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お嬢様達のナイトメア その1

 楽天ブログ『月夜茶会』連載中の『美奈子ちゃんの憂鬱』 

 (http://plaza.rakuten.co.jp/ayanominase/5000)

 で先行公開していた作品を加筆・修正したものです。

 各作品(未完結含む)に伏線が張られていますので、「何でこうなるの?」と思った方は『美奈子ちゃんの憂鬱』と『セレスティカル・コール』もご覧いただければ、少しはわかるかと思います。 

 少なくとも、『美奈子ちゃんの憂鬱』掲載の短編『僕たちの甘く切ないミッション』と『悠理ちゃんの災難』を読んでいただければ、何故、『お嬢様達の―』で水瀬が女装しているのかがわかります。多分。


 モノローグ 深夜 都内 華雅女子学園

 

 

 月が赤い。

 

 月が赤く見える時、良くないことが起きるという。

 

 女は、ふとそんなことを思い浮かべ、頭を振った。

 

 (縁起でもない)

 

 足音を忍ばせて近づく先は古ぼけた礼拝堂。

 確か、明治の初めの建築物。

 ミッション系のお嬢様学校として建築された、今では学園で一番古い建物だ。

 歴史がある分、昼間は厳粛な建物が、今では悪魔の殿堂顔負けな雰囲気に包まれているし、生徒達が語り継ぐいくつもの怪談話の舞台になっている。

 

 少なくとも、学園関係者が深夜に近づきたい所では、ない。 

 

 女は、ここに用があった。

 

「……」

 あたりを見回すと、小走りに正面入り口に近づき、そのドアを確かめた。

 

 ギィ

 

 カギが開いている。

 

 (?変ね)

 

 下校時間には、校門のゲートと共に、用務員により閉められているはずだ。

 それが、なぜ、開いている?

 

 (用務員さんがカギを閉め忘れたのかしら?)

 

 ゆうに3メートルはある重厚な扉を前に、女は逡巡した。

 ミサに使われる銀製品の中には国宝級の貴重品もあるというのに、この不用心さは何だ?

 

 (お嬢様学校ですからね。いい加減なものなんでしょう)

 女は、そう判断すると、音を出さないように木製の重い扉を開け、礼拝堂の中に入った。

 

 女は気づかない。

 

 礼拝堂の3階の窓から、礼拝堂に入る自分を、見ている者の存在を。

 その顔に、歪んだ冷たい笑みが浮かんでいたことを。

 

 

 

「ですから、現場検証が終われば、すぐに引き上げますから!」

 理沙は何度同じ事を言ったか、すでに忘れていた。

「困ります。この学園がどういうところか、わかっているのですか?」

 神経質を絵にしたような顔の女性がヒステリックに言った。

「ここは、華族をはじめ、名門のお嬢様をお預かりしている伝統ある学校です。そこでこのような非常識なことが起きるなどとは――」

「はいはい。わかります。そうですねそうですね」

 理沙は女性の言葉を遮るように言った。

上層部(うえ)からは、内々で処理するように厳重に命じられています!」

「だったらどうして、そうしていただけないのですか!」

 女のヒステリーはついに爆発した。

「学校で殺人事件なんて起きてもらってはこまるんです!まして、あなた方のような官憲、しかも男性があたりをうろつくなんてことも!!」

「ええ―――よくわかります。ですから先生。ここは捜査に協力してください。学園側のご協力がなければ、捜査は長引く一方。警察の情報封鎖にも限界はあります。長引けば、マスコミにも流れますよ?マスコミに」

「なっ!」

「マスコミに流れれば、不祥事どころではないでしょう?」

 理沙は、女の口が開いたのと同じタイミングで、より大きい声で言った。

「警察の捜査を妨害するようでしたら、学園が事件に関与していると疑わざるを得なくなります。我々は学園の名誉を守るために捜査していることを、どうぞお忘れ無く」

 

