その5 祭りの後のお仕置きってコレ? とにかく手をつなごう まだ色々あるけどね
祭りの後始末 そしてこれから
白羽と黒羽は抱き合うように地面に投げ出された。横たわったまま白羽が呻く。
「だから...何で...兄さんに任せようって...本当に黒羽は勢いだけなんだから! 入ったけどどうやって出るんだよ?」
「誰かに託宣を掛けてもらおう」
「誰に?」
反対に黒羽はすぐに跳ね起きた。元の境内だが、とても静かだ。居並ぶ提灯で明るいし、屋台もそのままである。しかし誰もいない。祭囃子だけが麓から届く。
「浩二? 太一、祐樹!」
呼びかけが闇夜に消えるだけだ。白羽が起き上がった。また呻く。黒羽の肩を叩き、頭上を指さした。巨大な託宣場が浮いている。その全ての印が光り、特に水の輝きが強い。それが境内全てを覆っていた。水の印から水が流れ落ちて禁足地の立札辺りを覆っている。そこが出入口のようだ。
そして白羽の上にも同じ託宣場がある。黒羽にもぼんやりとだが気配が分かった。
「うわ何じゃそりゃ。ボケボケだけど俺にも見えるって事は、相当強いな」
「うん。俺も初めて見た。これで封じられてるって事か」
白羽はそっと前に腕を伸ばした。託宣場の光から出せる。足も静かに踏み出した。しかし頭を出そうとしたとき、『水』の印がひと際光った。全身を再び託宣場の中へ戻される。
「わりとすっと出られそうなんだよ。でも最後がダメだ」
「それが世界の託宣場なのかな」
全ての属性を持つのは現人。親が古人ならその属性が強化される。計良が言っていた。世界と白羽の父は同じ『水の無限』。互角のはずだが母親によって力が違うと。
「とにかく浩二たちを探そうぜ」
「うん」
社の前から境内に出た。全く同じ配列で屋台が並ぶ。焼きそばやたこ焼き店には鉄板があり、熱を帯びているのか湯気が上がる。しかし出来上がった商品どころか食材が一切ない。金魚すくいの水槽は水がぐるぐる回るだけだ。無機物はあっても有機物は存在しないのだろう。
ベンチのある屋台があった。おでんと書いてある。そこに三人が座っていた。空の鍋をじっと見下ろしている。
「おい?」
白羽と黒羽が揺すっても、うつろな瞳のままで反応がない。
黒羽の体に風が吹く。モーモとは違う。託宣場の気配を白羽も感じたようだ。そちらへ振り返る。それよりも早く黒羽は怒鳴った。
「お前の託宣は俺には効かねえからな!」
白羽が目を見開いた。
「そこ! 俺たちじゃないの?」
「あ」
白羽の体から力が抜けた。瞳がみるみる光を失う。上から操られる人形のように手足をギクシャクと動かし、三人の隣に崩れるように座った。
「白羽!」
体を強く揺すっても返事は無かった。
白羽の意識は全く違う場所に飛んだ。気が付くと透明な液体で満ちた壺の上で転がっていた。粘度が高くて沈まない。その代わり、体にまとわりつく。身動きが取れない。何だか体がやたらに太い気がする。真っ赤な服は肉襦袢のようにまとっているようだ。壺から浮き上がった。ピンクの薄い座布団に乗せられた。横に呆然とした顔の三人が居る。いずれも胴体が真っ赤で透明な膜に覆われた姿だ。座布団はウエハースだろう。
(あ、リンゴ飴)
しばらくするとふわっと浮いた。買われたのかと思いきや、乱暴に放り投げられる。ばしゃ、と水が渦巻いた。ぶくぶくと大きな泡が水中に湧いている。足が付きそうで付かない深さだ。懸命に浮き上がった。水槽は四角い。目の前を巨大な円が通り過ぎた。白い紙が貼ってある。金魚すくいならぬ人間すくいだ。何度も紙の上に乗せられては破れ、水中に落とされる。その度に水を飲んで苦しい。
やっとすくわれた。今度は白いもやもやの中へ放り込まれた。狭くて縁が高い競輪のサーキットのようだ。そこを高速でぐるぐると回る。体中にどんどん雲のような靄が巻き付く。
(あ、綿あめ)
目が回る。酔いそうだ。
はっと気が付くと、奥行きの狭い棚に四人で並んでいた。白羽以外は顔色が青い。もはや立てずに座り込んでいる。上下に同じ棚があった。ぬいいぐるみやキャラメルの箱が並ぶ。
(これは?)
すごい勢いで何かが顔をかすめた。ラグビーボールほどのコルクが後ろの壁で跳ねる。射的だ。これは当たったら痛そうだ。顔めがけて弾が来た。両手で頭をかばう。ぱん、と軽い音と衝撃が体を襲う。そしてまた、水あめの壺の上だった。
(戻った~!)
