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TS魔法少女の二度目の復讐  作者: グレンリアスター
第一章 魔法少女の兄も魔法少女
3/86

火炎の魔法少女

「なんでいるの、蓮兄!?」

 

 エイナは信じられなかった。

 自分の目の前に、最愛の兄である魔森蓮がいることに。


「お前を探してたんだ。心配だったから」

「心配って……」

「よく頑張った。あとは任せろ」

「任せろって…まさか戦うの!?」


 敵は一つ目玉の巨人型魔獣サイクロプス。

 鋼の如き硬い皮膚を持ち、圧倒的なパワーで相手を殴り殺してきた化物。

 そんな奴に、一般人である蓮が勝つことはできない。

 エイナは「早く逃げて!」と叫ぼうとして、あることに気が付く。


 蓮は……恐れていなかった。

 普通の魔法少女を簡単に殺すことができる隊長級魔獣。

 そんな化物が目の前にいるのに、蓮は平然としていた。


「エイナ…俺はお前に一つ、秘密にしていたことがある」

「秘密?」

「ああ。今からその秘密を教えよう」


 蓮は自分の胸に手を当て、唱える。


「燃えろ、【鳳凰ほうおう】」


 次の瞬間、蓮の胸から赤く燃え上がる炎が噴き出した。

 その炎は刀の柄へと形を変える。

 蓮は刀の柄を握り締め、力強く引き抜く。

 刀の刀身は炎の如く赤く、二メートル以上の長さがあった。


「あの刀…〈マジックアイテム〉!?」


 選ばれた女性のみが使うことができる変身武装―――〈マジックアイテム〉。

 それを男である蓮が持っていることに、エイナは目を大きく見開く。

 蓮は前髪で隠れていた双眼を刃の如く鋭くし、サイクロプスを睨みつける。


「おい、目玉野郎。ウチの妹が世話になったな」


 静かで、しかしとても低い声。

 その声には妹を傷つけた魔獣に対する強い怒りが宿っていた。


「礼はさせてもらう」


 蓮は告げる。

 己に力を与える言葉を。

 

「変身」


 直後、蓮の身体が激しく燃え上がった。

 紅蓮の炎に包まれた蓮の肉体が、変化していく。

 腕と脚は細くなり、胸とお尻が大きく膨れ上がる。

 顔の形は少年のものから、少女のものへと形が変わった。

 やがて炎が消えると、そこにいたのは平凡な少年ではない。


 赤き甲冑を纏った美しい少女。


 炎の如く赤い瞳に、ポニテ―ルに結ばれた長い真紅の髪。

 大きく形が整った胸とお尻に、引き締まったお腹。

 そして金色の鳥の刺繍が施された腰マント。

 まるでその姿は戦国時代で戦う女武将。


「ウ、ウソ……蓮兄が」


 エイナは驚きを隠せなかった。

 なぜなら、自分の兄が魔法少女に変身したのだから。


「これが俺の秘密だ。エイナ」


 透き通った高い声でそう言った蓮は、サイクロプスに近付いた。

 カツッカツッカツッと足音を立てながら、ゆっくりと歩く。


「グ…グウゥゥゥゥゥゥ」


 サイクロプスは汗を流しながら、後退る。


「おい、動くな」


 威圧が込められた声。

 その声を聞いて、一つ目玉巨人はピタリと動きを止める。

 サイクロプスの口から荒い息が漏れた。


 このままでは殺される。


 そう本能で理解したサイクロプスは「グガアアァァァァァァァァァァァァ!」と雄叫びを上げながら、拳を振り下ろした。

 巨人の拳が蓮を叩き潰そうとする。

 だが蓮は、


「無駄だ」


 動じなかった。

 落ち着いた様子で彼は、撫でるように赤い大太刀を軽く振るう。

 その直後、サイクロプスの身体がサイコロステーキのように細切れになった。

 細切れになった巨人の肉体と赤い血が、ビルの壁や地面に飛び散る。

 一瞬でサイクロプスを倒した蓮を見て、エイナは呆然とする。


(今……斬ったの?全然見えなかった。というか蓮兄、強すぎない!?)


