お嬢様達のナイトメア その2
放課後、裏門付近に停められた車の中。
運転席に座った理沙は、煉瓦造りの高い壁を眺めながら、助手席に向かって言った。
外は土砂降りの雨だ。
「どうして君が関わると、こうも大事になるのかしら」
助手席に座っていた水瀬が言った。
「当たりだった?」
「ええ。純度85%の“ノインテータ”だった。運が良かったわよ。かなりの高純度だもの。へたすれば一発よ?」
「依存症状が出たらどうなるんだっけ?」
「普通のクスリと同じよ。下手すれば廃人か、死ぬ」
理沙はハンドルにもたれかかりながら言った。
「この薬、どういう目的で作ったか、そこでわかんなくなるのよ。普通のクスリだったら、売人は、ユーザー(中毒患者)に何十回と使わせることで、クスリ代を巻き上げるでしょう?でもね?このクスリ、数回の使用で精神崩壊か体が拒絶反応起こして死ぬの……わずか数回。この使用回数の少なさがね?どうにもわからないのよね」
「だから、“ノインテーター”なんだ」
「そう。“二桁まで使えないクスリ”転じて“9の殺人者”ってことじゃない?」
「―――あの子達の入手ルートは?」
「もう絶望的。“こっくりさんに勧められた”ですって。実際はどうだか」
「売買されているわけじゃないの?」
「この学校の関係者が売人なら、とんだスキャンダルよ。一応、製薬会社や大学で薬物扱っている家中心に調べているけどさ。でもね?ヘンなのよ」
「ヘン?」
「普通なら、依存症が出た所で目の玉飛び出すような値段で売りつけるっていえるけどさ。でも広橋だっけ?あの子の言い分だと違うみたいなのよ。“お菊様から美しくなるクスリだと賜ったものだ”の一点張り。“金で買うなんて無様なマネするか”って」
「ま、儲けたければ、地道に普通のドラッグ売った方がいいよねぇ」
「そうよ。イモヅル式に検挙してやるわ。―――とはいっても、学校が捜査に否定的だしさぁ。“おたくの生徒さんから麻薬反応が出ました”って連絡したのが昨日。その日のウチに事件の絶対秘匿が総監命令で来た。わかる?この意味」
「“捜査はするな”ってコトだよね。バイヤーだけ潰して、お客については、一切調べるなってことでしょう?」
「そう。おかげで部外者が出来ることは皆無に近いわよ。ホント、あんたが頼りなんだからね」
「頑張るけど。もう少し情報が欲しい」
「どんな?」
「“ノインテーター”って、どうやって作るのか、その方法について調べて」
「製造に必要な物から、製造場所を割り出すってこと?」
「そう」
理沙はリアシートのバックから封筒を取り出した。
「これ。私、こういうのは全然わかんないから、参考になるならして」
封筒の中身は、“ノインテーター”の組成表だ。
「……へぇ?“ウポウル”や“モーラ”まで使われているんだぁ」
「よくわかるわねぇ」
水瀬は、しばらく考え込んだ後、理沙に言った。
「で?上からは、この“ノインテーター”についてはなんか言われているの?」
「今言ったのが全てよ。タチの悪いドラック」
「……」
水瀬がその答えに満足していないのは、理沙にもわかった。
「例えば?何言われるのを期待していたの?」
「お姉さん」
水瀬はシートを少しだけ倒して、視線を天井に向けた。
「何?」
「“ノインテーター”って、元々、どこでどういう意味で使われていたか、知っている?」
「え?だから麻薬で、9回で死ぬから“9の殺人者”って―――」
「ブッブー」
ウィーン
不意に助手席側のウィンドウが下がったかと思うと
バンッ
鈍い音が車内に響き渡った。
「マジメに答えろ」
理沙の手には、銃口から煙をあげる拳銃が握られていた。
「お、お姉さん。そんなに簡単に発砲していいの?」
「弾丸使用報告は常に改ざんしているから大丈夫よ」
(こんな人に拳銃を、いや、国家権力を預けるべきじゃない)
水瀬は、本気でそう思った。
「さて?その空っぽのピーマン吹き飛ばそうか?それともみみっちいウインナー君の方がお好み?」
「ドイツ語で“吸血鬼”の意味です」
「はぁ?吸血鬼?」
「ザクセン地方に現れる吸血鬼。9の由来は、死者が墓の中で怪物に変身するまでの日数なんだっていわれている」
「だけどさぁ。吸血鬼だなんて、話が大きすぎ」
「でもねぇ……」
「え?」
「このクスリ、人間を吸血鬼化させるのに必要な成分で構成されてるんだよ。よくこんなに集めたなぁ……スゴイや」
「何よそれ」
「“ノインテーター”は麻薬じゃなくて、本当は“吸血鬼を作るクスリ”ってこと」
「はぁ?」
「麻薬にちかい効果の精神的な高揚感っていうのは、体内組織の再構成に伴う神経的なパニックによるものだね。耐えられなければ、確かに廃人になるよ。副作用、すごいだろうなぁ“モーラ”なんて合わない人が飲めば、全身の皮がズル剥けになるし、“ウポウル”は全身の肉が腐るし」
「な、なんでそんな物騒なモノ、私が追わなければならないのよ」
「……というか、麻薬担当部署じゃなくて、第三種事件専門のお姉さん達がクスリ絡みの事件を追っていることに疑問を持たなかったの?」
「そ、そりゃあ……」
言われるまで気づかなかった。
ただ、事件だから追っていただけだ。
そういえば……何故?