これを延々と繰り返すのか。先にここへ放り込まれただろう三人がもはや声も出ないのも分かる。何がどうなってるのか分からないし、そもそも揺さぶられ続けて気持ちが悪い。
「黒羽! 兄さん! 寿々目~!」
呼んでみても、動き続けるのでちゃんと声が出せない。
(何とかしなくちゃ...しないと...)
頭上の託宣場を意識してみる。まだある。しかし、頭以外はそれほど力まずに出せた。
(手だけなら...)
重くなる腕を託宣場の外に出した。その先に見える黒さは境内の空だろう。拳くらいの大きさに見える。提灯の灯りか、ほのかに赤い。
(いけるか?)
隣で転がる体を両手で掴んだ。浩二だ。小さな空に向かって押し出す。託宣場の全ての属性から光る糸が無数に降りて来た。白羽の全身に絡んで自由を奪う。
(離れろ、戻れ!)
懸命に押し返そうと意識を集中する。すると白羽の足元から託宣場は湧いた。これもどの属性も有効に光る。胴体を包みながら、自らを縛る託宣場に向かう。自然と口から言葉が出た。
『我、海渡白羽の名において天と地の間に託宣の場を作る!』
だが御託の言葉がどうしても出ない。頭上の『水』が口の前で網目を作って遮るのだ。白羽の託宣場が頭上に到達した。二つの輝きはほぼ同じくらいだ。
白羽は全身の力を振り絞る。ようやく囁き声を絞り出した。
「...全員この幻から解放...」
浩二を突き飛ばすように押し出した。彼と他の二人は境内の空めがけて飛んで行く。自身の体からも、絡みついた水あめが解けていく。
ほっと息を吐いた。その瞬間、強く光る頭上の『水』が白羽の託宣場を流して消した。
おでん屋台が託宣の光に包まれた。浩二たちがはっと目を見張る。白羽だけが目を閉じたままだ。ぐらぐらと体が揺れる。座席から滑り落ちそうだ。黒羽はあわてて駆け寄った。背中を掴んだが、二人で地面に倒れた。起き上がって襟首を掴んで揺すった。
「白羽!」
返事はない。誰かの託宣が近くで光った。そのせいだろう。また浩二たちは虚ろな瞳に戻った。
黒羽は境内の奥を睨んだ。林の前にたたずむ人影がある。
「てめえ...何のつもりだ?」
ゆっくりと明かりの届く範囲にそいつが出て来た。白髪交じりの男性だった。それなりの年齢を感じさせる肌だが、細面ですっきりした目元だ。淡いグレーの開襟シャツとジーンズというカジュアルな服装だ。
「ここにいると暇でね。聖域を侵す者には一度ここへ来てもらう。お仕置きしてもいいって話だ。唯一の娯楽ってところか」
「人を眠らせる遊びかよ! その恰好、出水姫にしちゃ愉快だな」
男は片方の眉を跳ね上げた。腕を組んでくっくっと口の中で笑う。
「そうくるか。俺は確かに出水姫じゃない。あれは三百年前に現人の男に魂をもらってどこかへ行っちまったよ。俺の姫は別に、ここにいる」
とん、と自分の胸を拳で突いた。黒羽の表情は険しいままだ。
「白羽に何をした?」
「疲れたようだな。寝ているだけみたいだよ。そうか、白羽か」
淡い茶の瞳が白羽を捕らえる。そこから守るように黒羽は白羽の肩をしっかりと抱いた。
「てめえの御託は俺たちには効かねえぞ」
今度はちゃんと『俺たち』だ。
「うーん。有効のはずだが...」
黒羽の体に風が吹く。
「効かねえって言っただろうが!」
男は頷いた。独り言のようだ。
「そのようだ。そうか。活性能力だけあるのか。君が黒羽か。現人だからな、全ての属性を使えるのか...」
男は穏やかな笑顔を浮かべた。
「ここは現世から場所と時間をずらした空間だ。次元をちょっと折り曲げて作ったシワみたいなもんだ。風景は現実世界とシンクロするんだよ」
だから秋祭りと同じ情景になる。屋台や提灯などだ。
「だが時間の流れが歪んでいる。年も取らない、腹も減らない。俺にとっては同じ時間のままだ。それでも風景が変わっていく。俺はずっとそれを見ている。紅葉になり祭りが開催され、ああ、また外では一年経ったなって思う。それなりに飽きない...かな」
「今さっき暇って言ったじゃねえか。帰せよ。俺たちはてめえのおもちゃじゃない」
「噛みつくねえ。いい面構えだ。まあそんなに怖い顔をするな。そいつらは粗相をしたからここへ放り込まれたんだろう?」
「立ちションだよ。引きずり込んだ本人が知らないって言うのか?」
男は曖昧に首を振った。肯定とも否定ともとれるような動作だ。
「確かに無作法だ。お仕置きかな。朝までにはちゃんと帰す。俺の御託はここでだけ掛けられるんだ。怖い思いをすれば、もう禁忌には近づかないだろう? 俺には暇つぶし。そういう事だ。お前はうるさいし御託は効かないし、白羽と一緒に先に帰してやる」
