プロローグ
黒雲に覆われた空。
月の光はなく、多くの木を揺らすほどの強風が吹いており、冷たい雨が降っている。
そんな激しい雨の中で、一人の少女が化け物達と殺し合いをしていた。
化け物達は大型トラックぐらいの大きさで、黒い皮膚に覆われている。
口から生えた牙や指先から伸びた爪は鋭い。
ありとあらゆる肉食獣が合体したような異形の化物達は、血走った目で一人の少女を睨み、襲い掛かった。
「邪魔だ」
銀色の装甲に覆われた機械仕掛けの鎧を纏った美しき少女。
彼女は雨で濡れた白銀のツインテールを揺らし、銀色の瞳を輝かせながら振るう。
右手に持った大型チェーンソーを。
「どけ雑魚ども!」
チュイイィィィィィィィィィィィィィィィィィン!!と回転音を響かせながら、超高速回転する無数の刃。
その無数の刃は黒き獣の肉を斬り裂き、深い傷を負わせる。
「「「グアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!?」」」
化物達の悲鳴が森の中で響き渡り、傷口から噴き出した血が地面が赤く染まる。
「ガアアアアアアア!!」
一撃で複数の化物達を殺した銀髪の少女。
そんな彼女の背後から、一体の黒き獣が襲い掛かる。
力強く振るわれた鋭利な爪。
迫りくる爪撃を少女は振り返らず躱す。
そして左手から銀色に輝く拳銃を生み出し、銃口を黒き獣の頭に向ける。
「邪魔だっつってんだろ!!」
カチリ!と引き金を引いた直後、銃口から白銀の弾丸が高速に放たれた。
弾丸が高速に放たれた。
白銀の弾丸は、背後から襲い掛かった黒き獣の頭を一瞬で吹き飛ばす。
頭を失った化物の身体は大きな音を立てて地面に倒れる。
少女は急いで走り出そうとした時、
「「「カアアアアアアアアアアアアアアア!!」」」
今度は烏のような巨大な鳥が空から襲い掛かった。
その数……五十羽以上。
だが少女は恐れなかった。
彼女の心にあるのは二つの感情。
急がないといけないという焦りと、自分の邪魔をする化物達に対する怒りだ。
「失せろ!」
額に青筋を浮かべながら、銀髪の少女は力強くそう言った。
次の瞬間、無数の浮遊する剣が空中に出現。
その剣は銀色に輝いており、推進器が搭載されていた。
バーニアから炎を噴射し、銀色の剣は空中を高速に飛ぶ。
無数の剣は空中をジグザグに動きながら、黒き怪鳥たちの身体を細切れにする。
「俺は……俺は今すぐアイツのところに行かなくちゃあいけないんだ!だから……・どけえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
機械仕掛けの鎧を纏った銀髪の少女は、森の中を駆けだした。
行く手を阻む黒き獣達をチェーンソーで切り裂き、拳銃で撃ち抜き、無数の剣で細切れにする。
大量の赤い血を浴びながら、ツインテールの少女は向かう。
大切な人の元へ。
(頼む!無事でいてくれ!!)
