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お嬢様達のナイトメア その44

 『この役立たずっ!!』

 ブチンッ!!

 スゴイ勢いで無線が切れた。

 

 切れたのはイーリスさん自身だ。

 そう思った水瀬は、窓の外の様子を見た。

 寮の方から砲声が響き、遠くで光りが見えた。

 旧校舎の方角なのは間違いない。

 門の周囲で近衛が再び動いたと見て間違いはない。

 多分、念を入れて再度艦砲を撃ち込んだ。そんな所だろう。

 あの司令官の指示しそうなことだ。

 水瀬は鼻白んだ後、納得出来ないという顔で無線機を睨んだ。

 本来ならもう既にケリがついているはずのこと。

 一体、おばあちゃんは何をしているんだろう。

 

 知らずに、水瀬の口から深いため息がこぼれた。

 

 

「―――というわけ」

「まぁ。そうだったのですか?」

 天原骨董品店の客間の応接セットで向かい合っているのは、神音と遥香だ。

 カノンを(しつけ)ていた神音が、突然来訪してきた遥香をここで出迎えてから既に10分は経過しようとしていた。

 義母と義娘の二人は、紅茶を飲みながらの世間話に興じている始末。

「そういえば、カノンは?」

「?ああ。今、地下室でお馬さんゴッコしているわ」

「お馬さん?」

「ええ。もう泣いて悦んでいるわ。もっと揺らしてって。特注の木馬だから悦んでもらって私もうれしい限り」

「まぁ……カノンも子供っぽい遊びが好きなのですね。やっぱり」

「して、今日、来たのは何だったかしら?」

「ああ。そういえば……悠君からで、頼んでいたことはどうなっていますか?って」

「頼まれていたこと?」

 神音は、少し考えた後、思い出したように席を立った。

「ああ。妖魔のコントロールのことね」

「妖魔の?」

 義母が席を立った以上、義娘である遥香もまた、席を立つ。

「そう……遥香さん?最近、悠理が何だか生意気になってきたと思いません?」

「まぁ!悠君ったら、何かお義母様に?」

「もういろいろよ。今度、由忠連れてきて。さすがに今度ばかりは堪忍袋の緒が切れました」

「私が母親として、至らないばっかりに申し訳……」

「ああ。遥香さんは何も非はないのですよ?問題は、由忠」

「でも」

 夫の不甲斐なさを義母に責められては、妻の立場がない。

 遠回しに自分が責められているのと同じなのだ。

 それに神音は気づいている。

 神音にとって、カワイイのは息子でも孫でもなく、嫁なのだ。

「あなたが妻として、母として、どんなに身を粉にして頑張っているかは、義母である私は十っ分に承知しています。けれも、肝心の由忠が、父親としてしっかりしないから、孫がああなるんです。第一、悠理から聞いたけど」

 二人の立ち話はこの後、延々と続くことになる。

 

 

 指定ポイント上空500メートル。

 凄まじい衝撃から解放されたメサイアだが、空間異常を告げるセンサーの警告は鳴りっぱなし。

 その異常に対応するためにメサイアが放つ防御魔法のレベルは、今まで経験したことがないほど高い。

 この防御魔法が空間異常に負ければ、メサイアといえど、その機能を停止する。

 地上500メートルから墜落すれば、中にいる自分なんて助かりはしない。

 騎士にはそれがわかっていた。

 その騎士が眼にした光景。

 それは、信濃と最上から放たれたマジック・レーザーが門周辺の土砂を吹き飛ばした光景。

 それを、メサイアの眼越しに見物していた。

 爆発に巻き上げられた土砂がメサイアに当たっている音がひっきりなしに続く中、強力なサーチライトが着弾地点を照射した。

「あれか……」

 もうもうと上がる土煙の向こう、そこには、飛行艦から照らされるサーチライトを吸収する黒々とした穴があった。

 門。

 そう、呼ばれる存在が、そこにあった。

 

 門の向こうは魔界。

 こんなメサイア1騎程度、どうとでもなる圧倒的存在の住む世界……。

 

