② 惑星イシュタル
ケンタウルス座アルファ星プロキシマケンタウリ第2惑星イシュタル
温暖な気候がとても過ごしやすいこの星は、三重連星のうち赤色矮星プロキシマケンタウリの周囲をわずか11日程度で公転する。
つまり、惑星としての1年がわずか11日で完了する。
小学校なら入学から卒業までわずか66日で完了し、中学校33日、高校33日、大学44日と、社会人としてごく普通の人生を歩むのに176日、わずか半年で社会人である!
『おぎゃー』から『ばぶー』を経て、『わたくしこういう者でございます。以後よしなに』と名刺を出すようになるまで半年…
というようなわけではもちろんない。
イシュタルの人たちの暦では1年はおよそ地球時間の1年らしい。
四季の変化は、はっきりはしていないそうだ。
なにしろ11日で一年が終わるのだから、春夏秋冬が3日ずつしかない。
なので、ほとんど季節変化はなく、同じぐらいの緯度ならどこにいってもほぼ一定の気温らしい。
日射量も地球の太陽ほどではなく比較すれば夕方ぐらいだ。
惑星の規模もほとんど地球と変わらず、感じる重力はほぼ同じくらいか。
三重連星の“日の出”、“日の入り”がちょっと慣れるまでたいへんかなと感じる。
ここにきて10日。
イシュタルの1年をまもなく経験する。
ここはだいたい温暖な場所(亜熱帯くらい?)らしく、野宿しても死にそうな寒さになることはない。
最近ずっと白夜だし。
しかも、幸いなことに、付近には大型肉食動物はいなさそうだ。
“小型”はちょこちょこあらわれて撃退したが…。
“小型”…この評価は主観によるところが大きい。
巨大なトラを想像してもらいたい。
サーベルタイガーと呼ぶらしい。
体長4,5メートルはあろうトラ。
絨毯にするとかなり大きな部屋じゃないと全部敷けなさそうな大きさである。
そんな“小型”の化け物がおなかすかせたのか、やって来た。
さすがに勝てるとは考えなかった。
だが、フレイアさんだけは助けないと(助ける行動を取らないと)救助されたあとに見殺しにしたとの罪でおそらく死罪。
そう、所詮逃げおおせてあとから死罪になるか、早めにトラに食われて死ぬかの二択である。
自他ともに認める無神論者だが、軽く念仏を唱えた。
もしものときはどうかヴァルハラに行けますように…。
焚き火の中から火のついた木の棒をつかむ。
威嚇しつつ、目ヂカラ全開にして睨みつけた。
「野生獣に出くわしたら目を離してはいけない。」と何かの本に書いてあったのを見た記憶がある。
忠実に実行する。
火は万物を浄化する!
そんな決死の防衛活動の最中に、背後でいつでも逃げられる体勢を取ってくれているであろうフレイアさんは…
ごそごそと物音がして…
ビシュッ!
空気を切り裂く何か。
眼にも止まらぬ何か。
サーベルタイガーはその何かに怯えた。
速すぎるその一閃は動体視力に優れる肉食獣も回避ができなかったようだ。
肩のあたりか。
肉が見えている。
とっても痛そう…。
たった一撃で、手負いとなったサーベルタイガーは、グルルルルと唸りながらゆっくりと森に消えていった…。
居住まいを正し、正対して質問する。
『それは鞭でしょうか?』
「はい。いつもはウェイナー(携行銃)を携帯していないので、護身用にこれを持ち歩いています。」
あ…なるほど。
ウェイナー…あ、携帯用のフォトンレーザー銃ですね、よく見かけるやつですね…
それにしても、護身用の鞭ですか…。
なかなか聞いたことないですが、強力そうでなによりです。
ブリーシンガルウィップという名前の鞭らしく、フレイムモードに切り替えると対象物は業火に焼かれるとのお話。
業火…。
すると、もしかして、最初に焚き火の火を確保しようと苦労したとき、それを借りれば簡単に火がついたんですね…。
2時間余りの過酷な労働はその“ばしっ”とやるやつで万事解決できたんですね…。
(それにしても…)
無意識に、自然と、そっと、穏やかに、2mほどじりじりと後退し距離を放す。
笑みは絶やさない。
とびきりの美女は、冷たい目元に笑みを浮かべる
「もちろん人には使いませんよ…。」
(あ…なんか含みがある…)
営業スマイルと理性全開で乗り切ろう、気を付けよう…。
食料の調達は午前中に行い、午後はここらへんの調査に時間を使うことにしている。
食料は背後の森が豊かで、木の実や果実ならば行けば必ず手に入る。
小川には魚がいて、最近は罠を設置した。
簡単な労力でそこそこの魚を取れるようになった。
当面はこのあたりで凌げるだろう。
住環境の改善も行った。
枝を拾い簡易的なベッドを作った。
刃物は持っていないし、樹木の裁断はできないが、枝を拾い厚みをつけて敷き詰めることで簡易的なベッドを作ることができた。
いつも地面に…となると、虫も来るし、冷たいし、濡れるし、あまりいいことはない。
フレイアさんも喜んでくれた。
大きな葉を見つけ屋根にした。
