お嬢様達のナイトメア その33
「さて―――と」
部屋から出た水瀬は、うんっ。と伸びをした。
気がつけばもう放課後だ。
お腹が空いたな。
そう思った水瀬は、食堂に向けて歩き出した。
敵はシスター・マリア達ではない。
シスター・マリア達の黒幕。
事件の影で暗躍する猫。
まさか森村先生まで襲っていたとは……。
「居場所がどこか―――だよねぇ」
猫は負傷しているはずだ。
仮に猫が負傷してその辺をうろついていれば、ここの生徒達の事だ。
獣医には事欠かないだろう。
だが、そんな噂はついぞ聞かなかった。
つまり、猫は、人知れず傷を癒していることになる。
ただ、何しろこの広大な敷地だ。
どこを調べてよいものか……。
「ん?」
水瀬は足を止めた。
猫にせよ、魔に属するモノ達が集まりそうな所が、一カ所あった。
たしかに、あそこはノインテーター、つまり、シスター・マリア達とは無関係だった。
何故、そう判断した?
薬物製造に関係する機材等が発見できなかったから。
だが、あの魔素はなんだと説明する?
説明が、出来ない。
ただ、疑問として放置してきた。
「やっぱり、僕って、イーリスさんよりバカなのかなぁ」
水瀬は自らへの深い失望のため息をついた。
妖魔を召還するのにどれほどの魔力が必要だ?
魔力の代用品ともなる魔素をどうやって確保する?
妖魔達を、どうやって隠していた?
あれほどの妖魔を、どこで召還したと思っていたんだ?
全く、自分のバカさかげんに泣けてくる。
そうでなければ、説明がつかないじゃないか。
猫は、まちがいなくそこにいる。
「イーリスさんでもさそって、いってみるか」
そんな廊下の角まで来た時だ。
ぐいっ。
「にぎゃっ!?」
不意に足を引っかけられた水瀬は、床に飛び込むようにコケた。
「ああ。こんなところにいたのか?」
白銀だった。
いつの間にか眠っていたらしい。
日菜子は草原に立っていた。
場所はわからない。
青い空。どこまでも広がる青々とした草原が目の前に広がる光景の全て。
風が心地良い。
「ここは?」
日菜子は、そこが夢の中だと、何となくわかった。
周囲には誰もいない。
「日菜子」
突然、背後からかけられた声に振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。
白いワンピースは、日菜子とお揃い。
日菜子より頭一つ高い背。
風になびく黒い髪。
それは、もう二度と、成長しなくなった少女。
「……真由」
その名が、日菜子の口からこぼれた。
「元気……だった?」
「あの……それ、私のセリフ」
「あっ……そっ、そうですね。真由。お久しぶり」
「うっ、……うん」
「……」
「……」
言葉が、出てこない。
言わなくちゃいけないこと。
伝えたいこと。
聞きたいこと。
たくさん、たくさんあるというのに、何故、言葉が出てこないんだろう。
「どうしたの?」
やっと、その一言が日菜子の口から出てくるのに、長い時間がかかった気がする。
「悪夢は、あなたを使役する存在の陰謀だって、水瀬から聞いています。ですけど、私はあなたを怨んでいるわけではありませんよ?」
「……ごめんなさい」
真由はうなだれたまま、かすれたような声で呟くようにそう言った。
「私、知らなくて」
「よいのです。それより、どうしたのです?」
「……お願いがあって来たの」
「お願い?」
「……逃げて」
「えっ?」
「この学園から、早く逃げて」
「どうしてですか?」
日菜子には意味がわからなかった。
「ご主人様が、日菜子を殺しに来るの」
「ご主人様―――あの、猫のことですね?」
「……逃げて」
音もなく、真由の体が宙に浮いた。
「お願い!早く逃げて!いい夢見せてあげたでしょう!?あれ、お礼だから!―――きゃっ!?」
ビタンッ!
