お嬢様達のナイトメア その24
風紀委員幹部達が、欲望丸出しで うららに襲いかかっている丁度その頃、水瀬達は地下通路で足を止めていた。
「―――イーリスさん」
「ああ。かなりな数。しかも近いが……これは別な通路を使っているな」
「水瀬?」
「殿下。寮へお戻りください。妖魔が動いております」
「どこを、ですか?」
「不明です。ただ、このままですと、妖魔のまっただ中へ入り込む恐れが」
「退いてください」
「イヤです」
水瀬の一言にニベもない返事をする日菜子。
「……殿下のイジワル」
「そんなこと言う方がイジワルなんです。―――風間元中尉でも応援に呼びましょうか?」
「と、祷子さんは関係……」
「さっきまで祷子さん祷子さんだったじゃないですか」
プンッと日菜子はそっぽを向いた。
「栗須殿」その様子に、イーリスがそっと栗須に耳打ちした。
「殿下は水瀬を嫌っておいでで?」
「まさか」栗須は面白そうに笑って答えた。
「その逆です」
「は?」
「殿下は悠理君のことが」
「栗須っ!」日菜子が赤い顔で怒鳴り声を上げた。
「聞こえています!」
栗須は一礼の後、イーリスに首をすくめてみせた。
水瀬を睨み付ける日菜子に、栗須が言った。
「殿下。寮へ警戒するように伝えましょうか?」
「生徒会長。この地下通路は、閉鎖することも出来るのですか?」
「非常時に備え、シャッターを降ろすことは可能です」
さすがに相手が皇族だけに、クリスの口調も丁寧だ。
「なら、私たちの進路を除き、全てのシャッターを下ろすように通報を」
「了解です―――アリス?さっさとやりなさい」
「わ、私が!?」
数分後。
ギィィッ
ガシャン
ガシャン
クリスの通報を受け、あちこちで金属の音が響き渡る。
「でも、シャッターなんて、止められてもわずか数分では」
騎士、そして妖魔にとって、シャッターなんて紙切れのような存在にすぎない。
水瀬の心配は、普通の観点からすればもっともなのだが……。
「いや。水瀬、それは大丈夫だ」クリスは平気な顔でそう答えた。
「えっ?」
「華雅女子学園のシャッターは、戦車の正面装甲顔負けの厚さの複合装甲を採用している。妖魔が爆発物でも仕掛けない限り、破ることは出来ない」
「……どういう所ですか?ここって」
「普通だろう?」
「シャッターとは、そういうものではないのですか?」
「悠理君?何かと勘違いしてません?」
「……」
日菜子、栗須、クリス、三人が三人とも、むしろ、おかしいのはお前だ。といわんばかりの顔でいる。
「……わかりました」
「とにかく急ぐぞ。……殿下。御身は我らが命に代えても御守りいたします。しかれども、どうか殿下ご自身におかれましても、十分ご用心の程を」
「わかります。私も騎士の端くれ―――水瀬?剣を」
「はい?」
水瀬は一礼の後、スカートの間から愛刀(霊刃ではない)を取り出した。
「……悠理君?」
「水瀬?」
栗須姉妹が驚きを通り越したという顔で水瀬を見た。
「はい?」
その返事を待っていたかのように、二人の手が、とっさに水瀬のスカートを掴んだ。
「ちっ、ちょっと、なっ、何ですか!?」
「いいから見せなさい!」
「こんな長モノ入れられるなんて、お前のアソコはどうなってるんだ!?そ、それともケツか?ケツなのか!?」
「ちがーうっ!」
突然、叫ぶ水瀬の後頭部にイーリスのナイフの峰が振り下ろされた。
ゲンッ!