 兄が魔法少女になれる事にエイナは驚いた。

 だがそれ以上に彼の異常な強さに言葉を失う。


 一瞬だった。


 一瞬でサイクロプスの身体が細切れになった。

 プロの魔法少女でも、一瞬でサイクロプスを倒すのは不可能だ。


(そもそもサイクロプスは十人以上の魔法少女がいて、やっと倒すことができる魔獣なのに……蓮兄は、一人で倒したの!?)


 頬から一筋に汗を流しながら、エイナは呆然としていた。

 そんな彼女に蓮は近づく。


「エイナ…動けるか?」


 心配そうな顔で問い掛ける蓮。

 魔法少女化した兄に、エイナは……見惚れた。


(ヤバい……どうしよう。美少女化した蓮兄……めっちゃカッコいい)


 エイナが胸をドキドキと高鳴らせていると、


「ちょっと待ってろ。今、治療をしよう」


 蓮は右の掌をエイナに向けた。 

 すると彼女の身体が赤い炎に包まれる。

 突然のことにエイナは目を見開く。


「え!?なに、燃えてる!?」

「安心しろエイナ。熱くもないし、痛くもないだろう?」

「え?あ、本当だ」


 蓮の言う通り、エイナは自分の身体を包み込む炎が熱くないことに気が付いた。


「すごい……どんどん痛みが引いていく」


 その炎はエイナの傷を優しく癒していく。

 炎が消えた頃には、エイナの怪我はなくなっていた。


「これでよし……エイナ、お前は逃げ遅れた人を安全な場所に避難させろ」

「蓮兄はどうするの?」

「そんなの決まっている」



「魔獣共を全て潰す」


 その言葉を聞いて、エイナは目を大きく見開いた。 

 

「なに言ってんの!無理に決まってるよ!」


 エイナは必死に止めた。

 蓮が今からしようとしていることは自殺行為。

 空には国を滅ぼすことができる王級魔獣(鯨王)や飛行型魔獣達が飛んでいる。

 そして地上には多くの魔獣達が暴れていた。

 最低でも数万はいる。

 一人だけで全て倒すのは不可能だ。


 そう。()()()()


「安心しろ」


 エイナの頭を優しく撫でた蓮。

 彼の言葉には余裕と自信が宿っていた。

 まるで数万の魔獣など大したことないと言うかのように。


「ニ十分で片づける」


 エイナの頭から手を離した蓮は、背中と足の裏からロケットエンジンの如く炎を噴射。

 地面の上を超高速で滑走する赤き魔法少女。

 彼は人を襲い、建物を壊す魔獣たちを見つけ、大太刀を構える。


「失せろ」


 蓮は大太刀を素早く振るう。

 刀から放たれた無数の斬撃は、魔獣達の身体を細切れにした。

 そしてまた高速移動し、魔獣達を見つけ、刀で命を奪う。

 炎の軌跡を描きながら、赤き魔法少女は次々と地上の黒き化物達を切り裂いていく。

 蓮が通り過ぎた所に残るのは、魔獣の血と肉のみ。


「これで地上は終わりか。あとは……」


 地上にいる全ての魔獣を排除した炎の魔法少女は、空を見上げた。

 空には鷹のような魔獣や蝙蝠のような魔獣が飛んでいる。


「アイツ等か」


 目を細めた蓮は、背中から大きな炎の翼を生やした。

 そして炎翼を羽ばたかせて飛翔。

 弾丸の如き速さで近付いてくる炎の魔法少女。

 彼に気が付いた飛行型魔獣達は、一斉に襲い掛かった。


「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 雄叫びを上げながら、飛行型魔獣は鋭い牙と爪で蓮を狩り殺そうとする。

 だが、


「遅いんだよ」


 牙と爪が直撃するよりも速く、蓮は大太刀を振るった。

 赤き刀の斬撃は、一瞬で飛行型魔獣達を細切れにする。

 ジグザグに高速飛行しながら、炎の魔法少女は敵を斬った。

 そして斬る!斬る!!斬り続ける!!!