日菜子は力ませに真由の足をひっぱり、文字通り地面に親友の体を叩き付けた。
「いっ―――痛いよぉ!親友にすることじゃないですぅ」
「返答次第では友情が壊れること覚悟で答えなさい。真由?あなた一体、私に何を」
「この世界でも死ぬ時は死ぬんですよぉ!?親友になんてことをするの?」
「いい夢って、何ですか?」
「だっ、だから、あの水瀬君って男の子と(自主規制)したこと」
「あれを見せたのはあなただったのですか!?」
「正確には違います」
「じゃあ誰です!?」
訝しがる日菜子に、真由は
「日菜子、あなた自身です」
と答えた。日菜子はむきになって否定した。
「見たくありませんっ!あっ、あんなワイセツな光景!」
「ウソいわないで!ずっと見ていたんだから!あのクローゼットの中でアレ見ながら、日菜子が(自主規制)」
「夢の中とはいえ、なっ、なんてことを!」
「“統べる力”フル回転させて存在を隠しながら、ずっと(自主規制)。あーあ。水瀬君の夢で再生してあげようかなぁ。水瀬君、どう思うかしら」
「きゃーーーっ!!やめてやめて!」
「大体、栗須さんが来てもすぐに立てなかったのは、そのせいでしょう?」
「ち、違いますっ!」
「(自主規制)だなんて、18禁指定かけないと文章化できないでしょう?それを日菜子ったら(自主規制)するなんて」
「してませんっ!」
「夢に見た光景は、その時の空想の残滓を引っ張り出したものよ?それが証拠です」
「ま、真由!あなたって人……いえ、幽霊はぁ!」
「ホントに、素直に水瀬君とああなりたいっていう、自分の願望すら認めないなんて、人としてどうかと思ういますよ?」
「だまりなさいっ!」
顔を真っ赤にした日菜子が真由につかみかかった。
「せっかく、せっかくあなたとあえてうれしかったのにぃ!」
「日菜子こそ、こんなにヒネくれていたなんてぇ!」
草原は心を和ませる何かがある。
ただ、その中で二人の女の子が取っ組み合いのケンカをしているのは、和む光景とは言い難い。
日菜子の主観時間で約10分後。
拳が友情を固くするのは、どうもオトコに限ったことではないらしい。
草原には荒い息を吐きながら、大の字になって倒れる二人の姿があった。
頬は赤く腫れ、顔といわずあちこちにひっかき傷が走る。服は引きちぎられ、とても人前には出られる格好ではない。
ただ、その互いの顔は、何か満たされていた。
「……はぁ、はぁ」
「……い、痛いです」
「私の……勝ちです。少しは、反省したらどうです」
「ま、負けていません。反省するのは、日菜子の方です」
互いに起きあがれる状態ではない。
「な、なんで夢の中で、こんな思いを……フッ、フフッ」
「せっ、せっかく、逃げ出してきたというのに、なんでこんな思い、しなくちゃいけないんですか?……ハハッ、あはははっ」
いいつつ、二人の口からは笑い声が聞こえ、草原中にその声がこだました。
「ま、真由がヘンな夢見せるから」
腹の底から笑った日菜子が言った。
「だって、日菜子って、見ていてイライラするんだもの」
明るい声の真由がそれに答える。
「誰が、ですか?」
「なんで、“好きです。つきあってください”って言えないの?立場なんて関係ないじゃない」
「……」日菜子は、それに答えない。
「そう言うところ、昔からキライだった」
ふてくされたような真由の声が、日菜子の心には、痛い。
「……真由にはわかりません。私は」そういうのがやっとの自分が辛い。
「待って!絶対に身分や生まれを言い訳にしないで下さいね!」
真由はびしっ。と言い切った。
「結局、日菜子はそこに逃げちゃうんだから。立場だ生まれだいっても、所詮はオトコとオンナですよ?」
「ヘンなドラマの見すぎです」という日菜子に、
むっ。という顔をした真由が、投げやりなまでの口調で言った。
「あーあ。水瀬君、日菜子のこと好きなのになぁ」
「えっ!?」
ガバッと音を立てて、日菜子が上半身を起こした。
「間違いないです。今の水瀬君、すっごく日菜子のこと心配してますし」
「そっ、そんな事……」今や日菜子の顔は耳まで真っ赤になっている。
「好きなんでしょう?」
「そ、それは……」
「本当の事を、日菜子の口から言ってくれたら、ご褒美あげます」
「ご褒美?」
「そうです。ご主人様は旧校舎群の地下にいらっしゃるっていう、とっても大切な情報です」
「ご苦労様です。真由。私は絶対にいいません」
「なんで!?ご褒美もらえないのですよ?」
「―――もう言っちゃったじゃないですか。気づいていないんですか?」
「え?―――ひ、日菜子ズルい!」
「誰がですか!」
「殿下?」
「―――ん?」
まぶたが重い。
「お疲れのご様子ですね」
「栗須?」
「はい。ソファーでうたた寝されてらっしゃいました」
「そうですか」
気がつくと、薄い毛布がかけられていた。
栗須は毛布をたたみながら、日菜子の変化に気づいた。
「殿下、よい夢を見られたようですね」
「え?」
「お顔が笑っておいでです」
「……ええ。とても良い夢を見ました」
「何よりです。あっ、お休み中に、水瀬君とイーリスさんがおいでになって、旧校舎地下へ捜索に向かうそうです。あと、メイド隊が防衛線を展開準備中。今夜、少し騒がしいかもしれないそうです」
「二人が、ですか?」
「はい。あ、お茶、いれますね?」
栗須が部屋を出る。
日菜子は、深いため息と共に、ソファーの背もたれに体を預けた。
「―――せっかくの情報が、無駄になりましたね」
私はメイド達が守ってくれる。
水瀬達が猫退治に向かってくれた。
後は、結果を待つだけ。
それだけで安心だ。
ああ。目をつむるだけで、夢の中の光景が浮かんでくる。
おかしなものだ。
全く、あの子は何も変わっていなかった。
バカは死ななきゃなおらないというけど、あの子は例外だったんだ。
違うもんっ!
耳元でそんな声がした。
日菜子!?今夜から、水瀬君に日菜子の妄想を見せ続けてやりますからね!
「pkpe@wlww[[yterltoly!!?”#!」
日菜子の部屋から大声で真由を罵る言葉が聞こえてきたのは、その直後の事。
「待ちなさい真由っ!そんな友情が壊れるようなことしたら、許しませんからね!聞こえているんですか!?真由!」
一方、栗須が電話に叫んでいた。
「保健室ですか!?すぐに精神科の先生をまわして下さい!殿下のご様子がおかしいんです!いえ!もとからおかしいんですけどね!?かなり悪化したみたいで!」
そのうち、○翼系の方に殺されるんじゃないでしょうか。私……(←だったら日菜子の扱い変えろって)