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御託を並べろ! 父親の違う双子は人外さんと親交を深めて愛される?  作者: あべ舞野


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4/5

その4 にぎやかな人が来た、できればお互い会いたくなかったね。

思いやりの方向を間違えて、こうなっちゃいました

 雲行きが怪しい日曜日だ。昼食後にお出かけだ。行き先をはっきりと告げられないままに、白羽(しらは)黒羽(くろは)世界(せかい)に連れられて出かけた。学校の制服着用だ。県庁所在地の大きなターミナル駅近くだ。三人が足を踏み入れたのは、中でも高級といわれるホテルのロビーだった。チリが一つもない大理石の白い床に、スニーカーのゴム底がこすれて音を立てる。高い天井に声が響きそうだ。白羽が軽くあ、あ、と子供のように声を出すが、ふかふかの絨毯に吸い込まれて消えた。

 世界もスーツだ。濃いベージュ色なのは、友人の結婚式用らしい。仕事柄なのか、彼もあまりスーツは持っていないそうだ。

 ロビーの隅に喫茶コーナーがある。そこにいるのは休日にも関わらずビジネススーツ姿でコーヒーを飲んでいたりする。ゆったりしたテンポの音楽が流れ、優雅な午後のひと時だった。

 興味深く周囲を見渡す白羽と違い、人見知りならぬ場所見知りとでもいうのか、黒羽は殆ど喋らない。ポケットに手を突っ込んでいる。白羽が何度目かの質問をした。

「兄さん、俺たちはお茶をするんだっけ?」

「まあね」

 装飾の華美な壁時計がまもなく二時を示す。ロビーを急ぎ足でやって来たのは潤間拓也(うるまたくや)だ。三人を見つけると、さらに足の運びが速くなった。

出水(いでみず)さん、わざわざありがとう」

「こちらこそよろしく」

 彼は双子を見下ろして微笑んだ。

「白羽君、初めまして。ちょっとだけ顔を合わせたかな。潤間拓也だよ」

 白羽は無言で軽く会釈した。自分よりも少し小さい弟の後ろに隠れるように一歩下がった。黒羽に至っては目も合わさない。誰だろう、という警戒心が顔に出ている。この二人は子供っぽいというか、見知らぬ人への猜疑心が少し強いようだ。世界は苦笑した。

「ご存じの通りなので」

「分かっているよ。勝手を言って申し訳なかった」

 彼は柔和に微笑んだ。

「黒羽君はこの間会ったよね。本当に聞いた事はないのかな?」

 黒羽がやっと目を上げた。最初の根回しと、サプライズ的な顔合わせ。自分の父にしては若すぎる。それなら答は一つだ。

「無い。忍の再婚相手か?」

 それから世界に言った。

「最初に言えよ。会いに来るかどうか、俺たちに決めさせろ」

 拓也が急いで手を振った。

「出水さんのせいじゃない。俺が内緒でって頼んだんだよ。ちゃんと会ってみたかった。事情は全部知っているよ」

「それで母ちゃんと結婚か? チャレンジャーだな」

 黒羽の警戒が少し薄れたようだ。立ち話も何だし、と四人は喫茶スペースに移動した。双子はメニューの値段に目を丸くしている。甘いものを勧める拓也の申し出を断った。結局は四人ともコーヒーを頼んだ。

 拓也は三十八歳で保険会社の支社長をしているそうだ。忍の勤務先である。

「あのはっきりして物怖じしない性格が好きでね。俺はわりと失敗のないコースを歩いてきたんだけど、忍ちゃんはぶっ壊してくる。そこが魅力なんだ。それで結婚するなら、すべてを受け入れようと思ったんだ」

 服や靴のチョイスといい、顔合わせにホテルを選ぶあたり拓也の育ちは良さそうだ。

 白羽と黒羽ならず、世界も複雑な顔で聞いている。事情を知った上で結婚する自分にどこか酔っているようでもある。店に来た時の彼は、忍と子供たちの繋がりを完全には断ち切りたくないと言った。世界もそう思う。だからまず子供たちとの顔合わせがしたいと望む拓也の誘いに乗って二人を連れて来たのだ。