「ホトケの殺され方が尋常じゃなかったから、そっちに気をとられていて……」
水瀬は封筒からもう一度、組成表を取り出してうめいた。
「魔法薬だから、麻薬とは認識されていないんじゃないかな……いい加減だけど、うーん。でも、なんでこれが入っているんだろう。この効果は確か―――」
「どうしたの?」
「普通、どうやっても手に入らないはずのものが一つあるんだよ」
「手に入らない?じゃ、その入手ルートが絞られれば」
「そうなんだけどねぇ」
水瀬はまるで雨音に耳を傾けているかのように目をつむった。
「何が問題なの?」
「組成表にあった“ドムネル”、これは人間界では手に入らない」
「何で?」
「妖魔の卵を加工したものだもん。効果は―――お、女の人限定で、い、いろいろ、すごいらしいけどね」
そういう水瀬の顔は、なぜか赤い。
「げっ!?」
理沙は驚いてドアまで逃げた。
「あ、あの子達、妖魔の卵なんて飲んだの?」
「そう。だから、これではっきりした」
「ん?」
「この学園。どこかで、妖魔が関わっている」
理沙に吸血鬼避けの呪符を渡した後、水瀬は車から出て寮へと戻った。
「お姉さんなら、ドラキュラにとっては眼中の外だろうけど。念のためね?」
理沙の払った礼は、拳銃に残った残弾全てだった。
華雅女子学園 校舎
水瀬は校舎に戻った。
放課後に加えて雨のせいか、校舎にいる生徒の数は、かなり少ない。
(雨足が強まる前に帰ろうか)
水瀬がそう思って教室を出た刹那、両脇を押さえられた。
「新入生の、水瀬悠菜だな?」
軍人か警官のような、お嬢様学園とは思えない強圧的な言葉がかけられてきた。
「そうですが?」
横を見ると、背の高い女子生徒が二人、脇に立っていた。
「あの」
それとなく腕をふりほどこうとするが、二人は腕を掴んだまま、放そうとはしない。
「生徒会風紀委員だ。話がある」
(まずい)
生徒会室に連れ込まれた水瀬は緊張していた。
何がバレた?
近衛という立場は絶対に伏せられている。
むしろ知っていたら、その情報源を知るために、ここにいる全員の脳を調べなければならない。
自分が男だとか?
これがまずい。
変装は完璧なはず。
自信はある。
トイレはなるべく控えていたし。
体育はなかったし……。
「……」
薄暗い室内にいるのは、全員女子生徒らしい。
らしい。というのも変な話だが、どうも顔を見られたくないという演出だということはわかる。
全員が自分を見つめている。
「あ、あのぉ……」
「書記、説明」
水瀬から見て真っ正面、一番奥に設えられた最も背もたれの高い椅子に座った生徒から声があがった。
高い女の子の声。年齢は高くはない。
「は、はい」
薄暗い中を、一人が慌てた様子で立ち上がった。
どうやら手元のファイルでも読み上げようとしているらしい。
(薄暗いのに大変だなぁ)水瀬はそう思った。
「み、水瀬悠菜さん。中等部2年。身長145センチ」
「145.5です!145.5!この前、コンマ5センチも伸びたんです!」
「ご、ごめんなさい……え、えっと、身長145.5センチ、BWH75、47,70。入学テストは満点。心臓に持病があり、体育科目は全て特別免除されています」
「ふむ……」
「あのぉ……」
「ああもうっ!」
バンッ!
