その3 望んでないけど古人(いにしえびと)と交友関係が広がっちゃうし、世界の出自を知らされるし
白羽の交際は順調のようです。そして黒羽にも新たな出会い、というよりも出会いがしらの事故っぽい遭遇が…。
朝もやが立ち込める。頂上の森は霞んで白い。麓の洞穴に世界の姿があった。入り口に下がるしめ縄の下で水を撒き、小皿に盛られた塩を取り換える。
店の勝手口が開いた。黒羽だ。世界に歩み寄る。いきなりの発熱は一晩でおさまった。すっかりいつも通りだ。
「世界、朝メシできたって」
シリアルをボウルに取り分けたりサラダを盛るくらいの簡単な物だ。料理はまだおぼつかないものの、黒羽と白羽が交代で三人分を用意するようになった。
「なあ。この間、俺がいない間に何を話したんだよ? フラミンゴと公認になっちまったじゃん。御託は解かせたんだよな? モーモは世界に聞けとしか言わないし」
「そうか。穏やかな話し合いで解いてもらったよ? それでお互いが好きならしょうがないね」
「白羽が本気なら...趣味を疑うけどな!」
「御託の事はモーモに聞いたんだね」
世界は店に一歩を踏み出したが、黒羽が腕を掴んで引き止めた。
「ちょっと話いいか。学校から進路希望の紙をもらったんだよ」
「そんな時期だね。夜に聞くよ」
「あんまり白羽に聞かれたくない。俺は高卒で働きたいんだ。調理師免許は学校へ行かなくても、実務経験があれば受験できるって聞いた」
「ここを継いでくれるのかな?」
「一緒に働きたいけど、継ぐなら白羽だろう? 俺は相続権とか無えから、まずは他所で修行かなって考えてる」
白羽と実の兄弟ではある。しかし出水家とは血縁がない。
確かに白羽にはあまり聞かせたくない話だ。きっと彼なら色々と気を回しかねない。世界は首を振り、黒羽の手をそっとはずした。
「ゆっくり話そうよ」
数歩先を行く。白い光に包まれて全身が輝いているようだ。
「世界!」
振り向く両肩に手を置いた。少し背伸びをして唇を押し付けようとした。世界の頬が少し赤くなった。しかし身長差がる。あっさりと黒羽を振り払い、背を向ける。背後から黒羽が抱き付いた。
「きれいだ。好きだ、世界」
絡む腕がかすかに震えている。緊張や不安が入り混じっているようだ。素直な感情が切なくてすぐには振りほどけない。黒羽の熱が肌に伝わる。しかし。ん? と世界は固まった。
「黒羽、勃ってる?」
いきなり直球で聞けてしまうあたりは、やはり成人で兄だからなのか。黒羽はうろたえた。その通りだ。怒鳴るように答えた。
「そうだ! 悪いか!」
「いやいや。青少年が健全に発達しているんだなと思ったんだ」
完全に子供扱いだ。頭をナデナデされてしまった。
世界は黒羽から離れた。さっさと店の勝手口を開ける。カウンターのモーモが横目で見た。
「世界、顔がちょっと赤いぞ」
「そおお?」
もしされたとしても、押し付けるだけの幼いキスだったろう。余裕ある様子を装ったが、むしろ新鮮で可愛らしくて...と様々な感情が渦巻く。唇を指でそっと撫でた。
続いて戻った黒羽は首まで赤い。無言だ。どすどすと足音も荒く居住区へ行く。モーモはごろんと横に寝た。
「ガキが色気づいてんな。告白でもされたか。されたな。お前は好きって言葉に弱いよな」
「そんなこと...うん、そうだね」
世界はため息をついた。
「そう言われると、自分が肯定されるっていうか、必要とされているんだなって思えるんだ」
白羽が顔を出した。呼びに来てくれたのだ。店に残ったモーモは、佐藤義彦を始めとするこれまでの世界の恋愛遍歴を思った。
(好きって言われたら誰でもいいんかい!)
双子との同居は世界にとって良かったのだろうか。生まれた時から成長を見守るモーモは心配だった。
あの岩山は点景だ。市立吟華高校は賑わう都市部の高台にある。高い建物が無いので遠くまで見渡せる。昼休みで行き交う生徒をしり目に、黒羽は廊下の窓にもたれてぼんやりと外を眺める。白羽とはクラスが違う。学校ではさほどつるんではいない。先ほど見かけた時は、友人たちと学食へ向かったようだ。
購買部で買った菓子パンが片手にある。プロテインバーも買った。そちらはポケットだ。もう片手はパック牛乳だ。ストローがぽん、と口からはずれた。
...何だか変な事になってんなあ...