 ほとんどの飛行型魔獣達を斬り殺した蓮は、最後に残った敵に視線を向ける。


「お前で最後みたいだな」


 最後に残ったのは、体長百メートル以上はある漆黒の鯨―――鯨王。

 国を滅ぼす力を持っている化物だ。


「ホオオォォォォォォォワアアァァァァァァァン!」


 雄叫びを上げた鯨王は、身体中から無数の黒い光線を放射。

 流星群の如く無数の光線は、蓮に襲い掛かる。

 迫りくる光線を炎の魔法少女は、ジグザグに飛行して躱す。

 そして鯨王に近付き、大太刀を構える。


「うるせぇよ」


 横に振るい、一閃。

 鯨王の身体に大きな斬撃の痕が刻まれる。

 その斬撃の痕から、大量の鮮血が噴き出す。


「ホワアアァァァァァァァァァァァン!!?」


 悲鳴を上げる鯨型魔獣。

 しかし奴が死ぬことはなかった。


「チッ。外殻が硬すぎて殺しきれなかった」


 舌打ちした蓮は「なら……」と呟き、大太刀を構える。

 

「纏え炎」


 次の瞬間、大太刀の刀身に赤い炎が宿った。

 業火を纏った大太刀を赤き魔法少女は上段に構える。


「次で終わりだ」


 真紅の瞳を輝かせる蓮。

 本能で危険を感じ取った鯨王は、口を大きく開けて極太の黒い光線を放つ。

 直撃すれば跡形もなく消滅する死の光線。

 だがそれを前にしても、蓮は恐れなかった。


「これで終わりだ」


 蓮は力強く大太刀を振り下ろした。

 刹那、巨大な炎の斬撃が大太刀から放たれる。

 炎の斬撃は極太光線を斬り裂きながら進む。


 そして、鯨王の身体を真っ二つに斬り裂いた。


 百メートル以上の化物鯨を倒した蓮。

 彼は懐からスマホを取り出し、前に翳した。

 すると真っ二つになった鯨王の身体や今まで蓮が倒した魔獣の死体が、スマホの中に吸収された。


「これで終わりだな」


 全ての魔獣を倒した蓮は、フゥ―と息を吐きながら肩の力を抜く。


「蓮兄~!」


 地上から聞き覚えのある声が聞こえた。

 蓮が下に視線を向けると、そこには大きく手を振っているエイナの姿が。


「この後…色々、質問されそうだな」


<><><><>


「で、どういうことなの!?」


 モンスターフェスティバルが終わった翌日、蓮とエイナは新宿のカフェに来ていた。

 そこでエイナは兄である蓮に問い詰める。

 蓮は何事もなかったかのように、コーヒーを飲んでいた。


「なにが?」

「惚けないで。蓮兄が魔法少女になれることだよ」

「まぁそうだよね」

「昨日は色々あったから聞けなかったけど、なんで魔法少女になれるの?なんで〈マジックアイテム〉を持ってるの?なんで私よりもおっぱい大きいの!?」

「最後のほうはどうでもいいだろう」

「どうでもよくない!全部、答えて」


 顔を近づけるエイナ。

 彼女に隠すのは無理だと理解した蓮は、ハァとため息を吐く。


「分かったよ。全部、話す」


 蓮はコーヒーを一口飲んだ後、語った。

 己のことを。


「俺が五歳の時、目の前に〈マジックアイテム〉が現れた」

「五歳の時って……そもそも〈マジックアイテム〉は選ばれた女性の前にしか現れないんだよ?なんで男である蓮兄が」

「さぁな。心当たりがあるとすれば、俺の血だろうな」

「血?」


 蓮はコクリと頷いた。

 

「俺の先祖は代々魔法少女なんだ。実母も祖母も、ひいおばあちゃんも〈マジックアイテム〉に選ばれていた。あと魔法少女が存在する前から、ご先祖様は巫女や聖女として活躍していたらしい」

「つまり、魔法少女の血が濃いから……男でありながら〈マジックアイテム〉に選ばれたってこと?」

「多分な。まぁ、それでも俺は異例中の異例だろうな」


 蓮はそう言ってコーヒーを飲む。


(蓮兄の言う通り、異例中の異例だよ。男で魔法少女になれるなんて聞いたことない。きっと、蓮兄は特別なんだ。いや……それよりも気になることがある)


