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お嬢様達のナイトメア その38

 「こんな所でか!」

 メイド達は応接間前の廊下にバリケードを築き、その上に機関銃を乗せて妖魔達と対峙していた。

 バリケードがわりになっているのは、応接間から運び出したばかりのソファーや家具。

 メイド達にとっては、自分の体をバリケードにしているのと大して変わるところはない。

「近づけるな!」時子の号令が飛ぶ。

「バリケードに傷をつけるんじゃないぞ!」

「了解!」

 機関銃班のメイド達は、銃の下にエプロンを敷き、空薬莢を昆虫採集用の網でキャッチすることで、硝煙や薬莢による被害を最小限度に押さえようと、いじましいまでの努力をしている。

「カーペット、ダメですね。あんなのに動かれては」由美子が怒りのこもった声で言った。

「仇をとれ」

「当然です」

 由美子はどこから持ってきたのか、バリケードの下の方に穴を確保するなり、そこへ大型狙撃銃の銃身を突っ込んだ。

 バレットM82狙撃ライフル

「由美子、お前そんなものどこから持ってきた」

「C中隊から銀蝿しました」

「……よくやった」

 

 一方、C中隊が銀蝿どろぼうのために狙撃銃一丁を無くしていることに気づいたのは……。

 

「狙撃銃が足りないだと!?」

 

 一番、銃が必要なときだった。

 

 銃声をかき消すほどの大声で怒鳴ったのは、C中隊長のメイド、氷室みゆき中尉だ。

 その目の前で狙撃犯のメイド、二条晴海が青くなっている。

 まだ二十歳にもなっていない新米に近いメイドは、中隊長を前に涙目で震えていた。

「ライフルケースごと盗まれています」

「誰にだ!」

「た、多分、いえ、きっと、さっきA中隊と一緒に弾薬補給を受けた時です」

「……ええいっ!二条!伝令のふりをしてA中隊に接触、確認してこい!室内の妖魔が外に出る可能性はあるかとな!」

「はっ、はい!」二条は敬礼した後、割れた窓から寮内へと入っていった。

 20メートル向こうで白いメサイアが2騎、頑張ってくれている。当面は足下を通過したり、メサイアに取りつこうとする妖魔だけを狙えば良い。だからこそ、狙撃銃が必要だというのに!

 氷室は苦り切った顔で命じた。

「小銃で対応、しのぎ切れ!」

「り、了解!」

 

「でっ、伝令!」

 ドアをあけ、二条がA中隊の築いたバリケードの裏へ出て、思わず動きを止めてしまった。

 耳をつんざくような銃声。

 立ちつくす二条を突き飛ばさんばかりにメイド達が弾薬の入ったケースを持って右往左往する。

 そして、廊下は硝煙の煙と匂いが立ちこめていた。

「……」

 バリケードの向こうでは、妖魔達が仲間の死骸を乗り越えて迫っている。

 二条の見る限り、A中隊はC中隊よりスゴイことになっていた。

 二条は一瞬、呆然としてしまった。

「どうしたの!?」弾薬を運び追えたメイドの一人の張りのある声が、二条を現実の世界に戻した。

「C中隊、氷室中隊長より伝令です!」

「中隊長なら前のバリケードに」

「ありがとうございます」

 二条は走った。

「伝令!」

「なんだ!」時子がマガジンを交換しながら叫ぶ。決して二条を見ていない。

「C中隊長より、室内から外部へ敵が出る可能性があるか確認してこいと指示を受けました!」

 二条はそう言いながら、ちらりとA中隊の装備を見る。

 赤色戦争(注1)当時のアンティークな外見の装備ばかり。

 

 狙撃ライフルは―――

 

 ガンッ!