誰かが机を強く叩いた音が室内に響く。
「暗くて何が何だかわかんねぇじゃねぇか!おい!照明つけろ照明!」
「会長が暗くしろっていったんじゃないですか!格好いいからって!」
「知るかそんなモン!」
パッ
その言葉に反応したように室内が明るく照らし出された。
典型的な会議室だった。
マホガニーの黒光りする豪華な会議机に革張りの椅子がコの字型に並べられ、それぞれの椅子に生徒会の役員だろう生徒が座っている。
「?」
居合わせた面々に、水瀬は少なからず奇異の念を抱いた。
メガネをかけた生徒は、多分、書記だろうし、あの気の強そうな軍人タイプの二人は風紀か何かだろう。水瀬はそう見当をつけた。
だけど……
問題は、その真っ正面。
一番高そうな革張りの椅子に飛び乗って、片足を机に乗せているのは、
どう考えても小学生だ。
身長は水瀬よりやや低い。
高校生なら、かなりチビだ。
なめらかな金髪にくりっとした、まるで猫のような女の子だった。
「おう!水瀬といったな?」
お嬢様学校の生徒とは思えないほどの江戸っ子な口調に、水瀬は正直、驚かされていた。
「……パンツ、見えてますよ?」
「見せパンだからいいんだよ!生徒会長のクリスだ!お前ぇに話がある!」
「あのぉ……転校したてでわからないのですが……この学園では、初等部の方でも、生徒会長になれるシステムなので?」
水瀬の疑問に、居合わせた女子生徒が凍り付いた。
「ケンカ売ってんのか!?」
“クリス”と名乗った女子生徒は、手近にあったカッターナイフを水瀬めがけて投げつけた。
ぱしっ。
まともに受ければ大ケガでは済まないはずが、水瀬は何でもないという顔で受け止めた後、不思議そうに訊ねた。
「生徒会役員は高等部の方と伺っていたのですが」
「私は高2だ高2!テメェの目玉は節穴か!?」
「飛び級ですか?」
「してねぇよ!」
「会長」
先ほど、水瀬をここまで連れてきた二人のうちの一人、長い髪をリボンでまとめた女子生徒が席を立った。
「話が進みません。このままでは時間の無駄です」
「ちっ!おぅ水瀬!逃げるなよ!?」
「お手柔らかに」
「会長。とにかく、例の件について」
「ああ。そうだな。舞」
クリスは、しぶしぶながら席についた。
「中等部2年の広橋達のこっくりさん事件、現場に居合わせたそうだな」
「……それが何か?」
「暴れ出した広橋を止めたのはお前だとか?」
「……それが何か?」
「詳しい話が聞きたい」
「校長にはお話済みのことですが?」
「水瀬さん。会長は少々、苛立っていらっしゃるだけです」
席から立ち上がって声をかけてきたのは、クリスの横に座っていた、セルロイドのメガネをかけたマジメそうな女子生徒だった。
「華雅女子学園は、生徒の自治という面にも力を入れています。生徒会はいわば自治政府というわけです。ですから、学園内部で発生した事件等については、独自の捜査権限を持っています」
「……事はすでに校長に報告してあることですし。校長からは他言無用の命令を受けています」
「あのクサレ校長なんて知るか!」クリスが怒鳴った。
「すでに死人まで出ているんだぞ!?生徒会として放っておけるか!」
「水瀬さん。そういうことなの」
「下手な介入は、徒に犠牲を増やすだけです」
その一言が、クリスの怒りに火を点けたらしい。
「てめぇ!」
まるで小動物のような身軽さで、机を乗り越えたクリスは、水瀬の胸ぐらを掴もうとして、逆に腕をひねり上げられた。
「!!」
「素人が粋がったところで、何が出来るのですか?何より、トップがそんな軽はずみな態度では、部下が浮き足立ちますよ?」
「し、知ったようなクチを」
「常に冷静沈着たれ。指導者に求められる最低限の要件ですよ?会長」
「水瀬、離しなさい」
風紀委員とみたもう一人の女子生徒が口を開いた。
「それでも会長だ」
「それとは何だ白銀!“それ”とは!」
3分後
「まぁその、なんだ」
席に戻った(周囲に戻らされた)クリスは、咳払いした後、言った。
「改めて紹介する。私が華雅女子学園生徒会長のクリスだ。クリス様、もしくはご主人様と呼ぶように」
「―――はじめまして」
水瀬はクリスの発言をアタマから無視した。
「右にいるのが副会長同じく高等部2年楠沙羅」
先程のメガネの女子生徒。
クリスとは、とても同い年には思えないほど落ち着いた感じの女性が軽く会釈した。
まるで社長秘書だ。と水瀬は思った。
「その横が書記の上条うらら」
やたらと胸の大きい、おどおどした感じのめがねっ娘が小さく頷く。
さっきの報告は、彼女が行ったことはすぐにわかった。
それから何人かの紹介を受けた後、例の二人の名前があがった。
「左が風紀委員長の村雲舞と、副委員長の芹沢白銀だ」
二人が軽く頷き、水瀬もただ、頷き返すだけだ。
かなり武道の修行を積んだらしいことは、その仕草でわかる。
「とにかく、お前の情報が欲しいんだ。水瀬」
「ですから、校長先生に」
「生徒会は、校長先生に睨まれているのよ」副会長の沙羅が言った。
「学園にも色々派閥があってね?一筋縄ではいかないのよ」
「……生徒会を信じない校長というのも、なにかヘンな感じが」
「正しくは、生徒の自治が気に入らないんだ」クリスは言った。
「生徒はすべからく教員の下に隷属していればいいというのが、あのクソ校長の考えだ」