 エイナはフゥ―と息を吐いた後、真剣な表情を浮かべた。


「蓮兄。一番…聞きたいことがあるの」

「なんだ?」

「なんで……あんなに強いの」


 エイナの言葉を聞いて、蓮はカップを持っていた手をピタリと止めた。


「私は普通の魔法少女だけど、それでもあの強さが異常だって分かる。モンスターフェスティバルと王級魔獣を一人で解決するなんて不可能だよ。プロの魔法少女が一万人以上いて、なんとかなるかどうか」

「……」

「教えて。なんであんなに強いの」

「それは…」


 蓮はしばらく黙り込んだ。

 そんな兄の姿を見て、エイナはため息を吐く。


「言えない…てこと?」


 エイナの言葉に対し、蓮は「すまん」と言って頭を下げることしかしなかった。


「……分かった。蓮兄には蓮兄の事情があるだろうし、これ以上は聞かない」

「ありがとう、エイナ。そう言ってくれると助かるよ」

「その代わり……アレしてほしいな」


 妖艶な笑みを浮かべながら、舌なめずりするエイナ。

 蓮は苦笑しながら、「はいはい分かったよ、お姫様」と答えた。


<><><><>


 カフェを出た後、蓮とエイナは人が近づかないような裏道に移動した。

 

「ここなら大丈夫だろう」

「蓮兄…もう飲んでいい?」

「好きにしろ」


 エイナは蓮の首に口を近づけ、噛みついた。

 そして彼の血を吸っていく。


(ああ、やっぱりおいしいな、蓮兄の血は♡濃厚だけどさっぱりしてて飲みやすい)


 恍惚とした表情を浮かべながら、エイナは血を飲む。

 満足するまで飲んだ彼女は蓮の首から口を放し、舌なめずりする。


「ごちそうさま。とてもおいしくて、あそこが少し濡れちゃった」

「おい、やめろ。その発言は」


 吸血鬼の血を半分持つエイナは、時々こうして蓮の血を吸っている。


「そういえばエイナ。お前の学校は大丈夫なのか?あっちもモンスターフェスティバルが発生したんだろう?」

「ああ、大丈夫大丈夫。『三日月』には私よりも強い魔法少女が沢山いるし。それに学園長もいるからね」

「『三日月』の学園長…確か浮遊学園都市『大和』を作った人で、何百年も生きている伝説の魔法少女だったよな」

「そ。だから学園で犠牲者はなし。少し建物が壊れたぐらいで別に問題は…」


 エイナが話をしていたその時、彼女のスカートのポケットから音楽が流れた。


「もう……誰なの、まったく」


 少し不機嫌な様子でエイナはポケットに手を突っ込んだ。

 そしてスマホを取り出し、通話をONにする。


「はいもしもし。……え!?今日、私は休みのはずじゃあ!はい…はい…分かりました」


 通話が終わると、エイナは深いため息を吐き、肩を落とした。


「どうした?」

「学園から瓦礫の撤去作業を手伝えって言われた」

「あらら」

「もう……蓮兄とイチャイチャしたかったのに」

「アハハハハ


 蓮は苦笑することしかできなかった。


「とにかく行ってこい。時間があったらまた遊んでやるから」

「本当?」

「……わかった。約束だよ」

「おう」

「あ、そうそう……蓮兄、ちょっと耳を貸して?」

「ん?」


 言われた通り蓮がエイナに耳を近づける。

 すると、チュッと音が聞こえ、彼は頬に柔らかい感触が伝わったのを感じた。


「ちょ、エイナ!」

「えへへ、助けてくれたお礼だよ!バイバ~イ!」


 エイナは手を振りながら、蓮の前から去った。

 