化け物達をいくつもの武器で屠りながら、少女は願った。
大切な人の無事を。
<><><><>
全ての化物達を殺した銀髪の少女は、森の中を走り続けた。
彼女の纏う鎧と銀色のツインテールは、雨と血で濡れている。
「どこだ……どこにいる!?」
走って。
走って。
走って……探した。
そして少女は見つけた。自分にとって大切な人を。
「……」
大切な人を見つけた少女の手から、拳銃とチェーンソーが滑り落ちる。
少女は銀色の目を大きく見開いており、口を震わせていた。
今、彼女の耳には激しい雨の音も、強い風の音も聞こえない。
「あ…ああ……」
銀髪の少女の瞳に映っていたのは、血塗れで倒れていた赤髪の女の子。
その女の子は右腕と左脚を失っており、顔や胸などには深い傷跡が刻まれていた。
彼女が纏うドレス風の赤い着物は破けており、近くには砕けたステッキが落ちている。
「あああ…」
赤髪の女の子に近付いた銀髪少女は、地面に両膝をつける。
絶望で顔を歪めた彼女の身体が、浅く光り出す。
少女の銀色のツインテールが黒いショートヘアーへと変わり、機械仕掛けの鎧が黒いズボンとフード付き白いコートへと変わる。
そして顔つきが少女のものから、少年のものへと変化した。
「り…り……さ」
少女から少年に変化した……いや、少年に戻った彼は震える手で地面に倒れている女の子を抱き締めた。
「ああ……」
少年は嘘だと願う。
「あああ……」
少年は夢だと願う。
「ああああ……」
だがこれは現実だった。
「あああああ……」
赤髪の少女の口から呼吸の音が聞こえない。
「あああああああ……」
赤髪の少女の身体が氷のように冷たい。
「あああああああああ……!」
大切なものを失った悲しみが。
大切なものを守れなかった己の無力さに対する怒りが。
胸が張り裂けそうな苦しみと痛みが。
頭がおかしくなりそうなぐらいの絶望が。
少年を襲った。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!!」
雨が降る暗い森の中で、黒髪の少年は叫びながら涙を流す。
<><><><>
魔導神聖歴485年、5月10日。
日本の都市と言われる東京。
その東京の空高く上に、浮遊する巨大都市が存在していた。
浮遊都市には高層ビル群が建ち並んでおり、大きな湖、自然豊かな公園、そして城の如き巨大な校舎がある。
都市の名は、浮遊学園都市『大和』。
大和には多種多様な種族の少女や女性が住んでいた。
普通の人間もいれば、ケモ耳や尻尾を生やした者や翼を生やした者もいる。
そんな色々な人が生活している浮遊都市にある学生寮。
その学生寮の扉から、青と白の制服を着た少女が慌てて出てきた。
「遅刻だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
いちごジャムが塗られた食パンを咥えながら、全力で走る少女。
彼女の髪は緑色のショートヘアー
瞳がルビーのように赤く、耳が細長く尖っている。
顔はとても可愛らしく、一言で言うなら元気いっぱいの女の子という感じだった。
そんな彼女は焦った表情でポケットからスマホを取り出し、時間を確認する。
「まずいまずいまずい!あと五分しかない!」
食パンをよく噛んで呑み込んだ少女は、必死に走り続ける。
だがこのままでは学校に間に合わない。
少女は先生に怒られる自分の姿を想像してしまう。
「仕方ない。本当は駄目だけど、使うしかない!」
一度足を止め、周囲に人がいないことを確認した後、少女は叫ぶ。
「吠えろ、【獅子の戦士】!!」
次の瞬間、彼女の両腕が黄金に輝き出す。
黄金の光が収まると、少女の両腕には金色のガントレットが覆われていた。
ガントレットに覆われた両腕を構え、彼女は唱える。
「変身!」
直後、少女の足元に黄金に光る紋様ーーー魔法陣のようなものが出現した。
その魔法陣から粒子が舞い上がる。
粒子は少女の身体を包み込む。
そして粒子は黄金の鎧と赤いスカートへと変わった。
両肩の装甲は獅子の顔を模しており、彼女のグリーンショートヘアーの一部が金色に染まる。
少女の姿はまるで……黄金の獅子の戦士。
「変身完了!よし、いっくぞ~!」
黄金の鎧を纏った少女は足に力を籠め、地面を蹴った。
すると弾丸の如き速さで移動する。
建物と建物の上を飛び移り、壁の上を走り、道路を高速移動した。
道路を走る車を追い越す。
「見えた!」
高速移動していた少女の視界に、城の如き大きな建物が映っていた。
その建物こそ彼女が通う学園にして、学園都市『大和』の中心部。
魔法少女育成学園ーーー『三日月』。
そして少女ーーー魔森エイナは三日月に通う女子学生だ。
「よし!門はまだ開いてる!」
エイナは加速し、学園の門を通ろうとした。
だがその時……不運が起きる。
「ニャー」
エイナの進路上に黒い子猫が現れ、歩いていた。
「ウソォォォォォォ!?」
まさかのトラブル発生。
このままでは子猫とぶつかり、命を堕とす。
「させるかああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
子猫とぶつかる寸前、エイナは力強く跳躍した。
おかげで子猫は無事。
命を堕とすことはなかった。
しかしエイナは違う。
「わわわわわ!止まってえぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
力加減を間違えたエイナは止まることができず、そのまま学園の窓ガラスを突き破った。
パリィィィィィィィィィィィィィィィィン!!
