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お嬢様達のナイトメア その31

「華雅女子学園校長の刑部(おさかべ)です」

 イーリスの前で、ゆったりと応接のソファーに座るのは、背の高い神経質そうな女だ。

 見るだけで高級とわかるスーツを几帳面に着こなしている。

「シスター・イーリスです。この度、アリアハン教会へ配属されました」

「それで、わざわざご挨拶に?」

「先に連絡もなく、失礼いたしました」

「いえ」

「シスター・マリアが先程、不意の最期を遂げられたご様子で」

「ええ。驚きました」

 刑部の表情は変わるところがない。

「人が燃えるなど、信じられません」

「全くです。ところで校長。シスター・マリアの葬儀について、何かご存じですか?」

「いえ。これといって連絡はありませんが?」

「そうですか……シスター・マリアは以前はどちらに?」

「ご存じありません?」

「はい」

「私も、ある筋の方から紹介を受けたので、詳細は知りません。ただ、当学園の経営理念に共感し、学園生徒に教えを広めたいとご希望とのことでしたので、断る理由もなく」

「フム―――ミサや説教には熱心だったと」

「ええ。よい方でした」

「校長先生は」イーリスは話題を変えた。

「子女の教育に力を入れていらっしゃると、生徒達から聞き及んでいますが」

「ええ。ただし、今の生徒達では、決して良い評判ではないでしょうね」

「いやまさか」

「フフッ……わかるのですよ。シスター。下流階級ならともかく、上流階級の子女に求められるものが何か、生徒達はまるでわかっていないのです」

「?」

「貞節です。上流階級の子女たる者、殿方に傅き、貞節ある生き方をせねばなりません」

「……」

「ところが、今の生徒と来た日には、あるのは自分自分自分。口を開けば「いやです」「やりたくありません」「知りません」……嘆かわしい」

 刑部は、嫌悪感丸出しで声を上げた。

「名門の子女ですらこうですもの!」

「わかります」

「そうでしょう?言葉・素振り、ありとあらゆる面が、貞節とはかけ離れています。しかも、それを恥とすら思っていない!」その声は大きくなる一方だ。

「はい」

「学園の自治なんて大それたことに力を入れるなら、女らしい振る舞いとは何かに全力を注ぐべきなのです!」

「はい」

 その後1時間。イーリスは黙って校長の持論を拝聴するハメになったという。

 

 

「ふうっ」

 校長室から出たイーリスを待っていたのは、水瀬だった。

「終わった?」

「ああ」

 うんざりという顔でイーリスは歩き始めた。

「理想論者の戯言が一通りな」

「盗聴器で聞いていたけど、すごかったね」

「言いたいことはわかる。だが、納得出来る代物ではない」

「どこが?」

「アレの言っていることは、要は生徒は女だから家畜同然に生きていればいい。そう言っているのとかわらない。支配階級の一員としての義務を自覚させるなんて発想がこれっぽっちも出てこない。義務を教えないなんて、欧州の上流階級では考えられないことだ」

「ふぅん?」

「で?そっちは?」

「うん……ごめん。やっぱり、イーリスさんの方がいいと思う」

「何故?」

「芹沢先輩、イーリスさんに惚れているらしいから」

「何?」

「昨晩、スゴいことしたみたいだね」

「……あの女、しゃべったのか?」

「ううん。殿下」

「殿下が!?」

「うん。朝、殿下が寝ぼけて凄まじいことしゃべりだしたんだ。アレ、殿下がイーリスさんと芹沢先輩のお楽しみを見ちゃって、それがあまりにインパクトがあったから夢に出てきたんだろうなぁって」

「……」

「ねぇ。イーリスさんって、両刀なの?」

「殺すぞ」

「しゃべってくれないと、近衛の掲示板に書き込む」

「今すぐ殺す」

「芹沢先輩が言っていた。シスター・マリアは逃げたって」

「?」

「それだけは聞き出せたんだ」

「他は?」

「お楽しみと引き替えだって。頑張ってね」

 そう言って水瀬が手渡したのは、赤いヘビの書かれた瓶だった。

 