「……」
「私達はそれに反対している。華雅女子学園は単なるお嬢様学校なんかじゃない。歴とした自治体制を創設以来敷いてきた学園都市だ。自治の伝統を絶やすわけにはいかないんだ」
「水瀬さん」沙羅が、すがるような目で水瀬を見つめていた。
水瀬はため息まじりに言った。
「……それで?生徒会として、どこまでの情報をつかんでいるのですか?」
学園で不可思議な事件が発生するようになったのは今年の春からだ。
普通科を中心に、職員や生徒が行方不明、または自殺するケースが急増。
生徒の噂などを調査した結果、薬物が密かに生徒や教職員の中で使われているという情報が浮上してきた。
「薬物?」
「ええ。“C”という名の薬物です。主に普通科で出回っているのですが」
「C……効果は?」
クリスがそれに答えた。
「疲れがとれる。美しくなる。胸が大きくなる―――まぁ、年頃の女なら魅力的に感じる効果がワンサ謳われている。まぁ、実際には誰も、生きてそれを実証していないがな」
「生きて?」
「ああ。急性薬物中毒で今年に入ってから二人が死んで、一人が廃人になっている」
「……背が高くなるっていうのは、ないようですね」
「あったら使いたいか?」
「お互いに?」
「まぁまぁお二人とも」
パンパンと手を叩いてにらみ合う水瀬とクリスを止めたのは、村雲舞だ。
「自分が背が高いからって……」
「あなたには、この悔しさはわかりません」
「マジメに取り組みましょう。水瀬、広橋さんを止めた時の状況を教えてほしい」
「状況?」
「彼女から薬物反応が出たという情報を、我々は掴んでいるわ」
「……情報の出所は?」
「秘密事項です。ただ、あなたを担いではいない。信じて」
「何を知りたいのですか?」
「薬物によって、彼女にどんな反応が出たか。生徒会として、それを把握しておけば、対処の道も考えることができるわ」
「……」
水瀬は、しばらく考えた後、言った。
「こっくりさんによる憑依状態のまま、大声を上げて窓から飛び降りようとしましたので、当て身で眠らせました。薬物との関係は私にはわかりません」
「窓から?」
「はい。制止を振り切ってでも窓から飛び降りようと」
「こっくりさんなんざ関係ねえ。そいつは、一時的な薬物による混乱だな」
クリスは、どこからか取り出したチュッパチャプスをくわえながら言った。
「ジャンキーに多い。あっさり死んでくれれば世のためだ」
「といいたいんですけどね」
「わかった」クリスは、チュッパチャプスを水瀬に向けると言った。
「薬物使用者には、発狂、最悪は自殺行為に走る恐れがある。ということだな」
「……」
「沙羅は校内での啓発活動に全力を。風紀は引き続き、薬物の校内における流通ルートを当たってくれ―――以上。さて水瀬、ツラ貸せ」
「会長!」
ノインテーターだと、水瀬は見当をつけた。
C。
一瞬、ビタミン剤かと思った。
だけど違う。
C。
シー。
屍衣。
伝説におけるノインテーターは、屍衣を喰らう存在。
吸血鬼の隠語としての屍衣。
つまり、ノインテーターの隠語としての屍衣。
それが、C。
仰々しい名前より、簡易な名前の方が生徒達に流布させやすいだろう。
問題は、流通ルートだが……。
「水瀬」
生徒会室から出た水瀬を追ってきたのは、村雲舞だった。
「何です?」
「済まない。気を悪くしないでほしい。生徒会長はいつもああなんだ」
「?……ああ、別に気にしてません。あの程度、カワイイものです」
「そうか」
ほっとした表情の舞は、感心したように水瀬に言った。
「意外と度量があるというか、年の割には大人びているんだな」
「そんなことはありませんけど、風紀の方でしたね」
「ああ。そのことで相談がある」
その手には、無線機が握られていた。
「?」
「こっちへ」
村上舞
教養科高等部1年。
古くから公安に携わる家柄で、先祖は火付盗賊改長官を歴任、現在に至るも歴代の最高裁判所長や警察庁長官を輩出してきた名門、村雲家の一員。
四角四面の軍人タイプ。
いわば、風紀委員になるために生まれてきたような人物だ。
「どうしたんです?」歩きながら水瀬が訊ねた。
「不審者が出た」
「警備員に任せれば」
「警備員は警官じゃない。幸い、生徒には武道の心得がある者は何人かいる。何より、各自のSPを回してもらえることもある」
「じゃあ、そういう人に任せたらどうです?」
「春菜殿下に頼んだら、二つ返事で君を貸してくれた」
「……」
水瀬と舞が立っているのは、家庭科準備室の前。
不審者(要するに男)がいるという知らせを受けた舞が、水瀬を巻き込んだのだ。
巻き込まれたことは……まぁ、いい。
だが
水瀬は、ちらりと視線を廊下の角に向けた。
おそらく、舞の取り巻きだろう女子生徒達が隠れるようにしてこちらを見ている。
間違いなく、彼女たちは、舞の活躍を望んでいる。
「見せ場、壊すと何ですから、見てましょうか?」
「随分と薄情だな」
「世間様のお陰で」
「――中に何人いるかわかるか?」
「……3人。武装していますね。拳銃、かな?」
「よくわかるな」
「経験で」
「で?拳銃を所持する危険人物相手に、丸腰の私を単独突入させるつもりか?」
「警察を」
「間に合うと思うか?」
「あっ。メイドの人達」
「メイドは白金寮とその周辺が担当だ。校舎への立ち入りは、原則認められていない」