「信じられるか」
「信じるだろう? だって俺の名前を聞かないじゃないか。分かっているからだね」
その通りだ。黒羽は腕の中の兄を見た。少し苦し気に眉を寄せている。目を閉じていても、白羽と男はとても似ているのだ。世界にも。色々と尋ねてみたい事はある。しかしあまりに突然すぎるし、意識のない白羽も心配だ。ここへは託宣を使えば入れると分かった。まず帰るのが優先だ。
「あんたは古人なんだろう?」
「今は現人だよ。二人とも大きくなったな」
黒羽は黙って彼を見返した。返す言葉が思いつかない。三回目の風が吹く。何となく分かるのは『土』の属性。モーモだ。黒羽は黙っていた。帰すつもりなのだろう。そして白羽と共に託宣の光に包まれて消えた。
ちゃり、と男の足元で玉砂利が鳴る。彼は少し振り返った。
「宇志。来たのか。大丈夫だ、余計な事は言わないよ」
モーモの本体が暗闇からのそっと現れた。
「久しぶりだな、無限」
「おう。久しぶりになるのか。お前は変わらんな。あれがあの双子なんだな」
「ああ。十七歳だと。忍さんが再婚したんで、今は世界と暮らしてる。ここへ入るのを止めようとしたんだがな。黒羽は現人なのに活性能力がある。しかも突撃タイプなんだ。してやられたな」
止めようとする託宣場を逆に利用して、この空間に侵入したのだ。
「黒羽は頭がよく回るようだ。二人は仲が良さそうだな。会えて嬉しかった。安心したよ」
白羽と世界の父、出水無限は暗い空を見上げた。過ぎた時間を慈しむような柔らかい目だ。しかし一転鋭くなった。モーモの背後を窺う。
「それでお前は何を心配する?」
そこには世界がいた。腕を組んで視線を落としたまま身じろぎもしない。エプロンを付けたままだ。焼き鳥は焼けたようだ。お届け後に来たのだろう。双子が聞いた事のないような氷点下の声で言った。
「自分の罪を目の前にして『安心した』ですか。さすがは妻の魂を奪った男だ」
「同意の上だ。透子とは愛し合っていた。魂を譲り受けたのは...お前も知っているだろう。もう長くないと分かっていたからだ」
新月の集会は『いでみず』の長年の習慣だ。出水姫の末裔である透子も、その習慣を踏襲していた。無限はそこで彼女と知り合った。無限は人間の仮姿を得て透子を口説き落とした。『いでみず』で暮らし始めたのだ。常連客が婿だと言ったのはこの経緯のせいだ。
そして生まれたのが世界だ。全ての属性を持ち、古人の属性が強化された子供だ。透子もまた古人の眷属だった為、世界の『水』は特に強い。
しかし間もなく透子の病が発覚した。ガンだった。若いだけに進行が速い。世界が一歳になる頃には、もう末期で余命宣告を受けたのだ。透子は託宣での治療を拒否した。自分は現人なので、その運命に従うと。そんな彼女と無限は離れがたい。できる事ならまだまだ一緒に居たい。それで命が尽きる寸前に、彼女の魂を譲り受けたのだ。もちろん透子の望みでもあった。無限は現人として現世を生きるつもりだった。戸籍や住民票などは、託宣を駆使して矛盾のないように作った。
「他に二人も嫁さんをもらっておいてしゃあしゃあと...」
「うーん。でも子供に母親は必要だし、弟たちがいて楽しいだろう?」
「寝ぼけた事を」
無限はとにかく子供を欲しがった。子供ながらに世界には伝わっていた。無限と透子、そして現在の妻の三人の魂を継ぐ子供が欲しいと。真理と忍にしてみれば、それは受け入れにくい。連れ子がいると分かって結婚しても、自分の子供はやはり無限と二人の子供だろう。まだ先妻を愛している男の子供が欲しいだろうか。否だ。
「あなたのせいで忍さんは...あの双子は...どれだけ苦しんだか」
無限は一度目を閉じた。
「その件でお前に何か言うつもりはない。それに俺をここに閉じ込めている限り、透子の魂もどこへも行けないぞ」
「じゃあ母さんを手放してください。あなただけここで過ごせばいい」
「できない。ずっと共に居ると約束した。俺が目障りなら解放しろ。透子と一緒に旅立つつもりだ」
「つもりの話ですか。もう聞きたくありません」
消えようとする背中に声をかけた。
「世界、白羽の封印を解け。アイツには何の罪もない。ただの八つ当たりだ」
「違う。解放なんかしない。白羽は黒羽と一緒に現人として育てました」
「封じ切れてないぞ。いっそ解放してやれ。人の人生を縛ろうなんて思い上がりだ」
「あなたに言われる筋合いはない!」