(もっと潤間さんの人となりを知ってから会わせるべきだったか)

 世界の頭の中は、どうやってこの会合を切り上げるかに切り替えられた。白羽と黒羽も会話には乗っていない。運ばれた飲み物にも手つかずだ。

 拓也が腕時計に目を落とした。

「そろそろかな?」

 二時半だ。喫茶室の出入口で悲鳴が上がった。

「ちょっと! 拓ちゃん! 何をしてんのよ!」

 その場の全員の視線が集中した。ピンクのスーツにボックススカート。ほっそりした足にコーディネートした色のパンプス。茶色のキレイなカールとばっちりメイク。ローズレッドの唇が叫ぶ。双子の母で旧姓海渡、現在の苗字は潤間の忍だった。拓也がすぐに立ち上がった。白羽と黒羽は振り返ったままで口をぽかんと開けた。世界も怪訝そうな表情だ。どうやら忍が来るとは聞いていなかったらしい。

 彼女は鍋同士を叩きつけるような声で叫んだ。

「勝手な事しないで! 誰が会いたいなんて言ったの? それとも、そいつらが金でもたかりに来たの?」

「そんなはず無いだろう。出水さんに連れて来てって頼んだ。俺が会いたいって」

「じゃあ何で私まで呼ぶの! 私は真っ平、二度と顔も見たくなかった! こいつらのせいで私は! それなのに一体なんのつもりよ」

 ホテルのスタッフが数人歩み寄る。静かに二人に声をかけた。拓也が忍の背中を抱くようにして、彼らはその場を離れた。出入り口とは反対に歩き始める。

 客たちは何事も無かったように歓談を再開した。このような場所にいるのは、やじうま根性などない方々ばかりなのかもしれない。残された三人に、喫茶室のウエイターが歩み寄った。初老の男性だ。

「よろしければ別室をご用意いたします。お飲み物もお持ちしますよ」

 テーブルにはそのままのカップが乗っている。要は騒ぎを起こすなら別の場所にどうぞ、居心地が悪いでしょう...という事だ。世界は首を振った。

「お騒がせしてすみません。帰ります。代金はあちらに」

「かしこまりました」

 それから世界は二人の肩にそれぞれ手を掛けた。

「帰ろう。すまなかった」

 二人は戸惑った表情で立ち上がった。突然の再会に面食らったものの、母が恋しいわけではない。家ではあんな感じで怒鳴っていたものだ。今更だ。

 白羽が言った。

「潤間さんって言ったっけ? チャレンジャーというよりは猛獣使いかな? 忍は相変わらずだね」

「だな。ホテルの対応も慣れたもんだよな」

 忍のあの態度はよくある事だったのか。母親を名前で呼び捨てる。親子の関係がそこに見てとれる。そのせいか、二人は今の騒ぎにまるで堪えていない様子だ。それだけが世界には救いだった。はあ、と軽く息が漏れた。

 黒羽が世界に尋ねた。

「俺ら、ただ飲みじゃね?」

「いいんだ。潤間さんに払ってもらおう。迷惑料だよ」

 ホテルを出るなり、世界はネクタイを緩めた。

「本当に悪かった。潤間さんだけと聞いていたんだ。忍さんまで来るとはね」

 しかもわざと三十分遅れを指定したようだ。その間に双子と少しでも良い雰囲気を作って彼女を迎えようとしたのだろうか。忍への気配りも間違った方向だし、子供たちの気持ちへの配慮もない。身なりも良いし、きちんとした人なのだろうと判断して連れて来た世界のミスだ。しかし二人とも誰も責めない。

(大人なんてこんなものって思ってるんだろうな)

 世界の心が改めて痛む。彼の母の透子は若くして亡くなった。記憶は一切ない。後妻の真理は優しくて大人しかった。生活の面倒を見てはくれたが、やはり他人だ。関わりは薄くて思いっきり甘えた事はない。親をよく知らないのは彼も同じだ。

(俺はちゃんと二人の面倒を見てるのか?)

