《煉獄》1
「はぁ~……ダメだな、私……」
保健室の近くにある女子トイレで、魔森エイミーは鏡を見つめていた。
鏡に映っていたのは、自己嫌悪でゆがめた自分の顔。
その顔を見て、彼女はため息を吐く。
「ダメだ。どうしても蓮兄さんの実の妹に嫉妬しちゃう」
エイミーの胸の中に、『嫉妬』という黒い感情が渦巻いていた。
愛する兄が誰よりも想っている妹。
それが自分ではないと思うと、エイミーは胸が苦しくなるのを感じた。
(アア……嫌ダナ)
エイミーの瞳が少しずつ黒く染まっていく。
(蓮兄サンノ頭ノ中ハ……私ダケデイッパイニシタイ)
許せない。
認めたくない。
あの人の特別は、私でいたい。
だから、
「奪ッテミセル……アノ人ノ特別ヲ」
エイミーがその言葉を口から出したその時、
ドカアァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!
耳を塞ぎたくなるような轟音が聞こえ、床が大きく揺れた。
転びそうになったエイミーは、壁にもたれかかる。
「な、なに!?」
なにが起きたか分からず、驚くエイミー。
彼女は慌てて女子トイレから出て、目を大きく見開く。
「なに……これ」
エイミーの瞳に映ったのは、赤黒い炎で燃え上がる廊下。
壁や天井などが激しく燃えており、まるで地獄の業火だった。
「熱い……なんて炎なの!?」
全身から汗が流れ出てくるほどの熱さ。
エイミーはゆっくりと離れながら、あることに気付く。
「待って……確かこの先って」
赤黒い炎で燃えている向こうには、保健室がある。
そして保健室には、魔森蓮と白雪百合がいるのだ。
「蓮兄さん!!」
エイミーの叫びが、赤黒い炎で燃え上がる廊下に響き渡った。
<><><><>
「ん……んん……」
「気付きましたか。白雪さん」
百合が目を開けると、彼女の視界に赤髪の魔法少女—――魔森蓮の顔が映った。
そして気付く。
自分が蓮にお姫様抱っこされていることに。
「ウソ……夢みたい」
好きな男にお姫様抱っこされている。
それは女としてどうしようもなく嬉しい事だった。
だが蓮の顔を見て、すぐに喜びは消えた。
「……本当に生きていたのか。《煉獄》」
眉間に皺を寄せ、赤い両目を血走らせる蓮。
彼の刃の如く鋭い殺意とマグマの如く熱い怒りを感じ取った百合は、一瞬息を呑む。
体温が一気に下がったような感覚に襲われた百合は、身体を震わせた。
今、彼女の目には、蓮がとてつもない怪物に見える。
「れ……蓮さん」
彼がここまで殺意と怒りを抱いた原因は何なのか?
その原因を知りたくて、百合は蓮の視線の先を見る。
「あれって……」
視線の先にあったのは、大きな風穴が開いた校舎と黒い炎で燃える地面。
そして……大きな赤黒い剣を肩に担いだ少女。
赤と黒が混じり合い、ウェーブが掛かった長い髪。
赤と黒のオッドアイ。
全身を覆う鎧には、炎の紋様が描かれている。
そして顔には、斬られたような大きな傷跡があった。
「アハハ♪やっぱりこれぐらいじゃあ~死なないか♪」
明るく、そして軽い感じで喋る赤黒い魔法少女—――《煉獄》。
だが彼女の目は笑っていなかった。
赤と黒のオッドアイには、炎の如く熱く……そして強い憎悪が宿っている。
「でも安心して♪次はちゃんと殺してあげる♪」
大剣を構え、刃に赤黒い炎を纏わせた魔法少女は……口元を三日月に歪め、目を細める。
「……」
蓮は白雪百合を両手から降ろし、右手に大太刀を顕現させる。
「纏え炎」
赤き魔法少女は大太刀に炎を纏わせる。
その炎はとても赤く、そして明るい。
《煉獄》が大剣に纏わせた赤黒い炎とは違い、禍々しくない。
だが蓮の瞳は、怒りと殺意によって禍々しく光っていた。
「白雪さん……今すぐここから離れてください。巻き込まない自信がないので」
「蓮さん?」
「奴と……《煉獄》と戦います」
そう言い残した蓮は、歩き出す。
そんな彼の腰マントを、白雪百合は掴む。
