ロックは多様性のかたまりなのだ【中篇】
そもそも、多様性とは、何か──?
昨今は多様性が叫ばれて著しいが、しかしてその実態は、多様性の尊重とは遠くかけ離れたもののように思える。すくなくとも、多数派の方々の間にては。
「そんなことはないッ!」との、声が速攻で返ってきそうであるが、事実なのだから仕方がない。
問おう。多数派に属する方々よ。あなた方が『多様性の尊重』を口々に叫んでいるは、それは、今現在の『現行最新トレンドな考え方』が、多様性を尊重するというものだからではないのか?
さらに云うと、その多様性とやらは、今現在のところ主流である範囲にのみ絞られた、狭いところに限ったものではないのか?
たとえば、性的嗜好。かつては迫害対象にあった同性愛、及びそれに連なるものらに対して、差蔑的視線を向けるをやめ、正しく知って理解し、それらに配慮すべしというが、今現在に於ける多様性の最たるものにあろう。
だがそのいっぽうで、児童性愛者や物質性愛者、動物性愛者、果ては屍体愛好癖に関しては、未だ、差蔑と偏見に満ちており、正しく知ろうとするどころか、積極的に排除を行っているではないか。
後者の者どもに配慮すべしと声を上げたが最後、「お前もそうだから守ろうとしているんだろう」とのレッテルを貼られ、社会的に抹殺される。──これが差別と云わずして、何なのか。
何故、こうしたことが起こるのか。無論、無知と偏見と思い込みによるものではあるが、それは何故起こるのか?『多様性を尊重する』考えであるというに!
これは、『現行最新トレンド』に支配されているからだ。踏み込んで云うと、守るべきこのすばらしい考えを、金科玉条として崇め奉り、それは絶対不可侵の教えとなり、盲信し──その結果、視野が狭まるとともに硬直化し……そぐわぬもの、都合の悪いものを、許されざるものとして、排除するかたちに向かうわけだ。
まるでどこぞの宗教の悪口にあるが、それらも同じようなものだ。それらができた当初は、まったく新しい、すばらしい、現行最新トレンドであったわけだ。──これは宗教のみならず、思想や主義主張も同じこと。
ナチ党やファシスト党、共産党といったものも、はじめは皆を救うため、皆の生活をよりよいものとするために産まれたものだ。──すくなくともそれを提唱した者、実際に運営していた者らは、心からそう信じていたのだ。
だがそれらが最終的にどうなったかは──ご存知の通り。くそみてぇな弾圧、くそみてぇな抑圧、くそみてぇな排除迫害をやりまくり、そこらじゅうにくそを撒き散らすだけ撒き散らした後に、ブッ倒された。或いはかつてのデカい力を失って、隅っこでおとなしくしている存在となり果てるに至った。
これは力を失ったことではあるが、同時に、別のものにとって代わられたも意味している。何に?──新たな現行最新トレンドに、である。
栄枯盛衰。諸行無常。源氏にとって代わられた平家。花の色はうつろうもの。この世に絶対不変のものなど、あろうハズもなし。
さてこの新たな現行最新トレンドをつくり出す原動力。そのひとつに、『反抗』の心がある。硬直化し抑圧的になったかつての現行最新トレンドに、「こんなくそみてぇなもんやってられるか!」と、心の中より湧いて出た熱き魂の力である。
これが、ロックの根底にある。
故にロックは、『反抗の音楽』と呼ばれる。
抑圧への反抗。抑圧された時点で、『溜め』が発生している。その『溜め』が、怒りとともに『解放』される。これが、すさまじい熱量と爆発力を持つのだ。──故に時折、ロックは社会を、そして世界を動かすのだ。
その反抗対象は──時代によって異なるが──多岐に渡る。じつに多様だ。それは旧態依然とした大人たちであり、監獄のごとき厳しい規律に満ちた学舎であり、強権的な国家であり、ナチや軍事政権であり、共産主義であり、差蔑と偏見に満ちた社会に、であった。
そして宗教。特に基督教に関しては、古くはビートルズ時代から、昨今の悪魔主義ブラックメタルに至るまでずっと続いている長期戦にある。
このように、過去のトレンドは新たに産まれた現行最新トレンドに取って代わられた。
だが、歴史はくり返す。諸行無常。猛き者もついには滅びるのである。──現行最新トレンドにも、いつかは寿命がやってくるのだ。
ロックも例外ではない。古き良きロックは、『オールドウェイブ』とされ、新たなる『ニューウェイブ』にとって代わられた。──これは前回述べた、パンクの勃興、及び隆盛にある。
