⑤ 天下布武
探査船からたくさんの物資をいただいた(ぶんどった)おかげで、物資的にはあまり困らなくなった。
『この中に政府軍の発信機とかあったらどうしようね』
「その時は一緒に逃げるんです。もうびびってもしょうがないんですよ?」
そうだね。そのとおり。
(でもさ…殺人犯と逃避行だよ?)
フレイアさんには申し訳なくて複雑な気持ちだ…。
もしどこかで捕まることがあったら、
「脅迫して、人質として連れてきただけだ。」と言い張ることにしよう。
彼女に責任を負わせるわけにはいかない。
どうもこの空間転移とか時間転移というのは苦手だ。
“気づけば時空を超えて着く”というありがたいものなんだけど、オレの場合、“(気を失って)気づけば着く”というありさまなので…なんとも頼りない。
そして予定通り…しばし気を失ったのか、快眠ののち目が覚めると…入力済みの場所に到着したようだ。
(どこだここ??)
「太陽系第4惑星と第5惑星の間、アステロイドベルトにある準惑星ケレスです。ここにちょっと用事があります」
(何があるというのだろう…。)
ケレスの南半球のとある小高い丘。
クレーターというわけではないようだ。
船はオートで着陸シークエンスに入ると、指定した丘のふもとにゆっくりと着陸する。
フレイアさんに促されるまま宇宙服を装着し、エアロックから船外に出る。
数分程度ならコンバットスーツでも代用が効くのだが、戦利品の整理がまだできていないのと、コンバットスーツはあくまで代用でしかないので「宇宙空間に出ます!」とはっきりわかっている場合は、このごっつい宇宙服を着ることが推奨される。
万が一宇宙空間に漂流しても宇宙服なら1週間程度は生命維持が期待できる。
断熱、体温調整、放射線遮断などの短時間の生命維持はもちろん、水分の補給、必須栄養分の補給など、いざとなると経口摂取させずに生命維持をしてくれる。体内のナノマシンとも連動する機能もある…という。
いちばん最先端の宇宙服は、姿勢制御だけでなくワープ機能まで…という都市伝説もまことしやかに述べられる。
ブルジョア仕様ならありえるのでは…と、オレも睨んでいる。
そんな豆知識を妄想していると、エアロックのシグナルはグリーンからレッドに変わった。
減圧完了のシグナルだ。
何度経験しても減圧のときはあまりいい気分がしない…。
フレイアさんに押し出されて、船外に出ると闇の中に星々が瞬いている。
被服を1枚隔てて、暗黒の空間である。
そう考えると、いつも肌がぴりぴりする。
歩く(跳ねる)こと10分程度。
ある岩の前でフレイアさんは停まった。
「ここから入ります」と通信が入った。
親指で下の岩を指している。
(え?ここから??)
と、頭の中が“?”でいっぱいになっていると、砂を手で払いのけ、何か人工物が顔を出した。
(ドア?)
手のひらをかざす。
ロックが解除したようで、ランプが点灯し扉が開き始める。
こんな場所にレジスタンスの秘密基地でもあるというのか??
びっくりするとともに感動していると、
「秘密基地ではありませんよ」と通信が入る。
(はて…)
ドアをくぐると目の前にぼんやりと光が灯る。
さらにドアをくぐると、ここはエアロックらしい。
レッドランプからグリーンランプに変わって、フレイアさんが親指を上向きに立てた。
「ヘルメットを取ってもだいじょうぶですよ」と通信が入る。
ますますレジスタンスの秘密基地感がはんぱない。
エアロックの反対側のドアを開けて中に入った。
結果から言うとここは、イシュタル政府軍の施設なんだそうだ。
政府軍のスパイが主に使うことがある緊急避難施設というのが正解らしい。
ここで休んだり、ときにはケガを治したり、撤退前や出発前の準備をする。
スパイはほぼ地球や火星などの大規模施設で活動するから、ここに来るのは任期満了か、任務開始か緊急事態かのどれかとなる。
満了と開始はほぼ重なり、いつごろなのかはレジスタンス本部でもおおよその検討はつくらしい。
そのタイミング以外であれば、ほぼ滅多に政府軍のスパイにも出くわさず、使用は自由ということになるそうだ。
緊急事態のスパイがいたらそのときはそのとき…。
でも…鉢合わせしたことがないのかと聞くと、
「今のところ聞いたことはないかな。最近だとスパイも直接乗り込めるらしいから。」という。
ちょっと古めの施設なのかな。
で、われわれが来た目的は???