母の再婚から怒涛の日々だった。自分たちが何者なのかさえ今は判然としない。黒羽自身はモーモの言う現人だ。霊力はないはず。古人の言葉どころか、気配さえ分からなかった。それが体内を吹き抜ける風として託宣場を感じる。場を作れないのに、言葉が有効となるようだ。
対して白羽は古人の血筋だ。彼らが見えて話もできる。託宣場も見える時があるらしい。しかし託宣は掛けられない。寿々目と一緒に託宣場が作れるか試してみたそうだが、やはり出来なかったそうだ。
(フラミンゴ野郎め、やっぱり白羽を利用しようとしてんのか?)
そう思わなくもないが、二人の交際は順調そうだ。
(ああ~考えたくない!)
思わず頭を抱えた。ぽん、と背後から肩を叩かれる。同じクラスの槇原浩二だった。
「立ったまま寝てんのかよ。寝る子は育つって言うからなあ、黒羽」
頭一つ目線が上だ。完全に嫌味だ。
「コージか。うるせえ。どいつもこいつも背がどんどん伸びやがって。脳みそ軽いのか」
「やかましいわ。米を立てて食ってみろ。お腹の中で伸びるかも」
小学校からの知り合いだ。軽口を叩きあって笑う。浩二は窓に背を向けて寄りかかった。
「でも何だかほっとしたわ~。お前ら、引っ越ししてからかなりまともになったもんな。スマホも持ったし、まずは清潔になったし」
「はああ?」
しかし自覚はある。風呂に入る頻度が各段に上がった。髪を梳かしてから登校するようになったし、制服にはアイロンがけがしてある。黒羽としては面倒なのだが、白羽がわりとマメに世話をしてくれる上に、世界の目も気になる。きちんと身ぎれいにしようと思う。
持ち物も変わった。新品なのはもちろん、流行りのデザインだ。
「俺の母ちゃんも心配してたんだ。まあ良かったよ」
「世話になったもんなあ。殆どの家が出禁だったのに。日曜日も突撃したら怒られたけど」
「朝の七時だろ? 当たり前だ」
いつも同じ服装で薄汚れている。しつけもあまりよろしくはない。しかも二人。休日でも遊びに来ようとする。出入り禁止になった家は多い。
しかし浩二の家は違った。近所に住んでいたのもあり、ちょくちょく遊びに行っていた。広い浩二の家には子供たちが集まっていたものだ。とはいえ、たまり場とは違う。浩二の母は素行のよろしくない子供には遠慮なく雷を落とす。それでも受け入れてくれる場所だった。
「そういえばまともに引っ越しの挨拶もしてねえや」
「気を遣うな。母ちゃんそういうの苦手っぽいから」
黒羽はまたストローを咥えた。浩二に古人の話をするつもりは毛頭ない。自分でさえ、まだ夢の中のようだ。
「二人とも雰囲気もちょっと変わったよな。穏やかになったっていうか、落ち着いた感じ? 前は下手に絡んだら、白羽は泣くしお前は飛び蹴りくらわすし」
「して欲しいなら今でもするぞ」
「ほらほら。そうやって言葉でかわせるようになった。前はもういきなりだ。友達を辞めなかった俺に感謝しろよ」
「へいへい。感謝感激」
一か月でそれほど変わるのだろうか。世界を思い浮かべると、切なさと温かさが同時に沸き起こる。その気持ちが強くなったかもしれない。白羽の変化は、もちろん寿々目との恋のせいもあるだろう。
「それでどの辺に住んでるんだっけ? ちょっと遠いんだよな?」
黒羽は菓子パンをかじった。あそこ、顎で黒い点の岩山を示す。浩二は伸びあがった。
「ありゃ『出水御屋』じゃん」
「は? いでみず?」
いきなり世界の苗字だ。黒羽はパンを噴き出すところだった。
「うん。出水姫を祀ってあるんだって。母ちゃんの地元で何度か行った事あるぞ。山に神社っぽいのがあるだろう? その近くなんだな」
浩二によると、あの一帯の水を司る神様を祀る場所らしい。出水姫はいわゆる土着の信仰から発生した精霊だ。それで正式な神社ではなく、宮司もいない。清められた場所などを意味する御屋と呼ばれているのはそのせいだ。地元の人々が共同で管理しているそうだ。うろたえる黒羽をしり目に浩二が説明を続ける。
「まだ行ってないのか。山のてっぺんに社と境内があるんだ。年に何回か祭りがあってさ、屋台がたくさん出るんだ。お彼岸...そろそろじゃないか? 久しぶりに行ってみるか。どうだ?」