 コンコン

「―――あら?悠理君」

 日菜子の部屋の入り口。

 出迎えたのは栗須だった。

「あの、午前中の授業のプリントです」

「ありがとう」

「殿下、どうですか?」

「それがねぇ」

 栗須は、日菜子の寝室に通じるドアを見つめ、困り果てたような顔で言った。

「眠るのを拒否するけど、睡魔に負けて、悪夢を見る。この繰り返しみたいで」

「精神侵入のお札は?」

「張ってあるけど」

「悪夢を見るんでしょう?」

「表現上ですよ……まぁ、よっぽどスゴいモノ、見ちゃったんでしょうねぇ」

「まさか……朝の続きを」

「こらっ!」

 パコンッ

 プリントを丸めたもので栗須が水瀬の頭を叩いた。

「女の子にもいろいろあるんです!ヘンな想像はしない!」

「ごっ、ごめんなさい」

「とはいえ、どうしたものかしら。ここの所、十分な睡眠をおとりになっていないし、お体が心配だわ」

 

 

「うーん」

 放課後、中庭をあちこち探しているのは、水瀬だ。

 栗須にイーリスと同じ栄養ドリンクを渡したら、モップで頭を割られそうになった水瀬の手には、どこから手に入れたのか、猫の缶詰とまたたびが握られていた。

「猫ぉ。猫猫ねぇこ♪」

 猫をリズムをつけて呼ぶ水瀬だが、返事をすべき猫がいない。

 というか、いつも数匹はいたはずの猫が、一匹もいない。

「あれぇ?」

 

 もう夕日が沈む。

 

 この時間、植え込みの下で昼寝をしているはずのボス。

 子供を連れて歩くミーシャ。

 生徒達のいないベンチを占領するシルビア。

 いつもの猫たちがどこにもいない。

 

「猫猫ぇこ猫猫猫ぉ。どっこだぁ?」

 

「変わった歌を歌うのね」

 不意に、そんな声がした。

 振り返ってみると、そこには紫音が立っていた。

 (もう少し目元が緩いと、祷子さんに似てくるなぁ)

 水瀬がそう思った程の美人だ。

 その紫音は言った。

「今、時間ある?」

 

「これを?」

 ベンチに座った水瀬に紫音が手渡したのは、一冊のファイルだ。

「ええ。メールで春菜……いえ、春菜殿下から頼まれたもの」

「春菜殿下から?」

「ええ。校内伝説の“守り猫様”について調べてくれって」

「“守り猫?”」

「ええ。ほら、私、剣道部と一緒に学園伝説同好会に入っているから」

「何です?それ」

「この学園、いろんなところにいろんな伝説や怪談があってね?それを調べるのよ」

「へぇ?面白そうですね」

「ええ。このファイルは、歴代の先輩達が調べた化け猫通称“守り猫様”のデータよ。本当は、直接渡したかったんだけど」

「あっ。殿下は今」

「知っているわよ。入れ替わっていること位」

「あっ。そうですか?」

「すさまじいグチメールが毎日よ?もう勘弁して欲しいわ」

「ふふっ」

「本当、皇室の子ってアクティブというか、無鉄砲というか」

「支離滅裂、行き当たりばったり」

「プッ。叱られないの?水瀬さん」

「黙っていてくださいね?叱られます」バツが悪そうに笑う水瀬。

「でしょうね。今日、殿下、お休みしていたけど、どうしたの?」

「風邪、です」

「ふうん?いくら殿下でも、このままだと補習、避けられないわよ?」

「えっ?」

「森村先生の授業、休んでいるんですもの。あの先生、問答無用よ?厳しいのなんの。ほら、ほとんどの生徒は母親も担当していたから、娘が授業さぼっていたり、成績悪いと、親の所に電話するらしいわ。“向学精神のない娘に育てるな”とかなんとか。それはそれはスゴイ説教が行くらしいわ」