 門。

 そこから出た奴らに、一体、どれだけの仲間が殺されたのだろうか。

 そう考えただけで、一年戦争をはじめ、幾多の死線をくぐり抜けてきた歴戦の騎士の背筋を冷たい汗が走る。

 ゴクッ。

 不意にコクピットに響き渡った音に、思わず計器類を見る。

 それが自分の飲み込んだ唾の音だと気づいた騎士は、恐怖心を振り切るように、メサイアコントローラーに怒鳴った。

「司令部からは!?」

 『今、入りました』

 胸部ユニットに組み込まれているコクピットにいる騎士へ、頭部ユニットのコントロールルームに入っているメサイアコントローラーから、騎内通信が入る。

 視界の端にあるモニタが彼女の顔を見せてくれるだけでも、騎士の心に、不思議な安堵感が広がる。

 『今、封印作業、開始されました』

 その言葉を待ち受けていたように、視界の端を飛行艇が数機、門へと向かっていく。

 飛行艇は編隊を組み、何かを吊している。

 メサイアの眼は、巨大な柵であることを教えてくれた。

 丁度、巨大な鳥かごのような形状をしている。

「……なんだ、あれ?」

 『座学で居眠りしてるから、そんなこと言うんです』

 騎内通信機からはにべもない言葉が聞こえてくる。

 『事前打ち合わせでも言っていました』

「お前が聞いていればいいんだよ」

 『教えてあげませんよ?』

「……悪かったよ」

 その子供がすねたような声がよほどおかしかったんだろう。

 騎内通信機からの声には、クスクスと笑い声が混じる。

 10も年下の娘相手に、全くバツが悪い。

 『あれで、門を覆って、蓋にするんです』

「出来るのか?」

 『倉木山はあれで封印されています』

「へぇ……」

 モニタをズームしてもっとよく見よう。

 そう思った騎士の耳に部隊長からの命令が入った。

 『第一小隊各騎、これより門封印に立ち会う。柵周辺につけ』

「3号騎了解」

 騎士は、メサイアを柵の間近へと移動させるべく、コントロールシステムを握りなおした。

 

 

「地下シェルターは魔法騎士に任せろ。我々は補給と部隊の再編成を。終了次第、残る敵の確認、掃討、及び設備の復旧をなせ。いいか!?メイドの名誉にかけて、生徒の方々の朝食と朝風呂を確保せよ!」

 正面玄関に太田の声が響き渡る。

 太田は思った。

 信濃の艦砲射撃は正解だった。

 地上の土砂を吹き飛ばし、通路を陥没させただけでなく、その爆風が地下通路内をかけずり回ったのだ。

 侵入ポイントのほぼ全てから吹き上がった爆風。

 地下通路で列をなしていた妖魔達には逃れる術はなく、A中隊の室町中尉の報告によると、阻止第一ポイントでは、爆風と一緒に、妖魔の残骸が雨となって陣地に降り注いだそうだ。

 

 しかし―――代償は大きい。

 

「掃除が手間だな」

 爆風がもたらした犠牲は、かなりなものだ。

「はい。カーペット、壁紙……考えただけで気が遠くなります」

 酒井中尉が惨状を前に、うんざりという顔で頷いた。

「負傷者は?」

「死者0、重傷16、ただし療法魔導師隊の支援が」

「そうか……問題は、地下だな」

「はい……」

 酒井は太田の前に地図を広げた。

 どうやら、酒井が学園見取り図の白地図に手書きしたらしい。

「C中隊の弾着観測隊からの報告を元にしました」

「どうした?」

「主幹地下通路から地下シェルターへ向かう敵の通路ですが」

 酒井は、マジックで大きく書かれた通路から横に伸びる一本の細い通路をなぞった。

 まるで後退するように掘って、間違いを正すかのように地下シェルターへ向け、くの字を書くように走っている。

 地図で見ると、このルートが最も長い。くの字が始まる地点から地下シェルターまで、ゆうに500メートルはある。

「この、くの字が始まる地点で爆風が地上に出ました。観測隊が確認しています」

「直上の施設は?」

「この地点は芝生です。妖魔は、目測を誤って地上近くまで掘り進んでから軌道修正、地下通路まで道を掘りなおしたのではないでしょうか」

「……」

 それが、どういうことか、太田は少し考えてから、自分の結論に青くなった。

「つまり……」

「そうです」酒井は頷いた。

「このくの字の区間約500メートルにいた妖魔に、信濃の艦砲射撃は影響を及ぼしていません」

「魔法騎士隊の地下シェルター侵入は?」

「あと10分はかかります」

「酒井、近衛に協力を仰げ。地下に残存する妖魔が他に侵入ルートを掘る可能性は否定できない。メサイアのセンサーなら感知できるはずだ」

「了解」

 