 鈍い、しかし、聞き慣れた音が響く。

「!!」

 腹這いで射撃をするメイド。

 その手に握られているのは―――

「あった!」

 二条はそのメイド、由美子に飛びかかった。

「返して!」

「なっ、何!?」

「返して!このドロボウ!」

 由美子の手から重さ14キロ以上もあるライフルを奪い取ろうとする二条。

「必要だから借りたのよ!」

 由美子も、奪われまいとライフルから手を放そうとしない。

「私の!私のなんだからぁ!」

「中隊長!」

 由美子が叫んだその途端―――

「ぐっ……」

 二条が力無く由美子の上に崩れ落ちた。

「まったく」

 二条の背後には、ライフルを持つ時子がいた。

 ライフルの銃尻を二条の首筋に叩き付けたのだ。

「加藤少尉」時子は二条を抱き起こしながら言った。

「はい」

 ライフルを射撃体勢に戻そうとする由美子。

「C中隊との調整、責任もってやれ。我々は知らんぞ」

「……了解です」

 

「戦況は?」

 戦闘指揮所で太田が参謀のメイドに訊ねた。

「メサイアが外の大型妖魔を駆逐。現在、C中隊が小型妖魔の駆逐を開始」

 耐え抜いた分、戦況は芳しい。

「寮内は」

「A中隊が応接間付近の廊下で交戦中。地下B中隊が第3区交差点を確保、押しています」

「……よし」

「ただし」

 参謀のメイドが太田に言った。

「この戦闘振動で地下から侵入する妖魔の動きが掴めません」

「近衛の増援は?」

「魔法騎士隊、あと1分で到着します。メサイアは降下準備中。後5分」

「到着次第、地下シェルターへ誘導。B中隊へ通達、指定ポイントを確保次第、行動に移れと」

「……了解」

「生徒の方々の夜遊びは当面不可能になるが、やむを得まい」

 

 

「……ふふっ」

 暗闇の中で水晶球を玩ぶにように撫でる手があった。

 白い、女の手。

「さぁ。行くのです。我が(しもべ)達よ」

 歌うような楽しげな声。

 シスター・マリアだ。

 彼女の目に映し出されるのは、水晶球を経由した妖魔達の姿。

 彼女の指示通りに妖魔達は動く。

 メイド達、そしてメサイアは頑強に抵抗している。

 しかし、門から引きずり出している妖魔の数は圧倒的。

 地下を進む別部隊が地下シェルターに到達するのは時間の問題だ。

 我知らず、頬が緩むのを押さえられない。

 王手(チェック)まで後一歩なのだ。

「し、シスター」

 おびえるような中年女性の声が、別に聞こえる。

 背後に控えていた校長だ。

 シスターは一瞥すらしない。

 校長は、水晶球の操作に集中しているからと判断し、とがめることはしない。

 シスター・マリアの下僕として利用されるだけの存在。

 シスター・マリアがここにいる、つまり、学園の利用価値が消滅した今、シスター・マリアにとって生かしておく価値すらなくなっていることに気づいてすらいない。

「何ですか?」

「これで、本当によいのですか?」

「校長、何を恐れているのですか?」

「私は神に代わり、地上に鎌を投げ入れただけです。聖書に曰く―――祭壇のところから、火をつかさどる権威を持つ別の天使が出て来て、鋭い鎌を持つ天使に大声でこう言った。「その鋭い鎌を入れて、地上の葡萄の房を取り入れよ。葡萄の実は既に熟している。」 そこで、その天使は、地に鎌を投げ入れて地上の葡萄を取り入れ、これを神の怒りの大きな搾り桶に投げ入れた。 搾り桶は、都の外で踏まれた」