高度化し、己らの手を離れて権威化したとされるかつてのロックに、新たな激しく攻撃性の高いロックが下剋上をかけ、天下をとったのだ。
1970年代中期のことである──
これは、2025年今現在からすると、半世紀前のことだ。過ぎ去りし過去。──実際、そこから今現在に至るまで、ロックは進化をし続けた。
たとえばパンクに駆逐されたハードロックは、隅に追いやられながらも重さと硬さを得てさらなるパワーアップを遂げ、ヘヴィメタルとして王座奪還を果たした。
パンクはかつて駆逐したハズのオールドウェイブに返り咲きのかたちで首位を追われるも、その中で激しさを増し、ハードコアパンクという一大派閥をつくり上げた。
ヘヴィメタルとハードコアパンクは互いに争いながらも、しかしその過程で互いに影響を与え合い、新たなロックを産んだ。両者の嫡出子と呼ぶべきメタルコア。私生児とも呼べるスラッシュメタル。そこより進化したデスメタル。デスメタルの影響を受けたパンクとしては、グラインドコアやデスコアなどがある。
'90年代に入ると、両者はともに仲良く首位を追われる。メタルとパンクの産み出した子とも云うべき、まったく新しいロックであるグランジ、及びオルタナティヴロックによって。
グランジ・ムーヴメントは巨大な勢いにあったが、しかしその頂点にて、最前線にて牽引していたバンド、『ニルヴァーナ』の突然の死によって終わりを迎える。その影響力たるやすさまじく、ロックが死に絶えてお通夜状態になってしまったほどだ。
この通夜の最中に、デスメタルは産まれた。ひたすらに死と暴力といったネガティヴ要素を撒き散らす激しくも美しいロックは、この時代の産み出した寵児と呼べるやもしれぬ。
だがそのデスメタルに反抗する一派が現れた。──これがブラックメタルの始祖にあたる。
彼らは、別ルートを選んだ。スラッシュメタルへの回帰を、旗印に掲げたのだ。──これは、『退化』と呼べる。しかし、間違いなく『進化』であった。──敢えて逆方向へと『転身』することにより、ロックを新たな方向へと導いたのであるから。
ブラックメタルと聞けば、反基督教、悪魔主義の印象がどうしても強い。北欧にて起こした数々の事件の印象は今なお強く残っている。──だが実のところ、そうした狂乱の嵐は、5年にも満たぬわずかな期間にすぎぬ。
彼らは彼らで、多くの派生を産んでいたのだ。
このブラックメタル、ある意味では最も反抗精神が強いロックと呼べる。欧米にては絶対的な権力を持つ──生活基盤の根底とも呼ぶべき宗教に真っ向から喧嘩を売ったことがその証。
しかしながら、これはある意味では、パンクの遺伝子を継いでいるとも云える。特に、ナチ・ブラックメタルに至っては。──このジャンルには、オイパンクという、前回述べたハードコアパンクの始祖的存在の影響が大きいのだ。
さてナチとひと口に云っても、皆が皆、我らが総統閣下と愉快な仲間たちや、ドイツ第三帝國の夢と理想を追い求めて心服しているわけではない。
いわゆるネオ・ナチ──白人至上主義や、移民排斥を訴える極右連中の思想を掲げる連中も多いのである。
中にはまったく違う理由で鉤十字の旗を掲げる者らもいる。──これはウクライナやポーランドといった東欧に多い。その理由は、ロシアへの反抗にある。
今現在もなお、ロシアの誇りとは、かつてのソ連時代に『ナチに勝った』というものだ。──なるほど、それは事実にある。しかしそのために払った犠牲は大きく、ポーランドやウクライナといった事実上の占領地に暮らす者たちに強いた流血は、桁違いに大きなものであった。
そのため、そうした国々は基本的にロシアが大嫌いである。戦時中にナチに寝返った者らが多数いたことからも明らかだ。それほど、ロシアソビエトの圧政はものすごかったのだ。
そうしたロシアへの反抗──露助どもが誇りに思う、『ナチに勝った』という事実に真正面から唾を吐きつけ、中指を立て、尻を向け、犬が糞を垂れるがごとくに後足にて砂をかけまくるが、ナチ讃美の根底であったりするのだ。
とくにウクライナは、現在進行形でロシアの侵略を受けている真っ最中にあるがため、愛国精神が強く高まりをみせており、先に述べたナチ・ブラックメタル連中のうち結構な割合が、民族主義ブラックメタルや愛国主義ブラックメタルへの転向をみせている。
こうした民族主義、及び愛国主義ブラックメタルは、しかしこうした東欧発のものではない。──'00年代に入ったときにはすでに、北欧にてその萌芽は生じていたのである。