「まったく……相変わらずだな」


 キスされた頬に手を当てていた蓮は、僅かに頬を緩めていた。


<><><><>


 妹と別れた後、蓮は電車で栃木県のとある大きな病院に向かった。

 面会の受付をした蓮は、エレベーターで上の階に移動。

 彼はできるだけ足音を立てないように廊下を歩き、目的地である病室にやってきた。

 病室の扉を横にスライドさせ、中に入る。

 その病室はとても広く、色々な医療装置が置かれていた。


「あ、蓮兄(れんにい)さん」


 病室の中心にあるベットの上には、一人の少女が横たわっていた。

 細長い耳に、エメラルドグリーンの長い髪。

 ルビーの如く赤い瞳を宿したタレ目。

 どことなく儚げな少女は蓮のことを見て、嬉しそうに微笑む。


「また来てくれたんだ」

「妹の見舞いに来るのは兄として当然だろう。エイミー」


 蓮は微笑みを浮かべながら、もう一人の妹—――エイミーに近付いた。


「身体の調子は?」

「今日は大丈夫。元気だよ」

「それは良かった」

「エイナは元気だった?」

「ああ。めちゃくちゃ元気すぎて疲れたよ。すっごく好きですアピースされたよ」

「まったくエイナは…双子の姉として恥ずかしい。でも仕方ないのかもね。蓮兄さんのこと、異性として好きだから」

「なんでこんな男を好きになるのか」


 蓮が肩をすくめると、エイミーはフフフと口に手を当てて笑う。


「好きになっちゃうよ。お母さんとお父さんが死んでから、私達のことを蓮兄さんは助けてくれたんだから」

「…それがせめてもの罪滅ぼしだからな」


 目を細めた蓮は思い出す。自分を拾ってくれた優しい義父と義母が跡形もなく消滅したときのことを。


「蓮兄さん。自分を責めちゃダメだよ」


 蓮の頬を両手でそっと優しく触り、眉根を寄せるエイミー。


「あれは蓮兄さんのせいじゃない」

「けど…俺があの時、魔法少女の力をもっと早く使えば義父さんと義母さんを死なせずに済んだ。なによりお前が呪いに掛からずに済んだ」


 エイミーの顔や腕などの肌には、白い蛇の紋様があった。

 その紋様は相手を苦しめ、寿命を減らす呪い。


「俺の魔法少女の力は、どんな怪我や病気だろうと完治させることができる支援特化型。でも…呪いだけは解くことはできない」

「知ってる。だから呪いの進行を遅らせることができるこの病院に、入院させてくれたんだよね」

「エイミー…俺は」


 蓮が喋り出そうとすると、エイミーは彼の唇に人差し指を当てる。


「私ね。蓮兄さんのおかげでここまで生きることができたことに感謝してるの。本当に…ありがとう」


 微笑みを浮かべるエイミー。

 その微笑みは兄に対する感謝と、兄を悲しませないようするための優しさだった。

 蓮は胸が苦しくなるのを感じながら、エイミーの両手を優しく握る。


「蓮兄さん?」

「絶対にその呪いを解くから。そして学校にも行かせてやる。エイナと俺、エイミーの三人で遊びに行こう!」


 それは兄としての誓いだった。

 必ず救うという宣言を聞いて、エイミーは一瞬だけ呆然とした後、嬉しそうに微笑む。


「うん」

「約束だ」

「約束だね」


 蓮とエイミーは指切りげんまんをする。

 血が繋がっていなくとも、二人には兄妹としての絆が確かにあった。


「あ、蓮兄さん。そう言えばエイナから電話で聞いたんだけど。ついに魔法少女のこと…バレちゃったんだって?」

「ああ。秋葉原でモンスターフェスティバルが発生してな。仕方なく」

「一人でモンスターフェスティバルを解決したんだって?相変わらずとんでもないね」

「アハハハハハ……」


 苦笑しながら蓮は目を逸らし、指で頬をポリポリと掻いた。

 その時、蓮のズボンのポケットから音楽が流れる。

 ズボンのポケットに手を突っ込み、彼はスマホを取り出す。


「……」


 スマホの画面に表示された着信先の名前を見て、蓮は前髪で隠れていた目を細める。


「ごめん、仕事場から電話だ」


 エイミーにそう言って、彼はスマホを耳に近付けた。


「もしもし…はい…はい。分かりました」


 通話を終えた蓮は、スマホをズボンのポケットにしまう。


「すまん、急用ができた」

「気にしないで、蓮兄さん」

「また明日、見舞いに来る」

「うん。待ってる」


 蓮は病室を出た後、早足で廊下を歩いた。

 前髪で隠れていた彼の目は、刃の如く鋭い。


「今度こそ尻尾を掴んでやる」


 誰にも聞こえない大きさで呟いた蓮。

 彼の声には、敵を容赦なく切り刻みたいという強い殺意が宿っていた。

 

