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お嬢様達のナイトメア その32

「ほう?」

 森村は、膝の上で手を組み直した。

 場所は職員室。

 水瀬はそれだけで、

 (かなわないな)

 と想った。

 

 理由は簡単だ。

 

 あの日、日菜子が言った言葉。

 『あの先生は、上辺なんて何も見ません。心の奥深く、本当のことしか見ません。言いません。』

 その通りの人物だと、それだけでわかったからだ。

 

 横で座っているイーリスに盗み見るような視線を向けるが、

「水瀬。お前は私と話があってきたんじやないのか?」

 と、クギをさすような一言が飛んでくる始末だ。

「は……はい」

 水瀬は視線を戻し、一礼した。

「授業に出ず。何をしているのかと思えば」

 森村は呆れ、いや、失望のため息をついた。

「こんなことを調べていたのかい」

「そ、その通りです」

「まったく」

「……」

「水瀬。お前はここに何をしに来ているんだい?」

 

 (始まった)

 水瀬も経験からわかっている。

 このテの人物が話し始める。

 それが、どれほどの苦痛であるかを。

 

 水瀬は体を固くして、なるべく早く終わってくれることだけを祈った。

 

 祈りが通じたのかどうか……。

 

 2時間。

 イーリスがミサを理由に逃げ出した程、森村の話はくどくどと続き、突然終わった。

 

「そこで私は考えた。―――で?何の話だったかな?」

「え?―――えっと」

 唐突に話をふられ、水瀬も一瞬、自分が何のためにここに来ているのか忘れかけている自分に気づいた。

「あっ、そうです!この“守り猫様”についてです」

「それが?」

「えっと、ですから」

 

「守り猫様の伝説と、かつての在学生、北村真由の話が似すぎているのです。何か関係があるのではないかと」

「水瀬」

「はい?」

「お前は、何者だ?」

「えっ?そ、それは、ここの生徒……です」

「ただの生徒か?」

「えっ。ええ」

 一瞬、全てを見通されている気がして、水瀬は緊張した。

「……その、“ただの”生徒が、何故、他の生徒の不幸に土足で踏み込もうとするのかね」

 水瀬は言葉に詰まった。

 ただの生徒が、何故、人の不幸を調べる必要がある?

 お前には、その権利があるのか?

 森村は、そう言っているのだ。

「……理由は、あります」

「ほう?」

「今、この学園で起きている不可思議な事件。この解決のためです」

「お前が解決すると?」

「生徒会から事件打開へ向け、あらゆる権限を付与されています」

「生徒会権限なんて、私は知らないね」

 森村はにべもない。

「生徒が不幸になっても、ですか?」

「教師を試すつもりかい?」

「教師なら」

 水瀬は座ったままの椅子を引きずって、一歩、森村に近づいた。

「事態打開へ向け、協力していただけるものと信じています」

「……」

「……」

「……その話は、日菜子殿下絡み。そういうことかい?水瀬」

「はい」

「日菜子殿下は、生徒会は関係ないではないか」

「えっと……関係はあります」

「どんな?」

「で、ですから、日菜子殿下絡みの事件に関わっていて……それが生徒会も巻き込む事件になって……えっと……」

 言葉に詰まった。

 日菜子と生徒会。

 つながるはずはない。

 いや、つなげてはいけない二つの点。

 それを、つながっていると言ってしまった。

「水瀬」

 森村はあきれ果てた。という顔で水瀬に言った。

「お前は未熟すぎる」

「よく……言われます」

「交渉というものがまるでわかっていない」

「……はい」

 ずんっ。と、森村の一言一言が、頭上に重くのしかかってくる。

「もっと勉強しろ。それでは皇室のお役には立てないぞ?」

「……はい」

「……ふうっ。で?何が聞きたいんだ?」

「へ?」

 森村の説教が続くと覚悟していた水瀬は、思わず頭をあげた。

「もう一度聞く。何が聞きたい?」

「……北村真由について」

「……」

 森村は席を立った。

 断られた。

 水瀬はそう思ったが、

「何をしている」

 森村は職員室の入り口に立って、水瀬に声をかけた。

「あ、あの?」

「そんな大切な話、こんなところでさせるつもりかい?」

 水瀬は急いで席を立った。

 

「ここなら話はしやすい」

 そういって連れて行かれた部屋。

 資料倉庫のプレートがかかっていたが、中は机が入れられ、どうやら森村が個人的に使っているらしいことがわかる。

「水瀬、そこにある椅子を持ってこい」

「あっ。はい」

「近頃は腰が悪くてね」

 森村はそういうと腰を下ろし、黙った。

「……」

「……」

「……」

「……お茶、いれましょうか?」

「やっと気づいたかい。……まったく、近頃の娘は」

 