「ああ...行くか。本当にあそこの近くなんだよ」
二人の男子生徒が通りかかった。杉山太一と山吹祐樹だ。どちらも小学生からの知り合いである。太一が手を振る。
「おう、黒の方。白はさっき学食にいたぞ」
「知ってる」
二人の家庭環境を知っていて友達を続けてくれた連中だ。クラスは違うが、今でも仲は良い。四人で出水御屋の祭りに行くことになった。
予鈴が鳴った。飲み終えたパックを握りつぶす。珍しい苗字は色々あるが、地域性が関係してくる。出水もその一つで、姫と関係がないかもしれない。
(とにかく祭りを楽しもう)
黒羽は気持ちを切り替えた。浩二と一緒に教室へ戻った。
その日の放課後は、バイトの予定だ。校門を出てまもなく川沿いに出る。桜並木の遊歩道を足早に行く。ふとしゃがんでいる姿が目に入った。耳の下で切りそろえた髪の少女で吟華高校の制服だ。しかし輪郭線が少しぼやけて見える。そして同じ姿で並んでうずくまっているのは茶色の甲冑の後ろ姿だ。
くるっと振り返る。瞼のない真っ黒な瞳が黒羽を捕らえた。触覚が額から伸びて顔がとても昆虫っぽい。甲冑かと見えたのは虫のような背中だった。立ち上がった。仮姿は黒羽の肩程度だが、実体は腰程度だ。細い紐をたくさんまとっているような服だ。ウエストを同じ色のヒモで締めている。全体的に色が薄い。そいつが言った。
「眷属? ...ではないな」
「古人か。俺は急ぐんだ。じゃあな」
ぐいっと背中を引かれた。彼女の実体から両腕が伸びている。カマのようだ。
「カマキリかよ。俺を食ったらそりゃ美味いだろうが、用事があるんだよ」
黒羽はポケットから昼に食べ損ねたプロテインバーを出した。袋を開けて彼女の口先へ持って行く。
「これで我慢しろ」
「もらっておく」
仮姿がバーを受け取った。色白で日本人形のようだ。表情はあまり動かない。もくもくとその場で食べる。食べるのは実体だ。カマで器用にバーを抱えてかじる。仮姿の動きがシンクロしている。不思議な感じだ。
「私はお前を食べるつもりはなかった。気になっただけだ。現人..なのか? それにしては『水』が強い。私は計良、『金の計良』。お前の名は」
「教える義理はねえな」
そう言いながらも、けら...? と黒羽は首を傾げてから頷いた。螻蛄という昆虫がいる。モーモは牛で、寿々目は太目のフラミンゴならぬ紅雀。そのように古人は動物に似た姿で現れるようだ。それなら彼女は昆虫の螻蛄だろう。そういえば似ている。計良が言った。
「お前の子種が欲しい」
無言で動きが止まった黒羽に、彼女はもう一度同じ言葉を繰り返す。聞き間違いではないようだ。寿々目の顔が目に浮かぶ。
「はあああ? いや待て。ここで生徒に化けて男を見繕っていたのか? 古人ってそんなに色ボケばかりなのか?」
黒羽の横を同じ学校の女子が通りすぎた。黒羽の勢いにびくっとする。ちらっと二人を見て顔を見合わせた。足取りが速くなる。くすくすっと笑い声がした。
「何アレ?」
「痴話げんかじゃね? ウチの生徒じゃん」
現人には計良の実体は見えない。同じ学校の生徒が交際のもつれで言い合っているように見えたのだろう。
「他の者は知らない」
計良は冷静だ。
「私はしばらく土の中にいた。今出て来たばかりだ。初めて見た女性をもとに仮姿を作ってみた。色ボケとはどういう意味かよく分からないので、そうとも違うとも言えない」
「理屈っぽいな~」
「それで子種をくれるのか?」
「やらねぇよ」
「くれそうな者はいるか?」
「知らねえよ! 何でそんなに現人とヤりたがるんだか」
黒羽に浮かんでいるのはもちろんフラミンゴこと寿々目だ。あちらはオトコ同士ではあるものの、託宣を掛けてまで白羽を手に入れようとしていた。
「ヤるというのが子を成す行為なら、古人は喜んで行うだろう」
「断言かい」
いくら仮姿が美少女でも、あまりに直接的な発言は萎える。黒羽はまた歩き始めた。計良が付いて来る。
「古人と古人は子供がほぼ作れない」
計良は金。同じ属性でないと子供ができないし、古人はそれぞれ姿形が違い過ぎる。そもそも天地の狭間の揺らぎから生み出される意識の塊のような存在だ。次世代へつなげる文化や文明もない。生れ出た時から既に成人で、自然の理を身につけているのだ。寿命や能力も個体による。例外的なのは天狗だ。姿がほぼ一定なので、一族が繁栄しているそうだ。