ここを根城にして宇宙海賊になるとか…。
そんなわけないわね。
ここに何があるんだろう。
「ここは政府軍のスパイが事前と事後に準備する場所です。スパイの準備ってなにを必要としますか?物資ももちろんですが、おそらく情報も必要ですよね。」という。
フレイアさんの話をまとめると、ここは膨大な情報が蓄積されたデータベースのようなものなんだそうだ。
ここを拠点に出入りしていたことで、情報が自然と蓄積されていった。
もちろん、スパイたちは本国で活動報告するし、それ以外では情報を漏らすようなことはしない。
だが、ここだけはスパイ同士のお互いの確認や引継ぎとして情報の共有を図っていたようだ。
ケレス自体も重要な位置にはないし、進入口も知らなければ全くわからない。
おそらく外形上まったく異状もないだろうし。
今まで地球連合に見つかっていないとすると、船の出入りも、怪しい電波も、光の漏れもなかったのだろうと思われる。
この準惑星自体はかなり昔に地球人による観測・調査が終わっているだろう。
戦略的な重要性を再度見出すとか、端的に資源があったなどの理由がなければ、わかっていることをもう一度探査に行くという酔狂なことはしないだろう。
地球側も活動拠点を太陽系内に作るとしても地球や火星などのすぐそばに作る意味はほとんどない。
もし作るならもう少し遠くに作るだろう。
実際、大きな施設は、海王星衛星トリトンや天王星衛星チタニアなどにある。
その点ではケレスは近からず遠からず最高の立地だったと思われる。
イシュタル軍め、敵ながらなかなか目の付け所がいいなと思った。
“地球図書館”ともいえるデータベース。
ここで何を探すのか…。
起動したそのとき。
単調な機械音ののちコンソールには赤く点滅する輝点が表示された。
レーダーに何かが映った信号だ。
これは…おそらく船。
スピードは大したことはなさそうだが、まっすぐこっちに向かってきているようだ。
すぐそばにワープアウトされなくてよかった。
それなら手遅れだったかもしれない。
とにかく、このままでは危ない。
脱出しなければならない。
接近してくる船が地球連合軍で、ケレスの地表上に異変を見つけて、この“秘密基地”を攻撃などして来たら手も足も出ずに蒸発してしまう。
もたもたしているフレイアさんを引っ張り出して、エアロックに押し込む。
エアロックでごわごわする宇宙服を着こむ。
急ぐからといって適当に着込んで減圧なんてできない。
なんとかお互い着込んだことを確認し減圧。
グリーンランプからレッドランプに変わるのを待って、重いドアを開けて外に出た。
ケレスの地表にあるドアからちょっとだけ顔を出してみる。
強烈な太陽光で眼がまだ慣れないが、有視界にはまだなにもないようだ。
すぐに地表に踊り出し、跳ねながら脱出艇に戻った。
跳ねるように乗り込む。
宇宙服もそこそこに、ただちに出発シークエンスに入る。
脱出艇のレーダーにも反応があった。
が!消えた。
ケレスの裏側に入ったか。
今がチャンスである、すぐに出発せねば。
レーダーを睨みながら緊急浮上する。
エンジン全開。
直ちにワープ準備に入る。
間に合うか…。
もう少しでワープ準備が完了というところで、レーダーに反応が現れる。
地表を回ってきたようだ。
地平線のかなたに現れたその船とは、もはや目と鼻の先…。
相手の射程距離にも入っているはずだ。
相手のAIが攻撃モードであれば直ちに攻撃される距離だ。
視界に入ったその船は艦首がこちらに向いている。
こちらのフォトンレーザーの向きには合わない。
操縦桿を握る手に汗がにじむ。
船が光に包まれる。
とっさに右腕を伸ばし、横のフレイアさんを守ろうとかざす…
んー、よく寝た。
さっき光に包まれたから、おそらくここがあの世…
ふわふわとして気持ちいい
これはヴァルハラに違いない…。
あとでお礼を言っておこう。
神様ありがとうと。
「目が覚めた?」
(え?この声は…フレイアさん???)