はらはらとお互いを見るモーモを前に二人の言い合いが続く。
「俺を封じたのは母親を取られた腹いせに過ぎない。罰だの罪だなんて言い訳で、実は透子をそばに留めておきたいだけだ。マザコンなんだよ」
最後の言葉が届いたかどうか。世界は青い光に包まれて消えた。モーモがため息をついた。
「親子喧嘩するなよ。相変わらずだな」
「まあな」
無限は眠っている浩二たちに目をやった。ちょっと体を押して空いたスペースに座る。
「たまにこうやって見知らぬ客が放り込まれる。俺が送り返さないとか思わないのかね、世界は。信頼されてるのかな」
モーモは苦笑した。
「まさか。帰らなければ何とかしてくれって頼まれてる。だから俺の託宣だけがあのカーテンをくぐれるんだ」
「そうかぁ。だから時々来てくれるんだな」
無限は子供たちの頭を楽し気に突いた。モーモは腕を組む。
「世界は一人で頑張ってたよ。忍は良い親じゃなかった」
「うん...。彼女には本当に悪い事をしたよ。怪しいとは感じてたんだ。でもいきなり別れるって言われてつい...。彼氏とコトの後だなんて思ってもいなかったし、まさかあんな双子が生まれるなんて。分かっていたら御託なんか掛けなかった」
離れた妻の気持ちを一時的でも燃え上がらせる。感情を操る御託を忍に掛けた。父親違いの双子を生ませる意図はなかった。全く偶然の出来事だった。
「でも謝るなら世界じゃない。忍と白羽と黒羽にだ。...俺は世界を一人にしたくなかったんだ。血の繋がった家族を残してやりたかった。現人として人生を送るなら託宣の力は必要ない。それで封じておいたんだが」
「力の差がでかすぎるだろう。あっさりやられやがって」
「面目ない」
透子の魂とすぐにでも旅立つつもりだった。だがそれでは幼い息子が一人きりになる。だから真理を迎え、忍と結婚した。でもそれは唯の手段だ。二人の女性の気持ちをまるで無視した行為だった。
「現人と古人ではやっぱり感覚が違うのかな」
「そういう問題じゃない。まずかったな。俺でもひどいと思うぞ」
「やっぱり?」
やれやれ、とモーモは大きく伸びをした。
「透子ちゃんは、こんなとぼけた野郎のどこが良かったんだか。俺の方が付き合い長かったんだからな。彼女の事は分かっていると思ってたのになあ」
「そうかあ? そういや世界もいい年だ。良い人がいるのか?」
「う~ん」
この間DV野郎と別れたばかりと言うのも憚られる。
「俺には分からん」
無限にとっては時間のない場所だ。年も取らず、死にもしない。外界ではもう十年余りが過ぎているのに、さほど長く過ごした感覚はない。それでも時の移ろいを確かに感じた。
忍は出産前に出て行ってしまった。だから双子と会うのは初めてだった。白羽は幼い頃の世界によく似た容貌だ。とても懐かしい。幻影に翻弄される友人を助け出そうと奮闘した。黒羽は威勢が良い。そして倒れた白羽を懸命に守ろうとしていた。
(二人とも良い子に育ったな)
変化のない時間の中で、心が満たされた瞬間だった。後はもう飛び立つだけなのに、いつまで封じられているのか。頭上の託宣はいつでも輝いている。心の中で亡き妻に語り掛けた。
(頑固な息子だよ。本当に君そっくりだ)
現在の状況に絶望はしていない。旧知の宇志は時たま訪れるし、何より息子を信じている。決してずっとこのままではないと。
しかし、そんな感傷にモーモの言葉が冷や水をかけた。
「無限。俺がここに来るのは、お前のご機嫌伺いじゃない。今回はがっかりした」
「え?」
モーモはゆっくり首を振った。
「何も分かっちゃいない。お前は忍さんに何をした? その結果を見て安心しただと? 俺も驚いたよ」
相手の合意なくして交渉を持った。託宣を掛けられた現人には抗う術はないのだ。酒や薬を盛るのと同じ。現人同士なら犯罪行為だ。
「それなのにマザコンだの傲慢だのお説教か。息子に閉じ込められるはずだ」
無限は言葉が無かった。友人からまさかの叱責だ。モーモは続ける。
「いいか。俺が来てやってるのは、お前が自分のしくじりに気が付いたのか確かめる為だ。旧交を温めるわけじゃない」
「俺はただ...世界に兄弟をと...」
言葉は遮られた。
「だから分かってねえなと言ってるんだ。真理さんと忍さんがどうして出て行くってなったんだ? それをよく考えろ」
もはや返事を待たない。モーモはさっさと消えた。
賑やかな祭囃子が暗い空に響く。提灯の明るさが境内を満たし、闇は更に暗くなる。無限はたった一人で立ちすくんだ。結界の境界である滝の音がやたら耳についた。