「――ったく」

 青くなりながら引き下がる女を一瞥した後、理沙は警察官が集まる一角に張られたロープをくぐった。

「で?ホトケは?」

「身元を証明するものは何一つ」

 部下の一人が苦々しげな顔で言った。

「ただ、殺され方が尋常ではありません」

「ホトケは?」

「見ますか?」

 無言で頷く理沙。

 刑事は同じく無言でブルーシートをめくり上げた。

 

 一瞬、理沙はそれが何だかわからなかった。

 何か、赤黒い肉の塊かと思った。

 どこかで見た気がする。

 どこだっけ?

 ああ、そうか。

 小学校の理科準備室。

 あそこにあった人体標本だ。

 暗闇で絶対に見たい代物ではない。

 

 理沙は、そこまで思考が行った後、目の前が暗くなった。

 

「警部補!」

 誰かが横で支えてくれたらしい。

「大丈夫ですか?」

 膝ががくがくする。

「ご、ごめんなさい。これじゃ、警察官失格ね」

 なるべく目の前のホトケを見ないようにしつつ、理沙はなんとか理性を保とうとした。

 支えてくれた相手があわれむように言った。

「第一発見者の用務員は、精神病院っす」

「と、とにかく、現場検証は終わっているわね?ホトケは付属病院へ運んで。それと、屍鬼化防止対策、忘れないでね」

 

 (何が起きたっていうのよ)

 

 こみ上げてくる吐き気を押さえながら、理沙は思った。

 

 (皮を剥がされるなんて、普通のヤマじゃないわ)

 

 

 午後、警視庁のかなり広い部屋に理沙はいた。

「どういうことだね」

 理沙とその上司である岩田の前で不機嫌そうに口火を開いたのは、警視庁の「かなり偉い人」だ。

「あの学園でまた一人、殺されたということです」

 岩田はあくまで事務的に答えた。

「ホシの目星は!」

「現在に至るまで不明。犯行声明なし」

「君ぃ!それじゃあ困るだろぉ?あの学園の意味はわかっているんだろうなぁ!?春菜内親王殿下を初め、名門のお歴々のご息女が通う学園だぞ?そこにさらに連続殺人事件なんてことが公になって見ろ!私のクビが危うい!」

 (なら、自分で調べて見ろ)

 理沙は内心でそう毒づきながらも、外面だけは平然としていた。

「犯人につながる手がかりとか、何かあるんだろう!?」

「現状、せいぜいが――」

 岩田はためらった後で言った。

「犯行の方法が常軌を逸しているということだけですね」

 

 

 部屋を追い出される形で後にした二人はロビーに移った。

「さすがにあれだけの地位となると、言うことが違いますね」

「ふん。現場の判断と責任ってヤツだ」

 岩田は不機嫌そうに自販機のボタンを押した。

「保身が最優先任務なんだよ。奴らの」

 ホレ。と渡された缶コーヒーを受け取りながら、理沙は訊ねた。

「で、警部。あの件、本当なんですか?」

「学園でクスリが動いている件か?」

 

 名門女子校へ警察の内偵が送り込まれているのには理由がある。

 数ヶ月前、学園教師が事故死した。

 表面上の事故死だ。

 そう。

 繁華街のビルの踊り場で援助交際相手の女子高校生を抱きかかえたまま飛び降りたのは、事故だ。

 警察は、目撃情報などから、女子高生が踊り場から飛び降りようとしていたのを教師が止めようとして、あやまって二人とも落下したと判断した。

 だから、事故死だ。

 

 問題は、その教師の遺体から魔法により合成された特殊な麻薬が出てきたこと。

 警察は学園との関係を考慮して、内々の捜査としてこの教師の家や職場を捜索。

 家から麻薬を発見した。

 通称、“ノインテーター”

 使用量を守れば、強烈な快楽をもたらす反面、バッドトリップすると、発狂するという代物。

 当然、違法だ。

 麻薬を巡るトラブルが事故死の原因と警察は考えるようになった。

 