一気に目がさめた。
どうやら草原でフレイアさんに膝枕されていたようだ。
これはまずい。
こんなとこ見られたら、全宇宙のフレイアファンに刺される、撃たれる、呪われる。
飛び起きると当時に周りを確認し、有視界に、人影がないかを確認する。
完璧に目覚めた。
気持ちいい目覚めではなく、周囲警戒の必要による覚醒である。
「それだけ飛びまわれたら大丈夫ですね。」
過呼吸気味となった呼吸を…整える。
(ここはどこだろう…)
冷静に周りを見ると、なんとなく懐かしいような気もするし。
とりあえず呼吸は問題なさそうだ。
(あれ、船は??)
たしか光につつまれたはず。
まさか爆発四散して、われわれ二人だけ異世界に転生したとか…??
まあ、それならそれで楽しい異世界スローライフをぜひ…と瞬時に切り替えたときフレイアさんはショッキングなことを告げる。
「たぶんだけど、スリップジャンプさせられたんだと思う。船はあそこ…」
指が指し示す方を恐る恐る見てみると…
Oh…船がひっくり返っている。
船体に“天地無用”と書いておくべきだったか…いや、そういうことではない。
あんまり変な妄想していると、フレイアさんに…ああ…やっぱり白いじっとりとした目で見られてる…。
「多分大破はしてないと思うんだけど、なにしろひっくり返っているから、操縦席のコントロールパネル触れなくて…。船の機関は生きているみたい。でも細かい機能がどうかまではわかりません…。」
そっか…。
ありゃなんとかしないとね。
長い棒を見つけてテコの原理で…ってのは無理だよな。
でもまぁ、とりあえず船があるなら必要物資は全部そろっているから、一安心。
またイシュタルの遭難の時のようなことにならずに済むと思われます。
…それにしても、30m級の船を…ひっくり返して戻す手段って何かあるかね…。
と、ここで途方に暮れててもしょうがないので、故障していないか確認に内部に入った。
中はライトついてるし、空調も死んでいない。
ドアの開閉もスムーズだ。
エアロックも異常は見つからない。
だが…エンジンルームは静まっている。
エンジンは停止中のようだ。
再起動して、姿勢制御ブースターを稼働すればもとに戻せるかな。
「ちょっと!ぎゃっ」とフレイアさんの声が聞こえた。
政府軍の探査船のことが頭をよぎる。
すぐに船を飛び出し声の方向に向かった。
「痛いなぁもう」と座り込んでいる、フレイアさん。
最悪のことではなさそうだ…。
『…何かありましたか?』
「これ…こんなところに…」
あ…ここって姿勢制御のブースターだよな…。
横向きとなっていたブースターの小さな円錐のなかには小鳥が巣を作っていた。
なんと早い巣作り。
未確認でエンジン再起動しなくてちょっと良かった。
(ちょっと待て…?巣??)
ところでオレたちはここに到着して何日経つんだろ。
片メガネ型のウェアラブル端末を見ると日付が事件の4日後を示していた。
4日も寝てたんですね…。
『それにしても攻撃してきた船は…あれはなんでしょうね??』
「わかりません…緊急避難してきたスパイに鉢合わせちゃったのかな。」
そっか…なんと運が悪い。
もうちょっとゆっくりとお茶を飲みたかった…。
さて…かわいそうだが小鳥を避けてエンジンを、と巣に手を伸ばしたら、
「小鳥…」と寂しそうな声。
(ま、まさか…。)
フレイアさんが言うには、鳥が巣立つまで待とうと。
それはいったいいつになるのか!