「痛っ!」
「水瀬っ!主君にそのような汚れた刀を渡すとは何事だっ!?」
「違うっていってるじゃないですかぁ!太股のホルスターいじって、閉鎖空間の中に刀を隠していただけです!」
栗須姉妹の攻撃から何とかスカートを守りつつ、そう叫ぶ水瀬だが
「紛らわしいマネするなっ!」
イーリスの心証はどうしようもなかった。
「とにかく」
日菜子は水瀬から刀を受け取った。
「久しぶりですね。水瀬の刀を手にするのは」
「今年の4月以来かと」
「そうですね」
スラリと抜かれた刀身が通路のライトを反射して輝く。
「源清麿作の魔法刀―――銘は“初音”2尺2寸でしたね」
「はい」
「……」
じっと刀を見つめる日菜子の姿に、周囲は荘厳さすら感じ、自然と身を正した。
「護身の術が拳銃だけでは不安です。かの戦で魔王“ヴォルデモード”をはじめ、無数の敵を撃破したという歴戦のこの一振、しばらく借りてもよいですか?」
「どうぞ」
「―――アリス?」
じろっ。音を立てた視線を受けたクリスが小さくなりながら言った。
「わかってますよぉ。この場で聞いたことは全て口外するな……でしょう?」
「わかっているなら結構」
「殿下……剣はともかく、失礼ですが」
イーリスは口をつぐんだ。
“腕前はどうなのですか?”
それは、臣下が主君に聞くべきことではない。
「問題ありません。剣術指南役鬼塚先生から折り紙はいただいております。とはいえ」
日菜子はそう言って刀の峰を返すと、上段に構えた。
「この程度ですが―――えいっ!」
気合いと共に刀を振り下ろす。
げぃんっ!
「にぎゃっ!?」
途端に、鈍い音と悲鳴が辺りに響き渡った。
「―――いかがです?イーリス」
「お見事でございます。殿下」
「なら、大丈夫ですね?」
ニコリと微笑みながら、日菜子は刀を鞘に納めた。
「では、まいりましょう」
「はっ」
「アリス、側を離れないで。殿下?こちらの帯をお使い下さいませ」
「姉さんこそ、大丈夫?」
会話が遠くなる中、日菜子の試しの犠牲となった水瀬は、未だに目を回していた。
その屍(?)を拾うモノは、パーティの中には誰一人として存在しなかった。
合掌。
10分後。
「何を寝ているっ!」
サッカー選手顔負けのキックで蹴り飛ばされた水瀬が目を覚ましたのは、壁に激突する1秒前だった。
コンクリートに熱い口づけを余儀なくされた水瀬は、そのまま、またノビた。
「いい加減目をさませっ!!」
胸ぐらを掴まれ、揺さぶられたせいで、意識が少しだけ戻る。
そこへ
ビビビビビィィィンッ!!!!
イーリスのビビビビンタが炸裂し、またもや水瀬の意識は遠のいた。
「仕方ない」
イーリスは奥の手として、ナイフを抜いた。
「屍鬼化されては面倒だ。―――水瀬、怨むなよ?」
イーリスの渾身の力をこめたナイフの一撃は、床に大きな穴を穿つ。
とっさに身を翻してその一撃だけは避けた。
「う、怨むなって方が無茶っ!」
「―――なんだ。起きていたのか」
「イーリスさん何か僕に怨みでも!?」
「うるさいっ!とにかく来いっ!」
イーリスは水瀬を引きずりながら駆けだした。
「やだぁっ!」
水瀬は叫んだ。
「もおヤダぁっ!日菜子殿下は僕を刀で殴るし、イーリスさんは殺そうとするしぃ!……ヒック……周囲から人間扱いされない職場なんて、もういたくなぁいっ!」
「ぐちゃぐちゃわめくなぁ!」
「お家帰るぅ!あーんっ!祷子さぁんっ!!」
「だから黙れっ!栗須殿お一人で戦線を支えていらっしゃるのだぞ!?」
「知らないもんっ!」
「お前の大好きな年上のお姉さんが苦しんでいるんだぞ!?好きなんだろう!?年上のお姉さんがっ!」
「祷子さん以外は興味ないもんっ!」
「それでも男かっ!」
「女装してるもんっ!」
「いいからいってこぉいっ!」
イーリスは、泣き叫ぶ水瀬の襟首を掴むと、フルスイングで前めがけて水瀬を投げ飛ばした。
「わーんっ!暴力シスター!呪ってやるうっっ!」
「除霊してやるからさっさと死ねっ!」
ガインッ!!
