第18話 秘密を話してくれて
「私には、精霊が見えるんです」
言った瞬間、空気が止まった気がした。
ルシアン様が、ほんの僅かに目を見開いたのが視界の端に映る。
驚くのも当然だろう。
信じられない、と言われてもおかしくない。
胸の奥がきゅっと縮む。
私は視線を落としたまま、彼と顔を合わせないようにした。
今ここで目を合わせて、もし否定されたら――その瞬間、私は言葉を失う気がしたから。
カップの中の湯気だけが、静かに揺れている。
「……続けてくれ」
彼の言葉は淡々としていて、でも急かさない。
それだけで、少しだけ息ができた。
「……小さい頃から、です」
私は指先を重ねて、言葉を探す。
上手く説明できるか、自信がない。
「私には……光の球みたいなものが、見えていました。ふよふよ浮かんでいて……近づいたり、離れたりして」
視界の端で、精霊たちが揺れる。
今もいる。
私の肩の近くで、いつもみたいに。
子どもが話すみたいな、短い言葉で。
「精霊たちは……幼い子どもみたいに喋ってきます。言葉は少ないですけど、意思疎通はできます。私が話しかけると、返してくれて……」
私は喉の奥を鳴らして、続けた。
「元気がないとき、励ましてくれたり。怖いとき、『だいじょうぶ』って言ってくれたり……」
そこまで言って、胸の奥が少しだけ熱くなった。
孤独に慣れたつもりでいたのに、思い出すと――やっぱり、精霊たちはずっとそばにいた。
「だから……私は、加護がなくても、ひとりじゃないと思えました」
ルシアン様は、軽く「ああ」と相槌を打つ。
私は少しだけ深呼吸をして、次の話へ移った。
「それで……伯爵家にいた頃とは違って、こちらに来てから気づいたことがあります」
指先が、少し震えた。
言い切るにはまだ怖い。
でも、ここまで話してしまったのなら――逃げたくない。
「あの日、城壁で……私は、祈りました。無事に帰ってきてほしいって。兵士の方たちが助かってほしいって」
声が、少しだけ小さくなる。
「そうしたら……精霊たちが動いた気がしました。風が強くなったり、治癒が効いたり……」
私は、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「辺境伯領が栄えるように、とか。作物が育つように、とか。そういうことを願うと、精霊たちが手伝ってくれるみたいに、精霊魔法の効果が上がる……気がします」
言い終えて、胸の奥がぎゅっと鳴った。
言ってしまった。
これで、取り返しがつかない。
ルシアン様は黙っている。
怖くて顔が上げられない。
「……ふむ」
低い声が落ちた。
納得のような、私の言葉を噛みしめているような相槌だ。
私は息を吸って、言った。
「私は……精霊の加護は持っていません」
そこは、はっきりと言える。
「でも……精霊たちは、私のことを友達だって言います。だから……他の人の精霊の加護の効果を上げられる、のかもしれません」
最後の方は、少し曖昧になる。
確信がないからだ。
でも、起きていることを繋げると、それしか考えられない。
ルシアン様が、短く頷いた。
「なるほど」
その一言で、心臓が少しだけ落ち着く。
理解しようとしてくれている。
拒絶ではない。
……でも、本当はここで終わればよかったのかもしれない。
私の「得」の話だけで。
役に立つ話だけで。
でも――話さないといけないことも、ある。
喉がまた乾く。
私は唇を一度噛んで、言った。
「……ただ」
声が、少しだけ硬くなる。
「私の周りでは……精霊魔法が弱まったり、なくなったりすることもあります」
胸が痛い。
あの屋敷を思い出すからだ。
使用人たちの風も水も、鈍くなっていった。
私は必死に、言葉を繋いだ。
「それは私がお願いして、弱めたわけではありません。精霊たちが、勝手に……」
自分でも言い方が苦しくなる。
でも、事実は事実だ。
「精霊たちが、私のことを友達だと思っているから……自分から、そうしているみたいで……」