 

 捜査は教師の“ノインテーター”入手ルートに絞られた。

 警察が注目したのは、死んだ教師の日記。

「○月○日 礼拝堂で9を入手」

「×月×日 駐車場で9を巡り取引」

 

 “ノインテーター”の“ノイン”はドイツ語で“9”

 だから、教師は礼拝堂や教室、つまり、学園で9、“ノインテーター”を入手していたことになる。

 とはいえ、相手は伝統有る名門校、OGは皇族を筆頭に、上流階級の奥方が勢揃いしている。

 不祥事を公にするには相手が悪すぎる。

 だから、大々的捜査はできない。

 

「例の“ノインテーター”は魔法薬だからな。魔導師が絡んでいたら厄介だぞ」

「やっぱり、頼みます?」

「ん?」

「そういう方面に強くて、その上、死んでも誰の迷惑にもならない」

「そうだな」

 

 

 お昼休みが終わりかけた頃、校内放送が鳴った。

 『1年A組水瀬悠理、面会です。1年A組水瀬悠理。大至急職員室へ』

「僕?」

「今度は何したの?」

 ルシフェルがポットからお茶を出しながら訊ねた。

「わかんない。ここんところ『仕事』はなかったから」

「そうだね」

「何だろう。すごく、イヤな予感がする」

 ご飯を食べていた水瀬は、不思議そうに立ち上がると、職員室へ向かった。

 

 

 10分後 明光学園応接室 

「……」

 理沙には、職員につれてこられた目の前の女子生徒が誰だかわからなかった。

 無論、岩田もだ。

 こんな目の覚めるような美少女に用はない。

 (少なくとも、高校卒業したら是非とも用を持ちたい)

 というのは岩田の男としての本心だが。

 

「あ、あのね?ごめんなさい。1年A組の水瀬悠理君をお願いしたんだけど」

「あの、これが水瀬ですけど」

「え?」

 理沙は、じっと目を凝らして少女を見つめる。

 窓からの光を受けて輝く銀色の髪、宝石のような瞳。ほんのりピンク色の唇。

 どこか似ている気はするが、どうしてもあのバカと同一人物には思えない。

「今、実はですね?」

 職員は言葉を濁した後、水瀬に言った。

「水瀬君、自分で説明しておいて。じゃ、私、仕事があるから」

「薄情者ぉ……」

「あ、あの、君?」

「あのね?」

 水瀬は経緯を簡単に話した。

「ふうん……つまり、校長からの禁を破って、無期限で女装して登校する罰を負っている。と?」

「そういうこと」

「何?女子更衣室でも覗いた?」

「ち、違うもん!」

「それにしても―――」

 正直、御歳40の岩田は呆れるしかなかった。

 前々から女の子みたいだと思ってはいた。

 だが、実際に女装していると断りがなければ、女の子で通らない方がおかしくなっている。

 (全く、近頃の若いモンは)

「まぁ、いい」

 岩田は無理にでもそう思うことにした。

 考え方によっては僥倖だ。

 こっちの方が都合がいいといえば都合がいい。

 

「折り入って、君に頼みがある」

 

 

 

 

 華雅女子学園かがじょしがくえん

 知る人ぞ知る名門女子校。

 開校は明治初期という歴史ある全寮制のミッションスクール。

 皇族、華族の子女の教育を目的に作られ、後に「名門」の子女にも門戸を開いたため、政治家・官僚・財界人の子女が多数在学。

 先帝の三息女が揃って入学したことで近年、社会的知名度も鰻登り。

 現在は第三息女春菜内親王が在学していることでも知られる、高さ15メートルの分厚い石壁でぐるっと全体を覆われた、いわば「異界」だ。

 その中は、発電所・上下水道施設・農業プラントまで、およそ生活する上で必要な最低限度のライフラインがほぼ確保された独立した都市。

 そう、呼んでも何ら差し支えはない。

 