端末で調べてみると、この小鳥はツバメ。
巣立つまでは抱卵から24日らしい。
まだ卵は抱えていないようだ…。
…我々はここに24日以上の滞在が決まった。
船はひっくり返っているが、とりあえずレジスタンス組織向けに特定回線でSOSを出す。
緊急用の回線を使って政府軍の探査船に捕まったことを思い出し、レジスタンス向けの回線を使用することで二人は合意した。
ブースターは噴射させないとしても、生活エネルギーがなくなるのはまずかろうとのことで、エンジンの再起動に入る。
さすが脱出艇だけあって、いわゆる燃料は心配いらなさそうとのフレイアさんの話。
宇宙空間を漂うことを想定しているつくりなので、とにかく省エネで長持ちするように作られているのだろう。
船に入ると操縦席は…上にある。
上空3メートルにある逆さまの座席にどうやって座ろうかと悩み、近くにあった工具箱やら機材やらをかき集めて簡単な山を作った。
おそるおそる登ると…予想通り崩れ落ちた。
セルフバックドロップを受け、悶絶すること2分。
形状をすこし改良し再挑戦。
富士山のような成層火山形状のすそ野をもう少し広げる。
危なくない形状として目指すのはハワイのキラウェアのような楯状火山の形状。
だが…船内にはそのような広いすそ野を許すスペースはない。
おまけに山体を構成できる物資(オレが乗っても大丈夫な頑丈なもの)は…それほどない。
やむをえず、成層火山形状の嵩をちょっと上げることで妥協した。
あともうちょいで指先が椅子に届くのだが、なんとももどかしい。
地上から1m以上の地点に立ち上がり、背伸びをする。
もうこれ以上ないところで垂直飛びを試みる。
もちろん失敗する。
失敗後、どういうわけかまた雪崩式のセルフバックドロップに入る。
悶絶すること2分。
呆れるじっとりとした視線を感じながら、再挑戦を試みる。
今度は、1mの標高にプラスして、さらにもう少し機材を置く。
山の周りに段ボールを敷き滑落に備える。
バックドロップ対策だ。
「あの…これを使ったら…」
(ん?)
できる限り威厳を保ったまま振り返ると、フレイアさんが脚立を持っていた…。
フレイアさんからいただいた魔法の架け橋(脚立)を利用し、腕の力で操縦席をつかむ。
懸垂の要領で上空に座り込んだ。
腕でしか支えていなかったので、すぐにシートベルトを着け腕への荷重を解放する。
腕はプルプル言っている。
シートベルトに肩の肉が食い込むが、腕で支えるよりはマシ。
しかも、これから作業するのだから腕を解放するのは必要不可欠だし。
エンジン始動に成功。
ぼんやり灯っていたライトが通常の光度に戻った。
これで空調はもちろん給湯も飲料水も大丈夫。
ごはんを温めることも炊くことも可能である。
パンを焼くと言う文明的な作業も可能である。
すべて上下さかさまにだが。
生命の維持が可能となるエンジンの再始動ができたところで、天井付近に向けて飛び降りた。
あとからフレイアさんがコンピュータに入力し解析したところ、姿勢制御ブースターの噴射をコントロールすれば、船が横にある樹木に引っかかり、そこを支点として上下を戻すことができそうだ。
船の機能にも故障がないようだ。
≪その日の夜≫
腕をやさしくいたわり、さかさまの操縦席を恨みがましく睨みつけながら天井に横になっていると、隣室のフレイアさんから声がかかった。
“ケレスで何をしたかったのか。”
話は遡る。
地球連合軍によるイシュタル侵攻戦。
そのタイミングに合わせて行われたレジスタンス軍による政府軍艦艇潜入作戦でのこと。
政府軍の船に捕虜として捕まっていたオレをフレイアさんは助け出してくれた。
潜入作戦の指揮を執っていたリーダーが司令部に戻って作戦の顛末を報告していた。
眠っていたオレを監視カメラ越しに見て話しているのを、フレイアさんは耳にした。
「ここで会うとはな…」
「フレイアが回収したそうだ」
「…戻すか?」
そんな会話を聞いたそうだ。
戻すことを検討していたから、ここにいてはいけない人なのだろう。
そんな人なら何かしらの情報があるのではないか。
それならスパイの共有データベースのここならどうだろう。
このまま戻ってしまうと、また捕虜となり、場合によっては政府軍に戻されるだろうから。
そう、思ったそうだ。
そこまで心配してくれてたんですね。
ありがたいことです。
「ケレスのデータベースになんとかアクセスして検索したら、それらしいもの見つけたのに…」という。
え?なにか見つけたの??