精霊たちは時々、得意げに言う。
『あっち、やめた』
『エミーリアにいじわるするから』
――そんなふうに。
「だから私の力は、得もあるし……損も、あると思います」
言い切った瞬間、背中が少し冷たくなった。
ここまで言ったら、さすがに引かれるかもしれない。
(……見れない)
まだ、顔が上げられない。
彼がどんな表情をしているか、わからない。
もし眉をひそめていたら、もし遠ざけるような目をしていたら。
私は――。
「……なるほど」
また、静かな声。
私はぎゅっと指先を握った。
膝の上で、小さく。
そのとき。
「顔を上げて」
ルシアン様の声が、少しだけ近かった。
私は、躊躇いながらも顔を上げた。
視線が合う、灰色の瞳。
そこにあるのは、疑いではなかった。
「教えてくれてありがとう、エミーリア」
まっすぐな声。
胸の奥が、じん、と熱くなる。
「それを話すのが、どれだけ怖かったか……わかるつもりだ」
その言葉が落ちた瞬間、私は呼吸を忘れた。
私は震える声で言ってしまう。
「……疑わないのですか?」
自分でも情けないほど弱い声。
でも、聞かずにはいられなかった。
ルシアン様は、少しだけ眉を動かした。
困ったように、でも優しく。
「君が嘘をつくような人間じゃないと知っている」
それだけで、胸の中の何かが崩れた。
「だから……それは真実なのだろう」
優しい。
肯定されるって、こういうことなのか。
私は一瞬、何も言えなくなった。
視界が滲み、勝手に涙が出てくる。
「っ、すみません。泣いてしまって……」
言った瞬間、また涙が落ちた。
恥ずかしいのに、止められない。
ルシアン様が、そっと手を伸ばす。
指先が頬に触れて、涙を拭った。
「さっきも言ったが、謝る必要はない」
淡々とした声なのに、温かい。
「ありがとう。君の胸の内を話してくれて」
その一言で、また涙が溢れた。
(だめだ、私……)
感情が溢れすぎて、制御できない。
ルシアン様は息を吐いて、私を抱きしめた。
強くはない。
でも、確かに包んでくれる。
胸に頬が当たり、心臓の音が聞こえる。
その規則正しさに、少しずつ呼吸が戻ってくる。
『よかった』
『だいじょうぶ』
『やさしい』
精霊たちの声が、ふわふわと漂う。
しばらくして、私はようやく落ち着いた。
ルシアン様は私を離し、少しだけ目を伏せて言った。
「君の話したことは、少し予想していた」
「……え?」
驚いて瞬きをする。
予想していた?
こんな話を?
ルシアン様は静かに続ける。
「君が来てから、領内で妙な変化が起きている。収穫量が増え、魔物の出現頻度が減り、兵の精霊魔法が強まった」
胸がどくんと鳴る。
(やっぱり……)
「偶然ではない、と感じていた」
するとルシアン様は、少しだけ視線を逸らした。
何かを言う前の、迷いの仕草のように見えた。
「俺は精霊魔法が使えない代わりに、身体能力が高かった」
「身体能力が、高い?」
「ああ、常人よりも明らかに。だから俺は精霊魔法がなくても、魔物と戦えた」
それは知っている。
でも、精霊魔法がないから身体能力が高い、とは知らなかった。
「なぜそうなのか、理由はわからなかった。だが、おそらく通常とは別の形で精霊の力が作用していたのかもしれない。君が来てから、身体能力が上がったから」
「私が来てから……あっ、精霊に力を貸してもらっているということですか?」
「その通りだ。精霊の加護は俺もないが、多少の力は受けているようだ」
「精霊の加護がないのに……精霊の力を、受けているんですか?」
加護無しなのに、力を受ける。
それは、私の話と同じだ。
ルシアン様は少し黙ってから、低く言った。
「……君が秘密を言ってくれたんだ」
そして、ゆっくりと私を見る。
「俺も、話そうと思う」
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