表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シグルズに返したい…  作者: デイジーダイアン
2/32

① 捕虜

 両目が開いた。

 右、左、上、下…眼球はちゃんと動く。

 視力に異常はないようだ。


(ここは…どこだここ?)

 見知らぬ部屋。

 ベッドの上にいる。

 横には医療用と思しきアンドロイドがせわしく動き回っている。

 目の前30センチくらいのところにホログラム映像が浮かび上がる。


 体を動かそうとしたが…拘束されているようだ。

 まったく腕一本上がらない。

 もしかして腕がないとか…一瞬戦慄が走ったが、そこらへんはもともと執着がない。

「なんか作ってもらえばいいか」と開き直って、また背中に重心を戻す。


 この戦争中の被害で腕や足など身体の一部を失った人はたくさんいる。

 地球の医療技術はAIの発達のおかげで、脳の一部以外はほぼすべて取り換えが効くようになった。

 ある程度の大きさの病院なら医療用の3Dプリンタがあり、材料さえあればたいていのものは再生可能である。

 その材料も特殊に培養した細胞などを要するわけではなく、およそ元素レベルで揃えばいいだけだと聞いている。

 おそるべし3Dプリンタである。

 それでも生命のプリントアウトはできないようだが…いやできるのか?

 できるけど隠しているだけか?

 真相は…知らない。



 そんな物騒なことを考えていたら、さっき浮かび上がったホログラムが、機械的に話していることに気付いた。


 なんでも“捕虜”になったらしい。

 ホログラムによれば、「積極的な害意はないが、暴れたり脱出を試みたりすると命の保障はできない。」とか言っている。

 物騒だなぁ。


 やがて治療か検査が終わったのか、立つように促される。


 立ってみた。

 五体満足である。

 欠損部分はなさそうだ。あったとしても再生してもらえたのかもしれない。



 捕虜用の独房だろうか、個室に入れられた。

 朝も昼もない。ぼんやりと淡い光がある空間。

 毎日することのない日々。


 どれくらいたっただろうか…。

 体内時計はすでにかなり狂っていると思うが、体感的には1週間くらいは経ったかと思っている。

 この“1週間”でなんとなくわかったこととして、一部記憶のあいまいなところが自覚できた。

 とはいえ、もともと忘れっぽいので、それほど困らないとは思うけど。


 それより、艦隊はどうなっただろう。

 地球からなんとか頑張ってここまで来たというのに。

 早々と戦線離脱とはオレもついてない…。


(ん…?あれ、オレって艦隊で何してたっけ?)


 昔から物覚えに(マイナスの)定評のあることを自負していたので、ちょっとやそっとの物忘れでは感情の起伏さえ起きない。

 っていか、それ以上考えないことにしている。


 こういうド忘れって思い出そうとしても思い出せず、どうでもいいようなときに思い出すものだから。

 うじうじと考えても時間の無駄と思っている。


 いつもどおり寝転がりながら、今日のごはんは何かしらとか、あの娘どうしたかなとか思索(妄想)にふけっていたら、突然瞼に光を感じなくなった。



(暗闇???)



 慌てて起き上がる。

 電子ロックのドアからうっすらと光が漏れている。

 非常灯みたいなぼんやりとした灯り。


(ドアが…開いている??)



 耳をつんざくけたたましい音。

 サイレンが響き渡る。



「これは何かあったな」とドアからこっそりと顔を出した…。

 強い衝撃に意識が飛ぶ…。





 …良く寝た…快眠だな…。



(ん?見慣れない天井…)



 二、三度瞬きしてみる。

 …とても狭い部屋だ。

 少しすっぱいにおいがする。


 部屋というより倉庫か?

 倉庫に無理矢理ベッドを置き、そこに寝かされていたようだ。

 でもここにどうやって移動した?

 少なくとも自分の意思では移動していない(と思う)。

 記憶にあるのはさっき灯りが漏れたドアからあたりを覗こうと首を出したところまで…


(あ…)


 そのときに何かあったのか?


