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お嬢様達のナイトメア その35

 寮周辺の塹壕にはメイド達が配置されている。

 その最前線。

 機関銃班に後方からバイクに乗ったメイドが近づいてきた。

「お疲れさま。食事です」

「ありがとう」

 塹壕の中で寒さと戦っていたメイド達が塹壕から出てパックに入った食事を受け取る。

 寒空の下、パックから伝わってくる暖かさが何よりの御馳走だ。

「やっぱり、この食事が何より楽しみよねぇ」

 メイドの一人が笑顔で手を合わせた。

「いただきます♪」

「ふんっ。食べるだけが能だな」

「そんなことないですよぉ。軍曹ぉ」

「どうだかな……おい」

 パックを開こうとしたメイドが手を止め、もたれかかっていた塹壕の壁に手をやった。

「なんです?」

「何か……揺れていないか?」

「えっ?」

 声をかけられたメイドが手を壁にやる。

「……あれ?」

 メイドは壁に耳をあてた。

 ゴゴゴゴゴ

 何かが動く音がする。

「地下通路を、トラックでも移動しているんじゃないですか?」

「この区画に地下通路があると聞いたことがあるか?」

「……そういえば」

 メイド達がお互いの顔を見やった途端―――

 

 ガボッ!

 

 鈍い音と共に、

 

 キシャァァァァッ!

 

 得も言われぬ咆哮が辺りに響き渡った。

 

「なっ、なんですか!?」

「決まっている!」メイドは叫びながら機銃にとりついた。

「配置につけ!来るぞ!」

「あーんっ!ゴハンがぁぁっ!」 

 

 

 地下を進む妖魔達の存在をぎりぎりまで感知できなかったのは、メイド達の不本意な失点だった。

 突然、最前線のど真ん前に出現した妖魔達。

 司令部ですら、それを知ったのは、前線からの報告より先に、前線から聞こえてくる射撃音によってだ。

 

「何事だ!?」太田が怒鳴る。

「不明!各中隊は司令部へ状況の報告を!」

「室町中尉からです!B4に大型妖魔他、多数出現!現在、交戦中!」

「何だと!?砲兵隊の準備はあとどれくらいかかる!?」

「C中隊も接敵!戦闘開始しました!」

「砲兵隊が可動砲だけでも射撃を開始するそうです。砲撃ポイント指示を求めています」

 砲兵隊他、重装備の部隊は未だに展開が終了していない。

 自走砲だけが頼りだ。

 重迫撃砲部隊ですら現場に到着したばかりと太田は報告を受けていた。

 これでは本格的な攻撃開始までどんなに急いでも10分はかかる。

 最悪なことに、部隊の一部にはいまだ十分な弾薬が行き届いてすらいない。

「近衛からの支援は!?」

「最上からの艦砲支援が可能。他、現在、輸送艦“能登”が接近中です」

「輸送艦?」

「はい」

「積荷は?」

 太田は、通信兵の返答に思わず言葉を詰まらせた。

 

 奇襲を受けての混乱。

 その中で、メイド達は、突然の敵に冷静に対処していた。

 彼女達にとって、戦闘は掃除や料理と同じ、嗜みなのだ。

 だからこそ、彼女達はプロとして仕事が出来るのだ。

 

 妖魔達は群れとなってメイド達に迫っていた。

 穴から続々と飛び出してくる妖魔達。

 その数はようとして知れない。

 前面に出した重機関銃達が咆哮をあげ、その妖魔達をなぎ倒す。

 ピンッ

 小銃を片手で撃ちながら、時子は歯で安全ピンを引き抜いた手榴弾を妖魔めがけて投げつけた。

 ズンッ!

 大型妖魔がその手榴弾の上にさしかかった瞬間、鈍い爆発音がして、そいつは動かなくなる。

 それでも妖魔達の進撃は止まることはない。

「クレイモアはだめか!?」

 戦果を確認するでもなく、時子が塹壕の中で機械相手に格闘するメイドに怒鳴る。

「点火システムに異常!システムエラーが発生しています!」

「ちっ!萌っ!砲撃支援を急がせて!」

「はいっ!」通信装置を担ぐメイドが答える。

「戦車は!戦車はどうした!?」

「現在、C3で敵大型妖魔相手に交戦中!こっちまで手が回らないと!」

「ええいっ!今度ばかりは外部からの支援がないっていうのに!」

 

 

 イーリスは穴から飛び出すなり、魔法の槍で目の前の妖魔を串刺しにする。

 グゥオオオオッ!!

 風穴を開けられ、のたうち回る妖魔を楯に、イーリスは魔法を放った。

 シュワッ

 イーリスの体から放たれたのは、そんな音を立てた風。

 一瞬、足下の塵を巻き上げた程度。

 妖魔達でなくても、それはしくじりと考えても無理はない。

 勝機と捉えた妖魔達は、一斉にイーリスに襲いかかる。

 だが―――

 

 ズンッ!!