気になる…。
まぁ、でもあの状況だったからなぁ…。
あまり期待はしないほうがいいのかな…。
どんなデータでしょうね。
あ、学校の成績とかだったらやだなぁ…。
『まだツバメたちの巣立ちまで日数はあるので、あとで見せてくださいね。』
穏やかな気持ちになり眠りにつく。
≪翌日≫
24日以上の滞在が命題となったわれわれは、ツバメがいつ抱卵するかをわくわくしながら待ちつつ、付近の調査を行うこととした。
ひまだしね。
調査くらいしかすることないですし…。
ここがどこなのか、いつなのか…
船のコンピューターに残っていたこの数日の星の位置などを調べると、星の配置からしてここは地球。
北緯35°01′
東経135°46′
時代は…16世紀
西暦1582年6月1日 ニホン キョウト
抱卵してから巣立つまで物音は極力出さないように気を付けようなどと約束事を決めた。
なお、ツバメの巣付近に超小型マイクロカメラを設置した。
24時間、AIに監視させ動向を逐一報告させる一方、巣の周りを射程範囲とするフォトンレーザーで外敵の侵入を未然に防いでいる。
完璧な防衛体制だと自負している。
世界一可愛いつがいに世界一可愛い雛が産まれるのだから、防衛力も世界一であらねばならない。
ぶつぶつぶつぶつ…
フレイアさんから「おやばか…」と、軽いツッコミなのか意味の不明なことを言われた。
『一度保護すると決めたからにはだね…』
と、言いかけて「もういいです…」と、訓示をシャットアウトされた。
ツレナイお人だ…。
それにしても…。
まさかここらへんも文明のないところなんだろうか…。
宇宙船が突然あらわれてひっくり返ったのだが、その状況を見に来る人影はなさそうだ。
船のコンピュータにも、この4日間、人の接近のデータは残っていなかった。
船の中にある小型の浮上型バイクを引っ張り出した。
前方に自分、後方にフレイアさんが乗った。
危ないから自分だけで行くと主張したのだが、残っている方が危ないと反論された。
いろんな意味で何も言い返せず、ともに行動することにした。
もともとは真空状態での移動を想定した小型の移動補助装置で、ケレスで飛び跳ねていたあの時に使うような代物である。
が、このような大気の中でも利用は可能であったのでそのまま利用した。
出発前に、探査船で戦利品をがさがさと探り、装備はそこそこの状態となった。
さかさまだったし荷物はぐちゃぐちゃだったので、見つけられるものをかたっぱしに試して装着したと言うのが正しいが。
コンバットスーツを見つけた。
周りの風景を読み取り溶け込むような迷彩柄となるつなぎを着込む。
AI搭載のようでこちらの指示も入力できるようだ。
服のあちこちにいろいろなセンサーがあるようで、生命維持に一番適切な状態を保ってくれるようだ。
おそらく短時間なら火災現場のような高熱や真冬の海のような厳寒や、真空状態でさえ対応できるモノだろう。
着込むとその人の体形に合わせて生地が縮んでいく。
とてもジャストフィットだ。
靴も変形し完全なフィット感となる。
フレイアさんはどうだろうかと見てみると…。
ボディラインが丸わかりである!
(なんてことだ!)
オレの大脳がものすごい速度で解析を始めている。
もちろん、この光景は画像として永久に保存される。
“目に焼き付けた”と言われる機能であり削除は不可能である。
ただし…フレイア親衛隊はこの宇宙のどこに潜んでいるかわからない。
フレイア様のボディラインをまじまじと見つめて楽しむおっさんなど、社会の敵としてあらゆる暗殺者がオレの命を狙うだろう。
寿命さえ全うできそうもないのか…
ぶつぶつぶつぶつ…
危機感を感じさらに荷物をまさぐった。
ジャケットが見つかったので着させた。
というか、隠した。
これで視線のロックオン状態は解消された。
ダメージは極めて大きいが。
自分も着た。
うん、かっこいい(自分を除く)。
ちなみに、最近、フレイアさんに対する思索(妄想)はあまりツッこまれなくなってきた。諦めてくれたのか、それとも思索(妄想)が漏れないような処理をオレは身に付けたのか。
今のこれら妄想にもまったく無反応である。
この調子だと助かる。
バイクに乗り込みそのまま付近を走らせる。
風が気持ちいい…。
ではなく、風景に目を凝らす。
(ん?あれは…街並み??)