 と、かなり不安になった世界だった。

 だが白羽はけろっとしたものだ。

「これからもう予定はないよね? だったら俺は帰るね。寿々目の所に行こうっと。あ、晩ご飯も食べて来ていい?」

 相手は自営業だ。世界はそこが気になった。

「日曜だよ。営業してるんじゃないか?」

「俺は奥の部屋。寿々目が見える場所にいるんだよ。お客がいなければおしゃべりするんだ」

「そうか。じゃああまり遅くならないようにね」

「了解!」

 スキップしそうな勢いで白羽が去ってしまった。世界はまたため息をついた。

「やれやれ。まあ仲良くしてるならいいけどね」

 二人はぶらぶらと駅に向かって歩き始めた。黒羽は顎が胸に付きそうなほど俯いている。ホテルの出来事にやはり落ち込んでいるかと思いきや、違う言葉が出て来た。

「白羽は寿々目が一番になったんだな。俺...もう誰の一番でもなくなっちまった」

 母はあの通りだし、世界には相手にしてもらえない。世界は黒羽の頭をぽんぽん叩いた。

「黒羽にとって白羽は一番? じゃあ俺は何番?」

 あ、と黒羽は顔を上げた。優しい目とぶつかる。

「一番なんて決められないし、大事な人がたくさん居るのは良い事だよね」

「うん...」

 ぽつ、と地面に雨粒が落ちた。世界が言った。

「雨宿りでもしようか。コーヒーを飲みかけでやめただろう? もう一度飲まないかい?」

 黒羽の顔が明るくなった。

「うん! でももっと気楽な場所がいいな」

「実は俺もだ」

 二人は笑いあい、一番近いチェーンのコーヒーショップに入ったのだった。

 降り出した雨のせいか、客席は少し混雑している。声があちこちで響き、おかげで二人の話も他には聞こえ無さそうだ。窓に面したカウンター席に並んで座った。雨が流れ落ちるガラスに、少し困った様子の自分が映る。黒羽は大きく息を吸ってから世界に声を掛けた。

「世界の母ちゃんってどんな人だったんだろうな。透子さんだっけ」

「うん。可愛らしくて芯の強い人だったって。常連さんが教えてくれた」

「後妻さんは?」

「真理さん? 小さい頃は覚えてよく覚えてないけど、高校生の時に世話になった。優しい人だよ」

 世界が小学校に入る前に出て行った。元夫の子供の面倒を見る義理はない。それにも関わらず、無限の失踪後は顔を出してくれたのだ。

「うん、良い人だな。忍はとにかく、三人も嫁さんもらえたんだ。イイ男なんだろうな、無限さん」

「どうかな。忍さんだって明るい世話好きの人だった。父はそんな女性たちの気持ちにつけこんで」

 世界の表情が曇った。しかしすぐに小さく首を振る。

「たった一人と添い遂げるというのも素敵だと思うよ」

 ガラスに映る世界はいつも通りだ。何かの感情を読み取れない。黒羽は足を横に滑らせた。世界の横にぴったりと寄り添わせる。ぴく、と反応したようだ。しかし離れはしなかった。

(世界は一体何人と付き合ったんだろう?)

 聞きたい、聞きたくない。相反する想いがこみ上げる。

「世界はその一人がまだ見つかってないんだな。俺じゃダメ?」

 返事に間があった。

「黒羽は俺の弟だよ。兄さんって呼んでくれ」

「嫌だ」

 逃げようとする温もりを追いかけた。まだ感じていたい。再び膝から下が密着した。しばらくして世界が口を開いた。

「ところで、モーモから古人(いにしえびと)の話を聞いたんだって?」

「うん。前の新月の晩。寿々目避け用だって古人(いにしえびと)が見えるようにしてくれた時だ」

「余計な事を...。他にもあるんじゃないか?」

 怒っている様子はない。世界はじっと黒羽の言葉を待っている。黒羽は覚悟を決めた。モーモに聞いた話を伝え、計良との出会いも話した。さすがに子種云々はやめたし、世界が水の無限の息子という所には触れなかった。話したのは古人(いにしえびと)現人(あらひと)の子供の事や魂のやり取りについてだ。