甲高い音が鳴り響き、彼女は床に転がる。
そして頭から壁に衝突する。
頭を両手で押さえながら蹲るエイナ。
「いった~い!」
「だ、大丈夫?魔森さん?」
少女の声が聞こえたエイナは、ゆっくりと起き上がる。
声の主はエイナが知っている女の子だった。
「委員長……ってことは、わたしのクラス?」
エイナは周囲を見渡した。
視界に映るのは大きな黒板といくつも並べられた机と椅子。
そして青と白の制服を着た少女達の姿。
少女達は驚いた表情でエイナを見ていた。
「あれ?私……やっちゃった?」
「その通りよ、エイナさん」
「!!」
威圧が込められた女性の声が、エイナの背後から聞こえた。
エイナは顔から滝の如く汗を流しながら、ゆっくりと振り返る。
後ろにいたのは、額に青筋を浮かべながらニッコリと笑う若い女性教師。
「ずいぶんと派手な登校ね、エ・イ・ナ・さ・ん?」
「せ、先生…げ、元気ですか?」
「ええ、元気。あなたに説教したいぐらい」
「きょ、今日も美人ですね」
「あら、ありがとう」
「もう美人すぎて、絶対に男ができないのが分かりますね」
「あら?喧嘩を売っている?」
「だ、大丈夫ですよ!結婚は人生の墓場と言いますし、先生は男ができない方が幸せですよ!」
「あなたが喧嘩を売っているのは、分かったわ」
額にいくつもの青筋を浮かべる女性教師は、細めた目でエイナを見下ろす。
担任教師から感じる威圧に、エイナは身体を縮こませた。
「それで?どんな事情があるか教えてほしいわ」
「……先生」
「なにかしら?」
「女ってのは……愚かな罪を犯す生き物なんでいだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ!!」
キリッとした顔でカッコいい声を出すエイナの顔に、女性教師はアイアンクローをする。
「エイナさん、お説教の時間ね?」
「す、すみませんでしたああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!とりあえず放してください!痛い!痛いです!今、ボキボキって聞こえちゃいけない音が聞こえて……ああああああああああああ!!」
学園中にエイナの悲鳴が響き渡った。
<><><><>
「はぁ~……酷い目に遭った」
椅子に座って、机に頭を伏せるエイナはため息を吐く。
「あ~まさか一時間ぐらい怒られるとは思わなかったよ。しかも窓ガラスを壊した罰として、一ヶ月トイレ掃除と宿題二倍か…いやだな~」
二度目のため息を吐くエイナ。
そんな彼女にクラスメイト達は心配そうな表情で近づく。
「大丈夫、魔森さん?」
「元気出してください」
「こういうこともありますよ」
励ましの言葉を言うクラスメイト。
そんな彼女達の優しさに、エイナは心が温まるのを感じた。
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫。私は元気だから!」
笑顔を浮かべて、明るく振舞うエイナ。
そんな彼女の頭に手刀が落とされた。
エイナは「いたっ!?」と声を上げ、頭を両手で押さえる。
「元気だからじゃないよ。少しは反省しなよ、エイナ」
エイナの頭に手刀を落したのは、身長二メートルはある褐色肌の女の子。
茶色の短い髪とスイカ並みの大きな胸。
そしてボーイッシュな顔立ちが特徴的だった。
「いたいよ修~。親友に酷くない?」
「親友だから僕は叩いたんだよ。まったくいつもいつも遅刻ギリギリに到着して」
「うぐっ」
「しかも緊急時か、魔獣との戦闘以外で魔法少女に変身しちゃだめって言われているのに、変身しちゃうし」
「うがっ!」
「そして今日は窓ガラスを壊す」
「ぐはっ!?」
「ハッキリ言ってダメダメ」
「い…痛いことを言わないでよ」
正論という名の刃に心を斬り裂かれたエイナは、胸を押さえる。
「で、でもでも仕方ないじゃん!私、朝メチャクチャ弱いんだよ!?」