舞の声はどことなく楽しそうだ。
「……」
「どうする、騎士殿?」
「!?」
「怖い顔で睨まないでくれ。心臓に持病で体育免除ってのは、騎士が身分隠すときの常套手段だぞ?それに水瀬家の一員だろう?」
「……」
水瀬は、大きくため息をつくともドアに手をかけてから言った。
「突入します。叩きのめしますから、取り押さえてください」
「感謝する。ランチくらい、おごってあげよう」
「じゃ。そういうことで」
「そういうことで」
ここまで一緒に廊下を歩いてきて、水瀬が村上舞から受けた印象は、『同性にモテるタイプの女の子』。
長く艶やかな黒髪をリボンで束ねている。
別に筋骨隆々とした男勝りというわけではなく、むしろ、グラマラスな、男性にとって魅力的な部類に入る。
そういう意味では、丁度、ルシフェルに似ていた。
運動神経抜群
マジメだけど思いやりがある。
いわゆる完璧万能人間。
だから、同性、こと、後輩からはやたらとモテる。
高校1年にして、上級生からまで『お姉さま』と呼ばれるルシフェルは、かなり近いキャラだ。
ただ、水瀬はここに一つだけ付け加えることにした。
曰く「人使いが荒い」
結局、室内に突入した水瀬が不審者の両腕をへし折り、逃げ出した所を舞が片端から叩き伏せることで事態は終わった。
廊下での格闘。
舞の活躍を見たがっていた取り巻き達にとって、これは願ってもないことだけに、その興奮も普段より高いようだ。
不審者が動かなくなると、すぐに取り巻き達が、歓声を上げて舞を取り囲んだ。
「お姉さま、おつかれさまでした!」
「これ、タオルです!使ってください!」
「ジュースあります!」
結局、舞は取り巻きに囲まれ、身動きできない。
仕方ないので、不審者を縛り上げ、駆けつけた警備員に引き渡したのは水瀬だ。
「?」
水瀬が気になったのは、取り巻きでも舞でもない。
その群れから離れるようにして、じっと舞を見つめている女子生徒の存在だ。
安堵故か、泣きそうな顔をしている女の子。
(あの子、確か)
生徒会室で書記として説明された上条うららだ。
「あっ」
水瀬と視線があった途端、うららは驚いたようにその場から逃げ去った。
「?」
夕方、白銀寮内ロビーの隅にある公衆電話ボックスで、
「それ、どういうことですか!?」
水瀬が電話に怒鳴っていた。
『だ、だからね?』
あきらかに申し訳ないという声色が電話から聞こえた。
『あなた、お父様の水瀬少将から、勘当されたでしょう?』
「ですけど!ここには命令で来ているんですよ?しかも水瀬家の養女って肩書きで!それでなんで?仕事ですよ?送っておいて、お金が絡んだら知らん顔って、どういう了見ですか!?」
『あのね?日菜子殿下がね?“いい機会だから、水瀬にお金を稼ぐことの大切さを知ってもらいましょう”って』
「僕がどんなに苦労して普段の仕事しているか、殿下はご存じないのですか!?」
水瀬は滝のように流れる涙そのままに、怒鳴った。
「学費の一切を何で僕に払えだなんて!」
『ま、それはほら、とにかく、水瀬少将も――』
「そうだ!お父さんやお母さんは!?ついでにルシフェル!息子というか弟がこんな思いしているのに、何で誰も何もしてくれないんですか!?」
『少将は―――気を確かにもってね?“水瀬家の家名を貸してやる代金をまず支払え”って。で、遥香様は、“悠君が写真送ってくれないから知らない”ってスネちゃって。ルシフェルさんは―――えっと、何だかわかんないけど別件で忙しいって』
「……」
『もしもし?悠理君?聞いている?っていうか、生きてる?』
「も、もう家出したい……」
『と、とにかく、日菜子殿下からね?そこにいる限りの食い扶持は与えてあげろっていわれてるから』
「はぁ?」
翌日の早朝、白銀寮の一角で、
(なんで僕、こんなカッコウしているんだろう)
なぜか水瀬は、メイド服に身を包んでいた。
メイド服に身を包んだ女性達を前に、髭を生やした恰幅のいい男が言った。
「今日から君たちと共に働いてもらう、水瀬悠菜君だ」
「は、はじめまして……」
「元来、この寮に籍を置く生徒ではある。だが、社会体験として、メイドの経験を積まれたいとのお考えだ」
「……」
メイド服を着た女性達は、男の話をただ無言で聞いている。
その態度は、メイド。というより上官の訓辞を聞く兵士のものだ。
「悠菜さんは、すべてを君達と同じ扱いでかまわないとの仰せだ。故に、悠菜さんが、光輝あるメイド服に身を包んでいる限り、君達も同僚として接してくれていい!」
(何それ……)
水瀬は、辞表の文面を考えながら男の言葉を聞いていた。
「では、悠菜君。野村女中頭の指示に従ってくれたまえ」
頭の中で辞表にハンコを押した所で、目の前に現れた、厳しそうな女性の姿を、水瀬は見た。
「では、とりあえずテストです」
「はい」
水瀬が連れて行かれたのは、寮内にある貴賓室だ。
「まず、ここの掃除です」
女中頭はなんでもないという顔でとんでもないことを言いだした。
「はい?で、でも確かこの建物って―――」
「ええ。重要文化財指定です。ちなみに、この部屋の調度品、及び家具や壁紙すべて合わせると10億程度―――まぁ、部屋としては平凡ですわね」
(ここの人たち、どこかおかしい)
水瀬はあきれるしかなかった。
10億が何でもないというのか?