「ヨハネの黙示録……」

「そう。生徒達は神の葡萄の粒……刈り取り、神に捧げるのは我らが務め。その血を馬のくつわに届くほどに、千六百スタディオンにわたって広がらせねばなりません」

「生徒達は葡萄……生け贄……そういうことなのですか?」

「そう。葡萄によって産み出されるのは、神の兵」

「神の……兵?あの妖魔のことですか?」

「外見に惑わされてはなりませんし、違います。あれは(しもべ)にすぎません。あの地下に隠れし者達を捕らえ、失われた我が新たなる使徒の軍団として復活させるのです」

「……使徒?まさか、あの、吸血鬼のこと?」

「そうです。当初、見習いを含め30体を用意しましたが……まこと残念。我が手から使徒を奪い去った者共自身の血肉をもって代行していただきましょう」

「そんなことをしたら」

「皇女すら吸血鬼……楽しいことになりますわよ?」

「……」

「その喜びと栄光を分かち合うために、あなたを“仲間きゅうけつき”にしたのです。わかりますね?」

「―――はい。わかります。主よ」

「よろしい」

「しかし……わかりかねることが」

「何です?」

「主は、最終的に何をお望みで?」

「決まったことを」

 笑い声が響く。

「彼女達によって神の兵団を作り上げ、そして最後の審判を引き起こし、神の楽園の建築することです」

「最後の……審判」

「そう。手始めにこの国の上流社会を乗っ取り、そして周辺国へ。目指すは新大陸(アメリカ)、そして欧州……めざわりなヴァチカンは最後で結構」

「……何故?」

「あの呪われた国アメリカ、呪われた都ワシントンという名のバビロンを、あの大淫婦を、この世から消し去るのことで世界は救われるのです」

「……」

「悪霊共の住みか、あらゆる汚れた霊の巣窟、あらゆる汚れた鳥の巣窟、あらゆる汚れた忌まわしい獣の巣窟……曰く、天から別の声がこう言うのを聞いた。「彼女の罪は積み重なって天にまで届き、神はその不義を覚えておられる」……私はその言葉に忠実なだけです。わが願いが聞き届けられた時……バビロンがうち倒された時、喜びの声は途絶えるでしょう。しかも、それは神の与えたもうた罰なのです」

「この国もまた、アメリカの属国などと呼ばれていますが」

「経済、文化、あらゆる面で呪われし悪魔の文化に毒されているのは事実。しかし、我が手にて浄化されることでしょう。神聖なる教え、キリスト教の名の下に」

「……アメリカが、諸悪の根元だと」

「そうです」水晶球の操作を続けながら、言った。

「あの国は、人間の罪、欲望によって成り立つ国。歪んだ価値観、神の恩寵たる自然、伝統への軽視……罪は一々上げていればキリがないほど。それはあの愚か者共が作り上げた社会の産物、結末。……利益を至上とする商人達を権力者に据え、また、科学技術という名の魔術によってすべての国の民を惑わし、それに従わぬ者達、預言者達、聖なる者達、地上で殺されたすべての者の血を、その正義の名の下にこの都の命で流させたから」

「罪は重いと」

「そうです。この世界は神を信じ、その名の下に跪くことに喜びを見いだす、永遠の中世でなければならないのです」

「資源枯渇問題のことをおっしゃっておいででは、ないようですね」

 資源枯渇問題……。

 赤化戦争後、低い賃金により経済発展を遂げた中華帝國やインドといった国々は、自国国内に眠る地下資源を恐るべきペースで食いつぶした。

 世界各地で起きる国家間紛争はすべて資源を巡ってのもの。小国が血みどろになって戦う背後には必ず資源の大量消費によって維持されている大国がいた。

 研究者は言う。

 このままのペースでいけば、現在の文明を維持出来るのは、長くて30年以内。

 資源枯渇により世界は滅びつつあると。

 が、その警告を省みる者はいない。

 19世紀までの地球規模での間氷期が終わったことによる地球温暖化が始まったことをおぼろげながら危惧することは出来ても、資源枯渇を恐れはしない。

 世界は資源を食いつぶしてでも経済的成長のみに一喜一憂し、誰もが、今の生活を維持し続けることこそが、己の子孫達への遺産だと考えて疑わない。

 それが、この世界。

 この世界の住民。

 それが、人間―――

 それは、校長にもよくわかる。

 わかるのだ。

 しかし―――

 

「この世の資源は、あの国に同調する者共によって、この世と共に食いつぶされるでしょう。まこと、リヴァイアサンとは、あの国の価値観に賛同する人間そのものなのです」

 

 そう説くシスター・マリアを校長は否定はしない。

 出来はしない。

 それでも―――

 

「……この学園の生徒達は」

 校長にとっては、この学園こそが世界の全て。

 自分にとっての世界の全ての住人は、どうなる?