足元にはまだ三人の現人がいる。
「帰すよ、ちゃんと」
誰にもとなく呟いた。
体の下で玉砂利が鳴る。
「いてえ」
二人して禁足地の外へ放り出された。社の横だ。黒羽は隣の白羽を確認した。白羽は唸り、目を開けた。呻きながら体を起こす。社に手を掛けながら、ようやく立ち上がった。辺りを見渡す。たくさんの人々が行き交い、騒めきが響く。
「戻ったんだね。...痛い...全身が筋肉痛になったみたい...。何だか夢を見てたみたいな...。あ、浩二たちは?」
黒羽も立ち上がった。
「朝になったら帰すとさ。もう何もできないよ。とにかく降りよう」
二人は参道に出た。白羽は手すりにつかまりながらそろそろと脚を動かす。
「水の託宣場が来たよね。誰かいた? まさかの出水姫?」
「あ~ええと」
無限は白羽の父だ。どこからどうやって話せばいいのか。
「何だか御屋のヌシみたいな? そんなのが居たみたいな?」
黒羽は口ごもった。白羽は首を傾げる。
「黒羽もはっきり見てないのか。でも岩山に大きな託宣場があったね。あれって兄さんのだよね? 俺の上にあったのも。託宣で結界を作ってるのが兄さんなのに、中にヌシがいて俺たちにあんな嫌がらせをしたって? どういうワケ?」
白羽だけが幻影に飛ばされた。無限と対峙していないのだ。もっとも帰るのが優先で、大した話はしていない。無限だと確認さえしていない。黒羽がそう思っただけだ。
「詳しくは分からないんだ。ただヌシがお仕置きするって。そっちは?」
「うん」
白羽は自分のいた幻について話した。本当に普通に嫌がらせである。お仕置きと聞いてむくれた。
「どうして『俺たち』って言わなかったかな~」
「しょうがないだろ。おかげで浩二たちを助けられたじゃないか」
「そーゆー問題かなあ」
二人は時計を見た。時間は殆ど経っていない。やはりあの空間は時間の経過がおかしい。滞在した分だけ巻き戻るのだろうか。よろよろと少しずつ階段を下りる白羽を残して、黒羽は三段飛ばしの勢いで駆け降りた。
寿々目が振り返った。黒羽が駆け寄る。
「おかえり~。お友達はいたの?」
「まあな。それよりちょっとだけ話がある」
白羽はまだ岩山だ。その姿を見えなくするかのように、黒羽が寿々目の前に立ちふさがって腕を組んだ。見下ろす視線の真剣さに、寿々目も表情を硬くした。
「こんな楽しいお祭りの日にいちゃもん付けようっての?」
「いや。もしもの話だよ。もしも白羽の魂を奪おうって馬鹿がいたらどうしてやろうって思ったんだ」
「面白いじゃないの。どうするってのよ」
いきがってみせた寿々目だが、すぐに両手を胸の前で振った。ちらっと黒羽の背後の岩山を見上げる。
「嘘よ。やめてよ、そんな話。正直な所、魂をもらうのが古人にとってそんなにメリットがあるって思えないのよ、アタシ。一緒に旅立つって事は死ぬって事じゃない」
ため息交じりに続ける。
「ほかならぬ白羽のバカ弟だから答えてあげるけどね~。ほら、計良はただ消えちゃったでしょ? あれが古人の最期。デフォルトなのよ。でも魂をもらえば現人として何度も転生できるわ、確かにね」
「転生したくて魂をもらう奴もいるんじゃないのか?」
「さあね~アタシは違いますぅ~。古人の自分が大好きよ」
寿々目は口を尖らせた。
「託宣の能力が落ちちゃうし。そもそも最愛の人はいつも心の中にいるとはいえ、話もできない。触れもできない。そのうえ愛に縛られちゃう。他の誰も、もう好きにはなれないのよ。そんな淋しい人生あり?」
それから一転して表情が緩んだ。
「ここからはアタシも、もしもの話よ。もしもずっと白羽と添い遂げたら。ずっと一緒に過ごせたら。最後の一息の時でいいの。魂を貰い受けて一緒に旅立つかもね。あの子がいない人生なんてツマラナイって思ったらね」
魂を奪うつもりはない。白羽の人生を全うさせたい。そういう事だ。寿々目の釣り目は優しく弧を描き、福々しい頬はゆったりと盛り上がった。僅かに開いた唇も穏やかな角度で上がる。
寿々目は仮の姿で現人として生活している。しかし年は取らない。仮の姿を経年変化させたとしても、同じ場所に居られるのはせいぜい数十年だろう。また別の場所で一からやり直しだ。長い人生の間、何度そのような経験を繰り返したのだろうか。やっとたった一人に会えたと感じているのかもしれない。満ち足りた笑顔だ。
初めて黒羽は寿々目を可愛いと感じた。しばらく黙って彼を見つめた。
ようやく白羽が追いついた。怪訝そうに二人を見る。
