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お嬢様達のナイトメア その10

 「飛び降り、自殺?」

 

 おかしい。

 

 ここの生徒に「飛び降り自殺」なんて発想がわく事自体が信じられない。

 ここの生徒なら、例え家が破産しても、目の前に強盗が現れても、「あら、そうですの?」といわんばかりに海外旅行の計画でも立てるに決まっている。

 

「そう。理科棟の屋上からね」

「その、何かあったの?」

「名門の事情、しかも自殺じゃね。警察だって深くは入り込めないわよ」

「それはそうか。で、名前は?」

北上真由(かたがみ・まゆ)。北上産業社長の養女になってたんだけどね」

「北上産業?」

「医療器販売メーカーだったところよ」

「だった、ところ?」

「潰れたのよ。昨年」

「一年戦争の影響?」

「新潟の製造工場が壊滅したのは事実よ。―――でも、違うのよ」

 理沙は、言いにくそうに言葉を詰まらせた。

「?」

「あのね?まず、この娘が亡くなってから丁度49日目、法要帰りの北上一家が乗ったマイクロバスが事故起こして、乗っていた全員が死亡。その後、販売している医療機器の不具合隠しが表面化してね?その交換だの回収だので大損害を引き起こした挙げ句が、結局倒産したのよ」

「社長一族全員が死んだ?」

「そう。生き残った人達も次々死んでね。祟られているなんて噂が立ったのも、まずかったのよね。―――考えてみれば、その後の会社倒産も、因縁かしらねぇ」

「でも、なんでその娘が、そんな所に?」

「上条家の当主は、北上家から養子に入ったのよ。北上家の次男。ところがね?肝心の北上家の長男に子供がいない。で、3人も作った次男から一人、養子をとって跡を継がせることにしたのよ」

「へえ?」

「惜しいのよねぇ。この娘、成人したら勝沼財閥から婿をとってセレブの仲間入りだったのに」

「勝沼って、あの勝沼財閥?軍需物資価格操作疑惑の?」

「そう。こっちも北上家の不幸と同じように、政界を揺るがす一大疑獄事件引き起こして、最後は集団自殺した、あの勝沼財閥よ」

「確か、お姉さんも関わっていたよね」

「ええ。よく覚えているわ。大仕事だったからね」

 

 軍需物資価格操作疑惑事件

 一年戦争向けで賑わいを見せていた軍需物資関連業界。軍への納入物資の価格をつり上げ、不正な利益を得ようとしたとして、やり玉にあがったのが、軍需物資製造元を多数抱える勝沼財閥。

 捜査が進むにつれて、財閥から価格不正操作時点から捜査が入っている段階まで、幾度となく贈収賄が行われていた事実が発覚し、結果として時の内閣は総辞職、内閣総理大臣をはじめ、国会議員5人が逮捕、関連企業だけで30社が軍需物資の価格操作に関わったとして警察の捜査を受けた。

 世論の反発は強く、当時の与党は後の選挙で惨敗、関係企業50社を誇った勝沼財閥も解体された。

 

「勝沼財閥も、跡取りが自殺してから不幸続き。今じゃ宗家断絶だものねぇ」

「……あのね?つまり、北上真由を巡る家って、両方共、断絶ってこと?」

「あら?そういわれればそうね」

「それじゃ、北上真由が何で自殺したか、身内で知っている人、いないんじゃない?」

「まぁ、そうね。でも、それがどうしたの?」

「―――ううん。ただ、気になっただけ」

 

 華雅女子学園 校内

「―――まぁ。新しく赴任なさったのですか?」

「はい。宗派は異なるとはいえ、同じ神に仕える身。以後、お見知り置きをと思いまして」

 シスター・マリアに一礼するのはイーリスだ。

「シスター・フェリシアからもうかがいました。教会の危機を救ってくださったとか」

「いえ。ただのシスターにすぎませんが……あのような破戒者、罰するのは神に仕える身として当然のことです」

「ありがとうございます」

「この学園、いろいろございますが、何かございましたらお気軽にどうぞ?」

「そう言っていただけると幸いです。今後共、よしなに」

 

 ―――魔導師だ。

 偶然を装ってシスター・マリアに近づいたイーリスは、彼女の能力を見破ることに成功した。

 ただの?

 ただのシスター?

 ふざけている。

 ただのシスターが、なぜあんなに強い魔力を持つ?

 なぜ、あんなに強い魔素に汚染された身体を持つ?