これで夜露くらいなら防げるし、雨がたまに降るので雨除けにもなる。
風が強めの日は無意味だが…。
雨が降ると彼女には可哀相だったので、良いことをしたと思っている。
小川があるので体を洗うこともできる。
もちろん覗きません。
あの鞭に勝てる手段はありません。
死を恐れませんが、あれは痛そうです。
つぎの目標はちょっと強固な建物を手に入れたい。
そうすれば風もしのげるようになるし。
でも…裁断ができないので、どのように壁を作るかで悩んでいる。
木を切る手段が何かないものか…。
このまま非文明的な生活環境で体調が悪くならないかと心配した。
聞いてみると、フレイアさんも体内ナノチップがあるので基本的には体調を崩さないとのこと。
それならオレも同じだし、よかった。
文明的な暮らしの確保としては…その次にお風呂かな。
でっかいので足をだらりと延ばせるくらいのが望ましい。
そして…なんとかして覗ける機能を…と、頭によぎった瞬間、冷酷な視線を感知したので、別の考えごとに切り換えた。
こういう毎日なのだが、調査してわかったことは、歩ける範囲の付近には人間の生活の痕跡がなさそうなことである。
・薄暗くなっても電気の明かりが付近にはない。
・タイヤのあとやドローンの着地あとなどが見当たらない。
・空に航空機は飛んでいない。
・人工的な物音がしない。
・川にも森にもごみが一つもない。
・空気がとてもきれい。
もしかすると人のいない時代なのかもしれないと嫌な想像をする最近である。
もしくは文明発達のそれよりはるか前なのかも…。
≪11日目≫
いつものように午前中の食料調達が終わり、午後の調査の時間である。
昨日の夜、ちょっとした事件があった。
昨日の夜(とはいってもうす暗い程度の明るさ)、近くに流星が落ちたようなので、それを観察に行くことにする。
猛烈な光を放った火球だ。
その光が斜めに勢いよく落ちていった。
ソニックブームで衝撃と音も凄まじいものがあった。
あれは通常の生活をしているなら気づくはず。
万が一、文明があるならばあのイベントには反応するだろう。
天体の観測はおよそ古代文明ならどこでも通る道と思っている。
農耕をするなら天体の観測は避けて通れないだろう…。
でもな…白夜がこう続くと天文学って発達するんだろうか…
とはいえ、一縷の望みをかけて出かけることにした。
毎日なんもイベントがないので暇だからというわけではない…(と思いたい)。
ちょっと遠いかもしれないので、備蓄の食料と水を持って行くことにした。
水は、このまえ捕まえた(フレイアさんが成敗した)動物の腸を洗ったやつに入れた。
こんな水筒を地球では昔持っていたとなにかで読んだことがある。
そのうろ覚えの知識をもとに作成し、洗い続け、匂いもなんとか取れてきたので実用化(フレイアさんの了解済み)にこぎつけた。
食料も同様の袋に、木の実や即席の魚の干物を詰め込み持って行くことにした。
歩いているうちに疲れてきたのでどちらからともなく休憩となった。
まだ動物の腸を利用した水筒は口を付けるのに勇気がいる。
チラ見するとフレイアさんも一瞬びくっとして、えい!っと気合を入れているように飲み始めた。
一挙手一投足が見てて飽きない人だ。
少し休んで元気を取り戻した後、もう少し歩いた。
落ちた現場っておそらくこのあたりだと思うのだけど…。
前方の森が少し燻ぶっていた。
遠目でも森が不自然に開けている箇所がある。
…落ちたであろう周りとか、現場が見える丘とかにも人影は見当たらない…。
もう少し近寄ってみましょうか、と歩き出した。
現場はここだろう。
片メガネ端末で調べると付近の元素割合に異状が見受けられる。
周りの森はぶすぶすと燻ぶっていて焦げ臭い。
相変わらず周りには人影はない。
どうやら…ほんとにこの付近には人はいないようだ。
孤独感…。
いよいよイシュタルの1年(11日)が経過するその夜。
いつまでたっても名前を言わない(思い出さない)オレにフレイアさんが仮の名前を付けてくれた。
当面は“ヴィザル”と呼ぶとのこと。
『ありがとうございます。この人格の名前として永久使用させていただきます。』
そんなやりとりがあって眠りについたその直後、助けがやってきた。
フレイアさんの端末に連絡があったとのこと。
「ずっとSOSを緊急回線で流しているんだけど…」と話していたが、その信号をキャッチしたのかな。
目の前に降りてきた船はちょっと小さめの船だ。
なんだろな、軍艦なんだろうか??
ハッチが開いて何名か降りてきた。
(ん?これほんとに救助??)
銃を構えてるけど…
やってきた人はイシュタル政府軍の人だった。
…また政府軍の捕虜に戻ることになりました。
ちょっとの間だけだったけど、キャンプみたいで楽しかった。
フレイアさんは落ち着かないキャンプだったかもな。
何もなく無事に返せてほっとした…。
ちょっと修正しました。