<><><><>


 午前七時三十分。 

 空が暗くなり、外灯が光り始めた頃。

 大阪のとある場所に建っている大きなビル。

 そのビルには多くの裏世界の人間や亜人がおり、麻薬売買や人身売買などの違法行為が行われていた。

 そんな危険なヤクザの巣で、一人の魔法少女が暴れていた。


「止まれこのおおぉぉぉぉぉぉ!」


 スーツ姿のヤクザの魔法少女が叫びながら、二丁拳銃を構えて弾丸を撃ち続けていた。

 魔法少女の力で強化された銃弾は、戦車をも撃ち抜く。

 音速を超えた速さで飛ぶ弾丸。

 それをヤクザの巣に侵入した赤き魔法少女は、大太刀で全て斬る。


「なんやねん…なんやねん己は!!」


 二丁拳銃をカタカタと震わせるヤクザの魔法少女。

 今、立っているのは彼女のみ。

 百人以上いた仲間は赤き魔法少女にやられ、血を流しながら床の上で倒れていた。

 赤き魔法少女はコツコツと足音を立てながら、ヤクザの魔法少女にゆっくり歩み寄る。


「おい」

「ヒッ」


 恐怖のあまり、ヤクザの魔法少女は攻撃することも、逃げることもできない。

 そんな彼女に、赤き魔法少女は殺意を宿した低い声で問う。


「《白蛇しろへび》がここにいたのは確かか?」

「そ、それがなんやねん」

「そいつ……今、どこにいる?」

「し、知らないうちに消えていた」

「そうか…なら」


 赤き魔法少女は右手でヤクザの魔法少女の顔を掴み、壁に叩き付けた。

 大きな衝撃音が鳴り響き、壁に亀裂が走る。


「死ね」

「ガハッ!」


 壁に叩き付けられたヤクザの魔法少女は白目を剥いた。

 彼女の頭から血が流れ出る。

 敵を殺した赤き魔法少女は、懐からスマホを取り出す。


「もしもし…敵は全て倒しました。はい…はい。分かりました。すぐに探します」


 電話を切った後、赤き魔法少女は廊下を歩く。

 歩きながら、赤き魔法少女—――魔森蓮はポツリと呟いた。


「今日もダメだったな」


<><><><>


 午後八時頃。

 とある小さなカフェで蓮はテーブル席に座っていた。

 コーヒーを飲みながら、彼はライトノベルの紙をペラペラとめくる。


「やぁ、待たせたな」


 その声を聞いて、蓮は本を閉じる。

 声の主は、黒いロングコートを羽織った黒髪の女性。

 見た目は二十代前半で、頭から垂れた犬耳を生やしていた。

 犬人の女性は蓮とは向かいの席に座り、店員にコーヒーを注文する。


「今日も派手にやったようだな」

「そういう依頼でしたので」

「ハハハ。そうだったそうだった……で?例のものは?」


 目を細めながら、尋ねる犬耳の女性。

 蓮はリュックから一枚の封筒を取り出し、女性に渡す。

 女性は封筒の中身を確認。

 封筒の中に入っていたのは、三枚の書類。

 その書類を見て、女性は笑みを浮かべる。


「感謝する。これで奴らを捕らえることができる。報酬はいつも通り振り込んでおく」

「ありがとうございます。では俺はこれで」


 蓮は伝票を持って、会計して帰ろうとした。

 そんな彼を女性は止める。


「蓮。少し話があるから待ってくれないか?」

「なんですか?」

「魔森蓮。ウチで正式に仕事をしないか?」

「またその話ですか」

「君のおかげで犯罪組織が次々と消え、日本は平和になってきている。我々警察は君を高く評価している。君がウチに来てくれれば心強い。それなりの地位や権力を与えよう」


 女性の言葉に対し、蓮は抑揚のない声で返す。

 まるで興味がないと言うかのように。


「……前も話したはずです。奴を見つけたら考えます」

「《白蛇》……か」

「はい。今は奴を見つけることを優先したいので」


 そう言い残して、蓮はカフェから出て行った。


<><><><>


 暗い夜。

 街灯に照らされた歩道を蓮は歩いていた。


「今日も大した情報はなかったな」


 冷たい風を浴びながら蓮は立ち止まり、空を見上げる。

 空には幾つもの星々が輝いていた。


「エイミーにも見せたいな。この星を」


 蓮がポツリと呟いたその時、