「ふうん」

 世界はそう呟いただけだった。自分からは何も言ってくれない。寿々目と計良は揃って『世界は怖い』と言う。だが黒羽にはそう思えない。端正な横顔は、いつもどこか哀しそうだ。冷たそうなその頬に手を当てて包みたい。その衝動を抑えるのに必死だった。

 雨はまだやみそうにない。

 一方の潤間夫妻は、ロビーの反対側へ誘導された。通されたのは、短い廊下の先にある部屋だ。ソファとテレビがあるだけであまり大きくはない。だが壁には絵が掛けられ、内装はシックにまとめられている。応接室や休憩室という感じだ。

 忍はもう叫んでいない。すすり泣きに変わった。拓也は彼女に寄り添って座った。ここまで連れて来た女性スタッフがにこやかながらも事務的な声を掛ける。

「お飲み物をお持ちしましょうか?」

「お願いします。彼女にはオレンジジュースを」

 かしこまりました、とドアが閉まる。忍の背中をさすっているうちに、飲み物が届いた。拓也の分は飲みかけではなくて新しく淹れたコーヒーだった。添えられた伝票には、先に帰った三人分が乗っている。奢るつもりだったので、これにはむしろほっとした拓也だった。

 スタッフが去った。二人きりだ。忍の鼻をすする音だけがしている。

「ごめん。驚いた? 俺と子供たちが打ち解けたのを見たら、忍ちゃんの気持ちが少しは楽になるかと思って」

「余計なお世話よ! 放っておいてよ!」

 拓也の手を振り払う。全身がふるふる震えた。両手で顔を覆う。

「どうしても分からないの。何であんな事になったのか。もう無限と別れるつもりだったのに、何で」

 わずか二日の間に、二人と体を重ねてしまった。

「白羽がいたから、彼と結婚できなかった。黒羽がいたから、実家にも居られない。浮気女って嗤われて!」

 白羽は別れると言ったはずの夫の子供。黒羽は夫以外の子供。それが同時に産まれてしまった。彼氏は認知さえせずに消えた。出水家に戻るつもりは毛頭ない。それならば一人で育てるしかない。

「二人ともしっかり育てるつもりだったのに。自分が産んだのに。ちっとも可愛いって思えなかった。居るだけで腹が立つ! やっと手放せたと思ったのに! この馬鹿!」

 両方の拳の雨を拓也に振らせる。

「ごめん...でも子供たちと...和解できたらって」

「できっこない。きっと私を恨んでる。さっきもまるで他人を見るような...親に向ける目じゃなかった! 本当に可愛げがないのよ! 邪魔ばっかりして! 鬱陶しくて!」

 悪口を言いながらも、忍は苦し気だ。自分の心を保つには、子供たちを悪者にするしかない。彼女もまた追い詰められて苦しんでいたのだ。自覚はないが、双子にも拓也にも八つ当たりだ。拓也はただ忍を抱きしめていた。

 ひとしきり泣いた後、ようやく忍は顔を上げた。バッグからコンパクトミラーを取り出して眺める。瞼が多少腫れたものの、化粧はさほど崩れていない。

「まだ夏仕様のウォータープルーフなの。こんなに泣かされるなんて思ってなかったから良かったわ」

 まつ毛をつつく指はわずかに震えている。強がりを言っても、やはり心は大きく揺さぶられていたのだ。

「ごめん...ごめん忍ちゃん」

 謝るばかりの拓也は、そんな忍を愛おしそうに眺めていた。

 問題だらけだがシングルマザーとして二人の子供を育てあげた。飲食業から畑違いの保険の営業として働き続けた。会社と顧客の評判は決して悪くはない。彼女の努力の結果だ。それでも子供たちは忍と離れてしまった。

 しかし彼女は必死に一人で立とうとしている。今は乱れた姿を見せたものの、懸命にいつも通りにふるまおうとしているのだ。強さに隠そうとする弱さ。それを自分だけに見せてくれる。そんな彼女を拓也は愛している。