 警備システムも厳重だ。

 

 外部から進入するには、15メートルの石壁をよじ登り、その上に据えられた200万ボルトの高圧電流と対人レーザー兵器をかいくぐり、幅数十メートルの地雷原を越えなければならない。

 

 だから、外部からの侵入は容易ではない。

 というか、普通は進入することそのものをあきらめる。

 

 そう。華雅女子学園は、上流階級によって保証された、完全に近い治外法権の中で存在する、一つの世界なのだ。

 

 

水瀬悠菜みなせ・ゆうなさんです。みなさん。仲良くしてあげてくださいね」

「よろしくお願いいたします」

 教師の紹介を受け、教壇の上で深々と丁寧なお辞儀をするのは、まぎれもない水瀬本人。

「悠菜さんは、水瀬由忠伯爵のご養女です。かの一年戦争の際、お怪我をされ、今まで静養しておられたのですが、この度、当学園で学業を再開されることになりました」

 資料片手に延々と水瀬家の伝統・歴史を語り出す教師の言葉を、水瀬は目を伏せて聞き流していた。

 全く、こんな家柄がどうこうなんてことが大切だなんて、この階級クラスの人間は、本当にどうかしている。 

 大切なのは、過去ではなく、現在を生きる本人だろう。

 それが、水瀬の持論だった。

 むしろ、不思議でしかなかった。

 昔の人はもう死んだのに、それだけで人の偉い偉くないが、何で決まるんだろう。と。

 ある日、父に訊ねたら殴られた。

 忠誠を誓う皇室なんてどうなるんだ!ということになるらしい。

 ただ、そういうものだ。と思うべき事なんだろう。

 今は、そう思っている。

 

 無論―――

 

 (まぁ、確かに)

 (生まれは、いいですね)

 (顔は……認める。というか、うらやましい限りですけど)

 (でも、胸だけは、勝ちましたわ)

 

 生徒達の感想は、そんなものである。

 

 

 

「では、悠菜さんの席は―――あぁ、一つ、席が空いていましたね」

 ザワッ

 教室がざわつく。

「?」

「悠菜さん?あそこの開いている席に」

「はい」

 水瀬は指示された席に向かって歩く。

 なぜか、クラスの生徒達は心配そうな顔で水瀬を見つめていた。

「……」

 ざわつきは収まらない。

 席に着こうとした水瀬は、椅子に触れる直前、ピクッと、その端正な眉を動かした。

「……」

 水瀬の指がほんの少し動いた途端、

 ガタンッ!

 机と椅子が、大きな音を立てて跳ね上がった。

「きゃぁっ!!」

 生徒達の間から悲鳴が上がる。

「?」

 水瀬もわざとあわせて、驚いたように手を引っ込めた。

「み、水瀬さん!?」

 先生が驚いた声をあげた。

「だ、大丈夫ですか!?」

「大丈夫……です。ご心配をおかけしました」

「い、いいえ?水瀬さん?あなた、心臓がお悪いんでしょう?大丈夫ですか?」

「は、はい……」

 思い切って。

 そんな仕草で椅子に座る水瀬だが、生徒達は、その途端、ほぼ全員が水瀬から視線を外した。

「……」

 

 

 