「まぁエルフと吸血鬼のハーフだからね。エイナは」
エイナは人の形はしているが、人間ではない。
亜人である。
それも最も美しい種族と言われるエルフと、吸血能力を持つ吸血鬼のハーフだ。
吸血鬼は夜には強く、朝は弱い亜人。
故に半分吸血鬼のエイナは朝には弱く、寝坊しやすい。
「それに頑張って毎日夜遅くまで勉強してるんだよ!」
「それは偉いね。で、どんな勉強していたの?」
「そんなの決まってるよ!」
エイナは胸を張りながら、堂々と言う。
「妹が兄を自分のものにする方法ふぎゃ!?」
背の高い褐色肌の少女ーーー大石修は先程よりも強く、エイナの頭にチョップした。
エイナは頭を両手で押さえて、涙目になる。
「なんで叩くの!?酷くない?ねぇ酷くない!?めっちゃ痛いんですけど!?見てよ、たんこぶができたんですけど!?」
「バカなことを言っているエイナが悪い」
「バカとはなんだバカとは!こっちは本気で自分の兄を私のものにしようとしてるんだよ!!」
「余計にダメだって言ってんの!兄妹が恋愛しちゃダメ!!」
「いいんです~!血は繋がってないからセーフです~!」
「それでも仮にも兄を自分のものにしたいとか、頭おかしいよ!」
ギャーギャー!と騒ぎながら、睨み合うエイナと修。
そんな二人を見て、クラスメイトは「また始まった」と苦笑する。
「それにしても魔森さんってお兄さんがいたのね」
クラスメイトの問いに、エイナは「うん、そうだよ」と答える。
「一つ年上の兄でね。種族は人間。とても優しくして、自慢の兄なんだ。見た目は普通なんだけど、そこがたまらなくいいというか」
「へぇ~そうなの」
「うん……もう食べちゃいたいぐらい」
僅かに頬を赤く染めて、舌なめずりするエイナ。
そんな彼女を見て、クラスメイト達は「え?」と目を見開く。
「今……なんて?」
「なんでもない」
「そ、そう?」
「まぁ……とにかくこの学園に通えているのも兄のおかげなんだ」
「へぇ~いいお兄さんね」
「そうなのそうなの!」
「ちょ、魔森さん!?」
興奮した様子でエイナは、クラスメイトに顔を近づけて饒舌に語る。
「私が困ったときはいつも助けてくれるの!悲しいときは悩みを聞いてくれたり、頭を優しく撫でてくれたりしてくれるの!あとクリスマスやハロウィンや誕生日とかは美味しい料理を振舞ってくれて」
「はいストップ、エイナ。落ち着いて」
エイナの首根っこを掴んで黙らせる修。
まるで猫のようにぶら下がるエイナは頬を膨らます。
「む~。せっかく蓮兄の良さを教えているのに」
「教えなくていい。みんな引いてるから。先輩の良さは僕も知ってるから。それとそろそろチャイム鳴るよ」
修がそう言った時、キーンコーンカーンコーンという音が学園内に鳴り響いた。
チャイムの音を聞いて、教室にいた女子生徒達は自分の席に座る。
「ほらエイナ。自分の席に座る」
「分かったよ。だからそろそろ降ろしてよ」
エイナの首根っこを放した修は自分の席に座る直前、彼女はポツリと呟く。
「先輩に会いたいな」
耳を澄ませなければ聞こえないような小さな声。
その声を、エイナの細長く尖った耳は聞き逃さなかった。
「ちょっと修?どういう意味かな、それ?」
親友に向かってがんを飛ばすエイナ。
そんな彼女を見て、修は「しまった!」と口を手で押さえる。
だが……もう遅かった。
「なになに?修さんも蓮兄を狙ってる系?」
「いや……狙ってるわけじゃあ……」
「じゃあなんで頬を赤くしてるの?好きなの?好きなんですか?おおん?」
「す、好きじゃ……」
「好きじゃ?」
「好きじゃ……」
修は顔を真っ赤に染めていき、口ごもる。
数十秒後、修はゆっくりと口を動かす。
「好きに決まってるじゃん。先輩のこと……」
恋する乙女のような顔を浮かべる修。
そんな彼女を見て、エイナは額に青筋を浮かべて笑う。
「ハハハハハハハハハハ、OK。なら修は私の敵だね。今ここで叩き潰して―――」