近くの森に入り込み、片メガネ端末で遠方を観察する。
(ちょんまげ??)
バイクを森の陰に偽装して停め、コンバットスーツの柄を付近の人々風(おそらく町人風)に替えて、町に出てみることにした。
おいおい、顔は?と突っ込みが亜空間から来そうだが、それもこのコンバットスーツのすごいところ。
顔の薄皮一枚前にホログラム映像が浮かび上がり、まったく別物の顔を投影できる。
いわゆる東洋人の顔が浮かび上がり、この街にいる人たちと似たような風体にたちまち切り替わる。
フレイアさんも町娘っぽい風体に仕上がった。
このような格好をしても、もともと持つ美は隠せないようだ。
と、思索(妄想)していると、一瞬蔑む目線をもらえた。
…やっぱり思索(妄想)が漏れない技術は体得できていない気がする…。
街に向かうとそこは賑やかな人だかりがあった。
オレはこの街を知っている。
ここは…
と考えことをしていると、
「あちこち見て回りましょ。せっかくの外国だし。」とはしゃぐフレイアさんの声。
(う、うん…。)
どうやら君主であるノブナガ・オダという人が居城のアヅチというところからやってきて、今日はキョウトに滞在しているそうだ。
それでお祭りムードなんだそうだ。
賑やかな街並みを歩き回り、情報を聞き取りできた。
フレイアさんは“オメン”という顔の形をした造型物と、“ミソデンガク”というファストフードを物々交換で手に入れたという。
とくに“ミソデンガク”はいい匂いがしていたので、ひと口欲しかったが、さっさと頬張って美味しそうにしていた。
満面の笑みなのでツッコミ不可能。
やむを得ない。
ノブナガ・オダという人は、このニホンという国の戦乱をもうほとんど終わらせた人らしい。
100年続いた内戦を終わらせたそうだ。
ほんとにすごいと思う。
夕方まで歩き回り、夜になりそうだったので、船に戻ることになった。
気のせいか、なんだか胸騒ぎがする。
船に戻って眠りについた。
フレイアさんはもう寝ただろうか。
オレは…眠れそうもない。
なんとなく胸騒ぎが強くなってきた。
暗闇の中、時計をまさぐると…今は…午前3時を回ったところか。
気になるのでまたキョウトの町に戻ることにした。
地球の真っ暗な夜が懐かしかったが、すでに数日経過してかなり慣れてきた。
午前4時を過ぎた…。
空が白んできた。
こんな朝早くから賑わいのある街…とは、ちょっと違って騒がしい。
これは…火災が発生したようだ。
火災現場に近づくと、兵士と思しき者、右往左往する町人などがごった返している。
キョウトは見たところ木造建築が多い。
風向きによっては火災が広がるかもしれない。
さらに現場に近づくと…兵士に攻撃されている場所を発見した。
柄を透過迷彩に切り替え、攻撃されている場所に入りこんだ。
多勢に無勢…陥落は間近に見えた。
隙間を縫うように入り込み、建物の中に入る。
白い寝間着だろうか、弓で応戦している者がいる。
その者が建物に入ったのに合わせて自分もお邪魔した。
目的は…わからない。
なんとなくついて行った…。
その寝間着の者…なんだろう…
建物自体もあちこち火災が発生しているようだ。
入ると、熱気と煙で息苦しさを感じる。
白い寝間着の男は、さらに奥の部屋に入っていく。
なぜか自分は迷彩を解き、ついて行く。
まわりには誰もいない。
白装束の急に男は振り向くと、とても驚き、静かに問うた。
「シグ!?いや…そうか…そういうことか…」
なんのことかわからない感情と、納得する感情が併存する…。
懐かしさ…?
「そう怪訝な顔をするな。わしはそなたの“分身”だ。」
(“分身”…??)