凄まじい音を立てて水瀬がアタマからぶつかった相手。
それは、全長3メートルほどの妖魔の背だった。
「!!」
ザンッ!
抜く手も見せずに真っ二つに斬り殺した水瀬は、すぐに戦闘態勢を整え、近くの妖魔を片端から切り倒した。
「悠理君っ!」
その水瀬に、突然とんだ声。
栗須のそれだ。
「くっ、栗須さん!?殿下!」
声を探す。
そこには、栗須が日菜子と妹をかばうように、妖魔達の前に立つ栗須がいた。
その手にはモップが握られている。
「モップなんかで―――このぉっ!」
水瀬の周囲から放たれた魔法が、栗須達の周囲にいた妖魔達に巨大な風穴を開けた。
その間隙をぬってイーリスが日菜子の護衛に入った。
「問題ありません!悠理君は奥の敵を!」
栗須は短く答えると、手にしたモップを一閃した。
そんなバカな。
水瀬は呆然としてその光景を眺めた。
栗須の一撃は、堅い皮膚装甲を誇る妖魔を真っ二つにしてのけた。
ウソだ。
こんなのウソだ。
いくら何でも、妖魔をモップの柄で切断するなんて、あっていい話ではない。
どうやったらモップでモノが切断できる?
ありえない。
うん。
どう考えてもおかしい!
「ハアッ!」
水瀬の混乱を無視したように、妖魔を真っ二つにした栗須は、返す手で襲いかかる妖魔の腹にモップを突き立てた。
「せいっ!」
ギインッ!
モップで背後から襲いかかった妖魔の一撃を易々と受け止めたかと思うと、栗須は片手で妖魔を押し返し、その一撃で妖魔を沈黙させた。
栗須の動きは機敏。
狭い室内を上手く利用し、敵を翻弄、スキを見て相手を潰す。
全く、ムダがない。
「イーリスさん!ここは頼みますっ!」
「心得たっ!」
メイドvs妖魔
「……」
その光景を前に、水瀬は自分の頬をつねってみた。
痛い。
ということは、夢じゃない。
認めたくない。
でも―――
「悠理君っ!」栗須が怒鳴った。
「そっちはどうなっているんですか!?」
「え?―――あっ。はいはい」
霊刃で近づく敵を殲滅する水瀬は、栗須にせき立てられるように動いた。
「ダメですよ?戦場では、気のゆるみは死を意味します」
栗須はモップ片手に、難なく妖魔達を、文字通り“掃除”してのけていく。
「というか、栗須さん……ご経験が?」
「私もメイドなのです。―――つまり」
何でもないという顔で跳躍した栗須が、大型妖魔の頭めがけてモップを振り下ろしながら叫んだ。
「エプロンドレスは―――伊達じゃないんですっ!」
ギャァァァッ!
栗須の一撃を受けた大型妖魔が最後の断末魔を残して真っ二つに切り裂かれた。
「……どうですか?コスプレ仲間のイーリスさん」
「殺すぞ?」
ちなみにイーリスは本物のシスターだ。
念のため。
戦いは、水瀬達……というか、ほとんど栗須一人による圧勝で幕を閉じた。
「久しぶりにいい戦いでした」
栗須は満足そうにモップの柄を懐紙でぬぐいながら言った。
「でもやっぱり、動きが鈍った気がしますねぇ」
「あっ、あれでですか?」
「悠理君?」栗須はニコリと笑いながら言った。
「あの戦争の時、近衛が前線に主力部隊を動かせた理由を、考えたことありますか?……実際、宮中への奇襲は何度もあったんですよ?それでも、主力部隊が前線に残ることが出来た理由」
「……まさか」
思いついた途端、水瀬はその答えを否定した。
否定したかったからだ。
だが……。
「私達、宮中女官団が防衛戦に当たったのです。―――ですからね?室内戦闘経験だけなら、私だってそうは負けていませんよ?」
「……」
水瀬は、本気で思った。
(もうイヤ……このシリーズ)