転生したら、あの犬猿幼馴染も一緒でした。……焼きそばパンの恨みは消えてないけど?
――私は、絶対にアイツとはもう会わない。
二度と。ぜっっったいに。
(……まさか、アイツと一緒に死ぬなんて、最後の最後まで最悪だったわよ……!)
ほんの些細な言い合いだった。
幼馴染の啓介と、つまらない喧嘩の最中に事故に巻き込まれたのは、ほんの一瞬のことだった。
きっかけは、焼きそばパンの取り合い。
そんなくだらない理由で、なんでトラックに突っ込まれなきゃいけないのよ!?
「……っはぁ」
目が覚めた時には、もう全てが変わっていた。
魔導の栄える異世界。
私は伯爵家の一人娘、エリシア・ルヴェランとして生まれ変わっていたのだ。
前の人生への執着は少なからずあるが……。
おかげさまで、今や私は帝国魔導学院の新入生。
順風満帆な人生……のはずだった。
(……の、はずだったのに!)
***
「エリシア様、こちらです」
学院の庭園を抜け、入学式が行われる講堂へ向かう途中。
エリシアは深呼吸しつつも、辺りをきょろきょろと見回していた。
(啓介……まさか、ここにはいないわよね……?)
幼馴染の啓介。
犬猿の仲だったアイツとは、もう絶対に会いたくない。
(異世界まで付いてくるわけ、ないわよね……?)
そのときだった。
「おーい、ヴィクトル! 先に行くぞー!」
誰かの声が聞こえて、ふとエリシアはそちらを向いた。
……見知った顔が、そこにあった。
黒髪、癖っぽい前髪。
気の抜けたような態度。
ふざけた笑い。
(……っっ!?)
「よう、お嬢様」
軽く片手を上げたその声。
一瞬で、心臓が跳ね上がった。
(嘘っ……なんでっ!?)
「ヴィクトル、早くー!」
仲間の一人がそう呼んで、彼はひらりと手を振った。
(ヴィクトル? ……そんな名前知らない。でも、この顔、この声、このふざけた態度……っっ!!)
「……啓介、でしょ!?」
思わず声が出た。
黒髪の青年――ヴィクトルと呼ばれたその人は、ふっと口角を上げた。
「さぁ? 今はヴィクトルって呼ばれてるけどな」
(うっっわ、最悪!!!)
エリシアはその場でぐっと拳を握りしめた。
(ふざけないで……っ! アンタのせいで、私は死んだんだから……!!)
よりにもよって、転生先まで付いてきたってわけ!?
なんでアンタがここにいるのよォォォォ!!!!
***
学院のオリエンテーションが始まって数日。
エリシアは心底うんざりしていた。
(せっかく令嬢として第二の人生エンジョイしようと思ったのに……)
そんなエリシアの心境などおかまいなしに、ヴィクトル――啓介(エリシアの中では今もこう呼んでいる)は毎日のように絡んできた。
「さっきから睨んでるけど……そんなに俺のこと見たい?」
「はぁ!? 誰がアンタなんか!!」
「へぇ。じゃあ、何でそんな顔して見てたんだよ?」
にやっとした笑みに、思わず顔が熱くなる。
(ちがうわっ!! ムカついてただけなのにっっ!!)
「……ま、睨まれるのも慣れてるけどな」
そんなのさらっと流すんじゃないわよっっ!!
さらに、奴はことあるごとにふざけてエリシアをからかってきた。
「歩くの早すぎ。お嬢様らしくもう少しゆっくり歩けよ」
「うるさいわね! い、急いでただけよっ!!」
「ふぅん……でも昔から、焦ると早歩きになってたよな」
(ぐぬぬぬぬ……っっ!!)
「それに、そのノート……字、ちっちゃすぎないか?」
「アンタに見せるためじゃないわよっ!!」
「へぇ。……でも昔から、先生に『もっと読みやすく』って言われてただろ」
(あああああああ!! 言い返したいのに悔しいっっ!!)
***
そしてある日の実習のこと。
教師の一言が、とどめを刺した。
「さて、本日の実習は魔力制御だ。魔力の安定度がどう出るか――各自、よく確認するように。《魔導同調ペンダント》を使うからな」
(ペンダント!? あれ、魔力に感情が出るやつじゃない……!!)
嫌な予感しかしない。
教師の言葉に、周りの生徒たちもざわめいた。
《魔導同調ペンダント》。
魔力の揺らぎが色に出るペンダント。
強い感情が魔力に影響して色が変わり、周囲にバレる――地獄みたいな代物だ。
「ペアは事前に組んでおいたぞ。順番に読み上げる」
(ペアでやるの?! 頼む……ヴィクトル以外でお願い……!!)
エリシアは両手を握って祈り始めた。
「どうした。顔引きつってるぞ?」
横から声がかかった。
振り返ると、例のにやけた顔が。
「べ、別に……!!」
「へぇ……ま、俺とは違う奴と組みたいって顔してるけどな」
「当たり前でしょっ!!」
「……だろうな」
そう言って、ヴィクトルは肩をひとつすくめて、口元だけ笑った。
(……なにその余裕そうな顔っ……!!)