「美味しいわ。私の好みを知っているのね。そこは褒めてあげる」

 ジュースを口に含んで微笑む。拓也もまた、冷めたコーヒーを手にして笑った。

「褒められたか。本当にごめん」

「もういい! 今日は良いレストランで拓ちゃんの奢りよ」

 彼女がそう言うなら決まりだ。拓也は彼女の肩に腕を回す。雨音が優しく二人を包んで流れた。



 

 いつもは暗くて静かな岩山だ。この日ばかりは麓から頂上まで赤い提灯で彩られ、祭囃子も岩肌に反響する。太陽はもう西の地平に隠れて提灯の赤が眩い。

 黒羽はクラスメイトと連れ立って麓にいた。こちらは店と反対方向だ。駅から離れているものの、新興住宅地だ。肩が触れあうくらい人出がある。小さな臨時の舞台も作られて、何やら奉納の舞が始まったようだ。

 浩二の他に、約束通りに杉山太一と山吹祐樹がいる。四人ともゆったりした邦楽と舞にはあまり興味がない。ずらりと並ぶ屋台をのんびり冷やかしていた。

 白羽は寿々目と待ち合わせにでかけた。まだ祭り会場では会っていない。

 地元の青年会のテントがある。そこに世界がいた。何の計算だか、書類に目を落として電卓を叩いている。黒羽に気が付いて笑顔になった。連れのクラスメイトにも軽く会釈する。

「楽しんでおいで。あ、御屋の上にはトイレが無いから、入って行った方がいいよ」

 山とはいえ、ちょっとした丘ぐらいだ。せいぜい四階の建物と同じくらいか。

「降りればいいんだろう?」

 世界は黒羽を手招きした。小声で尋ねる。

「大丈夫? 山が怖いとか無い?」

「そりゃ白羽だ。俺は平気」

「禁足地があるから入らないようにね」

「うん。モーモにも言われたな。目印があるのか?」

 家を出る前だ。モーモは人が多くてうるさいから、と家でお留守番だ。出かける間際に声を掛けられた。

『禁足地に近づくなよ。次元がずれている場所がある。吸い込まれたら厄介だからな』

 お節介だなあ、と世界は苦笑した。

「立札があるよ。そこを越えなければ大丈夫。じゃあ気を付けて」

 そして仕事に戻った。

 参道の入口は一か所だ。そこに立て看板がある。出水御屋縁起(えんぎ)が紹介されている。しかし字だけで、カラフルな挿絵があるわけではない。立ち止まる人はいない。黒羽はちらっと眼をやったが、浩二たちに呼ばれて通り過ぎた。

 黒羽たちは岩山に向かった。店から見ると、垂直に近いような山肌なのだが、こちら側は傾斜が穏やかだ。草木も生い茂る。少し急な階段が彫られて、登れるようになっていた。道は一本だ。やっとすれ違えるような幅だ。提灯の他にも、一定間隔で街灯があって明るい。手すりを掴みながら、譲り合って通行だ。

 階段の途中には踊り場のように広場がある。小さなベンチがあり、ここにも出店があった。

 太一は黒羽よりも唯一背が低い。息を切らせている。やたらペットボトルに口を当てていた。そして屋台でもコーラを買った。から揚げとフランクフルトももう腹の中だ。

 浩二がさすがに心配そうだ。

「お前は食べすぎじゃね?」

「平気。背を伸ばすにはやっぱり栄養が必要なんだよ。なあ黒羽」

「一緒にするな」

 やがて頂上に到着した。白い玉砂利が敷かれている。周囲に高い建物や山が無いため、見晴らしがいい。境内の奥は小さいながらも鬱蒼とした林だ。そこだけ闇だ。正式な神社ではないので鳥居はない。二本の赤い柱の間にしめ縄が張ってあるだけだ。そこから先に屋台はない。小さな社と、ささやかな賽銭箱がある。

 黒羽は両腕を回した。肩が何となく重い。いつも部屋で感じている威圧感が強い。社に近寄ってみた。扉は閉まったままだ。禁足地には背後の林の前に立札があるだけだ。ロープなどはない。禁足地とは、限られた人物しか入れないか、或いは一切の立ち入りを禁じられた場所だ。また逆に中から出てはいけないという意味で使われる場合もある。

(吸い込まれたら大変だって、どうなるんだろう?)