 

「!?」

 妖魔達は、校舎と共に、次の瞬間には、目に見えない何かにはじき飛ばされ、宙で粉砕された。

 それは、瞬時に空気を衝撃波に変えて敵を叩く攻撃魔法。

 衝撃波の圧力は1平方メートルあたり50トン。秒速500メートル。

 反応弾の爆心地同然のそれを遮蔽物もない空間でまともに喰らった妖魔達は、文字通り粉々に粉砕された。

「こんな技は使えんと思っていたのだが……」

 イーリスはぽつりとぼやいた。

「違うな……やはり」

 これまでイーリスが経験した戦いのほとんどが人対人の戦い。

 そして、戦場は建物の中や都市。

 広範囲の攻撃魔法より、一撃一撃が確実に敵を仕留めていく精密さを誇る魔法が求められる戦いだ。

 だが、イーリスははっきりと自覚した。

 これまでの対人戦のセオリーが通用しない。

 こんな技でも使わなければやっていられない。

 それが、対妖魔戦なのだ、と。

 ただ、何かがひっかかる。

「―――まぁ、いいか」

 ナイフを構え直し、残りの敵に備えるその口元は薄く笑っていた。

「損害無視。気楽なものだ」

 そう。

 建物だろうがなんだろうが、損害を考慮に入れず、とにかく敵を殲滅することこそが大義。

 まるで十三課を馬鹿に出来ない考え方だが、イーリスはそれが気に入った。

「敵は倒す―――悪即斬、いい言葉だ」

 この時点で、イーリスが、大切なことを完全に忘れ去っている自分に気づくことはなかった……。

 

 

 ペタッ

 ガシャッ

 何かを貼り付けるような音に重い物が落ちる音が幾度か続く。

 そして―――

「最後は君だけ」

 水瀬は呪符を変則ポニーテールの女子生徒、つまり、吸血鬼の頭に向けた。

「くっ!」

 かぎ爪を構える顔は蒼白。

 大人びた物静かな顔立ちは、水瀬の趣味には合致している。

 出来れば、別なところで関係持ちたかったなぁ。

 水瀬はふと、そんなことを思った。

「加藤晴海さんだっけ?他の娘は全部石化しちゃったよ?諦めて降参してくれると、とっても助かるんだけどなぁ」

「……そして、あの生活へ戻れ、そう言うの?」

 晴海の顔にはあからさまな嫌悪感が浮かんでいた。

「そう。そんなに不満なの?」

「何もわかっていないクセに!」晴海は叫んだ。

「イヤよ!親の決めたレールの上をただ進むなんて!」

 日菜子から聞いた話だと、別の吸血鬼も同じようなことを口にしていた。

 “親に人生を決められるなんてまっぴらだ”と。

「……そうならないように、生きる方法を探そうとしないの?」

「した!したからこうしている!」

「安易だよ」

「安易でも何でもいい!私は、私はイヤ!イヤなのよ!」

「……戻りたくないんだ」

「そう!ね!お願いだから見逃して!」

「……」

「お金?お金ならあげるから!」

 晴海は、ポケットから札束を取り出して水瀬に見せた。

「足りないなら、口座から引き落とすから!」

「……あのね?」

 水瀬は醒めた声で晴海に訊ねた。

「それ、君が稼いだお金?」

「え?ち、違う……」

「じゃ、なんで持っているの?」

「お小遣いだから。―――もうっ!いいでしょう?足りないなら足りないって、はっきり言ってよ!」

「自分でこれだけ稼ぐ自信があるの?」

「え?」晴海は、きょとんとした顔で水瀬を見て

「どういうこと?か、関係ないでしょ?」

「今、手にしているだけのお金を稼ぐのが、どれほど大変なことかわかっているのかって、そう聞いたの」

「……し、知らないわよ!でも、この程度のお金ならいくらでも」

「稼ぐのはお父さん?それともお母さん?」

「関係ないっていってるでしょう!?」

「あるの!」水瀬は晴海を一喝した。

「!?」

 その小柄な体のどこから出ているのか不思議なほどの声が晴海に叩き付けられる。

「君は、お金の価値もわかっていない。それで世の中で自由に生きていたい?自分勝手もいい加減にしなよ」

「……」

「せめて、お金のありがたみがわかるようになってご覧?君たちお嬢様は世間がわかっていない。わかっていないから、そんなわがままなこといって、みんなに迷惑かけている。ダメだよ?そんなんじゃ」

「は、働く!だから、あの生活にだけは戻さないで!」

「ダメ」

 水瀬は呪符を構えた。

「どうしても?」

「どうしても!」

「……わかった」

 晴海は呟くようにそう言うと、ブラウスのボタンに手をかけた。

「……あの?何を?」

「最後の手段よ」

「へ?」

「体、あげるから、それで見逃して」

「……もしもし?」水瀬は呆れながら、

「お話がかなり飛んでる気がするのですが」

「お金が欲しくないなんて脅すんですもの。欲しいのは私の体でしょう?」

 晴海は、ブラウスのボタンを外しながら、水瀬に近づく。

「レズでもなんでもいい。優しくしてね?私、初めてなんだから」

「……」

 大人になりきれない、かといって未熟ともいえない微妙な年頃の肌が、水瀬の視線を奪って放さない。

「結構、自信はあるのよ?」

 晴海はもったいつけるように水瀬の目の前で自分の胸に手をかけた。

 手の動きにあわせて、ブラジャーの中で胸が歪む。

 ごくっ

 そんな音が室内に響く。

「ね?お願い。一回だけ、誰にも秘密にしてくれたらいいから……ね?」

 水瀬が口を開きかけた次の瞬間―――

 

 ガンッ!!