「二人でどうしたの? また黒羽がケンカを売ってた?」
「違うよ。俺のお兄様を大事にしろって言っただけ」
「本当?」
疑わしそうな白羽に寿々目が笑顔を向けた。
「そのつもりだったのね! 言い方が悪いのよ、このガキ。あやうく殴り合いになりそうだったわ」
「てめえ」
「あ~ほらほら。怖い~」
寿々目は抱き着くようにすがったが、白羽は顔をしかめる。
「あいたたた」
「どうしちゃったの?」
「上まで行ったら筋肉痛になっちゃった」
託宣から逃れようと力を入れたせいだ。しっかり全身の痛みは残ってしまった。
「あら~それだけで? もうちょっと鍛えなくちゃかしら」
白羽は黒羽に手を振った。
「じゃあ俺たち行くよ。あんまり寿々目を怖がらせないでね。こんなに可愛いのに」
「そうだな」
え、と白羽の口が固まった。しかしすぐに笑顔になる。もっと力を込めて手を振った。痛みをこらえてか、動きがどことなくぎこちない。
彼も手を振って見送った。
自治会のテントに世界の姿がない。一人で家に戻った。暗い。岩山の圧を感じる自室には居たくなかった。リビングのソファに寝転がる。そろそろ二十三時になろうという頃だ。白羽と世界はまだ戻らない。モーモは猫になって眠っている。
透子の写真を見上げた。遺影が一枚。透子の両親はどうしたのだろうか。黒羽の知らない家族のドラマがそこにあるようだ。
スマホに着信音が鳴った。学校からの一斉連絡だ。浩二らが家に戻っていないので、知っていることがあったら連絡を、という緊急連絡だった。すぐにまた着信があった。浩二の家族からだ。一緒に出掛けると告げていたのだろう。岩山で別れたきりと答えるしかなかった。
「ただいま」
そこへ白羽がご帰還だ。
「おう。遅かったな」
「うん。あの後、河原まで行ったんだ。御託をかけてもらったんで、体は楽になったよ」
白羽は携帯を覗いた。
「あれ、学校から何か来てる」
「浩二たちの件だよ。俺もさっき見た」
続いて世界からも連絡があった。警察の捜索に協力するから遅くなるそうだ。先に寝ていて、というメッセージだった。事情は知っていても言えるはずがない。
「浩二たちは帰って来るんだよね」
「うん」
カーテンを開けてみる。外は暗い。捜索現場は岩山の向こう側に集中しているようだ。相変わらずこちら側は黒い山肌が愛想なく聳えているだけだ。ただサーチライトが山頂辺りで光り、空に伸びている。林の中も捜査するのだろうか。
「立ちションはダメだな。それ原因なんだから」
「へええ」
モーモがすっと立ち上がった。
「おいこら! 何か知ってるだろう」
黒羽が声を掛けるが、すんっと横を向いて逃げ出してしまった。
平和な朝のはずだった。何か夢を見ていたようだが思い出せないまま、白羽は体を起こした。とてもすっきりしている。しかし腰回りが妙にべたつく感じだ。タオルケットをめくろうとして手が止まった。そうっと中を覗く。
濡れている。しかもびしょびしょ。パンツもパジャマも、シーツもだ。何ならマットも突き抜けて床までしずくが垂れている。高校生のおねしょは量が半端なかった。呆然とする。人は驚きすぎるとすぐに動けない。
(な、ななな何で?)
どれくらいそうしていたのか。こんこん、とドアが叩かれた。
「待って!」
と声より先に扉が開いてしまった。黒羽だ。
「どうした? 朝メシ...」
と言いかけて不審な表情を浮かべた。あわあわ、と口を動かすだけの兄を見る。そして特徴的な臭いを嗅いだ。
「ああ~?」
つかつかと歩み寄り、ぐいっとタオルケットを剥いだ。彼も衝撃を受けたようだ。動きが止まった。白羽は真っ赤になり、成す術もない。
「に、兄さんにはご内密に...」
「う~ん。そうだよな。でもマットもだろう? クリーニングとか必要なのかな?」
まだ新品といっていい物ばかりだ。これを世界に知られるのは恥ずかしいし申し訳ない。それは黒羽も理解できる。気の毒そうに白羽を見た。
「昨日、冷たい物でも飲み過ぎたか?」
「え~別に...。あ!」
白羽は一人で頷いた。
「きっと冷えたんだ! 夕べ河原で二人きりになったんだ。寿々目が触って...最初は前だけだったんだけど、お尻にも手を伸ばしてきたんだ。結局膝までパンツを下げて」
「聞いてねえ! とっととシャワー浴びて来い!」
ぞわっと背筋に悪寒が走る。朝っぱらから濃いのろけ話は要らない。白羽をベッドから追い出した。シーツを替えて済む被害ではない。無限の言葉を思い出す。
(お仕置きって...まさかコレ?)