あの御馳走、駅の天玉そば一杯500円(税込み)が何杯食べられると思っているんだ?
「とにかく、この部屋を掃除していただきます。時間は1時間です」
1時間後
「終わりましたか?」
女中頭は、掃除道具を持ったメイド達数名を従えて貴賓室に入ろうとして、足を止めた。
部屋が見違えるほどキレイになっている。
なんというか、部屋全体が光り輝いて見える。
「これは―――」
「あ、終わりました」
掃除道具を片づけていた水瀬が女中頭達を出迎えた。
「……」
女中頭は、そのまま窓まで歩くと、窓の縁を指でなぞった。
指には汚れ一つついていない。
(ここまでやるとは―――)
目線をあたりに巡らせると、暖炉のに置かれた壺や調度品が外から入る光で輝いている。
「これは?」
「はい。銀はシルバーダスターで、銅はブラシで汚れを落としたあと、水で洗って、水気を落とした後、ワックスで仕上げてあります」
「―――」
女中頭は、掃除内容の説明を黙って聞くだけだった。
「―――あの、まずかったですか?」
「いえ」
女中頭は首を横に振った。
「素直に驚いています」
「あ、よかった。高級な調度品ですから、特別なやり方があるかと思って心配していたんです」
「水瀬さんでしたね?あなた、よくここまでご存じでしたね」
「はぁ……冬場は清掃会社のアルバイトをして糊口を凌いでいたもので。掃除は得意です」
「……次です」
「あの?」
「何ですか?」
「なぜ、メイドの仕事にこれが?」
水瀬は、両手で握った金属製の筒を不思議そうに見つめながら訊ねた。
この部門の責任者と紹介されたメイドが答えた。
「主人を守るための必需品です」
「はぁ……ドイツ軍のKar98Kですか?」
「米軍のM1をお好みでしたら変えますが?」
「いえ。どっちでも変わりません。いろんな意味で」
「銃の扱い方はご存じですか?」
「はぁ……少しは」
「よろしい。目隠しでの分解整備の後、射撃の腕前を調べます」
1時間後
「野村女中頭」
女中頭室に報告に来たのは、先ほどのメイドだ。
「どうですか?」
「目隠し状態での分解整備は30秒、射撃は距離200メートル、10発連射でワンホールショット3回です」
「まぁ」
「彼女を、我が武装メイド隊に配属願います。優秀な戦力になります。私が保証します」
「体術は?」
「専門教官3名が現在、ナースメイドの治療を受けています。すばらしい技術です」
「この日本で、どこでそんな技術を―――」
「銃の扱い、体術共に、クマやシカを倒すために覚えたとのことです。何でも、弾丸一発購入するのに一週間近い労働を必要とし、かつ、その一発を外すと、指導教官からひどい折檻を受けたるため、無駄弾は一発でも撃つことは許されなかったとのことです。それと、分解整備は、夜間、灯火を確保出来ない状態がたびたびあったせいとのことですが」
「……」
女中頭は、なぜか不意に目頭が熱くなった。
白銀寮付近
「はあ、やれやれ」
落ち葉を集めていた水瀬は、うずたかく積み上がった落ち葉を前に、背筋を伸ばした。
「なんだか僕、こういう仕事の方が向いている気がするなぁ―――ん?」
ゴミ箱を漁っている人がいる。
神父さんだ。
何をしているんだろう。
「神父さん?」
ビクッ
飛び上がって驚いた神父が、恐る恐るという顔で振り向いた。
頭が随分さみしいことになっているが、中肉中背の、人がよさそうな、穏和な顔をしていた。
「あ、ああ。なんだ。どうしたね?」
「捜し物ですか?」
「あ、ああ。まぁ、そうだ。書き物をなくしてしまってね。もしかしたらと思って」
「手伝いますよ?」
水瀬は、神父の横に立って一緒にゴミ箱をのぞき込んだ。
「ああ。すまないね」
神父は再びゴミ箱に手を入れるフリをしながら、水瀬の耳元でささやいた。
「近衛は、どこまで情報をつかんでいるのかね?」
「!?」
「ああ。振り向かなくていい。私はファマス・レミントン神父。ローマ法王庁から派遣されている者だ」
「法王庁から?」
「君だろう?近衛から派遣されている魔法騎士は。大丈夫だ。このゴミ箱周辺は結界が張ってある。盗聴される心配はない」
神父はそういいながら、いかにもゴミの中から見つけたという態度で、しわくちゃになった一枚の羊皮紙を水瀬に見せた。
「?魔法陣。護符ですね。方陣の組み合わせでいろんなことが出来るけど……やり方間違えると、死ぬだけじゃすまない……この配置は……?」