ああもう!! コイツが気になるのが一番癪よっっ!!!
今回こそ、絶対にヴィクトル以外とペアになってやるんだから!!!
エリシアは必死に祈った。
(お願いします、神様仏様……!!)
「――次のペアはヴィクトル=クラウス、エリシア=ルヴェラン」
(……は?)
教師の発する言葉に、一瞬、頭が真っ白になった。
「よろしくな、エリシア」
隣にいたヴィクトルが軽く手を上げて見せる。
(うっっわ……最悪……!!!!)
「そんなに喜ぶなよ」
「はあ?! どう見たら喜んでるようにみえるわけっ?!」
言い返すも鼻で笑い返され、またしてもカッと頬が熱くなる。
(なんでこうやって、すぐふざけてくんのよ!!)
胸の内の怒りが収まらないうちに、ペンダントが配られる。エリシアは致し方なく受け取った。
教師が言った通り、魔力の制御が安定していればほぼ無色のまま。
けれど、感情が揺れると淡く、時に鮮やかに色づく。
「んー? ペンダント、つけ方わかんねえなら手伝ってやろうか?」
「はあ?! 自分でできるわよ!!」
慌ててチェーンを引っ張った途端――
「あっ、ひもが絡まった……っ、もう!!」
「……手荒なお嬢様だな」
「うっさい!! 自分でできるわよ!!」
必死に解こうとする。
「……ほどけねーなら貸せって」
「できるわよ!! ……ほら!!」
最後はガッと勢いでほどいて見せた。
「……見たか!!」
得意げに胸を張るエリシアに、ヴィクトルがちょっと呆れたように笑った。
「見た見た。……よくできました、お嬢様」
(アンタになんて頼らないんだからっ!!)
***
実習が始まった。
エリシアは机の上に置かれた魔導石へと、慎重に魔力を送り込んでいた。
(……集中、集中……平常心……!!)
魔力量を一定に保ち、模擬障害コースを囲う補助結界を展開・維持するという課題だ。
制御の乱れはそのまま結界の強度低下に繋がる。
本来なら、そこまで難しいものではない。
けれど。
「おやおや、エリシア嬢。ピンク色が出ておりますが?」
「な、なんでもないわよ!! 魔力がちょっと不安定なだけっ!!」
(アンタのせいで集中できないのよっっ!!)
案の定、魔導石に張った結界の縁がわずかに震えた。
咄嗟に魔力を送り直して安定させる。
「そっか……そりゃまぁ、俺と組んでる時点で平常心保てるわけないか」
ムカつきすぎて言い返そうとした、その瞬間。
ふと、ちら、と彼の胸元を見てしまった。
(……あれ?)
一瞬、ほんの一瞬だけ。
ヴィクトルのペンダントに、淡く、桃色の光が滲んだのだ。
(えっ……今……?)
「……なに見てんだよ」
気づいたのか、ヴィクトルはさっとペンダントを隠すように手をかけた。
「……魔力量が揺れただけだ」
視線を逸らしたその仕草に、逆にエリシアは胸の鼓動が跳ね上がってしまった。
(今の、気のせい……? それとも……)
いやいやいやいや。
違う、考えすぎ、絶対考えすぎ!!
エリシアは必死に首を振って、その場から視線を逸らした。
……にも関わらず、顔の熱はなぜか全然下がらなかった。
***
実習も終盤に差し掛かっていた。
エリシアはペンダントの色が変わらないよう、ひたすら魔力制御に集中していた。
(怒らない……動揺しない……絶対平常心……!!)
なのに。
「ん? ちょっと濃いぞ?」
まただ。
隣のヴィクトルが、いちいち声をかけてくる。
「ち、違う! アンタが話しかけてくるから!!」
「ふぅん。話しかけられたくらいでそんな反応するのか」
にやっと、あのいつもの顔。
(ムカつく……ムカつく……でも顔が熱いの止まらないっ!!)
「違うわよ!! 今、全力でアンタをぶん殴りたいだけ!!!」
その時だった。
突如、模擬障害コースの魔導障壁が激しく揺れた。
次の瞬間、結界の一部に亀裂が走り、そこから魔物が飛び込んできた。
(うそ……魔物!? どうしてっ……!)
一歩後退しかけて、息を呑んだ。
魔物は障壁の亀裂から飛び込むなり、一気にこちらへ距離を詰めてきた。
ヴィクトルはすでに剣を抜いて構えていた。
けれど――その間合いが速すぎる!
(やば……っ!!)
