お嬢様達のナイトメア その28
メイド達が司令部施設の撤収にかかっていた。
前線からレオパルド戦車や自走砲、武器を担いだメイド達が戻ってくる。
「おいコラ」
呆然と立ちすくむ水瀬をこづいたのは、イーリスだ。
「?」
「これで事態が収拾したなんて思っていないだろうな」
「だめですか?」
「本当にはり倒されたいのか?」
ジリリリリリリリリリリリッ!!
イーリスの言葉を遮るように、闇夜に鳴り響くベルの音。
途端にメイド達の動きが片づけとは違うものになる。
「なんだ?」
「?」
「火事だ」
緊張した声で言ったのはクリスだ。
「火事?」
あたりを見回すが、どこにも火の気は感じられない。
「流れ弾で?」
「土地の関係から、それはありえない。何より、メイド達はそこまでドジじゃない」
「詳しいですね」
「さっき、太田少佐に聞いた―――戦線の近くに我々の教会がある。流れ弾が心配だったのでな」
「結局、疑っていたんじゃないですか」
「黙れ。それにしても、校内のどこだ?」
クリスはメイドに近づくと、二言三言交わしてから、すぐに戻ってきた。
「閉鎖された野菜プラントだ。ここから2キロ離れた所だ。よかった。校舎には被害はない」
「野菜プラント?」水瀬が首を傾げながら訊ねた。
「そんなもの、あるんですか?」
「ああ。ここで使っている野菜をはじめ、ほとんどの食材はプラント栽培品だ。他にも田畑から牧場まである」
「……イーリスさん、どうします?シスター・マリアを確保しますか?」
「……」
イーリスは厳しい眼差しをそのままに、じっと考え込んでいた。
「イーリスさん?」
「……水瀬」
「何?」
「シスター・マリアを、お前が追う理由は、なんだった?」
「最初は、ノインテーターの……」
いいかけて、水瀬は凍り付いた。
「ま、まさか」
「恐らく、そのまさかだ」
「プラントで栽培していた非合法の薬草類を、プラントごと焼き払ったというの?」
「証拠隠滅だ。薬草なんて種があればどこでも栽培できる」
イーリスは頷いて言葉を続けた。
「シスター・マリアが、ここに目をつけた。あるいは、ここへの招聘に応じた理由がわかる気がする。広大な土地。自由になる施設。そして豊富な資金に」
不意に、イーリスは白銀寮を睨み付け、吐き捨てるように言った。
「またとない顧客達―――私がシスターの立場だったら、目の色変えて来たろうな」
「そうですね。じゃ、シスター・マリアを」
「どんな罪状で?」
「予備拘束」
「危険だ。騒ぎになるのは避けたい」
「でも、シスター・マリアはこの間に」
「逃げられないよ」
「どうして?」
「芹沢白銀と村雲舞は我々が、上条うららは猫が、大切な手駒を手放して、のこのこ己だけ逃げるか?ありえないな」
「じゃあ、シスター・マリアは」
「まだ動く。とにかく、夜が明けたら、尻尾を捕まえに動くぞ」
「はい。……ところで会長。火災は?」
「消防署が駆けつけて消火作業中だ。夜明けまでには鎮火するだろう」
「消防署?」
「知らなかったか?規模がでかすぎるから、消防署に警察署がある」
「学園内に?」
「当然だろ?部外者入れないんだから」
「……火災の原因は?」
「普段から人気はない予備プラントだ。たしか一部が植物研究用に開放されていたはずだから―――漏電かな?」
「放火の可能性は?」
「あんな所、放火してどうする?それに、それだといろいろ困る」
「?」
「ここをどこだと思っている?部外者は立ち入ることの出来ない世界だぞ?しかも、夜間は警備関係者と、特別許可を受けた者以外、外出は一切禁止されている。そんな中で放火?犯人は生徒になるぞ。生徒会として、それでは困るんだ」
「生徒会長。全ての生徒達の所在は確認しているのか?」
「シスター・イーリス。普通科生徒に至るまですべて確認済み。問題は生徒会に報告されていない」
「ふむ―――」
「ついでに言うが、華雅女子学園ではこうした災害・犯罪が発生した場合、最低6時間、最長24時間、警戒システムは最大へ移行。同期間中は、外部との一切の行き来が禁止される。つまり、犯人は外に出られない」
「……」
「イーリスさん?」
「とりあえず、鎮火報告があるまで待ちだな。その間に、水瀬。あの芹沢から話を聞き出せるようにしてくれ」
イーリスは、そう言うと、突然歩き出した。
