お嬢様達のナイトメア その12
●警告
本話から数話、話の展開上、性的表現が強くなります。
ちょっとだけですけど、どうなんでしょうか?
「ち、ちょっと待ってください。―――こ、これって」
写真を持つ水瀬の手が震えた。
それは、さすがにオトコの子である水瀬には、見慣れたモノによく似ていた。
むろん、ここまでグロくはないが……。
「まぁ。ご立派」
横から写真を見た神音が、心底感心したように、素っ頓狂な声を上げる。
「おばあちゃん!」
水瀬が顔を真っ赤にして怒鳴る。
「だってぇ。スゴイじゃない。ああ。一郎さん思い出すわぁ」
孫の怒鳴り声もどこ吹く風、神音はうっとりとした顔で自分の世界に入り込んだ。
「そりゃもう、一郎さんって、それはそれは立派で立派で、とにかく元気で元気で、老衰で亡くなる前日まで―――」
「孫の前で、なんてこと言うんですか!」
意味がわかったらしく、オレアンも真っ赤になって俯いていた。
「コホンッ。失礼しました。“これ”が、“ドム”の巣なんですね?」
未だ自分の夫の自慢話を続ける神音を無視した水瀬が、オレアンに向き直った。
「えっ。ええ。宿主の皮膚、筋肉、脂肪等、あらゆる組織を使って作られます。で……実はその、そういう方面に近い機能も持ち合わせていまして……」
「宿主の生殖器としても使えるのですか?」
「さすがにそれは無理です」オレアンは首を横に振って言った。
「ただ―――その、“ドム”にとっては、その通りなんです」
「えっ?」
「“ドム”が、巣を生殖器本来の目的のために利用するのです」
「?」意味がわからない。
「“ドム”が、殊の外、宿主としたがるのは、オスではなく、胎生を行う種のメスなんです」
「―――つ、つまり?」
「“ドム”は、メスの身体に、擬似的な“男性”として巣を作ります。巣が完成した時点で、宿主となったメスは、同時にオスにもなります。快楽神経を乗っ取るのは、巣を有効に活用するためです」
「まぁ。効率的だけど、なんだか非道徳的ねぇ」
「感心してる場合じゃないです」
「まぁ。おっしゃりたいことはわかります。ヒト型を好むのは、このタイプが、生殖行為上、異性の生殖器がどう使われるか、他の未熟な脳しか持たないタイプより理解が深いことが理由と、少なくとも研究者はそう見ています。
巣についてですが、普段は決して目立たないサイズですし、生殖活動に必要な形態はとりません。
ただし、繁殖期になると別です。
繁殖期を迎えた“ドム”は、宿主の快楽神経を乗っ取って、他のメスを襲わせます。
宿主に擬似的な生殖行為を行わせ、新たな宿主、つまり女性の胎内に卵――“ドムネル”を植え付け、新たな仲間を増やすためです。胎内にうえつけられた“ドムネル”は、約一ヶ月でふ化。巣を作り始めます」
「つまり」神音が話をまとめた。
「女の身体を乗っ取って、女を襲わせて、で、ヤることヤって、文字通りの子種を女に植え付けるってことでしょう?」
「ま、まぁ、ストレートに言えば、そういうことです」
白銀寮 水瀬の部屋
「はぁっ」
ため息が出た。
単なる妖魔の卵と見ていたのは僕だ。
多分、何か妖魔を動物の腹の中にでも飼って、必要に応じてそこから取り出す程度にしか考えていなかった。
だけど、これはそんな生やさしい問題じゃない。
生徒の中に宿主となっている女性がいる。
そういうことだ。
「“ドム”は大体1年程度の寿命しかありません。“ドム”が死ねば、自然と巣も崩れ落ちますし、宿主が“ドム”の死で死ぬことはありません」
オレアンさんの言葉だけが救いだ。
ただ―――
「“ドムネル”が巣の中に残っていた場合、ふ化して、巣を宿主が死ぬまで使い続けることは実例として存在します」
「“ドム”の活動を外部からコントロールすること?ええ。魔法で可能です。ちょっとした操作で、眠らせ、繁殖活動をさせる程度なら―――そうですね。人間でも出来る、初歩的な方法で」
宿主となった女性は、下手すれば一生を宿主として過ごさねばならない。
しかも、宿主を飼う者は、宿主と“ドム”を簡単にコントロール出来る。
それが、怖い―――
水瀬はベッドの上にひっくり返って考えを巡らせた。
―――まずは宿主を捜すことだ。
―――だけど、どうやって?