「危ないっ!!」
その声にヴィクトルがわずかに反応するのと同時に、エリシアは咄嗟にヴィクトルの腕を掴んで引いた。
ほんのわずかだが、そのタイミングでヴィクトルが体勢を整えるのが見えた。
「……ナイス」
低く短い声が聞こえて、胸が跳ねた。
「下がってろ」
ヴィクトルはエリシアを庇って一歩前へ出ると、風の刃で魔物を弾き飛ばした。
そこへ教師たちが駆けつけ、魔物を封じ込める。
「異常発生! 実習は一旦中断する! 全員待機!」
場がざわつく中。
ヴィクトルがエリシアの方へ駆け寄ってきた。
「怪我は……ないか?」
急に近づかれ、思わず視線を落とすと――エリシアのペンダントは当然真っ赤。
けれど、それだけじゃなかった。
(……ヴィクトルの……ペンダント……!?)
濃い桃色が、じわりと広がっていた。
「っ、な……なんでアンタも……!?」
一瞬、ヴィクトルの目が揺れる。
けれど、すぐにふっと笑った。
「ちょっと、乱れたみたいだな」
(そんなわけ……っ!! 今の色は……っ!!)
「そんな顔すんなよ……ペンダント、濃いままだぞ?」
からかうような声。
それなのに、耳が熱くてたまらない。
「っっ、ば、バカ!! もう知らないっ!!」
ざわついたままの場を振り切るように、エリシアは駆け出していた。
実習場の端を抜け、通路へ飛び出す。
(なによっ……なによ今の色……っ!!)
その勢いのまま、校舎へ駆け込んでいた。
走りながら、胸の奥がやけに痛んだ。
(……そんなの、ずっと前からわかってたくせに……! でも認めたら、負けたみたいでいやだったのよ……っ!!)
追いかけてくる足音が聞こえる。
(やだ……追いかけてこないで……!! 今は顔合わせられないっ!!)
だが、それでも足音は止まらなかった。
「エリシア。止まれ」
……でも、足はとうとう限界を迎えていた。
エリシアは廊下の影に身を隠すように座り込んだ。
そこへ、足音が止まる。
「……見えてんぞ」
「っ……来ないでっ!!」
「無理だな」
ため息混じりの声とともに、すっと視界にヴィクトルが入ってくる。
エリシアの前にしゃがみ込むと、苛立つように髪をぐしゃっとかき上げた。
「おまえさ……そんな逃げんなよ」
「逃げたくもなるわよっ!!」
顔が熱い。胸もバクバクしている。
そのせいで、まだペンダントは淡い桃色を灯していた。
「……ペンダント、まだピンクだな」
意地悪く微笑むその顔。
……でも、どこか疲れたようでもあった。
「な、なによ……!! アンタの方だって……っ!!」
言いかけて飲み込む。
だって。
ヴィクトルのペンダントは。
もうずっと、真っ赤なままだった。
「……なんで、そんな顔すんだよ」
わざとらしく軽く言いながらも。
彼の目は、エリシアから逸れていなかった。
「……アンタ……いっつもからかってばっかで……っ、もう……何考えて……っ」
「……なぁ」
目元が熱くなる。
不意に、ヴィクトルが距離を詰めた。
あと数歩。
気づけば壁を背に追い詰められていた。
「俺さ」
指が、エリシアのペンダントのチェーンに触れる。
そっと引き寄せるように。
「昔から、おまえのこと、からかうの好きだったけど」
視線が絡む。
「たまに、それがやめられなくなるくらい、どうしようもなくなるんだわ」
「……っ……」
(な、なにそれ……っっ!!)
「ペンダントの色、さっきは言い訳したけどさ……」
ヴィクトルは言いよどんで、視線を反らした。
「……ほんとは、まあ……そういうこと、だ」
「なっなにそれ……」
苦笑いを浮かべるヴィクトルを見て、心拍数が跳ね上がる。
すると、ヴィクトルは覗き込むようにまっすぐとエリシアを見た。
「……嫌ならちゃんと言え。そしたらやめるから」
……ずるい。
ずるいずるいずるいっ!!
「……嫌じゃ、ない……」
気づいたら、声に出ていた。
(ああもう、何言ってるのよ私っ!!)
ヴィクトルはふっと笑った。
「なら、覚悟しろよ」
その手を、エリシアの頭にぽんと置く。
「からかうのはやめねえからな」
ヴィクトルは息を吐く。
それから、ほんの少しだけ声が低くなった。
「……でもさ。こうして、またおまえと、もう一度同じ世界で会えただけで……正直、それだけで十分だよ」
耳元で囁かれたその言葉に、胸の奥が跳ねる。
もう、逃げようとは思えなかった。
代わりにエリシアは、そっと手を伸ばして、ヴィクトルの制服の裾を小さくつまんだ。
「……そっちこそ、覚悟しておきなさいよね」
震える声で、それだけは返してやった。
ほんの少しの沈黙のあと。
「……でも、あの時の焼きそばパンの恨み、消えたわけじゃないんだから……」
ぼそっと呟いたエリシアに、ヴィクトルは吹き出した。
「ははっ上等。次はちゃんと奢ってやるよ」
そう言って、いたずらっぽく微笑む。
その目はまっすぐにエリシアを見つめていた。
――ペンダントの色は。
最後まで、ふたりして真っ赤なままだったらしい。