 次の授業の準備をしていた水瀬に声をかけてきた生徒がいる。

「水瀬さん?」

「はい?」

 声のした方を見た途端、水瀬はぎょっとした。

 そこにいたのは、春菜内親王殿下。

 “宮廷の華”と謳われる清楚にして可憐な少女。

 春菜は、あたりを見回した後、水瀬に顔を近づけて言った。

「姉様から話は聞いています。でも、すごい度胸ですね」

 その声と顔は、興味津々だ。

「殿下、あの」

「由忠様が、あなたを勘当されたというの、なんだかわかる気がします」

「僕だって好きでやっているわけではありません。殿下直々の命令で」

「ええ。あの姉様の大笑い、昨日、久々に聞きました」

「殿下が?」

「はい。あの戦争以来、笑い声を聞くときって、いつもあなたが騒ぎを起こした時ですもの。でも、昨日は格別でした」

「僕、日菜子殿下のオモチャですか?」

「似たようなものかもしれませんね。姉様、あなたが騒ぎを起こすのを今か今かって、楽しみにされているようですし。私、逐一報告するようにきつく言われています」

「うれしくありませぇん……」

「クスッ。泣かないでください。とにかく、仲良くお願いしますね?寮も隣の部屋ですし」

「は、はい。こちらこそ」

「……間違いを起こしたら斬首。だそうですよ?姉様からでした」

 いたずらっぽく笑う春菜のそばを、その笑い声に誘われたように何人もの生徒が取り巻く。

「殿下?何か楽しいことでも?」

「え?ええ。でも、水瀬さんとの内緒です」

「あらあら。仲のおよろしいことで。ところで水瀬さん」

「はい?」

 取り巻きの一人が、心配そうな顔で言った。

「さっき、大丈夫でしたの?」

「はい?」

「机が大きな音を立てて跳ねたものですから」

「家の仕事が仕事ですから、こういうの、多いんです。未だに慣れないんですけど」

「そうそう。お母様からお聞きしたことありますわ。たしか、水瀬家は、騎士だけではなくて、退魔の分野でも日本有数の家柄とか」

「まぁ!」

 ちらりと春菜殿下を見る水瀬だが、殿下は笑いをかみ殺していた。

「なら、その机、大丈夫ですわね」

「?」

 水瀬は、自分の机を見た。

 明光学園にある机と何ら変わるところはない。

 何の変哲もない机だ。

「あの?それはどういう?」

 

「水瀬さん?お気を悪くなさらないで下さいね?その机は」

 

 その生徒は、いかにも気味が悪いという顔で言った。

 

 

「呪われているって、そう言われているんですの」

 

 

「呪われている?」

「はい。その机に座った生徒は、必ず死ぬって」

「はぁ?」

 水瀬は呆れたように言った。

「どうして?」

「……昔、大正時代です」

 『藤堂あゆみ』と書かれたネームプレートをつけた生徒が語る。

 

 昔、普通科と私達教養科の区別がなかった頃のお話です。

 その頃の好景気によって成功した家の娘さんがこの学校に転校してきました。

 でも、娘さんは友達が出来ませんでした。

 当然です。

 この学校で人間の価値は家柄です。

 成り上がりの娘との交際なんて害でしかない。というのが、当時の生徒達の価値観でしたから。

 娘さんは、それでも必死にクラスにとけ込もうと頑張りました。

 でも、その努力は報われませんでした。

 友達どころか、娘さんと話をする人すらいなかったそうです。

 段々、娘さんはクラスのみなさんを憎むようになりました。

 そして、ある日の授業中、娘さんは亡くなりました。

 それ以来、娘さんの机に座った生徒は、次々に命を失ったそうです。

 