まさか女子生徒のスカートを一々めくることなんて出来はしない。
大体、繁殖期を迎えない限り、目立たない形態(←オトコならわかるよね?)で収まっているわけだし。
―――いっそ、全員のパンツずり下げてみるか
いや。
さすがにマズイ。
殿下達のパンツをずり下げた日には、一族根絶やしでは済まないだろうし、綾乃ちゃんや桜井さんの耳に入ろうモノなら、それだけで命はない。
―――さて。どうしたものか。
水瀬がため息をついた時
「悠理君っ!」
血相を変えて部屋に入ってきたのは、栗須だった。
「で、殿下が!」
「!?」
白銀寮 春菜の部屋
「軽い貧血です」
ベッドに横になった日菜子の前で、水瀬がそう答えた。
日菜子の顔色はかなり悪い。
目の下の隈も、はっきりとわかる。
「倒れられたのも、睡眠不足と疲れがたまっているからです。少しお休みになられるだけで違います」
「―――眠りたくありません」
日菜子がぽつりとそう言った。
「え?」
「眠りたくないのです」
「殿下?」
「だめです。殿下。そんな」
「―――眠ると、夢を見ます」
ぽつりと、日菜子が言った。
「私は、あの夢を見たくないのです」
「―――殿下?」
「殿下。栗須からもお願いします。どうかお休みになって」
栗栖の泣きそうな顔を見た日菜子の口が開いた。
「―――真由が、私を責めるのです」
「夢に、真由さんが?」
真由。という言葉に、栗須の顔が青くなった。
「あの子が……出てくるのです」
「殿下、あの子のことは―――」栗須が恐る恐るという顔で言う。
「殿下の責任では決して」
「誰が悪いかではありません」
日菜子は答えた。
「あの子は、私に何かを言いたいのです。何かを伝えようとしています。でも、それが何かわかる前に、必ず夢が覚めてしまう。そんな夢を見るのが、私には辛いのです」
「……殿下」
水瀬は思いついたように言った。
「もう一度、眠ってください」
「ですから、イヤです」
「力ずくで眠らせてさしあげましょうか?」
「あなたが永眠したければ」
「―――外部から殿下への精神侵入の可能性があります。お疲れで、そこまで気が回っていらっしゃらないようですから申し上げますけど」
「精神侵入?」
「魔導師が使う洗脳の一種です。眠っている相手の精神に侵入し、情報をサブリミナルさせることで相手の思考を変化させる方法です―――あれ?」
見ると、日菜子はすでに眠りに落ちていた。
「殿下には難しすぎましたか?」
「殿下に殴られますよ?そういうの」
水瀬は、イスに座って事態の経緯を見守った。
精神侵入が始まれば、日菜子に何らかの動きが見えるはずだ。
その間、水瀬は栗須と話していた。
「栗須さん、日菜子殿下がここに在学していた時から、ここに?」
「ええ。日菜子殿下は、今、悠理君が使っている部屋を。で、春菜殿下はここ。先任者と、後任の私達が、お二人の面倒を見ていました」
「北上真由さんのことは?」
「よく存じています。日菜子殿下とは、本当に仲が良くて。ほら。殿下達って、友達も、全て東宮部の選別によって選ばれた子達ばかりでしょう?だから、単なるクラスメートって感じの方がどうしても強くなるのね。春菜殿下はそんなのお構いなしで誰とでも仲良くなれるけど。日菜子殿下はある意味、そういうのを嫌っていらっしゃったし、感受性もかなり強い方だから、どうにもご学友に馴染めなくて。ここに来ても、いつも一人だったわ。亡き両陛下も、それは心配なさって。私達女官も、かなり苦労したのよ?」