「イーリスさんは?」
「殿下を部屋にお連れ申し上げた後、保健室へシスター・フェリシアの見舞いだ」
2時間後 白銀寮 芹沢白銀の部屋
白銀がベッドの上で安らかな寝息を立てている所へ、イーリスが入ってきた。
丁度、後片づけをしていた水瀬が、その姿を見て、動きを止めた。
「内臓破裂6箇所、脊椎をはじめ致命的骨折4箇所。体内のガラス片他、すべて摘出は終わったよ?」
そう言う水瀬は、服も手も血まみれだ。
「シスターは?」
「元から当て身を喰らった程度だ。一晩寝れば直る」
「災難だよねぇ。あのシスターも―――地下祭壇は?」
「処理中だ」
室内にこもる、むっとした血の臭いに、イーリスは思わず口元を押さえてしまうが、水瀬は手早く血にまみれたシーツや包帯を袋に詰め込んでいく。
「随分、手こずったらしいな」
「外科手術も少しあったからね。吸血鬼化した人間の治癒なんて初めてだもん。それに先輩、家具の破片が随分体に入っちゃっていて」
「それで―――芹沢白銀。助かるのか?」
「もう元通り。やられた時、吸血鬼化していたのが幸運だった。人間だったら10回は死ねるけどね。ホント、吸血鬼の再生能力の高さには感心する。ところでイーリスさん」
「何だ?」
「あの時計塔、押さえてくれた?」
「ああ。今、栗須殿がメイド隊の応援と共に向かってはくれているのだが……」
イーリスは言いづらいという顔で、何度もためらった後、手を洗う水瀬に言った。
「殿下が……どうしてもついていくと言い張ってな」
「殿下が!?」
「ああ……メイド達に任せておけば、殿下の御身に心配はないが。水瀬、芹沢白銀は私に任せて、行ってくれないか?」
「え?」
「女同士の方が、話しやすいこともある」
「う、うん。じゃ、行くね?」
水瀬が血まみれのエプロンを脱いで部屋から出ようとした。
「あっ。待て」
「何?」
「この部屋、防音か?」
「うん。それに芹沢先輩のメイドさん達は、危険だから絶対に部屋に近づかないことになっている―――それが?」
「いや。いい。行け」
「あらあら」
時計塔の風紀委員会室へ入ったのは、日菜子と栗須、そして武装したメイド達6名の計8名だ。
メイド達は一様に銃で武装している。
「これは」
先ほどの惨状を直接目にはしていないものの、何が起きたか知っている栗須はともかく、メイド達は目を丸くした。
「なんという……」
「ひっ。非道い」
メイド達の語気は怒りに満ちあふれ、そしてその肩は震えていた。
学校関係者としては無理もない話だ。
「―――まっ、まぁ。あの、いろいろあったのですが」
日菜子がフォローめいた言葉を発するが、
「栗須様?」
もうガマンできないという声で、メイドの一人が言った。
「ここは証拠として確保すべき所なのですか?」
「いっ。いえ?あっ。ただ、室内の物を外へ出すのは認められません」
「それでは、家具の破片等は、室外の一カ所へ集めておけばよろしいですね?」
「は?」
栗須は助けを求めるように日菜子の顔を見た。
「そうですね。栗須、手伝いなさい」
日菜子はそう答えた。
「では」
銃を壁際に並べたメイド達は、どこからか掃除道具を取り出した。
「第221小隊整列!」
バッ!
メイド達が一列に並び、メイドの一人が檄を飛ばす。
居並ぶメイド達の手には、モップ・バケツ・ぞうきんが握られている。
「これより清掃にかかる!この光輝ある華雅女子学園において、このような乱雑な部屋の存在は許されないっ!メイドの名誉にかけて、この部屋を清掃するっ!」
「はいっ!」
「かかれっ!」
荒れ果てた部屋は、次の瞬間、メイド達のお掃除の場と化した。
「主を売れと―――そう言うの?シスター・イーリス?」
それが、イーリスへの白銀の返事だった。
その目には、あからさまな敵意と、そして憎悪が込められていた。
「もう一度聞く」
イーリスも負けてはいない。
「シスター・マリアの目的は何だ?」
「……知らない」
つい。
そっぽを向く白銀。
「黙秘権行使のつもりか?」
「……」
「断っておくが、私は軍人ではない。まして警察官でもない」
「……」
「口が答えないなら、体に答えてもらうことになるぞ?」
「……シスター、この国にも法律があります。刑法において」
パンッ!
イーリスの平手が、白銀の頬を打った。
「なっ!何を!」
グイッ!