拳を構え、戦闘態勢に入ったエイナ。
その時、
「なにをしているの?エイナさん」
エイナの頭が誰かに掴まれた。
エイナはぶわっと顔から汗を流す。
(振り返るな、私……今、私の後ろにいるのは)
ハァハァと口から荒い息を吐くエイナ。
彼女の頭を掴んでいたのは、女性の担任教師。
そんな女性教師は優しい声を口から出す。
「エイナさん。こっちを見なさい」
エイナはゴクリと唾を呑み込む。
覚悟を決めて、ゆっくりと振り返ったエイナは―――言葉を失う。
「本当に元気ですね、エイナさんは」
エイナの目の前にいたのは、鬼だった。
口から白い煙を漏らし、額に極太の青筋を浮かべ、顔を真っ赤にして笑う鬼がエイナの後ろにいた。
「ち、違うんです先生。こ、これは……その……」
「その?なんですか?」
「……」
エイナは悟った。
なにを言っても怒られるのだと。
ならば、
「先生……」
「なにかしら?」
「今、大人気のマッチングアプリをおすすめします。これで彼氏できない先生でも彼氏できます!良かったですね!」
直後、女教師のアイアンクローが炸裂した。
そしてエイナの悲鳴が学園中に響き渡る。
<><><><>
それから午前の授業が始まった。
「ーーーでは、授業を始めるわよ。はい皆、歴史の教科書とノートを出して。今日、やるところは26ページ」
女性教師の言われた通りに、女子生徒達は教科書とノートを取り出した。
「さて今回、学ぶのは基本中の基本。魔法少女の誕生についてよ。なんで魔法少女という存在が生まれたのか?はい、魔森さん。答えなさい」
女性教師に指名された魔森エイナは、
「スピ―……スピ―……」
気持ち良さそうな顔で眠っていた。
それを見て教師はビキリと額に青筋を浮かべ、チョークを飛ばす。
チョークは見事、エイナの額に直撃。
エイナは「いてっ!」と声を漏らし、椅子から転げ落ちる。
クラスメイトの女子はクスクスと笑い、修はため息を吐く。
「ずいぶん気持ち良さそうに寝てたわね。魔森エイナさん」
「い、いや~……先生の授業は眠たくなりやすくて」
アハハと苦笑するエイナ。
そんな彼女に教師は思わず、頬を引き攣る。
「エイナさん。宿題二倍から四倍ね」
「そ、そんな!酷い!先生には人の血は流れてないんですか!?」
「あなたはここの生徒の自覚を持ちなさい!!ここは昼寝をする場所ではありません!勉強する場所です。はぁ……もういいです。代わりに修さんにやってもらうわ」
修は「はい」と言って椅子から立ち上がり、口を動かす。
「今から485年前……つまり西暦2025年の頃、突如世界中に異世界とつながった謎の穴、ゲートが出現。そこから黒い怪物が現れました。その怪物の名は魔獣。魔獣は多くの人々の命を奪い、あらゆるものを破壊しました。人々も抵抗しましたが通常兵器では効果がなく、敗北。人々は死を待つことしかできなかったのです」
「その通りよ。それで?人々は死んじゃったのかしら?」
「いいえ。誰もが絶望していく中、ある少女達が立ち上がりました。その少女達は特殊な力を宿したアイテム、〈マジックアイテム〉を使い、姿を変えて超人的な力で魔獣達を倒しました。魔獣を倒す力を持ち、人々の希望となった少女達。彼女達を人々は、『魔法少女』と呼びました。魔法少女達のおかげで魔獣の数は減り、人々は平和な日常を取り戻しました」
「正解よ。ちゃんと勉強しているわね」
「まぁこれぐらいは」
「では次の問題。魔法少女は誰でもなれるのかしら?」
「いいえ、違います。魔法少女になれるのは、〈マジックアイテム〉に選ばれた女性だけです。〈マジックアイテム〉には意思があり、相応しいと思ったものの前に現れます」
「よくできました。もういいわよ」
修は席に座り、フゥーと軽く息を吐く。