そもそも北欧は、ナチの掲げた思想、アーリア人至上主義とは異なるものだ。民族はノルマン人、或いはノルド人、スラヴ系の者らも多数いる。──彼らはアーリア人ではないのだ。
したがって、ナチ・ブラックメタルの隆盛期は、北欧に於いてはそこまで長くない。
しかし、己らの民族を誇り、讃えるといった思想は彼らに強い影響を与えた。そもそも悪魔主義が広まったは、後からやってきてデカい面をしていた基督教への反抗が原動力だ。──彼らは自分たち本来の、民族の誇りへと眼を向けはじめた。
それが、『ヴァイキングメタル』である。偉大なるノルド人の覇者。海の民たる己らの先祖に対する誇りを、敬意を、そして讃美を込めた、新たなブラックメタルがここに誕生したのだ。
これは欧州に波及したが──ヴァイキングを祖先に持たぬ者らは多数。そうした者らも、北欧の民がそうしたように──己らの先祖に対する誇りと敬意を込めた、民族主義ブラックメタルをはじめたのだ。
こうした連中は、軒並み右翼である。民族主義、愛国主義である以上、当然のことだ。──今や、右翼的なロックは、かなりの勢力を有しており、決して無視できぬ規模となっているのだ。
さてここで、'70年代中期の話に戻る。
前回述べたように、R.A.R.──つまり差別に反抗するロックという、この時代を代表するロックの印象は、今なお根強い。
古い、カビの生えたような昔の価値観に凝り固まった、抑圧的な社会、それを支配する国家に反抗するが、ロック──という、この時代の印象は、未だにテンプレ・イメージとして語られがちである。
なるほど、それはロックに違いない。それを否定することは、わしにはできぬ。
だがそれは──ロックの、『ひとつのかたち』にすぎぬのだ。今まで述べたように、ロックはさまざまな方向へと分岐し、多くの派生を産んだ。今やじつに多様性に富んでいるのである。
パンクのように、社会や国家に反抗するのもロック。
レノンのように、反戦の心を歌い、愛と平和を訴えるのもロック。
デスメタルのように、死と暴力を容赦なく語るもロック。
ゴアグラインドのように、眼を背けたくなるような残虐性、不快さに全振りするのもロック。
ショックロックやポルノグラインドのように、ひたすらにエロと性愛を讃美するもまたロック。
もはや、『ロックとはすなわち、これ、なり』! という、すべてをひとくくりにする『型』というものが存在せぬほどに、多様性に満ちているというが、現在のロックなのである。
ロックは今なお進化の最中にある。現行最新トレンドに反抗するかたちにて。それはロック自身とて、例外ではない。己自身に反抗し、それがまた新たなロックを産んでゆくという、内燃機関エンジンや核分裂連鎖反応のごとくに。──んんんんんニュークリア・ブラストォォォ!
それは時として、『回帰』というかたちをとる。ブラックメタルのように。──とくにこの関連は、昨今、進化と分岐と融合とが甚だしい。
その実例を、冒頭で述べた『現行最新トレンド』の視点から語ってゆく。
ここでもういち度、おさらいの意味で、『今現在の』現行最新トレンドについて述べよう。
まず、『多様性を認め、少数派に配慮する』というが、大きく掲げられた錦の御旗と呼べる。まこと、大したものだ。逆らうことはできない。──誰も、逆らえない。逆らった瞬間、悪の枢軸入りが決まってしまう。
その御旗の先にあるは、さぞ輝かしき、美しい世界であろう──と、思えば、そんなことはないわけで。守られし多様性は事実上、特定のものばかりに限られており、配慮される対象もまた然り。
大きな非対称がここに存在し、それは時を経るにつれ、歪みを生じている。──そして現実に、そうした現行最新トレンドに対し、不満を抱き、反抗している連中が現れはじめているのだ。
SNSやWeb掲示板だけの話ではない。音楽でそうしたものへの反抗を声高に叫ぶ連中が現実にいるのだ。──もっとも、その理由は様々。いま若き世代が、「こんなくそったれな風潮やってられっか」と声を上げてもいるし、逆に古い世代が、「昔はよかった! 堂々と文句が云えて! 今はくそったれだ! 何ァんも云えやしねえ!」と、反撥してもいる。
さて古い世代にあるが、これはロックと云うよりは、ヒップホップ界隈が強い。──とくに、いわゆる西海岸ギャングスタラップの連中が。彼らの紡ぐ歌は、成り上がり精神が強く、筋肉至上主義にあふれている。北米に於ける男らしさの象徴だ。