 どうやら拘束具はつけられている。

 ぴくりとも動けない。

 まあ…捕虜だからかね。

 でもさっきの部屋ではつけられていなかったのに…。

 待遇が悪化している…。



 逃げる意思は今のところはなく、まずは生き延びて状況判断が重要と考えている。

 スキがあって逃げることが可能だと判断できたら逃亡も考えるが…、どこに脱出に使える船があるのかとか、どの方向に逃げればよいのかとか、奪うにしてもこっちは無手の一人だとか、その船にはワープ航行装置はついているのか確認しなければとか…やらねばならないことが、たくさん思いつく。


 死の危険が迫っていないなら、逃亡はちゃんと調べてからにしようと切り替える。

 戦闘ドローンやファイターぐらいを奪ってもワープ航行装置がついていないとどこにも行けないのである。

 宇宙の孤独な漂流は想像したくない…。


 そういえば、このすっぱい空間のある場所は、細かな振動と重低音がする。

 ここはさっきとは違ってどこかの船のようだ。

 船を乗り換えたのかな…。


 屈強な大男が部屋にやってきた。


(やばい!貞操の危機!)

 と思ったら違ったようだ。


 この大男の話によると事の顛末はこうだった。

 信用するかどうかは置いといて。


 まず、ここはレジスタンスのとある船だそうだ。


 地球艦隊とイシュタル正規軍艦隊が戦闘中に地球のとある艦が被弾した。

 何名かが宇宙空間に放出されたようだ。

 その際、オレはイシュタル正規軍艦隊に拾われたそうだ。

 その艦隊戦に合わせるかのように、並行して行われていたレジスタンスによるイシュタル正規軍艦隊潜入作戦(うまくいったら船ごと奪う作戦)で、たまたま拘留中のオレを見つけた隊員が連れ帰ってきてしまったとのこと。


 イシュタル正規軍は捕虜の扱いがとても不評で、非人道的なことが起こることが有名だそうだ。

 放っておくとおそらく人体実験に使われただろうとの話。


 感謝すべきところなのかわからずに呆然としていたら、警報が響いた。

「また警報か…」と考えていたら、ひときわ大きな振動でベッドから跳ね上がり、したたかに顔面を天井に強打した。

 跳ね返って床に尾てい骨を強打し、顔と尻の痛みに悶えていると、すぐに重力がなくなりふわふわと浮かぶ。

 遠心重力発生器が壊れたのだろうか。



 その瞬間、目の前の壁に大きな穴が開く。

 中は漆黒の闇。

 そのまま吸い込まれた…。





 瞼に光を感じ目を覚ます。

(またか…)


 どれくらい眠っただろう…。

 眠った?

 死後の世界ってこういうところなのかもしれない…。

 無神論者も“あの世”に連れて行ってくれるのか…。

 案外、神もやさしいところがあるもんなのだな…。


「あんた…気は確かか?そんなことを言ってるなら、もう目が覚めているのだろう?」


(ん…?)

 まわりに人がいるようだ。

 うっすら目を開けるとひとりの女性が、冷めた顔でこちらに目を向けていた。


 そういえば…

「そんなことを言っているなら」とか言ってたな…。

(あ!!)