その言葉を頭で何度も反芻していると、奥から一人現れた。
現れた者は黒人の大男であった。
「弥助だ。連れて行ってくれ。来し方行く末どこまでも行く。元はそなたの部下ぞ。」
そういわれると男は深々と頭を下げた。
「お久しぶりです。命令に従い信長様のもとに出仕しておりました。これにて日本の100年の内戦は終わりを迎え集結します。次は国の再建です。」
『何を言うのか、今まさに反乱されているじゃないか。外の兵士の攻撃は、なんなんだ?』
「このあとは…問題はない。己のことは己で決めることよ。」
『己とは??どういう意味だ?』
「充分楽しませてもらった。長良川、桶狭間、金ヶ崎、そして、この本能寺」
すでに火の手は迫っている。
バチバチと木が爆ぜる音と、ガラガラと燃え崩れる音が聞こえ始める。
『一緒に逃げましょう。』と言うと怒られた。
「“本人”候補と会うと“分身”は消滅する。それは避けようがない。なに…また会える。」
ヒトの一生は半世紀、大いに楽しんだ!と大声で笑いながら…霧のようにノブナガは霧散した。
弥助に促され脱出する。
弥助の服はこの時代の服なのだろう。
透過迷彩ではない。
そのため人目につかないように脱出しようとした。
が、見つかってしまった…。
「ネズミが2匹いた!討ち取れ。1人も逃すな…」と、敵が言いかけた瞬間。
弥助はその男の背後に、素早く回りこむ。
その男は弥助の姿を目に捉えられただろうか。
…鈍い音がして、敵兵は崩れ落ちた。
その声を聞きつけたのか、2、3名がやってきた。
勝ち戦での恩賞狙いといったところか、明らかに油断している。
弥助がカタナを持ってじりじりと詰める。
大柄な一人が弥助に向かった。
残る一人はこっちに来た。
あれは…
槍だな。
ほんものの槍は初めて見る。
軍の訓練でも槍なんてなかったし。
こちらは…
無手だ。
なにか持って来るべきだった。
フレイアさんを起こさないように、静かに何も持たずに出てきたのは、失敗だった。
ジリジリ…
なんとか敵の間合いに入らないように後ろに下がると…
もう一人が背後に。
これはまずいことになった…。
冷や汗が背中をツーっと走ったその時、前方の1人が槍を繰り出してきた!!
ビシュッと槍が突き出されてくる。
腰をねじり、かろうじて避ける。
ザザッ、と迫る気迫。
連携のとれた槍
背後の1人も間合いを詰めて、槍を繰り出す。
柄が朱色の、一般兵が使っているであろう飾り気のない槍は、タイミングを合わせて迫る。
(あ…これはまずい…来るっ!)
力を入れ目をつぶった…。
(ん?あれ?)
痛感神経が悲鳴をあげるはずなのに…。
なんの感覚もない。
たしかに腰のあたりに後ろのやつの槍が刺ささるはずなのだが…。
薄目を開ける…
なぜだ?と敵兵もびっくりして呆然としている
繰り出した槍の柄をつかみ、こちらに引っ張る。
敵兵は前のめりに態勢を崩す。
素早く振り出す左足
男の右頬を捉える。
「ッ!」
軋む鈍い音がすると、その男はうずくまって転がって行った。
振り返るとびっくりしつつも槍を構えなおしたもう一人がいる。
さすが100年の内戦で鍛えられた兵士である。
動きも俊敏だ。
スキがない。
うずくまっているさっきの敵兵の槍を奪うと、正対した。
しかし…正対したものの槍の使い方はオールド時代劇ぐらいでしか見たことがない。
なので…
渾身の力で投げつけた!