「はぁ」

 きょとんとした顔で藤堂を見る水瀬。

「どうです?怖いでしょう?」

 藤堂は身震いしながら訊ねるが、水瀬は首を傾げるだけだ。

「えっと、怖い怖くないは別として、この机を怖がるのには、他に理由がありません?」

「え?」

 瞬間、藤堂の顔色が変わる。

「この机、何か、別なことに使っていませんか?」

「た、例えば?」

「降霊術。下等な動物霊とか、いろいろ憑いてました」

「……」

「……」

 生徒達の何人かが、水瀬の言葉に、青い顔を見合わせる。

 その顔が、真実を語っていた。

 あっ。という顔をしたのは、春菜だった。

「藤堂さん?あの、こっくりさんのことでは?」

「で、殿下!」

 春菜の言葉を遮るように、藤堂は大きい声を出した。

「い、いけません。それは―――」

「大丈夫です。水瀬家は代々、そっちの方面は強いんですよね?」

「は、はい……いろいろ」

「藤堂さん?」

 春菜の促すような声に、藤堂は、しかたない。という顔で言った。

「あの、この机は、教室で29番目の机なんです。29番目の机はこっくりさんに最適だって伝説があって……それで時々」

「水瀬さん?やはり、こっくりさんって危ないんですか?」

「降霊術なんて、素人がやっていいものではありません」

 水瀬は居合わせた全員を眺めたあとに言った。

「降ろした方は、それから逃れる方法がありません。とりつかれて死ぬだけです」

「そんなことありません」

 今まで黙っていた神経質そうなメガネの生徒が言った。

 『広橋菖蒲(ひろはしあやめ)』と書かれたネームプレートをつけている。

「この机で行われるこっくりさんには、『お菊様』が降りていらっしゃいます。『お菊様』は位の高いお方です。水瀬さん?転入したてで目立ちたいのはわかりますけど、いい加減なことはおっしゃるものではありませんわよ?」

「あ、あの……」

「広橋さん?あの、水瀬さんは」

「殿下、ご学友をおかばいになるお気持ちはわかります。ですけど、真実は真実として、はっきりいっておくべきですわ?」

「……」

「水瀬さん?これからはヘンな事はおっしゃらないで。よろし?」

 気が強く、神経質な相手であることはその口調から知れる。

 関わり合いになりたくないタイプ。

 だから、こんな相手は適当に受け流すに限る。

 水瀬はそう判断した。

「は、はい……」

 

 

 

 放課後、水瀬は寮に移った。

 夕日に照らし出される部屋はガランとした一人部屋。

 長居するつもりがないので、家具は最低限度の用意しかない。

 というか、家を勘当された身だ。元から家具を用意出来る程の金はない。

「ふうっ」

 ベッドにひっくり返った時、ドアをノックする音がした。

「はい?」

「水瀬、いいですか?」

 恐る恐るという顔で入ってきたのは春菜だった。

「殿下?」

 水瀬はベッドから急いで起きあがると、ドアまで駆けていった。

「どうなさったのですか?」

「ち、ちょと、つきあっていただきたくて」

「え?」

「宿題を忘れてきたようです」

「とってきますよ」

「い、いいえ!」

 春菜は水瀬を制した。

「あの机の中を探されるのは困ります!」

「え?」

「い、いえ!とにかく、私も行きます!」

「は、はぁ……」

 

 

 夕闇の中、寮から校舎まで歩く二人。

 寮から校舎までは歩いて10分ほど。

 トラム(路面電車)が5分間隔で走っているが、春菜は歩く方を選んだ。

 その道すがら、春菜は水瀬に訊ねた。

「水瀬は」

「はい?」

「本当は高校生ですから、中学の授業は退屈ではありません?」

「いえ?僕、戦争のせいで中学の授業、ほとんど受けていませんから」

「それでよく高校に入れましたね」

「教科書をきちんと読めば大丈夫です。僕、高校受験の時初めて3年の教科書読みましたけど、合格しましたよ?」

「私、よく読んでいるつもりなのですが……」

「麗菜殿下から命じられています。数学が特に弱いから、みっちり教えてやってくれって」

「ううっ……姉様のイジわる」

「そういうお方です」

 

 

 ガラッ

 教室のドアを開けた二人の視界に入った光景。

 それは、水瀬の机に固まって熱心になにかをしている広橋達の姿。

 どうやら、机の上に紙を置き、その上で何かを動かしているようだ。

 春菜は、それに見覚えがあった。

「こっくりさんです」

「どうしますか?」

「ご迷惑にならないように、こっそり机に行きましょう」

「はい」

 足音を立てないように教室に入る二人の耳に広橋達の声が聞こえてくる。

 

「お菊様お菊様……」

「私の―――」

 