 想像していた言葉をしゃべっていたのか…。

 これは恥ずかしい。



「私の名前はフレイア。フレイア=サピロス」

 フレイアと名乗る女性は、上下ごく普通のつなぎの作業服にブロンドの髪を後ろに束ね、メガネ(?)をかけた美しい女性だった。

 背が高くすらっとしている。

 年齢にして20歳くらいだろうか。

 理想の女同僚ランキングというものがあれば上位に食い込みそうである。


 自分も名乗らねば…と当然思ったのだが、名前が出てこない。

 冗談ではなくほんとに出てこないのだ。


「名前は言えないか??名乗りたくないのか?船に戻って記録を見ればはっきりするんだけど…まぁ…あとからでもいい。」


「いや…言いたくないとかではなくてですね…」

 名前を忘れるとは…極度の酔っ払いか痴ほうの症状かと。

 酔っぱらってる自覚はまったくないので、おそらく…痴ほう…という悲しい現実なんだろうか…。

 いや、短期的な強烈な記憶喪失…というところに落ち着かせたい。

 自分ではまだ若めだと思っている。

 痴ほうというのはまだ先だろうと…思いたい。



 そんな弁明をまったく意にも介さず、フレイアさんは困り顔になってあたりを見回す。

「どうしよう…ここはどこ…」とフレイアさんは困り顔で独り言を言いながらメガネに触れる。

 ヘッドマウントディスプレイなのだろう、少しいじると困惑の表情を浮かべた。


「え!?ここは…座標にない。おそらく“現在”じゃ…。」

 きれいな顔してショッキングなことを言う。


 その女性によると、船に着弾したのは“時間変異弾”と呼ばれるもので、通常は当たらないものではなかろうかとのこと。


 時間変異弾だと!?

 そんなものが当たるのか?

 …ああ…小型船ならありうるか。


 通常は当たらないものが当たってしまって、時空のかなたに飛ばされたようだ。


 通常の軍艦ならレーザーファルコンシステムなど、着弾しそうな物体があればすべて障害として取り除く(撃ち落とす)装備がついている。

 そうではない探査船や通商目的の船であってもこれに似たようなものがないと宇宙空間を高速で飛ぶなど不可能である。

 ファイターやドローンにもついている。

 基本中の基本。

 それがなかったというのか?


「レーザーで撃ち落とす以前に、レーダーがダメになっていたのかもしれない。あの船古いから…」


 この近接物体を除去するレーザーはレーダーと一体となって運用される。

 当たり前だが人が障害物を見つけて撃ち落としているわけではない。

 およそ宇宙空間を航行する軍事的な目的の船は、ステルス処置でレーダーに見つけにくく作られているのは当たり前なので、レーダーの性能も時代ととともに高度化していく。

 ステルスの技術とレーダーの発達はいたちごっこなのだ。

 これは古来からずっと続くこと。


 いくら古い船だからといってレーダーは目だ。

 目をつぶりながら漆黒の闇を全力で走り抜けるとは考えにくい。


(でもな…。レジスタンスだもんな…。)


 ものすごいパトロンがいればいいのだろうが、いないとなると慎ましく活動せざるを得ないし、レジスタンスも台所事情は苦しいのかもしれないな…。


 一方、この時間変異弾というものはどこかの“時間”にぶっ飛ばすものだと聞いたことがある。


 戦艦や巡洋艦など大型の艦船レベルのエネルギーがないと発動できない時間変異スリップ装置。

 レーザー状の収束エネルギーにして照射し相手方の船を次元のかなたに飛ばすこともできるし、自分の船に作用させるようにし自分がいなくなることもできる。

 その機能を簡略化し弾頭に込めたのが時間変異弾である。


 これは武器として使うことがほとんどだが、たいていの大型艦にはスリップジャマーが付いており、スリップさせてぶっ飛ばす機能は妨害できる。

 これにより時間変異弾として被弾しても通常のミサイル程度の破壊力しかないものとなり、高価な割に通常弾とかわらないし、通常の船ならばレーザー防御システムで破壊されるのがオチなのであまり見ないし滅多に当たらないものとなる。


 今回はその“滅多に当たらないもの”に、あたってしまったようである。


 そんなことを考えても、とある星のとある場所に男女二人だけというこの状況はとても危機的であるので、まずは当面の生存を優先しようということになった。


 フレイアさんがポケットから、片メガネ状のウェアラブルデバイスを出してくれた。

「毒物とかあるかもしれないし、なにかと便利だから。」といって渡してくれた。



 捕虜に道具を貸すなんて…実はとっても優しい表情を持った人なんだなと思われる。


 ただ…

(やさしくしないで。やさしくされると惚れかねない。危ないのですよ。)