 イーリスは、歩み去るシスター・マリアを、その腹の内を探るように鋭い視線で見つめながら呟いた。

「必ず、化けの皮を剥いでやる」

 

「それは私たちの仕事ですわ」

 横からかかった言葉に振り向くと、そこにいたのは、シスター・フォルテシアだった。

 明らかな不快の念を浮かべた目がイーリスを見つめていた。

「あなた、名前は?」

 

 イーリスは思った。

 (魔導師に魔法騎士、ここは本当に忙しい所だ)

 

「人の名を訊ねるなら、まず名乗るものだろう。それがヴァチカンの礼儀か?」

 イーリスにそう言われたシスター・フォルテシアは、ぐっ。と顔を引きつらせてから、答えた。

 

「シスター・フォルテシア。ヴァチカン第十三課(イスカオリテ)

「第十三課?―――壊滅したと聞いていたが?」

「私はその生き残りの一人よ。しかも、壊滅させたのはあなた達では?」

「その名高いイスカオリテ様が、何のご用で?」

「シスター・イーリス。汚らわしい異端、グノーシス派メトセラ教団元特別執行部隊総隊長。“滅の天使”一昨年のロンドンでは、随分お世話になったわね」

「―――ああ。あの件か」

「我が同僚20名を神の元に送って下さって」

「礼には及ばん」

 イーリスは面白くないという顔であっさりとそう言った。

「―――ぐっ」

 シスターフォルテシアが苦虫を噛み潰したようになる。

「それで?何の用だ?ヴァチカンといえど、ここで凶状に及ぶのか?」

「い、現在の敵はあなたではありません」

 シスター・フォルテシアは悔しそうに言った。

「敵は、あのシスター・マリアです」

 シスター・マリアはまだ視界の中にいた。

「魔導師だが、それだけでは敵とはいえん」

「あなたは何もご存じないから!」

 

 シスター・マリアが足を止めた。

 生徒が話しかけている。

 長い黒髪と鋭い目。

 何かを受け取っている様子だ。

 生徒の目に浮かぶのは、臣従のそれだ。

「―――シスターフォルテシア。あの生徒は?」

「生徒会風紀委員副委員長、芹沢白銀です」

 とっさにそう答えた後、はっと気づいたシスターフォルテシアは怒鳴った。

「な、なんで、なんで私が、あなたに答えなければならないのですか!?」

「それはあなたが一番理解していることだ」

 イーリスは、シスターフォルテシアに背を向けて歩き出した。

「戦いの不文律“絶対に戦ってはいけない相手を敵に回すな”―――あなたは無意識に、それを実践したに過ぎない」

「だっ、誰が!」

 その罵声を無視するように歩み去るイーリス。

「あ、あなたなんて、私たちイスカオリテにとって」

 ペタッ

 シスターフォルテシアはその場にへたり込んだ。

 全身の力が抜けた。

 

 身体が震えているのがわかる。

 

 ―――ヴァチカン第十三課、シスターフォルテシア

 

 そう、名乗ることは出来る。

 だが、あくまで名前だけだ。

 実力がついていっていない私のような下っ端が名乗るのは、私自身、気が引けることまで否定しない。

 熟練の課員、先輩達を手玉にとるように殺していったあの女からすれば、私なんて塵のような存在でしかないだろう。

 それが、イヤでもわかった。

 

 (なっ。何なのよ。あの女)

 

 騎士ならわかる、あの圧倒的な存在感。

 包み隠しても隠しきれないあの殺気。

 “滅の天使”の異名でヴァチカンを恐怖のどん底にたたき込み、2千年近い対立から和議へと動かした―――まさに怪物。

 

 (私じゃ、無理よ……あんなの)

 

「敵を見誤るなよ?」

 振り向くと、そこにはレミントン神父だ。

「……課長」

「私もヴァチカンも、当面はあれを敵としない」

 その声も、その表情も、今まで見せたような穏和なそれではなく、冷たく厳しい。

「し、しかし……」

「あれには、メトセラを壊滅させた功績がある。しかも、あれは今、皇室近衛騎士団に所属している。敵対行動は、ヴァチカンにとっても問題だ」

「そ、そんな。あれは異端の手先として、我が課を、あなたの課を壊滅させた存在で」

「“異端ではなく異教”―――それがメトセラに対するヴァチカンの見解だ。あれは異教徒だ。殺すのは後でいい。今は、マリア・テレーヌだ。わかったな?シスター」

「―――はい」

 シスターフォルテシアは、唇をかみしめながら、イーリスが去った方角をにらみつけた。

 