「どうぞ」

「うむ」

 出された茶を一口飲んだ森村が、感心したように言った。

「ほう?茶のいれかただけはうまいな」

「き、恐縮です」

「よろしい。さて」

「あの、私の分は」

 じろり。と睨まれて水瀬は再度黙った。

「北村真由のことだったね」

「は?はい」

「……他言無用。わかっているね?」

「はい」

「さて、どこから話せばいいかな……水瀬。お前はどの程度知っている?」

「わ、私が、ですか?」

「何の知識もなく、ここまで来た訳ではあるまい?」

「北村真由。上条製薬社長の三女として生まれ、後北村産業へ養女に出される。華雅女子学園初等部入学。6年生の時、日菜子内親王殿下の私的ご学友となるが、中等部在学中に自殺。自殺原因は、縁談の進んでいた勝沼財閥御曹司から受けた性的暴行を苦にしたもの」

 ちらり。と水瀬は森村の顔をうかがった。

「―――さて。本来なら、お前に人に対する報告の仕方から教えてやらねばならないが」

 森村は茶碗をテーブルに置いた。

「まず、私の立場から明らかにしておこう。私は北村の担任だった。北村はどこかズレてはいたが、心根の優しさ、飲み込みの良さ、あらゆる面で、お前よりはるかに出来た人間だった―――どうした?」

 水瀬が床に崩れ落ちていた。 

「い、いえ」

 

 うそだ。

 水瀬は内心で叫んだ。

 

 僕が、あんなボケキャラより人間的に下?

 そんなの、ウソだ!

 ―――この先生、絶対、人を見る目がないに違いない!

 

「つ、続きを、どうぞ」

「私も随分目をかけ、手塩にかけたものだ。その北村が、ある日青い顔をして私に相談に来た。―――見合いをさせられる。とな」

「それで?」

「親にかけあったさ。日菜子殿下も激怒して北村産業を潰しかねない勢いだった。ところが、私達の言い分なんて、企業の前にはないのと同じ。見合いは決行された―――いや、見合いという建前の……虐待が、な」

「……」

「見合いの後、登校してきた北村はもう……廃人寸前だった。他の授業で倒れたと聞き、担任として見舞った保健室で、聞かされたよ。

 あいつは、北村産業を、北村産業従業員と、その家族の生活を守るため、この見合いを引き受けてくれ。と、親に頼まれたという。皆のため。―――あいつが、見合いを引き受けたのは、その一心からだった」

「それが、違った」

「そう。何のことはない。見合いの後、あいつは聞いてしまったのさ。見合いの真実をな。仕組まれていたんだよ。全てが。

 見合い相手の勝沼財閥御曹司は性的な病人だ。成人女性を愛することが出来ず、年端もいかない少女しか愛せない、最低な病人だ。

 その病人の汚らわしい欲望を満たすこと。

 それが、見合いの真実だ」

「北村さんは、勝沼財閥の御曹司のことを、そこまで知っていたのですか?」

「すまん。これは私が個人的に調べたことだ」

「先生が?」

「教え子の危機だ。見合い前に調べ上げ、コピーを親に送りつけると同時に、私は北村に見合いを思いとどまるよう説得した。北村は理解を示し、私はそれを信じた。

 ―――それが、私の過ちだった」

「先生、まさか」

 その口振りからして、目の前にいる厳格な教師が、そんなことを考えていた。

 そういうことになる。

 それ自体が、信じられない。

「察しがいいな。―――そのまさかさ。見合いが行われるなら、私はその勝沼の御曹司とやらを殺そうと決意した。もう知っているだろう?尋ね人相談室。あれを使って、な」

「かなりするでしょう?」

「ああ。退職金と老後の積み立てで何とかなる程度だが」

「先生は、自分の全部を犠牲にしてまで……生徒を守ろうとしたのですか?」

「それが教師というものだ。当然のことだ」

 成る程。

 水瀬は理解した。

 厳しい教師は嫌われる。

 嫌われる教師に、かつて教え子だった生徒達が娘を任せるか?

 自分が苦労している分、普通の親なら反対するだろう。

 しかし、この先生は、その親となったかつての教え子から、次々と娘を任されている。

 名門だから?