 問わずにはいられない。

「あなたに従うことで、生徒達は救われるのですか?……生きて」

 シスター・マリアは答えた。

「わが使徒(きゅうけつき)になることで救われます。神罰の尖兵となるのですから」

「生身の、普通の子女としては、救いはありませんか?」

「ただの子女?そんなものに価値はありません」

「どうあっても?」

「どうあっても、です」

「そう……ですか」

 校長は残念そうに言った。

「シスター・マリア。ここまでです」

 ゆらり……。

 校長の影が動いた。

「ここまで、とは?」

「私はあなたに二つの選択肢を与えましょう。今すぐ、妖魔を下げ、ここから出ていくか、それとも私に殺されるか。二つに一つです」

「……校長。出来ないことを人に求めてはなりません」

 シスター・マリアは勝ち誇った声で言った。

「私を殺すというのですか?」

「アメリカに敵対しようが何をしようがかまいません。しかし、この学園の生徒をこれ以上巻き込むことは認めません」

「―――私があなたを殺すという選択肢もあるのですが?」

「出来ますか?」

 校長は椅子から立ち上がった。

「何を―――ヒッ!!」

 シスター・マリアは、校長に初めて振り返った。

 そして、我が目を疑った。

 そこにいたのは、校長ではなかった。

「永遠の中世……それは我らの宿願ではあります」

 だが、校長であるはずのそれから感じる力の波動は、間違いない。

 シスター・マリアはその存在を知っていた。

 その、圧倒的な力を―――。

「……あっ、あなたは!!」

 思わず跪くシスター・マリアに、校長、いや、校長であるはずの存在は答えた。

「そうです。校長を使い、あなたに力を貸したのは、私です」

「そ、そんな!主よ!私をお見捨てになられるのですか!?」

「二つの選択肢を用意しました―――シスター・マリアよ」

「……」

「どちらです?」

「……」シスター・マリアは、無言で懐から呪符を取り出した。

「……それが、あなたの結論なのですね」

 校長の手が動いた。

 

「―――残念です」

 

 ギャァァァァァァァァァァァァッ!!

 

 暗闇の中、絶望の叫びが響き渡った。

 

 

 

 ガリガリガリ

 シェルターの壁からそんな音が響く。

 生徒達の間に緊張が走る。

「―――来ます!」

「近衛の支援は!?」

「戦闘中です」栗須が短く答えた。

 到着した近衛の部隊だが、かなり手間取っていた。

 上空到達を待ちかねていたように飛行種の妖魔と交戦。

 ルシフェルとイーリスの助太刀もあってなんとかメサイア降下体制までこぎつけたが、寮内侵入後もシェルター入り口横の壁から侵入した妖魔を相手に戦闘を余儀なくされていた。

「一階は敵であふれかえっています」

「……急げ、ともいえませんね」

「正念場かと」

「はい」

 それは、生徒達にとっての楽園であり地獄でもある、自らの住処が妖魔に蹂躙されていることを示している。

「敵は本格的に寮への侵入を始めています。メイドA中隊とB中隊が防御陣地を構築して侵入阻止を試みていますが、歯止めが効きません」

「やるしかないのですね」日菜子は銃の調子を試しながら栗須に尋ねた。

「―――はい」栗須は頷いた。

「メイドとしてここは私が阻止します」生徒達の前、妖魔達が現れるだろう壁へ栗須はモップを持って立ちふさがった。

「やめなさい」日菜子は止めた。

「殿下!」

「あなたには我々の戦闘指揮をとっていただかなければなりません」

 日菜子はそういうと、栗須に言った。

「……命運、あなたの指揮に、お預けします」

「御意」

 

 バンッ!