「皆も知っていると思うけど、魔獣が現れてから変わったことは魔法少女の存在だけじゃないわ。人間の一部が角やケモ耳などを生やしてエルフや獣人になる亜人化が起こったりもした。そしてここにいるあなた達や私は〈マジックアイテム〉に選ばれた魔法少女。あなた達の役目はこの魔法少女育成学園、三日月で素晴らしい魔法少女になることよ。いいわね?」
「「「はい!」」」
立派な魔法少女になるために『三日月』に入った少女達は強く返事をした。
「特にエイナさんはもう少し真面目にやりなさい」
「はい……すみません」
「もう……あなたは一年生の中でトップなんだから。ちゃんとしなさい」
「すみませ~ん」
頭を掻きながら、エイナはヘラヘラと笑うのだった。
<><><><>
午前中の授業が終わった後、エイナは修と共に食堂に来ていた。
「はぁ~……やっと昼食だよ~」
エイナは注文した料理を近くのテーブルに置き、椅子に座る。
彼女が頼んだのは、レバニラ定食。
ホカホカの温かいご飯とよい香りがするわかめスープ。
鼻を刺激し、食欲をそそるレバニラ。
そして……コップに入った赤い血。
「やっぱり鉄分たっぷりのレバニラと食事用の血が一番だね」
「またその定食?たまには違うの頼んだら?」
一緒の席に座る修は、両手に持っていた大きな丼をテーブルの上に置く。
丼には山盛りの刺身が乗っており、いったい何人分だよ!と突っ込みたくなるような量だった。
「そう言う修は相変わらずすごい量だね」
「巨人族だからね、僕は。これぐらい普通だよ」
「そうだったね」
「そういえばエイナ。先輩……元気してる?」
「うん。連絡してる感じ、元気だよ」
「そっか……彼女とかできたり……は?」
「それはない」
修の質問に対し、エイナは即答。
エイナは瞳を僅かに黒く染めながら、口を動かす。
「蓮兄に彼女はできないし、作らせない」
「そ、そう?でも、いつかできるかもよ?例えば……後輩の女の子とか?」
頬を赤く染めて、モジモジする修。
そんな彼女を見て、エイナは額に青筋を浮かべる。
「大丈夫。蓮兄に年下の彼女はぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇたいに作られないから」
「絶対って……そんな」
「修。いくら親友でも蓮兄はあげないよ?」
威圧を放ちながら、にっこりと笑うエイナ。
そんな彼女に怯え、近くにいた女子達は椅子から立ち上がり、離れていく。
「……ふ~ん。そう。そんなこと言うんだ」
修は目を細めながら、エイナに顔を近づける。
「なら……今日の午後の授業で、僕がエイナに勝ったら……先輩を貰う」
「……いいよ。その喧嘩……買ってあげる」
笑い合いながら、睨み合うエイナと修。
彼女達は火花を散らした。
<><><><>
昼休みが終わり、午後の授業が始まった。
エイナのクラスは巨大な体育館に来ており、全員ジャージを着ている。
体育館の中はとても広く、天井も高い。
そんな場所でエイナと修は睨み合っていた。
「準備はいい?エイナ」
「いつでも」
少女達は息を吸い、叫ぶ。
「吠えろ、【獅子の戦士】!」
「大地を揺らせ、【大地の女神】!」
エイナの両腕が黄金のガントレットに覆われ、修の右手に茶色に輝く長い槍が現れる。
「「変身!」」
次の瞬間、二人の少女は姿を変える。
エイナは黄金の鎧を纏った獅子の戦士へと、変身した。
対する修は石の鎧を纏っていた。
シンプルなデザインで、しかしとても硬いのが見て分かる。
「いくよ、エイナ!」
修は茶色の槍を力強く振るった。
すると空中に大きな石の両手が現れる。
石の両手は拳を握り締め、エイナに向かって飛ぶ。
「はぁ!」
迫りくる石の拳を、エイナはガントレットに覆われた拳で破壊する。
そして足に力を入れ、弾丸の如き速さで駆け出す。
「まだまだ!」
修は床に槍を突き刺した。
直後、床から勢いよく無数の石の棘が飛び出す。
「なんのこれしき!」
石の棘を躱しながら、エイナは修との距離を詰める。
そして彼女は素早く拳を放つ。