対して現人は地と同じ物質からできている。つまり木・火・土・金・水の全ての属性を肉体に内包している。だからどの古人とでも子供を成せるのだ。現人が産めば、子もやはり現人だ。ただ全ての属性を持つ上、古人から継いだ一つがより強くなる。そして属性を活性化できる霊力も持つ。
「古人の私が産めば子も古人。お前に迷惑はかからない」
「そうか、じゃあ作りましょう...ってなるか!」
黒羽は走り出した。寿々目が白羽に近づかないように、モーモが古人を見えるようにしてくれたままだった。あの交際問題は一応解決したのだが、託宣はまだ有効だ。見えてしまう。しかし話したのは寿々目以来二人めだ。古人はやはり別の生物なのだ。生きている軸がまるで違う。常識や世界観も。
(眷属だって? 世界と白羽はシアワセなんだろうか)
白羽はまだ知らない事も多いだろう。しかし世界は? なぜいつも少し哀しそうなのか。
(俺がもっと頼もしい大人だったら頼ってくれるのかな)
バイト先は駅前のファストフードだ。もう開始時間が迫っている。黒羽はそのまま駆け続けた。
数時間後。いつもの駅前商店街だ。バイトが終わり、家路を急ぐ。白羽も終わる頃かな...なんて考えていると、路地からふらりと黒い影が現れた。計良だ。仮姿を作っていない。本体の虫っぽい姿だ。体の色はさらに薄い。輪郭線は、時折テレビの映像がぶれるように揺らめいた。
「そこの眷属もどき。ずいぶんと探したぞ。改めて頼みがある」
「もうちっとマシな呼び方ないのかよ。やれねえもんはやれないぞ」
計良は壁にカマの手をかけて体を支えた。肩で息をしている。
「子種はもうあきらめた。せめて少し体力を分けて欲しいのだ。私は飛べるし、土にも潜れるし、泳ぎもできる。ただ飢えに弱い」
「体力って分けられるものか? なあ何か買って来てやるよ」
「人の食べ物は必要ない。本当に少しだけ、エネルギーを千切るだけだ。託宣を掛ける。それで済む」
計良の実体は、本当に螻蛄の顔に近い。まん丸の黒い目からは何を考えているのか読み取れない。しかし具合はかなり悪そうだ。
「頼む。すぐに同意を」
「う~ん。エネルギーねえ。まあいいか」
確かに自分は体力が有り余っている自覚はなる。
ぎらり、と黒い瞳に光が煌めいた。計良がぐわっと口を開く。触覚が後ろに倒れた。
『我、金の計良の名に置いて天地の間に託宣の場を作る』
体力を分けるだけだ。そう思った黒羽は、託宣場に包まれても口をつぐんでいた。
『汝、現人の魂を同意の元にもらい受ける!』
言葉と同時に光が体を貫く。もう黒羽が口を開く隙は無かった。地面が近づく。顔にアスファルトが当たって、倒れたのは自分だと気が付いた。手足に力が入らない。カマを振りかざす計良が見えた。
次の瞬間、ふわっと浮いた感覚に包まれる。自分の体が眼下に横たわる。託宣場が網のように絡みついていた。
「え? 魂だと? 体力じゃないのか?」
手を見た。色が無い。真っ白だ。へそのあたりから一本のヒモが出ている。それが倒れた体と繋がっていた。それを計良が必死に断ち切ろうとカマを叩きつけている。
(何て言ったっけ、これ。金縛りだっけ?)
いわゆる幽体離脱だ。計良に分けるのはただの体力だと思っていたら、託宣場で魂と言った。それで肉体から分離したようだ。だが黒羽には体への帰り方が分からない。ちょっと平泳ぎしてみたが無駄だった。なすすべもなく浮いているだけだ。ヒモはなかなか千切れない。計良があえぐ。
少し高い声が響いた。
「面白い事してるわね!」
一瞬、炎が揺らめいた。黒羽にまとわりつく託宣場が一気に燃え上がって消えた。
すると上空の黒羽は一気に落下した。自分の体に落下する。どしん、と振動さえ感じた。戻ったのだ。全身から一気に汗が噴き出す。体を起こした。手足が震える。
本体の寿々目が立っていた。赤い着物の姿から炎が湧き上がる。
「楽しそうね。アタシも混ぜなさいよ」
彼は火だ。黒羽は相生・相剋図を思い出そうとした。えーと水に負けるけど、燃やすから木には勝てる?
