兄の相棒
「ん?」
気が付くと、蓮は広い座敷にいた。
天井には巨大な炎の鳥の絵が描かれており、開いた障子から見えるのは日本庭園。
白砂の庭に植えられた松の木や、緑色に濁った池はとても美しく、風情を感じさせる。
そんな庭園を見ることができる座敷で、蓮は座布団に座っていた。
「こうしてお話しするのは久しぶりですね、蓮様」
彼の眼前には、炎の如く赤い髪を伸ばした少女がいた。
彼女は真っ赤な十二単を着ており、髪には鈴が付いた簪をつけている。
整った顔立ちに、紅玉の如く赤い瞳。
唇には赤い小町紅が塗られている。
そしてまつげが長く、耳には折り鶴の髪飾りをつけていた。
和風の絶世の美姫。
その言葉に相応しいくらい美しかった。
「ああ。こうして話すのは数か月ぶりだな。【鳳凰】」
赤き美姫―――【鳳凰】は微笑みながら、「ええ」と頷く。
「少しお話がしたくて、あなた様をここに呼びました」
「そっか……精神世界に俺を呼んだってことはとても重要な事なんだろう?」
〈マジックアイテム〉には意思が―――魂が宿っている。
辛い、楽しい、悲しい。そんな人が持つ当たり前の感情を、〈マジックアイテム〉にもあるのだ。
そして〈マジックアイテム〉は自分の所持者を精神世界という場所に連れて行き、話すことができる。
「いいえ。重要な話はありません。ただ……蓮様とお話がしたかったのです」
「例えば?」
「蓮様は多くの女性に愛されていますね~とか」
「やめてくれ」
蓮は頭を両手で抱えながら、悶える。
「俺のことを好きな奴らは全員、ヤンデレなんだぞ!しかも二人は妹だぞ!?」
「でも血は繋がっていないので問題はありませんよ?」
「血が繋がっていなくとも、妹だぞ!?手を出すわけにはいかないだろう」
「では白雪様を……」
「絶対に無理」
真顔ではっきりと言う蓮。
前髪で隠れていた彼の目は、恐怖で揺れていた。
「あの人が俺になにしたか分かっているだろう!?」
「まぁ……はい。で、でもそれぐらい愛しているってことですし」
「あの人の愛は怖いんだよ、マジで」
自分を抱き締めて、蓮はガタガタと身体を震わせた。
そんな彼を見て、【鳳凰】は苦笑する。
「で、では大石修様はどうです?あの子はヤンデレではないようですし」
「いや……妹の友達に手を出すのはちょっと……それに」
「それに?」
「俺が幸せになる権利はない」
蓮は目を細めながら、自分の手を見つめる。
彼の瞳には、手が血で赤く染まっているように映っていた。
「俺は……多くの人を殺した。必要な殺しだったとはいえ……人殺しは人殺しだ。それに……」
罪悪感と自責の念に満ちた目で、蓮は目の前にいる少女を見つめる。
「俺は……お前を人殺しの道具として使っている。本来、お前は人を殺すのではなく、人を助ける〈マジックアイテム〉なのに」
「……」
「こんな最低野郎に幸せになる資格はない」
強く拳を握る蓮。
そんな彼の頬を、赤き美姫は優しく両手で触れる。
「そんなことはありません。あなたは幸せになる資格があります」
「そんなわけ」
「あなたは充分、苦しみました。誰かのために人を斬り、人を救ってきた。自分の心を犠牲にして、多くの人を救った。そんなあなたが幸せになってはいけないなんてことありません」
「【鳳凰】……」
「それに人殺しの道具になるのを望んだのはこの私です」
紅玉の如く赤い目を細めて、【鳳凰】は言葉を続ける。
「悪人を切り裂く刃になりたい。そんな私の願いをあなたは叶えただけです。私はあなたのことを一度も恨んでいません。私があなたに抱いているのは……感謝です」
「感謝?」
「はい。あなたは死にかけた私を救ってくれた。生まれ変わらせてくれた。そして……主様の仇を討ってくれた。あなたには感謝しかないのです」
「そうか……」
【鳳凰】の言葉を聞いた蓮は、小さく頬を緩めた。
「その言葉を聞いて、少し救われたよ」
「それはよかったです」
【鳳凰】がフフフと微笑んだ時、蓮の意識が白く染まり始めた。
「時間のようですね。蓮様……またお話ししましょう」
「ああ。これからもよろしくな、相棒」
「はい」
読んでくれてありがとうございます。
気に入ったらブックマークとポイントをお願いします。