イーリスは白銀の胸ぐらを掴んだ。
「―――銀で顔を焼こうか?それとも、目玉のかわりに銀の玉でも埋め込まれる方がお望みか?」
「そんな脅しに屈するものですか!最っ低っ!」
「―――そうか」
イーリスは、肩を落として落胆のため息をついた。
「こういうのは―――好きではないのだ」
「?」
白銀には意味かわからない。
ただ、何やら、自分の身に危険が迫っていることだけはわかった。
「何を―――きゃっ!」
不意に、白銀の体を、イーリスがベッドに押さえつけた。
イーリスは言った。
「快楽が、時に苦痛に勝る拷問になることを、教えてやろう」
「あ、あの?殿下?これは一体」
水瀬は、目の前の光景が信じられないという顔で日菜子に訊ねた。
掃除をメイド達に任せ、執務椅子に座って、書類を読んでいた日菜子が、気のない返事をした。
「掃除、です。メイドにとって、このように乱れた部屋はガマンがならないらしく」
「なるほど……」
見れば、あれだけ荒れ果てていた部屋が見違えるように綺麗になっていく。
「それで?ここを押さえる理由は何か?」
「はい。芹沢先輩が、この部屋から、何を持ちだそうとしていたのかが知りたくて」
「その芹沢先輩は?」
「イーリスさんが、聞きたいことがあるって」
「そうですか。水瀬?それではお目当てはこれでしょう?」
そう言って、日菜子が手渡した書類を読んだ水瀬が答えた。
「―――そうですね。ノインテーターの顧客リスト。探せば他にも」
「警察に渡しますか?」
「樟葉さん……いえ。饗庭中将に指示を仰ぎます。これは近衛が欲しがるでしょう。6課とかが特に」
近衛府情報局6課―――
反皇室的行動をとる不穏分子の取り締まり等にあたる部局。
といえば聞こえがいいが、要するに皇室に不利益な存在を実力で、暗に排除する組織。
そこで使われるとすれば、脅迫材料に他ならない。
日菜子にそれがわからないはずがない。
「あまり、いい気はしませんね」
「する方が、どうかしていますよ。―――よいしょ」
バキッ!
執務机の引き出しを力任せに引きちぎってカギを壊した水瀬が、中身をテーブルの上にぶちまけた。
「……あった。ノインテーター」
袋に入った白い粉はノインテーターと見て間違いないだろう。
「それに……組成表と……まぁ、いいや。局で調べてもらおう」
水瀬は、持ってきたバックに他の袋や書類を放り込みながら呟いた。
「あっ。これいらないし」
ぽい
「これもこれも―――いらないや」
ぽい
ぽい
ぽい
引き出しを調べ終わった途端、水瀬は壁に並ぶクローゼットの引き出しを全てひっくり返し、隠し扉を破壊し、隠し金庫をこじ開け、中身を床にぶちまけた。
室内が静まりかえっていることに、水瀬は気づかない。
「み、水瀬?」
日菜子が恐る恐るという感じで水瀬の裾を突く。
「へ?」
水瀬は、床に散乱する物から視線を外さない。
「なんですか?」
書類を素早く選別し、それが古い生徒会関係の書類だと判断するなり、その辺へ放り出した。
「うーん。めぼしい物がない……芹沢先輩……やっぱり、壊れたパソコンに何かデータを持っていたのかなぁ……ああなると、僕じゃ手に負えないし」
「いいですから。とにかく、周り周り」日菜子の声は、やや焦り気味だ。
「周り?」
水瀬が顔を上げると、そこには自分を睨み付ける栗須以下、メイド達の姿があった。
「―――あの?」
ジリッ。
メイド達が水瀬との距離を縮める。
「あの?どうなさったのですか?皆さん」
「……悠理君」ドスのきいた声で栗須が言った。
「私達がお掃除しているのに、なぜ次々と汚すのですか?」
「あっ……ご、ごめんなさい。ぼ、僕、自分でやりますから」
「せっかく磨いた床をインクで汚してくれましたね」
メイドの一人が、モップを握りしめながら水瀬に迫る。
「ふっ。拭きますっ!」
「放り投げたノートが、壁紙に傷を」
他のメイドも同様だ。
「リペアしますからっ!」
「許せません」
日菜子が水瀬から離れたのを合図にしたように、水瀬を追いつめたメイド達が、一斉に襲いかかった。
壁際に逃げた日菜子の目の前で、地獄絵図がその新たな一ページを、開いた。
5分後
「うえっ……うえっ……」
頭にいくつものタンコブを作った水瀬が、泣きながらモップで床がけをしていた。
「あの……水瀬、大丈夫ですか?」
日菜子は、無意識に壁の細工を触りながら栗須に問いかけた。
「殿下。男の子は甘やかせてはいけません」
栗須はにべもない返事で答える。
「み、水瀬も反省していますし。今、水瀬は捜査のために」
「いけませんっ!」栗須は声を荒げた。
「ここで甘やかせると、悠理君がダメになりますっ!」
「はっ……はい」日菜子は、気迫に負けた。
「大体、反省なんてしているハズがないです!反省したか聞くなんて、ブタに真珠、ザクにファンネルですっ!」
「ふ、ファンネル?」
「男の子にとって反省とは、体に覚えさせるものなんです!ほら悠理君?腰が入ってませんよ?腰が!モップ拭き千回ノック追加っ!」
モップを振り回す栗須を避けようと、日菜子は壁際に、さらに寄った。
「はいぃぃ……」
「それが終わったら壁紙の修理です!ヒンズースクワットしながら壁紙修理です!―――殿下?」
気がつくと、日菜子の姿がない。
「殿下?」
見回しても、どこにもいない。
いるのは、自分、悠理君、そしてメイド達のみ。
ドアは閉めたまま。
出入りはなかった。
それなのに―――。
「殿下?どちらですか?」
「え?殿下?」
水瀬や他の作業にかかっていたメイド達も、手を止めて栗須を見、そして、横にいたはずの日菜子の姿を求めようとして、気づいた。
いない。
室内から、日菜子が―――消えた。