 

 鈍い音がして、水瀬の目の前が真っ暗になり、

「きゃっ!?」

 春菜の悲鳴が響き渡った。

「いっ、痛ぁ〜っ!ルシフェ!あんまりだよぉ!」

 つい口に出た言葉に、水瀬自身が驚いた。

 まだ目を開くことが出来ない。

「へ?ルシフェ?……でも、今の一撃は間違いなくルシフェの」

 

「本当にもうっ!綾乃ちゃんにいいつけちゃうからね!?」

 水瀬の耳に届く、その声は、間違いようがない。

 

「る、ルシフェ?」

 そう。

 目の前には、ルシフェルの姿。

 しかも、制服は普通科生徒のそれ。

 その足下には、石化した晴海が倒れていた。

「ど、どうして!?」

「どうして?」

 その声と眼は冷め切っている。

「あ、あの、ルシフェルさん?」

 後ずさる水瀬と、追いつめるルシフェル。

 ルシフェルは、水瀬に近づくなり、その頭を思いっきりひっぱたいた。

 バガンッ!

「痛っ!」

「水瀬君が、仕事をほったらかしてるって、近衛に抗議があったのよ。警察から正式に」

「へ?」

「で、私が水瀬君の代役として普通科に潜入して事件にあたっていたの!」

「ど、どうして?僕の耳にはそんなこと」

「―――樟葉さんが、“あのバカなんざ放っておけ!”って」

「殿下からだって聞かされていない」

「日菜子殿下は樟葉さんの抗議を無視しているのよ。―――水瀬君と一緒にいたいからって」

「それで、ルシフェルが?」

「そう」

 だが、ルシフェルの露骨なまでの不機嫌さは、仕事が増えたことに対する怒りではない。

 水瀬には、それが手に取るようにわかる。

「博雅君とのデート、フイになっちゃったんだ」

「……せっかく、雅楽コンサートに連れて行ってもらえるはずだったのに」

「ご愁傷様」

 パカンッ!

 水瀬の脳天を、ルシフェルの一撃が直撃した。

 

 

 二人は廊下を移動する。

 爆音と妖魔の叫び声からして、イーリスも奮戦している様子だ。

「詳細は殿下から聞いている」

「こんな側にいるなら、手伝って欲しかったよ」

「こっちが手を借りたい位忙しかったんだから」

「そうなの?」

「そう。この後、どうしても水瀬君に手を借りたい件があるから、水瀬君、逃げないでね?」

「?う、うん。それで、何?」

「智ちゃんと同じ事してほしいの」

「……心臓再生?」

「そう。出来る?」

「……僕の手持ちの護符は1枚しかないよ?他はみんな近衛へ」

「いい。一人だけだから」

「じゃ、それでチャラに」

「ならない!」

「はぅぅぅ」

 

 連続した爆発音が地響きとなって塹壕を揺るがす。

 支援砲撃が開始されたのだ。

 時子は横で同じように身を固くしているメイドから通信機を奪うなり怒鳴った。

「司令部!砲撃支援が近すぎる!修正しろ!―――何?何が出るって!?」

 砲弾の爆発音がひどくてよく聞き取れない。

 弾着修正に入ったらしい。

 爆発音が止み、あたりに静寂が戻った。

「……」

「中隊長!」

 指示を求め、中隊司令部のメイド達が駆け寄ってくる。

「全部隊を後退させろ!」

「またですか!?」

「近衛が出る!この辺一体、全部焼き払われるぞ!急げ!」

「この前の艦砲ですか?」

「違う!」

「では!?」

「もっと厄介なヤツだ」

「まさか!」

「そうだ。今、D4に8騎降りたそうだ。踏みつぶされたくなかったらさっさと後退!戦線を移動する。総員傾聴!いいか!戦場が変更になる!弾薬と医薬品は根こそぎもっての移動だ!持てる限り持て!手空きの者は重火器の移動を助けろ!」

「中隊長?意味がわかりません」中隊付き参謀のメイドの質問に、時子は

「ここにいるのは陽動部隊だ」と短く答えた。

「……そんな!」

 その意味がわかる参謀は、青くなった。

 敵の目標は一つ。

 我々はおとりにひっかかって、その目標から外れた位置で弾薬を浪費している。

 あってはならないことだ。

「敵主力とおぼしき部隊が別穴で移動中。穴の先端は―――」

 メイド達は続きを聞くまでもなく、即座に動いた。

「軽装備の部隊、先に行け!」

 時子の指示の後、副長が続けた。

「寮内戦闘に備えろ!」

 

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