ちょっと惜しい。寿々目の火は計良の金(対して相剋だ。つまり寿々目は計良の託宣を無効にできる。
計良はその場に膝を付いた。それでも顔を上げて寿々目を睨む。
「私の魂だ。手を出すな」
「な~にがワタシの? 玉緒が繋がってるわよ? 契約のない魂の奪取は出来ないわ。知ってるはずでしょ」
口約束だけでは魂は譲れないようだ。黒羽には幸いだった。ヒモ状の玉緒が切れると、魂と肉体は分離してもう戻れない。
「お前なんかに...分かるものか...」
計良がわなないた。
「人間に近い実体のお前は地上で暮らせる。だが私は...私は土や水中が住処だ。そしてもうすぐ消える。消滅してしまう。この気持ちが分かるか!」
「そのセリフ大っ嫌いよ。じゃあアタシの気持ちは? この子の気持ちは? 分かるっていうの? 分かりっこないでしょ。罪悪感を感じさせようって気持ちの押し付けよね」
「きさま...」
計良が大きく震えた。ぶつぶつと呟いている。託宣の場が開いた。大小さまざまな環が黒羽めがけて襲い掛かる。すかさず寿々目が火を放つ。しかし数が多すぎる。逃げようとした黒羽は尻もちをついた。そのうちの一つが黒羽の頭上に止まった。体力を分けろと言われたのに計良は魂を奪おうとしたのか。
頭に血が昇る。黒羽は叫んだ。
「ふざけんな! てめえ顔洗って出直せ! 人生イチからやり直せよ、オラァ!」
ガラの悪い御託が飛んだ。黒羽に掛けたはずの託宣場だ。しかしそのまま計良に向かった。一気に光の環が解けた。計良はその場に突っ伏した。一瞬強く輝く。それから光の粒になって解けて流れた。後には何も残らなかった。余韻に浸る暇もない。あっけない終わりだった。
「え...」
まだ心臓がバクバクする。腰をついたままの黒羽は、何から聞いていいのか分からぬままに寿々目を見た。彼は肩をすくめた。
「力を使いきったのね。計良はもう消えそうだったでしょ」
夕方、川沿いの道で会った時から具合が悪そうだった。最後の力を振り絞って、黒羽へ大量の託宣場を放ったのだ。
「奴は死にそうだったから? 現人の魂を奪うとどうなる? お前も白羽の魂を欲しいのか?」
彼は真面目な顔になった。ちょっと首を傾げる。それからすっと目を逸らした。
あ、と顔が明るくなった。白羽の姿が遠くに見える。
「ね、アタシたちデートだから。アンタは先に帰って」
聞きたい事は色々とある。だが。
「はい」
この日ばかりは素直に頷いた黒羽だった。寿々目は敢えて黒羽の質問には答えようとしなかったのだ。しかし助けてもらった。重ねて聞くのをやめた。いそいそとお尻をふりふり急ぐ背中に声を掛けた。
「寿々目、ありがとう」
足を停める。ふん、鼻を鳴らした横顔を見せる。
「たまたま見かけただけよ。アンタに何かあったら白羽が泣いちゃいそうだから」
また前を向く。
「これは世界には黙っておくわね。あの人ったら怖いも~ん」
白羽と並ぶ寿々目が見える。さっそく腕を組み、頭を白羽にもたれて笑っている。白羽も目を細めて彼の肩を抱く。二人の世界だ。離れた黒羽に気が付いていない。
さっきまで計良が居た場所を見下ろす。黒いアスファルトだけだ。ずっと地面の下だと言っていた。明るい場所へ出て来てまもなく消え去るしかなかったのだ。
(虫っぽかったな...白羽が見たら悲鳴を上げてたかもな...)
とぼとぼと歩き始めた。指を握ったり開いたりしてみる。何か肉体の動きと感覚がずれている。その気持ち悪さは家に帰るまで続いた。
翌日の昼休みだ。いつものように購買部に寄ってパンと牛乳を買った。校舎との渡り廊下を外れて植え込みの方へ行った。人影のない場所だ。
ふう、とため息をついて桜の根本を見下ろした。もこ、と土が動く。茶色のカマが土をかき分けた。黒く丸い瞳が覗いた。二人はじっと見つめあった。気が付く他の生徒はいないようだ。濃い茶色の体が全て出現した。体を震わせて土を払う。黒羽から目を離さない。ふわっと仮姿が現れた。昨日と同じショートボブの女子生徒だ。
黒羽はぽかんと口を開けた。計良は消滅したはずだ。
彼女は髪をさらっと払った。顔のあちこちがこすれて真っ赤になっている。
「皮膚が剥がれるくらいに顔を洗う羽目になった。やり直せと御託を掛けただろう。もう一度生れ出る事になったが、私はもともとふざけていない」
「け、計良か」
「そうだ」
「金じゃないだろ、やっぱり土だろお前! 良かった!」
黒羽は思わず計良に腕を伸ばした。しかし、計良はミニスカートを翻して思い切り黒羽の腹を蹴った。
