魔王3
午前九時三十分。
明るく輝く太陽の下で、蓮は屋敷の庭で立っていた。
近くにはレティ―とロロ、そしてレティ―に抱っこされたレレの姿が。
「遅いな……修ちゃん」
今日、蓮と修は学園都市に帰ることになっていた。
だがまったく修が来ない。
(やっぱり……まだ俺のことが恐ろしいんだろうな)
眉を八の字にしながら蓮が俯いていると、
「すいませ~ん!お待たせしました~!」
慌てた少女の声が聞こえた。
「!修ちゃん」
声が聞こえた方向に視線を向けると、疲れた顔で駆け走ってくる修の姿があった。
彼女は蓮のところに到着すると、肩を上下に揺らす。
「ど、どうしたの修ちゃん!?そんな疲れて」
「いや……ちょっと【大地の女神】を説得していて」
「説得?どういう意味?」
「……こういう意味です」
息を整えた修は地面に片膝をつけ、頭を深く下げた。
それを見て蓮は慌て出す。
「修ちゃん!やめろ!!」
蓮は叫ぶが、もう遅かった。
巨人族の少女である大石修は唱える。
「我、大石修と【大地の女神】は、魔王である魔森蓮に絶対の忠誠をここに誓います。この時、我の心と体を全て主に捧げます」
次の瞬間、修の胸から一本の鎖が伸び、蓮の胸に突き刺さった。
そして鎖が消えると、蓮の右手の甲に魔法陣の紋様が浮かび上がる。
同時に修の首に首輪のような紋様が浮かび上がった。
「なにを……なにをやってんだ修ちゃん!!」
蓮は大きな声で怒鳴った。
しかし修はなにも言い返さず、立ち上がる。
「なんで眷属化の契約をした?魔法少女が魔王に忠誠を捧げる儀式を何でやった!?」
「……」
「答えろ!眷属化は魔王に絶対服従。取り消しはできない。俺の言葉は必ず従わなくてはならない。俺が死ねば、修ちゃんも死ぬ。奴隷になるのと同じだぞ!?」
数秒ぐらい間を開けた後、修は口をゆっくりと動かした。
「これが……先輩といられる方法だからです。魔王の力を封じている先輩と契約できるか不安でしたが、よかったです」
「よかった?奴隷になるのがよかったって?」
「はい」
「ふざけるな!というか誰が教えた!眷属化の契約は魔王かその従者しか知らな―――」
蓮が喋っていた時、彼は思い出す。
修がロロと一緒に部屋を出た時のことを。
「まさか」
蓮は目を大きく見開きながら、ロロに視線を向けた。
するとロロは深く頭を下げる。
「申し訳ありません。私が教えました」
「な……なんで」
「修様がどうしても教えてくれと頼まれたので」
「そんな……」
大切な後輩で、妹たちの友達である修。
そんな彼女が自分の……魔王の奴隷になった。
そのことに眩暈を感じ、蓮は倒れそうになる。
「どうすんだよ……これ。エイナとエイミーに顔向けできない」
「……先輩。僕は先輩の奴隷になったこと、後悔していません」
修はまっすぐな瞳で、前髪の隙間から見える蓮の瞳を見つめる。
彼女の瞳には、ドス黒い闇が宿っていた。
「先輩……僕は先輩が好きです。どうしようもなく大好きです。だけど先輩が魔王になったら一緒にいられない。そんなの……絶対二嫌ダ」
修は大きな両手で蓮の顔を包み込む。
そしてドス黒い闇を宿した瞳を、蓮に近付ける。
全身が鎖で巻き付かれたような恐怖が蓮を襲う。
「僕ハドンナ命令デモ従イマス。先輩ガ魔王ダロウガ化物ダロウガドウデモイイ。僕ハアナタト一緒ニイマス。永遠二」
蓮は顔から大量の汗を流す。
なにも言葉が出ない。
呼吸がうまくできない。
頭がうまく回転しない。
だけどただ一つ分かることがある。
(俺は……修ちゃんから逃げられない)
修は蓮の従者になった。
だが同時に、修は愛という名の黒い鎖で蓮を巻き付け、逃げられないようにさせたのだ。
「コレカラヨロシクオ願イシマス。先輩♡」
<><><><>
数時間前。
大石修は精神世界の中にいた。
周りにはいくつもの女性の姿をした石像があり、ありとあらゆるポーズをしている。
「おお!これはこれは!我が友であるシュウではないか!」
堂々としていて、そして偉そうな声が聞こえる。
声の主は高級そうなスーツを纏った美しき女性。
茶色のロングヘアーに茶色のツリ目。
イケメン美女と呼ぶのに相応しい彼女は顔に左手を当て、腰に右手を当てながら変なポーズをしている。
相変わらずカッコつけるのが好きだね、僕の〈マジックアイテム〉は。
「話しがあるの」
「いいとも!なんでも話したまえ!この私……ガイア様にな」
いちいち偉そうだな、コイツ。
まぁ……今はどうでもいい。
「僕と一緒に先輩と眷属化の契約をしてほしい」
その言葉を聞いて、ガイアの顔から笑顔が消えた。
「……我が友よ。それは本気か?」
「本気だよ」
「ふむ……」
ガイアは顎に指を当てる。
数秒後、
「ダメだ」
偉そうな声で、だけどハッキリと言った。
まぁ……予想していた返事だね。