 

 突然、シェルターの一角にあったドアが乱暴に開かれた。

「きゃぁぁっ!」

 突然のことに慌てた生徒達の何人かが、銃口をそちらへ向ける。

「―――だめ!撃たないで!」

 栗栖の鋭い言葉が楔となって、最悪の事態だけは避けられた。

「やれやれ……なんて騒ぎだい」

 出てきたのは、ビシッとスーツを着込んだ一団。

 生徒達が見知った顔が5人。

「居残り会議していたら、こんな騒ぎだよ」

「も、森村先生!?」

 そう。華雅女子学園教職員の一団だった。

「教員棟からの地下トンネルで来た……生徒会長はいるかい?」

 森村の元へクリスが駆け寄った。

「クリスです」

「よし。生徒の安否は?」

「19時時点で寮にいた生徒、高等部251名、中等部246名、傷病者なし」

「―――よろしい」

 ちらりとシェルターの中を見た森村が、

「で?皆、なぜ物騒なモノを持っているんだい?」

「それは」

 クリスが経緯を説明した。

「―――ふむ」

 森村は頷いた。

「よろしい」

「先生」生徒全員がこの期に及んで罰せられると心配したクリスは、ほっと胸をなで下ろした。

「先生方」森村は居並ぶ職員に声をかけた。

「生徒の手本、示してやりましょうじゃないか」

「そうですね」頷くのは英語の松田教諭。

「こういうのは、女の子のすることではありませんし」背広の襟を正したのは事務局長の加藤教諭。

「やれやれ……定年まであと少しだってのに」ため息混じりに白髪頭をかいたのは物理の有村教諭。

 全員が、生徒達から銃を受け取る。

「いいかい?」

 森村は銃をむけつつ、生徒達に言った。

「こういう時は慌てちゃダメだ」

 教職員5名は、森村の横へ並んで銃口をそろえる。

「ほら―――私達の後ろへ並びな」

「500人が銃をうち続ける必要なんてないのさ。弾薬の無駄だ」

「で、でも」

「生徒会長。弾は有限なんだ。無駄弾うち続けるわけにもいくまい。ほらそこの暴れん坊―――あんただよ栗須明奈」

「え゛っ」栗須が赤くなって自分を指さす。

「あんた以外に誰がいるってのさ」

「せ、先生……私はもう」

「ふんっ。昔は西園寺顔負けの鼻っ柱と殿下ハダシの行動力、妹超越の生徒会長権限濫用で、在学中、やりたい放題やりまくったあんたが、今更、何猫かぶってるんだい」

「せ、先生!私はもう更正して!」

「そう願いたいね。私だって、何度あんた殺しかけたか一々覚えてるものかい」

「そ、そうですよね」あはははっ。と笑う栗須だが、

「大小会わせて431回だ」

 そのビシリとした声に栗須の顔が凍り付いた。

「普通科地下にショッピングモール勝手に作って、夜な夜な遊ぶためだけに生徒会予算で地下にトンネル掘ったあんただ―――まだまだあるぞ?」

「……」

「……」

 栗須には、妹の冷たい視線が死ぬほど痛い。

「学園史上最大最悪の悪女といわれたあんたを時計塔のてっぺんから逆さ吊りにしたり、猫耳つけて校内に放り出したり」

 森村の声はどこか懐かしそうだ。

「先生!」

 栗須は堪らず叫ぶが、

「三角木馬に蝋燭責め、ソロバン責め……全部に耐えたあんたのその頑丈さに感心したからこそ、宮中へメイドとして送り込んでやったんだが」

「……ヒック……ヒック……」

 本人としては思い出したくない過去を全校生徒の前で披露された栗須は、堪らずに泣き崩れてしまった。

「ほら!ぼっとしてない!妹!弾薬運ぶ連中を組織しな!南雲、阿南!ついでに狩野!他にも、重火器を隠してるヤツがいたら今の内に出しときな!終わってから見つけたら親元へ連絡するよ!?」

 生徒達が何人かあちこちへ走った。

「生徒会長―――私達で組織しましょう」沙羅が栗須の背を撫でながら進言した。

「うむ……姉さんにそんな過去があったとはな」クリスは気の毒そうに言った。

「森村先生から後でたっぷり聞き出すとして……中学の会長!」

 クリスはすぐに姉の代わりを務める。

 

 壁に亀裂が走る。

 敵はすぐに来るだろう。

「先生!」

 

