ふふっ。何もそう堅くなることはありません」

 日菜子は、膝の上に乗って喉を鳴らすタマの様子に上機嫌になりつつ言った。

「皆、共に戦ったのですから」

「はっ」

「イーリスは、この後、しばらくはここへ?」

「はい。メトセラが気になりますので」

「わかりました。栗須、春菜の方は?」

「明日、正午にこちらへ」

「ゴネていませんでしたか?」

「宮中で缶詰状態で勉強させられればしかたありません」

「そうですね―――水瀬」

「はい」

「ご苦労様でした。月曜日からは明光学園へ戻ってください。たしか、期末テストでしたね」

「……」

 水瀬は、血の気が引けたのを確かに感じた。

 勉強は―――何もしていない。

 大切なテスト勉強の期間を、完全に浪費してしまった。

「る、ルシフェルは?」

「既に退学済みです」

「何で僕に一言も?」

「必要なのですか?任務ですよ?」

 さすがに、返す言葉がなかったが、栗須とイーリスは互いに目配せした後、小さくため息をついた。

「テスト、頑張りなさい」

「―――はい」

「水瀬」

「はい」

「ルシフェルから頼まれた仕事があったのでは?」

「あの普通科の女の子の心臓再生ですか?」

「心臓なんて、脳の次に難しい手術、しかも医学では出来ないことをそう簡単に……」

「大丈夫です」

 あきれ果てる日菜子に水瀬は平然と言ってのけた。

「明日、知り合いの病院に緊急入院の後、一週間の面会謝絶ってことで再生にかかります」

「成功率は?」

「95%」

「5%は、失敗するのですか?」

「えっと……呪文発動失敗とか、不測の事態です」

「テストと一緒ですが、頑張ってください。それで……」

 日菜子は言いにくそうに俯くなり、器用にタマの尻尾を玩び始めた。

「……」

 栗須がイーリスに目配せをして退室する。

「?」

 水瀬は、その意味がわからず、ただ黙って二人を見送った。

「あの、殿下?何かございましたか?」

「そ、その……」

 見ると、日菜子は平然としているように見えて、顔を赤くしていた。

 ニ゛ャァァァァッ!!

 タマが悲鳴をあげて日菜子の膝の上で飛び跳ねる。

 日菜子に尻尾を結ばれそうになったからだ。

「て、テストが終わった後、冬休み。予定は?」

 日菜子はタマに何をしたのか覚えていない様子だ。

 水瀬は予定を思い出しながら答えた。

「任務は入っておりませんが……?」

 また仕事かなぁ。

 せめてゆっくり休みたいんだが……。

 そう思った水瀬に、意外な言葉が日菜子の口から出た。

「こ、今度、宮中を出て、お忍びで行きたい所があります。宮中を抜け出すのを手伝いなさい。ついでに護衛を」

「―――は?はっ、はい」

 樟葉さんにバレたら無事ではすまないんじゃないかな。

 そう思った水瀬は、首筋に寒けを感じたが、

「ほ、本当ですね!?」

 言った方は明るい顔つきだ。

「え?ええ」

「じ、じゃあ!12月24日!決行です!雨が降ろうが槍が降ろうが!」

「は?はぁ……」

 水瀬は、日菜子のウキウキ顔を黙ってみていた。

 水瀬はこの時、「相当、楽しみにしているんだなぁ」程度にしか思っていなかったからだ。

 そう―――

 まさか、この申し出が、自分の人生を大きく変えるとは予想すらしていなかった。

 人生は、ほんの些細な、そして意外なことで、全く様相を変えるものだ。

 それが、人生なのかもしれない。

 水瀬は、それに気づいていないだけだ。

 

 

「じゃあ、後は水瀬、あなたのこの学校での処置ですが」

「どうなります?」

「本日付けをもって退学となります。明日、私と共にここを出ます」

「うーん」

 水瀬は残念そうだ。

「せめて生徒会の方や森村先生に」

「全て春菜の方から話をつけてもらいます……あなたはこの学校から消えなければならないのです。理由は、わかりますね?」

「僕が、イレギュラーだからですか?」

「その通りです」

「―――ハァッ。わかりました。でも残念です」

「未練がありますか?」

「美味しいご飯……まだ、生徒会長におごってもらっていないんです」

「くすっ。食べることだけですか?」

「まぁ……それ以外はどの学校だって変わらないんじゃないですか?」

「そうかもしれませんね。―――とにかく、今日付けで退学です」

「……さっきも言いましたけど、本当に急ぎますね」

「……」

「何か、あるのですか?」

「水瀬」

「はい?」

「この退学の処置、あなたは絶対に許さないかもしれません。私を怨むかもしれません」

「?―――別に、そんなことは」

「いいえ」日菜子はきっぱりと言った。

「これはいわば私の予言です」

「随分、大きく出ますね」

「あなたは、この処置に強く不満を抱く。それは間違いないのです」

「―――とにかく」

 水瀬は面食らいながら言った。

「命令には従います。僕達近衛騎士は、殿下の狗ですから」

「……」

 

