魔王2
「嘘……ですよね?」
修はレティ―の言葉が信じられなかった。
より正確には信じたくなかったのだ。
神級の魔獣が魔王となった魔法少女だと。
「神級の魔獣が魔法少女?じょ、冗談ですよね?」
「事実だ。世界の半分を滅ぼしたのは魔王となった魔法少女だ」
「そんなわけ……そんなわけない!ですよね、先輩?」
修は隣にいる蓮に視線を向ける。
彼ならきっと「ああ、それは嘘だ」と答えてくれると思っていたから。
だが、
「……彼女が言ったことは事実だ。俺の故郷の村に、世界の半分を滅ぼした魔法少女のことが書かれた記録書があった」
「そんな……」
「世界の半分を滅ぼしたのが魔法少女だと人々が知れば、魔法少女狩りが起きる。だから初代魔法少女と世界政府は魔王のことを隠し、世界の半分を滅ぼしたのは神級の魔獣ということにした」
修はあまりにも衝撃的な事実に、言葉を失った。
「……いや、ちょっと待ってください。確か先輩のことを」
「そうだ、巨人族の少女。お前の隣にいるのは―――」
レティ―は告げる。
「魔王だ」
修は目を大きく見開いた。
「そいつは魔装の力で魔王の力を封じているが、間違いなく魔王だ」
「魔装……」
「そいつの右の耳についているピアス。それで魔王の力を封じている。だが……その魔装も限界だ。違うか、少年?」
蓮は何も答えない。
それは肯定を意味する。
「戦ってみて分かった。そいつには私以上の進化の才能を持っている。それだけじゃない。そいつは何度も限界を超え、復讐心という強い負の感情を宿し、数えきれないほどの魔法少女を殺している。恐らく……歴史上最強の魔王になるだろう」
その言葉を聞いて、修は俯いた。
そんな彼女に蓮は手を伸ばそうとしたが、すぐにやめる。
なんともいえない沈黙が部屋の中を支配した。
「……今日はここで休め。明日、お前達がいた場所に帰そう」
<><><><>
「どうぞ、こちらの部屋でお休みください」
蓮と修はロロに客室に案内された。
客室には大きなベットとオシャレなテーブルや椅子がある。
まるで高級ホテルのよう。
普通の人なら「すげー」「ここに一生、住みたい」などと言うだろう。
だが蓮と修はなにも喋らない。
「……あの、修ちゃん。俺は……」
沈黙に耐えられなかった蓮は、喋り出そうとした。
その時、
「すみません、先輩。僕……少し外の空気が吸いたいので。すいません、ロロさん。お庭に案内してもらっていいですか?」
「……承知しました。どうぞこちらへ」
ロロは修と共に客室から出て行く。
ドアが閉まる音が、蓮の耳には大きく聞こえた。
数十秒間、沈黙が続く。
「……ハァ」
残された蓮はため息を吐き、近くの椅子に座る。
「やっぱ……怖いよな、俺のこと」
世界を滅ぼすことができる魔王。
そんな化物が自分の知り合いだと知れば、恐れるのが当然だ。
しかも多くの魔法少女を殺している。
怖いと思うのは自然。
それは蓮も分かっている。
しかし、
「後輩に怖がられるのは、ショックがデカい」
額に手を当てながら、蓮はもう一度ため息を吐く。
自分の大切な後輩で、しかも妹の友達。
そんな子に恐れられるのは、蓮にとって嬉しくない。
「だけど……後悔はない」
今更、魔王になることに蓮は恐れていなかった。
敵である魔法少女を殺したことに後悔はない。
復讐の道を選んだことにも後悔はなかった。
ただ一つ……思うことがあるとすれば、
「あと少しで……みんなとお別れだな」
蓮はあと数回ぐらい魔法少女になれば、魔装は壊れて魔王になるだろう。
そして魔王になった瞬間、蓮は多くの人に恐れられる。
その中には彼の妹や友人、後輩も含まれているのだ。
もし魔王になったら一人で生きていかなければならない。
「……寂しいな~」
魔王になることに恐れはない。
しかし大切な人と別れるのは、寂しいと思ってしまっていた。
「まぁ……しょうがないよな」
少し悲しそうに眉を八の字にして、蓮が小さな笑みを浮かべた。
その時、ドアからコンコンというノックの音が響く。
蓮は椅子から立ち上がり、ドアを開けた。
「よぉ、新たな魔王」
客室にやって来たのは、雷の魔王―――レティ―・イナズマだった。
「お前は……なんのようだ?」
「なに、少し魔王同士で話がしたくてな」
「話?」
「ああ……お前のことが知りたくてな」
「……」
蓮は何も言わず、レティ―を部屋の中に入れた。
「……で?話って?」
「いや、お前がどんな奴なのか~とか、なにが好きなのか~とか」
「なんでそんな話を?」
「……知りたいんだ。お前のことを」
真っすぐな瞳でレティ―は、蓮は見つめた。
蓮は少し悩んだ後、口を動かす。
「俺は魔森蓮。魔法少女になれる男だ。好きなものはライトノベル」
「マモリレン……いい名だ。それでマモリ?らいとのべるとはなんだ?」
「小説だよ。十代から二十代が読むような本だ」
「ほう?それは興味があるな」