 

 地下シェルターを守るため、メイド達がしたこと。

 それは、地下シェルター入り口に速乾性の特殊樹脂を流し込み、通路として使えなくすることだ。

 メイド達は、その作業のために阻止第三ポイントを構築して戦ったことになる。

 魔法騎士達は、硬化した特殊樹脂の分厚い壁に魔法をたたき込み、剣やハンマーで殴りながら除去にかかっているが、騎士の力をもってしても、人が通れるだけの通路確保は時間がかかる。

「もっと急げないのですか!?」

 メイドの一人がたまりかねたように騎士の一人に怒鳴った。

「この建物吹き飛ばしていいなら、もっとハデな魔法が使えるさ!」

 騎士はそう答えた。

「出来ないだろ?だからこうやってチマチマやってんのさ。それとも、ここも艦砲射撃で吹き飛ばしてもらうかい?」

 相手がメイドと知ってか、騎士の態度は妙になれなれしい。

 それが、メイドの神経に触れた。

「―――その被害を、あなたが弁償したければ」

「じゃ、そこで見ていてくれ……爆薬はあるかい?」

 騎士の腕が自分の腰に回されたことを知ったメイドは、無言でC4爆薬をその騎士の顔面に叩き付けた。

 

 司令部への現状報告を終えたイーリスが太田の前に到着したのは、丁度、そんな頃だった。

「太田殿」

「あら?えっと、イーリス様でしたね」

「はい。地下シェルターとの通信は?」

「現在、メイド達が復旧にあたっていますが、もうしばらく」

「地下シェルターへの通気口は?」

「外に3本」

「人が通れますか?」

「幅からすればなんとか。ただし、濾過装置が幾重にも」

 太田は、イーリスが考えていることがわかった。

「木村、地下シェルターの構造図をイーリス様へ」

「了解」メイドの一人が走り出す。

「地下シェルターの通気口は、シェルターの直上に出ます。あなた方魔法騎士でしたら何の問題もないでしょう」

「案内してもらえますか?」

「一番近いフィルターでよろしいですか?こちらです」

 歩き出した太田の背後でイーリスが怒鳴った。

「第二小隊、続け!第一小隊はそのまま続けろ!細い穴数本掘って、爆薬を詰め込めばいい!」

 

 

 水瀬は小型のPDAを操作しながら結論に達した。

 やっぱり、そうするしかないかなぁ。

 PDAから放たれるホログラフィには、人間以外の言葉で書かれたこの周辺の情報が書かれていた。

 

 その情報を判断する限り、それしかない。

 

 門の封印。

 信濃の艦砲による地下掃討。

 妖魔は今いるだけと見て良いだろう。

 いくらなんでも、水晶球が破壊された以上、いつまでも命令が機能するはずがない。

 

 後は地下シェルターに向かう残存の妖魔掃討。

 

 地下シェルター内へ増援を送らないと、いくらなんでも、生徒達だってもう保たないだろう。

 じゃ、どこから?

 その疑問が出てくるのは当然の流れ。

 その結論だ。

 地下シェルター前は太田大尉に聞いていた通り、特殊樹脂でも流されてるだろうから、侵入に時間がかかりすぎる。

 これは妖魔掃討より、むしろ生徒達を外に出すための作業と見て良い。

 だからダメ。

 通気口?