 

 そして迎えた月曜の朝。

 

「……」

 日菜子は、それを見た途端、気絶しそうになった。

 執務室の中に、いくつも塔を作り上げているのは、全て書類だ。

「春菜は?」

 側近の事務官が答える。

「初日、開始から30分で逃げ出しました。“やっぱり無理っ!”とかおっしゃって」

「……あの役立たず」

 日菜子はとにかく、塔を崩さないように執務椅子に座った。

「風邪引いて今朝方、ようやく登校できたというのに」

「お加減は、大夫によくなられたご様子とうかがっておりますが?」

「こっちが気絶しそうです」

 机の上は物書きをする最小限度のスペースがあるだけ。

 日菜子は腕まくりをしてからペンをとった。

 

 とにかく、やるだけだ。

 

 

 同じ頃、

 (あちゃ〜っ)

 水瀬は内心、舌打ちした。

 一夜漬けで張ったヤマが外れたからだ。

 美奈子を拝み倒してテストの出題範囲を教えてもらった中。

 多分、出ないだろうと予想した範囲がすべて出ている有様。

 (まいったな)

 水瀬はおぼつかない記憶を頼りに、えんぴつを走らせ始めた。

 こちらも、とにかく、やるだけだ。

 

 

 同じ頃、

「殿下」

 久々に登校した教室で、春菜はHRが終わるなり、クラスメートに取り囲まれた。

「水瀬さん……そんなにお加減が?」

 皆、心配そうに春菜を見つめる。

 (無理もないです)

 春菜は思った。

 水瀬の退学は、“心臓病の悪化に伴い、静養が必要になったため”。

 病気で学校に通えなくなった。

 そういうものだ。

 

 (それにしても―――)

 

 久々に登校したせいか、

 春菜は強い違和感に囚われていた。

 皆、何故か一回りも二回りも、強いというか、大人びて来たように思えてならないのだ。

 こっそり、紫音に訊ねたら、

「皆で死にそうな目にあって、みんなでそれを乗り越えた。それが影響しているんじゃない?」

 そう言われた。

 皆の成長に、自分だけ、取り残された気がする。

 それが、春菜には寂しかった。

 

 

 

 放課後

「はぁ……」

 ガチャ。

 春菜はため息をついて自室のドアをくぐった。

「お帰りなさいませ」

 出迎えるのは栗須。

 その顔を見るなり、

「栗須ぅぅぅっ」

 春菜は泣きながら栗須に抱きついた。

「ど、どうなさったのですか!?」

「補習で年内どころか、年始まで休みがないよぉ!」

「あ、あら……」

「私の休みじゃないのにぃ!!」

「じ、人生、いろいろですわ」

 なでなで。

 栗須は春菜の頭をやさしく撫でながら慰める。

「殿下。お茶をいれますので、しばらくお部屋でお休みを」

「ぐすっ……うん」

 そして―――

 

 がちゃ

 

 開けた先

 

 そこは、久しぶりに入る自分の部屋。

 

 今朝はそのまま教室に入ったため、見ていなかったが……。

 

 なんだか、とても殺風景だ。

 

 特に、本棚が。

 

「……あれ?」

 

 

 

 同じ頃。

 騎士のスピードで処理しつづけたおかげで、書類は半分程度に減った。

 このままのペースで行けば、明日、明後日には通常の執務だけで済みそうだ。

 だが―――

 午後に入って、日菜子のペースは確実に落ちている。

「午前中にペースを上げすぎました」

 とか、

「仕上がれば後で呼びますよ」

 と、日菜子は事務官に言い逃れているが、

 

「えっと……この夜景を見て、お食事は……」

 

 すでに日菜子は執務をしていなかった。

 

 華雅女子学園から戻る途中で買い込んだ雑誌を眺めては、ため息をついている。

 今の日菜子にとって、仕事よりこっちの方が大切だった。

 生まれて初めてのこと。

 だから、意地でも成功させたい。

 それなのに、考えれば考えるほど、うまくまとまらない。

 それが、もどかしい。

 

「殿下」

 

 突然入ってきた事務官に、日菜子は思わず椅子の上で飛び跳ねてしまった。

 

「?」

「な、なんでもないです!?どうしました!?」

「お電話です。春菜殿下から」

「春菜から?」

 何か忘れ物でもしたかしら。

 日菜子は、少し考えた後、事務官に答えた。

「繋ぎなさい」

 