「特にラブコメ系のものを読むかな。甘酸っぱい恋をする主人公とヒロインの話が好きだ。あとはスローライフ系やバトル系、王道ファンタジーとかもいいな」
「ほうほう」
蓮の話を、レティ―は面白そうに聞いていた。
先ほどまで戦っていた敵だと忘れて、彼は自分の好きなものを話す。
人間とは自分の好きなことを一度話すと、止まらなくなるものだ。
それから満足するまでライトノベルのことを話した後、蓮は少し躊躇った様子でレティ―に問い掛ける。
「……レティ―。俺も聞きたいことがある」
「なんだ?」
「なんで……魔王になったんだ?」
「……」
レティ―は椅子に座り、腕を組んだ。
そして数秒後、彼女は懐かしむように語る。
「……惚れた男を守りたかった」
「惚れた男?……あの魔法少女になれる執事のことか?」
「ああ。昔の私は……いいとこのお嬢様でな。だけどある理由で家は潰れて貧乏人になった。そして両親は私を捨てた。そんな一人になってしまった私を、ロロは傍にいてくれた」
「いい奴なんだな」
「ああ。……だけどある日、強力な魔獣がロロを襲った。私は必死に戦い、限界を超えて、そして魔王になった。それから私はロロと共にこの無人島で静かに暮らしている。今は娘も生まれて幸せだ」
「そう……だったのか」
レティ―は幸せそうに微笑んでいた。
そんな彼女に、蓮は目を細めながら尋ねる。
「あの執事が魔王になったあんたと一緒にいられるっことはつまり……」
「ああ……お前の予想通りだ」
「……そうか」
「お前は……伝えないのか?あの巨人族の少女に」
「……俺は孤独の魔王でいい。そう望んでいるし」
前髪の隙間から見える蓮の瞳。
その瞳には、一人で生きていくという覚悟が宿っていた。
だが同時に……少し悲しそうに顔を歪めていたのを、レティ―は見逃さない。
「マモリ。お前にこれを渡そう」
そう言ってレティ―はポケットから腕輪を取り出し、蓮に投げ渡す。
片手でキャッチした蓮は僅かに目を見開く。
「これって……」
「その腕輪を付ければ魔王になっても、人の姿であれば周囲を怖がらせずに済むぞ。まぁ……魔法少女になるとその腕輪の効果は発動しないがな」
「いいのか?」
「ああ。魔王のよしみだ」
「……感謝する」
蓮は腕輪をズボンのポケットに入れる。
「マモリ」
「ん?」
「魔王になったからって、心まで魔王になるわけじゃない」
「……」
「魔王だって元は人だ。寂しいときは寂しいし、悲しいときは悲しい。だから……もし共に居たいと言ってくれる奴がいるなら、一緒にいろ」
まるで子供を慰めるような優しい顔で言うレティ―。
そんな彼女の言葉を聞いて、蓮は何も答えなかった。
いや、より正確に言うには、なにも答えることができなかったのだ。
まるで喉に魚の骨が引っ掛かったような感覚を、蓮は感じていた。
<><><><>
蓮とレティ―が話している間、修はロロと一緒に廊下を歩いていた。
しばらく歩くと、ロロは立ち止まり、修に視線を向ける。
「それで?私になにか御用ですか?」
「……気付いてたんですね」
「はい。あなたが私に用があるのですよね?」
修はコクリと頷いた。
「僕は……先輩のことが好きです」
「……」
「あの人とずっといたい。離れたくない。でも……魔王になったら一緒にいられない。そんなの……嫌だ」
胸の前で拳を握り締め、修は真剣な表情を浮かべる。
「だから……教えてください。魔王になった人と一緒にいられる方法を!」
「……なぜ、私に?」
「レティ―さんは魔王だった。見ていて恐ろしかった。なのにあなたは魔王であるレティ―さんの近くにいたのに平気でした。つまり……魔王と共に居られる方法があるということですよね?」
「……」
ロロは何も答えない。
それは肯定を意味すると思った修は、頭を下げる。
「お願いです。魔王と共に居られる方法を……教えてください」
ロロは顎に手を当てて少し悩んだ後、口を動かす。
「……後戻りはできませんよ?」
「構いません」
「後悔をするかもしれませんよ?」
「しません」
修は顔をゆっくりと上げた。
「ッ!?」
彼女の顔を見たロロは……背筋が凍るような感覚に襲われた。
「僕にとって先輩は英雄であり、神です。そんな人と離れるぐらいなら……死んだ方がマシです」
瞳を真っ黒に染めた巨人族の少女は、まるで狂信者のよう。
そんな彼女を見て、ロロは頬から一筋の汗を流す。
(彼には同情しますね)
魔森蓮は修から逃げられない。
逃げることは許されない。
どれだけ蓮が恐ろしい化け物になろうと、修は離れることはない。
例え地獄の底にいても追いかける。
そんな魔王とは別の意味で恐ろしい修に、ロロは告げた。
「いいでしょう。魔王になった魔法少女と共に居られる方法……あなたに教えましょう」
読んでくれてありがとうございます。
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