無限の御託を最初に効かないぞと宣言した。黒羽がおねしょをしなかったのはそのおかげだろう。では白羽はどのタイミングで御託をくらったのか。幻影に放り込まれた時しか考えられない。
「お願い、兄さんには...」
「分かってるよ! さっさと洗濯をしちまうぞ」
シーツとタオルケットを丸めて放り出す。マットを外している横で白羽は着替えを出した。
だがしかし。どすんばたんと一階に響いていたようだ。朝食の準備に現れない白羽と、朝のお参りに参加しない黒羽を心配した世界が階段を上っていたのだった。二人が気が付いた時には、ドアのノブが回っていた。
その日、学校に二人は遅刻した。
浩二たちは欠席だったものの、一斉ラインで無事の連絡があった。朝になってからそれぞれの家で発見されたと。黒羽が知るのは後日なのだが、みんな行方不明時の記憶は無かった。しかも全員が派手におねしょをしていたそうだ。禁足地に放った分に利子を付けて返されたのかもしれない。白羽には、とんだとばっちりだった。
西の空が茜に染まる。夕暮れが近い。飛ぶように階段を上がる黒羽を世界が追いかける。二人は出水御屋の頂上へ向かっていた。話をしたいと黒羽が呼び出したのだ。なぜここなのか、世界は聞かなかった。しかし見当は付いていたのだろう。黒羽の問いには驚かなかった。
「白羽がおねしょしたのはここのせいだろう?」
その白羽は寿々目とデートらしい。
「どんな御託を掛けたのか俺は知らないけど、おそらくそうなんだろうね」
「白羽と無限さんを封じてるのは世界か? 同じ託宣場だった」
「そうだよ」
世界はあっさりと認めた。二人は境内に着いた。世界は林の上を指した。
「秋祭りの日だね。見えたのかな? この一帯に俺の結界がある」
「うん。結界に入ったら俺にも見えた。麓の祠は関係ないのか?」
「いいや。上まで来なくても託宣場の効き目を継続させる為にやってるんだ。二人分ね。無限は簡単に封じられたけど、白羽はやっぱり手ごわいな」
「やっぱり強いんだ? 一旦は破ったもんな」
体力を使いきって寝落ちしてしまったが。
「忍は普通の現人だけど、透子さんが古人の血筋だって聞いた。産む人によって力に差が出るって、通りすがりの古人が言ってたよ」
「誰だよ」
世界は苦笑した。
「モーモの余計なお世話のせいでお付き合いが広がったのかな? でもその通りだよ。俺と白羽の場合は、母親が力の差になってるんだ。白羽は俺には勝てないんだよ。でも完全には抑えられないみたいだ。それにまさか黒羽に活性能力があるなんてね」
「二人で無敵になるんだよ」
「その通りだね。無限相手にやり合ったんだろう?」
「うん。でも白羽は気絶してたから見てない。無限さんがいたって言えなかった...。どうして閉じ込めたんだ? 父親だろう?」
「母の魂を奪って現人になったんだよ。それでもさらに子供が欲しくて二人も後妻をもらったんだ」
こんな話をごめん、と世界は寂し気に笑う。黒羽は首を傾げた。
「そこまでして何で子供が欲しかったのかなあ。でもさ」
と一転して表情を引き締めた。
「俺にはずっと謎だったんだ。忍は思いこんだら一直線の人なんだ。それが出て行くって決めたのに、どうしてタネ違いの子供を作るような真似をしたんだか。なあ世界。もしかして...俺が勝手に思っただけなんだけど...無限さんのせいじゃないのか? 託宣を」
「そこまでだよ」
世界は指を黒羽の唇に当てた。
「この話は白羽には絶対に聞かせられない。俺も子供の頃は不思議だったんだ」
真理も忍も、来た当初は父と笑顔で話していた。それがだんだんと口数が減り、家に冷たい雰囲気が満ちる。
忍と無限の最後の言い合いは、世界が八歳の時だった。リビングでの怒鳴り声を階段の途中で隠れるように聞いていた。内容はあまり覚えていない。託宣が光った。その意味は、その時は分からなかった。話し声が低くなった。その場にいてはいけない。そう感じた。そしてその後、世界は託宣が使えないし、見えなくなった。忍はいなくなり、弟たちが生まれたと父から聞いた。
「高校生になって俺に恋人ができたんだ。それであの託宣の後の意味が理解できたんだ。どんな理由があってもダメだよ。人の気持ちを託宣で......」
世界は苦し気にため息をついて横を向いた。
(まさか世界は、親のそういう場面を見ちまったんじゃ...)