 近づいたら感じるのは恐怖ではなかった。マイナスの感情には違いないのだが、それに何と名付けたらいいのだろう。

 他の三人は社の探索をする黒羽を置き去りに、屋台の横で協議中だった。やはり太一が飲みすぎた。催してしまったようだ。トイレは一度降りなくてはならない。

「我慢できないよ~」

 太一は黒羽の方に来た。

「もう無理。やっちまうわ」

 人気のない場所といえば、境内では社の後ろの暗がりだけだ。

「いや待て。立ち入り禁止だろう」

「分かってるけどさ~」

 太一はずかずかと札の横を通り過ぎ、禁足地へ足を踏み入れた。祐樹と浩二も続く。

「俺たちも付き合う」

「待てよ。やばいかも」

 止める黒羽に祐樹が笑う。黒羽の胸を軽く突いた。

「本当に変わったよな。立ち入り禁止札とか気にするようになったんだ。肥しをやるだけだよ」

 浩二も言った。

「すぐに戻るから。お前は?」

「行かねえ」

 ため息まじりで三人を見送った。白っぽい背中が闇に解けた。すぐに水音が響く。なかなかやまない。まるでせせらぎのような、滝のような。三人がかりとはいえ長すぎるし、量も多い。

(おかしい)

 黒羽も札を越えた。彼らが消えた方向へ足を踏み出す。誰もいない。しかし水音は途切れない。

「おい! 浩二! 太一! 祐樹!」

 返事がない。さらに数歩進んだ。体内に風が吹く。託宣場だ。目の前に水のカーテンが広がった。

(引き込まれる? 逃げる? いや)

 三人の行方を確認しなくては。そう思って言葉を発しなかった。すると、後ろにぐいと引かれた。一瞬『土』を感じる。黒羽の体は軽々と飛び、社の前に投げ出された。玉砂利が弾ける。

「いてぇ!」

 一人で転んでいるように見えただろう。誰も黒羽に注意を向けなかった。禁足地を窺う。もう一度、そっと林に足を踏み入れた。暗い林が広がるだけだ。彼らにスマホで連絡を入れてみた。しかし返信はない。念の為にライトを点けて周囲を照らしてみた。人影はなく、もはや水音もやんだ。

(人を引き込む託宣場があったのか? でも俺は弾かれた、と。助けてくれたのか)

 はっきりと見えなかったが『土』はモーモだ。何度か感じた気配の風だった。

 もしかして彼らは林の横から境内に出たかもしれない。一応は探してみる事にした。参道は一本だけだ。屋台も全て見ながら降りた。階段の途中から広場も見渡してみたが、三人は見当たらない。代わりに寿々目を見つけた。赤い幻姿はよく目立つ。腕を組んでいるのが白羽なのがちょっと忌々しいが仕方ない。彼らめがけて駆け降りた。

「白羽! フラミンゴ!」

「デートの邪魔をしないでよ」

 寿々目がぷんと頬を膨らませる。体が丸いし、顔もそうなると確かに丸まるとした雀を彷彿とさせる...かもしれない。『全身オッパイ』を思い出してちょっと笑いそうになった。

「アンタ、まさか何か妄想してる?」

 黒羽の視線に良からぬ物を感じた寿々目を無視だ。白羽に尋ねた。

「浩二たちを見なかったか? はぐれた」

「メッセージ送ってみた?」

「ああ。反応がない」

 寿々目が白羽から手を離した。両手を胸の前で揃えて振る。その先には品の良い婦人がいる。常連客のようだ。

「ちょっとご挨拶ね」

 かりそめといえ、きっちりと商売人の顔になった。いそいそとそちらへ駆け寄る。それを横目に黒羽が尋ねた。

「白羽、山に来て平気か?」

「う~ん。やっぱりちょっと体が重いんだよね」

 すぐそばに縁起の立て看板がある。改めて目をやった黒羽は、今度はきちんと読む羽目になった。出水姫の事だからだ。

 ......かつてこの地域の水を司る龍がいて出水姫と呼ばれていた。人間の男性に懸想して嫁になった。二人は子を成し、仲良く過ごした。そして男が死した後、哀しんだ姫は彼と共に天に昇った。二人が一緒に過ごした場所を出水御屋として現在まで祀る......