「知らないのに適当な事を言うな。金は土の中に生まれる。私は『金の計良』だ」
蹴られた場所をさすりながらも黒羽はにやにやしていた。
「何がおかしい」
「いや...また会えたし。白羽なら悲鳴を上げて逃げているかもなって」
計良は腕を組んで眉をひそめた。
「化物扱いするな。そもそもどうしてあっちが私を怖がるんだ」
それから一人で頷いた。
「そうか。あの双子でお前は黒羽だったな。さっき寿々目に会って来たので色々と話をした」
「何を聞いたんだ、この野郎。ぽっちゃりフラミンゴに詫びでも入れたのか。まずは俺にじゃないのか?」
計良は数歩下がって安全距離を取った。それからわずかに首を横に曲げた。
「悪かった」
「誠意のカケラしかない謝罪だな」
「こっちだって生き返るほど顔を洗わされたんだ」
御託を掛ける勢いが強すぎたらしい。
二人から少し離れた場所を、数人の女子生徒が通り過ぎた。耳打ちをしているのだが、しっかり会話は聞こえてしまった。
「昨日の二人だ。お腹を蹴られてたわ~」
「長引いてるね」
また見られてしまった。黒羽はコホン、と咳払いした。
「どうして俺の魂を欲しがったんだ? 長生きできるのか?」
計良は首を振った。
「違う。私の寿命はもう尽きそうだったからだ。生き返って別の生を送ってみたかった」
予鈴が鳴った。しかし黒羽は動かなかった。授業よりも計良の話の方が聞きたい。彼女もそのために来たのだろう。
「現人の魂をもらうと、霊力は落ちるが現人として現世を送れる。望めば家族を作って生をまっとうできる。死した後は現人と同じく転生できる。或いは、その魂とともに別の次元に旅立つと言われているのだ。永遠を共にできると」
「誰か見た奴いるのか」
「帰って来た者はいない。しかし旅立つのを見た者はいるそうだ」
古人同士では子孫を残すのは難しい。自らが生きた証はどこにあるのか。そう感じて魂をもらい受けるのだろうか。
「魂を譲った方はどうなる?」
「死ぬ」
「てめえ俺を殺そうとしたのか。女子でなけりゃ殴ってるぞ」
そこではっとした。
「まさか寿々目が白羽と仲良くなろうとしたのは、魂を狙っているからか?」
「さあ」
「不安だなあ。世界は魂どうこうって話を知ってるのかな?」
計良はをぱちぱちさせた。あまり表情が動かないので、これはかなり驚いたらしい。
「聞いていないのか。お前が世話になっている世界は現人だが『水の無限』の息子だ。知らないはずがない」
昨日聞いた古人と現人の子作りの話を思い出す。二つの種の子供は、現人の属性全てとそれを活性化させる霊能力を持てる。つまり最強だ。
「この界隈で世界に叶う奴はいない」
黒羽は言葉がなかった。モーモは世界と白羽が古人の血筋だと教えてくれたが、まさか直系だとは思わなかった。
「無限さんはどこにいるか知ってるか?」
「知らない」
「白羽も世界と同じ強さって事か?」
計良はまたも目を瞬いた。しばらく視線をあちこちにめぐらす。迷っているようだ。
「現人と古人の掛け合わせでは、母親次第で子供の能力もそれぞれ変わる。私に言えるのはこれだけだ。あの人ったら怖いも~ん」
二人の父は同じ『水の無限』。母は違う。
「世界は優しいけどなあ。意味わかんねえ。ややこしいな」
「そうだ。現代は色々な事が煩雑だ。だから私たちはお前たちとは関わらないで生きている。かつてはもっと近かった」
数百年ほど前までは、二つの種族は共生していた。昔話には異形の者がよく登場する。洋の東西を問わず、人間に化けた蛇や狐を嫁に取り子供を産んだという話はたくさんある。
「鶴の恩返し...は結婚しないな。こんな話、現人の俺にしていいのか?」
本体の表情は相変わらずだ。しかし仮姿の少女は少しだけ微笑んだ。
「迷惑をかけた。せめてもの詫びだ。これで私は帰る。じゃあ」
制服の幻が消えた。上を見たまま足から土に戻ろうとする。それを黒羽が覗き込んだ。
「新月の晩に『いでみず』に来るのか?」
「いや。私は遠慮している。人間の食べ物はこの手と口では食べにくい」
仮姿でも飲食は可能だが、他の参加者は本体のままだ。一人だけ幻では居心地が悪いらしい。
「でも、この辺の古人が集まってるんだろう? 来いよ。お口あ~んくらいしてやるぜ」
「考えておく」
土が計良の周辺でもこもこ湧き上がる。触覚が見えなくなった。最後に少しだけ土が盛り上がった。そこへ中空から枯れ葉が舞い落ちて計良の居た気配を消した。
ずっと覚めない夢を見ているような気分だ。
(白羽にもこの話を教えるか...いや寿々目がもう教えてるか?)