「ダメよ!今のあなたは疲労が溜まっているわ。ここは逃げて―――」
「俺の家族をぶっ殺したアイツから逃げろと?」
蓮は怒りと殺意を宿した目で、百合を睨んだ。
彼の修羅の如き顔を見た百合は顔から大量の汗を流し、言葉を失う。
今まで味わったことがないような恐怖が、百合を襲う。
彼女の目の前にいるのは、もはや彼女が知っている魔森蓮ではなかった。
目の前にいるのは、復讐の炎に取りつかれた化物。
「離せ」
低く、冷たい声を出す蓮。
百合が腰マントから手を離すと、蓮は歩みを再開する。
コツコツと足音を立てながら、蓮は《煉獄》にゆっくり近づく。
二人の距離が約五メートルになった瞬間、蓮は足の裏と背中から炎を噴射し、加速。
弾丸の如き速さで突撃する赤き魔法少女。
《煉獄》は「アハハ♪」と明るい声で笑いながら、大剣を振り下ろす。
赤黒い炎を纏った大剣を、蓮は大太刀で受け流した。
そして一瞬で《煉獄》の背後に移動し、大太刀を振るう。
赤い炎が宿った斬撃が、《煉獄》の背中に直撃しようとした。
しかし、
「アハ♪」
《煉獄》は素早くしゃがみ、炎の斬撃を躱す。
攻撃を躱されたことに目を見開く蓮。
そんな彼の腹に、《煉獄》は赤黒い炎を纏わせた足で蹴りを叩き込む。
ボウリングの球で殴られたような衝撃と、肉が焼かれる痛みが彼を襲う。
蓮は僅かに顔を歪めながら、素早く後ろに下がる。
「逃がさないよ♪」
《煉獄》は笑みを浮かべながら、大剣を振るった。
直後、大剣から炎の竜の頭が現れる。
赤黒い炎竜の頭は大きな顎を開けて、蓮に襲い掛かった。
「舐めるな」
蓮は大太刀を横に振るい、一閃。
彼の斬撃が炎竜の頭を真っ二つに斬り裂いた。
その次の瞬間、真っ二つにされた炎竜の頭が爆発。
大きな爆炎が舞い上がる。
「クソが!」
赤黒い爆炎から抜け出した蓮は、舌打ちする。
身体のあちこちが焼け焦げており、彼に激痛が襲う。
「炎よ、癒せ」
蓮がそう言うと、彼の身体が赤い炎に包まれた。
赤い炎は蓮の火傷全てを癒していく。
完全に火傷を治療した蓮は、地面が砕けるほど強く蹴り、駆け出す。
一瞬で距離を詰めた蓮は力強く、そして素早く大太刀を振るう。
迫りくる蓮の剣撃を、《煉獄》は大剣で防ぐ。
ガキンッ!!と大きな金属音が鳴り響き、火花が飛び散る。
「ヤバイヤバイ!相変わらずとんでもない一撃だね♪」
「うるせぇよ、黙れクソアマ。お前は俺がこの手でもう一度、殺す!」
「アハハハ♪確かにあんたならそれができる♪だけど今のあんたじゃあ……私を倒せない♪」
「なに?」
《煉獄》は唾競り合いをしながら、話を続ける。
「あんたが持っている【鳳凰】は強化・回復・解毒・浄化の四つに特化した支援系〈マジックアイテム〉♪《魔炎》なんて呼ばれているけどあんたの炎には殺傷能力なんてこれっぽっちもない♪」
「……」
「あんたの恐ろしいのは戦闘技術♪あんたの移動術や剣術はチート級で、どんな敵だろうと殺せる人類最強クラスの技♪その技を【鳳凰】の強化と合わせることで無敵の強さを発揮する♪ただ……あんたには致命的な弱点がある♪」
「なにを言って」
「あんたの……【鳳凰】の弱点、それは……炎。そうでしょ?」
顔を歪めながら、黙り込む蓮。
そんな彼を見て、《煉獄》は笑みを深める。
「【鳳凰】の炎は水の中だろうと空気がないところだろうと燃え続ける♪だけど同じ火属性の攻撃にはとても弱い♪」
「そうか……お前が自分の部下を送ったのは」
「そう♪同じ火属性の魔法少女と戦わせることで、あんたを疲労させる♪いい作戦でしょ?」
「そのために自分の部下を自爆させたのか!!!」
「そうよ♪全てはあんたを殺すため♪」
「!!まさか……お前がここに来た目的は」
「そう♪全てはあんたを殺すため♪」
《煉獄》は蓮を弾き飛ばし、赤と黒のオッドアイを怪しく光らせる。
「さぁ~魔森蓮♪あたしと殺し合いをしましょう♪」
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