 違う。

 それは、この人の人となりを、生徒達が知っているからだろう。

 この人―――いや、先生は、生徒のためなら自らの死すら恐れはしない。

 あれほど苦手意識を持っている日菜子ですら、敬意を持つ理由は、ここだ。

 だから、水瀬は心から答えた。

「立派だと、思います」

 

「別に他人にどう思われようと、私の知った事じゃないがね」

 森村は茶を一口飲んだ後、続けた。

「その病人は、北村産業のスキャンダルを掴んだ。それをネタに北村産業を揺すったのさ。スキャンダルを握りつぶすかわりに、娘を出せとな。事が終わったあと、御曹司は影でうそぶいていたそうだよ。“膜一枚で1万人が助かったな”と」

「そんなことって!」

「それを、北村の親は黙って、見合いの席と称して、娘を引っ張り出してお膳立てしたのさ。何も知らない北村……責任感の強い娘だ。私の説得に応じたフリをして、結局……」

 森村は過去をかみしめるように茶碗に視線を落として黙り続けた。

「……北村が、全てを知らなければ、ああはならなかったかもしれない。……だが、親までもが、自分を騙し、自分をなぶり者にするお膳立てをしたことまで含め、あの子は全てを知ってしまった。……だから、それに耐えられなかったのだ」

「なんで?なんでそんなことを?仮にも自分の娘でしょう!?」

「北村の親は、最初から養女である自分の娘を、政治の道具としか見ていなかったのだよ。……葬式で愚痴っていたものさ。“今までかけた金が全部パーだ”とな」

「き、汚い」

「あれにとって娘は道具。都合がいい相手がいれば、閨閥を作れる道具さ」

「そ、それって、あんまりじゃないですか」

「ここにいる生徒達は、多かれ少なかれ、そういうものだ―――殿下ですらな」

「!!」

「だからこそ、私達教師は、生徒を一人前に育てねばならないのだ。単なる道具で終わる前に、自分で歩むべき道を見つけるだけの見識を持つ女に―――もし、その道が避けられないとしても、娶ると息巻く愚物共に、“これほどの才覚を持つ女を娶る程、お前は立派な人間か”と、暗に思い知らせる位の女に」

「……先生は、北村さんから真実を聞き出した。そして、彼女は死ぬ道を選んだ」

「そうだ―――生徒の悩みを聞きながら、最悪の選択を止められなかった愚か者が、水瀬……お前の目の前にいる」

「そういう、自虐的な発言、やめてください」

 水瀬は不愉快そうに言った。

「そんなこと言われても、私、慰めも非難もしませんよ?」

 水瀬は、厳しい視線で森村を睨み付けた。

「ふっ……お前はそういう種類の人間だ。一目でわかったよ。定められた自分の道をひたすら歩むだけ。必要な事は自分で見つけだす。お前にはその強さがある」

「……そんなこと、言われたことないです」

 水瀬は戸惑いながら、何とかそれだけを言うことが出来た。

 突然、森村の口から出てきた言葉が、褒め言葉とも貶し文句ともつかなかったからだ。

 そんな水瀬の反応に、森村の口元が、少しだけ緩んだ。

「人から褒められるより、けなされる方が多いものだ。若いうちは、買っても苦労しろというだろう。いいことだ」

「……出来れば、もっと楽したいんですけど」

「お前はそういう運命なんだよ―――だが、教師たる者、気づくべきだった。何としても止めるべきだった。それに言い訳はしない。担任としての明らかな罪だ。―――私はそう信じている」

「北村さんの第一発見者は?」

「それも私だ」

「先生が?」

「ああ。北村が保健室からいなくなったと報告を受けたのは、丁度、職員室にいた時だ。居合わせた先生達で手分けして探した。私は校舎の裏手に回り―――猫が、妙な鳴き声を上げていたのに気づいて近づいた」

「猫の、鳴き声?」水瀬の眉が、ピクリと動いた。

「もの悲しそうな、何かを訴えかけるような、そんな鳴き声だった」

「あの―――」

 水瀬は、ポケットから写真を撮りだして森村に渡した。

 かつて、真由と日菜子を撮ったあの写真だ。

 森村は、まるでいたわるような目で写真に視線をむけた。

 その優しげな視線を、水瀬は生涯、忘れまいと思った。

「この猫か―――よく似ているな。ただ、私が出会った時は、あいつは口の周りを赤く染めていたよ」

「それって、まさか」

 結論は一つだ。

 水瀬は目を見張り、次の言葉を待った。

「ああ。あいつは北村の血を舐めていたのさ。ぺちゃぺちゃと音を立てて。私は激高した。私の生徒に何をするかとな。私は足下の石を投げつけたよ。そしたら、猫の額に当たって、猫は慌てて逃げていったさ」