黒羽はそう思ったが、口にはできなかった。確かに白羽には言えない。生まれた経緯が忍にしたら無理やりの行為なのだ。それを知って無限を封じた。そして小学生になっていた二人の元へ通い始めたのだ。
世界は悪い物でも吐き出すように続けた。
「しかも俺を封じてたんだ。どういうつもりだか...。でも俺の方が強いんでね。無限の封印を解くのは簡単だった。逆に封じてやったんだ。それで周囲の古人に怖がられている。実の父親さえ時間のない場所に閉じ込めた奴だとね」
「みんな世界に会いに来るじゃないか。ほら新月の集まり」
「ずっと前からだよ。母さんが女将の頃もね。習慣なんだ。俺に会いに来るわけじゃない」
眩い茜色から顔を背けた。
「俺はそういう闇落ちした奴なんだ。少しでも良い兄貴面しようとしたなんてお笑い草だな。二人とも出て行っていいよ。生活は今まで通り面倒を見る」
「今更かよ。放り出すくらいなら最初から手を掴むな」
黒羽は世界の前に回りこんだ。尚もそっぽを向こうとするので両腕を掴んだ。
「俺は放さない。その闇を俺がもらう。何たって黒い羽だぞ。闇は得意だ。世界、あんたはキレイだ。何度だって言う。好きだ」
反応がない。腕ごと体を強く揺する。
「縛るから辛いなら...。無限さんも白羽も、あんた自身も全部解放しちまえ。俺には託宣が効かないから安心しろ。一生そばにいてやる」
「クサいセリフだなあ...」
「何だよ、本気だよ!」
まるでプロポーズだ。九歳も年下の高校生に気障な告白をされてしまった。世界は眉をしかめた。笑いたいような、泣きたいような。自分でも自らを縛っているのだろうか。
無限を閉じ込めて以降は、結界維持をするだけだ。他に託宣を使っていない。最強の託宣使いは脅威だからだ。万が一にでも過ちを犯したくない。しかしその代わりをモーモがやってくれる。彼もまた世界を甘えさせてくれる家族だった。
(俺って意外とシアワセなのか...?)
考え込んでいるうちに黒羽の顔が近づいていた。夕焼けに包まれる。黒羽は世界の背中に回した腕に思い切り力を込めた。首元に顔をうずめる。
「ああ...気持ちいい。いい匂い。世界、大好きだ」
両側にだらりと下げていた腕を上げた。世界も黒羽をそっと抱きしめる。頬を黒髪に乗せた。二人の温もりが一つに溶け合う感じがする。かつてこれほど真摯に想いを告げてくれた存在があっただろうか。心の氷が少し溶けてていくようだ。
しかし、すぐに世界は黒羽の肩を押しやった。
「黒羽...これだけで?」
「わ、悪いか! 若いんだ! 情熱いっぱい!」
黒羽は真っ赤になった。Tシャツの裾を掴んで思いっきり下げた。
「まあまあ。青少年の健全な」
「聞いた! ソレ聞いたから! ちゃんと発達してるから!」
世界は笑って黒羽から離れた。
「確認するのはここでじゃないな」
「え、それって」
どれだけ発達しているのか確認してくれるって事か。それは告白を受け入れてくれたのか。口をぱくぱくさせる黒羽とは対照的に、世界はもうすっかり自分のペースを取り戻したようだ。いつもの穏やかな表情に戻った。
「白羽の力は白羽の物だ。折を見て解放しないとね。寿々目との関わりがどうなるか心配だけど」
世界はもう石段を下り始めた。黒羽はその背を急いで追う。
「無限さんは?」
「まだ許さない!」
狭い段で二人が並ぶ。世界の唇がむっと歪んだ。
「白羽におねしょなんかさせて! 布団やマットのクリーニングが大変だったろう?」
禁忌の場所へ放り込み、何らかのペナルティを与えて戻す。そんな目に合う方はたまったものじゃない。しかも父親にその役割をさせているのは息子だ。穿った見方をすれば、おねしょの遠因は世界にある。黒羽と白羽が母を忍と言うように、世界も父を呼び捨てだ。
(闇かあ...)
黒羽は改めて世界を見上げた。髪が赤茶色に染まって輝く。どこか遠くを見つめる瞳は儚げだ。夕焼けが体の輪郭線を包む。いつも世界は光をまとって現れた。彼はいつでも黒羽の希望の姿だった。しかし、今の世界はすぐにでも消え入りそうな脆さだ。
黒羽はそっと手を伸ばす。指をからめた。びく、と反応があったものの、振りほどきはしなかった。
「なあ世界、手を繋いでいい?」
「もうしているじゃないか。一人じゃ階段を下りるのが怖いのかな?」
「逆だ。俺が世界を一人にしたくねえの!」
岩山が『いでみず』に影を落とす。御屋もまもなく夜の帳に包まれるだろう。すべてが漆黒の闇に染まったとしても朝は来る。そして闇を払うのだ。
黒羽は、絡んだままの世界の手を持ち上げた。指に口づけする。そして繋いだ手を大きく振りながら彼らの家に向かった。
お読みいただきありがとうございます。
今回で一旦の区切りとなります。
でも、無限と世界の親子の確執がこのままとは思えないし、白羽が真実を知ったらどうなっちゃうのか、黒羽の父親は…とさまざま書き残しですね。
いつか機会があれば書いてみたいと思います。