 現人(あらひと)として子供を作り、一緒に別の世界に旅立つ。まさに計良から聞いた話だ。彼らの子供たちはどうなったのだろう。

「白羽。この話って知ってたか?」

「うん。出水家はこの姫の末裔で、兄さんは『水の無限』の息子だって」

「ええええ? 知ってたのか!」

「寿々目が普通に教えてくれたよ。それで兄さんはすごい力を持ってるって」

「う。何で教えてくれなかったんだよ」

「だって計良って古人に聞いたんだろう?」

 計良は寿々目に、黒羽との話をどれだけ伝えたのか。会話の内容が全て筒抜けらしい。古人同士のコミュニティがあるようだ。

 白羽は岩山を見上げた。

「それを聞いてから、そんなに怖くなくなったんだ。俺たちに繋がる縁のある場所なんだからね」

 世界と白羽の祖先だ。だが返事をしない黒羽の心を見透かしたのか、念を押すように言った。

「俺たちの、ね。ここで暮らすようになったのも何かの導きかも...なんてね。それに俺の力だけど、兄さんが封じてるそうだね」

「それも聞いたのか」

「うん。何でだか知らないけどさ、なくてもいいよ。今まで困った事なんかないし。そもそも」

 白羽は遠くの寿々目をちらっと見た。また岩山に目を戻す。

「俺、今とっても幸せなんだ」

 清潔な住居と衣服、充分な食物。そして迎えてくれる家族と恋人。もう充分。これ以上は望まないのだ。泣き虫で素直で可愛らしい彼らしい。黒羽にとっては最愛で無二の兄だ。

「寿々目は見る目があったな」

「何を言ってんの?」

「それはとにかく」

 黒羽は顔を引き締めた。

「浩二たちが禁足地で見当たらなくなった」

 境内での出来事を話した。

「俺は立ちション現場から離れてたんだ。近づいたら一緒に引き込まれそうになった」

「う~ん...。心配だね。兄さんに言う?」

「ううう~ん...」

 寿々目はまだ話している。ちょっと行ってみよう、と二人は階段を上がった。その途中でもやはり浩二たちとは会えなかった。

 しんとした社の裏へ進む。白羽がこめかみを抑えた。

「水の音がすごい。滝みたいだ」

「俺には聞こえないけど...。やっぱりやめとくか」

「うん。ちょっと見て来てもいいけど、後は兄さんかモーモに任せようよ」

 林に足を踏み入れた。白羽は顔をしかめた。頭を軽く叩き、首を振る。

「近づくだけなら平気なんだよ。託宣場を意識すると、ぐっと体が重くなる。歩こうとすると重りを付けられるみたい。見ようとすると無理やり瞼を下げられるとか、そんな感じなんだ。今もとても全身が重い。でも...無理やり頑張れば見える。ほら、水のカーテンがある」

 黒羽には何も見えない。ただ風をかすかに感じる。こちらに向けての託宣ではなさそうだ。

「御託が通った後があるよ」

 白羽が指で示した。水のカーテンに向かって、三本の青い光が残っているらしい。浩二たちはやはり飲み込まれたようだ。

「よし分かった。行くぞ。立ちションしてみるか」

 黒羽はすっかりその気になってしまったようだ。

「やめてよ!」

「じゃあ正攻法でいく。白羽、通れるか? やってみろよ。この辺か?」

 腕を掴んで前まで連行される。

「やらせるのか...」

 白羽はむくれながらもカーテンに手を伸ばした。黒羽が胴体に手を回して掴む。白羽の腕はすっと水の中に入った。ぐいっと引き込まれそうになったが、弾かれるように戻った。煽りをくって二人とも倒れた。白羽の手は濡れていなかった。