「くっ!」
修は槍でエイナの拳撃を防ぐ。
ガキン!という金属音が鳴り響き、重い衝撃が修の両手に伝わる。
「こんのおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
修は力強く槍を振り下ろした。
しかしエイナは恐れない。
迫りくる槍を両手で掴んだエイナは、全身の筋肉を使い、修を持ち上げる。
そして、
「おりぁあ!」
修を床に叩きつけた。
「ガハッ!」
「私の勝ちだよ……修」
「クッソ~……また負けた」
「私に勝てないようじゃあ、蓮兄はあげられないよ」
フフ~ン!と笑みを浮かべるエイナ。
そんな彼女には聞こえない声で、修は呟く。
「絶対……先輩を奪ってやる」
<><><><>
「やっと授業が終わった~……」
背伸びをするエイナ。
壁にかけられたデジタル時計には、午後三時と表示されていた。
学園の全ての授業が終わり、放課後。
多くの女子高生たちが教室から出て行く。
「さ~て、さっさと帰ろ♪四倍に増えた宿題は今、忘れましょ~う♪」
机の中に入れていたノートや教科書を鞄にしまい、帰る準備を始めるエイナ。
そんな彼女に、修が声を掛ける。
「エイナ」
「どうしたの、修?」
「明日、どこかに遊びに行かない?学校、休みだし」
「ああ、ごめん。明日は別の用事があって」
「用事?」
「ふふふ!聞いて驚け。なんと……明日、東京で蓮兄と再会するの!」
「え?先輩と!?」
「そう!」
胸を張りながら、エイナはニヤニヤと笑う。
「どう?羨ましい?ん?」
「腹立つ!」
「あとで蓮兄との自慢話をしてあげる」
「本当にムカつく……けど、よかったね。エイナ」
「うん!すっごい嬉しい」
「本当に先輩のことが好きだね」
「そりゃあ、そうだよ!なんせ私は超ブラコンだからね!」
「自分で言うかな、普通。でもそんなに好きなら先輩と離れなければよかったじゃない?」
「チッチッチッ。甘いよ、修くん。離れていれば、蓮兄は私のことを考える。『元気にしているかな?』『学校、ちゃんと生活しているかな』って。つまり、蓮兄は私のことばかり考えちゃうってこと!好きな兄の頭の中を私でいっぱいにするって、最高じゃない!!」
「とんでもないことを言ってるよ、私の親友」
エイナの発言にドン引きする修。
教室にまだ残っているクラスメイト達もドン引きしていた。
むしろドン引きしない人はいないだろう。
「でも……やっぱり蓮兄とは一緒にいたい。できるのであれば、この学園都市で一緒に暮らしたかった」
「仕方ないよ。『大和』は女性以外立ち入り禁止だから」
修の言う通り、浮遊学園都市『大和』は男子禁制。
女性以外は入ってはいけないのだ。
「この学園都市にいていいのは学園長の旦那さんだけ。それ以外はダメだからね」
「分かってるよ。『大和』のトップの人が決めたことだし仕方がないことは。それでも…蓮兄と暮らしたい」
「エイナ……」
「あ~あ。せめて蓮兄を監禁できれば」
「うん、ちょっと待って。なに言っているか分からない。え?なんだって?監禁って言った?今、監禁って言った?」
「うん。そうだよ」
エイナは瞳を真っ黒に染めながら、口元を三日月に歪める。
「だってそうすればず~とず~と一緒だよ。他の女に奪われる心配もない。蓮兄は私だけのものになる」
「エイナ……とんでもなく恐ろしいことを言ってるよ」
「大切なものは宝箱に入れておきたい。ソレハオカシイコトカナ?」
修の瞳に映っていたのは親友の姿ではない。
今、彼女の瞳に映っていたのは、好きな男を自分の宝箱に閉じ込めたいという欲望に支配された悪魔の姿。
このままでは敬愛する先輩が無理矢理監禁される。
そう思った修は、覚悟を決める。
「そんなこと……させないよ」
修は茶色に輝く長い槍―――【大地の女神】を召喚する。
「先輩は僕が守るよ」
「……アハ、アハハハハハ!守る?守るねぇ……」