「なら儂が見せられるようにしようではないか」


 少女の声が聞こえた。

 声が聞こえた方向に視線を向けた蓮は、前髪で隠れていた目を大きく見開く。


「なぜ…なぜあなたがここに」


 蓮は冷静を装ったが、心の中では激しく動揺していた。

 なぜなら今、目の前に生きる伝説がいるから。


「おや?どうやら儂を知っているようじゃな」

「知らない人はこの世にはいませんよ」


 蓮は頬から一筋の汗を流す。

 彼の視線の先にいたのは、黒い振袖を着た少女。

 翡翠の如く緑色の瞳を宿した細長い切れ目。

 腰まで長く伸びた艶のある黒髪。

 そして頭部には彼岸花の髪飾りが付けられていた。

 誰もが見惚れてしまうほどの美しさを持つ和風少女。

 だが蓮は知っている。彼女が何者なのか。


「何百年も生きて、多くの魔法少女を育て、世界の平和のために活躍している初代魔法少女の一人、皇覇満月おうはまんげつ様」

「ホッホッホッ。様はいらぬよ、少年。いや……《魔炎まえん》」


《魔炎》。

 その二文字を聞いた蓮は驚愕の表情を浮かべ、すぐに目を細めた。


「どうやら俺のことを知っているみたいですね」

「知っているとも。お主のことは調べさせてもらったぞい。魔森蓮。エルフと吸血鬼のハーフの双子姉妹の義兄。妹である魔森エイナの学費と魔森エイミーの入院費を稼ぐために、警察と協力して裏組織を排除。そして多くの魔獣を討伐。男でありながら〈マジックアイテム〉に選ばれ、魔法少女になれる」

「本当に全て知ってるんですね」

「ああ、そうじゃ。日本で最も大きかった裏組織をたった一日で壊滅させてから、裏世界では《魔炎》と呼ばれて、恐れられていることも。そして…魔森エイミーを助けるために《白蛇》を探していることも」

「……なにが目的ですか?俺に接触したのは理由があるんですよね?」


 蓮の問いかけに対し、満月は笑みを浮かべて答える。


「単刀直入に言おう……儂の部下として働け」

「……どういう意味ですか?」


 言っている意味が分からず、蓮は眉を顰めた。


「そのままの意味じゃよ。儂の手足として働いてもらいたい。もちろん、ただではないぞ。知っていると思うが浮遊学園都市『大和』、魔法少女育成学園『三日月』、そして魔法少女協会のトップでな。金ならある。いくらでも出そう。そうそう妹の学費は儂が払ってやろう」


 皇覇満月は魔法少女協会の会長であり、浮遊学園都市『大和』の創設した人物でもあり、『三日月』の学園長として活躍している。

 普通の人であれば何百年も生きてはいけないが、魔法少女は違う。

 魔法少女は自分の体内にある特殊なエネルギー(魔力)を使うことで寿命を延ばしたり、肉体を若いままにすることなどができるのだ。


「…申し訳ありませんが、お断りします」

「まぁ待て。断るのはまだ早いぞ。お前の願いが叶うかもしれんのじゃぞ?」

「願い?」

「…魔森エイミーにかけられた呪い。儂が解こう」

「!!」


 蓮は目を大きく見開いた。

 そんな彼の反応を見て、満月は目を細める。


「魔森エイミーは《白蛇》と呼ばれる魔法少女によって呪いを受けた。だからお主は《白蛇》を探して、殺そうとしている。違うか?」

「……」

「呪いを解くには、呪いをかけた者を殺さないといけない。だが儂ならあの娘にかかった呪いを解いてやれるぞい」

「…本当に、呪いを解くことができるのですか?」


 蓮の問いに対し、満月は、


「できる」


 即答した。


「そうですか…」


 蓮はもう一度、星空を見上げた。


(アイツが……エイミーが病室の天井じゃなく、空を…星を見せることができる。自由に外を歩くことができる。なら、俺の答えは決まっている)

 

 フゥ―と息を吐いた蓮は、満月に視線を向ける。


「分かりました。あなたの部下として働きます。ただし、先に妹の呪いを解いてください」


 蓮の言葉を聞いて、満月は笑みを深めた。


「交渉成立じゃな」

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