びっくりした顔の男
防御が間に合わずそのまま胸部に刺さった。
我ながら起死回生の一撃。
そのまま苦しませて置き、弥助の援護に向かおうとする。
弥助も今討ち取ったらしい。
あ…首に…
あぁ…“とどめ”ですね…。
「さぁ、急ぎましょう」と急かされ、建物を後にした。
そこは…本能寺。
本能寺から脱出し、人だかりを避け、人影のないところで、フレイアさんが待っていた。
「ごめんなさいは?」
『ごめんなさい??』
「勝手にいくのは水臭いと思う。」
なるほど。
「すみませんでした」と素直に謝る。
それと弥助という人が加わった話を軽くした。
素直にフレイアさんは同意した。
船に戻ると、弥助から話があった。
弥助という男は、もともとイシュタルのドワーフ族で、レジスタンスの一員だった。
ドワーフ族という民族は小柄というイメージがあるが、なかには大男もいる。
弥助は身長180を優に超える筋肉隆々の男であった。
ドワーフ族もエルフ族同様に長命で、弥助は98歳だという。
ファフニルという名前があるが、ここしばらく弥助と呼ばれていたので、そっちの方が慣れているから当面は弥助と呼んでほしいとのこと。
フレイアさんの加入前にいた人だそうで、互いに面識はないものの話はすぐに通じた。
そういえばフレイアさんてエルフ族だよな…。
長命っていうけど、実は年齢どれくらいなんだろうか…。
まさか弥助とほぼ…
と、妄想したところで…シュっとブリーシンガルウィップを出す音がした…。
弥助からオレの話を聞いた。
まとめると
・あなたは地球連合の人ではない。
・かつて地球に派遣されていたレジスタンスの一員だった。
・名前は何個かあったが、弥助が覚えているのはシグルズという。
・特技として、自在に“分身”を出せたらしい。
・知っているだけで現在稼働中の“分身”は4体いる。
・4体はそれぞれ地球のあちこちに派遣され政府中枢などに入り込み歴史の改変を行い、地球連合軍のイシュタル攻撃を回避させるように動いてきた。
・ノブナガ・オダはその一人。
とのこと。
「今はまだピンと来ていないでしょうね。でも“分身”が戻れば“力”は戻ってくるはずですよ。」と弥助は言う。
はい。
そうなんですね…。
「あ、そういえばケレスで盗んだデータがありますよ。」とフレイアさん。
『あ、そうだ、盗んできたデータ見てなかったね。』
おそるおそるデータを見てみることにした。
本音を言うと、最初に1人で見たかったけど…。
変なもの(学校の成績とか、告白メールとか)が出て来たら、まず弥助に目つぶしをして視力を奪い、同時にフレイアさんの上体に蹴りを入れ…っていうのは絶対無理だろな…。
もしそんなものが出てきたら、恥ずかしさに爆死して一生を終えるしかないんだろうな…。
データを見ると断片的なデータで破損が激しいようだった。
コンピュータで破損を修復し、なんとか回復したデータを見たところ
・レジスタンス出身
・エルフでもドワーフでもない
・スキル持ち。“分身”
・確認されているのは4体。
1、1体は5万年前タカアマハラの首都ナカツクニにタカクラジとして
2、1体は2万年前ズルワーンの首都アヴェスターに妲己として
3、1体は19世紀フランスのナポレオン・ボナパルトとして
4、1体は16世紀日本のノブナガ・オダとして
・科学的な解明は未了
残りのデータは破損が激しく見ることが出来なかった。
ケレスのあの脱出時の状況でよくここまでデータが取れたと思う。
「1と2はよくわからない。なんのことなのか…」
と、つぶやいていると弥助が教えてくれた。
1も2もかつて地球に栄えた文明のことです。と。
4はさっき会った。
これは自分に関する情報だという…
でも、自分だとわかる情報がない…
「それぞれに自分のような“相棒”が、ついていたはずです。」と弥助はいう。
どれにも当てはまらない自分は誰なのだろう…
自分は未確認の“分身”なのかな。
っていうか、地球連合の人間と思っていたら、レジスタンスだったのか…自分は。
よくわからない。
まだまったく飲み込めない自分がいる。
しばらくキョウトの街を探索しながら時間を過ごし、ツバメの成長を見守った。
26日後ツバメが巣立った。
船は近所ではご神体として祭られていた。
キョウトの北側に不時着したのだが、“天狗様の家”と呼ばれていたらしい。
「天狗様がお怒りになる。決して近づいてはならぬ」と、近隣では噂していたらしい。
そりゃ…だれも近づかないはずだ。
足跡もなかったもんね。
ちょっと修正しました。