「弾薬は中央へ!いいか!怖いからって、壁に寄るな!」

 クリスが叫ぶ。

 その指示で、生徒達がシェルターの中心へ集められる。

 三角の陣形をとり、三面いずれかへ侵入された場合は、その一面に面した生徒達が銃を撃つ。

 単純だが、間違いの少ない仕組みがとられ、その中でも非力な中学生が弾薬を運ぶ係に抜擢された。

 

 見ると、西園寺から渡された銃の他にも、ショットガンや機関銃、火焔放射器、薙刀や槍に至るまで、様々な武器がが散見出来る。

「自分の持ち場だけに集中するんだ!」

「どこから来るかわかんないよ!」

「重火器通ります!」

 カートに乗せられて森村の前に出てきたのは、

「狩野、大したモノ持ってるじゃないか」

「つ、使ってください」

「M131ミニガンか」

「3基、3面に配置します!弾薬は少ないですけど」

「先生、ブローニングM2も!」

「対戦車ミサイルです!」

「―――よろしい。90点だ」

 森村の一言に、生徒達がほっと胸をなで下ろす。

「並べろ―――撃ち方用意!」

 生徒達と教員達が、ある者は震えながら、またある者は目をつむりながら、それでも銃を構える。

 

 ついに、壁が崩れ落ちた。

 

「撃てぇっ!」

 

 

 今、メサイア部隊が降下を開始した。

 門直上へ信濃の艦砲射撃も。

 近衛は門へ通じるルートをこじ開けて、メサイアで周辺を破壊、そこから技術者(門封印の専門魔導師)を侵入させるつもりだろう。

 力業だが、そうでもしなければ、妖魔の増援を阻止出来ないことは明らかだ。

 

 それを見る水瀬は寮の方面へ視線を移す。

 

 メイド達もまだしぶとく頑張っているらしい。

 近衛が要請したのだろう、砲兵達の射撃も始まっている。

 

「頑張ってるなぁ」

 水瀬はそう呟いて暗闇を焦がす光を見つめていた。

 

 妖魔の大群が群れる寮。

 近衛から派遣された魔法騎士達どころか、イーリスやルシフェル達ですら、その数に圧倒されて地下シェルターまでは到達していない様子だ。

 

 メサイアがついに追加装備を外した。

 

 エネルギーが切れたのだろう。

 一騎が上空の輸送艦から投下した補給ユニットから大型機銃を取り出し、別な一騎がユニット内部のエネルギーチューブを別な一騎の追加装備へ接続する。

 すでにメサイアは1000体近くの妖魔を撃破しているはず。

 それでも敵の波状攻撃は収まることを知らない。

 門付近に降下したメサイアも、すぐに寮へと向かわされることだろう。

 砲撃支援は間違いなく、その間のつなぎだ。

 

 そうこうしている内に、最上の艦砲が、寮近くの妖魔の群れを薙ぎ払った。

 

 起動するだけでかなりの時間を要するメサイアをここまでの規模で動かした近衛の根性と技術力、そして練度の高さは、見物する水瀬も感心したものだ。

 

 しかし、校舎の屋上に座る水瀬はただ、黙ってニンゲン達対妖魔の戦いを見つめるだけ。

 いや、違う。

 水瀬は理解していた。

 

 これは、ニンゲン対ニンゲンなのだと。

 

 ニンゲンが妖魔を動かし、ニンゲンがそれと戦う。

 

 それは、僕が戦ってはならない戦い。

 

 水瀬はそう判断していた。

 だから、ここにいた。

 

 僕は、魔を相手に戦っていいと言われた。

 だけど、ニンゲン同士の戦いには加わってはならないと言われた。

 だから、僕は戦わない。

 そこで苦しむのが、親友でも、主君でも、これは絶対命令だ。

 

 せめて―――

 それでも、水瀬は思う。

 みんなが頑張ってるんだから、僕は僕でやることしなくちゃならない、と。

 どこからか取り出した水筒の中身を飲み干すと、水瀬は屋根の上から立ち上がった。

 

 水瀬の感覚が、敵の存在を察知したからに他ならない。

 

「やっぱり、こっちだね」

 