 

 夜、水瀬は日菜子の部屋へ行った。

「北上真由って、ご存じですか?」

 水瀬は、日菜子にただ、そう聞いただけだった。

 

 最初から深い理由なんてなかった。

 北上真由が自殺した当時、この学園にいた日菜子から、何か聞けるかと思った。

 ただ、それだけだった。

 

 が、それだけで、日菜子の顔は凍り付いた。

「殿下?」

「―――その名前が、どうしたというのですか?」

「上条先輩について調べていた所で出てきました。上条うららの妹だそうです」

「―――だから、どうしたというのです」

「?―――いえ。この学園で自殺を」

「だからどうしたというのです!」日菜子が怒鳴った。

「水瀬!あなたは私の何ですか!?」

「し、臣下です」

「なら、臣下なら臣下らしく、主君の不興を買うような発言は慎みなさい!」

「は、はい……」

 日菜子が感情を爆発させることなんて滅多にないことだ。

 

 ―――殿下はおかしい。

 

 水瀬は思った。

 学園に来てからというもの、日菜子は何かおかしい。

 だが、このまま日菜子と会話しても何も得られない。

 そう感じた水瀬は、部屋から出ようとした。

 

「―――待ちなさい」

 振り向くと、日菜子が疲れ切った顔で水瀬を見つめていた。

「失礼しました。少し、取り乱してしまいました」

「いえ」

「―――水瀬」

「はい」

「北上真由が、今回の事件と、何か関係が?」

「北上真由自身が関係しているとは思っていません。しかし、その姉、上条家、そして上条うららが事件に関わっている可能性は否定できません。事実、警察も動いています」

「そう、ですか……」

 日菜子はソファーにもたれかかるように身を預けた。

「―――殿下?お疲れのご様子です。お休みいただいた方が」

「……真由は……真由は、私の友達でした」日菜子は絞り出すように、そう言った。

「殿下の?」

「私にとって、生まれて初めての、心から信じ合える友達でした。あの子のことは、大切な思い出です」

「……」

「ですから、水瀬。事件の捜査は続行してかまいません。しかし、可能な限り、彼女の情報の取り扱いには注意してください」

「両家断絶、あれ、近衛の仕業ですか?」

「注意しろ。そういったはずです」

 

 ―――成る程、そういうことか。

 水瀬は、じっと日菜子の顔を見ると、一礼して部屋を後にした。

 

 

 朝 華雅女子学園 図書館地下倉庫

 人気のない地下倉庫で熱心に捜し物をしているのは、うららだった。

 なぜか、倉庫に積み上げられた箱や本ではなく、床を探している。

 

 ―――ない

 

 うららの顔には明らかな疲れの色が浮かんでいた。

 

 ―――どうしよう

 

 うららは焦っていた。

 

 ―――こんなに探しているのに、見つからない。

 ―――皆さんの前でウソをつくのも、もう限界です。

 

 もうすぐ満月だ。

 儀式が始まる。

 そうなれば終わりだ。

 ウソはバレる。

 あの水瀬って娘がリボンを見つけてきた。

 多分、あの時落としたんだ。

 なら、あれまで見つかったら……私は……私は……

 

「探し物?」

 突然の声に、うららは飛び上がって驚いた。

「いやね。そんなに驚かなくてもいいじゃない」

 声の主は、親しげな声でうららに近づく。

「あ、あの……」

「これ、探してるんじゃないの?」

 その手には、うららの探し物があった。

 うららの顔から血の気が引けた。

 

 

 夜、保健室から出てきたのは、舞だ。

 自分が何者かによって殴り倒され、危うく死にかけたということは、何とか理解出来たが、実感は薄い。

 武道にも精通している自分が、他人に遅れをとるなんてありえない。

 そんな思いが、舞を捉えて放さない。

 こんなところでいつまでも寝ている場合ではない。

 

 その一念で出た廊下は薄暗く、人気は少ない。

 

 ―――寮に戻るか

 

 舞が下駄箱へ進路を変えた時だ。

 

「委員長」

 突然、背後から声がかかった。

 振り向くと、そこには白銀がいた。

「なんだ。芹沢か」

 そこにいたのは、芹沢白銀風紀委員会副会長だった。

「復活早々申し訳ない。少し、お話があるのですが」

 

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