「我が友よ。お前があの男に惚れているのは知っている。だから応援してきた。私にできることならなんでも協力しよう。だが……魔王の奴隷になるのはごめんだ」
「……知っているんだね。魔王のことを」
「ああ、知っている。魔王がどれだけ危険なのか、そして魔王の眷属になったらどうなるか」
ガイアは目を細めながら、偉そうな声で語る。
魔王の眷属のことを。
「シュウ。魔王の眷属になるということは奴隷になると同時に、化物になるという意味でもある」
「……」
「眷属になった瞬間、魔王の魔力の一部がお前に宿る。そうなったらそこらへんの国など簡単に滅ぼせる。お前はそんな化物になりたいのか?」
偉そうな声で、だけど心配した様子で尋ねるガイア。
優しいな……君は。
その優しさはすごく嬉しい。
だけど、
「うん。先輩の隣にいることができるなら、僕は化物になりたい」
僕にとって先輩は大好きな人であり、英雄であり、神だ。
最初の出会いは中学生の時だった。
親友であるエイナの紹介で、先輩と出会ったのを覚えてる。
最初は地味な人だなと思っていた。
だけど話してみると思っていた以上に優しい人で、いつの間にか好きになっていたな~。
そんな人が僕の憧れであり、恩人である《機神》だと知った時、こう思った。
この人は……離シチャイケナイ。
僕ノ運命ノ人ハ魔森蓮ダト。
ダカラ、
「お願いガイア、僕と一緒に魔王の奴隷になって」
「……」
ガイアはフゥ―と息を吐いた後、顔から手を離す。
「なにを言っても無駄か。なら……力で黙らせよう」
ガイアが手を振るった時、周りにあったいくつもの石像が目を光らせて動き出す。
やっぱりこうなったか。
だけど、僕だって引くつもりはない。
「大地を揺らせ、【大地の女神】」
唱えると僕の右手から茶色に輝く長い槍が現れた。
ガイア。
そっちが力で僕を黙らせるなら、僕も力で説得しよう。
「変身」
次の瞬間、僕の身体が石の鎧に覆われた。
鎧を纏った僕は槍を力強く振るう。
巨人族のパワーが宿った槍で、いくつもの石像を砂糖菓子のように粉砕。
次々と石像を破壊した僕の目の前に、ガイアが現れた。
彼女の手には石の槍が握られている。
「隙あり!」
ガイアは鋭い刺突を放つ。
迫りくる槍撃を、僕は槍で素早く受け流す。
そして力強く蹴りを放ち、ガイアの腹に重い一撃を叩き込む。
「ガハッ!」
身体をくの字に曲げ、後ろに向かって吹き飛ぶガイア。
彼女は体勢を整え、ゲホゲホと咳をする。
「よ、容赦ないな」
「それだけ僕がマジだってこと」
「なるほど……なら、私も本気を出そう」
ガイアは無数の石の拳を空中に生み出した。
そして彼女は無数の石の拳を僕に向かって飛ばす。
それに対して僕は、
「これぐらいで今の僕は止められない」
突撃した。
地面の上を走りながら、空中に石の棘を無数に生み出す。
そして石の棘を高速回転させ、飛ばした。
石の拳と石の棘は激突し、大きな破砕音を響かせながら砕け散る。
「ハァ!」
僕は怒涛の連続槍撃を放つ。
それをガイアは石の槍で完璧に弾き、鋭い刺突を放つ。
「もらった!」
ガイアは勝利を確信したのか、笑っていた。
なるほど、僕が回避した時のことを考えて刺突を放ったんだね。
なら僕は……回避しない。
「ぐっ!」
強力な刺突が僕の左肩を貫いた。
ガイアは驚愕の表情を浮かべ、「なにをやっている!」と叫ぶ。
痛い。
だけど、勝つためには必要な痛みだ。
「ふん!」
僕は左肩を貫いていた石の槍を掴み、ガイアの足を払った。
「しまった!」
地面に倒れたガイアの首元に、僕は槍を突きつける。
「僕の勝ちだよ、【大地の女神】」
敗北したガイアは呆然としていた。
「なんで……負けた。今までも訓練でシュウと戦ったが私には勝てなかった」
「そんなの決まっているよ」
ガイアが僕に勝てなかった理由。
そんなもの一つしかない。
「愛だよ」
その言葉を聞いて、ガイアは目を大きく見開く。
「愛……だと!?ふざけているのか?」
「ふざけてる?そんなわけないじゃん」
しょうがないな~。
ガイアにはまだ早かったか。
ならじっくり教えてあげよう。
「先輩を離さない。先輩を僕だけのものにしたい。そんな気持ちが僕を強くした。愛が僕を勝利に導いた。先輩の血も汗も尿も、全て僕のものにするという欲望。それが……愛。愛なんだよ」
ガイアは少しずつ顔を青ざめながら、頬を引き攣った。
「我が友シュウ。今のお前は……狂っているぞ」
「狂ってる?愛ってそういうものでしょ?」
僕は優しくガイアの頬を撫でる。
撫でられたガイアは顔を歪めた。
まるで僕を恐れるように。
「サァ……ジックリ教エテアゲル。先輩二対スル僕ノ愛ヲ♡」
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