エイナは笑いながら椅子から立ち上がり、黄金に輝くガントレットーーー【獅子の戦士】を召喚する。
「やってみなよ、修!!」
二人の魔法少女は変身し、己の武器を構える。
教室にいた少女達は急いで出ていく。
愛する兄を監禁するという醜い欲望を持つエイナ。
惚れた先輩を守ろうとする修。
二人の魔法少女は威圧を放ちながら、睨み合う。
まるで勇者と魔王の対決。
「私は蓮兄を監禁し、童貞を奪ってみせる!」
「そんなこと……させてたまるか!」
二人の魔法少女は同時に床を蹴る。
「ハアアアァァァァァァァァァァァァァァ!」
「ヤアアアァァァァァァァァァァァァァァ!」
学園の教室の中で、二人の魔法少女の戦いが……今、始まった。
その後、担任教師が慌てて教室にやってきて、二人の喧嘩を止める。
そして数時間、教師は二人を説教したのだった。
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学生寮に帰ったエイナは早めに夕食とお風呂、歯磨きを済ませて、明日の準備をしていた。
ベットの上には何着もの服が並べられており、彼女は真剣な表情で悩んでいる。
「ん~どれにしよう。クール系?それともかわいい系?あぁもう、分かんない!!」
頭を掻きむしるエイナ。
まるで彼氏とのデートで悩む彼女だ。
「どうする?本当にどうする?とにかく蓮兄が欲情するような格好をしないと」
エイナがそんなことを言ったその時、机の上に置いてあるスマホから音楽が鳴り響いた。
『僕は妹を愛してる♪僕は妹に監禁されたい♪』
普通の人が聞いたらドン引きするような電話の着信音。
「チッ。誰だよ、こんな忙しいときに」
舌打ちしたエイナはスマホを手に取り、通話をONにする。
「もしもし?今、忙しいんだけど」
苛立った声でエイナが喋り出した。
すると、
『え?あぁ、そうなのか。ごめんまたかけ直す』
スマホから聞こえたのは少年の声。
その声を聞いたエイナは目を見開く。
「れ、蓮兄!?」
少年の声をエイナは知っている。
忘れるはずがない。
なぜなら声の主はエイナの尊敬する兄であり、最愛の人。
「かけ直さなくていい!このまま話そ!」
『でも忙しいんだろう?』
「ぜんぜん忙しくない!たった今、終わったから!」
『そ、そうか。ならいいんだが』
「それでどうしたの、蓮兄?明日のこと」
『そうだ。集合する場所は分かってるか?』
「もちろん!集合する場所は、東京の秋葉原に立っている初代魔法少女達の銅像のところだよね。集合時間は午前十時」
『正解。大丈夫そうだな』
「バッチリ覚えてるよ」
最愛の兄と話すエイナは頬を赤く染め、目を細めながら笑みを浮かべていた。
まるで恋する乙女の顔。
「明日…会うの楽しみにしてる」
『…ああ、俺もだ』
「じゃあ、また明日」
通話を終えたエイナは、静かな声で呟く。
「本当……大好き♡」
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空は暗く、美しい満月が浮かんでいた。
満月の光は、とある廃墟にいる一人の少年を照らす。
その少年は髪の毛が黒く、両目が前髪で隠れていた。
「アイツ……元気そうだな」
前髪で隠れていた両目を細めながら、微笑みを浮かべる少年。
そんな彼の耳に「うぅ……」という少女のうめき声が聞こえた。
「ああ……まだ生きていたのか」
振り返った少年の耳に映っていたのは……血まみれで倒れていた少女だった。
彼の周りには血塗れの少女達が地面に倒れている。
その数……百人以上。
「お……お前は何者……なんだ!」
「俺?俺は……」
「魔法少女の兄だよ」
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グレンリアスター。新しい作品です。
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