「それでも、その真由って娘は」
「初等部の6年の頃だったかしら」
栗須はお茶を手渡しながら水瀬に言った。
「ある日、突然“友達が来るからお茶の準備をしてくれ”って、殿下に言われたの。最初、春菜殿下のお友達かと思ったわ。そしたら、私のだっていうの。驚いたわ」
栗須は懐かしいという顔で、お茶を飲んだ。
「その時の殿下の言い分が面白くてね?“私だって、友達位います”って。しかも、約束の時間が来るのを、殿下ったら、ずっと時計の針を見て待っているんだもの―――殿下の部屋に友達が来るなんて、学校入って初めてのことでね?私までうれしくなったものよ?本当に」
「写真とか、ないんですか?」
「ありますよ?」
栗須はそういって、自分の部屋から一枚の写真を持ってきた。
写真の中には、日菜子ともう一人、猫を抱く少女が写っていた。
写真の中の日菜子は、水瀬が見たこともないほどのこぼれる笑顔を浮かべていた。
「友達……ですか」
不意に写真を見つめる水瀬の手が止まった。
「あれ?」
「どうしたの?」
「いえ、……この猫」
思い出したように水瀬は携帯を取り出し、昼間撮影した写真を開いた。
「あれっ?」
「悠理君?」
「背景が写っているのに何で……?」
水瀬は携帯をポケットに戻しながら言った。
「栗須さん。これとったの、いつですか?」
「そうね。3年前かしら?」
「……」
その後、水瀬は栗須から見た真由という少女の思い出話を黙って聞いていた。
―――成る程。
日菜子自身が、大切な思い出というのは、決して誇張ではないんだ。
写真の日菜子といい、間近で彼女を見てきた栗須のその幸せそうな顔といい、それを見るだけで、真由という存在が、どれほど大切だったかうかがい知れる。
「―――それでも、その子は」
「……殿下、寝てるわね?」ちらりと日菜子の様子を見る栗須の目に映る日菜子は、安らかな寝息を立てていた。
「最近、あまりお休みになっていらっしゃらなかったから。大丈夫かしらね」
「他言はしません」
「まぁ。これは、当時、メイドや執事やっていた人なら、誰でも噂で聞いたことなんだけど」
栗栖の口調からしても、それは楽しい内容でないことは、水瀬にも知れた。
「どうぞ」
それでも、栗須は日菜子の耳に入らないよう、極力小さい声で水瀬に言った。
「―――中学2年の時に、家のしきたりってことでお見合いさせられたのよ。真由さん」
「早すぎません?」
「ええ。殿下も激怒されて。それは反対されたのよ。宮内省の法務官まで呼び出して、法律を楯に止めさせようとまでして」
「でも、見合いは行われた」
「これ、あくまで噂よ?」
念を押す栗須に、水瀬は無言で頷いた。
「あのね?」
栗須は、水瀬の耳元で、その言葉を口にした。
「……」
「……」
言った方も、言われた方も、決して気分のいい言葉ではない。
むしろ、腹が立つ内容だ。
「―――そういう、ことですか」
「それが、理由だって」
栗須は、そういって目を伏せる。
「なんで、この世界ってそうなんでしょうね」水瀬は言った。
「年端もいかない女の子を傷つけて、そこまでして満たしたいものって、何なのかな」
「人って、そういうものなのよ……」
「そう、なんですね」
水瀬は、そう呟くとイスを立った。
「悠理君?」
「殿下への精神侵入が始まりました」