「そう、でしたか」

「そういえば―――」

 森村は、椅子の背もたれに体を預け、遠い目をしながら窓の外に顔を向けた。

「あの頃は、奇妙な夢を見たものだ」

「夢……ですか?」

「あぁ。毎晩、あの猫が子牛位の大きさになって、私に襲ってくる夢だ。その度に、北村が私の前に立ちはだかって、猫から私を守ってくれた」

「……」

「北村に対する何か深層心理レベルの意識が見せた偶然かもしれないが、さすがに7日続けばおかしいとも思う」

「7日も?」

「7日目の夢で、猫はついに北村を押しのけ、私に襲いかかってきた」

「それで先生は?」

「その鼻っ面に一撃喰らわして、二本ある尻尾を結んでやった―――丁度、亭主とモメている最中だから、いいうっぷん晴らしになったがね」

 クックックッ。と、森村は口の中だけで笑ってお茶を飲んだ。

「それから、もう二度と?」

「ああ。出てこない。猫も、北村も」

「……」

「……」

 水瀬は、思い切って口にした。

「先生」

「ん?」

「あの猫についてのファイルは、今年の春、作られたものですよね」

「?……ああ。生徒達が調べたものの監修を頼んできたのでな」

「あれ、時代設定は大正時代ってなっていますけど、本当は、北村さんのことなんじゃないですか?」

「なぜ、そう思う?」

「先生が、誰かに真実を告げたいって思っているから」

「……そう、思うか」

「真実は重いですから―――ずっと抱え込んでいれば辛いだけです。誰かにかわってほしい。そう思うのは当然ですよ」

「そうか……」

 森村は、一息、息を吸い込むと、目を閉じた。

「……」

 水瀬は、言葉を待った。

「確かに、そうかもしれないな」

 森村は、ぽつりとそう呟いた。

「そう思うからこそ、かつての伝説に現代の事件の真実を脚色してしまった。それは確かに、事件の真相を、誰でもいいから言って欲しい。そう思う心があればこそかもしれんな」

「ただ、2つだけ、今でも真実を隠していますね。先生」

「2つ?」

「一つは、先生が、北村さんの仇討ちをしたこと」

「……どういうことだ?」

「もう一つは、先生は真実を、もう別な生徒に告げていることです」

「……」

「……」

 森村と水瀬は、じっとお互いを見つめ続けた。

 時計の針の音だけが響く室内で、二人は見つめ続けるだけ。

 

 長い時間が経過した。

 

「お見通しとはな」

 先に口を開いたのは森村だった。

「水瀬、進路は警察関係に進め。優秀な警官になれる」

 

「先生は、調査した結果をまとめ、それを日菜子殿下に渡した。先生が書いたと気づかれない方法で、です。先生は、それを読んだ日菜子殿下が、何をしでかすか、そこまで読まれた上で、殿下に真実を告げ……日菜子殿下の手を汚させた」

「……」

 森村が視線を水瀬から外した。

「先生」

「……それで、どうする?」

「どうする……って」

「この期に及んで、言い逃れはせんよ」

「……」

「こういうのは、なんと言ったかな?」

「?」

「そう。殺人教唆(さつじんきょうさ)―――あるいは純粋に殺人かな?」

 森村は水瀬に訊ねた。

 その顔は穏やかに笑っていた。

「―――私を、逮捕するかい?」

 森村は、両手をそろえて水瀬の前に差し出した。

「やめてください。私は、一介の生徒としてここにいます」

 水瀬はじっと森村を見つめながら言った。

「私は警官ではありません」

 水瀬は席を立ち、深々と頭を下げた。

「お見事な完全犯罪でした」

 それに面食らったという顔の森村は、初めて明るい声で水瀬に答える。

 

「ふふっ……お前にバレた時点で不完全犯罪だろうが」

 

 

「じゃ、私が聞きたいのはそこまでです。全ては闇の中で眠り続けるでしょう。多分、永遠に」

「……そうかい」

 一礼して部屋から出ていく水瀬を、森村は呼び止めた。

「水瀬」

「はい?」

「授業、出てこいよ?お前の親はどうにも日本語が通じない」

「ははっ。はい。わかりました」

 水瀬は、微笑みながら再度一礼して、ドアを閉じた。

 

 

 

 

過去編は一段落です。

次こそ水瀬とイーリスに仕事してもらいます!

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