「本物の水じゃないんだ。入れないみたいだよ。めちゃくちゃ体が重くなって進めない」

「入るなって事か」

 先ほどは託宣がかかって戻された。入らせたくないからだ。それならば再び侵入しようとすればまた託宣場が来るかもしれない。

「白羽、頑張れ。入れ!」

「無理! 無理無視無理」

 全身で白羽を押した。黒羽には見えないが、半身が水に浸かった。

「やめてやめてやめて怖いよ!」

「浩二たちがどうなってもいいのか! お前はそんなに薄情なヤツか? 太一にもさんざんアイスを奢ってもらっただろうが! 祐樹は...まあ何だか付いて来てたし! 助けろ!」

「だから兄さんに...」

 風が来た。はっきり『土』の印を感じた。やはりモーモだ。黒羽は叫んだ。

「白羽と黒羽はこの向こうへ行くぞ!」

 託宣場が光線と化した。二人を包み、水のカーテンを越えて消えた。

「アイツらは......!」

 家にいたモーモはぷりぷりとしっぽを震わせて怒った。黒羽の部屋のベランダにいたのだ。やはり双子が御屋に行くのは心配だった。だから様子を窺い、一度は助けたのに。モーモの託宣場を利用して、敢えてあちらへ行ってしまったのだ。 

 モーモは耳をぴくぴく動かして世界の気配を探った。麓のテントに世界の姿がない。暗い二階から一階へ降りた。誰もいないので本体のままだ。厨房だけ電気が点いていた。コンロから煙が上がる。世界は一人で焼き鳥を焼いていた。体の周囲に青い靄がまとわりついている。モーモの前に口を開いた。

「中に入ったね。『土』の託宣場だったなあ」

 せっせと手を動かす。串から目を離さない。モーモは素直に白状した。

「黒羽が俺の場を使いやがった」

「みたいだね」

「行ってやらないのか」

「これを焼き上げないと。役員のふるまいで数が足りないって追加を頼まれた。生焼けじゃ持って行けないよ」

 しばらくお互い無言だった。炭に肉汁が落ちる音だけが響く。世界が独り言のように呟いた。

「二人を引き取ったのは...やっぱり間違いだったのかな。...幸せにしてやりたかっただけなんだ...それって俺なんかが傲慢なのかな」

 モーモは猫になった。カウンターに飛び乗る。ごろりと腹を見せて寝転がった。この場所なら、店のどこにいても世界が見えるのだ。

 世界は片手で顔をこすった。モーモが視線を送った。

「泣いてんのか?」

「まさか。煙だよ」

 モーモはごろごろ転がった。

「あの二人なら、よろしくやってるじゃないか。前の家よりよっぽど良い生活してる。何せあの忍の息子たちだ。図太くできてるんだろうよ。あの女、俺の本体を見た途端に掃除機で殴り掛かって来たんだぜ」

「ああ、そうだった」

 声が少し明るくなった。モーモが続ける。

「それにアイツらは二人ボッチじゃなくなった。兄という家族が増えた」

 目を細める。

「お前もな、世界。一人きりじゃなくなった」

「もとから一人じゃない。モーモがいる」

 何かを言おうとしてぐっと口を閉じた。モーモは腹ばいになった。

「おい、泣いてないでがんもどき寄越せ」

 おでんの出汁は何代か続く秘伝の味だ。モーモにとっても透子の思い出だ。

「泣いてないって」

 祭りは岩山の向こうだ。それでも祭囃子がかすかに聞こえる。焼き鳥も良い色になってきた。

お読みいただきありがとうございます。

だんだんと父親の違う双子が生まれた経緯をお見せできているのかなと。

忍と拓也の部屋のシーンは、最初は想定していませんでした。

書き進めて「ん?」となった為に追加しました。忍は悪い人じゃないんですよね。。

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