こうした、北米に於ける男らしさというものの圧力は、極めて強い。たとえば草食系男子などは論外だ。眼鏡をかけていると軟弱者扱いをされる。読書やゲームといったインドア派も、莫迦にしてよい存在となるほどに。
この、莫迦にする──ラップ用語で『ディスる』というが、その常套句、或いは定型文として用いられる語句が、『カマ野郎』や、『ホモ野郎』なのである。
かつての'90年代から'00年代にかけてのヒップホップ黄金時代を知っている者、或いはそれにどっぷり浸かっていた、及びその頃の精神を今現在に受け継いでいる者らは、こうしたディスり文句が、云わば『文化として根づいている』を知っていよう。
そう、『文化』なのである。ここに至るまで多数の者らが積み上げてきた文化! 今さら変えられないし、変える気もない。
だがこれは、今現在の現行最新トレンドの考えに於いては、許されない。同性愛者に配慮せねばならぬこの時代に於いて、前時代的な差蔑用語を用いるなと、現行最新至上主義者らは云う。
ここに対立が発生するわけだ。古き良き時代のものを、己らの積み上げてきた文化を守らんとする者らと、現行最新至上主義者らとの間で。
こうしたことは、ロックには関係ないとみられがちである。フレディマーキュリー然り、ロブハルフォード然りと、ロックを牽引している者には同性愛者がおり、皆に敬意を表されているがため、ヒップホップ的様式は定着しなかったのだ。
だが、存在しなかったわけではない。西海岸ギャングスタラップにも負けず劣らずに、同性愛者をディスる語句をその口より吐き散らかしていた者らが。
それは、伝説のバンド『アナルカント』! あまりの名前に伏字を余儀なくされ、『A×C×』という表記のほうを知る者も多い。
名前からしてオゲレツの極みにあるが、歌詞もまた然り。当たり前のように下品なことを叫び散らす。ハードコアパンクの一派、グラインドコアにあるがため、攻撃性がものすごく高い。
その攻撃対象は、生死を問わぬ。ともにエイズにて死にたてホヤホヤのフレディマーキュリーと、イージーEとを、ホモネタで愚弄しまくったこともある。
最近死んだばかりの者らに対してもそうなのであるから、生きている者に関してはいよいよもって容赦がない。とくに有名なのは、元カニバルコープス、現6フィートアンダーのヴォーカルの人、クリス=バーンズに対してのものであろう。
はじまりは、ライヴでの揉め事。両バンドが共演していた際、どちらが先に手を出したかはわからぬが(正直、どうでもいい)、A×C×のヴォーカルの人セス=パットナムと、クリス=バーンズが喧嘩になった。セスは一対一の決闘を申し出たが、クリスはこれに乗らず、音響の人らに任せてさっさと退散するに至った。
クリスの反応は大人であったやもしれぬが、セスはそれで収まるような者ではない。血気盛んな、ロックンロール精神にあふれる男なのだ。
ロック! そう、ロック! ロックンローラーたるセスは、音楽をもって、クリスに改めて挑戦状をたたきつけたのだ。
その名も、『クリス=バーンズに捧ぐ』! 名盤『怨みはパワー、憎しみはやる気』に収録されたこの曲は、のっけから飛ばしている。
なにせ歌い出しが、「クリス=バーンズはカマ野郎! ヤツはホモとヤるのが大好き!」と、来たもんだ。もうこれだけで、わしらの心を鷲摑みである。
罵倒は続く。「俺との決闘からヤツは逃げやがった! 音響に押しつけて! 意気地なしのホモ野郎!」と、ライヴに於ける顚末を当てこすって云う。その他、
「ヤツはチビだから、ホモじじいのちんぼをしゃぶるのに、しゃがむ必要がねえ!」
と、背の高さという肉体的特徴を莫迦にし、
「隠してるつもりかもしれないけど、口が精液くさいよキミぃ」
と、どこまでもホモネタで愚弄し、
「そんなだから、カニバルコープスを解雇になるんだお前は」
と、過去の経歴まで引き合いに出して罵倒するのであるから、もうたまらぬ。──そして最後には、
「お前はどこまでも精液を飲み込む、底無しのケツマンコ野郎だ!」
との、最上級の賛辞をもって締めくくるのだ。──最高! 最高のロックである!
今現在の価値観にては完全な誹謗中傷だ。しかし、そんなものを恐れていてはロックンローラーはつとまらぬ。ロック! これこそロック!
誹謗中傷もまたロックなのだ! そもそもロックには無法精神がつよい。遵法精神なぞくそくらえだ!
こうしたロックンロール精神こそ、今現在の我々にこそ──この建前だけは美しく、しかし実態は欺瞞に満ちた、抑圧的な現行最新トレンド至上主義の支配する世界にては!