「成る程、親に文句が」

「そう。今頃、水瀬さんのところにも行っているかも」

「ははっ。そうかもしれませんね」

「ご両親、お元気?」

「ええ」

「お兄さまは?」

「うーん。明光で今頃、何しているのやら」

「ね、ねぇ」

 紫音は思い切ったように水瀬に訊ねた。

「す、少しでいいから、その、お兄さんのこと、教えて」

「えっ?」

「お願いっ!」

 そういって水瀬を拝む紫音の顔が赤く見えたのは、夕陽のせいかどうか、水瀬は判断がつきかねた。

 

 

 

 水瀬は、メイドの仕事の後、自室で紅茶片手にファイルの中身を読みふけっていた。

 内容は大凡、以下の通りだ。

 

 時は大正時代。この学園に入った生徒が飼い猫を連れてきた。

 

 猫の名は“タマ”。

 

 タマは、利発にして愛くるしい姿から、生徒とその友達にかわいがられ、生徒達のマスコットとして、主人同様の幸せな日々を過ごしていた。

 

 そのタマに悲劇が訪れる。

 

 飼い主である女子生徒が、親の命令で見合いをさせられたのだ。

 見合い相手は30過ぎの男。

 金はあるが、女性にだらしないと評判の醜い男。

 すべては男の金目当て。

 女子生徒は、泣いて見合いを嫌がった。

 しかし、女子生徒は見合いを拒むことは出来なかった。

 その後、女子生徒は結婚させられることになり、学園を去らねばならなくなる。

 その退学前日、女子生徒が、教室でナイフを胸に刺して自殺しているのが見つかった。

 

 その葬儀の後、友人達は気づいた。

 

 タマが、いなくなったことを。

 

 女子生徒の自殺の後、生徒達にある噂が流れた。

 自殺現場に残された血糊には、猫が舐めたような跡が残っていたというもの。

 誰が確かめたかすらわからない些細な噂だが―――

 

 女子生徒の家、そして見合い相手の家が、相次いで不幸を重ね、ついには断絶したのは事実として残ったという。

 

 それ以降、こうした生徒の意にそぐわない見合いを強制された場合、学園にいるどれか一匹に生徒の名前と見合い相手の名前を書いた紙と共に、エサをやるとよいとされるようなった。

 そうすれば、見合い相手に不幸が訪れ、その見合いはなくなるとして。

 女子生徒の恨みを晴らしてくれた猫は、その後、同じような生徒が生まれないよう、生徒を見守る存在になってくれている。

 それ故、そんな猫は“守り猫様”と生徒達に呼ばれるようになった。

 

「ふぅん。成る程ねぇ」

 水瀬はファイルを閉じた。

 どこにでもある怪談の類。

 結婚相手を自由に選べない者達が夢見た救い。

 そういうものだろう。

 

 意にそぐわない見合いをさせられて自殺。死後を猫があだを討つ。

 

「……おや?」

 水瀬は紅茶を飲む手を止めた。

「こんな話……どこかで」

 

 サァッ―――

 外からは雨音が聞こえてきた。

 

「……あ、あれ?」

 

 そうだ。

 

 あの子だ。

 

 あの子もそうだ。

 

 見合いを拒み、自ら命を絶った。

 

 見合いした両家は断絶。

 

 そして、猫が絡んでいる。

 

 水瀬はファイルを見直した。

 

 何度読んでも話が出来すぎている。

 

 まるで、あの子の話を仮託したようなこんな話が、そうあってたまるか。

 

 紹介ページ以外は、生徒達があつめた、守り猫様の変形した話や、当時の学園に関する調査などにさかれている。

 水瀬は最後の奥付に書かれた名前を見て、覚悟を決めた。

 明日、話を聞きに行こう。

 

 奥付には、こう書かれていた。

 

「監修 同好会指導担当:森村貴子」

 

 

 

 

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