 これも時間がかかりすぎる。というより、内部から誤射される可能性が高い。

 気が立っている生徒達を説得する自信があればやればいい。

「僕には無理だよねぇ……」

 自然と出た言葉だが、その通りだと思う。

 だからこれもダメ。

 残るは―――。

 

「地下20メートル。地質はそんなに堅くないから一気にやるしかないよねぇ―――あれ?」

 

 

 水瀬が、その結論に達した時、教室の中が静かになっていた。

 それに気づいた水瀬がドアの前に立とうとすると、

 

「……あの」

 

 震える声が、室内から聞こえてきた。

 

「入るよ?」

 水瀬はドアを開けて教室に入る。

 初恵はタマを抱きしめながら、じっと水瀬を見つめている。

「……」

 その瞳に、水瀬は、どこか覚悟を感じ取った。

「どうするの?」

「……」

 すっ。

 初恵は、無言でタマを水瀬の前に差し出した。

 タマも、一言も発することなく、初恵に身を任せている。

「タマを、お願いします」

 初恵は、そう言った。

「この子は、あまりに不幸なことが多すぎました。人のぬくもりが必要です。どうか、新しいご主人様を見つけてあげてください。そして―――せめて、せめて、一つでいいです。一つでいいですから、この子に、この世の素晴らしさを教えてあげてください」

「君は?」

「私は、影ながらこの子を見守ります。この子が死ぬ時が来たら、その時は一緒に」

「そう……」

 タマは、悲しそうな顔で初恵の顔をじっと見つめるだけ。

「タマは、それでいいの?」

「……僕は、ご主人様の言うとおりにする」

 すんっ。タマは鼻をすすってしょんぼりしながら、

「ご主人様には、いつでも会えるんだもんね?ね?そうでしょう?」

「君が望むなら……協力するよ」

「本当!?」

「うん。ご主人様の分まで、君は幸せにならなくちゃいけないよ?」

「では……水瀬様」

「わかった」

 水瀬は、タマを抱き上げた。

 ふわっという毛の暖かい感触。

 子供を抱くというのは、きっとこんな感触なんだろうか。水瀬はふと、そう思った。

 

「じゃ、タマ。しばらくのお別れだよ?ご主人様に何か一言言ってあげて」

 タマは、涙で潤む瞳を初恵に向けた後、大きく一声、

 ニャア!

 と鳴いた。

 

 それまでの人の言葉ではない。

 あくまで猫の鳴き声。

 ありし日に交わした言葉。

 タマは、その鳴き声で、主人に別れを告げた。

 初恵は、泣きながら微笑んだ。

 かつて、鳴かれる度に見せた微笑みで、返事を返したのだ。

 

 水瀬が呪符を外し、初恵の姿が、消えた。

 

「……」

 タマは、水瀬の腕の中で顔を埋めるようにして震えていた。

 泣いているのだ。

 やっとなし得たご主人様との再開は、再度の別れでしかなかったのだ。

「タマ」

 水瀬の手が優しくタマを抱きしめた。

 あくまで、慰めの言葉は、かけない。

 この高貴なる生き物に、それがどれだけ無礼か、水瀬はわかっていた。

「さ、行くよ?こんな騒ぎを起こした責任、とってもらうからね」

 水瀬はそう言うと、タマを抱きしめたまま、教室を出た。

 

「責任?」

 腕の中のタマが、不思議そうに顔を上げた。

「そう。責任」

「どうやって?」

「君の新しいご主人様の救出」

 タマは、意味がわからない。という顔できょとんとした眼で水瀬を見るだけだった。

 

 


 ここで皆様にクイズです。


 Q:本来ならば、銃を撃つべき職業の連中がシェルター内にいます。

   それはどんな連中でしょうか。


 以下、ヒントです。

  ヒント1、樟葉達には銃を向けました(つまり、SP兼ねてる人達です)。

  ヒント2、男爵の娘を止めたのは栗須と?

  ヒント3、シスター・マリアの焼死体第一発見者のこの職業の人です。

  ヒント4、この職業の主人公が活躍するマンガがアニメ化されます。

  

 回答方法:評価欄にて感想とご一緒にお願いします。


 期限:07年3月10日(土)まで。


 賞品、というのもヘンですが、お嬢様達のナイトメア後日談、

  「プリンセスワルツ」(仮題:日菜子&水瀬)

  「副会長の割とヒマな一日」(仮題:生徒会スタッフ)

  「スクープ!生徒会長の驚愕の過去を見た!」(仮題:栗須)

  以上、短編3本の本編終了後の順次作成と公開を実施します。


 条件 クイズ正解者が10名を越えた場合のみ公開とします。条件を満たさない場合、公開しません。

 こぞってご応募下さい。

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