 水瀬の眼には、広橋達の肩に、スライムのような不気味な霊がはっきりと見えた。

「……」

 よく見ると、昼間より教室に漂う霊の数が増えている。

 霊が霊を呼ぶ悪循環が始まっている。

 このままでは春菜に影響が出かねない。

 (夜、除霊に来るか。面倒だなぁ)

 水瀬は、心の中でぼやきながら、春菜に耳打ちした。

「危険です。早く出ましょう」

「はい……えっと。あっ!」

 机の中をガサガサと探す春菜だが、勢い余ったのか、机の中身を床にちらばせてしまった。

 春菜が慌てて中身をかき集める。

「あああっ」

「殿下、片づけダメなんですか?」

 プリントやテキストを拾うのを手伝いながら、水瀬は少し驚いたような声で春菜に訊ねた。

 手にしたプリントの日付は半年前のものだ。

「よ、余計なお世話です!」

 その声に反応したわけではないだろうが―――

 

 ガタンッ

 

 こっくりさんをやっていた一人が突然、椅子を蹴るように立ち上がると、奇声を上げて一目散に窓めがけて走り出した。

「うう―――っ!!」

 広橋だ。

 ガラッ

 窓を開くと、広橋はそのまま窓から体を踊らせようとして水瀬に止められた。

「ううっ!うう―――っ!!」

 それでも、広橋は窓から飛び降りそうとするのを止めようとはしない。

「おとなしくしないと、痛いよ!?」

「!!」

 水瀬がいうや否や、広橋は大きく海老反ったかと思うと、そのまま崩れ落ちた。

「―――あれ?」

 水瀬が気づいた時、いつ逃げ出したのか、霊が、姿を消していた。

 春菜は自分の机の前で口を押さえながら震えている。

 

「殿下、お怪我は?」

 

 広橋をその場に放り出すと、水瀬は春菜の側へ戻った。

 正直、広橋なんて女の命はどうでもいい。

 “電撃”の魔法をスタンガン代わりに使っただけ。

 魔力の調整をしくじれば感電死は避けられない。

 それでも、水瀬にとって、広橋の命に価値はない。

 ただ、殿下に血の穢れを見せるわけにはいかないという命令こそ全てだ。

 

「わ、私は大丈夫ですけど、広橋さんは?」

「多分、気絶しているだけですが―――」

 どうでもいいです。という一言を口の中だけで済ませた水瀬の視界には、机の周囲で倒れている生徒達の姿があった。

「皆さん!?」

 春菜が慌てて近づこうとして、その肩を水瀬に掴まれた。

 

「危険です。僕が行きます」

 

 

 

「成る程ねぇ……」

 こっくりさんに興じていた生徒達が全員、保健室のベッドに寝かされている側に、何故かそこには理沙がいた。

「集団催眠みたいなものかしら」

 事情を聞いた理沙が水瀬に訊ねた。

「まぁ、そんなものです」

 対する水瀬はうかない顔だ。

「こっくりさんなんて、まだやってたんだ」理沙の声はどことなく懐かしそうだ。

「やったことあるの?」

「ええ。私も適当に指動かして、“この子に有り金全部渡さないと呪ってやる”なんて、よくやったわ」

「公僕……」

「それにしても、全員の血液検査なんて、どうしちゃったの?何か、収穫が?」

「机のそばにころがっていました。発見場所と、席の配置から、広橋のポケットから転がり落ちたものと考えています」

 水瀬がポケットから取り出したのは、ハンカチにくるまれたタブレットケース。

 ケースにはよく知られたガムの名前が書かれていた。

「ああ。それ、私も食べてる」

 手を伸ばす理沙からケースを遠ざける水瀬。

「中身、違いますよ」

「え?」

 理沙はハンカチごとケースを受け取ると、中身を見た。

 白い錠剤が数個、入っている。

「これが?」

「これが“ノインテーター”でしょう?」

 

 


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