 フレイアさんは、びっくりした顔のあとそそくさと付近の調査に戻った。


 最初に気づいたがここは呼吸には問題ない。

 となるとイシュタルのどこかか。

 イシュタル上空で戦闘し、救出され、被弾して巻き込まれたのだから一番可能性を考えるとそこだろうか。


 持ち物をお互い確認すると…とにかく絶望的だった。

 食料はフレイアさんのもっていたガムと飴2個。

 飲料水は皆無。

 以上である。


 これは急を要する。

 のんびり調査から、まずは飲料水の確保のため全力を挙げることとする。


 植物が生い茂っており、どこかに水源がないか探す。

 金属棒が2本あればダウジングでもしたくなるほどの途方に暮れる作業である。


 水がなければ、もって2日。

 動けなくなるまで時間がない。


 さまようこと4時間…。


 ここはケンタウルス座アルファ星系であることがほぼ確実であろう。

 さっきまでは曇っていたのでわからなかったが、太陽のような光源が3つある。

 三重連星だから間違いなさそうである。

 ちょうど地球の白夜のような太陽の沈まない季節なんだそうな。

 1つ沈んでももう2つ残っているし、2つ沈んだころにはもう1つが昇ってくる…。


 やっと小さな小川を見つける。

 片メガネ端末で成分分析したところ飲料には問題なさそうだ。

 ここでまた“運”を使ってしまったが、この状況なら“運”の使用は残念ではない。


 付近から燃やせそうな枯れ木を集め、火をつける。

 言葉で言うととても短い一行だが…。


 火は…古典的な摩擦力での着火を試した。

 擦ることかれこれ2時間。


 ここでまた“運”を使った。この状況も“運”の使用はやむを得ない。

 悲しいほどかすかな火がついた。

 これを大事そうに大きく育て、焚き火がやっと独立燃焼してくれた。

 これだけで少しほっとする。

 もう手に感覚が残っていません。



 次は食料の確保かな。

 食料の目途がついたら、少しゆっくりと救助を待てる。

 川と言えば魚いるんじゃない?と思い、…さっきの小川に行くと案の定小さな魚も泳いでいた。


 速攻で魚を捕まえる。

 とはいえ、すばしっこいので、小さいの5匹がやっと。

 焚き火にかざして焼いて食べることにした。

 毒がないかは片メガネ端末で軽く調査してある。

 魚種も特定したし、毒の問題はない。

 塩っけがないが、空腹だったこともありなかなかうまい。


 黙ってもくもくと作業する。

 はらわたを取り、拾ってきた適度な細さと長さの棒にくし刺しにして焚火にかざす。

 そんなオレの作業を見ていたフレイアさんは焼けた魚を、おそるおそる齧り…。

 安心したのか、ガツガツ食べて、ほっと一息ついていた。


 ほんと美人だな…これは“レジスタンスの姫”扱いだろう。

 たくさんのファンがいるだろう。

 もてて、もてて、毎日、「大好き」「大好き」って、たくさん告白されて、断るのが大変だろう。

 下手すりゃ親衛隊とかもいるかもしれない…。


 こりゃ無事に救助されたとして、あらゆる嫌疑をかけられて、無実の罪であらゆる角度から刺されそう…。

 オレがイケメンならまだ打開のチャンス(逆転ホームラン)はあるかもしれないが、残念ながらそういう容姿ではない。

 よって、チャンスは巡ってこない…(泣)





 そんな妄想しながら視野に入れないように(きょどった目を見られないように)、ぼんやり白夜のような空を眺めていると、おもむろに口を開いた。

「ごはんありがとうございました。落ち着きました。こういうサバイバルスキルって、重要ですよね。」

『いえいえ、どういたしまして。』


「それと…そんなに私は、もてません。」


(ん?もてるとかもてないとか話ししたっけ?)

 口調も変わったし…。

 たくさんファンがいるだろうなぁとは想像してたけど…。


(あ、もしや…まさか!!人の思考が読めるのか、そのメガネ!?)


 フレイアさんは人の思考が読める特殊能力がある…と確信した。

 気を付けねば…全オレの尊厳をも失いかねない。

 とても人前で晒せるような妄想ではない。

 できるだけ妄想は中止し、救助が来たら丁重に何もなかったことを申し上げ、かつ、フレイアさんご自身にも何もなかった旨を述べていただこう。


ちょっと修正しました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