白羽の様子では知らないのかもしれない。一度聞いてみた方が良さそうだ。
教えたところでどうなるのか。寿々目の目的が分からない。頼りの世界ですら隠し事があった。きっとまだ何か伝えてくれない事柄がある。二人きりでいた頃は、生活が辛かった。だが二人の間に秘密はない。母との関わりをあきらめれば、むしろ気楽にやっていた。今はそう思ってしまう。
(世界に信頼されてないのかな)
一人前の大人なら、世界の抱える事情を教えてくれたろうか。
七時を過ぎた平日の『いでみず』は、呑むよりも食事をする客が多い。この日も半分以上は席が埋まっている。世界は客席の間に立っていた。お盆を抱えている。引き戸を開けた黒羽に、ちょっと苦笑いを浮かべた。いらっしゃいませ、と言いかけたようだ。
「お帰り、黒羽。家から帰ってくれるかな」
「あっち鍵がかかってんだもん。暗いし」
店の方が近いし、鍵を開けるのも面倒だ。だがそれよりも電気が点いている所へ帰りたいし、『おかえり』を聞きたい。
カウンターにいるのは常連客が多い。顔ぶれも少しずつ覚えてきた。近所のおじさま、おばさまという感じの客だ。黒羽にコップを掲げて挨拶してくれる。
テーブルの客から声がかかった。
「出水さん」
寿々目の騒動の日に来た彼だ。最近ちょくちょく見かけるようになった。黒羽と目が合う。お互い会釈した。世界はお盆を黒羽に渡した。
「帰ったばかりで悪いね。ちょっと頼める? 注文があったら時間もらって」
「あ、うん」
制服のままで仕事していいのかよ、と思うが素直にお盆を受け取った。リビングへの扉を開けてカバンを放り込む。その間に世界は彼と外へ出て行った。彼は世界よりも少し背が低い。世界の腕に軽く触れていた。向かい合う二人の笑顔がのれんの向こうに消える。
カウンターの逆の端にいた男が笑った。
「また新しい彼氏かあ?」
妻らしい女性が肩を叩く。
「やめなよ、黒羽ちゃんの前で。まだ高校生なんだから、刺激が強すぎるよ。ねえ?」
はは、と黒羽は愛想なく笑った。世界は付き合う相手を隠さないようだ。どれだけの相手と付き合ったのやら。止めたはずの彼女はまだ続ける。顔が赤らんでいる。
「世界ちゃんは透子ちゃんとは違うタイプの美人さんだよね。やっぱりモテるのよ」
「とうこ...無限さんの最初の奥さん?」
一つだけかかっていた遺影だろうか。
「そうそう。ここの女将さんだったのよ。無限さんは婿養子。透子ちゃんが亡くなったら店をもらって、さっさと若い奥さんもらって。何が気に入らないんだか逃げちゃってねえ。世界ちゃんも大変よ」
最初に焚きつけたはずの夫の方が気まずそうだ。やめろよ、と妻の肩を突く。
「本当じゃないの~」
彼女の声は狭い店内中に聞こえただろう。何となく客たちが静かだ。まだ世界は戻らない。
「ちょっと見て来る」
引き戸を開けるなり、二人がいた。店先で立ち話をしていたようだ。世界が笑顔を向ける。
「注文がたまった?」
「いや別に。なかなか戻らないからどうしたかなって」
客の男性もにこやかだ。質の良い身なりは相変わらずだ。少し茶色に染めた髪も、むしろ若々しい。じろじろと睨みつける黒羽にも動じない。
「時間を取らせて申し訳ない。君が黒羽君? 俺は潤間拓也っていうんだけど」
一瞬、探るような目つきになる。黒羽は世界に近づいて腕を掴んだ。拓也は肩をすくめた。
「仲が良さそうだね」
「いいぞ。だからお前の割り込む隙なんて」
世界が急いで黒羽の口を片手で塞いだ。
「潤間さん、じゃあ今日はこれで」
「うん。また連絡するから」
彼は手を振って踵を返した。
暖簾をくぐって世界が店に帰ろうとする。黒羽の指が離れた。二人は暖簾と店の間で立ち止まった。黒羽は世界に向き合い、改めて両腕を掴んだ。
「俺じゃダメなのか? 確かにまだ子供だけど、本気で好きなんだ」
世界は顔を背けた。どことなく笑っているようだ。
「潤間さんの話はまた後でね」
「嫌だ。他の奴なんかやめろ」
想いがこみ上げる。湧き出る泉のように止めどなく溢れる。黒羽は背伸びをした。世界の首に縋りつく。唇を押し付けようとした。
世界が少し顔を上げた。離れるのを黒羽が追う。世界がわずかに舌をのぞかせた。自分の唇を舐める。え、と思った瞬間に笑みの形になった。
軽くかわされてしまった。
さらに強く抱きしめようとした。だが世界は黒羽の肩を押して離れた。