「催眠魔法の一種だ。君達には失礼だが、魔法は魔法で存在してかまわない。しかし、それが“奇跡”となると話が違ってくる。死人がよみがえったり、魔法騎士でもない身で空を飛ぶなど……奇跡なんてことは聖書の中だけで十分だよ。いたずらに人心を惑わすべきではないというのが、ヴァチカンの見解だ」
「……お話が見えません。僕は“ノインテーター”の」
「“ノインテーター”の作り手を、我々は排除したいのだよ。利害は一致するはずだ」
「詳しいお話を」
「ありがとう。この学校の礼拝堂では、キリスト教のミサが行われる。とはいえ、生徒達は宗教に全く感心がないがね。このミサをはじめ、希望者にはキリスト教の教義が授業として存在する。私ともう数名が、この仕事にあたっている。問題はその中の一人、マリア・テレーヌだ」
「マリア・テレーヌ?」
「かつてヴァチカンに身を置いた尼僧だ。魔法薬についてはヴァチカンでもエキスパートとして知られていた。以前から奇跡に異様なまでに執着していてな。自分は何度も奇跡を体験したと、その認定を迫る書簡を法王庁に送りつけた馬鹿者だ。まぁ、それがもとでとうの昔に破門されたのだが」
「それがどうしてここに?」
「それは不明だ。だが、彼女が来てからだ。“ノインテーター”、行方不明者、死者、自殺者、この学園の隠蔽体質がなければ、今頃、門の外はマスコミだらけだぞ?」
神父は、礼拝堂を厳しく見つめながら言った。
「この学校にもな?それなりに普通の家柄の娘も多数籍を置いている。そのうちの数名が―――いや、正確には8名が行方不明だ。表向きは失踪、家出扱いだがね」
「数が多すぎる」
「そういうことだ。今夜、この件について話がしたい。私の部屋まできてくれないか?」
「わかりましたけど、神父さん、かなり危険です」
「覚悟の上さ」
神父はニヤリと不敵に笑ったものの、その笑顔はすぐに凍り付いた。
それを見たから。
建物に消えた影を見たから。
その影は、間違いない。
マリア・テレーヌのそれだった。
昼の大食堂は昼食をとる生徒達であふれていた。
「本当に、いいんですか?」という水瀬に、
「風紀の経費で落とす」と舞はあっさりと答えた。
「……やっぱり、払います」
中等部の教室まで迎えに来た舞に連れられて、水瀬は食堂に来ていたのだ。
「風紀委員には知っていてほしいこと、言い忘れてましたし、生徒会側の情報、もう少し欲しいんです。いろいろと」
「何?」
先客がいるせいか、取り巻きも近寄ってこない。
遠巻きにうらやましそう、または恨めしそうにこちらを見る視線の中に、水瀬は一人の女子生徒を見つけた。
「上条先輩!」
声をかけたのは水瀬だ。
「み、水瀬!?」
驚いたのは、うららよりむしろ舞の方だ。
「な、なんでうららを?」
「知りません?生徒会の情報って、書記が一番詳しいんですよ?」
水瀬はそう言い残すと、うららの袖をひっぱって舞の所まで連れてきた。
「あ、あの……」
うららは、救いを求めるように舞を見る。
「あ、ああ。うらら、横に座って」
「は、はい」
うららは、椅子に座る際、後ろ手にした巾着袋を何とか隠そうとしていた。
「あれ?先輩、それ、お弁当ですか?」
「え?」
その指摘に、うららの顔が途端に赤くなる。
「―――よかったですね。先輩」
「な、何がだ!」
「一食浮きましたね。経費で落とす必要、ないじゃないですか」
「あ、ああ。そういうことか」
「ダメですよぉ?恋人の手作りお弁当、無碍にしたらバチがあたります」
「なっ!?」
「えっ!?」
卒倒するんじゃないかと心配になる位、赤面する二人という意外な展開に、水瀬は思った。
(そういうことか)
水瀬は席を立った。
「じゃ、私、ご飯とってきますから。先輩。ごちそうになります」
「あ、ああ。私の名前でツケになる」
「はぁい♪」
カウンターへ小走りに向かう水瀬を見送りつつ、舞は小さくため息をついた。
「全く、あれが名門水瀬家の娘だと?」
「可愛らしい子ですねぇ」食事の準備をしつつ、うららは楽しそうに言った。
「妹が生きていたら、いいお友達になったでしょうけど……」
「残念だったな……」
ちらりと見るうららの顔からは悲しそうな感情は見て取れない。
突然の妹の死は、うららを深く傷つけた。
去年までのように泣き暮らしているよりはマシだ。
舞はそう思った。
泣き暮らすうららをなだめすかし、生徒会長選挙のどさくさまぎれに書記にさせたのは、間違った判断ではなかったようだ。
仕事の忙しさが、悲しみをうららから遠ざけてくれた。
最初は、
(あんな爆乳、役に立つのか?)
