僕と人魚とオムライス
ドアを開けたらむわっとした空気が脱衣所にたちこめた。
「おそい!もう七時から十分も過ぎてるよ!」
中にいる女の子は流れる金の髪に琥珀色の目をした女の子だ。何かに表現しようとしてもできないくらい整った顔立ちをしている。彼女の周りには高貴なオーラが漂ってる様だ。
「はいはい。遅れてごめん、でも君が料理に色々な注文をつけるのがわるいんだろ」
彼女はむすっとした顔をしながら僕の手からオムライスを奪った。
彼女は上半身だけみれば彼女は可憐な美少女のように思えるが、下半身へと視線を移すと人とは全く異なった形をしていることがわかる。そう、なぜならば彼女には人間についている筈の足が無く、かわりに魚のようなヒレが付いているのだ。
彼女は僕が作ったオムライスを一心不乱に食べている。
この人魚と出会ったのはある春の日だった。彼女は僕の家の目の前にある海岸に倒れていた。驚いた僕は一度誰か人を呼びに行こうかと思ったが彼女の青ざめた顔を見、一旦家へつれて帰ることに決めたのだ。
家についたあと彼女をどこに寝かせるか考え、風呂場の湯船の中に入れることにしてみた。
彼女を水の中に入れた所で彼女の目がパッと開いた。彼女の瞳はみたこともないくらい綺麗で、彼女の瞳に見惚れてしまって動かなくなっていた。彼女はそんな僕に驚きながら言葉を発したのだ。
『お腹すいた』
と。
僕は一瞬硬直し、腹を抱えて笑ってしまった。
彼女に待っているように言い、台所へ行って僕が食べる筈だったオムライスを持ってきた。
彼女はオムライスを物珍しそうに見、口へ運んだ。そこで彼女は止まった。音も無く。
僕は彼女にいけないものを食べさせたのかと驚いてしまったが、
『美味しい…』
と言う彼女の声を聞き、胸を撫で下ろした。
ご飯を食べている彼女にたくさん話を聞こうとしたがなにも覚えていないと彼女は言ったのだ。
彼女がここにきた理由も、何処に住んでたかも、ましてや泳ぎ方までも忘れているらしい。
なのでここは僕が彼女を養うことに決めたのだ。
だって、一目惚れだったんだ。幸い僕には親が残してくれた金がたくさんある。
そのことを彼女に話すと、少し泣きながら笑ってくれたのだ。そこでまた僕は彼女に見惚れてしまったのだけれど。
それから半年が過ぎた。あの日から変わったことと言えば居間にでっかいビニールプールがおかれるようになったことと、食費が増えたこと。
あと雰囲気が変わったと言われるようになったくらいだ。
「ごちそうさま!」
彼女の声を聞き、僕は皿を貰った。
これは僕の憶測だけれど彼女はいつかここからいなくなるような気がする。そのとき僕は彼女の望むままにしたいと思っている。…ちょっと泣いちゃうかもしれないけど。
「どうかしたの?」
彼女に声をかけられはっとした。これからどうなるかわからないが、今彼女はここにいるんだ。
「ううん。なんでもない」
それはゆるぎようのない事実なのだ。僕と彼女はこれから色々なことを経験していくだろう。
そして最後には別れを。
「そのときまでよろしく」
「…なに?」
不思議そうに聞く彼女はなんのことだかわかってないみたいだ。当たり前か。
「なんでもない!」
僕は笑顔でそう言った。
彼女はぽかんとして僕を見、そして一緒に笑ってくれた。