 華雅女子学園からの電話。

 皆で戦い、苦労し、そして過ごしたあの学校からの電話。

 たった2日離れただけでもう懐かしい。

 日菜子は受話器を持ち上げながら、ふと足下を見た。

 

 クッションの上。

 幸せそうな寝顔を見せながら丸くなっているのは、タマだ。

「ネコマタですから、いざという時は役立ちますよ」

 水瀬はそう言ってくれた。

「タマを、お願いします」

 そう言って、タマを自分に託してくれた。

 水瀬が、私に託してくれた。

 それが、今の日菜子には、とてつもなくうれしい。

 

「何ブツブツ言っているんですか!」

 受話器から凄まじい怒鳴り声が響き渡る。

 少しだけ、耳が痛い。

 相手はどうやら春菜らしい。

「春菜?どうしたのです?」

「どうしたもこうしたもありません!」

 春菜は受話器に向かって怒鳴りつけた。

「私の貯めていたマンガはどこですか!?あの補習の山はなんですか!?」

「マンガ?補習?」

「気づかないうちになくなっていて、あるんです!」

「あのね?日本語になってないわよ?」

「わかっていて、はぐらかすつもりでしょう!?」

「そんなことありません」

「いえ!今、チッて舌打ちが聞こえました!舌打ちが!」

「―――あのですね?春菜。私がそっちへ行ったのは事件解決のためです。いいですか?」

 

 それが、姉妹喧嘩の発端だった。

 

 最初からけんか腰の妹と、それを姉としてなだめすかす姉の構図が、時間がたつにつれて、

 互いにけんか腰

 へと姿を変えてしまった。

 

「大体!なんで水瀬を下げたんですか!?栗須から聞きましたよ!?姉様が退学させたって!そんなに水瀬を独占させたいのですか!?あんまりじゃないですか!」

 電話口で怒鳴る春菜の声がかすれてきたのに気づいている栗須が、電話の横へティーカップを置く。

「わかりました!補習はしますっ!せめてマンガは戻してください!」

 何か、よほどの条件……悪く言えば脅迫。を受けたんだろう。

 ついに春菜が折れた。

 それから枯れた声で数分話し合い、

 ガチャン。

 受話器が置かれた。

 

「お疲れさまでした。殿下」

「……おかしいです」

「何がですか?」

「姉様、何かを隠しています」

「?何か?ですか?」

「そうです」

 春菜は首を傾げた。

「少なくとも、水瀬を学園から遠ざけた理由は、明日、音楽の授業に出席すればわかるの一点張りで」

「……まぁ。何でしょうねぇ」

「栗須に心当たりは?」

「ございませんわ」

 

 

 そして、運命の翌日。

 

 音楽の授業が始まった途端、春菜は納得した。

 

 姉様が水瀬を学園から急いで遠ざけたのも、

 (無理はない……)

 そう、実感したからだ。

 

 もし、水瀬がここに居合わせればどうなるか……。

 居合わせた上で、

 真実を知った上で、

「帰れ」

 そう、言われたらどうするか?

 春菜は、考えたくすらなかった。

 

 教壇には、音楽担当の島村敬子教諭と共に、一人のスーツ姿の女性が立っていた。

 長い髪。

 穏和だが品のある顔立ち。

 お嬢様というより、むしろ高貴なお姫様という方がしっくり来る。

 そんな女性が、やや緊張気味の笑顔を浮かべて生徒達からの好奇心にあふれた視線に耐えている。

 

「はい。それでは」

 島村先生は、元オペラ歌手の独特なトーンで喋り始めた。

 生徒の耳には、「はぁぁぁいいいっ。そぉれぇでぇわぁぁぁっ」と聞こえるのだが、何故か言葉は正確に伝わる。

 なぜ正しく伝わるのか、それは誰にも説明が出来ず、今や学園七不思議の一つとも言われている。

「ヴァイオリン担当のクラウゼヴィッツ先生が、産休のため、無許可で赴いた東欧で、そのまま行方不明になってしまいましたので、産休の期間、あなた方のヴァイオリンの授業を担当する代理の先生をご紹介します」

 島村先生に促され、スーツ姿の女性は、緊張した声で自分の名前を言った。

 

「風間祷子です。よろしくお願いします」

 


お……終わりました。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!!

次回は4月以降発表予定です。


●お知らせ●

「美奈子ちゃんの憂鬱」シリーズの設定資料集のページを作成しました!

題して「美奈子ちゃんの憂鬱Wiki」……もっとヒネるべきですね。

アドレスは

http://www28.atwiki.jp/ayano01/pages/1.html

です。

一度、ご覧下さい。

ただし、かなりのネタばれが含まれていますのでご注意下さい。

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