なんて言っていた会長も、真面目で熱心、そして融通をきかせる心配りが出来るうららをすぐに重宝するようになり、今では、
(おい!うらら呼んでこい!書類作らせろ!)
事務仕事についてはうららに頼り切っている。
うららなしでは生徒会は成立しないといわれる所以だ。
よかった。
うららの楽しそうな顔を見るにつけ、そう思う。
そんな舞に、うららはとんでもないことを言い出した。
「娘が生まれたら、あんな感じになってほしいです」
「む、娘!?」突然の発言に驚く舞に、
「ええ」うららはニコリと笑って言った。
「私、小さい頃から体が弱かったですから、あんな元気な子に育ってくれればいいなぁって」深い意味はないはずだ。
「そ……そうか」
舞は、そう答えながらも、一瞬、うららと二人で子供の手を引きながら帰ったり、川の字で眠る光景を想像してしまう。
「い……いいな」
うん。
いい。
良すぎるくらい、いい。
「そうでしょう?」
うららは舞の妄想じみた想像には気づかず、ただ、自分の考えが肯定された事を喜んだ。
「う、うむ……やっぱり、最初は女の子だな」
「……舞さん?」
「ん?」
「顔がにやけてますけど……どなたか意中の方とのそういう未来を想像されたのですか?」
「えっ?」舞は図星を突かれて驚いた。
「そっ、それは……」
「あら?お顔が赤くなった。……クススッ。舞さんもスミにおけないですね」
「い、いや、それはだな……」
「ねぇ。舞さん」
ずいっ。とうららが顔を近づけてくる。
「どんな殿方なのですか?その意中の方って」
うららの顔は興味津々だ。
「―――へ?」
「舞さんにそこまで思わせるなんて、さぞ素敵な方でしょうね。どんな方ですか?」
「ばっ!ちっ、違うぞうらら!」
慌てて立ち上がった舞が手を振り回して否定する。
ガンッ!
その手が何かにぶつかった。
「―――あっ!」驚いて振り向く舞。
「まぁ」びっくりするうらら。
そして―――
「……」
パスタの乗ったトレーが顔に張り付いた水瀬が立ちつくしていた。
「……」
「み、水瀬!?すっ、すまん!」
舞が慌ててトレーを外し、水瀬の顔をハンカチで拭きだした。
うららもそれに続く。
「―――たらこスパじゃなければ大変なことでした」
水瀬は不機嫌そうにぼやいた。
「す、すまない!」
「大丈夫ですか?水瀬さん」
「ええ……」水瀬は意地の悪そうな顔で舞に言った。
「別な料理、頼んできていいですか?」
「あっ、ああ!私のツケでどんな料理でもいい!」
「そうですか……ではもう少しお待ち下さい」
水瀬は一礼してから言った。
「夫婦の団らんでもして」
舞は、自分がどうやって席に座ったか覚えていない。
顔が赤いのをどうしても押さえられない。
「クスッ。面白い方ですね。水瀬さんって」うららは笑っているが、
「私達が夫婦だなんて」わかっている様子はない。
「ああ……」
「舞さん。今日の捕り物、本当にお怪我は?」
「ないよ。犯人の腕をへし折ったのは水瀬だ」
「―――まぁ!」うららはびっくりした顔で言った。
「皆さん、舞様が折られたって大騒ぎでした」
「違うさ」舞は答えた。
「水瀬が室内に突入、あっという間に腕をヘシ折ってくれたんだ」
「あの子、心臓に持病があると」
「うらら。よく覚えていてね。いい?心臓に持病ってのは、普通の環境では、すぐに自分が普通じゃないとバレるような連中……つまり、騎士がそれを誤魔化すための常套手段だ。だから、経歴にそんなこと書かれていたら、騎士じゃないか疑ってごらん。半分はアタリだから」
「そういうものなんですね」
「お待たせしました」
その言葉に振り返ると、そこには料理の山があった。
「じゃ、ごちそうになります」
この日の水瀬の食事は、それはそれは豪華なものだったという。