「店に戻るよ。黒羽は」
ちらっと下の方を見る。
「落ち着いたらおいで」
黒羽は内股になって呻いた。
「...すぐ落ち着くはず無えだろうが...あんな顔しといて...」
またも生殺しというか、相手にしてもらえない。
世界は先に戻ってしまった。
白羽が店にいる。制服のままでエプロン姿だ。世界を見るとほっとした顔になった。世界が言った。
「おかえり。悪いね、注文たまってた?」
「うん。できるのはやってみたよ」
お新香やおでんをよそうくらいなら白羽でもできる。店主がいないので店に出てくれたようだ。注文の伝票もきちんと書き込みがされていた。
結局、黒羽は店に戻らなかった。
それで白羽は少し機嫌を損ねた。店を上がってもいいと言われた九時。自室に黒羽を呼びつけた。自分がベッドに座ってみる。しかし黒羽は床に座らない。ベッドに来た。少し離れた位置にあぐらをかく。それで何となく白羽が降りた。定位置だ。弟を見上げる。
「黒羽、聞きたいことがあるんだけど!」
「俺もだ」
「俺が先! けっこう混んだのに様子も見に来ないなんてさ。さっきのアレのせいだよね? いつから兄さんとあんな事をしてるの?」
「何もできてない! 見たのか」
ううん、と白羽が首を振った。店先を通って居住区へ回ったのだ。二人の肩から上は暖簾に隠れていたが、会話が聞こえてしまった。
「俺が通ったのも気が付かなかったんだね!」
「まあ...。告白はしたけど、相手にしてくれない感じかな。小学校の頃からなんだ。来てくれるとときめくし、声とか思い出すと胸がきゅうんってしちゃう。とどめが五年の終わり頃か。一緒に風呂に入った時。すげえキレイだなって...。もう恋だった。それからオカズは世界だけ」
「それ、聞いてないよ! でもずっと好きって言ってたもんね。そうか...本気か」
白羽は真面目な顔で考え込んだ。男同士だし、世界は自分の兄だ。少し前なら受け入れがたかったかもしれない。だが今は寿々目と付き合っている。好きという純粋な気持ちは性別を超える。それを実感しているから無碍に否定はできなかった。
「止めないけどさ...兄さんか。複雑だなあ。それで黒羽は俺に何を聞きたいの?」
「フラミンゴに何か古人の事を聞いたか?」
「フラミンゴって言うな! それにそのふんわりした質問、何だよ」
「いやその古人がどうのって」
聞いていないのなら、下手な話題を出すと藪蛇になりそうだ。しかし白羽はうん、と頷いた。
「黒羽が古人に絡まれて大変だったって聞いたよ。寿々目が助けてあげたそうじゃん。ちゃんとお礼を言った?」
この言いようは、ちょっと曲がって伝わったような気もする。
「言ったし。あと『出水御屋』って知ってた? あ、これは浩二に聞いた」
浩二はもちろん二人の共通の幼馴染だ。
「ああ。そこの岩山だよね? お祭りがあるって寿々目が言ってた。一緒に回ろうって」
黒羽が思ったよりもいろいろな話を聞いてはいるようだ。しかし古人と現人の子供や魂の話を聞いていないらしい。無邪気に続ける。
「楽しみだなあ。屋台とかわくわくするよね。寿々目と約束したから、黒羽と一緒に行けないよ。ごめんねぇ」
怖いと言う岩山だ。だが恋人と屋台のひやかしが楽しみになり、恐怖を忘れているようだ。
「いやいいけど。浩二達と行くし。それにしても、お前も良い趣味してるよな」
嫌味である。しかし白羽の顔がぱあっと明るくなった。
「そう? とっても可愛いよね。最初は託宣だったかもしれない。でもね、話が合うんだ。一緒にいると楽しい。笑うと目がふにゃって。触り心地もいいんだ。どこを触ってもふわふわ、全身オッパイって感じ?」
「聞いてねえ! お前ら愉快な馬鹿ップルか!」
「恋人を作るのを先に越されたよね。悔しいんだろう? そうだ、今日は久しぶりに一緒に寝てあげようか?」
「いらんわ」
交際は順調のようだ。ごちそうさま、と言って白羽の部屋を後にした。
部屋の暗闇が怖い。すぐに明かりを付ける。出かける時に開けたままのカーテンに手をかけた。岩山は真っ黒な塊だ。そこから感じる威圧感を断ち切るようにカーテンを閉めた。
読んでいただいでありがとうございます。
どうしてモグラじゃなくてオケラなのか。私にも分かりません。。
ふと喪暗とか思いつきました。う~ん、どこかで聞いたような。