 水瀬は開いた窓から廊下へ、そして教室に入った。

 

 そこは、水瀬達の教室だった。

 

 

 

  注1:赤色戦争(せきしょくせんそう)1938年4月1日〜1945年8月15日。

 ぶっちゃけ、我々の感覚で言う、第一次・第二次大戦です(この世界ではある意味で世界大戦と名の付く戦いは起きていません)

 ソ連軍ポーランド侵攻をきっかけに始まった戦争。

 ドイツ帝國他、欧州枢軸軍と、ソ連と当時、親ソ体制をとっていたアメリカの連合軍が交戦。

 1944年11月17日、ソ連邦解体。シベリアに逃れていたロマノフ王朝ロシア帝国建国。

 1945年8月15日、ニューヨーク沖での戦艦フリードリヒ・デア・グロッセ艦上における合衆国と連合軍の講和条約調印をもって終戦。

 この戦いがその後もいろいろと国家間に怨恨をもたらすわけで……。

 以上、裏設定でした♪ 


 ●●イベント案内!!「猫小屋日記出張版!!」●●


 助六「ブログ「月夜茶会」から出張させられてきました“でっちの助六”です。ブログが開   店休業状態なのでこっちへ来ました。ちなみに出張手当はありません」


 綺羅「よし。よく来た」


 助六「で、本店(「月夜茶会」)の再開は?」


 綺羅「短編はしばらくお預け」


 助六「いいんですか?」


 綺羅「しかたないでしょう?私は小説書くと不幸が訪れるんだから」


 助六「小説UPした途端に、税務署が来て、ニンゲン関係でモメごと起きて、求人先からは不採用通知連続して来るなんてご主人様だけです」


 綺羅「どういう因果だろうねぇ」


 助六「マジメに社会人としてすべきことしろっていう神様の掲示では?」


 綺羅「かなり違う。我ながらイヤなジンクスだと思うよ」


 助六「それで?シェルターの生徒達は森村先生と共に戦うわけですけど」


 綺羅「そう!それで大変なことに気づいたのよ!」

 

 助六「え?」


 綺羅「白銀寮シェルターには現在、生徒(中等部&高等部生徒)と教職員、関係者が退避しているでしょう?」


 助六「ええ。そういえば」


 綺羅「これ使ってクイズやるから!あとよろしく!」


 助六「えっ!?ここまでが前フリ!?」


 

 ……というわけで、ここで皆様にクイズです。




 Q:本来ならば、銃を撃つべき職業の連中がシェルター内にいます。

   それはどんな連中でしょうか。





 作者はついさっき、連中の存在に気づいたそうです。

 まぁ、こいつら出さないのは演出上やむを得ないといえばやむを得ないのですが……。

 

 以下、ヒントです。

  ヒント1、樟葉達には銃を向けました(つまり、SP兼ねてる人達です)。

  ヒント2、男爵の娘を止めたのは栗須と?

  ヒント3、シスター・マリアの焼死体第一発見者のこの職業の人です。

  ヒント4、この職業の主人公が活躍するマンガがアニメ化されます。


  

 回答方法:評価欄にて感想とご一緒にお願いします。


 期限:07年3月10日(土)まで。


 賞品、というのもヘンですが、お嬢様達のナイトメア後日談、

  「プリンセスワルツ」(仮題:日菜子&水瀬)

  「副会長の割とヒマな一日」(仮題:生徒会スタッフ)

  「スクープ!生徒会長の驚愕の過去を見た!」(仮題:栗須)

  以上、短編3本の本編終了後の順次作成と公開を実施します。


 条件 ヒント出してますから、クイズ正解者が評価数で10を越えた場合のみ公開とします。

    条件を満たさない場合、公開しません。



 助六「……本当に大丈夫ですか?まだ全部構想しか」

 綺羅「いのよ。大風呂敷を広げても、「10件も評価が来るはずがない」し。オーッホッホッ   ホッ!!……わーんっ!!(号泣)」

 助六「……とまぁ、たかをくくっている作者に天誅を与える意味でも応募、お待ちしており   ます」 

 


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