メモ(第1話 熾天使ブランシュ)
【1話 熾天使ブランシュ】
「レヴィン、朝御飯が出来たわよ。早く食べないと、冒険者達が来るわ」
「ちょっと、待ってくれ。もう少しだけ。ダンジョンの後始末で、ずっと不眠不休だったんだ」
「じゃあ、後5分だけよ。起きてこなかったら、どうなっても知らないからね。私はダンジョンマスターなのよ」
今俺が居るのは、ヒケンの森のダンジョン。そして、ここの熾天使でありダンジョンマスターは、俺の幼馴染みのブランシュ。
俺の所属していた、イスイの丘のダンジョンは、ダンジョンの禁忌に触れ崩壊してしまった。ダンジョンの禁忌とは、需要魔力はダンジョンが供給出来る魔力を超えてはならない。それがだけが、ダンジョン運用の絶対の掟になる。
ダンジョンから得られる魔力の7割は神々に上納し、残された3割の魔力がダンジョン運営にあてられる。
元々ダンジョン運営を行うだけでも大半の魔力を消費し、魔力予備率は少なかった。しかし、熾天使フジーコが乱発した勇者への加護は、ダンジョンの供給魔力を超えてしまった。
多くの黒子天使達や冒険者達を巻き込み、崩壊するダンジョン。多くの犠牲が出たが、それはダンジョンの中だけでは収まらない。天界で遊び呆けいていた、熾天使フジーコとダンジョン司令官のラーキにも災厄は襲いかかり、天界でも悲惨なことがおこったらしい。
なぜ、“らしい”となるかと言えば、俺がイスイの丘のダンジョンの責任者として処罰されることになったから。詳しくは聞かされないが、俺が生き残った天使の中で最高位となり、勿論最高位の者が責任を取らなければならない。
しかし、窮地に陥った俺を幼馴染みのブランシュが救ってくれた。ヒケンの森の司令官になることで俺の処罰は無くなるったが、それは新しくダンジョンマスターとなる熾天使が叶えられる1つだけの権限を行使してくれたからだ。
だからブランシュは、ただの幼馴染みではなく、俺の命の恩人になる。そんなことを考えつつも、再び睡魔に襲われる。遠退く意識の中で、頭の中に浮かび上がる天界の光景は、遊び呆ける熾天使フジーコと、黒子天使のラーキ。
次第に2人の顔は恐怖に歪み、何かから逃げている。歪に膨らむ四肢。そこから血が吹き出すと、身体は四散し爆ぜてしまう。
急に現実世界に引き戻され、ベッドから飛び起きると、目の前には笑顔のブランシュがいる。黒く長い髪は腰まで届き、澄んだ蒼い瞳は聡明さを感じさせる。
小さい頃からずっとブランシュは人気者で、その美貌は天界でも評判だった。しかし、ずっと一緒にいる俺は、そうは感じない。口煩く、お節介焼きの幼馴染み。
「起きた?もう5分は過ぎてるわよ」
笑顔だけど、決して笑ってはいない。このまま、二度寝でもしようものなら、機嫌は悪くなる。その証拠が、俺が見た熾天使フジーコとラーキに訪れた災厄の光景。決して夢ではなく、ブランシュの魔法が見せてきた光景。
「ああ、起きてたよ。まだダンジョンの稼働までに3ヶ月はあるんだ。慌てなくても大丈夫さ」
「3ヶ月しかないのよ。幾ら準備してもし足りないことは無いわよ。誰かさんが、ダンジョンを崩壊させたせいで、私にとばっちりが来たんだから」
「俺のせいじゃないだろ。責任はフジーコとラーキだろ」
「あら、止める方法は他にもあったんじゃないかしら?お陰で、私に回ってきたのは、辺境の急造ダンジョン。こんな筈じゃなかったのに。ほんとなら、もっと立派なダンジョンから始める予定だったのよ」
ダンジョンランキングでもトップ100に入るダンジョンの崩壊は、天界にも大きな衝撃を与えた。獲得される魔力の低下は、神々の威厳の低下を招く。それは決して許されず、幾つかのダンジョンが急増されることになった。
ブランシュに宛がわれたのは、イスイの丘のダンジョンから遠く離れたヒケンの森。近くに街はなく、小さな村が点在するだけの辺境の地。
クリエイトダンジョンの魔法で出来たのは、大きな洞窟。ダンジョンである証拠として、ダンジョンコアと呼ばれる輝石があるが、拳程の大きさの輝石は、ヒケンの丘のダンジョンと比べても遥かに小さい。
ブランシュは、わざと眉間にシワを寄せ腰に手を当て、怒ったフリをしてみせるが、それは全くの嘘で天界から解放されたことを喜んでいる。
天界に居続ける間は、神々にこき使われる耐えるしかない。解放されるには、その雑用に耐え熾天使となりダンジョンを任せられる以外に方法はない。
「はいはい、しっかりと働かせてもらいますよ。ダンジョンマスター様」