──ここからは完全な画蛇添足となる。
昨今こうした、ドストレート大直球な誹謗中傷は、とんと絶えて幾久しい。とくにSNS上にては。──無論これは、尊い人命が損なわれたがためのこと。女子レスラーの木村花嬢が、心無いツゥイートを津波のごとくにたたきつけられ、その生涯を終えるに至った痛ましい事件の末のことである。
皆はここに深く恥入り、以前よりすこしだけでも良い世界になった──
──と、思っているのか?
実態は、もっと悪くなった。結論から云うと、より手口が巧妙に、かつ陰湿になっただけだ。
あろう事か、被害者の皮を被る者すら出てきたのだ!
それは、女学生のいじめにも似る。──特定の者を名指しでドストレートにディスると誹謗中傷されるがため、『一見なんでもないように見えるが、その実、特定の者にはこれでもかと心を突き刺してえぐる効果を有する』文章をツゥイートするのだ。
まさに巧妙。まさに陰湿。──しかもこれを、盛んに行うのだ。何事もない日常ツゥイートに擬装して。
無論、相手は反撃す。そうなればしめたもの。どこまでも挑発行為を続ける。相手の精神を煽るのだ。誹謗中傷の条件を満たす暴言を引き出すまで。
無論、心ある者はこれを諫めることはあろう。だがそれで退くくらいならば、そもそもこのようなことはせぬ。──ばかりか、それら心ある者をも標的とすることさえあるのだ。
今現在の現行最新トレンドは、こんな化け物を産み出すに至った! 被害を受けた哀れな犠牲者に深く配慮し寄り添う世界。──それがたとえ、皮を被った碌でなしとて!
そもそも表面上はおきれいな建前だ。その裏がいかに欺瞞に満ちたきたないものとて。──否、表面しか見ておらぬ者がほとんど! 裏側なぞ知りもせぬ。故に──簡単に騙されるのだ! 擬装被害者とでも呼ぶべき者に!
そう、騙すことなぞ容易い。これだけの巧妙さを持つ者にとっては。あれらは場の空気というものを支配するが上手い。己を哀れな被害者といつわり、標的を悪の枢軸として攻撃させるが。
ああした者の精神構造はどうなっておるのか。わしにそれを知ることはできぬ。──もしや、凄腕の詐欺師が己自身をも騙すようなことを無自覚に行っているのか?
あり得ぬとは申さぬ。いよいよ本気で、「ワイはなんで何も悪いことをしていないのに誹謗中傷されるんや?」などと申しておるとしか思えぬ時があるのだから。
もしも本気でなく、標的を煽っておるのであれば、いよいよ精神が屈折を極めている。
本気で己を被害者だと思っているのであれば、いよいよもって人間性が終わっている。
女子ならばある程度仕方がない。学生時代の精神は大人になっても引き継がれるものであるからな。──だがこれを大の男がやっているとなれば、どうか?
それこそ、『カマ野郎』、『ホモ野郎』と、罵倒されても仕方がないのでは?──『女の腐ったようなヤツ』という伝統ある罵倒語が、ふさわしい!
うおおお! わしは誹謗中傷ロックンローラーだ! 人生から顚落したマリファナ騎士団だ! 恐れるものも、失うものも何もない! セスの精神を受け継いで罵倒する!
やい陰湿なホモ野郎、この偽善者め。いつわりの被害を訴えて巻き上げた銭で喰う飯はうまいか?──『恋人』と仲良く喰っているか?
その恋人は男だろう。女か?──だとすれば『擬装』によるものだなそれも。産まれてくる子供はお前の遺伝子を受け継いでいるのか?
我ながらくそみてぇな文だ。しかし、陰湿を極める腐り果てた風潮には、こうしたドストレートな罵倒でもやらねば気が済まぬ!
くり返す! 今現在幅を利かせる、こんな陰湿極まる連中よりもずっと、ドストレートに罵倒する者のほうがまだ遙かにマシで、堂々としていると、わしはここに宣言す!
罵倒! 愚弄! 堂々となぐり合おうぞ! それこそはじめにセスがやろうとしていたように!
ジョン=ウェインの西部劇にて、酒場でガンマンがやっていたように!
それが伝統ある、アメリカロックンロールの精神のひとつ!
このくそみてぇな、欺瞞に満ちた、現行最新トレンドをぶっとばせ!
何が配慮だ! そんなもん、焼いてたれかけて丼飯に放り込んで、箸でぐじょぐじょにかき混ぜ潰して、米といっしょに喰っちまうぞ!




